第十巻のIF展開ですので、気をつけてください。
あとオリキャラが居る+マドカに厳しめな描写があるので、そのへんもご了承ください。
それでもよろしければ、どうぞ。
人の絆とは、脆く儚いものである。たった一つの異物が混入しただけで、全く別の形に変貌するからだ。しかし、それを当事者達が知覚することはできない。できたとしても、抗うことなど、出来はしないのだ。
織斑一夏を取り巻く人間関係も、本来の形ではなくなった。他でもない、
セシリア・オルコットと戦い、彼女に男の価値を示したのも、凰鈴音とのクラス対抗戦の時、彼女とともに無人機を打倒したのも、シャルロット・デュノアの慟哭に手を差し伸べたのも、ラウラ・ボーデヴィッヒと戦い、真の力とは何であるかを教えたのも、銀の福音の暴走を止めるべく、篠ノ之箒と共に空を翔けたのも、全て藤原春人という異物が行ったものだ。
当然、彼女たちの関心は、異物の方に流れていく。取り残された織斑一夏の中に残ったものは、何もできなかったという悔しさだけだ。もし、彼が気まぐれで学園の整備室に行き、更識簪と出会っていなければ、そして、それがきっかけで更識楯無との面識を持っていなければ、彼は悔しさだけでなく、孤独にも苛まれる結果となっただろう。
――だが、それでも黒騎士との戦闘で窮地に立たされるという事実は、如何様な運命をもってしても変えられない流れだったのかもしれない。
◆
黒騎士を纏う織斑マドカに蹴られ続けながら、織斑一夏は、今までの自分の人生を振り返っていた。
――思えば、自分の人生は何をしてもうまくいかない事の方が多かった。あくまで冷静に、しかし、悲嘆を隠そうともせずに一夏は思う。
たとえ、勉強や運動を頑張っても「織斑千冬の弟」として見られ、自分を見てくれる人など誰もいなかった。ISを動かし、ようやく自分を見てくれるかもしれないと思いながら入学したIS学園でも、そのレッテルはまとわりついた。それだけなら、まだ良かった。だが、そこには
藤原春人。もう一人の男性操縦者。彼は、何をやってもうまくいかない自分とは正反対の、やることなすこと全てうまくいく人間だった。苦しみに満ちた自分と違い、順風満帆な道を歩き続けるあいつ。何もかもが対極な人間に、一夏が殺意を覚えたのは一度や二度ではない。過去何度も模擬戦で彼とぶつかり続けた。だが、一度も勝てた試しはなかった。
幼馴染が、そして周りに居た少女たちが徐々に自分から離れていくのを、一夏は黙って見ていたわけではない。一人になるのが嫌で、必死に彼女達をつなぎ止めようと努力した。
そうしてあがいて、あがいて、足掻き続けた結果が、今この瞬間なのは、笑えない冗談だ。だがこれが現実なのだ。持たざる者が持つ者を妬み、その頂へ這い上がろうとした、その報いなのだ。
――じゃあ、どうすればよかった。誰かのように笑い合いたかった、誰かのように褒められたかった、誰かのように自分を見てもらいたかった。渇望しても、それを満たすことなど、到底無理だ。そうしようとすれば、ことごとく阻まれる。
どうすれば、どうすれば。その言葉を呟くたびに、一夏の心は終わらない苦痛に締め上げられていく。そうした自問自答の果てに、一夏は情けない答えを出した。
すなわち、誰かに救いを求めるということ。だが、それが聞き届けられることはなかった。そして、今回も、彼は心の中で誰にも届かないと分かっていながら、その言葉を呟く。
だれか、たすけて――
『わかった』
誰かの、声がした。その声は、懐かしいような、悲しいような、だが、とても安心できる声色であった。
そんなことを考えていると、一夏の頭を誰かが撫でる。それは錯覚だとわかっていながらも、一夏の心には言葉では表せない安堵が広がる。
『あとは、任せておいて』
その言葉を聞き、一夏は安心したのか、ゆっくりと目を閉じていく。
最後に見た、誰かの背中。それはきっと――
◇
「白騎士だと!」
その言葉に反応するように、
黒騎士に、白騎士。まるでファンタジーみたいだと、彼は思いながら、自身の体の感覚を確かめていく。
「ああ、そうか」
全てが繋がった、ならば迷う必要なし。その考えとともに、彼は右手に持つ剣を構える。銘は
「君が、敵か」
その言葉とともに、彼は夜空の白い閃光となった。
彼が表に出てきたその時点で、既に勝負は決していた。今までの優勢が嘘のようにひっくり返され、防戦一方となった織斑マドカの心は、驚愕で埋め尽くされていた。
