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しかし、わかったからと言って、それの正体がなんであるのかまでは予想がつかない。わかっていることがあるとすれば、その違和感は些細でかつ漠然としたものであること。そして、それが織斑一夏の纏う雰囲気から感じられる何かということの二点だけだ。
些細なものであったので、特に気にすることなく流してしまえばそこで終わりだ。しかし、秋月照彦という人間は、一度気になってしまったらそれが頭から離れないという、どこか神経質な性格をしていた。
「なあ、織斑」
だからこそ、彼は今自分の隣にいる、違和感の出どころである少年に声をかけた。わからないのであれば、聞いてみる。自身の疑問を解決するための基本的な行動の一つを、彼は実践したのだ。
照彦の声を聞き、一夏は彼がいる方に顔を向ける。外見は、いつもと変わらない、最初のIS男性操縦者である織斑一夏その人だ。しかし、彼の雰囲気から発せられ、微かに感じられる違和感が、本当に目の前にいるのが織斑一夏であるのか、という疑念を照彦の心に抱かせた。
だからこそ、彼は疑念を払しょくするために、口を開く。
「お前、なんか変じゃないか?」
照彦の言葉に、一夏は怪訝そうな表情を見せる。当然だ、誰だっていきなりお前は変だと言われれば、そのような顔をする。その表情を見て、少し言葉が足りなかったかと照彦は思った。しかし、後悔はしていない。
「なんだよ、いきなり」
怪訝そうな顔のまま、一夏は言う。そんな彼の様子に、照彦は「すまない」と一言謝りを入れた。
「なんかお前の様子がおかしいような気がしてな、単刀直入に聞きたかったんだが……正直ストレートに言ってしまったとは思っている」
照彦の言葉を聞いて、一夏の顔から怪訝そうな表情が消え、平常時のどこかぼうっとしているような表情に戻った。しかし、すぐに困ったような表情に変わる。
「おかしいって言われてもなぁ……」
そう言いながら、一夏は首を傾げる。
「俺としては、いつも通りなんだけど」
そう言った一夏を、照彦はじっと見つめる。しかし、一分経つか経たないかというところで、彼は一つため息をつく。
「どうやら、そうみたいだな」
織斑一夏は、嘘をついていない。それが、秋月照彦が出した結論だった。正直、疑念はまだ心に小さな棘として残っている。しかし、それを下手に追及して一夏といざこざを起こすのだけは避けたかった。それに、そうではないと言っている彼を信じてやれないのは、友人として失格になってしまう。そう考えたからこそ、照彦は引いたのだ。
照彦の言葉を聞いた一夏は、安心したような笑みを浮かべる。今まで感じていた違和感も、いつの間にか消えていた。いつも通りの織斑一夏が、彼の目の前にいた。
――紛れもない、いつもの一夏だ。そう思った照彦は、安堵のため息をついた。彼自身何故そうしたのかは分からないが、現在自身の胸にある安心感が、その疑問を遠くへ洗い流していった。
「悪いな、織斑」
だからこそ、照彦は素直に謝罪の言葉を口にした。
「お前が、また何か抱え込んでいるんじゃないかと思ってな。そういうのを隠すのが得意なお前だから、心配になってしまったんだよ」
純粋に心配していたのだ。一夏には一度前科がある。それは夏休み前のことだ。
その時は、他の専用機持ちのみんなを巻き込んでの騒動に発展した。その時奔走し、見事に解決に導いたのは、照彦自身だった。
――最終的に、一夏と殴り合いの喧嘩にまで発展し、ようやくその理由を聞き出すことができた。しかし、彼が思い悩んでいた理由は、いたってシンプルなものだった。
それは、自身が強くなっているか。そして、みんなを守れているか。というものだった。
その時に、照彦は彼の胸ぐらを掴み上げながら、その答えを言った。
――お前は強くなっているし、守れている。それと同じで俺たちだって強くなっているし、お前のことを守りたいと思っている。
当時の照彦は、頭に血が上っていたせいか、ほとんど感情に任せてそんなことをのたまった。あの時ほど自分らしくないと思えることはないだろう、と当時を振り返りながら、照彦は少しの恥ずかしさとともに反省する。ただ、あの時の自身の言葉が、一夏を救ったのは確かなことだという実感があった。
だからこそ、自分は胸を張ってこう言える。
「俺は、お前の友達だから」
照彦の言葉に、一夏は笑顔を浮かべて「ありがとな」と返した。
