IS 幽霊の笑顔   作:リディクル

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待っていた人は、お待たせしました。
プロローグに当たる話なので、短めですが、お楽しみください。


前編:Presence


 今日、彼は16歳になった。あと4年で大人になれるという人もいれば、もう4年しかないという人もいるだろう。彼は、そのことをあまり気にしない人間であったが、遠くまで来たな。という感覚はあった。

 

 今、自分を取り巻いているのは、世界を変えた理不尽と、それが自分に使えるがために押し付けられた身勝手な希望であるのだと、彼は思う。自分ともう一人は、確かに世界を変えうる力を持っている。だが、それが他の人々が持てるようになるまで、一体何年かかるだろうか、自身が大人になるまでの4年間で、それが実現するのだろうか。

 その答えが、否であることを、彼は知っていた。

 そうであるからこそ、()()()()()()()()には、希望が抱くことができないということを、彼は十分にわかっている。

 ならば、今この瞬間から少しずつ変えていけばいいと思うかもしれない。だが、それは不可能なのだ。なぜならば、理不尽が使えるようになってしまった自分たちのことを、世界は希少なものであると捉え、鳥かごの中に入れたからだ。

 だからこそ、彼は何もできない。どんなに希望を押し付けられても、それを実現するための力も、そして手段も持ってはいない。そう、彼は自分では何もできないと悟っている。

 

 だが、もう一人はどうだろうか。

 

 もう一人は自分とは違い、友達思いで、誠実で、そして強い。そして、ほかの専用機持ちである彼女達をしっかりと見ている。自分にはできないことだと、彼は思った。

 しっかり見ているからこそ、あちらもしっかりと見返してくれる。ただ何の感慨もなく眺めているのでは、あちらも同じような見方になるのはわかっていたことなのだ。そうなれば、自然と距離は空いていくし、疎遠にもなっていく。

 ――もう、彼女らと自分は、ただの友人という関係になってしまったと、あるとき彼はふと思った。彼女らの興味が、自分からもう一人の方へと移っていることに、気づいてしまった。

 そのときは、少しだけ傷ついたような気分になった。そして、悲しいとも思ったが、それらの感情は洗い流され、その心の傷はあまり時間が掛からず癒えてしまった。

 傷がいずれ癒えるように、そして病がいずれ治るように、人間関係も、時が経てば全く違ったものへと変化していく。他人から友人へ、友人から恋人へ、恋人から夫婦へ、夫婦からまた他人へと、階段を上り下りするように変わっていくのだ。

 だからこそ、時間は残酷なのだ。そこにあったものを消していってしまう。そこで止まることすら許さない。自分が行くべき場所へと早く行けと言わんばかりに、背を押し続けてくる。

 彼女たちが進み続けているのと同じく、彼ともう一人もまた、その歩みを止めてはいない。ただ、行くべき方向が違う。ただそれだけのことなのだ。

 

 それだけのことなのに、彼女たちの心の中の、今まで自分が占めていた場所には、彼ではなくもう一人がいるのだ。そして、もう一人の輝きが大きければ大きいほど、彼自身が彼女たちの心の中から消えていく。まだ完全にではないが、徐々に彼の存在を気にしなくなってきているのは確かなのだ。

 だが、彼はそれを良しとしていた。自分という存在が、他者から認識されなくなることを、これでいいのだと思っていた。彼女らが必要としている人が、自分からもう一人へと変わっただけなのだ。何も自分が消えたから、代わりを選んだというわけではなく、ただ単に、自分の中の優先順位が変わっただけのことなのだ。

 そうであると知っているからこそ、彼はその変化に対してそれでいいと思った。そして、それこそが、自分の限界であると思ったのだ。

 彼女らの心は、自分から離れ、もう一人の方へと行ってしまった。どんな形であろうと、それは彼女らと自分が分かり合えなかったことを意味している。だが、そうなることはわかっていた。自分では、彼女らを真の意味で救うことができない。それを察知したのは、紛れもない彼女たちなのだ。そして、彼女たちは自身を救ってくれる存在――すなわち、もう一人の方へと流れていった。ただ、それだけなのだ。