離れれば、近づいて斬られる。こちらから接近し、攻撃を仕掛けても、いなされて斬られる。悪夢だった。さも当然のようにその刃で斬られる。そこに殺意はない。
「お前は――」
だからこそ、織斑マドカは叫ばずにはいられなかった。
「お前は、何者なんだぁっ!」
その叫びに、彼は言葉を返す。
「敵が知ることではない」
そう言って、雪片を振り上げ、振り下ろす。
「――消えろ」
雪片に斬られ、黒騎士の胸部装甲が破壊される。そこからこぼれ落ちる、ペンダント。
マドカはそれに手を伸ばす。それをなくしてしまえば、自分が自分ではなくなる、そんな気がしたからだ。自分と、織斑千冬の、たった一つの絆の証。なくしたくない、なくしてなるものか。そのような感情とともに、ペンダントをつかもうとする。
だが、それが彼女の手の中に戻ることはなかった。彼女が手に掴む前に、白い機械の手がそのペンダントをすくい上げる。
「……あ」
声を上げたマドカに気もとめず、彼は言葉を口にする。
「敵に思い出など、不要だ」
その言葉とともに、彼はペンダントを握り締め、砕く。黒騎士のダメージがひどく動けないマドカは、その様子を目を見開きながら見ていることしかできなかった。彼女の心に、絶望が満ちていく。
「そんな…」
「終わりだ」
絶望で心を満たしたマドカは、動けない。そして、彼がそのような隙を見せた敵を放っておくはずはなく、ゆっくりと、雪片を振り上げる。
――そこに、極大の火球が打ち込まれた。
「引き上げるわよ、エム」
そう言いながら、スコール・ミューゼルはマドカをその手に抱く。黒騎士は既に解除されていた。マドカは人形のように、されるがままだ。
火球を危なげなく斬り払った彼は、スコールの声に反応した。
「君か、スコール」
懐かしむような、どこか嬉しそうな彼の声に、スコールはバイザーの中で目を見開く。だが、それも一瞬で、すぐに平静を取り戻し、口を開く。
「……やはり、貴方なのね」
その声には、懐かしむのと同時に、どこか悲しげなものがあった。スコールの言葉に、彼は何も言わずに頷く。ゴールデン・ドーンと白騎士、黄金と純白、夜空には不似合いな色の2機のISが、静かに浮かんでいた。
「目覚めてしまったのね」
「できるならば、目覚めたくはなかった」
だが、この子の周りがそうさせてくれなかった。そう言った彼の言葉は、悲しみに満ちていた。スコールも、彼の悲しみを汲み取っていた。だからこそ、ただ一言「そうね」という同意の言葉しか言うことができなかった。
髪が惹かれる思いにかられながら、スコールは彼に背を向ける。
「もう行くのかい?」
彼の言葉に、スコールは顔だけを向けて答える。
「私には、あなたを害することはできないわ」
そう言い、顔を前に向ける。
「無論、
――またいつか。そう言って、黄金が飛び去っていく。
「そうだね」
またいつか。そう返した彼は、白騎士があげるポップアップの通りに後ろを振り向く。
そこには、数々のISが浮かんでいた。
藤原春人を筆頭に、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、そして更識楯無と更識簪。
織斑一夏の記憶の通りの専用機持ちが勢揃いだ。
「何か用かな?」
そんな彼女らに、臆面もひるまずに声を掛ける。彼の目には、彼女らがこちらのことを警戒しているように見える。それは当然か、いきなり自分たちの知っている人物が、得体の知れない何かになったのだ。
そうした状態で、にらみ合いが続く中、更識簪が口を開く。
「あなたは…何者?」
その言葉に、彼はゆっくりと言葉を口にする。
「僕の名は、
「織斑一夏の父親だ」
「まず、僕には交戦の意思はない」
そう言って
「信用できるか」
そう言ったのは、藤原春人。その言葉とともに、更識姉妹を除いた専用機持ちが臨戦態勢に入る。その様子を、数多は冷たい目で眺めていた。
「参考までに、なぜ信用できないのか教えてくれないかな?」
「はっ、簡単だよ」
てめぇが織斑一夏だからだよ。そう答えて自身も剣を構える春人。一度打ち据えてしまおうか、そんな考えが数多の脳裏にちらついた。
「みんな、武器をしまいなさい」
自身の考えを実行に移そうとした数多の耳に、更識楯無の声が届く。
「で、でも」
「聞こえなかったの? 武器をしまいなさい、私はそう言ったのよ」
