また、今回出てくるオリキャラは本文中には明記していませんが、転生者だと思ってくれても結構です。
それでは、どうぞ。
潮風をその身に受けながら、織斑一夏は水平線に沈み行く太陽を眺めていた。赤く染まった太陽が、世界そのものを同じ色にしながら、ゆっくりとその姿を隠していく。
今彼がいる場所は、現在泊まっている旅館からさほど離れていない場所にある崖の上だ。彼がここにいることは、他の誰も知らない。当然だ、誰にも言わずに泊まっている旅館を抜け出してこの場所まで来たのだ。もし誰かにどこに行くのかと問われていたとしても、彼はここに来ることを答えなかったし、そうでなくても、自身の友人と語り合うことが重要だと思っている高校生なのだ。間違っても、こうして自身のように夕日を見ながら黄昏るという貴重な時間を浪費する行為を進んですることなどないだろう。
――そうでなくとも、自分のそばに誰かがいることなどあり得なかった。
そう考えて、一夏はため息をついた。ゆっくり、そして深く。まるで自分の魂までも口から出るのではないかと思うくらいのため息を吐いたのだ。口から自分の魂が出るなどということは物理的にありえない。だが、そうなってくれればどれだけ気が楽になるかという考えが、一夏の中にはあった。
そんな彼が現在頭の中で思っていることは、常に一つだった。それは、
彼がそのような考えに陥るようになったのは、一人の男と、彼を取り巻く環境が原因だった。
一夏と同じく、男性でありながらISを起動したその男の名は、
まず、4月に行われたクラス代表決定戦。そこで零道昂牙はイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットと戦い、見事に勝利を手にした。そこから何があったかは知らないが、結果としてセシリア・オルコットは零道昂牙に惚れた。その様子を見た一夏は、あんなに毛嫌いしていた男という存在を、何故すぐに好きになれるのか全く理解できなかったが、その時は特に気にすることではないだろうと考え、頭の隅に追いやった。
その後、セシリア・オルコット、零道昂牙両名と戦ってボロクソに負けたが、何故かクラスの代表に選ばれた。
次に大きなことといえば、クラス対抗戦の時に襲撃してきた無人機を中国代表候補生である凰鈴音と連携して倒したことだろう。あの時の一夏は凰鈴音との試合によってシールドエネルギーが著しく消耗した状態であったため、あくまで無人機の注意を自分に向けるように立ち回っていた。後にこの時の行動を凰鈴音や他の専用機持ちから臆病者と罵られることとなるが、あの時の自分が取れる選択肢がそれしかなかったのだ。それを罵られるなど、大変不本意だった。
そして、凰鈴音と一夏の関係は、クラス対抗戦前後で大きく変わってしまった。些細なすれ違いから始まり、無人機との戦闘が決定打となった形で、彼と彼女は仲違いしてしまった。そして、その直後から凰鈴音は一夏に向けていた感情を零道昂牙に向けるようになっていた。そんな様子を、一夏は疑惑と嫌悪感を抱いたが、それを言葉で表しても何か変わることなどないことを知っていたので、特に何もしなかった。
――この時から、零道昂牙が事あるごとに突っかかってくるようになっていた。
シャルロット・デュノアの時も、ラウラ・ボーデヴィッヒの時も、零道昂牙が何かを為し、一夏は何もできなかった。
シャルロット・デュノアの時は、彼女が男装している理由を受け入れ、どうすれば解決できるのか具体的な策を示し、そして実行した。即ち――彼女の障害となっているデュノア夫妻の排除である。零道昂牙のISはどうやら特別性のようであり、二時間程度でフランスまで移動し、夫妻へと自分の要求を突きつけ、見事にシャルロット・デュノアを自由の身にした。零道昂牙が夫妻に突きつけた要求がなんであるのかは、誰も知らないし、彼が誰かに話すとは思えない。ただ、シャルロット・デュノアの境遇を考えたら、真っ当なものであるとは考えづらい。大方、彼女のことを自由にしないと、あることないこと言いふらしてお前たちを社会的に抹殺するぞ、とでも言ったのだろう。相手は仮にも大企業の社長夫妻だ。それぐらいでもしなければ動かないだろう。だがなんにせよ、彼の活躍が有り、ひとりの少女が自由の身となったということには変わりがない。
そんな事が起こっているにも関わらず、一夏は完全に蚊帳の外だった。しかし、そうであるにも関わらず、零道昂牙の周りにいる専用機持ち達は、薄情者と罵った。そんなことを言われる筋合いはないのに、何もできなかったこともあり、そうした言葉が一夏の心に影を落とした。
