ユグドラシルMMORPG、荒んだ状況の社会において大ヒットしたファンタジー物のゲーム。隆盛極めた仮想世界の理想郷。12年前にリリースされプレイヤーが溢れた電脳空間は今は昔、終了が決まった現在はプレイヤーのほとんどがゲームから離れ、終末期に相応しい過疎状態となっている。
サービス終了直前のユグドラシル内、冷気と闇に満ちたヘルヘイム、凍てついた海と言われるフィールドに荘厳な建築物があった。暗闇の中で蜃気楼のように揺らめき、時おり射し込む月光に当たった時のみ姿がはっきりと浮かぶ神殿の如き建物は『フェニエルの大図書館』。ユグドラシルの中でかつて生産系ギルド第3位であったギルド『ムーン・オーシャン』のギルド拠点である。
ブームが過ぎ、ほとんどのギルドメンバーが去ってしまったギルド拠点の中は大小様々な本棚で埋め尽くされ、その間を縫うように、一人の赤い髪を靡かせた白衣のプレイヤー、ロセ・セリケア・プテラカンタが歩いていた。
まぁ、私のことだが。
「物語調の脳内ナレーションとは、我ながら面白くないな。」
独り言を呟きつつ、迷路になっている本棚の間を進んでいく。この大図書館はギルドメンバー達とクリアしたダンジョンをギルド拠点としたものであり、生産ギルドらしく消費アイテムを湯水のごとく使ってトラップなどの迎撃機構が作られている。
フェニエルの大図書館は5階建ての図書館を模した5階層のダンジョンであり、1、2階層はこのような迷宮使用、3、4階層は生産職特化のNPCたちの作業場、5階層は拠点の心臓部とギルメンの駄弁り場である。
昔、というか何年か前まではかなりの規模の生産系ギルドであった私の所属ギルド、ムーン・オーシャンは初代ギルドマスターの引退を皮切りに、ギルマスのカリスマに惹かれて集まっていたギルメンたちの引退や脱退が起きてしまい私が3代目ギルマスになったときには数える程度のギルメンと最盛期の遺産を守るだけになってしまっていた。
寂しい思いをしながらも細々とゲームを続けてきたが、それも今日で最後だ。今日の終わりと共にユグドラシルも12年の歴史に幕を下ろす。既にギルメンたちや脱退していった元ギルメン達と思い出話をして、あと少しでタイムリミットとという所で一人になってしまい、折角だからとギルド内を歩き回っていると言うのが私の現状だ。
思い出の場所を見て回り、5階層のギルド中枢へと辿りついた、館長室と命名されたその部屋は本棚に囲まれた窓の無い広場であり、中央にはユグドラシルの世界を表示している巨大な世界球が置かれている。これはムーン・オーシャンが所持していた5つの世界級アイテムの1つ、『グアール・グースの瞳』名前と効果からネタ扱いだったが、後になって凶悪な性能であることが分かり話題になったアイテムである。
それが置かれた広場の奥には図書館のカウンターをイメージして作られた机と椅子があり、これがギルドの中枢であり玉座である。見た目がショボいが、図書館のイメージを崩さない程度には豪華であり、かなりの高級感があるものである。
その机の両サイドに男女のNPCが立っている。拠点NPC用の通常の最大合計レベルである700レベルの殆どを生産特化のNPCに振ったムーン・オーシャンにおいて珍しい戦闘特化の100レベルNPCであり、女性型の方はブーディカ、男性型の方はキヨマサと言うNPCであり、3体しかいない戦闘特化型のNPCである。ブーディカは種族:堕天使の防御型であり、多くの耐性と強力な回復手段を持っており継戦能力に優れる。外見はリアルでイラストレーターをやっていたギルメンがデザインしたものであり、腰まである金糸のような髪を持ち、微笑んでいる顔は神々しいまでの美しさと母性に溢れていて、カルマ値の設定がマイナスだと知らなければ聖母だと言われても納得できただろう、今はガチ装備である鎧系を外して、ゆったりとしたローブを来ている。
