――学習室。
図書室も兼ねた広い空間には、赤髪の生徒しかいない。
その生徒も横目で私を一瞥すると、本を抱えて退出してしまった。
『まぁ……こんなときに、わざわざ勉強しようとする人はいない、か』
だいたいの生徒が各々の寮で自習――という名のおしゃべりや自由時間に興じているのだろう。それか、寮の部屋で震えているか。
現状――学習室にいるのは私だけ。ある意味、ライダーに襲われても対処しやすいかもしれない。
そのことを念話で伝えてみたが、アサシンの反応は渋いモノだった。
『……敵マスターを返り討ちにしたとき、お嬢さんに容疑がかかるのは必然ですけどねー』
さくっと殺せないのが面倒だー、なんて文句を口にしている。
私はアサシンの言葉に耳を傾けながら、誰もいない机を素通りすると、まっすぐ本棚へ向かった。
奥の方へ近づけば近づくほど、掃除を怠っていたのだろうか? 砂や埃が舞っていた。
「えっと、これかな?」
本で埋め尽くされた棚と棚の合間を歩きながら、目当ての本を見つけ出した。
学校で情報収集できる場所といえば、それは学習室に限る。しかし、あっさり武器に関する本は見つけ出したものの、ライダーの剣は見つからない。
そもそも、あの剣自体、よくありそうな西洋剣。これだと指さされれば、それのような気がするし、違うような気もする。
『アサシンは、あの剣に心当たりあった?』
10分くらい調べてみても、成果はない。仕方なく、傍に控えているであろうアサシンに念話で話しかけてみる。
『いや。少なくとも、オレの生きてた時代に使われていたもんじゃねぇ――っていうか、あれはライダーの武器なんですかねぇ』
『と、言うと?』
『剣からは神秘性や魔力を感じませんでしたし……それに、ライダーの宝具は乗り物。つまり、船や
剣を調べるよりも、そっちから調べた方がいいんじゃないでしょーか?』
……たしかに、それは一理ある。
でも、ライダー自身は乗り物を使っていなかった。そうなると、手掛かりは――
『ってことで、マスターはもう部屋に――』
『待って』
1つ、脳裏に蘇る。
剣以外の武器に言及した発言が、1つだけあった。たしか、あのライダーは去り際「地雷」について語っていた。たしか、
地雷が活躍したのは世界大戦の頃。それより前から地雷があったのか分からないが、地雷に関する資料を探せば、手掛かりは見つかるのではないか?
私は本を戻すと、地雷の歴史が書かれた本を探す。
「あった!」
地雷が開発されたのは、アメリカの南北戦争。
すなわち、1861年。あのライダーが生きていたのは、それ以降――かなり近代の英雄だということが判明した。
つまり、これから私が調べることは南北戦争以降の乗り物に纏わる活躍をした人物――ぱっと思い浮かぶのは、日本海海戦で大日本帝国艦隊を指揮した東郷平八郎。だけど、ライダーの顔つきは明らかに西洋人。バルチック艦隊のロジェストヴィンスキーの方が、まだ可能性としては高い。
そもそも、他にもたくさん海外の英雄がいるはず。たとえば、「星の王子様」で有名なサン=テグジュペリとか。
いや、その前に、近代の英雄で西洋剣の使い手なんて、聞いたことがない。
戦闘機に乗りながら、剣を振り回すなんて絵は想像できないのだが……
「――そこにいるのは、霧ヶ丘さんですか?」
ふと、背後から声をかけられた。
背筋が逆立つ。弾かれたように振り返れば、そこには1人の生徒が白い杖をついていた。長い髪をストレートに後ろで下げ、おっとりとした顔立ちの生徒は――
「浅上、先輩?」
半歩、後退する。
ほとんど視力を失ったというのに、焦点の合わない眼は私を捉えているように感じた。
「どうして、ここに?」
「まだ文字くらいは視えますから。少し、調べたいことがありまして。
霧ヶ丘さんこそ、どうしてここに?」
「……私も、ちょっと調べたいことが」
なんとなく、先程まで手にしていた本を背中に隠す。
この先輩は怖い。嫌いではない。ただ、怖いのだ。例の噂はもちろん、彼女の虚ろな双眼が。
「えっと、それでは。私はこれで失礼させていただきます」
だから、私は立ち去ることに決めた。
宝具が馬にしろ、戦車にしろ、
浅上藤乃に頭をさげ、そして――
「1つ、よろしいですか?」
背中を向けようとしたとき、彼女は呼び止めてきた。
まさか、引き留められるなんて思ってもいなかった。だから、本を戻そうと手を持ち上げたまま固まってしまう。浅上藤乃の瞳は、私を映していなかった。焦点が合っていないのか、私より斜め上を見据えながら――
