それでもよければご覧下さい。
――この子達は、とても弱い。そう思いながら蒼いレーザーを躱し、ラスティー・ネイルを振るえば、その攻撃は面白いように当たり、セシリア・オルコットの纏うブルー・ティアーズのシールドエネルギーはゼロになった。
悔しそうに顔を歪めるセシリアを横目で見ながら、更識楯無は篠ノ之箒と相対する。
彼女の二刀を蒼流旋で捌きながら、一つ一つ攻撃を入れていく。それに焦りながらも、箒は刀を振るい、攻撃の手を緩めない。しかしそれでも限界が来る。
「……ここまでか」
その言葉とともに、箒の紅椿のシールドエネルギーがゼロになる。ほんの少しだけ悔しそうな表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込め、無表情になる。そして一つため息をついたあとに、口を開いた。
「模擬戦、ありがとうございました」
その言葉とともに、本日の放課後の訓練は終わりを告げた。
シャルロットがラウラに声を掛け、セシリアと鈴が何かを言い合っている。そんないつもの光景と言えるものを見ても、楯無の心は晴れなかった。その原因が何故かは既にわかっている。それは、ただ一人いないというだけなのだ。
そう、いないのは織斑一夏。自身が最後の瞬間を目にした、愛しい人。彼がいなくなってから、楯無はあまり訓練に参加することはなくなった。こうして模擬戦をするにしても、本当に何も用事がないときだけになってしまった。しかし、それでも自身の実力が衰えていないことがよくわかった。その理由を考えても、答えは出てこない。そしてその答えを楯無は知る必要はないと考えていた。それよりも、楯無は今はもういない一夏のことを考え続けていた。
そう、現在彼女の頭を占めているのは、一夏のことだけなのだ。もう届かないであろう、自身が抱いていた彼への恋心。それを昇華することができぬまま、彼女は今日も生き続けている。自覚してからなおも意識し続ける、彼の存在。自分は彼に恥じない人間になれているだろうか、彼と釣り合う存在になれているだろうか。そんなことだけを、楯無は考え続けているのだ。
そこで楯無は、ふと彼の周りにいた彼女たちは、今どのように考えているのかが気になった。いつも彼を追い回していた、一年の専用機持ち。そんな彼女達が、死した一夏のことを現在どう思っているのか、興味が湧いたのだ。
集まっている今ならば、そういったことが聞きやすい考えた楯無は「ねえ、みんな」と専用機持ち達に声を掛ける。楯無の声を聞き、彼女らが自身の方を向くのを待ってから、楯無は口を開く。
「君たちって、織斑君のことをどう思っていたの?」
楯無の言葉に、彼女らは皆ぽかんとした表情を浮かべる。楯無から一夏の話題を振ってくると思わなかったのだろう。
「一夏のこと、ですか」
最初に言葉を発したのは、箒だった。しかし、そのあとの言葉が続かない。その様子は、何かを悩んでいるようにも見えた。
箒が悩んでいる間に、他の4人が口を開く。
「一夏は、僕たちの友人です」
そう言ったのは、シャルロット・デュノア。彼女はいつもと変わらない柔らかい笑みのまま、楯無の問いに答える。そう、いつもと変わらない笑みだ。そこに、悲しみはない。
「死んでしまった今も、そう思っています」
「……他のみんなも、同じような感じ?」
楯無の言葉に、箒以外の専用機持ちが頷く。箒だけが、どこか苦い顔をしている。そんな彼女らの反応に、楯無はそう、と小さく言い、笑顔を浮かべる。
「ごめんなさいね、変なこと聞いちゃって。さあ、もう行っていいわよ」
そう言い、楯無は彼女らを帰るように促す。その言葉を背に、一人、また一人アリーナから出て行く。残ったのは、笑顔を消し、真剣な表情となった楯無と、未だに何かに耐えるような苦い顔を浮かべている箒の二人だけだ。
「――篠ノ之さん」