その言葉に、照彦もまた笑顔を浮かべる。その様子を見ていた一夏の心の中は、いたって冷静なものだった。
改めて、一夏は目の前にいる二人目の彼について考える。
――彼の名は、秋月照彦。
ぶっきらぼうで、少々神経質な性格をしている男であるが、その心の内は仲間思いで、自分よりも他人を優先する好青年である。何事もストレートな物言いで聞いてくる男であり、良いと思ったものは良い、悪いと思ったものは悪いという白黒がはっきりとした性格でありながら、必要以上に他者の心に踏み入ってこない思いやりもできる。
だが、彼の本当の美徳は、妥協してはならない時には絶対に諦めない、その鋼鉄とも言える意思だろう。
夏頃に自身が思い悩んでいたことを誰よりも心配し、自分と殴り合いになってでも聞き出したという事件は、自分の記憶に新しい。ほっといてくれと言い、自身が拳を振るっても、ほっとけるかの一言とともに拳が飛んできた時には、とても驚いた記憶がある。
誰よりも仲間思いで、諦めが悪いからこそ、現在の彼の友人としての自分があり、彼を中心とした専用機持ちたちの絆の輪があるのだろう。
そんな誰から見ても出来た人間である彼は、中学時代からの一夏の友人であり、あの篠ノ之束から一方的に気に入られている存在でもある。そうした縁があるからこそ、ある意味一夏のとばっちりという形でIS学園に入学することになったという経緯がある。
そうしたことから、最初は馴染めるかどうか二人で相談したりしていたが、時が経つにつれて、そんな考えも杞憂であることがわかった。
彼は、本当に自分にはもったいないような友人であると一夏は思う。だが、それと同時に、彼は自分にとってただの友人であるという考えも持っていた。
彼は友人であるが、それ以上でもそれ以下でもないのだ。友人として、相談に乗ったり、苦しいことがあったら一緒に背負ってやることもやぶさかではない。だが、必要以上には踏み込まないし、踏み込んで欲しくない。彼にとって、自分はただの友人であり、自分にとっても、彼はただの友人であるべきなのだと、一夏は思っている。そう、思いたい。
――何故なら、ただの友人であるという関係は、織斑一夏にとって何者にも代え難いものであるからだ。今こうして苦楽を共にし、一緒に笑い合える友人というものは、彼以外この世にはいないのだと、一夏は思っているからだ。
だからこそ、一夏は照彦に別れを告げない。告げることが、できない。
彼は、ほかの専用機持ちも含めて、自分たちの中心的存在だからだ。彼がいるからこそ、自分たちは今こうしてひとつになることはできている。一夏の別れは、すなわち彼自身を背負わせることであり、自分にとって最後のわがままなのだ。そんな事のために、他人のために心を痛めることができる彼という存在を巻き込むことは、正直気が引ける。
だからこそ、そのかわりに――
「なあ、テル」
「なんだ、織斑」
一夏は照彦の愛称を呼ぶ。それに反応し、彼も一夏のほうを向く。しっかりと、目を合わせて一夏は口を開く。
「俺たち、友達だよな」
その言葉に、照彦は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに「ああ、そうだよ」という言葉とともに笑みを浮かべる。
「俺たちは、友達だ」
その言葉を聞き、一夏は改めてその決意を固める。
すなわち、自分の最後の瞬間まで、彼の友達であろう。その決意が、たとえ誰かに傲慢だと言われようと、彼はそれを曲げる気はないし、その決意に後悔など一片の欠片もない。
彼は、自分で為すと決めたことを諦めない。ならば、自分はせめて自分で決めた選択に後悔をしないと誓った。それが、彼と自分の友情の証なのだと、胸を張って言えるように。
だからこそ、今日も織斑一夏は秋月照彦の友達でいるのだ。
◇
ちらりと横を見れば、生徒会の仕事を手早く片付けている更識楯無がいる。もう一時間も前からそのような状態であることに、布仏虚は驚いている。いつもであれば、十分もしないうちに生徒会室から抜け出し、どこかへとフラフラと言ってしまう彼女の主が、そのようなことはせずにずっと書類をさばき続けているという本来であればありえないような光景が、彼女の目の前にあった。
いつもとは違う風景。そしていつもとは違う自身の仕えるべき人物。その二点だけで、布仏虚という人間が警戒心を抱くのは、ある意味で当然のことだった。早い話、彼女にとって現在の楯無状態が怪しすぎるのだ。
「何を企んでいるんですか、会長」
