Fate/another vision   作:寺町朱穂

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2月2日
6話 手がかりを探して


 

 

 いまから、10年前――。

 

 

 私は、地元の幼稚園に通っていた。

 1年前までは、兄と一緒に。今年からは、1人で。寂しくはないし、むしろ、兄がいない方が清々した。

 兄は病弱で、3日に1度は熱を出す。

 熱を出すのは、たいてい家で勉強した後だったけど、ごく稀に幼稚園でも熱を出すことがあった。

 真っ赤に頬照らせて、胸を抑えながら倒れ込む。苦しげな兄を見て、私は「可哀そう」と思った。でも、それだけ。

 兄は、優等生。私と似てるところは、櫛で梳いても直らない癖毛だけ。

 お遊戯も運動も、工作だって幼稚園で1番の出来だった。物腰穏やかな振る舞いも、どこかの国の王子様みたいにカッコいい。だから、ちょっぴり憧れた。

 

 

 そう、ちょっぴり。

 だって、兄が優等生だったのは家族や先生の前だけ。

 幼稚園の子どもたち、そして、なによりも、私に対しては暴君だった。

 

「ゆかりのモノは、僕のモノ。僕のモノは、僕のモノ。

 僕はお前の兄なんだから、当然だろ?」

 

 兄は高らかに宣言すると、私の玩具を取り上げる。

 大切な人形の首は折られ、ぬいぐるみの足はもげ、絵本なんて帰ってこなかった。抵抗は出来ないし、それを父に訴えたところで、兄はケロッと「え、でもくれるって言ったよね? ちょうだいって言ったら、渡してくれたじゃん」と言い放つのだ。

 

 まさに、ジャイアニズム。

 6歳の兄が5歳の妹に

 

「いいか? この家も、財産も、知識も、みーんな、僕が引き継ぐんだ! お前の取り分なんて、最初からないんだぜ?」

 

 なんて宣言するのだから、もう手が付けられない。

 抵抗する気はなかった。抵抗できなかった。抵抗しようとも思わなかった。ただ、熱を出して倒れる兄を見て、「いい気味だ」と思ってしまう私がいて、そんな私自身が嫌いでたまらなかった。

 

 そのためか、1人で幼稚園に通えるようになって嬉しかった。

 もう、兄が配下を引き連れて玩具を獲りに来ることはない。

 工作物を壊される心配はないし、兄と比べられることはない。

 でも、現実は非情なもので、兄の息がかかった子どもたちが、兄のように振舞い始めた。もちろん、その振る舞いは暴君とは程遠いし、あっさりと見つかって先生に叱られることも多かったけど、私に対する周りの雰囲気は大して変わらない。

 

 明るい女の子たちと騒がしい男子どもが戯れる。その様子を、私は1人ぼっちで遊戯室から眺める。その繰り返し。他にすることはなかったし、別にしたいこともなかった。

こうして、私の幼稚園での一日は終わる。あとは、お手伝いさんが迎えに来てくれて終了。

 しかし、あの日は――ひどく霧に覆われた冬の日だけは違った。

 

「――紫ちゃん、おじいちゃんが迎えに来てくれたわよ」

 

 先生が嬉しそうに話しかけてくれた。

 お祖父ちゃん!

 私は目を丸くしてしまった。祖父は兄や父とは言葉を交わすが、私と話してくれた経験は皆無に等しい。たまに家ですれ違っても、冷たい目で一瞥してくるだけ。そんな祖父が迎えに来てくれるなんて、自分の正気を疑ったものだ。

 幼稚園の門の前には、祖父がいた。むすっと顔をしかめたまま、杖に身を預けている。

 

「うむ。帰るぞ、紫」

 

 呆然とする私をよそに、祖父は歩き始めた。

 私は慌てて後を追いかけると、祖父の隣――を歩くのは、なんだか悪い気がして、その半歩後ろ辺りを歩いた。

 祖父は意外にも良く話しかけてきた。

「幼稚園では上手くやってるか?」とか「友だちは出来たのか?」とか。

 私はなるべく真剣に、当たり障りのないように答えていく。だけど、ある質問に差し掛かったとき――私は、答えに躓いてしまった。

 