その言葉とともに、楯無と箒は向き合う。箒は、いつの間にか苦い顔を引っ込め、無表情になっている。だが、楯無は彼女の瞳の奥で揺らいでいる何かを目ざとく見つけ、言葉を紡ぐ。
「何か、言いたいことがあるんじゃないの?」
その言葉に、瞳の奥の揺らぎが大きくなるのを、楯無は見逃さなかった。箒の無表情が、また苦い顔に変わる。そのまま少しの間、何かを悩んでいるような仕草を見せたあと、彼女は意を決したように「更識先輩」と楯無のことを呼ぶ。
「私の懺悔を、聞いてください」
私は、一夏に何度も暴力を振るってきました。それは全部、私が悪いんです。確かに一夏は鈍感で、人の心を考えていない奴だったけど、それを帳消しにするほど他人に優しい奴で、困っている人を放っておけない性格をしていましたから。そういう奴は他人に好かれる傾向があると前に本で読んだことがあるんです。
でも、私はそれが分かっていたのに、あいつに暴力を振るい続けました。頭で分かっていても、心がそれを理解することを拒んでいたような感じなんです。思えば、今までの自分は子供で、心が狭くて、夢見がちな人間だったんでしょう。幼馴染だから、あいつに恋をしていたから、振り向いてもらいたくて、でもあいつは鈍感だから、分かってくれなくて――
今思えば、もっとストレートに好意を伝えれば良かったと思ってます。私はお前を男として見ているとか、お前と一生を添い遂げたいとか、それぐらい踏み込んで言わなきゃあいつは気づいてくれないから。でも、私はそんなこと言えなかった。
――怖かったんです。もしそう言って振られたらどうしよう、今までの関係が全部壊れてしまったらどうしようって、恥ずかしさもあったかもしれませんけど、今の関係がとても心地よくて、それが壊れたらどうしようっていう不安の方が大きくなって、だから、それを隠すために暴力を振るったんです。
でも、あいつが死ぬ前に一度だけみんなで昼食を食べていたときに、あいつが変わったっていう話題になって、私は決意したんです。私も変わらなきゃって。その時には、一夏への恋心も区切りをつけようって思ってたんです。
だから、その次の週の最初に謝ろうって思って、必死に言葉を考えたんです。
今まで暴力を振るってしまって、ごめんなさい。素直になれなくて、ごめんなさいって。その時に一夏のことが好きだったって告白して――振られるつもりでした。
「でも、一夏が死んじゃって、私謝れなくて…」
懺悔の言葉を吐き出し続ける箒の目から、ボロボロと涙がこぼれ続ける。それだけで、彼女はほかの専用機持ちと違うのだということが、楯無にはわかった。
彼女も、一夏への恋心を持っていた。自分と違うところは、その恋心を自覚していたことと、自身の今までの行いのせいで彼に負い目を持っていたことだろう。
確かに、彼に暴力を振るったことは許せない。だが、それを恥じ、彼に謝ろうとしていた点は、評価できる。
それに比べ、ほかの専用機持ちが彼に行ったことは、到底許せるものではない。暴力を振るうだけ振るい、いなくなれば最初からそんな存在などいなかったように振舞う。それはまるで、織斑一夏という存在が自分たちの欲望を満たす道具でしかないようなものだ。
それで、どの口で友達というのか。楯無は先輩としての仮面をかなぐり捨てて叫んでしまいたかった。あんなに彼のことを追い回していたのに、いなくなってしまえばさっさと次に乗り換える。それのどこが友達か。それともお前たちが思う友達とは、その程度の絆でしかつながっていないものなのかと。彼女らとの間に深い溝を作ろうが、そう言ってしまえば少しは気が晴れただろうか。
そう考えながら、楯無はもう一度目の前で涙を流し続ける箒を見る。この娘だけは、彼女らとは違う。確かに彼女らと同じく暴力を振るっていた。照れ隠しにしろ、嫉妬にしろ、それは揺るぎない事実だ。だが、それではいけないと考え、一歩を踏み出そうとした。その矢先に、一夏の死である。
