Fate/another vision   作:寺町朱穂

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8話 捕虜

 

「聖杯戦争から脱落していただきます」

 

 ライダーは、私に銃を突き付けたまま宣言する。

 私は動けない。動いたところで、どうにもならない。逃げようとしたら撃たれるし、そうでなくても撃たれて、銃弾が脳を貫通する。

 

 ――あぁ、もう駄目だ。

 

 逃げたくなくても、これは逃げられない。立ち向かったところで、無意味に過ぎない。

 あがいても無駄。交渉が通じる相手でもなさそうだ。自分は、ここで敗北した。勝てる見込みは0%。

 だけど、私は――

 

「……まだ、抵抗しますか」

 

 私はライダーの腕を引きはがそうと、指に力を込める。

 勝ち目は0%。でも、もしかしたら――0.1%にも満たないけど、可能性が残されているかもしれない。だったら、その可能性に私はかける。首を絞めつけられる息苦しさに耐えながらも、必死でライダーの腕を引きはがそうとした。

 

「サーヴァントの腕力に抵抗してるの? はぁ……無駄だって分かんないかな?」

 

 そのとき、砂嵐の向こう側から声が聞こえた。

 アサシンの声でもなければ、浅上藤乃や黒桐鮮花の声でもない。聞き覚えのない少女の声だ。

 

「霧ヶ丘 紫。頭、悪くない?」

 

 砂嵐が収まり、姿を現したのは赤髪の生徒だった。

 赤い髪を二つに結い上げ、理知的な眼鏡をかけている。

 さっき、学習室から出て行った生徒だ。いつのまに戻ってきたのだろうか――否、それ以前に、そもそも、ここは学習室ではない。気がつけば、砂嵐は晴れ、周りが深い森で囲まれている。幻覚を疑ったが、凍てつくような風が肌を刺す感覚は、間違いなく現実のモノ。

 

「……私、森に移動したんだ」

 

 どうやら、一瞬で転移してしまったらしい。いつもなら騒ぎ立ててしまうような異常事態だが、ここ2日程、どっぷり非日常に使っていたからだろう。不思議なことに、そこまで動揺していなかった。

 

「ライダー、腕を弱めなさい。それだと、窒息するから」

「かしこまりました、マスター」

 

 ライダーが腕を緩める。それと同時に、気道が広がったのを感じる。不足してた酸素が大量に身体のなかになだれ込み、脱力感が身体中に広がった。

 

「改めまして、はじめまして。私は宮月理々栖。

 さて、ライダーの宝具はいかがだったかしら?」

「宝具?」

 

 ここで、ようやく瞬間移動の真相に辿り着いた。

 学習室から森へ連れてこられたのは、ライダーの宝具が原因だったのだろう。

 

「でも、ライダーの宝具は騎乗に関するモノだって……?」

「私のライダーは、いくつかの宝具を使いこなすの」

 

 そんなことも気がつかないなんて、マスター失格ね。

 宮月理々栖は、くすりと笑った。なんとなく、かちんとくる言い方だった。だから、咄嗟に言い返してしまう。

 

「魂食いをやらせるなんて――それこそ、マスターとして失格だと思いますよ」

「禁止されてないし、ちゃんと相手も考えてるわ」

 

 理々栖は、2本の指を上げた。

 

「観布子町で襲ったのは、存在してること自体が汚らわしい奴らだけ。

 礼園の生徒は魂の一部を削りとっただけで、殺してないわ。

 存在価値のない人間は少しでも消えて正解だし、礼園は殺傷事件でも揉消すから外部に魂食いの事実は漏れない。

 ほら、どこも問題ないじゃない」

 

 理々栖は、得意げに語る。

 たしかに、少女の語ったことは一理ある。悪人は少しでも社会から消えた方が良いに決まってるし、礼園内は不祥事を隠し通す気質があるから聖杯戦争の秘密が漏れにくい。

 だけど、それでも――殺人・殺傷は良くないと思ってしまうのは、間違っていないはずだ。

 

「ですが……」

「私は望みを叶える! そのためには、最後の一組になるまで勝ち抜かないといけないのよ。

 だからね、霧ヶ丘 紫」

 

 理々栖は、一歩、また一歩と近づいてくる。

 眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせながら、手を差し伸べてきた。

 

「聖杯戦争から退場してもらうわ。

 さっそくだけど、令呪を使って、アサシンを自害させなさい」

「お断りします」

 

