IS 幽霊の笑顔   作:リディクル

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ようやく、クライマックス直前です。
今回もISの戦闘描写が入らない話となっております。
……もう、戦闘描写入れなくてもいいと思い始めている今日この頃。

今回の照彦の心情と『胡蝶が飛んでいく先』の二人目、そして『かの者の名は』の藤原春人をもう一度比べて見てくれると嬉しいです。

それでは、どうぞ。







 

 

 

 ――織斑一夏。その名には、様々な意味が込められている。

 まず、最近の事象で言えば、自殺してしまった、世界で最初にISを起動させた男性ということで知られるだろう。唯一ではないのは、その後世界各国で行われたIS適性の一斉検査において、もう一人出てきたからだ。

 次に、彼のことで挙げられることは、IS操縦者として誉れ高い、世界最強(ブリュンヒルデ)の称号を最初に頂いた人間である、織斑千冬の弟であるということだろう。織斑という姓を耳にしたら、そちらの方が最初に思いつく。七光りと言う気はないが、それにしても、織斑千冬という存在は、この世の女性にとっては極光のような輝きを持っているようなものなのだ。

 だが、たった二人、彼の身内である千冬を除き、そのような評価を下さない人間がいる。

 それは、更識楯無と秋月照彦だ。二人はそれぞれ形は違えど、織斑一夏という人間を正当に評価していると言っても過言ではない。秋月照彦は、中学時代より様々なことを語り合った友人として。更識楯無は、密やかな思いを寄せる先輩として、織斑一夏という存在を、自身のかけがえのないものであると位置づけて関わっていき、絆を育んできたのだ。そんな二人の想いに貴賎などない。

 

 それでも、その真実は二人にとって全く予想もしていないものだったのだ。

 

 

 

 スコール・ミューゼルの口から語られたことが、もし本当であるならば、何故一夏は自分と友人になることを選んだのか。照彦にとって最大の疑問はそこなのだ。亡国機業の成り立ちからその理念、そしてその亡国機業においての一夏の立ち位置はよくわかった。あれだけ懇切丁寧に教えられれば、よほどの馬鹿――それこそ、自分の力こそが絶対の正義であると勘違いしているような輩でない限り、理解できるような話だ。

 そうであるからこそ、照彦は困惑しているのだ。一夏は自分や楯無先輩と一緒にいたいと思っていたのだろう。だが、いずれ逃れられぬ死があるにも関わらず、好き好んで誰かと仲良くなるのだろうか? いや、自分ならば極力一人で過ごそうとするが、一夏の場合は違うのだろう。短いこちら側での生なのだから、しっかりと謳歌しようと考えていたのだろう。考え方など、環境や育ちの違いで簡単に変わってしまうものだ。

 しかし、それでも分かり合うことはできる。かつて、自分と一夏が殴り合ってようやく本音を言い合ったように、人は自分の心の内をどこかで吐き出したいと思っているのだ。自分たちの場合は、あの時であり、現在一夏と相対しているであろう楯無先輩は、今がその時なのだ。

 だが、今自分が思うべきことはそのことじゃない。亡国機業の存在理由が人間の社会を存続させるための抑止力であるということはわかった。その理念を守るために、亡国機業の長たちが、構成員である亡霊たちのしがらみになり続ける役割になることを選んだということも、理解できた。そして、その役割に自身の友人である織斑一夏がなっていることも、知ることができた。

 

 それでも、一つだけ、知りたいことが照彦にはあった。

「それは、あいつが望んだことなのか」

 自身の心から湧き上がるのは、疑問。それに身を任せ、照彦は全てを知っているであろう金髪の女に向けて、問う。

「本当に、あいつ自身が望んで幽霊とやらになったのか?」

 クローンとはいえ、大切だと思っている人間を残して死ぬということを聞かされて、彼は首を縦に振るだろうか? 人間の社会を守るという大義名分こそあれど、自らが忌避していた戦いという行為を肯定するような組織の長になるということを、決して報われないとわかっていながら彼が了承するだろうか? そう思えない。だが、現実では、織斑一夏はそうなっている。照彦にとってみれば、そこが不可解なのだ。