楯無は箒に声を掛けることも、手を差し伸べることもできない。自分も彼女と同じく、彼に恋していた。彼女と違い、無自覚ではあるものの、彼に惹かれていたのは事実だ。
そして、彼の最期の時に居合わせ、彼の死を止められなかったのも、自分だ。
そんな人間が、誰かに手を差し伸べられるだろうか。少なくとも、自分自身はその資格はないと考えている。
楯無は、心の中で一夏に対し、何故死んでしまったと問う。今の箒に手を差し伸べられるのは、あなただけなのだ。それなのに、あなたは死んでしまった。そして彼女はごめんなさいの一言も言えず、自らが背負う罪の意識にずっと苦しみ続けるのだ。何故あの専用機持ちの彼女らが苦しまず、懺悔をし続けるこの子が苦しまなければいけないのか。
――どうして。そう問い続ける楯無に、答えは返ってこない。箒の泣く声だけが、静かに第三アリーナに響いていた。
◆
生徒指導室の扉を開けた照彦の目に、最初に飛び込んできたのは、窓の外を見ている千冬の姿だった。その姿は、どこかくたびれているようにも見えた。そんな千冬に、照彦は声をかける。
「来ましたよ、織斑先生」
照彦の声を聞き、千冬は彼の方を向く。特に変わった様子は見受けられない。強いて言うなら、目の下にうっすらと隈があるぐらいだ。
「約束の時間より少し早かったじゃないか」
「用事が予想よりも早く終わっただけですよ」
そう言って、照彦は椅子に座る。千冬もまた、彼と向き合うように体を動かす。そして完全に向き合ってから、千冬は口を開く。
「そういえば、お前がここに来るのはあの時以来か」
何かを懐かしむような千冬の言葉に、照彦はああ、と何かを思い出したように声をあげる。その時の彼もまた、懐かしいことを聞いたような表情を浮かべていた。
「そうですね、あの時以来です」
そう言って、照彦は思い出す。ここに来たのは、今回を入れて二度目。
一度目は、あの夏の日に一夏と大喧嘩した時のことだ。その時はいつもの彼女達がみんなで自分と一夏をここまで引きずってきたのだ。そして、この部屋で待っていたのは怒り心頭の織斑先生で――
「あの時は、本当に何事かと思ったぞ」
その時の様子を思い出したのか、千冬はどこか呆れたような表情を浮かべる。その表情を見た照彦は「あの時はすみません」と言い、自身の頬をかく。
「俺も一夏も、お互い譲れないものがあったから、あんなことになったんですから」
頼ってほしい、迷惑をかけたくない。たった二つの感情だけで殴り合った自分と一夏。その先に待っていたのは、
それでも、自分も一夏も、後悔はしなかった。自分のやりたいことをやれたあとだったということもあったが、大切な友人と分かり合うことができたという達成感のほうが大きかったからだ。
だが、今回はあの時とは違い、一夏はいない。そして、誰かが問題を起こしたわけでもない。この生徒指導室を使うのだって、これからする会話に邪魔が入って欲しくないからだ。照彦も、千冬も、そう思っている。
「お前との約束を果たす前に」
ゆっくりと、千冬が口を開く。彼女の口から発せられる声は、大きくないにも関わらず、どこか力があるものだった。
「お前が一夏をどう思っていたのかを聞きたい」
千冬の言葉は、願いだった。そしてその願いを、照彦は出来うる限り叶えるつもりだった。だからこそ、千冬の目から目を逸らさずに、言葉を紡ぐ。
「俺にとって、あいつは唯一無二の親友です」
照彦の口から紡がれる言葉は、とても平静としたものだった。
「思えば、あいつは不思議な奴でした」
中学時代に初めて知り合った時には、今のご時世で珍しい奴だと思っていました。何故なら、その時に見た織斑一夏は、とにかく優しい奴で、誰かを助けるためなら自分を顧みない人間でしたから。そんな存在と、ひょんなことから知り合いになり、つるんでいるうちに、いつの間にかその関係が悪くないと考えるようになっていました。そう考えるようになってからですね、俺とあいつが友達と言える間柄になったと思えるのは。
