ここで、少女の話をしよう。
少女は、死を
人生を重ねるたびに、世界が汚らわしく、醜いもので溢れていることを識った。
だから、少女は死を選んだ。
「この汚い
――だから、一緒に行こう。
少女は、無二の親友に手を差し出す。
しかし、親友は少女の提案を拒否し――1人で逝ってしまった。
少女は、あとになって――親友の未来が閉ざされていたことを知る。一家離散、多額の借金、母親の自殺、――それは、少女の前に広がる未来よりも遥かに闇で覆われていた。
少女は嘆いた。
「私が殺したのも同然なんだ。
無神経な一言が、あの子を死に追いやったんだ」
だから、私も殺して。
この日から、少女は死を
それは永遠の存在になるのではなく、親友への贖罪のため――。
親友のように、俯瞰からの墜落死を選ぶか――それとも、手首をカッターで切り裂くか。
「――君が死ぬことはない」
迷う日々を過ごしていた少女に、1人――
その人物から紡がれたのは、己の内に秘めたる願いを叶える手段について。
――君が死ぬことを、親友は望まない。
――君は、親友を聖杯で生き返させるべきだ。
その人物曰く。
少女には、数代前に途絶えた魔術師の血が流れている。
手順に従い儀式を執り行えば、聖杯戦争に参加することが出来る。
幸いにして、その人物が触媒を譲ってくれた。自分には必要なくなったから、と言われた触媒を躊躇うことなく頂戴し、「魔術」の教えを乞うた。
少しでも聖杯を手に入れる可能性を高めるため。
可能な限り、親友を生き返させる手段を手に入れるため。
そして――万全の態勢で
わずか1年足らずの修行。
召喚したサーヴァントは、ライダー。
神秘度は低く、真名も日本で浸透しているとは言い難い。
だけど、少女を勝ちに導くサーヴァントであることだけは間違いない。
事実、サーヴァントは自身の真名を隠匿するため、真名と関わりのない西洋剣を使ってくれた。ライダーは戦略を練り、他のサーヴァントが脱落してから、もしくは、弱ったころを狩りに行こうという方針を打ち立ててくれた。
少女もサーヴァントを強化するため、率先して魂喰いを実行させた。悪人を喰らうことすら嫌がるので、令呪を使い、どちらが上官なのか分からせて――
一歩、一歩。
勝ちへの布石を積み重ねて。
その途中、
――いままで、存在すら知らなかった癖毛の後輩。
だから、情をかけることもない。逃げることしか脳のない
だが、念には念を入れ――宝具を使った。
ライダーの宝具から目を背けさせるため、礼園襲撃事件の犯人を捜す二人組に嘘の情報を与えて、後輩とアサシンを学習室に足止めさせたのに――
それも、すべてが水の泡。
目の前に迫ってくるのは、濃厚な死の大刀。
サーヴァントは、重傷を負い動けない。
――あぁ、これが罰なんだ。
親友を死に追いやった自分には、
少女――
「えっ?」
しかし、次の瞬間だった。
誰かが、理々栖の隣で立ち上がる。
理々栖が驚いて顔を上げると、それは同じく死を待つばかりだった後輩――霧ヶ丘 紫だ。
「霧ヶ丘――貴方っ、なにを!?」
「――そうだ、逃げることは、駄目なんだ」
小さく、だが、はっきりと呟かれた言葉。
「逃げちゃ駄目なら、あいつを防がないと」
理々栖は、霧ヶ丘 紫の青黒い瞳が、異様な輝きを帯びていることに気づいた。
爛々と輝く虚ろな眼差しは、まっすぐバーサーカーを映し出している。理々栖は、本能的に声を張り上げていた。
「こ、殺せるわけないじゃない! あいつは、サーヴァント! 過去の英雄なのよ!?」
――貴方は、魔術も習っていない一般人なんでしょ?
