8時28分。その日は、いつもよりのんびりとした朝だった。しかし、この双子はそうはいかない。
「わぁぁあ遅刻だあぁああ‼︎!」
「くっそ‼︎ 紅葉はともかく、何で俺まで!」
蹴球神社巫女一族の双子の兄妹・於野楓と紅葉だ。2人は今日もーーいや、楓は珍しくーー遅刻ギリギリだった。トップスピードで飛ばしているが、このままでは確実に間に合わない。
「あぅう。怒られてサッカーできなくなったらボクは死ぬ‼︎」
「バカヤロー‼︎ とにかく走れっ‼︎!」
さらにスピードを上げて走っていると、不意に段差に
「「あっ」」
ドテン‼︎
「あうっ‼︎」
「ぐあっ! ってぇ〜」
見事に前転しながら着地した2人はぶつけた頭を押さえながら起き上がる。
見上げると、見たことのある商店街が広がっていた。学校付近にある商店街だ。
「……ん? 何かおかしくない? 楓」
「あぁ……」
勘が鋭いところは、流石巫女一族と言ったところか。そう。紅葉たちが生きている時代の商店街よりも、新しい感じがしたのだ。
「ーーあら、大丈夫かい?」
背後から声をかけてきたおばさんにも、紅葉たちは敏感に反応した。この人は、紅葉たちの時代にもいる。だが、若い。
「ぁ……だ、大丈夫です。ありがとうございます」
楓が丁寧に礼を述べると、おばさんは「気をつけなさいよ」と言って、店の中へ消えていった。
もう、紅葉たちの頭の中で、一つの答えが出ていた。
「……まさか、ここ」
「昔の稲妻町〜〜⁉︎」
8時30分。遠くで、中学校のチャイムが鳴った。
その頃、雷門中学校に1人の少女が、クラスメートの前で名前を書いていた。彼女は今日、雷門中学校に転校してきたのだ。
「
初音は挨拶もほどほどに、さっさと自分の席に着く。
転校生。新しい仲間に、クラスメートの興味は全て初音に注がれる。彼女は居心地の悪さに、1人眉を寄せていた。
ちょうど同じ頃。2年生のクラスで、青木穂乃緒が窓の外を眺めていた。
今日、3年生のクラスに転校生が来る。ただそれだけの話に、クラスが盛り上がっていた。
「転校生か〜。どんな奴なんだろう? 一緒に、サッカーやってみたいぜ!」
「おいおい。転校生が必ずしもサッカーをやってるとは限らないだろ。それに、この時期は3年生はピリピリしてると思うぜ? なんてったって受験生なんだからな」
「あ、そっか。そうだよな〜。……あぁ……イヤだなぁ、受験……」
いつも一緒に喋っているバンダナと女顔の会話を、もちろん青木は聞き止めもしなかった。
青木は、転校生に興味はない。なのに、いつもサボる学校を何故か来てしまった。何かが起きるような気がして。
ーーーー6時50分。
「ホントにどうしよう、楓……。もしかしたら、このままずっとここにいることになるの⁉︎ そんなのヤダよ‼︎」
「わかってるって! 俺だってイヤだよ。でも、元に戻る方法がわかんないんじゃ、どうしようもねー」
「ぅぅ……そんなぁ……」
落胆する紅葉を、慰める楓。彼らはずっと商店街付近にいた。幸い、楓が金を持ってきていたため、昼食は適当にとることができた。
しかし、元の時代に戻る方法がまったく掴めない。一体どうしたものか。
何か行動を起こそうと、彼らが向かったのは河川敷だった。
居心地の悪い学校が終わり、河川敷を1人歩いていた初音は、前方から歩いてくる男女ーー於野兄妹を見た。
何か2人で話しながらこちらへ歩いてくる。2人は笑っていた。ふと、初音の胸に鈍い痛みが走った。
「っ……⁉︎」
紅葉たちを見ている初音の目に、自然と幼い頃の兄と自分が重なった。初音は思わず片手で顔を隠す。
「うーん……あっ! ねぇ、楓。あのお姉さんに聞いてみようよ!」
「あのな、タイムスリップしました〜☆なんて、誰が信じる……」
「すみませーん‼︎」
「って、おい‼︎ 人の話は最後まで聞けッ‼︎」
ふと、紅葉が初音に向かって駆け寄ってくる。赤髪のサイドテールを揺らして、とてとてと走る姿は愛嬌があった。
「お姉さん、ちょっと聞きたいんだけど……いいかい?」
「……あ、あぁ。構わない。何だ?」
「あのね……」
「おい、紅葉!」
楓も、初音の元へ駆け寄ってきた。そして2人で、何か話し出す。
「バカ! やめろっつっただろ⁉︎」
