今回の作品では、転生者が出ます。転生者が出ます! 大事なことなので二回言いました。
時系列は三巻前半。つまりは、臨海学校前です。
それでもよろしければ、どうぞお読みください。
コーヒーを飲みながら、医務室の窓から見える夕暮れどきの空を見ていた彼女の耳に、ドアをノックする音が聞こえた。ドアの方を振り向き、どうぞと声を掛ければ、一秒ほどの間の後に失礼します、という声とともにドアが開き、一人の青年が医務室へと入ってきた。その青年は、彼女にとって誰よりも見慣れた人物であった。
「織斑君、どうしたの?」
そう言いながら、彼女は織斑君と呼んだ青年に椅子を勧める。勧められた椅子にゆっくりと座りながら、青年――織斑一夏は見るからに本調子ではなさそうな表情のまま、目の前にいる彼女と目を合わせながら口を開いた。
「ちょっと、体調が悪くて……」
熱っぽいのだろう、少し赤くなっている顔をこちらに向け、右手で額に手を当てつつ、疲れたように小さくため息をつく。そんな彼の様子を、
「今日の朝ごはんと昼ごはんは、食べられた?」
「はい、体調が悪くなったと感じたのはホームルームが終わる直前だったので、それ以前はちょっとかったるいな、程度で…… でも、ご飯が食べられないと言えるほどでもなかったので、気にしてなかったです」
制服の襟元を緩めた一夏は、そこから手を突っ込み、手渡された体温計を左腕の脇に挟む。
「じゃあ、そのかったるさは朝からあった感じなのかな?」
「朝起きた時からです」
そう言いながら突っ込んでいた手を抜き取り、居住まいを正し、少しだけリラックスする。しかし、体温計を脇に挟んでいる左腕だけは、正確に体温が計れるように、体へ押し付けておくことを忘れない。
一夏の答えた内容に、彼女はなるほど、と呟いて暫しの間考え込む。今の時期、そして彼の体に現れている症状から察するに、おそらく風邪なのだろう。しかし、検温の結果次第では、他のものも視野に入れなければいけない。
そんなことを考えている彼女の耳に、検温が終わったことを示す電子音が届く。一夏の方を見てみれば、左脇に挟んでいたであろう体温計を取り出し、襟元を正しているところだった。
「どうだった?」
そう聞いてきた彼女に対して、一夏はちょっと待っていてください、と言ってから、しっかりと制服を着直してから体温計の検温結果を見た。しかし、表示されている検温結果が芳しくないようで、顔をしかめていた。もしかして、かなり高かったのだろうか、そう思い、不安げな表情を浮かべた彼女に向けて、一夏は心底申し訳なさそうに口を開いた。
「――37.8度です」
予想していたよりも、低かった。そして、その体温から察するに、どうやらただの風邪のようだ。そう思い、彼女は安堵と紛らわしさから、小さくため息をついた。そして、すぐに気持ちを切り替える。彼女の仕事は、これで終わりではないのだ。
「疲労が原因の風邪みたいね。薬はいつものを出しておくから、ベッドで寝ていく?」
彼女の言葉に、一夏はえぇと、と困ったように言葉を漏らす。その後何かを思案するように悩んでいたが、やがて諦めたかのように深くため息をつき、申し訳なさそうな顔で彼女の方を見て、口を開いた。
「……お言葉に甘えさせていただきます」
軽食をとり、彼女からもらった、
小さい頃――それこそ、
そんなことを思っているうちに、考え事すら覚束なくなるほど眠くなってきた。疲れが溜まっていたとさっき彼女は言っていたが、それはどうやら本当のことだったようだ。
――本当に、
そう思いながら、一夏はゆっくりと目を閉じた。
一夏の額の汗を濡らしたタオルで拭いながら、彼女は悲しげな表情を浮かべながらうなされている彼のことを見ていた。否、見ていることしかできなかった。
「……ごめんね」
ただ一言、例え彼に届いていなくても、それは言わなければならない言葉だった。自分がもっと強ければ、自分がもっとうまくやっていれば、違った結末が得られただろう。誰かに助けてと言えていれば、幼かった彼に逃亡生活とも取れる境遇を味合わせずに、ちゃんとした人生を送ることができたのだろう。
――だが、それは起こり得なかった
懺悔しても結果が変わることはない。しかし、それでも彼女は、自身が生み出してしまった目の前の