 だが、照彦の問いを受けても、スコールの笑みは崩れない。

「本当に、あなたはそう思っているのかしら?」

 そして、その余裕のまま、逆に照彦に対して問いを投げかける。

「あなたの知る彼は、どう考えると思う?」

 その言葉に、照彦は一瞬だけ虚を突かれた。その感情が顔に出なかったのは、ある意味で奇跡なほど、内心では動揺した。しかし、その動揺も、すぐに引いていく。よく考えてみれば、分かることだ。彼女の問いを受けるまで、照彦はほとんど自分視点で、()()()()()()()()()()を尺度として考えていた。確かに、それしか知らないから、その尺度で考えるのは当たり前だ。だが、照彦は、スコールに指摘されるまでその尺度を見落としていた。否、当たり前すぎて、忘れていたのだ。それは、友人という括りよりも、簡単なものだ。それはすなわち――

 

 ひとりの人間として、織斑一夏はどう考えるか、だ。

 

 照彦は思い出す、織斑一夏がどのような人間であったのかを。どのような性格をしており、どのような生き様で、どのように生きたかったのかを、一つ一つ繋ぎ合わせていく。

 彼は、優しい人間だった。唐変木な面や、少々抜けている面、浮かれやすい面などがあるものの、基本的に、彼を評価するならば優しい人間であるという評価を、誰もが下す。中には、そんな彼の優しさを、甘いと断ずる人間もいたが、それも彼の優しさからくるものだと考えたら、いいものだと思える。そして、優しいからこそ、困っている人を見つけたら放ってはおけないのだ。そこに打算など一切存在しない。ただの善意で、彼は人助けをする。詳しくは知らないが、もしかしたらそれが彼の生き様なのかもしれない。

 では、彼はそのような性格と生き様で、どう生きていこうとしていたのだろうか。そうして考えていくと、やはり、大切な誰かの為に生きていくということが思いつく。否、それしか思いつかない。優しくて、困っている人がいたら放っておけないお人よし。それが、織斑一夏という人間なのだと、照彦は考えている。

 それと同時に、彼は自身の感情を心の内にしまい込む人間であるということも、知っている。吐き出すべき感情をしまい込み続け、もうどうしようもなくなるまで抱え続けようとする。ある意味で、意地っ張りな性格なのだ。あの時も、無理矢理にでも聞き出さなければ、一夏はずっと心の中にドロドロしたものを抱え込み続けただろう。そして、予期せぬ時に爆発していたに違いない。基本的に、彼は優しい。優しいからこそ、誰にも自身の弱みを見せようとしない。そして、全て自分で抱え込もうとするのだ。そして、誰にも助けを求めようとしない。全てを自分で解決しようと気負うのだ。

 ――それも、彼なのだ。超人などという存在は、この世界の中でほんのひと握りだ。それ以外は、ただのちっぽけな人間なのだ。優しくて、困っている人がいると放っておけない。でも、誰にも自分の弱みを見せなくて、全部自分で解決しようといらないものまで抱え込む、お人よし。それが、秋月照彦が知る織斑一夏の全てなのだ。

 そう考えていくと、今の一夏がどのように考えているのかが、よくわかった。

 今の一夏は、泣いている。外側ではなく、内側。すなわち、心の中で、とめどなく涙を流しているはずだ。彼は心の中で嫌だとしきりに言い続けているが、他ならぬ彼自身の優しさが、その言葉を表に出すまいとしている。だからこそ、誰にも助けを求めずに、自らに救いがないとわかっていながらも、自分でやると決めた役割を遂行するだろう。それが、彼なのだ。自身は、短い間ではあったが、友人として彼の隣にいたのだ。彼が思っていることなど、少し考えを整理すればよくわかる。

 

 そこまで考えて、照彦はひとつの答えに行き着いた。ああ、なんだ。悩む必要はなかった。立ち位置が変わって混乱していたが、あいつは()()()()()()()()のままじゃないか。