キヨマサはハーフデビルのケンセイ主体の攻撃型、黒い髪のウルフカット、赤い瞳で精悍なイケメンという主人公のようなキャラデザイン。アインズ・ウール・ゴウンとのギルバトにおいて、罠にはめたとは言え、たっち・みーさんを倒した記念として作られたNPCであり、製作の主導である女性向け恋愛ゲームのシナリオライターの暴走によって、設定に私の護衛で私に恋心を抱いていると書かれているウチのギルドが誇るネタNPCである。(制作者は外見デザインのイラストレーターと同じ会社だったらしい)
そんな思い出深いNPCを眺め、机の横の本棚から無造作に一冊の本を引き抜く、表紙に幾つもの神器級の宝石を埋め込み、同じく神器級の金糸でタイトルを刺繍された魔導書『月海の書』ムーン・オーシャンのギルド武器であり、誇りその物と言える唯一無二のアイテム。これが破壊されるとギルドその物が破綻するため、どれだけコレを持って戦闘したくても、装備してフィールドに出る事など出来なかったモノである。最後ぐらいこれを持っていよう。一人きりのギルドの中で言い訳をしながら装備する。
クリエイトによって姿見を作り出し、『月海の書』を装備した自分のアヴァターを見る。白衣を着た赤い髪の少女。その種族は原罪無きモノというホムンクルスから派生する種族で、非力ひ弱貧弱と言う異形種らしからぬ能力値と一部武器防具の装備不可などのデメリットのせいで不人気だったホムンクルス特性を引き継ぎつつ、高い魔術適正やアルケミスト系スキルのブーストスキルが豊富な種族である。
切れ長の瞳と眼鏡は理知的に見えると同時に冷血な人格な持ち主であるように見える。それを差し引いても美人な少女であり、私の理想である理知的な女研究者を体現するために外見にはかなり力をいれている。今装備している眼鏡と白衣、それに武器であるペンといった神器級アイテムの装備を課金によって外見変化させたのもその一貫だ。世界観と微妙にマッチしていないがそこら辺はロールプレイの自由の範囲だと許容して貰っていた。
そんな自慢のキャラとも、もうすぐお別れである。サービス終了の時間が刻々と迫ってくる。鏡を消し、カウンターに腰かける。初代ギルドマスターが椅子に座り、私が机に腰掛け、2代目のアイツがそれを嗜める。今は無きギルドの楽しき記憶を思い出しながら、カウントダウンを始める。10、9、8、7、6、5、4、3、2・・・
「楽しかったぞ、ユグドラシル」
最後の1秒。私は今までのゲームに満足して呟いた。そして、ゲームのサービス終了と共に強制ログアウト・・・そうなるはずだった。
しかし、意識は途切れることなく継続し、私はフェニエルの大図書館に居た。それも、僅か1秒前よりもリアリティが増している気さえする。
「おい、また机に乗ってんのかよ。いい加減やめろよ。」
「っ!?」
どういう事か把握しようする私の耳に、聞きなれない男の声が聞こえる。それには呆れたような言葉だったが、親しみを込めた言葉でもあった。
弾かれたように声がした方を向くと、そこには呆れたと言わんばかりの表情をしたキヨマサが立っていた。
「あら、いいじゃないキヨマサ。それに、館長に対してその言葉使いは頂けないって言わなかったかしら?」
「言われてるけど、別に許されてるんだからいいじゃねぇかよ。」
「またそうやって館長の優しさに甘えて・・・」
今度は柔らかな女の声、見るとその声は苦笑いをしているブーディカが発しているものだった。
どう言う事かが理解出来ない。ユグドラシルは良くできたゲームだったし、アップロードによって新しい技術も取り入れられていた。しかしNPCの声なんて無かったし、表情の変化も予め設定されていた僅かな差分があるくらいだ。今のように、感情が読み取れるほど表情豊かなのはゲームとしてあり得ない。それ以前にユグドラシルは終了したはずだ。