「こんなお母さんで、ごめんね」
うなされる一夏の頭を撫でながら、彼女は呟くしかないのだ。
◇
彼女――織斑夏希は転生者である。他の転生者と同じく、事故死した時に神を嘯く老人に間違えて殺してしまったと言われ、そのお詫びとして転生させてくれると言われた人間だ。しかし、彼女はよくある特典というものは持っていない。頼んだことはといえば、次に転生する世界は他の転生者がいない世界がいいということだけだ。
そうして転生した場所が、軍事帝国アドラーだった。ナツキ・霞・アマツという名でその地に生を受けた彼女は、帝国内外ともに謎の人物として知られていた。
曰く、一流の
そんな様々な噂の人物である彼女にも、友人と呼べる人物が数人いた。その中の一人で、とりわけ交友を持っていた人物が、チトセ・朧・アマツだ。彼女の野心家としての一面に、ナツキは付き合うのに苦労しながらも、互いに思いやり、切磋琢磨しながらともに歩んできた。チトセが軍人として昇進したときは、誰よりも早く祝いの言葉を届けたこともあった。
そんな友人との付き合いもあり、ナツキは幸せだった。世界情勢はあまり良いとは言えない世の中ではあったが、それでもやりがいのある仕事と、大切な友人達に囲まれた日常は、何者にも変えられないものであったのだ。
――自身が病魔に蝕まれていると知ったときは、そんな人生の絶頂期とも言える時であった。
それに気がついたときには、もう手遅れであり、後は病床で死を待つのみとなった。そんな自分を励ましたのは、やはりチトセだった。彼女は足繁く自身の病室へと足を運び、日に日にやつれていくナツキに対して言葉を投げ掛ける。早く良くなれ、また一緒に競い合おう。そうした言葉が、彼女なりの励ましであることがわかっていたナツキは、どうにもならない体に内心嘆きながら、弱々しく微笑むことしかできなかった。
そんなナツキがその命に幕を下ろしたのは、新西暦1030年のことだった。
そうして死に、再び転生し、三度目の生を受けた織斑夏希には姉がいた。彼女は、三度目の生を受けた自分よりも才能があった。万能の天才という言葉は、彼女にこそふさわしい。そう思えるほどの何かが、姉にはあった。だが、それと同時に、姉はおぞましいと呼べるほどの狂気も持っていたのだ。
その狂気の被害者こそが、夏希が自らの腹を痛めて産んだ息子――織斑一夏だ。
一夏の身には、姉が様々な魔術や科学技術を結集して作り上げたものが埋め込まれている。
それのせいで、一夏は望まぬことを強いられた。戦闘兵器として扱われ、理外の魔人が跋扈している戦場へと放り込まれたりもした。そんな我が子の苦しんでいる様子を黙って見ていることなど、到底できるわけがなかった。
――だから、一瞬の隙をついて、一夏を奪還した。そして出来うるならば、姉を殺してしまおうと襲撃した。
目的は半分のみ成功した。即ち、愛すべき息子である一夏の奪還には成功したが、姉は殺せなかった。否、傷一つ付けることができなかった。それどころか、自分は姉の攻勢を受け、一夏を守りながら逃げ続けるだけで精一杯だった。
土台、差がありすぎたのだ。片や、なんでも十全以上の結果を残せる稀代の天才。片や、前世の能力――星辰奏者としての力と、奏鋼調律師としての技能を持ち越しているものの、
だが、それでも襲撃を実行した。子を取り戻すために、私は勝算など万に一つもないような博打を打った。
そして、その賭けは双方痛み分けという結果に終わった。
かろうじて姉を退けた夏希は、眠る一夏を背負い、這々の身である場所を目指して移動を開始した。そうしてたどり着いた場所が、諏訪原市。そこで高校時代に一年だけ魔術の師として教えを乞うていた人物と再会することができた。
その師の名は、リザ・ブレンナー。彼女と再会した時に最初に言われたことが、何故ここにいるのかという問い掛けだった。
その問いに対し、夏希は正直に自身と姉の確執、そして息子と自身の現状を話した彼女は、非礼を詫びつつもどこか身を隠すのに適した場所はないか、とリザに問い掛けた。その問い掛けに対し、リザは自らが知る限りの隠れ場所の候補を出した。その候補の中から一つを選んだ夏希は、一刻も早く出発するために、早急に荷物をまとめ始めた。