だからこそ、彼女が楯無にそのような形の質問を投げかけたのは当然のことであり、誰も咎めはしないだろう。
そんな質問を受けた当の楯無は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、虚の方に顔を向ける。
「え、なんのこと?」
なんでそんな質問するの? とでも言わんばかりの顔に、虚は心の中で青筋を立てた。
「何故、今になって真面目に仕事をしているのか、その理由を教えてください」
思わず怒鳴ってしまいそうになるのをこらえつつ、虚は答えをほとんど期待していない問いを投げかける。どうせこの問いは、はぐらかされて終わりだろうと決めつけながら答えを待っていた虚は、直後にすぐ帰ってきた楯無の答えに眉を寄せた。
「内容は言えないけど、今週の休みの日に私用があるの」
「私用…ですか」
「うん、約束した人物のお願いで内容は二人だけの秘密だけど、ちょっと行かなきゃならないの」
だから、仕事を残しておくわけにはいけないの。と続けた楯無の顔には、どこか嬉しそうな表情が浮かんでいた。そんな楯無の言葉を聞いた虚は、思わず拍子抜けしてしまった。真面目に仕事をやる理由が、まさかの私用のためだからである。しかも、かなり楽しみにしているようなのか、嬉しそうな表情と仕事を片付けるスピードが比例している始末だ。
――疑って損した。そんなことを考えながら、虚はため息をつく。そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、楯無は鼻歌を口ずさみながら仕事を右から左へと流すようにさばいていく。
だが、動機がどうあれ、ちゃんと仕事をしてくれるのは、自分にとっては助かることだ。願わくば、その私用が終わったあともこの状態が続いて欲しいものだ。そう思いながら、虚自身も自分の仕事に再度取り掛かる。
暫しの間、二人が書類にペンを走らせる音と、紙をめくる音だけが部屋を支配する。そんな中で仕事をしているうちに、虚はふと気になったことがあった。
それは、何故私用一つだけでここまで楯無は真面目になったのだろうという疑問だった。楯無が、一つ約束をここまで重要視するということ自体が、今までになかったことなのだ。だからこそ、虚は気になった疑問を解消するべく、口を開く。
「会長」
虚の言葉に、楯無は「なぁに、虚ちゃん」と仕事をさばきながら言う。彼女の目は、書類から離れていない。虚もまた、書類に走らせるペンを止めることなく、自らの問いを言葉にする。
「――何故、その私用はあなたにとって大切なものなのですか?」
その問いに、楯無のペンを走らせる音が止まる。そこで虚は顔を上げ、楯無の方を見る。虚の方へと顔を向けていた楯無と目が合う。楯無の表情は、真剣そのものだった。
「…楯無様?」
虚の中で、さらに疑問が深まる。そして、やはり今までになかったことなのだということを再認識した。
「わからないの、なんで受けたのか」
真剣な表情のまま、楯無は言う。その言葉は、虚の望む答えではなかった。
でもね、そう言って楯無は言葉を紡ぐ。
「その約束は、受けなきゃ駄目だと思ったのよ」
楯無の言葉に、今度は虚がきょとんとする番だった。しかし、それも一瞬で、すぐに呆れたような表情になる。人がいいのか、なんというのか…
だが、それが彼女の良さであることを虚は知っていた。それこそが、人たらしたる更識楯無の本質の一つなのであるのだ。恐らく、今回の件だって考えなしで受けるという愚行は行っていないだろう。今までがそうであったように。
ふと、そこまで考えて虚の顔に苦笑がこぼれる。自身が仕えている彼女は変なことは言いつつも、自分たちに不利益を被るようなことはしたことはない。そして今回もそうなのだろう。そんな形のない確信があるからこそ、彼女は楯無の様子に呆れつつも、安心することができた。
楯無の言葉に「なるほど」と返し、虚は仕事に戻る。この話はこれで終わりだと言わんばかりに、彼女は自らの目の前にある書類に再び取り掛かり始めた。
そんな彼女の様子を尻目に、楯無もまた仕事を再開する。
その頭の中には、あの日、自身を誘ってきた織斑一夏の真剣な表情が浮かんでいた。
見る人がみれば、二人目の彼の名前の由来がわかると思う。
そして、自分が思うオリ主の理想像が彼なのではと思っています。
最後に、ここまで読んでくださってどうもありがとうございます。
次の話を楽しみに待っていていただければ幸いです。
これからもどうかよろしくお願いします。