 

 だからこそ、彼に向いている人は、一部の例外を除き、もういないと考えた。その一部の例外も、もうすぐ自分から離れていくだろう。

 ――ようやく、時が来た。彼はそう考えた。

 だからこそ、彼はもう終わりにしようと思った。こちら側で得るべきものは全て得た。そして、こちら側で為すべきことは一つを除いて全て為した。あとは、やるべき最後の一つ――すなわち、こちら側に別れを告げることだけである。

 そのためにも、自身を見届ける存在が必要なのだ。それは大勢はいらない。ただ、一人だけでいい。

 だが、彼にはある恐れがあった。それはすなわち、誰かの未来を壊してしまうのではないのかというものであり、それが、彼が別れを告げる人物を選ぶ目を、より慎重なものにしていた。

 

 まず、自身の姉はどうだろうかと考える。だが、姉は疲れていると彼は思った。それは肉体ではなく、精神が疲弊している。自身を取り巻く様々な要因が起因している。それでも気を奮い立たせ、自らの後進を育てているのだ。

 もし、自身が姉に別れを告げたとしたら、きっと自身に取り巻いているものに押しつぶされ、姉はもう立てなくなってしまう。そうなれば、姉は誰かの先導となることができなくなってしまう。

 彼はそれを恐れ、姉という選択肢を却下した。

 

 では、他の専用機持ちである彼女らの誰かならどうだろうかと考える。しかし、彼女らは危ういバランスでその絆をつないでいる。それは一人でも欠けてしまえば簡単に壊れてしまうものなのだ。

 もし、自身が彼女らの誰かに別れを告げたとしたら、そこでその一人が欠けてしまう。そうなれば、彼女らをつないでいた絆は壊れてしまい、バラバラになってしまうだろう。

 彼はそれを恐れ、彼女らという選択肢を却下した。

 

 では、もう一人のあいつはどうだろうかと考える。しかし、あいつは自分よりも他人を優先する人間であり、他人の痛みを自分も痛むことができるお人好しなのだ。

 もし、自身があいつに別れを告げたとしたら、あいつはそのことを悔やみ続け、自分を責め続けるだろう。そうなれば、あいつが自らの目指している道から外れてしまい、完全に歪みきってしまうだろう。

 彼はそれを恐れ、もう一人のあいつという選択肢を却下した。

 

 彼は考え続けた。誰に別れを告げるのか、誰が別れを告げるのに相応しいのか。それを念頭に置きながら、彼は他者に目を向け続けた。

 やがて、彼は一人の人物に思い当たる。

 その人物は、姉のように先導する人でなければ、彼女らのように危ういバランスの絆を持っておらず、もう一人のように過度に他人を優先する人物ではない。そう、その人物ならば、自分は心置きなく別れを告げることができるのではないか、そう考えた。

 何故、その人物のことを思い至ったのかは、彼自身もよくわからない。考えていたら、いきなり頭に顔が浮かんできたのだ。実は、自分が思っているよりも、無意識的にその人物は自分の中では大きな人物なのかもしれない。

 その人物は、猫のように気まぐれで、飄々としているが、その裏で思いやりの暖かさを持っている。そして、相応の強さを持っている。そこまで考えて、彼は「彼女にならば、別れを告げても大丈夫だろう」と思った。

 ようやく決まった。そう考えた彼は、少しだけ気分が晴れたような気がした。そして、早速別れを告げるための準備に取り掛かる。自分の立場や、彼女の立場を考えた場合、いろいろな準備が必要なのだ。もう残されている時間は少ない。そして、時間は待ってはくれない。だから、そうと決めたら今から始めなければ、間に合わなくなってしまう。

 そう考えながら、彼は準備を進める。

 

 

 

 ――織斑一夏が、更識楯無へ別れを告げる、準備を。

 

 

 

 

 




一夏の独白のみのプロローグでした。
少々わかりづらい点があると思いますが、それは後々語っていこうと思っています。
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