Fate/another vision   作:寺町朱穂

12 / 21
幕間:今一度、日本を洗濯いたし候

 

 

 JR山手線の線路の上。

 アーチャーは、ふと違和感を覚えた。

 

「――ん? マスター、どうしたぜよ?」

 

 アーチャーは先程まで巫城珊瑚と念話を交わし、また、視覚も共有していた。

 しかし、それがどういうわけが途切れてしまった。こちらとの距離が離れすぎたのか、それとも別の理由なのか。

 視覚共有や念話の弱点とは、互いの音声しか聞き取れず、互いが視ている風景しか認識できないことにある。よって、音や体感している空気などは実感できないのである。

 

「……アーチャーさん?」

 

 ミカが不安げに見上げてくる。寒いのか歯をカチカチ鳴らしながら、目には酷く辛そうな色を浮かべていた。アーチャーを握りしめる手も震えている。アーチャーは朗らかに笑いながら、ミカを安心させるように言葉を紡いだ。

 

「なんにも心配いらんじゃ。安心するぜよ」

 

 アーチャーはミカに言い聞かせるように、己に言い含めるように呟く。

 巫城珊瑚との因果律は繋がっている。魔力供給も止まっていない。つまり、珊瑚は生きている。

 それならば、合流地点へ急ぐことが先決だ。いなかった場合は、どこか安全な場所にミカを預けて、マスターを探しに向かえばよい。

 

「それよりも、あやつ。まだ追いかけてくるぜよ?」

 

 アーチャーはため息をついた。

 振り返ってみれば、ランサーの槍の穂先についていた赤い糸が小さく見えた。ランサーはまだ追跡してくる。

 アーチャーの方が先に動き出したとはいえ、ランサーの方が敏捷は上。アーチャーは「追いつかれるのも時間の問題」と割り切ると、ひょいっと通りかかった電車の上に飛び乗った。さすがのランサーでも、電車の速度に追いつくのは至難の技らしい。

 何度か電車の上を飛び乗ったり、飛び降りたりを繰り返し、距離を取っているが、こりずに着いて来るとは、物凄く執念深いサーヴァントである。

 

「困ったのー、どーいたもんじゃ。ほんなら、宝具でも使ってみようか」

 

 アーチャーは電車――山手線につかまりながら、降りる場所を模索する。

 すると、遠くに赤く光った塔が見えてきた。アーチャーと巫城珊瑚の合流地点である「東京タワー」である。適当に降りたり乗ったりしているうちに、近くまで辿り着いていたらしい。

 

「ひやいにゃーけんど、我慢するぜよ。あとちょっとの辛抱じゃ」

 

 アーチャーはミカを己の羽織で包み直すと、駅の屋根に降り立った。

 ミカを屋根の上に降ろし、愛用の銃に両手を添える。サーヴァントになって良いことは、実弾を装填する手間が省けるということだ。魔力を込めれば、銃に弾が装填されている。

 

「また、命を救んちや」

 

 アーチャーは愛用の銃――『S&Wモデル2』で、狙いを定める。宝具を発動すると決意したからか、身体の感覚が研ぎ澄まされていく。さきほどまで点にしか見えなかったランサーが、その筋肉はもちろん、槍についた赤い糸の一本一本にいたるまで、はっきりと認識することが出来ていた。

 狙うはもちろん、霊格のある心臓。心臓を射抜かれたら最後、いかにサーヴァントであろうとも生き延びることは困難である。

 アーチャーは引き金に手をかけると、

 

「悪く思わんといてくんちゃ、ランサー。

 わしの宝具、受けてみるぜよ」

 

 ランサーが宝具発動に気がつく前に、明治維新の功労者坂本龍馬(アーチャー)は指を引いた。

 

「『今一度、日本を洗濯いたし候』!!」

 

 高杉晋作の手より贈られた33口径の銃は、いま、100年以上の時を越えて、再び銃声を上げる。京都・伏見の寺田屋事件のときのように、坂本龍馬の命を救うため――周囲の空気を逆巻きながら、まっすぐランサーの心臓へと奔り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 これに驚いたのは、ランサーだった。

 

「これは――宝具か!?」

 

 ランサーは宝具の接近に気づくと驚く気持ちを抑えて、冷静に分析する。

 アーチャーの宝具は、ランサーの知る「矢」とは大きく異なる形状をしている。だが、その矢が己の心臓を打ち抜こうとしていることには変わりない。ランサーは不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほど。……では、受けて立とう」

 

 ランサーは足を止めると、槍を持ち直す。

 明りの耐えぬ東京とはいえ、ここは線路。夜の闇に沈んでいる。そのなかを、銃弾は青白い光を伴いながら迫りくる。速度は速い。さらに、夜は弾足が増す。だが、そのあたりは、ランサーにとってどうでも良い。ようは、弾が見えていればいいのだ。

 

「ふんっ!」

 

 槍に当たるか否かの寸での所。

 ランサーは身体を捩るように槍を大きく振ると、弾を跳ね返す。外れた魔弾はランサーのはるか後方、線路と線路の中央部分に着弾し、巨大な爆発音が響き渡る。鉄でつくられたはずの線路は、まるで粘土のように引き裂かれた。