ラウラ・ボーデヴィッヒの時は、学年別トーナメントの時にシャルロット・デュノアと零道昂牙はタッグを組み、彼女を圧倒。ついでに篠ノ之箒はすぐに打鉄のシールドエネルギーを削り切られて戦闘不能となってしまった。ラウラ・ボーデヴィッヒは一人でありながらも奮戦したが、二人の連携によって徐々に追い詰められていき、ついにはシャルロット・デュノアの攻撃によって窮地に立たされた。しかしその時、突如としてラウラ・ボーデヴィッヒのISが変化した。その変化後の形状は、一夏の姉である織斑千冬が現役時代の相棒とも言える『暮桜』と瓜二つだった。ISの形状だけじゃない、その手に持っている兵装も、戦闘時の動きも、全てが現役時代の姉のものだったのだ。後から聞いた話によれば、あれはVTシステムというものによって起こされたことであり、場合によっては操縦者の命に関わるほどの負荷がかかるらしい。
――何にせよ、お前もボーデヴィッヒも無事で良かった。生徒指導室でそう言った姉の心底安心したような表情を、一夏は今でも覚えている。
だが、あの時VTシステムが発動したISを止めたのは零道昂牙であり、その功績を讃えられて、彼は一部の生徒から今でも英雄のような扱いを受けている。何も為すことが出来ず、有象無象の一人として見ていることしかできなかった自分とは大違いだ。
だが、そうであるにも関わらず、何もしなかった自分に対して、やれ臆病者だとか、やれ格好悪いだとか罵詈雑言を言ってくるのはお門違いであると一夏は思っていた。そしてラウラ・ボーデヴィッヒも、見当違いな敵意を向け続けている。そして、篠ノ之箒とも徐々に疎遠となっていた。その理由を聞いても、彼女は曖昧にはぐらかすだけだった。ただ、零道昂牙が浮かべていたニヤニヤとした笑いから、
……一夏は、誰が信じられるのか分からなくなっていた。
そして、今回。一夏は完全に篠ノ之箒と縁を切られてしまった。
もちろん、一夏はそのプランに反対し、辞退しようとした。自分の実力はよくわかっているからこそ、例え
そう言って、彼らを説き伏せた千冬は、一夏にのみ待機命令を下し、他の専用機持ちに出撃を命じた。
銀の福音はすぐに打倒することができ、作戦は滞りなく完了した。だが、問題はその後に起こった。篠ノ之箒が一夏に何故出撃しなかったのかと詰問してきたのだ。何故そのようなことを彼女が聞いてくるのか、一夏には全く理解できなかった。自分は待機の命令が出されていたし、そもそも俺がいなくても対処できたからいいじゃないかと思い、それを言葉にしたが、篠ノ之箒はその言葉に怒りをあらわにし、軟弱者と罵った。そこから先は、彼女の一方的な罵詈雑言を聞かされたあとに、これまた一方的に絶縁の言葉を叩きつけられてしまった。
絶縁を叩きつけた彼女が去っていったのとすれ違いに、零道昂牙が一夏に話しかけてきた。なんでも、大事な話があるから一緒に旅館の前の浜に行こうと言うのだ。しかし当の一夏は、千冬から呼ばれているから先に行っていてくれと言い、納得していないような表情を浮かべるその男にひと時の別れを告げ、その場を離れた。その後、千冬が待っているであろう部屋の前を素通りし、誰にもバレないようなルートで旅館を抜け出したのだ。
今までのことを振り返っていた一夏は、そこまで思い出して、もう一度ため息を吐いた。零道昂牙と専用機持ちは、自分に何を期待しているのか。まったくもって分からない。今回の作戦のこともそうだし、少し前の無人機の襲撃の時も、VTシステムの時も、何故か彼ら――専ら零道昂牙は自分にそうした厄介事を処理させたがっているように見えた。しかしそれでいて、まるで目立ちたがるかのように首を突っ込んできては手柄をかっさらっていき、その手柄を楯に一夏に対して意味のわからない誹謗中傷を浴びせかけてくる。
――思えば、自分と専用機持ちとのトラブルの間には、常に零道昂牙の存在があったと一夏は考える。彼女らが抱えるトラブルを、自分を巻き込むことで関わらせ、そのトラブルを目の前でこともなげに解決することで、自分との格の違いを見せつけるのと同時に、自分にはそうしたトラブルを解決できない悔しさ抱かせるのと同時に、専用機持ち達に対して不満の捌け口として使っていい人間であると考えさせるように思考を誘導し、そうした存在であると刷り込ませたのだ。
まるで詐欺師だ、と一夏は一周回って関心した。そう思うのと同時に、心底気持ちの悪い人間であるのだとも思った。
だが、そんな零道昂牙でも、一夏よりもISの操縦が上手く、一夏は彼に一度も模擬戦で勝利したことがない。一時期から、彼が一年の専用機持ちの中で最も強いという噂が流れているが、彼の戦績を確認すればその噂が真実であることは、火を見るより明らかだ。