 ――ならば、迷う必要はない。

「もし、あいつが本当に俺の知る織斑一夏ならば」

 やるべきことも、それを行う覚悟も決まった。あとは、それを目の前の()に宣言するだけだ。

「あいつには、殴ってでも聞かなきゃならないことがある」

 今まで、何をしていたのか。どうしてああまでして、俺たちから離れたのか。そして、これからお前はどうしたいのか。あの時のように胸ぐらを掴み上げてでも、問い詰めなくてはならない。またあの時のような殴り合いになっても構わない。何故なら、そうでもしないと本音を言わないのは、自分がよく知っているのだから。

「後のことは、そのあとに考える」

 問い詰めて、全部聞き出して、全てはそこからだ。彼が自分たちのもとに戻りたいのならば、引きずってでも連れ戻す。彼があちら側にいたいと言うのであれば、多少の諍いはあったとしても、最後には快く送り出すだろう。それが、自分なのだ。それこそが、秋月照彦なのだ。彼が生きていれば、彼が自分との友情を未だに抱き続けていれば、それでいいのだ。

 ただ一つ、自分が納得できない終わり方だけは、絶対に嫌なだけだ。相手が友人ならば、なおさらだ。そう考え、照彦は自身のISを展開する。

「だから、お前を倒して、あいつのもとへ行く」

 それを為すためにも、今目の前にいる敵を倒さなければならない。その決意とともに、照彦はスコールを睨む。

「――いいでしょう」

 そう言ったスコールの身は、金色の装甲を纏っていく。照彦のISが警告音とともにポップアップを出す。識別名『黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)』 それこそが、スコール・ミューゼルのISだ。威圧感のあるフォーム、そしてチリチリと肌を焼くような熱気。なるほど、炎熱を操作するという情報は、眉唾物ではなかったようだ。そう考えながら睨み続ける照彦に、スコールは言う。

「私も、あの方はかけがえのない存在だと考えているの」

 スコールにとって、織斑一夏の存在は、正しく希望の光なのだ。既に一部の者しか気にしなくなった亡国機業本来の姿を蘇らせようと奔走している彼こそ、今失ってはならない存在なのだ。そう考えているからこそ、スコールは彼を守るために動くのだ。それが例え、彼自身が望んでいなくても、それこそが、彼女の存在意義であると考えているからだ。だからこそ、スコールは目の前にいる敵対者に向けて、宣言する。

「それを奪おうとするならば――」

 

 ――あなたは、敵よ。

 

 その言葉が言い終わらないうちに、照彦は瞬時加速(イグニッション・ブースト)でスコールに突貫する。しかし、それをスコールは上昇して躱す。

 スコールはそのまま空へと上昇していく。警戒しているのか、攻撃はしてこない。それを好機と捉えた照彦は、まるで食らいつくかのように、自身も上昇し、スコールを追う。スコールはどんどん清水寺から離れていく。おそらく、自身を一夏から離そうとしているのだ。それが分かっていても、照彦はその誘いにあえて乗っていた。

 倒すと決めたのだ。だから追う。そして、彼女を倒さなければ、自分が一夏と相対する資格がないと考えているからだ。それがただの自己満足であることは、よくわかっている。

――それでも、そうしなければ自分は先へと進めない。我ながら、不器用な人間だと、心の中で自嘲する。しかし、それを顔には出さない。今は、戦闘中なのだ。そう考えた照彦は、気を引き締め直し、スラスターの出力を上げ、夜の空を飛ぶ黄金のISを追った。

 

 

 

                   ◇

 

 

 

 二機のISが、赤い光の尾を引きながら京都の夜空を駆けている。誰も気がつかないことが奇跡であるほど、激しくぶつかり合いながら、徐々にこの場から遠ざかっていく。その様子を眺めながら、一夏はいつの間にか隣まで来ていた楯無に向けて、言葉を紡ぐ。その顔には、悲しげな笑顔が浮かんでいた。