「そこにいるのは、どちら様でしょうか?」
静かに問いかけてくる。
私は浅上藤乃の視線の先を辿った。そこには、なにもない空間が広がるのみ。本棚だけが連なり、人影はどこにも見当たらなかった。
「誰もいませんけど?」
「嘘はいけませんよ、霧ヶ丘さん」
柔らかそうな唇から、冷たい言葉が紡がれた。
嘘などついていない。本当にそこには誰も――いや、まて。
「霧ヶ丘さん、これで2度目ですね」
アサシンがいる。
私の後ろには、霊体化したアサシンがいる。だけど、ありえない。普通なら、今の彼を視ることが出来ないはずなのに。
「迎賓館を訪れた理由は嘘ですよね。少し、言葉が揺らいでいましたよ。
そして、今回も」
「――っ!」
一歩。
また、一歩。
本を盾にするように抱えながら、じりじりと後退する。学習室の空気が変わった。どことなく淀んだ空気が、急激に緊張感を帯びる。
浅上藤乃は、アサシンがいることを見抜いている。そして、迎賓館で私が嘘をついていたことも。
「私、浅上先輩に嘘つく理由がありません」
「霧ヶ丘さん、正直に答えてください」
ふいに。
抱えていた本が揺れる。無機物が動くとは思っていなかったから、驚いて本を落としてしまった。
否、本ではない。
「なに、これ?」
90度。
いや、180度以上。
辞書並みに分厚い本が、ぐにゃりと捩じれている。まるで、万力で捻じ曲げたみたいだ。
「霧ヶ丘さんは、あの噂を御存じないですか?」
あの噂――それは、一昨年の夏――観布子町で起きた連続殺人事件。
被害者は6人。その全員が、何者かによって捻じ曲げられていた。そう、私の下に落ちている本のように――。
その時、これまで無関係だと思い込んでいた点と点がつながり、一本の線になってしまった。
「まさか、本当に貴方が――」
「私は、とりかえしのつかないことをしてしまいました。
あぁ、でも――」
浅上藤乃の瞳は爛々と輝いていた。瞳のなかでは、緑色と赤色が螺旋を描くように渦巻いている。私の顔から血の気が引いていくのとは対称的に、口元は歪んだ笑みを浮かべていた。
浅上藤乃は連続殺人事件の真犯人であり、そして――
「6人も7人も、あんまり変わらないか」
ライダーのマスターだ!!
次の瞬間、私は浅上藤乃に背を向けて走り出していた。戦う? 説得する? 否、そのような解決法は吹き飛んでいた。逃げよう。あの本みたいに、捻じ曲げられたくない! まだ、死にたくない! その一心で地面を蹴った。
しかし、浅上藤乃は私を逃がさない。
「
呪いの言葉とともに、斜め前の本棚が歪み始めた。
本棚の上は左回転に、下は右回転に曲がり始め、音を立てて崩れ落ちてくる。埃や砂が充満し、私は咳をこんでしまった。
「答えてください、霧ヶ丘さん。貴女の目的を――」
退路は塞がれた。
前方は捩じれた本棚によって塞がれ、後ろからは浅上藤乃が迫ってきている。右は別の本棚、左も同じ。逃げ道は、どこにも残されていない。
あぁ、なんて厄日なのだろう。
おみくじを引いたら、確実に「凶」を引き当てる自信がある。
「目的なんて、私はただ――」
巻き込まれただけ。
聖杯戦争に巻き込まれただけの一般人だ。
聖杯戦争に目的なんてない。
魔術師の戦争に巻き込まれる人を護ろうとか、危険な争うを止めようとか、立派な想いを抱いているわけではないし、聖杯に祈る願いもない。
「――ただ、逃げたくなかっただけだから」
そう、逃げるのはカッコ悪い。それだけの理由で、参加を決めた。
だったら、ここで逃げちゃダメ。
向き合って、戦わないと――
「先輩こそ、ライダーにどうして『魂食い』をさせてるんですか?」
たとえ、勝ち目がなくても。
たとえ、私自身に戦闘能力がなくても。
逃げずに立ち向かえば、きっと勝機が視えてくるはずだ。私は震える手を握りしめながら、浅上藤乃の瞳をまっすぐ見つめた。
「魔術とか詳しく知りませんけど、あんまり気持ちの良いことだとは思いません」
「魂食い?」
浅上藤乃は、わずかに首をかしげた。
「なんのことでしょう?」
「とぼけないでください。昨日の――」
「藤乃! これは、やり過ぎよ!」
問いただそうとする前に、別の声が割り込んできた。
浅上藤乃の後ろに現れたのは、礼園の女王――黒桐鮮花だ。若干、顔をひきつらせながら近づいてくる。
「昨日の殺人未遂事件の犯人かどうか、確かめればいいのに……この本棚、なんて説明するのよ?」
「え?」
私は、あっけにとられてしまった。
犯人、とは誰のことを指しているのだろう? そもそも、なんの犯罪に対する疑惑を被せられているのだ?
