JR山手線の線路の上。
アーチャーは、ふと違和感を覚えた。
「――ん? マスター、どうしたぜよ?」
アーチャーは先程まで巫城珊瑚と念話を交わし、また、視覚も共有していた。
しかし、それがどういうわけが途切れてしまった。こちらとの距離が離れすぎたのか、それとも別の理由なのか。
視覚共有や念話の弱点とは、互いの音声しか聞き取れず、互いが視ている風景しか認識できないことにある。よって、音や体感している空気などは実感できないのである。
「……アーチャーさん?」
ミカが不安げに見上げてくる。寒いのか歯をカチカチ鳴らしながら、目には酷く辛そうな色を浮かべていた。アーチャーを握りしめる手も震えている。アーチャーは朗らかに笑いながら、ミカを安心させるように言葉を紡いだ。
「なんにも心配いらんじゃ。安心するぜよ」
アーチャーはミカに言い聞かせるように、己に言い含めるように呟く。
巫城珊瑚との因果律は繋がっている。魔力供給も止まっていない。つまり、珊瑚は生きている。
それならば、合流地点へ急ぐことが先決だ。いなかった場合は、どこか安全な場所にミカを預けて、マスターを探しに向かえばよい。
「それよりも、あやつ。まだ追いかけてくるぜよ?」
アーチャーはため息をついた。
振り返ってみれば、ランサーの槍の穂先についていた赤い糸が小さく見えた。ランサーはまだ追跡してくる。
アーチャーの方が先に動き出したとはいえ、ランサーの方が敏捷は上。アーチャーは「追いつかれるのも時間の問題」と割り切ると、ひょいっと通りかかった電車の上に飛び乗った。さすがのランサーでも、電車の速度に追いつくのは至難の技らしい。
何度か電車の上を飛び乗ったり、飛び降りたりを繰り返し、距離を取っているが、こりずに着いて来るとは、物凄く執念深いサーヴァントである。
「困ったのー、どーいたもんじゃ。ほんなら、宝具でも使ってみようか」
アーチャーは電車――山手線につかまりながら、降りる場所を模索する。
すると、遠くに赤く光った塔が見えてきた。アーチャーと巫城珊瑚の合流地点である「東京タワー」である。適当に降りたり乗ったりしているうちに、近くまで辿り着いていたらしい。
「ひやいにゃーけんど、我慢するぜよ。あとちょっとの辛抱じゃ」
アーチャーはミカを己の羽織で包み直すと、駅の屋根に降り立った。
ミカを屋根の上に降ろし、愛用の銃に両手を添える。サーヴァントになって良いことは、実弾を装填する手間が省けるということだ。魔力を込めれば、銃に弾が装填されている。
「また、命を救んちや」
アーチャーは愛用の銃――『S&Wモデル2』で、狙いを定める。宝具を発動すると決意したからか、身体の感覚が研ぎ澄まされていく。さきほどまで点にしか見えなかったランサーが、その筋肉はもちろん、槍についた赤い糸の一本一本にいたるまで、はっきりと認識することが出来ていた。
狙うはもちろん、霊格のある心臓。心臓を射抜かれたら最後、いかにサーヴァントであろうとも生き延びることは困難である。
アーチャーは引き金に手をかけると、
「悪く思わんといてくんちゃ、ランサー。
わしの宝具、受けてみるぜよ」
ランサーが宝具発動に気がつく前に、明治維新の功労者
「『今一度、日本を洗濯いたし候』!!」
高杉晋作の手より贈られた33口径の銃は、いま、100年以上の時を越えて、再び銃声を上げる。京都・伏見の寺田屋事件のときのように、坂本龍馬の命を救うため――周囲の空気を逆巻きながら、まっすぐランサーの心臓へと奔り出す。
これに驚いたのは、ランサーだった。
「これは――宝具か!?」
ランサーは宝具の接近に気づくと驚く気持ちを抑えて、冷静に分析する。
アーチャーの宝具は、ランサーの知る「矢」とは大きく異なる形状をしている。だが、その矢が己の心臓を打ち抜こうとしていることには変わりない。ランサーは不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど。……では、受けて立とう」
ランサーは足を止めると、槍を持ち直す。
明りの耐えぬ東京とはいえ、ここは線路。夜の闇に沈んでいる。そのなかを、銃弾は青白い光を伴いながら迫りくる。速度は速い。さらに、夜は弾足が増す。だが、そのあたりは、ランサーにとってどうでも良い。ようは、弾が見えていればいいのだ。
「ふんっ!」
槍に当たるか否かの寸での所。
ランサーは身体を捩るように槍を大きく振ると、弾を跳ね返す。外れた魔弾はランサーのはるか後方、線路と線路の中央部分に着弾し、巨大な爆発音が響き渡る。鉄でつくられたはずの線路は、まるで粘土のように引き裂かれた。