「今語ったことが、俺にとっての全てです」

 亡国機業のこと、そして自分のこと、その全てを嘘偽り無く彼女に語ったのだ。彼の言葉がもたらした真実は、楯無を打ちのめすには十分すぎるものだった。彼が何者であるのか、それはわかった。何故亡国機業というものが存在しているのか、その理由も理解できた。だが、理解することと納得することは違うのだ。今の楯無の頭の中は、彼の語った真実によってぐちゃぐちゃになっていた。かろうじて思考できることはといえば、有り得ないという感情から来る疑問だけだった。彼は、亡国機業の首領だった。それはここにたった時点で覚悟していたことだ。だが、その立ち位置に自分の意思で立っているというのは、どういうことなのだ。他にも、一夏に問いたいことがあるが、彼女の中で最も大きな疑問はそれであった。

 しかし、そうした疑問を彼女が言葉にしようとしても、それが言葉になることはなかった。何も考えがまとまらない中で、そのような疑問だけを言葉にすることは、立て続けに起こる不測の事態によって、心の平静を取り戻しきれていない今の彼女には、難しいことだった。言いたくても、言えない。そんなもどかしさを抱えながら、楯無は一夏を見つめていることしかできない。

 そんな彼女の心のうちが手に取るようにわかる一夏は、悲しげな笑顔のまま、口を開く。自身の言葉が、例え彼女を苦しめることになっても、言わなくてはいけないことがまだあるのだ。だから、彼は言葉を紡ぐことをやめない。

「俺は、生まれた時からこうなる運命だったんですよ」

 それを決めたのは――他ならぬ一夏の両親だ。姉である千冬は、そんなこと全く知らない。知っている人間は、もうほとんど残っていない。自身のこの運命を知っているのは、スコールと、()()()()

 事情を知るもう一人に、こんな運命を捨て去る機会は何度もあっただろうと、ある時に問われたことがあった。しかし、一夏はその時に、捨て去る機会など、最初から存在などなかったと答えた。そうすることを、自身は忌避したと言ったのだ。自分が背負わなければ、他の誰かが背負う。それを一夏はそれを良しとしなかった、だから背負った。ただそれだけなのだ。

 

 そんな彼の言葉を聞いた楯無の中で、彼の存在を形作っていた何かにヒビが入ったような気がした。それと同時に、言いようのない不安が、その心に沸き上がってくる。

何故今そんな感情が沸き上がってくるのか、その理由は皆目検討もつかない。だから、その理由がなんであるのか、そして、それを源に湧き上がるこの不安を払拭するべく、もう一度自分の心と向き合おうとするが、心の中は様々な感情が混沌と混ざり合っており、どれが不安の原因であるのか、全くわからないでいた。

 そんな彼女の心の内を汲み取ったかのように、もしくは彼女がそのように考えることを最初から予測していたかのように、一夏は悲しげな表情を顔に浮かべ、言葉を紡ぐ。

「――だけど、俺はあなたに悪いことをしてしまいました」

 不本意であったとは言え、こんなにも自分を思っている人の前で、自身の命を絶った。それだけでも、一夏自身は許されぬ行為であると考えていた。ましてや、自身のその身勝手な選択のせいで、今もなお楯無は苦しんでいるのだ。地獄に堕ちるだけでは、生ぬるいのかもしれない。

「俺の選択は、間違っていた。俺の選択が、今あなたを苦しめている。ただそれだけのことかも知れないと人は言うかもしれないけれど、本来であれば、そんなことをした俺があなたの前にこうして立っていること自体、あってはならないことかもしれない」

 自分の身勝手で苦しんでいる人間の前に、実は生きていましたと言ってのうのうと出てくるなど、人間として間違っていると個人的には考えている。死人に口なし、という言葉ではないが、人の世で死んだのであれば、それなりの振る舞いがあっただろう。だが――