 それは、兄と仲良くしてるか?という質問。

 その質問だけは、すぐに答えることが出来なかった。私が黙っていると、祖父が答えを促してきた。祖父の目は、まっすぐ私を覗き込んでくる。祖父の双眸を見ているうちに、なんだか嘘をついてはいけない気がした。

 

「おにーちゃんは、わたしのものを壊すの。わたしのものを、みーんな取り上げて、壊しちゃうの」

「そうか。あ奴はそのような性質があるからな。辛かっただろう」

 

 父親にすら信じて貰えなかった言葉。

 祖父は、それを当たり前のように受け入れてくれた。

 

「帰ったら、おまえだけのモノをくれてやろう」

 

 祖父の手が、私の頭の上に乗る。

 暖かさを感じない手だったが、祖父の優しさが伝わってくるようで。

 祖父の無骨な手の感触に、不思議と安心したものだ。

 

 だって、はじめてだった。

 私だけのモノを手に入れるのは――。

 

 

 

 

 

 だけど、私は――祖父から何を貰ったのか、覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――8:30 私立礼園女学院、学生寮

 

 

 

 

 眩い光が、締め切ったカーテンの隙間から差し込まれる。

 何処からともなく聞こえてくる小鳥の声。きっと、窓のすぐそばにある木に止まっているのだろう。

 

「ん――ううん」

 

 眠い瞼をこすりながら、時計に目を向けた。

 まだ、朝の6時30分。まだ、朝食の時間まで余裕があった。あと10分ちょっとは眠っていても問題ないだろう。朝の光を遮断するかのように、私は毛布に潜りなおす。毛布は自分の体温で、ほどよく温かさを保っている。一度でも剥いでしまえば、二度と心地よい眠りを味わえないことをよく知っていた。

 

「――ん?」

 

 6時30分?

 この時期の6時30分は、まだ太陽が昇り切っていないはず。

 でも、カーテンの隙間からは暖かな陽が差し込まれている訳で。

 もう一度だけ、毛布を持ち上げてみる。机の上の時計は、ひどく大人しい。時計の針は、まだ6時30分。長針も短針も、ついでに秒針まで、きっちり固まっていた。

 

「え、ええっ――!?」

 

 慌てて跳ね起きると、時計に駆け寄った。

 時計は動かない。まるで、屍のようだ。おそらく電池が切れたのだろうが、まさか今日、このタイミングで動かなくなるなんて。

 

「朝食っ!!」

 

 朝だと分かった途端、お腹は「なにか食べ物を寄こせ!」と唸り始めている。いまは、着替える手間も惜しい。幸いにして、昨日は制服のまま着替えることなくベッドに潜り込んでいた。

 私は、扉を乱暴に開き――

 

「どこへ行くのですか、霧ヶ丘さん?」

 

 見張りのシスターに呼び止められた。

 鬼の寮監――シスター・アイベンバッハ。基本的に、彼女が寮を見張るのは夜のみ。昼間はいないはずなのに――。

 

「昨日の傷害事件。犯人の目星が付くまで、授業は延期。

 寮の部屋でおとなしく自習をするように、通達してあるはずですが?」

「あっ……」

 

 そうだった。

 昨日の騒動が脳裏に浮かび上がる。

 たしか、私が昼食を食べ終わる頃にサーヴァントに襲われた生徒が発見されて、午後の授業は禁止。生徒は寮に戻されたんだっけ。

 

「食事の時間は、7時、12時、18時。

 ただいまの時間は、8時30分。生徒は学習室か、寮の自室で静かに自習することになっていますが?」

 

 アイベンバッハは、どこか機械的に言い放つ。

 ……8時30分。どうやら、私は2時間も寝坊してしまったらしい。がっくりと項垂れ、渋々と部屋へ引き下がる。ぱたん、と扉を閉めると、急に無気力感が腹の奥から湧き上がってきた。

 

「……おなか空いた……」

 

 へなへな、と座り込む。

 昨日くらいから、どうもお腹の減りが激しい。以前から、やけに大食いの気があるなーとは思っていたが、普段の倍以上は食べないと満足しなくなってしまっていた。夕食なんて「はしたない」と言われながらも、ご飯を3杯もお替りした。でも、もう全部消化されてしまっている。

 おまけに、どことなく身体が怠い。なんだか動くことすら億劫だった。

 

「お困りのようですね、お嬢さん」

 

 ふと、頭上から声が聞こえる。

 顔を上げてみれば、2段ベッドの上に緑の男――アサシンの姿があった。

 

「アサシン!?」

「よい年頃のお嬢さんが着替えずに寝るのもはしたないですが、腹の虫を盛大に鳴らすのも品がないですよ」

 

 アサシンは、ひょいっと猫のように軽く着地する。

 そんなアサシンの手には、小さな籠が握られている。

 

「それは?」

「なにって、朝食。マスターの体調管理もサーヴァントの仕事の内なもので」

 

 朝食!

