リディクルの名状しがたい短編集   作:リディクル

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今回の話の時系列は、5巻後から6巻前となっています。
そして、今回の話はBL描写を含みますので注意してください。

それでもよろしければ、どうぞ。





明日を夢見て

 

 

 表通りの片隅でひっそりとやっているそのカフェは、落ち着いた雰囲気の内装と多種多様なメニューのおかげか、知る人ぞ知る隠れた名店として、一部の人間の間で人気を博していた。

 

 その店の扉を開け、店の中に入った織斑一夏は、マスターの挨拶に一言答えた後、店内の奥の方へと歩を進める。

やがて彼は、店の奥にある客席へとたどり着く。そこには、一人先客がおり、その青年は静かに読書をしていた。

「わるい、シュウ。遅くなった」

 一夏はその青年に声を掛ける。一夏の声に、シュウと呼ばれた青年は、読んでいた文庫本から目を離し、一夏の方へと顔を向け「気にしてないよ」と言った。

「僕が着いてからあんまり時間が経ってないし、僕も委員会の仕事が急に入っちゃって遅れると思ってたからね」

 シュウの言葉に「そうか」と答えた一夏は、持っていた荷物を客席の脇置いた後、向かい側の席に座る。

 

 注文を取りに来た店員にモカを頼んだ一夏は、改めてシュウと話を始めた。

「夏以来だな、二人でここに来るのって」

「そうだね。この頃は僕も君も色々と用事があって時間が合わないことが多かったし、そうでなくとも今君がいるIS学園は厳しいところだからね」

 シュウの言葉に、一夏は「そうだ」と言って頷く。

「最近は外泊許可を取るのに書類が2枚増えちゃってな、書くのが大変だよ」

 そう言ってため息をついた一夏に、シュウは苦笑する。

 

 そうしていると、一夏のもとに店員がモカを持ってくる。自分の前に注文の品が置かれたのを確認した一夏は、店員に「ありがとう」と口にした。

 店員が一礼して離れていったのを確認した後、カップを口まで持っていき、一口飲む。

「相変わらず、この店のコーヒーはうまいな」

「一年前からほとんど変わってないからね。それどころか、どんどん新しい商品にチャレンジしてるみたいだよ、マスターは」

「そうなのか。じゃあ、次来た時は新しい商品を頼んでみるか」

 そう言って、一夏はまた一口、モカを口にする。この店に初めて来た時から変わらない、お気に入りの味が、一夏の口の中を満たす。

 新しいメニューは、これと同じか、それ以上に違いないという確信が、一夏の心を嬉しくさせた。

 

 そんな一夏の様子を微笑ましそうに見ながら、シュウは言葉を紡ぐ。

「そういえば、学園祭があったんだよね」

 その言葉に、一夏は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。IS学園の学園祭は、外部のお客に限り、生徒や関係者からの招待を受けなければ参加できない決まりとなっている。

一夏も最初はシュウのことを誘おうとしたのだが、その日はシュウが通う藍越学園の方では学園祭の準備などがあり、さらに彼は実行委員会に所属していたため、行きたくてもいけない状態にあった。

「ごめんな、タイミング悪くて」

「いや、気にしてないよ。あの時期はどこの高校も学園祭のシーズンだったし、もし僕がそっちに参加できたとしても一夏にも仕事があっただろうし、あまり長い時間一緒にいられなかったと思うよ」

「……それでも、運が悪かったっていうので済ませるのはあまり好きじゃないんだ。だから、キチンと謝らせてくれ」

 ――悪かった。そう言って一夏は頭を下げた。それを見て、シュウはため息をつく。

 

 織斑一夏には変に頑固なところがある。それはたいてい、自分の筋を通すときによく見ることができる。その様子は、一見して礼儀正しいと捉えることができるが、見方を変えれば融通が利かないとも取ることができてしまう。

 ――そんな一夏も、シュウは好ましいと思っている。

「うん、わかったよ。だから頭を上げて」

 そして、こうした時に先に折れるのはいつもシュウの方が先なのだ。

 シュウの言葉を聞いたあと、頭を上げた一夏の顔にはどこか安堵しているような微笑みが浮かんでいた。

 それに釣られて、シュウの顔にも微笑みが浮かぶ。一夏はその微笑みを見て、さらに笑みを深くする。単純に嬉しいのだ。目の前の彼が笑うことが。

 

 

 

 ――何故なら、シュウという青年は、織斑一夏とって最愛の人なのだから。

 

 

 

 

                   ◇

 

 

 

 