「どうしても、俺はあなたに会わなくちゃならなかった」

 自分の考えを曲げてでも、自分は楯無に会いたかった。

「あなたに会って――贖罪をしなくちゃならなかったんですよ、楯無さん」

 贖罪。その言葉に、楯無は困惑して一夏の方に顔を向ける。一夏は今までと変わらず、悲しげな表情を浮かべているだけだ。その表情からは、何かに対する悲しみしか読み取ることができない。しかし、彼の言葉を聞き、楯無の心の中に、一際大きくなった疑問があった。それは、なぜ自分にそこまでしようとするのか、というものだ。その答えを、自分で出すことができない。何故、どうして、問いかけだけが頭の中を回り続ける。そうして考えた末に、自然とその言葉は口から零れ落ちた。

 

「――なんで?」

 

 たった一言、そう言った。その言葉は、今の楯無を表しているかのようなものだった。いくら答えを考えても、わからない。いくらあなたのことを思っても、一向に言葉は出てこない。今の状況も、これからの選択も、何もかも闇の中にある。だから、道標が欲しい。だから、自分の道を照らす光が欲しい。そのような感情が、その言葉を吐き出させたのだ。

 その言葉に対し、一夏は自身の答えを、顔に浮かべた優しげな笑みとともに返す。その答えこそ、一夏が楯無に会おうと思った原点であり、今この場に立ち続けている原動力となっている感情なのだ。

 

「俺は、あなたのことが一人の女性として、好きだからです」

 

 その言葉は、正しく愛の告白だった。いきなりの一夏の告白は、楯無を驚かせるには十分なものだった。先程からそのようなことを匂わせる言葉を彼は言っていた。しかし、それを自身の勝手な思い込みだと思っていた楯無は、深く考えることはなかった。だが、今言われた言葉は、疑う隙もない。そして、その告白によって生まれた驚きとともに、楯無の心に湧き上がってきた感情があった。

 それは、安堵だった。何故、今この状況でそんな感情が湧き上がってきたのかと聞かれれば、彼女はきっとこう答えるだろう。思慕の情を寄せていた人物が、自分と同じ思いを持っていたからだと。それはすなわち、今目の前にいる存在が、楯無が知る織斑一夏であるということを認めたということに他ならない。

 そのような思いが湧き上がっていくと同時に、楯無の表情にも変化が現れる。固く、緊張と困惑に支配されたものが、徐々に溶けていく氷のように、安心を伴ったものへと変化していく。彼女の本来の笑顔はまだ出てきていないものの、それが出てくるのもあまり時間を要さないだろう。

 そんな彼女が一つため息をついたことを確認し、一夏はでも、と前置いてから言葉を紡ぐ。その表情は、先程から変化していない。

「俺は既にこちら側の存在で、もしかしたら、もうあなたとは会えないかも知れない」

 自分は、亡国機業。あなたは、更識。既に袂は分かたれている。どう願おうと、もう二人の道は交わることはないだろう。自らのエゴを押し通せるような立場ではないのだ……今、この瞬間以外は。

 ――だから、その言葉とともに、一夏は最後のエゴを吐き出す。

 

「最後に、俺ができる範囲で、楯無さんの願いを一つだけ叶えたいんです」

 

 俺は、あなたのことが好きだ。でも、あなたとともにいることは、もう永遠にありえないものとなってしまった。だから、せめてあなたの本当の心が知りたい。俺をどう思っているのか、あなたはどう有りたかったのか。あなたの表情をみれば、それらはすぐにわかる。でも、それをあなたの言葉で聞きたい。ああ、確かに、これは俺のエゴだ。それでも、このエゴを叶えなくては、俺は先に進めない。

――だから、俺は楯無さんの前に立っているのだ。

 

 そんな一夏の心情を知らない楯無にとってみれば、彼の吐き出した言葉(エゴ)は、あまりにも残酷な真実であった。貴方の願いを一つだけ叶えよう。何故なら、もう永遠に会えなくなってしまうから。願いを叶えることで、あなたへの愛の証明としよう。そう言っているようなものなのだ。自分勝手だ、おそらく、全てを知っているからこそ、その言葉を吐き出したのだろう。