「外したな、アーチャー――っ!?」
しかし、次の瞬間だった。
避けたはずの銃弾がもう一発。轟きながら、ランサーを襲う。最初の一発目の陰に隠れるようにして、放出されていたのである。
さすがに、今度は防ぎようがない。わずかに身体を動かし急所を避けることは出来たが、それでも右腕が銃弾に持って行かれる。
ランサーは、しばし失われた右腕を凝視すると、不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど。これでは槍が持てぬ。しかたない、退却するとしよう」
ランサーは暗闇に溶けるように霊体化する。
マスターから離れれば離れるほど、魔力の供給がしにくくなる。つまり、それだけ傷の治りも遅く、動きも緩慢になる。
どんなに無理をしたところで、この傷では追うことは出来ない。
「ふぅ、なんとか助かったぜよ……」
アーチャーは、ほっと溜息をついた。
霊体のまま近づいてくる気配もないので、本当に帰って行ったのだろう。拳銃を懐に終い直すと、再びミカを抱えた。
「ほんなら、出発するぜよ」
「う、うん。その、めいわくかけて、ごめんなさい……」
「めーわくなんて、かけてないぜよ。わしが護りたいから護っているだけじゃが」
ミカは顔を伏せる。アーチャーはミカの様子に少し疑問を覚えたが、そのまま夜の闇を走り出す。もちろん、サーヴァントの和装姿のまま堂々と大通りを歩くわけにはいかない。駅の屋根からビルの屋上へ飛び移り、また、次の屋上へと移っていく。目指すは、蝋燭のように赤い塔――東京タワーだ。
「んー。マスターがいない?」
アーチャーとミカは東京タワーの前まで辿り着いく。まだ閉館時間ではないのか、ちらほら人の姿があった。しかし、そのなかに巫城珊瑚らしい姿は見当たらない。
移動速度や距離からすると、どう考えても珊瑚の方が先に到着する。
『マスター、なにかあったちゅうじゃか?』
念話で語りかけてみるのだが、一向に通じなかった。
アーチャーの顔色が険しくなる。物陰に隠れながら、しばらく到着を待ってみることにする。
だが――
「そこにいるのは、アーチャーのサーヴァントですね?」
最初に声をかけてきたのは、己のマスターではなかった。
1人の青年だ。いままで出会ったこともなければ、見かけたこともない。カソックを纏っていることから察するに、聖職者なのだろう。
「あぁ、大丈夫です。警戒しないでくださいね。実は、貴方のマスターから共闘を頼まれ、ここに参上しました」
青年は、にっこりと上品な笑みを浮かべている。
アーチャーはミカを背に回しながら、青年を軽く睨みつけた。確かに、青年の左手の甲には令呪が浮かび上がっている。彼は、聖杯戦争のマスターなのだろう。
「ほうか。そんなら、わしのマスターはどこにいるぜよ?」
「巫城珊瑚さんは、カルロ・ヴァルガス・ユグドミレニアに襲われ、現在は意識不明の重体に陥っています。私もサーヴァント共々、精一杯の努力を尽くしたのですが……申し訳ありません」
青年の表情が変わる。本気で申し訳ないと落ち込んでいるようだ。
「そちらの方――たしか、長門ミカさんでいらしましたよね? 彼女の事情も聞いています。たしか、カルロに命を狙われているとか……貴女も、よかったらご一緒に」
青年は手を差し伸べてくる。ミカはアーチャーの袖をつかんだまま、ゆっくりと首を振った。
「えっと……ごめんなさい。そろそろ、ママと連絡とりたいなって」
「んー、連絡とってやりたいのは山々なんじゃが……いま、御母堂に連絡とることはいかんぜよ」
アーチャーは頭を掻いた。それには青年も同意見のようだ。青年はミカと同じ視線の位置まで屈むと、安心させるように慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「もし、お母様に連絡をとったとしたら、お母様まで命を狙われかねません。
時期を見て、お母様と連絡を取りましょう。なに、怒られないように、私からも口添えしますから」
それは、とてもではないが、20かそこらの青年が浮かべる表情ではない。アーチャーは警戒心を強めたが、ミカの顔からは不安の色が消える。若干涙目になりながらも、うんっと元気よく縦に頷いていた。
「さて、アーチャーも一緒に」
「……本当に、わしのマスターを匿っているんか?」
アーチャーは軽く睨む。
青年も静かな微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。
「ええ、もちろんです」
アーチャーは考える。
