IS 幽霊の笑顔   作:リディクル

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Presence:存在

今回あとがきはありません。
それでもよろしければ、どうぞ。




結末
Presence


 

 

 

「――取り戻したいかイ?」

 

 そんなことを、アリーシャが言った。突然のその言葉に、刀奈は混乱する。どのような意味で彼女がその言葉を言ったのかわからないからだ。それは、彼女の表情に困惑の色として表される。そんな刀奈の反応を、まるで予想していたかのように、アリーシャは笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

「彼――織斑一夏ともう一度会う方法があるとしたラ、あんたはどうすル?」

 その言葉に、刀奈は怪訝な顔をする。何を言っているのか、全くわからない。何かを伝えようとしているのはわかるが、その言葉はどこか遠まわしなものであると感じた。まるで、自分で気がつかなければ意味がない、そう言っているかのようだ。

そう思いながら、刀奈は腕の中で永遠の眠りについた一夏に目を向ける。安らかな寝顔だ、だが、腕から伝わる冷たさと、白くなった顔色が、彼がこの世の存在ではないことの証明であるように見える。そう思えば思うほど、心に悲しみが満ちてくる。

 そうして、息絶えた彼を腕に抱きながら、刀奈は言葉を紡ぐ。

「彼はもう、どこにもいないわ」

 一夏からアリーシャへと目を向けて、刀奈は言葉を続ける。その表情は真剣そのものであったが、彼女の瞳に映る深い悲しみまでは、隠せていなかった。

「ここにあるのは、彼の抜け殻よ」

 この目で、彼が死に行くところを見た。この耳が、彼の最後の言葉を聞いた。この手が、彼のぬくもりが消えていくのを感じ取った。だからこそ、一夏が死んだという事実は、刀奈にとっては覆しようのないものだ。何故ならば、ほかでもない自分の腕の中で、一夏は息絶えたのだ。その事実があるからこそ、刀奈はこの世に彼は存在しないという答えを出さざるを得ないのだ。

 しかし、刀奈のその答えをアリーシャは鼻で笑い、言葉を紡ぐ。

「死が別れであるなんて――そんなもの、ただの幻想サ」

 徐々に、彼女が言わんとしていることが分かり始めてくる。そうなっていくに連れて、刀奈の表情がこわばっていく。そんな馬鹿な、もしそうならば、彼は…… そう考えた彼女は、アリーシャに何故と問うべく口を開こうとした。しかし、それよりも早く、アリーシャは刀奈に向けて言葉を紡ぐ。

 

「もう一度、一夏と会えるヨ? あんたが()()()()をするのなラ」

 

 その言葉に、ハッとしたような顔をする刀奈。その瞳からは今まで浮かべていた悲しみが消え、代わりに驚愕に似た何かが浮かんでいた。

アリーシャの言葉は、自身が頭の隅で考えていたことを射抜いているように感じられた。だが、その考えは、一夏の尊厳を汚すことになりかねないものであり、本当はその手段を取りたい刀奈であるが、一夏のことを考えれば考えるほど、そんなことはできないのだ。しかし、そう思えば思うほど、もう一度一夏に会いたいという気持ちが強くなっていく。その強い気持ちが、彼女にその手段を取らせようとしてくる。今の彼女は、頭の中でそんな堂々巡りをずっと続けているのだ。そんな彼女の隣に立っている照彦も、アリーシャの言葉を聞き、刀奈が考えているであろうその考えに行き着いたのか、愕然とした表情を浮かべながら、まさかと呟いた。

 そんな二人の反応を見て笑みを深めるアリーシャ。その表情は、まるで猫を思わせる気紛れさが見え隠れしている。ただ、刀奈と照彦が苦しんでいる様を見て笑っているわけではない。どちらかといえば、自分の思っている方向に事態が進んでいることがわかり、嬉しいというような雰囲気の笑みだ。

 そんなアリーシャに、心がまとまらないまま、刀奈は問いを投げかける。自身の心がそのまま反映されているかのように、その声は揺らぐように震えていた。

「そんなこと、できるの?」

 その言葉に、アリーシャは何を今更と言い、そのまま言葉を続ける。

「それに関しては、あいつから何もかもを聞いているあんたならわからない話じゃないだろウ? 一度あいつは似たような方法を使って成功している。だから、私とあんたが思っている方法も、不可能じゃないのサ」

 その言葉は、刀奈がひた隠していた感情を容易く暴き立てるものであった。それでも、その感情を顔に出さなかったのは、今までの経験の賜物であると言えた。だが、外面は繕えても、その内心は別だ。今の刀奈の心は、一夏という存在への渇望が渦巻き、少しでも気を抜けば、その感情に翻弄されそうになっていた。

