ノリで書く東方短編ss集   作:洗剤@ハーメルン

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我心伝心

 人里からほんの少し離れた山。そこに父が遺した小さな山小屋があった。狩りをする際に拠点にし、大きな獲物が取れるまで数日山にこもるのだ。

 中途半端な大きさの獲物を狙っても価値はないと父は言っていた。兎を取るぐらいならば誰にでもできる。大きい獲物を取らねば価値はないのだと。

 とは言ったものの、まだまだ未熟な自分には大物を取るようなことはできない。せいぜい"価値の無い"ものと山菜を取って生計を立てるのがやっとだ。

 だが僅かに残る意地のせいか、山小屋に居座ることが多かった。

 今日もまた夕方になれば外に火を焚き、夜になれば小屋の地下の部屋に朝までこもる。朝になれば干した肉を齧り、味噌を食べて山へ出る。そしてたいていは、なんの成果もなく小屋に戻る。

 大物を取れない男の繰り返し。

 だがある時、変わったことがあった。夕方に焚き火を焚いて暖を取ってた時だ。

 カサリ、といったかすかな枝の揺れるかすれ声と、それに伴う湿った足音。その気配は、獣や人のものではない。

 

 ――十中八九、妖怪。

 

 怖いもの見たさで訪れた古戦場に落ちていた脇差し。それを抜き、不格好にだが刃先が相手に向くように構える。

 剣術など一切知らない。せいぜい動物の解体と斧で薪を切るぐらいだ。それでも、一太刀浴びせることはできるだろう。

 呼吸は浅くなっていた。動悸は激しくなり、汚れた柄を握る手から汗がにじむ。

 足は大丈夫だ。自分はしっかり立っている。太ももは僅かに震えるが、それを力んで押し殺した。

 呼吸が止まりそうになって数秒だろうか数分だろうか。ついに、凝視していたその薮の中から小さな人影が現れた。すみれ色の髪をした小柄な少女。その手には、何か汚れた風呂敷包のようなものを抱えている。

 その幼い容姿で油断させ、口を聞けば襲ってくる妖怪かもしれない。ぐっと口をつぐんだ。

 

「違いますよ」

 

 すると、少女はまるでこちらの心を見透かしたような一言を告げた。

 まさか、と思い立つ。彼女はうわさに聞く覚ではないか。それにしては毛むくじゃらという姿ではないが。

 もしかして、剃っているのだろうか。

 

「ええ、私は覚です。……それと、失礼なことは考えないでください。そんなことはありませんから」

 

 話さなくても言葉が通じ、話すつもりがないことが通じるというのはどこか不気味だ。

 いつしか敵意は自然と消え、剣を降ろしてしまっていた。呼吸もずいぶんと落ち着いている。

 なぜだか、この少女はただ話に来ただけなのだと確信していたからだ。

 

「不気味ですか?」

 

 慣れる不気味だとは思う。あんたが童の姿で助かった。

 

「そう言われると複雑ですね」

 

 彼女は不快感を隠そうともせず、僅かに眉をひそめて言った。

 妙な感想だが、やはりその表情は可愛らしい。こちらを食べようとしている妖怪には思えない。

 

「これでも覚ですよ。隙を見て、あなたを取って食うかもしれませんよ。あなたによく似た、親父さんのように」

 

 何を言っているのだこの覚は。

 親父は戦に駆り出されて死んだだけだ。別にそういうわけではない。

 

「そうですか」

 

 意地の悪いことを言う。そう思った。

 だが、彼女の表所が僅かに寂しげになったのが見て取れた。

 親父ともこうして話していたのか。

 

「……ええ。まあ、多少ですが」

 

 よくあの親父に会って退治されなかったものだ。

 親父は言わば蛮勇を絵に描いたような人だ。戦でも足軽のくせに名乗りを上げ、敵将へと追いすがって死んだという。

 

「あの人らしいですね。"お前のような妖怪、退治しても意味は無い"とか言ってましたよ」

 

 そう真似た声色はさすがというべきかやけに似ており、頭にあの山男といった面がはっきりとうかんだ。

 もしかして友達だったのか。ついそうからかいたくなり口を開こうとすると遮るように。

 

「違います。その腹立たしいところはよく似ていますね」

 

 なんとも気に食わないという顔をした彼女。

 憎まれ口を叩くのは覚としての性なのか。

 

「気に障りましたか? 失礼しました」

 

 そう謝る少女は一見するとイヤミのようだが、声からその意思は感じない。本気で悪いと思っているらしい。

 しかし、そう言われれば思ってしまう。自分としても彼女に隠したい、読まれたくない考えのことだ。

 しまった。そう考えてももう遅い。その隠したいことを頭に浮かべてしまった。きっと彼女にとっては自分が大声で言っているようなものなのだろう。人様に、ましてや少女に言うことではないそれを聞き、みるみるうちに少女の顔は赤面する。

 

「馬鹿!!」

 

 罵声というより悲鳴。彼女は持っていた包みを投げつけてきた。

 妖怪というだけにいかんせん。その肩の力は凄まじく数メートルはゆうに離れていたというのに顔に叩きつけられ、尻もちをついてしまった。

 腰を上げると、彼女の姿は消えている。ただ、草をかきわけ去りゆく足音が聞こえるだけだ。

 手の中には古びた風呂敷。どこか覚えのある柄だった。無意識につき動かされるまま、自然と両手はその包みを解いていた。

 出てきたのは、人間の入れぬ山奥で取れる山菜だ。親父が死ぬ数年前まで、時折それを山から持ち帰り、鍋にしたのを覚えている。そして、この古びた風呂敷もだ。

 また彼女が来たら礼を言おう。心を読まれているのだろうけど、声に出して。そう思った。

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