 

「外したな、アーチャー――っ!?」

 

 しかし、次の瞬間だった。

 避けたはずの銃弾がもう一発。轟きながら、ランサーを襲う。最初の一発目の陰に隠れるようにして、放出されていたのである。

 さすがに、今度は防ぎようがない。わずかに身体を動かし急所を避けることは出来たが、それでも右腕が銃弾に持って行かれる。

 ランサーは、しばし失われた右腕を凝視すると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほど。これでは槍が持てぬ。しかたない、退却するとしよう」

 

 ランサーは暗闇に溶けるように霊体化する。

 マスターから離れれば離れるほど、魔力の供給がしにくくなる。つまり、それだけ傷の治りも遅く、動きも緩慢になる。

 どんなに無理をしたところで、この傷では追うことは出来ない。

 

「ふぅ、なんとか助かったぜよ……」

 

 アーチャーは、ほっと溜息をついた。

 霊体のまま近づいてくる気配もないので、本当に帰って行ったのだろう。拳銃を懐に終い直すと、再びミカを抱えた。

 

「ほんなら、出発するぜよ」

「う、うん。その、めいわくかけて、ごめんなさい……」

「めーわくなんて、かけてないぜよ。わしが護りたいから護っているだけじゃが」

 

 ミカは顔を伏せる。アーチャーはミカの様子に少し疑問を覚えたが、そのまま夜の闇を走り出す。もちろん、サーヴァントの和装姿のまま堂々と大通りを歩くわけにはいかない。駅の屋根からビルの屋上へ飛び移り、また、次の屋上へと移っていく。目指すは、蝋燭のように赤い塔――東京タワーだ。

 

「んー。マスターがいない?」

 

 アーチャーとミカは東京タワーの前まで辿り着いく。まだ閉館時間ではないのか、ちらほら人の姿があった。しかし、そのなかに巫城珊瑚らしい姿は見当たらない。

 移動速度や距離からすると、どう考えても珊瑚の方が先に到着する。

 

『マスター、なにかあったちゅうじゃか?』

 

 念話で語りかけてみるのだが、一向に通じなかった。

 アーチャーの顔色が険しくなる。物陰に隠れながら、しばらく到着を待ってみることにする。

 だが――

 

「そこにいるのは、アーチャーのサーヴァントですね?」

 

 最初に声をかけてきたのは、己のマスターではなかった。

 1人の青年だ。いままで出会ったこともなければ、見かけたこともない。カソックを纏っていることから察するに、聖職者なのだろう。

 

「あぁ、大丈夫です。警戒しないでくださいね。実は、貴方のマスターから共闘を頼まれ、ここに参上しました」

 

 青年は、にっこりと上品な笑みを浮かべている。

 アーチャーはミカを背に回しながら、青年を軽く睨みつけた。確かに、青年の左手の甲には令呪が浮かび上がっている。彼は、聖杯戦争のマスターなのだろう。

 

「ほうか。そんなら、わしのマスターはどこにいるぜよ?」

「巫城珊瑚さんは、カルロ・ヴァルガス・ユグドミレニアに襲われ、現在は意識不明の重体に陥っています。私もサーヴァント共々、精一杯の努力を尽くしたのですが……申し訳ありません」

 

 青年の表情が変わる。本気で申し訳ないと落ち込んでいるようだ。

 

「そちらの方――たしか、長門ミカさんでいらしましたよね? 彼女の事情も聞いています。たしか、カルロに命を狙われているとか……貴女も、よかったらご一緒に」

 

 青年は手を差し伸べてくる。ミカはアーチャーの袖をつかんだまま、ゆっくりと首を振った。

 

「えっと……ごめんなさい。そろそろ、ママと連絡とりたいなって」

「んー、連絡とってやりたいのは山々なんじゃが……いま、御母堂に連絡とることはいかんぜよ」

 

 アーチャーは頭を掻いた。それには青年も同意見のようだ。青年はミカと同じ視線の位置まで屈むと、安心させるように慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 

「もし、お母様に連絡をとったとしたら、お母様まで命を狙われかねません。

 時期を見て、お母様と連絡を取りましょう。なに、怒られないように、私からも口添えしますから」

 

 それは、とてもではないが、20かそこらの青年が浮かべる表情ではない。アーチャーは警戒心を強めたが、ミカの顔からは不安の色が消える。若干涙目になりながらも、うんっと元気よく縦に頷いていた。

 

「さて、アーチャーも一緒に」

「……本当に、わしのマスターを匿っているんか?」

 

 アーチャーは軽く睨む。

 青年も静かな微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと頷いた。

 

「ええ、もちろんです」

 

 アーチャーは考える。

 共闘関係を結ぶことは大事だとは理解している。しかし、あの巫城珊瑚が共闘に乗るだろうか? 1人で勝ち抜く気満々だった彼女が、こんな得体のしれない男との共闘に乗るとは考えにくい。いくら敵マスターに命を狙われ、切羽詰まった状況であったとしても、安易に手を握るだろうか――、と。