 そんな状態のまま、刀奈は「でも」という言葉を口に出す。その先に続ける言葉は、未だに考えていない。ただ、感情を抑え込みながら、アリーシャの言葉に反論しようとしたのだ。しかし、反論されることは百も承知であったアリーシャは、彼女が何かを言おうとしているのを遮るかのように、言葉を続ける。

「あいつは、まだ生きていたいと他でもないあんたに言ったよナ。私は、そんなあいつの願いを叶えてやりたいだけなんだヨ」

 有無を言わせないような声色で、アリーシャは言う。しかし、その言葉を吐いた彼女の表情は、先程から変わらない笑みが浮かんでいる。そして、自身の言葉を聞いた刀奈の瞳に少しの動揺が浮かんでいることを、見逃さなかった。徐々に目の前の少女がひた隠していた感情が、心の中で大きくなっているのだ。その事実を、刀奈のその些細な変化として確認してから、アリーシャは畳み掛けるように口を開く。

 

「それに、あんたは彼と一緒に生きたいと、今でも思っているんじゃないのかイ?」

 

 アリーシャのその言葉は、まるで自らの渇望を見透かし、それを自分の代わりに代弁しているように聞こえた。そして、その言葉は刀奈の中で渦巻き続けているその渇望を、より激しくさせた。そして、嫌でも自覚してしまった。自身には、織斑一夏という存在が必要であるということに、気がついてしまった。

 その感情がいつからあったのかは、刀奈自身もわからない。気がついたら、いつの間にかあったのだ。それはどのような果実よりも甘い毒として、知らぬ間に彼女の心を蝕んでいた。愛や恋とは同じようで、どこか違うその感情。それが、今自身の目の前に吊り下げられた、一夏を取り戻す方法という餌に手を伸ばせと叫び続けている。しかし、そう考えている反面、頭の片隅へと追いやられた理性が、本当にその餌に手を伸ばすべきなのかという問いかけを投げかける。その餌に食いつき、彼を取り戻したとして、それは本当に彼が望んだ選択であるのか。そのことをいくら考えても、答えは出てこない。手を伸ばしたい。でも手を伸ばしては駄目だ。そのような感情的な矛盾を抱きながら、刀奈は答えを出そうと悩み続けていた。

 そんな刀奈の様子を、照彦はただ見ていることしかできないでいた。彼は今のこの状況が、刀奈と一夏の問題であるということを直感的に理解していた。そして、そうであるがゆえに、口を挟まない。否、挟むことができないのだ。確かに、自分も一夏が帰ってくるのならば、その方法にすがりたいと思っていた。しかし、その選択をする権利が、自分にはないと思っている。その選択を決定する権利を持っているのは、刀奈だけなのだ。だからこそ、彼は刀奈の選択を待つことにした。そうすることしか、できないのだ。

 そうして悩む二人を見ていたアリーシャがゆっくりと口を開く。

「一夏の命は、あんたのものだヨ」

 

 ――さあ、選べ。

 

 その言葉が、刀奈の背を押した。彼女がアリーシャと目を合わせる。その表情は真剣なものであるが、迷いが見え隠れしている。それでも、何か強い決意のようなものが、瞳の奥には見えた。

 

「私は――」

 

 そう呟いて、彼女は自らの答えを口に出した。

 

 

 

 

                     ◇

 

 

 

 

「――刀奈さん?」

 その声に、彼女は意識を浮上させる。どうやら、過去の思い出にふけっていたらしい。()には済まないことをした。そう思いながら、刀奈はゆっくりと顔を上げる。そうして声がした方へ顔を向けてみれば、自身が座っているテーブルの向かい側の席に、他でもない織斑一夏が座っていた。そんな彼の表情はどこか不安げなもので、今まで考え事をしていた自分のことを心配しているということが窺える。

 そんな彼に、刀奈は大丈夫だと言い、安心させるように微笑みを浮かべる。先程まであんな過去の出来事を思い出していたので、ちゃんと笑えているのか不安であったが、自身の微笑みに釣られるように一夏も笑顔を浮かべたので、しっかりと笑みを浮かべることができていることがわかった刀奈は、内心ホッとしながら、嬉しそうな笑顔を浮かべながらこちらに何かを話そうとしている一夏を見ながら、この夢のような今に至るまでのことをもう一度思い出していく。

 

 ――あの時、自分の答えを口にしてから、もうすぐ5年の月日が過ぎようとしていた。

 今、自分の目の前に存在しているのは、正真正銘織斑一夏、だった人物である。しかし、厳密に言えば、亡国機業製の、幽霊であった一夏のクローンなのだ。死した一夏の細胞から、またクローンを生み出し、生前の記憶をバックアップから引き出して転写した。そうして生まれたのが、今目の前にいる彼なのだ。