「でも、あいつにだって自分ってもんがあったんです」
それに気がついたのは、もうすぐ中学時代が終わろうとしていた時でした。その時は、全国一斉で男子のIS適正を調べる検査があって、それで俺がISを起動できるってことが分かって色々とゴタゴタした時期があった時に――あの時は束さんがいなかったら研究所一直線でしたからね、いつもは鬱陶しいけど、その時だけは感謝しました。
話を戻しましょう。その時期に一度一夏に会いに行った時に、あいつが珍しく何かに思い悩んでいることがあったんですよ。そのことが気になって、何を思い悩んでいるんだって聞いたんですけど、何でもないの一点張りだったんですよ。その時はそれ以上追求せずに終わりました。そういった出来事が、もう一回。織斑先生も知っている、あの事件です。
その時になって、初めてあいつにも自分の領域みたいなのがあるっていうことを知りました。中学時代からだいたい3年くらいも友人関係を続けてきて、ようやく知ったというか、今更わかったというか。まあ、そんな感じであいつの聖域みたいなものを知ることができたんですよ。
織斑先生、あなたが知っているかどうかはわかりませんが、あいつの領域って普段とんでもなく狭いんですよ。それで、自分の内に何かを抱え込んだ時だけ普通の人間並みになるんです。だから――
「そのことを知った時に、こいつも繊細なところがあるんだなって思いました」
照彦は、そこで言葉を切った。そして、ひと呼吸おいた後に、ゆっくりと口を開く。
「一夏をどう思っていたっていう答えに関しては、最初に言った通りです」
その言葉を聞き、今度は千冬が口を開く。
「唯一無二の親友、ということだな」
「はい」
迷いない照彦の返答に、千冬は改めて、自分の弟がいい友人――照彦風に言うならば親友に恵まれていたことを実感した。
ならば、次は自分が約束を果たす番だ。そう思いながら、千冬は口を開く。
「そろそろ約束を果たそうか」
その言葉に、千冬の表情も、輝彦の表情も真剣なものになる。
「お前が望んでいることが話せるかどうか分からないが、それでも話そう」
私から見たあいつは、どこか抜けたところがある奴だった。もちろんお前が言ったように他の誰かに優しい面もあるし、他にもいい面があるかもしれないが、あいつの姉としてはそういう悪い面の方が目に付くんだ。だが、そういった悪い面を払拭できるほど、あいつはいい面を持っている。お前が言ったように、誰にでも優しいし、ほかの誰かの為に必死になれる。本当に、あいつは私の自慢の弟だ。そしてそれは――
「あいつが死んでしまった今でも変わらない」
そう言い切った千冬は、どこか誇らしげな顔をしていた。それに続くように、照彦も口を開く。
「そして、俺の自慢の友人でもある」
そう言って、照彦は小さく笑みを浮かべた。
まさか、箒ちゃんがこんなに前面に出てくるとは思わなかった。
初期案では一期ヒロインズに対して楯無さんがすごい剣幕で糾弾する展開だったのですが、
書いてるうちに「そんなの楯無さんのキャラじゃねえな」と思ったことと「ヒロインズの中で一夏が死んで一番苦しむのって箒ちゃんじゃね?」と考えたからです。
で、どんな風に苦しんでいるのか考えてたら本文みたいな感情になるだろうと思いました。
謝りたかったのに、もう謝ることができないっていうのはとんでもなく辛いことですからね…
そして冒頭の戦闘描写。とんでもなく淡白な上に短い。もっと精進せねば…
最後になりましたが、ここまで読んで下さりどうもありがとうございます。
よろしければ、感想を書いて下されば幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。