IS 幽霊の笑顔   作:リディクル

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ここまで読んでくれてありがとうございます。
今回は詰め込んだせいか、少し短い気がしないでもないです。
そして、おそらく読者の皆様には望んでいない展開かもしれませんが、ご容赦ください。

それでは、どうぞ。







 

 

 

 ――土曜日。それが一夏と楯無の約束の日だった。先に来たのは楯無の方で、待ち合わせ場所である、駅前の時計台の下で、一夏が来るのを待っていた。約束の時間よりも少し早めに来た彼女は、一夏の到着を待っている間、あることに考えを巡らせていた。それは無論、ここ最近の一夏のことである。

 改めて言うが、ここ最近の織斑一夏はどこかおかしい。なんというか、今まで見てきた彼とは根本的な部分が違う。それがなんであるかまではわからない。だが、二人目の彼が感じた何かは、おそらくそれに関係があるのだろう。

 今、一夏が何を考えているのか、何を思い、何に目を向けているのかはわからない。はっきりと言って、わかることのほうが少ないのだ。ただひとつ言えることは、彼は何らかの価値基準のもと、自分を選んだのだ。そうなると、さらに楯無の頭の中で疑問が膨らむ。だが、そんな疑問も、ただ一点に収束することができる。

 ――何故、自分でなければならなかったのか。それこそが、楯無にとっての最大の疑問なのだ。彼の価値判断の基準はなんであるのか。何を尺度にし、何を及第点として、どのような思考によって自分を選ぶという解にたどり着いたのか。その部分が、今だにわからない。他の部分はいくらでも想像することができる。だが、その部分だけは仮定の想像すら許されなかった。

 何故、自分なのだ。その考えが、楯無の思考を雁字搦めにしていた。

 

 だからこそ、彼が来たことにすぐ気が付くことができなかった。

 

「楯無さん?」

 その声に、楯無は現実へと引き戻される。慌てて声がした方を見てみれば、そこには織斑一夏が心配そうな表情をして立っていた。いつの間にか、来ていたらしい。

「大丈夫ですか? なんかぼーっとしてたように見えたんですが」

「…大丈夫よ、ちょっと考え事してたの。ごめんね」

 うかつだった。自身の思考に没頭して、彼の接近に気づかないなど、たるんでいるなどという話ではない。はっきり言って、今の自分は今まで様々なことに失敗した時よりも無様だ。そう心の中で楯無は思いながら、表面上はいつもの笑みを浮かべ、一夏を見る。

「改めましてこんにちは、織斑君。今日は誘ってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ俺のわがままに付き合っていただいてありがとうございます」

 そう言って、一夏は笑みを浮かべる。それは、誘いを受けた夜から変わらない、彼の笑顔だ。いつもの笑顔。だが、彼の雰囲気はいつものものではない。やはり、どこか違和感がある。

 そう考えていること――酷く言ってしまえば、一夏のことを訝しんでいる楯無は、それを悟られないようにするために、話を進める。

「それで、今日はどこに行くのかしら?」

「はい、すぐ案内しますよ」

 こっちです。そう言って、一夏は歩き始める。それについていく形で、楯無も移動を始めた。

 

 

 

 

 

 一夏に案内された場所は、とあるビルの上層にあるレストランだった。そこは、何度かテレビで紹介されたことがある有名な場所で、多少値が張るものの、料理の質が他の場所と比べ一目瞭然で、それを好んだ何人かの著名人が度々利用することでも知られている。

 実はあまり知られていないことなのであるが、未成年でも一流の味を食してもらおうという料理長の計らいにより、このレストランには未成年コースというもの設けられている。今回一夏と楯無は、そのコースの料理に舌鼓を打っていた。

「それにしても、ここにこのコースがあるってよく知っていたわね、織斑君」

 ステーキをナイフで切り分け、口に運びながら楯無が言う。

「たまたま、どこでお礼をするのか考えていた時に、知り合いからここのことを聞いたことがあるのを思い出しただけですよ」

 大したことじゃありません。そう言い、一夏もまた、切り分けた肉を口に運ぶ。いま自分たちが座るテーブルにあるのは、どれもが一流のもの。今日は十分に楽しめるだろう。そう考えながらも、楯無は違うことにも思考を巡らす。他でもない、彼女の目の前に座る一夏のことだ。

 

 いくら未成年コースと名が謳われていたとしても、ここは一流と呼ばれるレストランだ。最低限以上のマナーが求められる。自身の立場から、そうしたものが必要になる場面が多々ある楯無とは違い、言っては悪いが良くも悪くも普通の家庭出身である一夏が、そうしたマナーを身に付ける機会は限られている。

 だが、目の前に座る彼は、そのようなテーブルマナーをそつなくこなしている。否、テーブルマナーだけではない。ここまで自身をエスコートしたのも、このレストランを予約したのも、そして料理の選び方だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それはまるで、この場所に来るのが、そしてこうしてこの場で振舞うということに慣れているとしか言いようがないのだ。

では、彼はいつ、如何様な時にこの場所を訪れる機会があった? なんの用があり、そして誰と来ることとなった? 一夏の行動から生まれた疑問が、楯無の脳内に霧となって立ち込める。彼女はいつしか料理を食べる手を止め、思考に没頭し始めた。

 