「だって、このまま帰れないよりはいいでしょ⁉︎」
「信じてもらえるもんか! タイムスリップしたなんて!」
「は? タイムスリップ?」
「「……あ」」
紅葉たちはしまった、とでも言うような顔で初音を見る。楓が、少し気まずそうに話し始めた。
「あの……信じてもらえないと思うんだけど。実は俺たち、タイムスリップしたみたいなんだ。それで、元の時代に戻る方法を探してるんだ。……ごめんな、なんか。急に変なこと言って」
「…………」
初音は黙って、彼らを見下ろす。しばらく聞いていた初音は、盛大な溜息をついた。それに、楓が反応する。
「なんだよ」
「いや?謝るなら、何故話しかけてきたのかまったく理解できなくてな。反応に困っていたところだ」
「なっ……⁉︎」
明らかにカチンときた楓に、紅葉が楓にしがみついて、ダメだと制止する。しかし、楓は初音に噛み付いて叫ぶ。
「なんだよてめえ! その言い方は!」
「いちいち突っかかる奴だな。めんどくさい」
「っ……‼︎ こいつっ‼︎」
「わわっ! 楓! ダメだってば!」
「邪魔するな、紅葉! こいつを1発殴らねえと気がすまねえ!」
「あーっ‼︎ やめろバカっ‼︎」
紅葉の制止を振り切り、初音に掴みかかる楓。と、ここで紅葉がバランスを崩して、河川敷へ落ちてしまった。
「わああっ‼︎」
「あっ! 紅葉‼︎」
「あーあ……」
楓が手を伸ばし、初音が自身を見下ろすのを見ながら、紅葉は落ちていった。ぎゅっと目を閉じて衝撃を待ったが、それは起きなかった。
「……ぇ?」
「………………」
目を開けると、河川敷の坂で寝転んでいた青木が、落ちてきていた紅葉を抱きとめたのだ。自然とお姫様抱っこの形になった紅葉の体は、落ちてきた勢いがまだ抜けきっておらず、さしもの青木もバランスを崩してしまった。
「ひゃあぁっ‼︎」
「っ……」
足でブレーキをかけながら河川敷へ降りていくが、スピードはなかなか落ちない。やっと河川敷へ足がついた青木は、勢いのあまり数歩駆け出した。そして、何かにドンとぶつかった。
「わ、あ……」
「……ふう。あの…………大丈夫ですか?」
「うん! ありがとう、お姉さん!」
笑顔で応えた紅葉を見た青木は、黙って紅葉を降ろした。これで一件落着……かと思いきや。
「……ってえなぁ。てめえ……」
「ひえっ⁉︎」
「?」
ギロッと、紅葉たちよりも高いところから睨んできたのは、4人のガラの悪い男たち。見たところ、高校生のようだ。1人の男の足元には、サッカーボールがあった。
紅葉はサッと青木の背中に隠れ、青木は静かに男たちを見上げる。
「なんだぁ? てめえら……。なんだ、カワイイじゃねーかよ。クククッ」
「おいてめえら紅葉に触れるなぶっ潰すぞ」
すかさず2人と男たちの間に割って入ったのは、もちろん楓だ。彼は当然のごとく、紅葉を守るために入ったのだが。
それが面白くなかったのか、男たちは楓を睨みつける。下手なチンピラよりも鋭い目付きだ。もちろん、楓の視線もそれに負けていない。
紅葉はこの睨み合いの状況に、不安を覚えた。何か平和的に解決できないものかと、うーんうーん。1人悩んでいた。ふと、視界にサッカーボールが映った。
「お、お兄さんたち! サッカーやろう! サッカーでボクらが勝ったら、許しておくれ!」
「サッカー? はぁ? 何でそんなもので決めなきゃいけねーんだよ」
「あれぇ? もしかして自信がないのかい? お兄さんたち、見たところサッカー部の人みたいだし。そっか、得意分野のサッカーで負けたら恥ずかしいもんね!」
「……なんだと?」
男は紅葉の言葉に、鋭く反応する。体格や時間帯からして、サッカー部の人間だろうと薄々察していた。サッカーなら、自分と楓は負けるはずがない。これは紅葉なりの、挑発だった。
男たちはお互い顔を見て、頷いた。
「いいだろう。お前らが勝ったら、許してやる。ただし負けたら、それなりのことはしてもらうからな」
「……それなりのことって?」
「もちろん、カラダに決まってんだろ。安心しろ。男がOKの奴がいるから」
「ヒィッ‼︎」
珍しく、楓が悲鳴をあげる。これは勝たなくては、と於野兄妹は心に誓った。
……ん? 今こいつら、"お前ら"って言った? ってことは……。