 考えるより先に、口が動いていた。

 アサシンを手放す? そんなことありえない。ましては、自害させるなんてもってのほかだ。

 途端、理々栖の表情が歪んだ。

 

「なんで? 私、知ってるんだから。貴方が聖杯を本気で欲しがっていないって。

 なら、私に聖杯を寄こしなさいよ」

「それは――そうですけど、アサシンを自害させることはできません」

 

 私が参加したのは、ただ逃げたくないから。

 アサシンは、そんな私に仕え続けてくれている。もし、アサシンが私と手を切りたいなら、あの雨生龍之介(殺人鬼)みたいに殺してる。

 それをしていないってことは、私をマスターとして認めてくれてる――はずである。

 

「アサシンが私をマスターとして認めている以上、令呪で自害を強要させるなんて――そんな裏切り、私にはできません」

「――っ、いいわ。いいわよ。だったら、私だって考えがあるわ。

 ライダー、彼女を撃ち殺しなさい」

 

 理々栖は、冷徹に言い放った。

 そこには、これから人を殺す恐れとか怯えや躊躇が一切感じられない。ところが、ライダーの方は指を引こうとしなかった。

 

「マスター、本当によろしいのですか?

 アサシンのマスターは、いわば捕虜。上手く活用すれば、アサシンを傀儡にすることができます」

「サーヴァント2人分の魔力供給なんて、できっこないでしょ? ライダー1人でもギリギリなんだから」

「しかし、捕虜には捕虜の扱いがあるというもの。交渉決裂後に殺害するならまだしも、交渉すらせずに殺すなど言語道断です」

「捕虜になった時点で、そいつの命運は私が握ってるの。つべこべ言わずに、とっとと殺しなさいよ。それともなに? また令呪を使わないと聞けないってわけ?」

 

 冷やかなライダーの態度に怯むことなく、おもむろに彼女は腕を掲げた。手の甲には、私のとは少し形の異なる令呪が2画刻まれている。

 

「魂食いも嫌。捕虜を殺すのも嫌。

『クラスを騙すために、西洋剣を購入してくれ』なんて言ってたのに、あっさりクラスを暴露する始末。ねぇ、貴方は本当に軍人なの? 上官の指揮には従いなさいよ!」

「たとえ上官の意志に逆らおうとも、貫き通さなければならない状況もあります。

 それこそ、戦場で嫌というほど学びました」

 

 ライダーの声に苛立ちが強く滲み出る。

 

「失礼を承知で申し上げます。

 マスターの戦争経験は皆無。むしろ、指揮官の誤った幻想(イメージ)が、身の破滅を滅ぼすことになります。事実、そのせいで私の国は滅亡に追い込まれました。

 ここは、私に一任してください」

「黙りなさい! サーヴァントは使い魔なんだから、私の方針には従うのが当然でしょ!?」

 

 理々栖は、怒りに満ちた眼差しをライダーに向けていた。

 わなわなと両手を振るわし、そして――

 

「もういいわ! だったら、私が殺るから」

 

 制服のポケットから、カッターを取り出した。

 きききっと軽い音を立てながら、カッターの刃を出す。ライダーは殺る気満々の少女を一瞥すると、長い溜息を吐いた。

 

「分かりました、マスター。私が――」

「おっと、動かない方がいいぜ?」

 

 ライダーが指を引こうとした直後、耳に馴染む声が飛び込んできた。

 理々栖の背後に、緑の影が現れる。理々栖が異変に気づく前に、緑の影は地面に叩き付けた。そのまま、流れるような動作で首にナイフを突きつける。

 

「オレのマスターを殺した瞬間、オタクのマスターの首を刎ねる」

「アサシンっ!」

 

 間一髪。

 殺される寸前で間にあってくれた。

 そもそもの話――考えてみたら、ここは学習室からそこまで離れていない。せいぜい、徒歩5分の距離。アサシンの速さなら、場所さえ判明すれば1分もかからず駆けつけることができるはずだ。

 

「どうして!? 認識疎外の結界は、張ってたのに!」

 

 理々栖が悲鳴を上げる。

 だが、アサシンは飄々とした口調で言い返した。

 

「あんな粗末な結界で、よくバレないと思ったもんだ。

 っていうか、ライダー。言い返すようだけど、アンタのマスターは本当に魔術師か? せいぜい三流の魔術師見習いだろ?」

「――っ!?」

 

 理々栖の瞳が悔しさの色で満ちる。

 意外だった。だけど、同時に納得する。

 

 

 ずっと、どこか疑問に感じていた。

 もし、私が魔術師だったら――結界の基点に(トラップ)をかけるとか、カモフラージュをするとか、簡単に破壊されないように工夫を施しているはずだ。しかし、そんな装置は見当たらず、魔術師見習いですらない一般人(わたし)に破壊されてしまった。

 

 

 それは、外側と内側を遮断する(結界)の意味をなさないのではないだろうか?