 

「……嘘だったら、承知しないぜよ」

「ええ。嘘ではありませんから」

 

 アーチャーは辺りを警戒しながら、青年の後に続く。

 アーチャーとしては、人は出来る限り信じたい。しかし、信じきれない。目の前の青年を、どうしても信じきれない。だから、アーチャーは東京タワーを立ち去る前に、こんな質問をした。

 

「おまんは、どうして聖杯戦争に参加したじゃか?」

 

 それを問うと、青年は足を止めた。

 

「そうですね。笑われるような理由ですが――」

 

 そして、冬の湖面のように静かな表情で――己の望みを答える。

 その言葉を聞いたとき、アーチャーは少し首をかしげる。なるほど、確かに聖杯を望んでも不思議ではない参加理由だ。アーチャー自身、生前は彼に近い望みを胸に抱いていて日本全国を走り回っていた。

 

 だからこそ、アーチャーは疑問を深めてしまった。

 

 本当に、この男を巫城珊瑚が同盟を組んだのだろうか? と――。

 

 

 

 

 こうして、1日目の夜が更ける。

 いまだ、雨生龍之介を除いた参加者(マスター)脱落者はいない(・・・・・・・)

 

「ふぅ……大変なことになってきましたね」

 

 南海彦太郎は、やれやれと肩を落とした。

 

 

 鳴り止まない電話。

 まったく静まる気配のない通信用魔術機器。

 時計塔やら聖堂教会から、今回の聖杯戦争についての問い合わせ――それに加えて、夕方のニュースで流れたアーチャーとランサーの映像に関する後処理。それから、誘拐された子どもと、その家族の扱いにも頭を悩ませていた。

 

「今回の事態を報告しないにしても、のちのち分かってしまうことですし。はぁ、大変ですね……監督役も」

 

 文句を呟きながら、もう一度――脱落してしまったサーヴァントがいないか確認する。

 霊器盤に変化はない。

 否、変化はあった。

 

 サーヴァントが1騎、増えているのだ。

 7騎のサーヴァントが、すべて召喚されているのに。なぜか、余計な星が増えている。南海は目を疑った。慌てて目をこすり、再度確認してみるが結果は同じだ。

 

「ゲート、キーパー?」

 

 霊器盤を持つ手が震える。

 浮かび上がるは、見慣れぬクラス。

 本来存在するはずもないエキストラクラスのサーヴァント。

 

 聖杯を守護するために呼び出された、新たなサーヴァントの存在を示していた。

 

 

 

 これで、参加マスターは7人。

 サーヴァントは8騎の聖杯戦争が、本格的に幕を開ける。

 それぞれの想いを聖杯に託し、己の剣を振るう。正史から道を踏み外した聖杯戦争(物語)は、今宵も狂いながら更けていく――。

 

 

 

 

 





 ゲートキーパーのサーヴァントを上手く描くことが出来るか、いまから不安です……。
 

 ひとまず、幕間は終了。
 次回から、アサシン陣営の話に戻ります。
 お楽しみに!

 以下、アーチャーのデータです。
 彼の宝具はもう1つあるので、そちらの方は不明表記とさせていただきます。


[元ネタ]史実
[CLASS]アーチャー
[真名]坂本龍馬

[身長・体重] 173cm・80kg
[属性]中立・善
[ステータス]筋力C 耐久C 敏捷B 魔力E 幸運E 宝具E~EX
[クラス別スキル] 対魔力D 単独行動 A
[保有スキル]
・嵐の航海者 A 「船」と認識されるものを駆る才能を示すスキル。船員・船団を対象とする集団のリーダーも表すため、カリスマCも兼ね備えている。
・無刀取り D 敵の武器を奪うスキル。土佐藩時代に学んでいた小栗流剣術の技だが、免許皆伝していないため成功率は低い。


[宝具]

『今一度、日本を洗濯いたし候』
ランク:E~EX 種別:対人宝具 レンジ:1〜5人 最大捕捉:?
 遠距離狙撃を行う。
 標的が平和路線から外れる者であれば、宝具のランクがA+まで上がる。逆に、「こいつと気があう」と感じてしまった者の場合、ランクがランクがEまで下がってしまう。
 また、龍馬が狩猟を楽しんだという逸話から、標的が人間以外だった場合はランクがEXまで上がる。

「外国の援助を受けて、幕府に反抗する長州を征伐しよう」との方針を進めている官僚に対して、龍馬が抱いていた有名な言葉。


『不明』
ランク:不明 種別:不明 レンジ:不明 最大捕捉:不明
不明


[weapon]
『S&Wモデル2』
33口径6連発の拳銃。
高杉晋作から貰い、寺田屋事件の時に使用した。

『吉行』
二尺二寸の刀。兄 権平から譲り受けた先祖伝来の一品であり、ことあるごとに「兄の贈り物だ」と自慢していたらしい。
なお、龍馬は北辰一刀流の免許を皆伝している。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。