 二人が恋仲となったのは、第二回モンド・グロッソが終わったあとぐらいからだ。

 その時にどちらから告白したかは、双方とも覚えていない。まるで、そうなることが当たり前のことであるかのように、自然な流れで二人は付き合い始めた。

 当初、ふたりは同性であることと、ついこの間まで友人関係であったことの二つの点から、お互いの距離を測りかねていた時があった。その時期は、うまくいかないことがあると、喧嘩をしてしまうこともあった。

 そうした時期があったからこそ、しっかりとお互いを知ることができ、今日まで続く深い絆を結ぶことができたのだ。

 

 

 

 その絆があるからこそ、織斑一夏は自身の現状に悩みを抱いているのだ。

 

 

 

「どうしたんだい、一夏」

 シュウの言葉に、一夏の意識は現実に戻ってくる。彼の顔を見てみれば、どこか心配そうな顔をしていた。

「ああ、ちょっとな」

 そう言って、バツの悪そうな顔をする一夏に、シュウは見覚えがあった。それは、よく彼が何か悩んでいる時に浮かべる顔だ。こういう時は大抵、どうすればいいのか分からずにドツボにはまっている時なのだ。だから、そういう時は――

「悩み事があったら、相談に乗るよ?」

 彼が悩んでいるのなら、その悩みを聞くことが正解なのだ。変に抱え込んで大事になるよりかは、悩みを吐き出して解決方法を一緒に考える方が断然いいことなのだ。そして、そういう役目は、シュウが引き受けることがほとんどだ。

 シュウの言葉を聞き、少しだけ表情を和らげた一夏は、ゆっくりと口を開く。

「――前に電話で話した専用機持ちの話って覚えてるか?」

 その言葉に、シュウは自分の記憶を少しだけ探ってみる。そして、一秒もかからずにそのことを思い出した。

「覚えてるよ、夏休みに入る前の話だよね」

 シュウの言葉に、一夏はおう、と答え、モカを一口飲む。そしてカップを置いたあとに、神妙な顔で言葉を紡ぐ。

「実はさ、あいつら全員俺のこと好きなんじゃねえかって疑惑が浮上してきたんだ」

 

 一夏の発言に、シュウは合点がいったようにああ、と声を漏らす。

 彼と自分が付き合いだしてから、今までの鈍感具合が嘘のように他人の感情に聡くなった一夏だ。現に自分と付き合うことになった際に、今までの宙ぶらりんになった関係全てに終止符を打つということをした程だ。振られた女子たちのフォローをした自分や弾の身にもなって欲しい。

 しかし、シュウには一つだけ不可解に思う点があった。それを聞いてみるべく、彼は一夏の目を見て、口を開く。

「どの時点で気がついたの?」

「ごく最近、というか文化祭前かな?」

 そう言いながら、一夏はため息をつく。どこか疲れているような雰囲気だ。

「まさか、こいつらが俺のことを好きになっているわけないだろって思ってたんだけどな」

「君の話を聞く限りじゃあ、そう思っても仕方ないね」

 暴力女は今の時代に溢れかえってるからねぇ、と小さく呟いたシュウに、確かに、と一夏は答えた。どちらも、中学時代にそういった輩を散々見てきたから、言えるのだ。そうでなくても、女尊男卑という風潮の関係上、男同士の同性愛は肩身が狭い。それ以前に男というだけで、色々と差別されることがある時代なのだ。つくづく嫌な時代に生まれたものだ、と一夏は考えながら、またモカを一口飲む。

 そんな一夏の様子に感づいたのか、「まあ、そんなことより」と言って、シュウが一夏の相談事へと話を戻す。

「一夏が悩んでいるのって、僕と君の関係を彼女らにどう話せばいいのかってことかな」

 シュウの言葉に、一夏は頷く。それこそが、彼が悩んでいたことなのだ。自分はもう付き合っているから君たちの想いには答えられない。と言って彼女らが納得するかと言ったら、残念ながら否だ。絶対に納得しない。きっと誰と付き合っているのか、とか聞いてくる。そこでまかり間違ってシュウと付き合っているといえば、難癖をつけられるだろう。

そして、彼女らの場合はそれだけではない。

「どうあっても、あいつらに殴られるな」

 なにか言われたり、激しく批判されるのは目に見えているし、覚悟はしている。しかし、彼女らの場合はそれらにプラスして暴力まで飛んでくるのだ。IS学園に入学してから今に至るまで、彼女らは事あるごとに、というか一夏が自分の思い通りにならないと暴力を振るってきた。