 その瞬間、背筋がピンっと伸びた気がした。そんな私を見て、アサシンは苦笑いを浮かべながら、籠を差し出してきた。

 

「でも、どうやって手に入れたの?」

 

 私は受け取りながら尋ねてみる。籠の中には、ロールパンとマーマレードジャムの瓶が入っていた。マーマレードの橙色をみて、ちょっと安堵する。ジャムはジャムでも、クランベリーや苺のジャムは、どうしても色的に好きになれないのだ。

 ――赤は、あんまり好きじゃない。

 

「オレはアサシンのサーヴァント。潜入、盗みはお手の物です。ほら、こっちは飲み物」

「ありがとう」

 

 遅めの朝食をとる。

 小麦粉の味しかしないロールパン。でも、マーマレードを塗れば甘酸っぱいパンに早変わり。とろりと口の中に広がるマーマレードの風味を味わっていると、アサシンが新聞を広げた。

 

「それから、興味深い記事を見つけましたよ」

 

 私はパンを口にくわえたまま、新聞に手を伸ばす。アサシンの「はしたないですよ」という声が飛んだが、気にしない。

 

「――『小学生誘拐! 長門ミカちゃん、いまだ行方不明』」

 

 一面には、新宿駅前の様子が映し出されていた。車の上を飛び越えていくのは、和服の男。和服の男は片手に日本刀を握りしめ、もう片方の腕で幼い養女を抱きしめていた。それを追いかけるのは、褐色の肌をした変態――。

 

「誘拐って、ひっそりやるものじゃないの?」

 

 私はパンを飲み込むと、口を開いた。

 誘拐にしては派手すぎる。日本刀装備の和服姿なんて、時代劇の中にしか登場しない。ほとんど衣服を身につけていない変態にいたっては、コスプレ関係のイベントでも滅多にお目にかかれないだろう。

 

「はっきり顔も映し出されてるし、犯人はつかまるわ。だから、特別興味深いとは思えないんだけど?」

「やれやれ、マスターの目は節穴ですか?」

 

 アサシンは呆れたように首を振った。

 

「よく見てくださいよ、褐色の得物」

 

 再度、写真を見下ろす。

 褐色の男は、手に巨大な棒を持っていた。紅い紐を束にして結びつけている。これは――

 

「槍?」

「御名答。つまり、こいつの正体は槍にまつわる英霊(ランサー)だ」

「じゃあ、こっちの逃げてる方は……日本刀を持っているから、剣の英霊(セイバー)?」

「おそらくは」

「……サーヴァントは一般人を誘拐するの?」

「普通はしませんね。魂食いするにしても、その場で食い逃げですし。

ましては、こいつはセイバー。さぞ高潔な理念をお持ちの英雄様だ。本人は誘拐というより、人助けのつもりで浚ったんじゃないですか」

 

 アサシンは吐き捨てるように呟いた。

 アサシンに言われて、「そういえば、サーヴァントって英雄の幽霊みたいなものなんだっけ」と思い出す。

 つまり、この紙面をにぎわすセイバーやランサーも英雄で、昨日の虐殺未遂を敢行したサーヴァントも過去の英雄。そして、目の前にいるアサシンも――。

 

 ……アサシンも?