7時40分。青木と初音の背中を、イヤーな汗が伝った。
7時50分。
「おい。何故私まで巻き込んだ」
「ホント、迷惑極まりない話ですね。頭数に入れられるなんて」
「あぅう……ご、ごめんよお姉さんたち……」
頭を下げる紅葉を腕組みして見下ろしながら、青木と初音は溜息をついた。
あぁ、めんどくさいことに巻き込まれた……。しかも負けたら負けたで同様、めんどくさい……。
「……まあ、過ぎたことです。諦めましょう」
「本当にごめんなさい……でも、ありがとうお姉さん!」
「ですが、私は一度もサッカーをしたことはありませんよ?」
「えぇえ⁉︎」
「あ、私も。バスケならやってるけど」
「えぇえ⁉︎」
紅葉の驚きの声が2度響く。なんと、2人はサッカーをしたことがないと言うのだ。どうしよう〜とおろおろする紅葉の隣で、楓が冷静に言う。
「まあでも、2人とも運動神経は良さそうだ。きっとサッカーの動きもすぐマスターできるだろう」
「ムリヤリ押し付けといてかなり上から目線だな」
「ああ?」
「もう! 楓ってば!」
ベシッと楓の頭を紅葉が叩く。何故こうも楓と初音は仲が悪いのか。紅葉は転がるサッカーボールに足をかけ、ボールを足で持ち上げてキャッチする。
「取り敢えず、まずリフティングをしてみよう。ほら、こうやって!」
紅葉は軽くトントンと足や太腿でボールを上げる。紅葉は青木に向かって蹴った。
青木は少し戸惑いつつも、ボールを落とさないように軽く蹴り上げた。そのボールは初音の元に渡り、初音も爪先で軽く蹴り上げ、楓に戻した。
紅葉は笑顔で、こくこく頷く。
「うんうん! 流石お姉さんたち! とっても上手だよ‼︎」
初音は紅葉の輝かんばかりの笑顔に、少し嫌悪感を露わにした。
「何? お前。たったこれだけで上手いと? バカらしい。この程度、誰だってできる」
「そんなことないよ」
初音の吐き捨てるような台詞に、紅葉は真っ直ぐ返す。
「ボールはね、好きになる相手を選ぶのさ。お姉さんたちを、ボールは嫌わなかった。だから、きっと大丈夫! ボクらは勝てる!」
紅葉は初音と青木の手を握り、微笑んだ。初音は紅葉から、何か温かいものを感じていた。青木も、今まで感じたことのない優しい感覚に、胸が温かくなるのを実感した。
楓は、そんな紅葉を見て流石だ、と笑った。彼女はいつもそうだ。誰かと何かをやり遂げることの喜びを、知っているからこその言葉と行動。そんな紅葉の言葉に、楓自身も何度も救われた。
「ーーおい、いつまで待たせるんだ? 怖気ついたか?」
「……そんなわけあるかよ」
初音が男たちを睨み据える。口元には歪んだ笑みを浮かべていた。青木も、口を真一文字に結んで、挑戦的な視線を送る。
「上等。叩き潰して差し上げますよ」
「お兄さんたちには、絶対に負けないもんねっ‼︎」
「さて、行こうか」
楓が、拳を手のひらに打ち付ける。
8時。彼らの目に、敗北の2文字はなかった。
ゲームは、1点先取した方が勝ち。紅葉たちは4人、相手の男たちは6人だ。しかも、キーパーまでいる。
キックオフは、紅葉たちからだ。
「行くぞ」
「ああ」
楓の声かけに、初音が頷く。2人に、あの険悪な雰囲気はなかった。
初音がボールを転がし、楓が足元でキープすると初音、紅葉、青木が一斉に走り出した。3人が動く中、楓はまったく動かない。
「オラオラ、ボールもらっちまうぞ‼︎」
楓に向かって、男たちがスライディングを仕掛けた。しかし、楓は至極冷静にジャンプして、男たちをかわす。
「「なっ⁉︎」」
「あ? 何だよ……まさか、この程度なのか?」
楓が人の悪い笑みを浮かべ、クククッと笑う。見事楓の挑発に乗った男たちは、激昂してさらに楓にチャージやらタックルやらを仕掛けてくる。もちろん、楓はその程度でボールをみすみす渡すつもりはなかった。
楓は待っていた。自分に、男たち全員が食い付いてくることを。全員が来るまで、楓は男たちをかわし続けた。
「えぇい‼︎ こうなったら全員で取りに行くぞ‼︎」
「「「おお‼︎」」」
リーダーらしき男が声をあげると、全員がそれに呼応して駆け寄ってきた。もちろん、GKはゴール前だ。
かかった。俺たちの勝ちだ!