 そんな彼女らが、自分が男と恋仲であることなど、許すはずがない。

「なんか、いい手はないものかなぁ」

 そう言って、一夏はため息をつく。そんな彼に、シュウは苦笑しながら口を開いた。

「でも、彼女らの境遇からしたら、そうなるのは目に見えていたことだと思うよ」

 シュウの言葉に、一夏はどうしてだ、と疑問を返す。それに対して、これはあくまでも予想なんだけど、と前置いてから、シュウは言葉を口にする。

「多分、彼女らは君に自分の理想の存在になって欲しいと思っているんだよ」

 それは、自分たちの周りには理想の男性がいなかったということであり、IS学園がほぼ女子高状態であるという環境も相まって、()()()()()男性との接触がほとんどないという状況が、唯一の男性である一夏への過度な期待を寄せ、自分の理想の存在に彼を仕立て上げようとしているのだと、シュウは考えている。

 そして、それは一夏もわかっていることだった。彼女らのアプローチを、ほかでもない自分自身が体感しているのだ。ああしろ、こうしろとうるさい彼女らは、これっぽっちも興味のない一夏からしたら、いやでも自分たちの型にはめようとしているように思えてしまうのだ。

 

 そうした、一夏の心情と、自分の見解をよく考えた上で、シュウは一夏に一つの提案をしてみる。

「一番いいのは、ありのままの君を見てもらうことなんだけど、どうかな?」

 しかし、当の一夏はその提案に首を横に振った。

「無理だよ、あいつらは夢見る乙女ってやつさ、俺がなんて言おうが自分たちの理想を押し付けてくる」

 だから、例え自分たちの真実をカミングアウトしたとしても、変わることはないだろう。それがわかっているからこそ、一夏は彼女らの想いに答えることはできないし、答えるつもりはないと考えている。

 ……それでも、いつかはしっかりと言わなくてはいけない時が来るのだ。その時のことを考えると、気が滅入ってしまう。そのような感情を顔に出している一夏に、シュウは苦笑する。

「世知辛いね」

「そういう世の中だから、仕方がないさ」

 そう言って諦めたくはないが、いくら男性で唯一ISを動かせる存在だといっても、自分が社会に与える影響など、たかが知れているのだ。ましてや、姉の存在がなかったら研究所でモルモット一直線というバッドエンドを迎えていた可能性の方が高いのだ。本当に、千冬姉さまさまである。

 せめて、あと一人か二人同じ境遇の人間が居れば、もしかしたらと思えるが、そんな()()()の話をしても、今が変わるわけではないので、時間の無駄なのだ。だから、今の世の中をどう渡り歩いていくのかを考えたほうが、有意義だ。

 ――全ては、どう生きていくかだ。そのために、何をなすべきなのか。

 

そうして思考の海に沈もうとしていた一夏の耳に、シュウの言葉が届く。

「そういった意味で考えれば、彼女らも世界の風潮の被害者なのかもしれないね」

 シュウの言ったことの意味は、一夏には十分理解できるものだ。

 専用気持ちの彼女らは、いい意味でも悪い意味でも、今のこの社会に適応していると言えるだろう。何故なら一人を除き、ISの、それも専用機を持つものとして様々な特訓を行ってきたのだ。学園にいる一般生徒と比べても、努力の量が段違いなのだ。暴力や自分への期待の寄せ方には共感できないが、彼女らが今の立場に至るまでの頑張りは、素直に尊敬することができる。

 しかし、それは同時に今の社会の顔になる将来を約束されているようなものなのだ。ISと女尊男卑社会は切っても切れない関係にある。

「でも、今の風潮でもなければ、あいつらは不幸になっただろうな」

 そのことが分かっているからこそ、そうしたもしもの可能性があることを、一夏はわかっていた。ISがあったから、今の世界の風潮があったから、彼女らは自分と出会うことができたのだ。もしも、ISがなければ、女尊男卑社会は生まれていない。そうなれば、彼女たちはどうなっていたかわからない。ただひとつ言えることは、自分と出会ってから得られた幸せは、得られないということだ。

「ISの存在が悪いものではない。そして女尊男卑社会自体も悪いものではないはずではあるんだけどね」

「どちらにしても、受け入れた人間が馬鹿だっただけだからな。あいつらの存在を知っている身になってみれば、それが余計に身にしみるよ」

 そも、ISというものはその絶対数が限られている。そのため、実際に操縦できるのは、世界の女性の中でもほんのひと握りだけだ。さらに、その少数の中にも量産機と専用機の括りがあり、専用機に乗れる存在は、さらにひと握りの女性たちだけ。そしてその専用機持ちのうち、モンドグロッソで世界最強(ブリュンヒルデ)の称号を得ることができる人間はたった一人だけ――