そもそも、マスター1人に付き、サーヴァントは1騎。浅上藤乃がマスターである以上、黒桐鮮花は聖杯戦争とは関係ない一般人だ。彼女はマスターではないのに、どうしてここにいる?
『アサシン、どうしたらいい?』
『いや、それはこっちの台詞なんですけど。
まぁ、敵が2人に増えた以上、逃げるのが得策かと』
『でも、逃げるって――どこに? どうやって?』
敵は2人。
浅上藤乃が本棚を曲げたことは理解できるが、そのトリックが分からない以上、無闇に近づくのは得策ではない。
たとえ、浅上藤乃を突破したところで、能力未知数の黒桐鮮花が立ち塞がる。本棚が倒れた衝撃で生じた砂埃のせいもあって、かなり視界も悪かった。これだと、逃げるのは困難極まるだろう。
『そりゃ――』
「ちょっと、霧ヶ丘さん、だっけ?」
アサシンの念話が、黒桐鮮花の声に掻き消される。
黒桐鮮花は腰に手を当てながら、まっすぐ私に視線を向けている。
「裏で話を聴いていましたが、その――
黒桐鮮花の瞳からは有無を言わさぬ強さを感じた。
ただ、私は躊躇する。
彼女は問いかけてきた――聖杯戦争必須の知識を。
「私こそ説明して欲しいです。
どうして、昨日の犯人呼ばわりするんですか? むしろ、私も襲われました。なんとか命だけは助かりましたが」
嘘はついていない。むしろ、事実だ。
ライダーに襲われて、命を落としかけた。アサシンが罠を仕掛けていなければ、私は死んでいただろう。
「襲われた? 私は、霧ヶ丘さんに襲われたって聞きましたけど?」
黒桐鮮花は不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
私は耳を疑ってしまった。
「
砂埃で視界が霞む中、彼女の発した言葉の意味を考え込む。私は誰も襲っていないし、むしろ襲われた側。もし、あのとき――結界に捕らわれた人がいたとしても、アサシンと逃げ回る私を見ていれば「霧ヶ丘さんに襲われた」なんて言わないはず。「霧ヶ丘さんが逃げていた」なら理解できるが――
「――っ、マスター! なにボサっとしてんだ!!」
瞬間、アサシンの鋭い声が耳に飛び込んできた。
砂に隠されて見えにくいが、緑色の籠手に包まれた指先が視えた。紛れもないアサシンの指だ。霊体化を解いて、砂埃の向こう側から手を伸ばしているのだろう。
――砂埃?
ここで初めて、私は異変に気づいた。
ただ本棚が倒れただけにしては、砂埃が宙に舞いすぎている。そもそも、学習室に砂など落ちているはずもない。散らばっていたとしても微量で、こうも視界を遮ることなどありえるはずがないのだ。
「アサシンっ!!」
力の限り手を伸ばす。
それこそ、腕が千切れるくらい。しかし――
「遅いですよ、アサシンのマスター」
すでに、遅かった。
アサシンの指先すら視界から消え、すっかり視界は砂嵐に覆われる。代わりに、冷たい銃口が耳の上に押し付けられた。死の気配と共に、全身に悪寒が奔る。身体が硬直し、振り向くことすらできない。
だがしかし、銃口を突きつけてきた相手が誰なのか――確認するまでもなかった。
「今度こそ、貴方にはここで――」
サーヴァント、ライダー。
それは、昨日――生徒たちを瀕死に追い込んだサーヴァント。
そして、私を殺しにかかってきた敵。
ライダーが砂埃の中から姿を現し、もう片方の腕で私の首を軽く締めてくる。そして、死の宣告を下した。
「脱落していただきます」
ライダーの真名のヒントが、いくつか出てきました。
そろそろ、ピンッと来る方が、いらっしゃるのではないでしょうか?
せっかくなので、直前までライダー候補だった人物を紹介します。
候補①
張飛(三国志)
Fate必須の兄貴系キャラ。最終的には、酒に溺れて脱落する予定でした。
リストラ理由
彼まで採用すると、本作の東洋系鯖率が高くなり過ぎるから。
ライダーというよりも、ランサーだから。
候補②
ネビル・シュート(史実)
戦闘機で敵を攪乱しつつ、固有スキル「エンチャント」で、物品に強力な機能を付与も可能。最終的には、宝具のパンジャンドラムを発動し「みんな死ぬしかないじゃない!」と、敵も味方も破滅に追い込む予定でした。
リストラ理由
宝具「パンジャンドラム」がネタ過ぎるから。
戦闘機は、礼園内での使用が難しいから。
余談ですが、ストックが切れたので、ここから先は不定期更新になります。
ですが、できるかぎり更新は続けていく予定になっていますので、これからもよろしくお願いします!