そんな彼女に対し、リザは休んでいかないかと声を掛けた。しかし夏希は、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないとして、その申し出を丁重に断り、小さな一夏の手を引きながら、諏訪原市を去った。
ただ日本を西へと進み、九州まで来たら、今度は南へと進んだ夏希は、ようやくリザから教えられた場所へとたどり着いた。その場所は、日本の南西に位置する常夏の島――月読島と呼ばれる場所であった。
半分隠れ住むように月読島での生活を始めた夏希であったが、姉の追手も、他の勢力の者もいないことがわかり、ようやく一息つくことができた。それからは、徐々に島の人々との交流を広げていき、ようやく島の暮らしに慣れた頃には、一夏の心の傷も癒え始めてきており、ゆっくりと年相応の感情が芽生え始めてきた。優しい島の人々、そして常夏とはいえ、穏やかな島の雰囲気に触れ、このような時が永遠に続けばいい、と思っていた。
だが、その夢のような日々は、突如として終わりを告げた。そのきっかけとなったのは、相楽苺という女性であった。夏希は彼女の家に招かれた時に、偶然彼女が研究しているものを知ってしまったのだ。
そんな彼女に待ったをかけたのが、相楽苺だった。彼女は血相を変えて息子とともに島から去ろうとしていた夏希を呼び止め、ただ一言、またいつでも戻ってこいと言った。その言葉に、夏希は、またいつか戻ってきますと答え、今度こそ彼女に背を向けた。
――去っていく背を見つめる相楽苺の悲しげな眼差しに気がつかぬまま、夏希と一夏は月読島を後にした。初めて島の土を踏んでから、ちょうど三ヶ月目の出来事だった。
来た道を戻るように、東へと進んでいた夏希と一夏であったが、途中で一夏が風邪をひいてしまい、ある街で一夏の容態が良くなるまで立ち往生せざるを得なくなった。その街の名は、冬木市。アインツベルン、遠坂、マキリの御三家と呼ばれている魔術師たちが、聖杯戦争という儀式を行う街でもある。
幸いにして、二日で一夏の体調は快復した。一夏が元気になったことに内心ホッとしながらも、夏希の頭には姉の影があった。立ち止まってはいけない、早くこの場所から離れなければ。そう考えながら、冬木市から出ようとした時に、突如として大量の蟲に襲われた。幸い、誰が差し向けたものであるのか、どのように対処すればいいのかが分かっていたので、特に被害を出さずに退けることができた。
だが、この時の件がきっかけで、彼女はある意味で同胞とも呼べる転生者の大半から睨まれることになった上に、様々な組織がその動向に興味を持ち、接触を測ってくるようになった。学園都市、魔術協会、十字教とそれに付随している各機関、関西呪術協会などだ。時に勧誘目的で、時に力を持っている彼女とその息子を抹殺するために、刺客を差し向けてくる。そうして目の前に人間が現れるたびに、夏希は時に言葉のみで丁重に断り、時に自らの力でもって退けた。そうして次々と現れる者たちを相手にしていくうちに、どんどん体力・精神力ともに消耗していった。しかし、それでも彼女は自らの息子を守るために、気を奮い立たせ、油断すると倒れてしまいそうになる体に力を入れ、その足で立ち、歩き続けた。
そうした組織の中でも、特に彼女やその息子に対して不干渉を貫くことにしたのが、
だが、そこまでだった。今までの逃亡生活から来る疲労と、一夏だけは守るという決意から来る極度の緊張、そして人外とも呼べる者達と立て続けに会うという経験は、夏希の心を再起不能なまでに砕くのには十分なものであった。
そうして、ある街にたどり着いた夏希は逃げるのをやめて、一人の少女を養子に迎え入れた。その少女こそが、織斑千冬であった。そして、三人でその街に腰を落ち着け、新しい生活をスタートさせた。
そして、白騎士事件以後十年の間、姉の追っ手が来ることはなく、しかし一夏や千冬を狙う転生者を撃退しつつも、比較的平和な生活を送ることができた。少なくとも、自身の力を使うような事態に陥ることは、一夏とともに流浪を続けていた一年間よりかは大幅に減った。その間に、もしもの事態に備えて自身の実力を上げようと思い、二度目の時に行っていた修練をしようと思ったが、旅の中における度重なる無茶のせいで、全くできなくなっている上に、思っていたよりも体力等の回復力が落ちているに気がついた。