「・・・どう言うことだ?」
呟かれた私の言葉は、気がね無く、日常会話であるように言い争っていた二人の耳に届いたようで、二人は心配するようにこちらを見てくる。
「館長、気分が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「今日は客が多かったから疲れたのか?」
「あ、いや。そういうわけでは・・・」
嘘偽り無く心配してくる二人に対して、なにを言えばいいのかを迷っているうちに、慌ただしい足音と、勢いよく扉が開かれた。
「大変!大変だよ!セリケアちゃん!!」
扉を開けて入ってきたのは灰銀色の髪と瞳の少女、驚きの為か見開かれた瞳はこぼれ落ちそうなほど大きい。突然入ってきた事にも驚いたが、それが自分の作ったNPCのステンノに酷似していたことにも驚いた。
「なんだよ、ステンノがそんなに驚いてるって珍しいな。」
「キヨマサ君もちょっと部屋の外に来て!」
やっぱりステンノなのかと呆然としてる間に、ステンノがこっちへとやって来て私とキヨマサの腕を掴む。
キヨマサと私の手を取ったまま早く早くと急かした。引きずられて部屋から出ると、確かに5階層の廊下だった。赤いカーペットの床、様々な調度品。見慣れたそれらの中で、窓からの景色が異常だった。フェニエルの大図書館は凍てついた海というフィールドに存在しており、その周辺は氷が溢れ、窓から見える光景も氷山などだったが、今見えるのはただの山と森だった。
「景色がおかしくなってて、エウリュアレちゃんに図書館の回りを見てもらったんたんだけど、全然知らない場所らしいの」
「おいおい、マジかよ」
「どう言うことかしら?」
もう驚き過ぎてどうしようも無い。意識を手放したい衝動を堪えて思考する。冷静になれ、無理だろうけど冷静になれ。
まずやるべき事は?現状の確認。起きている事件が不条理な事である可能性が高いために難易度も比例して上がっているはずだが、やらねばならない、どうすれば現状を確認できるか?外に出る?論外。それは現状確認のあとだ。ともかく、出来ることは聞き込みか?
「ステンノ、お前の妹達と役持ちの何人かを呼んでこい。これまでと今後について話が聞きたい」
「うん、わかったよ。セリケアちゃん」
私の指示に頷いて走っていくステンノを見送り、指示は聞いてくれるらしいと一人頷く。頭の中で話すべき事と聞くべき事を整理しながら、ブーディカとキヨマサを促して館長室へと戻った。
思考の90パーセントが混乱しながら解決策を考える中で、1割にも満たないどこかで、愛したゲームの終わりが全く予想外の始まりになったことに喜んでいることを感じながら。
ムーン・オーシャン:生産職ギルドの皮を被った戦闘ギルド呼ばわりを受けていたギルド。世界級アイテムを5つ保持していた。
保有世界級アイテム
グアール・グースの瞳:グー◯ル・◯ース
忠誠に果ては無く:詳細不明、キヨマサが装備
殉教者の愛:詳細不明
???:詳細不明
???:豚の貯金箱の形をしたアイテム。異世界に飛ばされた理由はともかく、この時代だったのはこのアイテムが原因
ロサ・セリケア・プテラカンタ
ムーン・オーシャンの3代目ギルドマスターであり、ギルドに残っていた、ただ1人の初期メンバー。
リアルではアーコロジー内で生まれたお嬢様、職業は学者。上から目線の男っぽい口調はロールプレイではなく素の口調。
ブーディカ
カルマ値マイナスの聖母イメージと言う破綻したキャラ設定を持つNPC。
キヨマサ
「嫌な事件だったね」と言われる祝勝会でアルコールが入ったギルメンの暴走によって生まれたNPC。設定に爆弾を抱えている。
ゴルゴン3姉妹
ステンノ、エウリュアレ、メドゥーサの名を冠したNPC、けれど、種族が蛇人とかでは無くハーフ・フェアリーで統一されていて、名前以外に元ネタに準じている所は余り無い