 

 

「それがどうしましたか?」

 

 悔しがる理々栖とは裏腹に、ライダーの声色は変わらない。

 

「私はマスターの願いを叶え、私自身の望みを叶えるため、現界しました。

 たとえ、マスターが未熟であろうとも、勝利に導くのがサーヴァントの務めです」

「そこんとこは、同意するぜ。

 さてと、ここからが本題だ。

 ――おとなしく、マスターから手を引いてもらうか」

 

 ナイフを揺らしながら、アサシンは交渉を持ちかけてきた。

 私は視線を僅かに上げて、ライダーの表情を伺い見る。彼の表情は変わらない。ただ、どこまでも冷静な視線をアサシンに、そして、アサシンが組み伏せる理々栖に向けている。

 ライダーは少し間を置いた後――静かに条件を提示した。

 

「合図と同時に、互いの捕虜(マスター)を解放する。

 捕虜の交換が終わるまで、互いに攻撃をしかけない。それでどうでしょうか?」

「――っ! なに弱気になってるのよ!」

 

 これに反対したのは、理々栖だった。

 精いっぱい声を張り上げ、意義を申し立てる。

 

「宝具まで使って、せっかく捕えたのに――それを手放すっていうの!? 

 どんだけ魔力を消費したと思ってんのよ!?」

「……マスター、ここは堪えてください。

 あなたが死んでしまっては、聖杯もなにもありません」

 

 ライダーの言葉を受け、理々栖は唇を噛みしめる。

 反論の言葉が出てこないのだろう。そのまま黙り込んでしまった。

 もちろん、私も反対しない。なにせ、私1人で状況を切り抜けられるとは思えなかった。

 

「そんじゃま、交渉成立ってことで、さっさと交換しますかねぇ」

「そうですね。時間も――あまり残されていないみたいですし」

 

 ――時間も残されていない?

 

 どういうことだろうか?

 説明を求める前に、ライダーは言葉をつづけた。

 

「3つ数えたら離します。それで、よろしいですね?」

「了解っと――

『マスター、数え終わったら、できるだけ速く走ってくださいね』」

 

 後半は、念話だったのだろう。

 アサシンの口は動いていないのに、声だけ聞こえてきた。

 私も念話で『心得た』と短く返す。あまり長く念話を使っていると、ライダーに見破られてしまいそうな気がした。

 

「では、いきますよ。3――2――1」

 

 途端。

 首を絞めていた束縛感も、銃口の威圧感も消え失せた。

 ライダーから解放された身体は、そのまま地面に崩れかける。でも、事前に落ちることが分かっていたからだろう。しっかりと、足は地面に付き、すぐにでも走り出せそうだ。

 私はライダーを振り返ることなく、まっすぐ小走りでアサシンに駆け寄った。

 アサシンの方も、理々栖を解放していた。彼女は屈辱気に顔を伏せたまま、苦々しそうにこちらへ――否、ライダーのところへ歩みを進めてくる。

 

 

 彼女との距離が、徐々に近づいてくる。

 近づいてくる。

 近づいてくる。

 近づいてくる。

 

 なんだろう。

 ただ近づいて来るだけなのに、足を踏みしめるたびに嫌な汗が背中を流れた。心なしか、歩調が速くなっていく。危険が身に迫っているような、そんな威圧感を覚えた。それは、近づいてくる理々栖から?

 いや、それとは違う気がする。

 でも――それなら、なにが近づいてくるのだろうか?