共闘関係を結ぶことは大事だとは理解している。しかし、あの巫城珊瑚が共闘に乗るだろうか? 1人で勝ち抜く気満々だった彼女が、こんな得体のしれない男との共闘に乗るとは考えにくい。いくら敵マスターに命を狙われ、切羽詰まった状況であったとしても、安易に手を握るだろうか――、と。
「……嘘だったら、承知しないぜよ」
「ええ。嘘ではありませんから」
アーチャーは辺りを警戒しながら、青年の後に続く。
アーチャーとしては、人は出来る限り信じたい。しかし、信じきれない。目の前の青年を、どうしても信じきれない。だから、アーチャーは東京タワーを立ち去る前に、こんな質問をした。
「おまんは、どうして聖杯戦争に参加したじゃか?」
それを問うと、青年は足を止めた。
「そうですね。笑われるような理由ですが――」
そして、冬の湖面のように静かな表情で――己の望みを答える。
その言葉を聞いたとき、アーチャーは少し首をかしげる。なるほど、確かに聖杯を望んでも不思議ではない参加理由だ。アーチャー自身、生前は彼に近い望みを胸に抱いていて日本全国を走り回っていた。
だからこそ、アーチャーは疑問を深めてしまった。
本当に、この男を巫城珊瑚が同盟を組んだのだろうか? と――。
※
こうして、1日目の夜が更ける。
いまだ、雨生龍之介を除いた
「ふぅ……大変なことになってきましたね」
南海彦太郎は、やれやれと肩を落とした。
鳴り止まない電話。
まったく静まる気配のない通信用魔術機器。
時計塔やら聖堂教会から、今回の聖杯戦争についての問い合わせ――それに加えて、夕方のニュースで流れたアーチャーとランサーの映像に関する後処理。それから、誘拐された子どもと、その家族の扱いにも頭を悩ませていた。
「今回の事態を報告しないにしても、のちのち分かってしまうことですし。はぁ、大変ですね……監督役も」
文句を呟きながら、もう一度――脱落してしまったサーヴァントがいないか確認する。
霊器盤に変化はない。
否、変化はあった。
サーヴァントが1騎、増えているのだ。
7騎のサーヴァントが、すべて召喚されているのに。なぜか、余計な星が増えている。南海は目を疑った。慌てて目をこすり、再度確認してみるが結果は同じだ。
「ゲート、キーパー?」
霊器盤を持つ手が震える。
浮かび上がるは、見慣れぬクラス。
本来存在するはずもないエキストラクラスのサーヴァント。
聖杯を守護するために呼び出された、新たなサーヴァントの存在を示していた。
これで、参加マスターは7人。
サーヴァントは8騎の聖杯戦争が、本格的に幕を開ける。
それぞれの想いを聖杯に託し、己の剣を振るう。正史から道を踏み外した
ゲートキーパーのサーヴァントを上手く描くことが出来るか、いまから不安です……。
ひとまず、幕間は終了。
次回から、アサシン陣営の話に戻ります。
お楽しみに!
以下、アーチャーのデータです。
彼の宝具はもう1つあるので、そちらの方は不明表記とさせていただきます。
[元ネタ]史実
[CLASS]アーチャー
[真名]坂本龍馬
[身長・体重] 173cm・80kg
[属性]中立・善
[ステータス]筋力C 耐久C 敏捷B 魔力E 幸運E 宝具E~EX
[クラス別スキル] 対魔力D 単独行動 A
[保有スキル]
・嵐の航海者 A 「船」と認識されるものを駆る才能を示すスキル。船員・船団を対象とする集団のリーダーも表すため、カリスマCも兼ね備えている。
・無刀取り D 敵の武器を奪うスキル。土佐藩時代に学んでいた小栗流剣術の技だが、免許皆伝していないため成功率は低い。
[宝具]
『今一度、日本を洗濯いたし候』
ランク:E~EX 種別:対人宝具 レンジ:1〜5人 最大捕捉:?
遠距離狙撃を行う。
標的が平和路線から外れる者であれば、宝具のランクがA+まで上がる。逆に、「こいつと気があう」と感じてしまった者の場合、ランクがランクがEまで下がってしまう。
また、龍馬が狩猟を楽しんだという逸話から、標的が人間以外だった場合はランクがEXまで上がる。
「外国の援助を受けて、幕府に反抗する長州を征伐しよう」との方針を進めている官僚に対して、龍馬が抱いていた有名な言葉。
『不明』
ランク:不明 種別:不明 レンジ:不明 最大捕捉:不明
不明
[weapon]
『S&Wモデル2』
33口径6連発の拳銃。
高杉晋作から貰い、寺田屋事件の時に使用した。
『吉行』
二尺二寸の刀。兄 権平から譲り受けた先祖伝来の一品であり、ことあるごとに「兄の贈り物だ」と自慢していたらしい。
なお、龍馬は北辰一刀流の免許を皆伝している。