 しかし、それを理解した楯無の心に生まれたのは、怒りではなく、悲しみだった。それは、愛している彼ともう会えなくなることからくるものではなく、また、そのような運命に抗えない自分へのものではない。では、どのようなことからくるものなのかと言うと、そのような形でしか愛を示すことができない彼の立場に対しての悲しみなのだ。

 その悲しみが、楯無の口から一つの問いを紡がせた。

「もし、私があなたの事を殺したいと言えば、あなたはそれを叶えてくれるかしら」

 その言葉を言って、すぐに後悔した。これでは、自分の思い通りにならないからあなたを消してしまいたいと言っているようなものではないか。

 しかし、楯無の問いに対して、一夏は悲しげな笑顔を浮かべたまま答える。

 

「それがあなたの望みなら、喜んでこの命を差し出しましょう」

 

 その言葉は、楯無の心を一瞬で冷静にするには十分すぎる答えだった。何故、彼がそんな言葉を言ったのか、楯無はもう一度よく考えた。何故、自分の前に立っているのか。何故、この状況下で自分に告白したのか。何故、彼は自分とこうして会っているのに、表情は悲しげなものなのか。

 それらの疑問、そして先ほどの問いに対する回答。それらを慎重につなぎ合わせていく。そうして導かれたのは、ただ一つの、おそらく彼自身が未だにひた隠している真実。

 ――まさか、そんな思いとともに、楯無は一夏に対してもう一つの問いを投げかける。しかし、これは本心からの問いではない。あくまで、確認のためのものだ。

「――ねえ、織斑君」

 彼を呼び、問いかける。

「もし、私があなたに()()と命じたら、あなたはそうするかしら?」

 その言葉を聞き、一夏は悲しげな笑みを崩さないまま、答える。

「それはできません」

 その言葉は、楯無が予想していた通りのものだった。彼女の心の中の疑念が、確信に変わった。ようやく、彼の本心にたどり着いた。ならば、自身がやるべきことは――

「……なら、少し考えさせてくれない?」

 自らの願いを、考えることだ。

「わかりました」

 そう言って、一夏は未だ夜空で戦い続ける二機のISの方へと目を向ける。その間に、楯無は静かに深呼吸をしてから、思考を始めた。

 

 

 

 何故、一夏は自身の前に立ったのか、それは彼自身が思っているように、楯無への愛を証明するためだ。だが、彼の本心では、それだけが理由の全てではない。今回彼が証明の手段としているのは、願いを叶えることというものだ。愛しているからこそ、あなたの願いを叶えたい。なるほど、普通に理由として通るものだと考えられる。だが、そこで一つの疑問が生まれるのだ。

 その疑問が、何故願いを叶えるという事を手段として選んだのか、というものだ。他にも手段があるはずであるのに、何故それを選んだのか。それの答えを考える場合で大きなヒントになるのが、彼自身が自らの立場をどう思っているかということだ。彼は度々、今の立場を快く思っていないような言葉を口にしている。つまり、今の立場をよく思っていないということなのだ。その考えをもとに、疑問について考えると、すぐに答えを導き出すことができた。

 簡単なことだ、彼にとって、願いを叶える手段そのものが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるからだ。ただ、この考えはあくまで楯無の予想であるため、本当は違うかも知れない。しかし、今までの一夏の態度や言動を見てくると、自然とそうだと思えてくるのだ。

 もし、自身の予想が当たっているならば、どうすればいいのか考えることができる。一夏にしてみれば、自身を縛り付けている運命をもう終わらせてしまいたい。しかし、それは今まで世話になったり、慕ってくれていた人々を裏切る行為なのだ。他者のことを大切に思っている彼のことだ、そのような人々を裏切ることなど、できるはずがない。

 では、外的要因によるものはどうか、敵対組織によって捕らえられる――もしくは、それとの抗争で命を落とす。そうであれば、あくまで殉職というものになり、誰も責めることはないだろう。こうして前線に出ているのだ、もう後継者は決まっているに違いない。つまり、亡国機業側に憂いなどないのだ。あるとするならば、自らの迷いのみ。