 

 そう考えると、例えISに乗れる性別であったとしても、威張ることなのできないはずなのである。一夏の場合、いつも自身のそばに専用機持ちがいるから、余計にそのことを意識してしまう。

「学園の生徒たちもそこらへんを勘違いしているのが多いって、最近千冬姉が愚痴っていたほどだからなぁ…… 乗れて偉いかってことを冷静に考えると、やっぱり違うんだよな」

「僕もそう思うよ。実際藍越の方でもそういった女子がいることが確かだよ。最も、そういった女子はすぐにみんなからハブられるけどね」

 高校生にもなれば、そういったものへの分別がついてくる。そのため、いかに敵を排除するのかではなく、いかに円滑な人間関係を築いていくかという思考にシフトしていく。いわゆる、社交性に重きを置くようになっていくのだ。

 別に女尊男卑の思想が悪だというわけではない。しかし、何事もやりすぎはよくないということなのだ。しかし、それが分かっていない人間のほうが、この世の中には圧倒的に多い。ただそれだけのことが、名案を分けたと言っても過言ではないのだ。

「本当に生きづらいよね、男も女も」

「――そうだな」

今の世の中に生まれたことに後悔はない。だが、それでもどうにもならないことはあるのだ。そう考えながら、二人はため息をついた。

 

 

 

 それからの二人は、様々な話をした。姉のこと、勉強のこと、料理のこと。時に笑い合い、時に意見を言い合う。それは、二人にとって有意義でかけがえのない時間だった。ただでさえ、想い合っていても会うことができる時間がないのだ。だから、こうした時間を大事にしたいと思っているのだ。

 話がひと段落し、時計を見れば、そこそこの時間が経っていることがわかる。そのことを確認した一夏は、何かを思いついたのか、シュウに声をかける。

「なあ、ちょっといいか」

 一夏に、シュウは「なんだい」と答える。

「今日、せっかくの外泊許可をとったんだ。もしシュウの方がよければだけど――」

 

 俺の家に泊まりに来ないか?

 

 突然の誘いに、シュウはきょとんとした表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情は苦笑に変わる。

「僕としては、別にいいけど、少し待ってて」

 そう言って、携帯電話を取り出し、どこかへと連絡しようとするシュウを、一夏は何も言わずに見ていた。誰に連絡を取るのかはわかっているからだ。自分は既に姉にこのことについて話は通してあるので、特に連絡をすることはしない。そして、特に急ぎの用事等もないので、目の前の友人が通話し終わるまでのんびりと待っていることにした。

 そう考えた矢先、シュウは通話が終わったようで、携帯電話を仕舞いながら、一夏の方に向き直った。

「大丈夫だって」

 その答えに、一夏は満面の笑みで答えた。

 

 

 

「ねえ、一夏」

 家までの道をゆっくりと歩いている時に、一夏は隣にいるシュウに声をかけられた。

「なんだ?」

「いや、僕たちいつまでこうしてられるのかなって思ってさ」

 そう言ったシュウの表情は、少し憂いを含んだものであった。一夏も、彼の言いたいことは理解できた。自分たちは、確かに付き合っている。まだ肉体関係を持ってはいないものの、自分たちなりに愛し合っていることは事実だ。だが、今の世界は女尊男卑という風潮に支配されている。そのため、男同士の同性愛は、男女平等であった時代よりも忌避されていると言える。もしかしたら、それが原因で自分たちは引き裂かれるかもしれない。

「――病める時も、健やかなる時も」

 だが、それでも自分は彼とともにいたいと思っている。

「終わりの時まで、俺はおまえと一緒にいたいと思っているよ」

 既にその決意は固めているのだ。今更迷うことなど、何もない。そう思いながら、一夏は自らの思いを言葉にした。

 そんな言葉を聞いたシュウは、一夏から顔を背ける。

「……バカ」

 そう言った彼の頬には、夕日の光とは違った朱色がさしていた。

 

 

 

 

 




この二人、キスすらしてないんだぜ?

今回の話において、女尊男卑社会に対して思うことを語らせる上で、一番説得力がある組み合わせが男同士であることだと考えた結果の話です。
弾じゃダメなの? という意見もあると思いますが、彼の性格上の問題と、家族構成においてダメだという判断を下し、オリキャラを起用しました。

ちなみにこのオリキャラ、一夏に匹敵するくらい家事ができるという設定です。
今の時代、男は武力より主夫力だよ!(暴論)

最後に、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
よろしければ感想を書いて頂ければ幸いです。
それでは、これからもよろしくお願いします。


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