ノリで書く東方短編ss集   作:洗剤@ハーメルン

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幻想郷の毘沙門天

 幻想郷に春が来た。

一時的に大きな話題となった空飛ぶ宝船。そして、人里の皆は終わった後に気付いた神霊の復活。それらは人々に影響を及ぼすようで及ぼさず、『人間も妖怪も迎え入れる寺』と『神出鬼没な神霊たち』が出てくるようになっただけだ。

 寺の方は人里に比較的近い。ならば、命知らずな者や物好きな者が訪れるのは至極当然のことである。

 

 

 抜き足、差し足、忍び足。

 廊下の板は軋むことなくそれを一つ一つ受け止め、素知らぬ顔をして侵入者の行動を手助けする。

 なぜ妖怪寺の面々が、勝手に塀を乗り越えて入った者に気付かないのか。それは、入って来た者の姿が、音が。周囲から見て完全に”消えている”からである。

 すれ違う修道女のような妖怪も、パッと何かを感じて振り返る事もあるが気づかない。

 そろり、そろり。廊下を渡り、奥の大きな障子戸の前で止まる。

 

 ここ?

 

 ここだね。

 

 そうよ。

 

 やめといた方が……。

 

 音なき会話。逡巡を表す声もあったがすぐに会話はまとまり、ゆっくりとその襖は開けられた。

 畳。六畳間の和室。だが、まだ奥があった。

閉された襖。何の変哲もないそれだが、雰囲気に寺の入口の大門のような――――否、本堂の大扉のような重さがある。

息を飲み、次の呼吸をひどく静かに始めながらその引手に手を掛けた。

 

 あけるよ。

 

 音が消えたまま、ゆっくりと横に流れる襖。それが開き切る直前、音が帰ってきた。

 

「えっ?」

 

 振り返えれば影は無く、開け放された障子戸が残っている。

 逃げられた。そう理解するのにそう時間はかからなかった。

 一方で、明けた襖の先に座していた人物が、彼の背を睨みつけているのにも一切気づいていない。

 

「おい」

 

 威圧感の塊のような声が降ってきた。

 肩がすくみ、口の中が一気に乾く。

 

どうすれば? 姿や音を隠せる悪戯三妖精たちは逃げてしまった。飴を上げる約束をしていたのだけれど、石でも投げてやろうか。

 

 そんな彼の考えをこわばった表情の下から汲み取ってか、目の前の彼女は眉をひそめる。

 

「不快な。

……だがまだ若い、許そう」

 

 そう口にする彼女。だが、手にする宝塔は普段通りの後光が差すような光ではなく、もっと別の光を放ち出している。

 その光に照らし上げられた彼女の顔を見た時、男は唖然とした。

 どう言っていいか、言葉がみつからない。

 

「どうした? 話に聞く顔とは違ったか?

 もっと武張った顔だとはよく思われているようだが」

 

 そう上から言葉を落とす彼女の表情は威圧的。喉を締め上げられるような感覚に襲われる。

 もう駄目だ。男はそう思い、泣きだすのを堪えるかのように口を押えた。

 

「いや……。そう恐れてくれるな」

 

 溜め息を吐きつつ、茶の混じった金色の髪をグシャグシャと掻き回しながら言う。

 

「私はそこいらにはびこる妖怪ではない、知っているだろう? 何も、取って食おうというわけでは……」

 

 ぐすっ。泣き声のような笑い声。小さなものではあったが、柱の芯にしみるような声だった。

 それが男のものと知るやいなや、彼女の顔色は一変した。

 

「何がおかしい?」

 

 氷のような、炎のような。もしくは電撃のような恐ろしい声。

 だが、男はそれを受けると余計に、ゲラゲラと彼女の神経に触る笑い方をした。

 

「どうやら、少しお灸をすえる必要があるようだな」

 

 壁に立てかけられていた槍を掴み、腰を上げる。

 虎模様の衣服も相まってまるで虎が獲物に跳びかかるよう――――。

 

「いたっ!」

 

 ――に立ち上がろうとし、足に力が入らずに畳に顔をぶつけた。

 見事に顔から畳に飛び込んだために男も目を丸くし、大丈夫かと尋ねてしまった。

 

「い、いらぬ心配だ!」

 

 慌てた様子で、顔を抑える毘沙門天様。

痛む口元に触れた時、彼女の顔が石のように固まってしまった。

男は。「気づいた?」と苦笑いをしながら聞く。

 

「う……」

 

 返答は無い。

 答えを待つ男の目の前には、涎の跡を必死に。よく見れば虎柄の寝間着姿でぬぐう毘沙門天様の姿だ。美女だけあって、かわいらしいことこの上ない。

 焦って槍を倒し、襖を破く毘沙門天。それを見ながら男が子供を見るようなほほえみを浮かべていると。

 

「ほいさっ!!」

 そうまた別の声が聞こえると同時に、頭部に大きな衝撃を受けて男は畳の上に寝そべった。誰かに後ろから叩かれたらしい。

 直後に見えた、涙目でお礼を言う毘沙門天。その顔を、もう一度見ようと思いながら彼は意識を手放すのであった。

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