 

 だがそれも、一つの情報が舞い込んでくることによって解決した。

 それは、IS学園の精鋭による『亡国機業掃討作戦』の情報だ。それを知った時には、彼はとても安堵したに違いない。ああ、ようやく楽になれる。そう思ったと同時に、彼は来るべきその日のために準備を始めたのだ。様々なことをしたに違いない。自らが京都に来るという情報を流したり、苦言を呈する幹部を説き伏せたり、自らの邪魔となる者たちを事前に排除したり。全ては、今この状況を作り上げるための布石でしかなかったのだ。

 では、何故自身が彼の目の前に立っているのかという疑問が残るが、それもまた、すぐに答えを導くことができた。簡単だ、IS学園側の人間を精査した結果、私以上に適任となる人間がいなかったのだ。その理由は、私自身がよくわかっていることだ。力なき民の楯となる、更識家当主であること。IS学園の生徒を守る、生徒会長であること。そして、一夏自身が思慕の情を寄せている、ただ一人の人物であること。彼自らの幕を引くにふさわしい人物が、そのような人物以外にいるだろうか。おそらく、世界のどこを探しても、いないだろう。人の出会いというものは、奇跡という一枚の薄い氷の上に乗っているようなものなのだ。一歩間違えれば、割れてしまってもう戻らない。だからこそ、人の縁は尊いものであるのだ。

 そうした、様々な奇跡があるからこそ、今こうして自分と一夏はまた会うことができたのだ。だからこそ、一夏は楯無に自らの全てを委ねるつもりでいるのだ。それこそが、自らの愛を示す手段であり、また楯無の愛を確かめる手段でもあるのだ。

 

 それらのことを踏まえると、楯無自身が取ることができる選択肢は、たった二つ。

 一つは、彼に刃を突き立てて、殺すこと。つまり、彼の本当の願いを叶えるということだ。もう一つは、別のことを命じ、この場は逃がすこと。つまり、楯無自身のわがままを貫き通すことだ。それは、義を取るか、愛を取るかの二択なのだ。すなわち、自らが、更識楯無であるのか、更識刀奈であるのかを選択することに他ならない。

 今、彼女の心の中は揺らいでいた。

 ――楯無である自分が言う。今ここで敵を討ち、為すべきことをなすのだ、と。

 ――刀奈である自分が言う。もう彼が死ぬのは嫌だ、だから見逃そう、と。

 公の自分が、殺せと叫ぶ。私の自分が、生かせと叫ぶ。耳をふさぐことなど、出来はしない。何故ならどちらも自分自身なのだから、どちらかを選ばなければいけない。

 だから、彼女は考える。彼をどう思っていたのか、彼とどうありたかったのか、そして今の自分が、どうあらねばならないのか。一つの組織の長として、一人の女として、一人の人間として、自分が後悔しないために、そして彼に後悔をさせないために、考え続ける。

 考えて、考えて、考えて――ようやく一つの答えを出した。それは、とてもありふれた答えだ。でも、今の彼女にはそれしか思いつかなかった。

 既に覚悟は決まっている。そう思うと、自然と口が言葉を紡ぎ出す。

「ねえ、一夏君――」

 楯無の言葉に反応し、一夏が彼女の方へと顔を向ける。

 楯無が、自らの言葉の続きを言おうとして――

 

 

 

 

 

 一発の銃声が響き、一夏の胸に紅い花が咲いた。

 

 

 

 

 




……こんなにもキャラのセリフが少ないIS二次は珍しいんじゃないかと言わんばかりの地の文の荒ぶりようである。

一応言っておきますが、この小説は純愛ものです。
もう一度言います、純愛ものです。

そして、この小説の主人公は、あくまで織斑一夏です。

最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
もうすぐ終わりなので、最後まで付き合ってくださると幸いです。
あと少しの間ですが、どうぞよろしくお願いします。


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