 私が疑問に頭を悩ませている間に、理々栖とすれ違う瞬間が訪れる。私は横目で彼女の表情を確認する。

 宝具の攻撃が失敗に終わり、捕虜になった少女の口元は――

 

 

 笑っていた。

 

「えっ?」

 

 違和感に歩調を緩めると、視界の端に刃物が映った。

 淡い光を帯びた刃が、私の胸元に伸びる。

 カッターの刃だ。私は慌てて半歩横に跳ねとぶ。理々栖は標的を外したことに舌打ちをしながらも、攻撃の手を緩めることはない。

 

「死ね!」

 

 次の瞬間だった。

 少女の貫くような叫び声と――

 

「■■■■■――っ!!」

 

 礼園の森を震わす獣の怒鳴り声が重なった。

 ぞくり、と背筋が凍りつく。それは、酷く聞き覚えのある声だった。怒鳴り声と共に巻起こる旋風が真横から叩き付けられる。木々を蹴散らしながら現れた怪物は、迷うことなく私たち(マスター)に大刀で殴りかかってきた。

 

「――ッ、マスター!」

 

 瞬間、目の前にアサシンとライダーが割り込んできた。

 アサシンはナイフを構え、ライダーは銃を撃ち放つ。

 しかし、怪物は強敵だった。胸に銃弾を受けても速度を落とすことなく、ナイフの防御なんて飴のように易々と曲げ、2騎のサーヴァントを吹き飛ばす。

 アサシンは固い地面に、ライダーは大木の幹に激突した。遠目からでも、2人がすぐに動き出せない状況だということは分かった。弾丸のような勢いで叩きつけられたのだ。骨の2,3本、折れていたって不思議ではないだろう。

 

 ……彼らの犠牲の結果、私たち(マスター)は一命を取り留めたが、次の攻撃を防ぎきれるとは到底思えない。私は足が地面に縫い付けられてしまったかのように動けないし、理々栖も以下同文。すっかり戦意消失した目で、怪物を凝視していた。

 

「うそ……こんな、ステータス……勝てるわけ、ない」

「ステータス?」

 

 理々栖に促され、改めて怪物に視線を移し――衝撃を受けた。

 ぼんやりと浮かびあがる怪物のステータスは、アサシンやライダーの能力値を軽く凌駕している。

 五段階評価で、アサシンたちは最高でもB止まりなのに、目の前の怪物は――

 

「筋力Aで、耐久がEXだなんて、勝てるわけ、ないじゃない」

 

 理々栖の手から、カッターが音を立てずに落下する。

 それだけ、目の前の怪物(バーサーカー)は強敵で、巨大な力を誇っていた。

 

「――っくっくく。くあはっはっはっはっ!!その通りだ!!」

 

 高らかな笑い声を響かせながら、1人の男がバーサーカーの背後から現れた。

 紳士服に身を包み、狂ったような笑みを浮かべる男――

 

 

「たいしたことない、たいしたことない、たいしたことない!! サーヴァントもたいしたことないな!! やっぱり、俺様のバーサーカーは最強なんだ!!」

 

 そう、忘れもしない。私を殺そうとしてきた(マスター)だ。

 しかし、心なしか――あの時よりも、顔色がやつれている気がした。額には汗が滲んでいるように見える。

 だけど、依然として紳士服の瞳には歓喜の色が宿っていた。

 額を抑え、森全体に高笑いを響かせながら、狂ったように言葉を紡ぎ続ける。

 

「1人は、中途半端な魔術師見習い! もう1人は、正真正銘の一般人!

 俺様はついてる! 本当に幸運(ラッキー)だ!! バーサーカー、こいつらを殺せ!! 殺し尽くせ――!!」

「■■■■■―――っ!!!」

 

 死の雄叫びと共に、バーサーカーが太刀を振る。

 巨大な怪物は、まっすぐ視線を私たちに向ける。

 足は、依然として動いてくれない。

 

 

 動け、動け、動け、動け、動け――!!

 筋肉痛なんて、耐えればどうにでもなる。

 恐怖で動けないんなら、そこから逃げるために動いてみせろ!

 骨が砕かれたわけでも、筋が切れたわけれもない。動けないのは、私の心が弱いからだ。

 

 だから、動け! たった一歩でもいいから、動け! 生き延びるために、動け、動け、動け――!!

 

「死んで、たまるか――っ!」

「■■■――!」

 

 しかし、望み虚しく。

 無慈悲に太刀は振り下ろされる。

 

 

 

 私の視界は、暗転した。

 

 

 

 




 祝! FGO×空の境界!
 バレンタインで石を使い果たした寺町に、はたして未来はあるのか!?


 ……まぁ、雑談はさておき。
 ライダーのマスターは、宮月理々栖でした。
 未来福音に登場する礼園女学院の生徒ですね。
 彼女に魔術師の素質があった云々は、オリジナル設定です。
 
 次回、ライダーの(第二)宝具発動。
 お楽しみに!



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