そんな男が、常に織斑一夏という存在を見下し、彼が抱くその価値観を否定してきた。何度も、何度も。時に一人で、時に他の専用機持ちの少女たちと一緒に。まるで呼吸するかのように一夏を罵倒してきた。
そうした中傷に、最初は抵抗感を示して反論していた一夏であったが、時が経つにつれて言い返すのが面倒になっていき、最終的に何か言ってきても無視するようになってきた。そうしたら、今度は暴力を振るってくるようになってきた。それも、他に誰も見ていないようなタイミングを狙い、痣や怪我が他の人にバレないように細心の注意を払って、手加減なしでこちらを殴ってきたりするのだ。なるべく避けたりしているが、当たった場合は本当に痛い思いをする。そうしてこちらが反応を示すと、あちらは顔を愉快そうに歪めてさらにちょっかいを出してくるのだ。
このことを、一夏は姉である千冬には話していない。その理由は単純で、彼女に心配をかけたくないためだ。ただでさえ、自分のことで様々な迷惑をかけているのだ。そんな自分がさらに厄介事を持ち込めば、姉は倒れてしまうと考えたからだ。これはエゴでもあるし、無駄な意地でもある。自分がそうなるのが嫌だから、話さない。ただそれだけのことなのだ。
――だが、もう限界だった。
言葉の暴力で精神的に、物理的な暴力で肉体的に、自分という存在にガタが来ていることが分かる。このまま行けば、いずれ破綻する。そうなれば今までの問題も明るみに出るだろうが、その前に殺される可能性も否定することができない。零道昂牙ならば、そうする。彼自身じゃないが、そうなるという確信が、一夏の頭にはあった。
だから、一夏は彼の存在を恐れた。逃げ出したかった、引きこもって布団に包まって震えていたかった。だが、自分の男性操縦者という肩書きが、それを許してくれないだろう。それに、もしもそんなことをしてしまえば、姉である千冬に迷惑をかけてしまう。それだけは避けたかった。
八方塞がりな思考のまま、どうすればいいのか迷いながら海を見ていた一夏の視界の端に、一羽の鳥が映った。その鳥は、白い翼をはためかせて、夕日へ向かって飛んでいった。そんな鳥の姿を見ていた一夏は、弱った心でふと、どこか遠いところへと飛んでいければ、こんな想いをしなくて済むのだろうか、と考えた。もちろん、自身のISを使えば可能だ。しかし、ISは自分の翼ではない。所詮は篠ノ之束から与えられたハリボテの翼であり、飼い犬の首輪なのだ。その翼でどこまでも飛んでいっても、自由であるという証明にはならない。首輪の鎖を引かれてしまえば、引き戻されるのが答えだ。
では、どうすべきなのか。
どう考え、どう動くべきなのか。
――答えなど、とうに決まっていた。
そう思いながら、一夏は足を踏み出す。一歩一歩、海へとその身を近づけていく。おぼつかない足取りで、既に道などない崖を歩く。何かに導かれるように、もしくはずっと先にある太陽に惹かれるように、フラフラと足を進めていく。
そして、両の手で数えられる歩数で、崖の突端へとたどり着く。その先に足場はない。足元を見れば、岸壁にぶつかる波が白い飛沫となって砕けている光景が見えた。一昔前の刑事ドラマのクライマックスでしか見たことがないような光景だが、その様子だけで、どれだけ荒れているのかがよくわかった。
――後一歩踏み出せば、自分はその奔流の中に落ちていくだろう。そんなことを考えながら、一夏はふと沈みゆく夕日に再度目を向けた。夕日は止まることなく、水平線の下へと沈んでいくだろう。それはまるで、この世のどこかで一つの命が終わることを意味しているようにも思える。それが自分であるのか、はたまた名も姿も知らぬ他の誰かであるのかはわからない。ただ、どんなに手を伸ばしても太陽がつかめないのと同じく、消えいく命を掬い上げることは、何も力を持たない自分にはできないことだった。
傷つき、心が折れ、這いずり回った末にこの場所へとたどり着いた一夏は、何も光を映さない目で燦然と輝く赤を見つめながら、ただ一言呟いた。
「ごめん、 」
その呟きが波の音でかき消されたのと同時に、一夏は一歩を踏み出した。
多分一夏アンチの転生者はこういうことになることを全く考えていないだろうなと思いながら執筆しました。
また、一夏が呟いた最後の言葉が誰に向けて言ったのか、予想してみると面白いかもしれません。一応頭の中では誰に向けた言葉であるのか決めていますが、それは胸に秘めておきます。
最後になりましたが、ここまで読んでくださってどうもありがとうございます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。