シャルロット・デュノアの戸惑う声に、有無を言わせぬ声色で答えた。彼女は、自身の武装を格納し、数多の方に顔を向ける。彼女の妹である簪は、彼女が他のみんなを止める前に自身の武装を既に格納していたようだ。
戦わずに済みそうだ。その事実に、数多は心の中で安堵のため息をついた。
「まず、こちらからの質問なのだけれど」
最初に口火を切ったのは、楯無だった。
「今、一夏君はどうしているのかしら」
そう口にした彼女の眼差しは、鋭い。しかし瞳の中では、誰かを心配しているような感情が見え隠れしている。
――
「あの子は、今ゆっくりと休ませているんだ。早い話が、今は寝ているよ」
その言葉に、専用機持ちたちの眉間にシワが寄る。自分が何故そのようなことを言っているのか、よく理解できていないようだった。ただ二人、楯無と簪はその意味がわかったようなのか、表情が変わっていない。
「次は、わたし…」
そう言った簪は、真剣な表情のまま、こちらを見る。それに答えるように、数多もバイザー越しに目を合わせる。気配でそれがわかったのか、簪は少したじろいだ。しかし、それに負けないように一度深呼吸してから、口を開く。
「何故、父であるあなたが、一夏の体でここにいるの?」
やはり、聞いてくるか。そう思いながら、数多は真実を話す。常人では到底理解できないような、荒唐無稽な真実を。
「――死んで、気がついたら白騎士の中にいた。そして一夏の声を聞いたから、こうして表に出てきている」
その言葉に、誰かが息を飲む。誰もが信じられない顔で、白騎士を見つめる。そんな視線など意を介さない数多は、自身の奥で蠢く何かに気がついた。それが意味することは、目覚めである。
「もうすぐ、一夏が目覚める」
その言葉に、全員が反応する。その顔に浮かべる表情は様々だ。
「どこかへ降りよう、ここは高度が高すぎる」
「ここじゃ駄目なのかよ」
そう言った春人に「駄目なんだ」と数多は答える。他の専用機持ちも、何がなんだかわからないという顔をしている。そんな彼女らに、数多はその理由を言う。
「もう一夏は、ISに乗れない」
その言葉に、誰もが目を見開く。補足すると、と言って数多は言葉を続ける。
「一夏が意識があるうちはISに乗れない、と言ったほうが正しい」
「では、白式にも?」
楯無が数多に問う。その問いに、数多は少し違うよ、と言ってから答える。
「この身に纏っているのは、白式じゃなくて、白騎士だ。一応、一夏は白騎士は起動することができるけど、すぐに僕と意識が入れ替わってしまう」
「…つまり、白騎士に乗るときだけ、一夏じゃなくてあなたが出てくるの?」
「その通りだ」
そう言って、数多は眼下にある京都の夜景を見下ろす。自身が生きていた頃と変わらない夜景が、そこにはあった。
「――皮肉なものだ」
世界は変わらないのに、息子は変わらざるを得なかった。そして、息子が振るう力であるはずの白式もまた、一夏の心を守るために白騎士へと戻り、亡霊である自分を呼び戻すという結果になった。
だが、その事実に数多は後悔していない。子を守るのが、親の役目。それを生前は全うできなかったのだ。だが、こうしてチャンスが与えられた。ならば、今度こそ――
「……一旦、降りましょう」
そう言って、楯無が高度を下げていく。他の専用機持ちも、それに倣い降りていく。ただ一人簪は、数多に向き合い、手を差し伸べ、言葉を紡ぐ。その表情は寂しげなものと、悲しげなものが入り混じったものだった。
「一緒に、降りましょう?」
それはおそらく、もう一夏に言うことができない言葉だ。それを意識だけの父親である数多に言うのも、何か違う気がする。だが、彼女の心を汲んだ数多は、何も言わずに差し伸べられた手を取る。
手を取ると同時に広がった簪の笑顔に、バイザーの中で数多は微笑んだ。
浮かんでいた二人は、手を取り合いながら高度を下げていく。まるで非日常から日常へ戻るように、簪と数多はごく僅かな逢瀬の時を味わいながら、降りていった。
マドカちゃん、ごめん。
でも十巻の内容見てたら書かざるを得なかった。
この父親の性格は一夏の誰かを守りたいって気持ちを極限まで突き詰めていったらこうなったものです。言うなれば、一夏の成れの果て?
油断しているとどんどん上がる簪ちゃんのヒロイン係数。ほんとに油断できん…
ちなみに今回のオリキャラは『胡蝶の飛んでいく先』と同じタイプのオリキャラです。
最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。