プロローグ
振り返ると、いちめんの炎が広がっていた。
まっかな炎が、家を包み込んでいる。
誰の家? 考えるまでもない。わたしの家だ。この世に生まれて、5年間――わたしが過ごしてきた家だ。
わたしの家は、轟々と音を立てながら廃墟に変わっていた。
ばちばちと散らばる火の粉は、なんだか星屑みたいで綺麗。でも、怖い。空が焼け始めているように見えるし、立ち込める煙のせいで息苦しい。それに、まだお父さんも、お祖父ちゃんも、それからお兄ちゃんも家のなかにいる。
庭まで逃げてきたのは――わたしだけ。
「おとーさん! おにーちゃん! おじーちゃん!」
気が付けば、力の限り叫んだ。
でも、叫び声は建物が崩れ落ちる音で遮られてしまった。
熱い風が、わたしめがけて襲いかかってくる。熱くて堪らないのに、おなかのなかから冷えていく感じがする。
「いやだよ、にげたくないよ! にげるなら、いっしょに、にげようよ!!」
お父さんは、「お前だけでも生き延びろ」と、わたしを窓から外に出してくれた。お父さんの顔は煙に塗れて見えなかった。でも、お父さんの声は酷く淡々としている。お父さんは温かみのない声で「あいつは、親爺と一緒だから大丈夫だ。安心して逃げろ」とだけ言い残すと、がちゃりと窓を閉めた。
それ以来、お父さんの声も聞こえないし、姿も見えない。
「おにーちゃん!! おじーちゃん!! おとーさん!!」
わたしは、叫び続ける。
誰も答えてくれない。轟轟と家が燃えていく音だけが響いている。
「おとうさん……」
お父さんは、わたしを逃がしてくれた。
生きのびろ、と逃がしてくれた。
だから、生きないといけない。死ぬ、という言葉は良く分からないけど、それは怖いことなのだ。
わたしは服の袖で涙を拭うと、がむしゃらに駆けだした。いつまでもここにいたら、とっても怖いことが起きる。だから、はやく逃げないといけない。
それに、きっと逃げれば――お祖父ちゃんが迎えに来てくれる。
お祖父ちゃんは怖いけど、絶対に死なない。「親父は妖怪だ」って、お父さんは言ってたし、お兄ちゃんも言っていた。
だから、きっと――お兄ちゃんと一緒に迎えに来てくれる。
そう、絶対に――
「あっ!!」
足が縺れて、転んでしまった。
ひざは擦り剥けて、まっかな血が滲んでいる。痛い。
「……逃げなくちゃ」
よろよろと立ち上がると、再び駆けだす。足は痛いし、煙は目に浸みるしで、目には涙が浮かんできた。私は袖で眼をこすりながら、懸命に足を動かし続けた。
カーン、カーン、カーンと、けたましく鳴り響くサイレンが、遠くから響いてる。
星の代わりに火の粉が舞い散る夜空。
騒がしく鳴り響く消防車。
轟々と燃え盛る炎。
そして、ひざから滲んだ血――。
結局、お祖父ちゃんは迎えに来なかった。お兄ちゃんもお父さんも、まっくろに焦げてしまっていた。
これで、ひとりぼっち。
だから、わたしは赤が嫌い。
死ぬのは、もっと嫌い。でも、逃げるのは――もっと、もっと嫌い。
10年前から、ずっと――
※
聖杯戦争。
それは、7人の魔術師たちによる儀式――もとい、願望器である聖杯を巡り、繰り広げられる「殺し合い」だ。
魔術師たちは、古今東西の英雄たちを
――けっして交わるはずのなかった7つの運命。
境遇、生い立ち、思想、技能――なにもかも違う7人のマスターたち。彼らの運命が交差し、勝利の栄光を手にするために剣を交える。
血生臭い戦いの刻限は、徐々に迫っていた。
ときは、西暦2000年。
――最果ての都「東京」で、最も新しい聖杯戦争が幕を開ける。
新連載、はじまりました。
Fate/Apocryphaで語られている「亜種聖杯戦争」をイメージしながら執筆しています。
ですので、基本的に舞台背景・世界観はApocryphaに酷似しております。
しかし、Apocryphaとは決定的に違う点もちらほらある並行世界です。そのあたりも愉しみながら読んでいただけると嬉しいです。
これから、よろしくお願いします。