 

「そういえば、アサシンはどこの英雄なの?」

 

 いままで聞き忘れていた。

 アサシンがサーヴァントというならば、いったい何処の英雄なのだろう? 好奇心が鎌首を上げる。

 

「お生憎様」

 

 アサシンは酷く傷ついたような表情を浮かべていた。でも、それは本当に一瞬。あれ?と思った次の瞬間には、いつもの顔に戻っていた。つかみどころのない微笑みを浮かべながら、私の手にしていた新聞を回収する。

 

「オレは英雄なんて呼ばれる大層なサーヴァントではないんで。

はじめに言いましたよね? オレは三流サーヴァント。逃げて隠れて奇襲することしかできない暗殺者。

 まっ、オレの真名なんて、どうでもいいです。それよりも、ライダーの真名を考察する方が先なんじゃないですか?」

「いや、でも――」

「ライダーは校内にはいませんが、マスターはどうか分かりません。お嬢さんは、いつ狙われても不思議ではないんですよ」

 

 アサシンに指摘され、改めて昨日のサーヴァント――ライダーのことを思い出した。

 結界が壊されて撤退しただけ。あのサーヴァントを倒したわけではない。また、いつ襲ってくるのか分からないのだ。

 

 ライダーのマスターは、礼園の生徒、もしくは教師。しかも、魔術師としての側面も持っている。おそらく、生徒だとしたら1、2学年上。生徒でも教師でも、私より人生経験を積んでいることは確かだろう。

 

「まっ、この部屋にいる間は平気だ。 侵入者避けの罠は仕掛けてありますから」

「えっ、どこに!?」

 

 慌てて部屋の隅から隅まで視線を奔らせる――が、罠を仕掛けたような痕跡は見当たらない。どこからどう見ても、見慣れた私の部屋である。変わったところなど、なにひとつなかった。

 

「そりゃ、オレの得意分野ですから。一般人に分かるような罠は仕掛けませんって」

 

 アサシンは、どこか得意げに答える。

 そういえば、アサシンの罠といえばランサーから逃げているときも発動していた。あれは、いつ仕掛けたものなのか。

 

「最初に偵察出たときですね。ここには一般人も多いんで、霊体やサーヴァントに効く罠しか仕掛けることが出来ませんでしたが」

「この部屋以外にも?」

「特別教室から廊下まで万遍なく。普通の教室は夜のうちに」

 

 ――誰もいない真夜中の教室。

 アサシンが、部屋の隅で丸まって作業する。その姿は妙に馴染んでいて、思わず吹き出しそうになった。

 

「なーに笑ってんですか、マスター」

 

 アサシンは不機嫌そうに顔を歪ませている。

 ごめん、ごめん、と謝りながら、一晩で校舎内に罠を張り巡らさせるなんて改めて凄いと感心する。私が眠っている間にも、アサシンは働いてくれていたのだ。

 

 

 結局、私はマスターの手がかりを見つけることが出来なくて。

 それどころか、サーヴァントに襲われて。

 

 そう、私は何もしていない。

 戦いから逃げないと決めたのに、まだ何もしていないではないか。そんな自分が酷く情けなく、私もなにかやらないと――という気持ちが強くなった。幸い、籠の中の朝食は空になっている。まだ食べ足りない感はあるが、それでも胃は膨れていた。

 私は拳を握りしめると、勢いよく立ち上がった。

 

「ちょっと、学習室へ行ってくる」

「へっ?」

「ライダーについて、調べようと思って」

 

 学習室には、世界史を記した本が所蔵されている。

 写真付きの書籍を片っ端から探せば、ライダーの武器から真名の手がかりがつかめるかもしれない。

 

「なぁ、お嬢さん。昨日、ライダーに襲われたこと忘れたの?」

「忘れてないけど……だけど、なにもせずに籠城するくらいなら、少しでも敵の情報を探さないと。

それに、ライダーは校内にいないし、学習室にもアサシンの罠があるんでしょ?」

 

 万が一、襲われたとしても、多少なら防ぐことが出来る。

 そもそも、いまは礼園全体が緊張に包まれていた。わざわざ昨日の今日、攻撃を仕掛けてくるほど馬鹿ではないだろう。

 

「少しくらい問題ないよね?」

「……はぁ。まぁ、オレも霊体化してお供しますし、問題ないですけど。くれぐれも、気をつけてくださいよ」

 

 アサシンは渋々といった面持ちで頷くと、空気に溶けるように消えていった。どうやら、アサシンは外出――学習室行きを認めたようだ。

 

「私も、ちゃんと手がかりを探さなくちゃ」

 

 気を引き締めるように頬を叩くと、扉に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

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