それでも、何かやっておかなければ、いざという時に困ると考え、現在の自身の身で出来る範囲の訓練を行うことにした。しかし、それでも自身の能力が錆びつかないようにすることに精一杯であり、とてもじゃないが実力の向上と言えるようなことはできなかった。
――そのような時を過ごした末に、ISを動かした一夏を追うように、養護教諭として学園に就職し、今に至る。
◇
――誰かが、自分のことを呼んだ気がした。ただ一言、もしかしたら聞き間違いかもしれないその声に導かれるように、一夏はゆっくりと目を開けた。だが、目を開けても、そこには暗闇しかなかった。はて、まだ眠っているのだろうか、と思った一夏であったが、徐々に目が慣れて来た時に目に入った時計から、既に日の入りしてからだいぶ経っていることがわかった。少し眠りすぎた。そんなことを思いながら、ベッドの上で体を起こしてみると、ベッドの脇で椅子に座りながらうつらうつらしている母の姿を見つけた。
――自分のことを呼んだのは、母の寝言か。そんなことを思いながら、一夏は暗闇の中に薄らと浮かび上がる母の姿をまじまじと観察する。
右手に持っているタオルから、大方寝ていた自分の寝汗を拭いていてくれたのだろう。そして、それがひと段落して安心していたらそのまま寝てしまった。そんなところだろうと考えながら、一夏はため息をついた。また、迷惑をかけてしまった。子供の頃からずっとかけっぱなしで、どうにか彼女が安心できるように頑張ってきても、こうして無理をして彼女の世話になってしまえば元も子もない。
唯一の肉親、小さい頃から自身を守ってくれた、大切な人。だから、自分は彼女に恩返しがしたかった。自分は強くなった、だからもう大丈夫だと、言いたかった。だが、まだ言えていない。ただ、どう恩返しをすればいいのかは、わかっていた。
――悔いのない人生を歩む。
それだけだ。それこそが、織斑一夏という人間が、自身の母である織斑夏希に対して行える、ただ一つの恩返しなのだ。
「……マザコンだなぁ、俺」
そう考えながら、一言呟く。それが難しいことくらいわかっている。人間の人生は、選択の連続だ。あの時あの選択をしていれば良かったなんてことは何度もある。まだ十五年しか生きていない自分でもあったのだ。四十二年生きてきた母は、そんな自分以上に選択を重ねてきたのだ。
ただ、それでも…… みんなを守ると豪語するよりも、誰かを救うと宣誓することよりも、よっぽど母への恩返しになる。
そこまで考えて、ふと夕食のことを思い出した。そういえば、軽くしか自分はとっていないし、そもそも母は食べたのだろうか?
もし食べてないのであれば、一緒に食べよう。母と、自分と、姉。家族水入らずに過ごすということは、この学園に入ってからほとんど出来ていない。だから、普段はできないそういったことをするのも、たまにはいいだろう。
そう考えながら、一夏は母を起こそうと、彼女の肩へと手を伸ばした。
チート①:折れない心
チート②:お母さんの愛情
チート③:前世の能力持ち込み
なお理不尽の連続で②しか残っていない模様。
そして神様転生者と言いながら特典をもらっていないというね。
そんな中で、夏希の回想を読んで行くと、彼女がどれだけ恵まれていたのかよくわかります。しかも、それが神様転生と全く関係が無い事実。
相変わらず原作がわかっている人には「本当にこの世界大丈夫かよ……」と思われる位の勢いで書きました。
あと一夏マザコン化の弊害による、彼が抱く理想が変わっています。
ちなみに今回出てきた転生者である夏希さんの年齢ですが、実は私的に初めて正確に年齢を設定したキャラでもあります。(転生者の中では)
おまけみたいな情報ですが、二度目の生はチトセと同い年です。
そして、実はこの作品の設定で長編を一つ書きたいと考えています。いつになるかわかりませんが。
そのため、今回は前日譚という形です。
最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
よろしければ感想がもらえると幸いです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。