「楯無さん?」

 その声とともに、楯無の意識は現実に戻る。彼女を現実に戻したのは、一夏の声だった。

楯無が一夏の方を見てみれば、彼は不安げな表情でこちらを見ている。

「何か、気になることでも?」

 その言葉を聞き、楯無はすぐに平静を取り繕い、笑顔を浮かべる。ちゃんと笑えているかどうかや、彼にバレていないかどうかといったことは、二の次だ。

「いいえ、なんでもないわ」

 自身の演技がうまくいったのか、一夏は小さな笑顔を浮かべる。どうやら自身が彼に対して抱いていた疑念は、バレずに済んだようだ。その事実に、ひとまずの安堵を心の中で浮かべる。

「ちょっとだけ、考え事をしていたの」

 そう言って、楯無は一夏に向かってウインクする。その楯無の仕草に、一夏は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべるが、すぐに笑みを顔に戻した。

「そうですか」

 そう言って、一夏は食事を再開する。

 ――おそらく、次はこの言い訳は通用しないだろう。そのような確信を頭に置きながら、彼に続くように楯無も食事を再開した。

 

 

 

 

 

「すみません、楯無さん」

 テーブルの料理がある程度減ってきたところで、一夏は唐突に、楯無に声を掛ける。彼の顔には、先ほどと変わらぬ笑みが浮かんでいる。その声に反応し、紅茶を飲んでいた楯無は、手に持っていたカップをソーサーの上に置く。そして一夏の表情を観察しながら、笑顔を浮かべて言葉を返す。

「何かしら、織斑君」

 笑顔のまま答えが帰ってきた事に、一夏は笑みを深くして口を開く。

「ちょっと質問なんですが――」

 

 あなたは今のこの世界をどう思っていますか?

 

 その質問に、楯無は困惑した。このような場所でするような質問ではないからだ。また、彼のその質問が、一体何の意図があってされたものなのか、彼女には測り切れるほどの判断材料がなかった。それでも、彼女は自身が考えられる範囲で思考を巡らし、言葉を紡ぐ。

「……そうね」

 そう前置いたあと、一夏の顔を見る。彼の顔には笑顔が浮かんだまま、しかし、瞳の奥に見える輝きは、今まで見てきた中で一番の真剣さがあった。それに答えるように、楯無は口を開き、自らの答えを口にする。

「私にとって、世界は面白いわ」

 でもね、そう言って楯無は続ける。一夏は、それを黙って聞いていた。

「それと同時に、歪なものであるとも感じているの」

「それは、なぜですか?」

 ガトーショコラが、運ばれてくる。ともに置かれたフォークを、一夏は手に取る。楯無はその様子を見ながら、自身の言葉を続ける。

「ISと女尊男卑、この二つがある限り、世界は歪なままだと思っているわ」

 絶対数が限られているのに、さも自分たち全員が乗れるものだというように振舞う女性たち。学び、そして実際に纏ってみてわかった、ISが万能ではないという事実。それを知らずにISは万能なものであると信じ込んでいる世の女性たち。それは、万能であると同時に力そのものであるという誤認につながること。

 それらのことから、世の女性たちはISを兵器として定義付け、(ぼうりょく)として扱っていること。そしてその風潮が世界中に蔓延していること、それはすなわち、争いの種が世界中至る所に撒かれており、それらが常に自分たちの身近で芽吹く可能性があることと同義であること。

 そのISを止めるためには、ISに乗ることが出来る――すなわち、女という存在を根絶やしにしなければならないこと。それを成し遂げるために、人類は核を兵器で持ち出す可能性があること。それはそのまま、人類種が滅びる可能性をはらんでいる蛮行なのだといううことを、彼女は語った。

 

 一夏はフォークを手に持ったまま、ガトーショコラに手をつけず、楯無の言葉を静かに聞いていた。そして、彼女が語り終えるのと同時に、笑顔を浮かべる。どこか満ち足りた、それかなにかやり遂げたような、穏やかなものだった。

「――ああ」

 一夏は、万感極まったかのように言葉を紡ぐ。そんな彼の様子に、楯無は訝しみ、何故そのような表情を浮かべているのか聞こうとする。しかし、彼女が声を上げるのより先に、彼が言葉を紡ぐ。

()()()()()()()()()()()()()

 そう言った彼の顔の笑みは、変わらない。

「――織斑君?」

 そこで初めて、楯無は違和感を明確に知覚することができた。目の前に座る一夏の雰囲気、それは、楯無が今まで何度も感じてきた、ある人間が纏う雰囲気だ。

そう、その人間は――殉教者。

「楯無さん」

 彼は、ゆっくりと口を動かす。楯無は、動くことも、声を発することもできないでいた。

 

 ありがとう。

 

 そう言って、一夏は右手を動かす。彼の右手には、フォークが握られている。そのフォークの先は、楯無から見たらまるでスローモーションのように彼の左目に吸い込まれていき――

 

 

 

 いとも簡単に突き刺さった。

 

 

 

                   ‐

 

 

 

 かくして、織斑一夏はこの世から去った。

 

 

 

 




タグに偽りなし。
そして忘れてはいけないのは、まだ前編であること。そしてその前編はあと一話残っていること。

お疲れ様です。少しショッキングな内容でありましたが、いかがでしたでしょうか。
前編残りの一話を書く前に、書かなければならない短編があるので、そちらを書いてから次の話を投稿するという形になります。

また、後編のプロットが、あとは細かいところを詰めていく段階なのですが、こちらの作業がまだ時間がかかりそうなので、前編終了から後編の最初の一話を投稿するまでに日が空いてしまうかもしれません。
それでも、この作品を楽しみに待っていていただけると幸いです。

最後になりましたが、ここまで読んでくださいましてどうもありがとうございます。
よろしければ感想を書いていただけると幸いです。
長々となってしまいましたが、これからもどうぞよろしくお願いします。


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