「いっけぇぇえ‼︎」
突如、楓はボールを強く蹴り上げた。なかなか高いセンタリングだ。
その落下地点を確認しながら、前線に上がっていた初音、紅葉、青木が走り込む。彼らの意図を察したリーダーが叫ぶ。
「まさかっ……フリー状態でシュートに持ち込むつもりか‼︎」
「もう遅いよ!」
紅葉は、一気にオーラを解き放つ。必ず点を取る。その気持ちで、化身を発動した!
「はぁあああぁあ‼︎ 金剛尾神キュウビ‼︎」
「うわぁぁあ‼︎ 何だアレは‼︎」
この時代に、自分以外に化身を発動させられる人間はいないと思っていた初音は、少し驚きの表情を見せた。しかし、それはすぐに不敵な笑顔に変わる。
「やるな。なら私も行こう。来い‼︎ 天狐イナリ‼︎」
紅葉と初音、2人の声が重なる。
「「アームド‼︎」」
2人の化身が光の鎧と化し、彼女らの体にまとった。アームドの完成だ。
紅葉はアームドした初音を見て、驚いていた。まさか、自分以外にアームドができる人間がいるなんて。しかしそれも、すぐに不敵な笑顔に変わった。
青木は2人をただただ見ていた。彼女らはできた。なら、私だって……!
「はぁあぁああっ……‼︎ 青炎魔サタン‼︎ アームドッ‼︎」
なんと、青木が化身を発動し、さらにはアームドまでこなした。紅葉たちの活躍に発奮してのことだが、ここまで力を発揮させるとは。
「行くよっ、お姉さんたち!」
「はい!」
「おおっ!」
「「「たぁあぁああぁあッッッ‼︎‼︎‼︎」」」
ドッカァアン‼︎
3人のアームド状態でのシュートは、並のシュートよりも威力が桁違いな強さだ。キーパーは指先がボールに触れることすら叶わず、吹っ飛ばされてしまった。
8時25分。紅葉たちの勝利となった。
「やったーー‼︎」
「俺たちは無事だぁあ‼︎」
歓喜のあまり、お互いを抱きしめ合う紅葉と楓。アームドを解いて、この勝利に満足する初音。胸の奥から沸き立つ感情に、心地よくなる青木。
そんな彼らに、男たちは恐怖を覚えた。何故だ。奴らは急造メンバーのはず。しかも、サッカー初心者もいた。なのに、何故負けた。こいつら、一体何者だ。
男たちの恐怖など気にも留めない様子で、紅葉が駆け寄ってきた。
「約束だ! 許してくれるかい? お兄さんたち!」
「わ、わ、わかった! おい、行くぞ」
男たちは尻尾を巻いて、すたこら逃げていった。
紅葉はそれを見届け、初音と青木を振り返った。
「ありがとう、お姉さんたち! あと、巻き込んで本当にごめんよ。でも、お姉さんたちとサッカーできて、ホントに楽しかった! また、一緒にサッカーやろうね‼︎」
紅葉がにっこりと笑いかける。と、次の瞬間、紅葉と楓の姿が消えていた。
「「⁉︎」」
2人が驚き、目を向く。彼らが確かに立っていた場所には、何も残っていない。
「……一体、何者だったのかしら。あの人たち」
青木がボソリと呟く。青木はまだ、彼らの正体を知らなかった。
初音は空を見上げる。空にはいつの間にか星が煌めいていた。不思議な出会いだった。しかし、その出会いは一瞬で、すぐに別れの時が来てしまった。まだ、言いたいことがあったのに。
「久しぶりに、こんなに熱くなった。ありがとう」
8時31分。星空の下、初音は伝え損ねたことを小さく呟いた。
同刻。紅葉たちは、元の時代に戻っていた。
「8時31分……。俺たちがタイムスリップした1分後だ。ということは、ちょうど12時間で戻る仕組みになっていたのか……。はぁ……一時はどうなるかと思った……」
楓が溜息と共に、蹴球神社の鳥居の下に座り込む。紅葉も楓の隣に座り、星空を見上げた。
「……素敵な出会いだったね」
「え?」
「また……あのお姉さんたちに、会いたいなぁ……」
「会えるさ。きっと」
楓は、紅葉の頭を撫でる。そして2人で、星空を見ていた。
10年前の7時40分、河川敷。本来出会うことのなかった4人が、何故か巡り会った。果たしてこれは、運命の悪戯か。それともーーーー?