 しかし、記憶の転写の時に不具合が生じてしまい、全てをそのまま転写することができなかった。そのため、今の彼の記憶には、欠落している部分が多く存在している。そのことに関して、協力してくれた亡国機業の科学者は、既に死んだ人間の細胞を使用してクローニングしたのが原因であるのではないかという仮説を立てたが、詳しいことは分からず、お手上げ状態であると言っていた。それでも、刀奈と照彦、そしてスコールとアリーシャのことに関しては、完全に覚えているので、気にすることではないということも言っていた。

 そんな彼が、今刀奈の目の前にいる。その事実が意味するのは、結局彼女は一夏を取り戻すという選択をしたということなのだ。ただ、そのことに関しては、一夏に対するほんの少しの罪悪感はあるものの、その選択をしたことに関する後悔は全くしていなかった。だが、そうすることによって、彼と彼女の周囲は目まぐるしく変化していった。

 

 今、刀奈と一夏は日本の各地に点在する更識家の邸宅の一つで、何人かの家政婦とともに暮らしている。比較的本家から近い場所にあり、何かあったときはいつでも本家に駆けつけられる場所だ。その事実を知っているのは、選択の時に居合わせた3人以外には、更識の関係者のみだ。その他の人間は、例え自分たちと友人であった人間であっても、その事実が知らされることはないだろう。

 

 その理由は二つある。まず一つ目の理由は、彼が世間的には死んだ人間になっているということだ。今でこそ更識家と亡国機業の力によって別の人間としての戸籍があるが、織斑一夏としては、()()()()()()()に死んでいるのだ。それは様々な情報媒体で拡散したニュースであり、日本中だけでなく、世界中の誰もが知っている事柄なのだ。そう考えると、織斑一夏という存在の居場所は、この地球上にはないということになってしまう。

 ならば、親しい者の下に身を寄せなければならないのだが、それも一部を除けば不可能になってしまった。それには二つ目の理由である、彼の記憶はほとんど失われているということが関係してくる。彼の記憶の欠落は、織斑一夏として生きていくには致命的なものである。何故なら、亡国機業のことをはじめとして、IS学園での生活のことや、自分の周囲の友人のこと、更には自分の家族であった織斑千冬のことまでも失ってしまっているのだ。そのため、このような状態の彼が身を寄せられる場所は、ほぼ一択であると言ってもいい。それが、更識家であった。

 更識家は古い家柄である上に、日本政府お抱えの暗部組織でもある。そのため、一人の人間を匿うくらい造作でもない。その上、彼が更識家に来てからは、徹底して彼の情報が漏れ出さないようにされているのだ。また、それを彼に知られるようなヘマをすることもないだろう。それが、彼が生きているということがごく一部の人間にしか知られていない真実なのだ。

 ――更識家は、彼を鳥かごの鳥にしただけなのだ。その場所にいれば餌が与えられ、身の安全が保証される。しかし、その鳥は飛ぶことはなく、窓の外にある広大な青空を知らない。

 彼が更識家の人間である限り、自由はない。しかし、彼が更識家の人間でなくなれば、今度は存在することができなくなる。その事実は、死する運命にあった彼を、この世に繋ぎとめて置くための対価なのかもしれないし、彼の存在を欲し、そうであることを望んだ自分への罰なのかもしれない。

 そう思いながら、刀奈は憂い顔で小さくため息をついた。それに気がついた一夏は、そんな彼女の頬に自らの左手を持っていき、ゆっくりと当てる。その左手の薬指には、シンプルなデザインの銀の指輪が嵌められている。

 一夏は、少しだけ心配そうな顔をして、刀奈の頬に手を当てながら、口を開く。

「どうしたんですか?」

 その問い掛けに、刀奈は小さく笑みを浮かべて、彼の左手を自らの両手で包み、ゆっくりと頬から外しながら答える。

「――何でもないわ」

 そう言った刀奈の左手薬指にも、一夏の嵌めているものと同じ指輪があった。

 

 もう、織斑一夏はいない。今自分の目の前にいるのは――()()一夏。

「ねえ、一夏君」

「なんですか、刀奈さん」

 楯無の名を妹に譲り、更識刀奈へと戻った彼女の夫なのだ。

 

「――愛しているわ」

 そんな彼女の言葉を受け、一夏はゆっくりと口を開く。

「俺も――あなたを愛しています」

 そんな彼の言葉とともに、二人は笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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