そんな悲鳴気味た言葉を続ける前に、紫は手を掲げた。
「だから、防ぐだけよ」
振り下ろされる大刀を受け止めるように、両手を掲げる。大刀は風を切りながら、紫の手に直撃する刹那――
青い光が、紫たちを守護するように広がった。
それは、まさに盾。青い盾は大刀を受け止め、その勢いを削ぎ落とす。無論、バーサーカーも負けてはない。さらに力を籠め、盾ごと紫を押しつぶそうとして来る。その重みで、紫の足が地面に沈む。否、沈むなんて可愛い表現ではない。硬い地面に、足がめり込んでしまっていた。
だが、盾は破れない。それどころか――
「――っ、ま、魔力消費量を、抑えろ、バーサーカー」
バーサーカーのマスターが、己の胸を抑えている。
額から汗を流し、苦しそうに呻いていた。
その姿を見て、理々栖は思い出す。バーサーカーの威力は驚異的だが、その分、魔力を消費する――そう、バーサーカーが武器を一振りするだけで、平凡な魔術師なら魔力を枯渇してしまうことを。
「魔力の供給が、追いついていない?」
理々栖は目を見張る。
これは、
魔力の供給が追い付かないのであれば、バーサーカーは必ず弱体化する。理々栖は気がつけば、手を掲げて叫んでいた。
「令呪を持って命令する! ライダー、宝具でバーサーカーを殺しなさいっ!」
2画目の令呪が輝き、ライダーを中心に砂煙が巻き起こった。
「
砂煙は音を立てて勢いを増す。そして、砂煙のなかから短砲身が姿を覗かせた。
黒光りする砲身、バーサーカーの体長をも越す巨体が理々栖たちの眼前に召喚される。
重量20t、装甲30mm。
第二次世界大戦、ドイツ機甲師団の中核を担った縁の下の力持ち――IV号戦車。
すでに、ライダーが搭乗しているのだろう。短砲身7.5センチ砲が照準をバーサーカーに合せるように動き始める。
「っ、マズい! バーサーカー、気をつけろ――ッ、魔力がっ、もう――っ!!」
バーサーカーの力が強まったのか、青い盾に亀裂が入る。
バーサーカーのマスターが血を吐きながら地面に崩れ、紫の顔にも汗が滲み始める。理々栖自身も宝具発動に伴い、身体中の魔力を再現まで搾り取られるような強烈な痛みが奔った。しかし、理々栖は地面に倒れることなく、力いっぱい声を張り上げた。
「やっちゃいなさい、ライダー!!」
「『
理々栖の言葉を受諾したように、IV号戦車から砲弾が発射された。
それは、ティーゼルの放つ砲弾や
しかし、それは過去の話。いまのIV号戦車は、ライダーが生前に築き上げた伝説の象徴として、奇跡を起こす力まで昇華されている。弾道速度もちろんのこと、威力も既に88mmを凌駕していた。
「■■■――っ!?」
周囲の空気を巻き込みながら、その砲弾は宙を奔る。
バーサーカー、そして、彼を阻もうと盾を構築し続ける霧ヶ丘 紫に向かって。
「ったく、世話の焼ける
だがしかし。
砲弾が紫に直撃する寸前、緑が突風のように割り込んできた。先程まで地面に蹲っていたアサシンだ。無抵抗の紫を抱え込むと、そのまま戦線を離脱する。
紫がいなくなったことにより青い盾は消滅し、バーサーカーの前に障害はなくなった。
無論、ライダーが放った砲弾の前に立ち塞がるのは、これでバーサーカーしかいない。
「いけ――ッ!!!」
砲弾は轟音と共に、バーサーカーの腹部に直撃した。
そのまま腹部が破裂し、胴体の大部分に巨大な風穴が開いた。赤い血肉が粉砕し、バーサーカーは吠え声を上げる。その姿、まさに、紙一重で右脇が繋がっている状態は、奇怪な
「嘘……まだ、死なないなんて」
今度こそ、理々栖は絶望する。
バーサーカーの唇からは血が滴り落ちているものの、呼吸が止まる気配はない。消滅する様子もない。それどころか、不自然に揺れ始めた。
「■■■■■――ッ!!」
バーサーカーの慟哭が、空に木霊する。
その瞬間、バーサーカーの傷口から黒い煙が噴出し、砲弾が奔った道をなぞり始めた。その反撃は、あまりにも唐突だったせいだろう。回避することも出来ず、黒い煙はライダーごとⅣ号戦車を包み込んだ。
「ライダーっ!?」
「っく、っくっくっく、くははは、ははは――っ!」
理々栖の悲痛の叫びに重ねるかのように、バーサーカーのマスターが立ち上がる。
理々栖はバーサーカーのマスターを睨みつけた。彼が、すでに限界を迎えていることは明白だった。魔力が底を尽きかけているのか、全身の毛細胞が破裂し続け、ひっきりなしに血飛沫を撒き散らしている。
そんな見るも無残な有様だというのに、彼は勝利を確信しているのだろう。その瞳だけは、狂喜に縁取られていた。
「なにが、おかしいのよ!?
貴方のサーヴァントは、もう死ぬのよ!?」
「これは、傑作!! お前は馬鹿だ、馬鹿だ、大馬鹿者だ!!それは、こっちの台詞だっての!」
ひぃひぃと擦れるような呼吸を繰り返しながら、楽しげに笑い声を上げ続ける。
「俺様のバーサーカーはなぁ、
そして、呪いを浴びた敵は――3日後に死ぬ。その祟りでな!」
最後の「死ぬ」という部分が、やけに神妙に響き渡る。
バーサーカーのマスターの言葉を受けて、理々栖の手が震えた。つまり、彼の言い分が正しければ、理々栖に残された時間は、わずか3日しかないことになる。
「おいおい、バーサーカーのマスター。
アンタ、言ってることが矛盾してないか?」
そのとき、アサシンが口を開いた。
気を失っている
「結局、バーサーカーは殺されたんだ。
ライダーの生死なんざ、マスターでなくなったアンタには関係ねぇことだろ?」
「馬鹿め。
俺様のバーサーカーは、まだ死んでねぇっての!」
理々栖とアサシンはバーサーカーに視線を向ける。
バーサーカーは依然として胴体に巨大な穴を開けている――が、その穴が少しずつ、蒸気を上げながら塞がり始めていたのだ。
「こいつはなぁ、正規の方法以外じゃ7回殺さないと死ねない身体なんだ。
つまり、あと6つの命が残ってる。
お前たち、これから6回殺せるか!? 俺様のバーサーカーを、殺してみやがれ! そしたら、お前たちも、呪いの――っぐはっ!?」
バーサーカーのマスターの口から、血が迸った。
彼は胸を抑えながら、ふらりと膝をつく。
「っぐ……魔力が、足りない。この場所では、これが限界か……
お前たち、命拾いしたな。今日は……このくらいにしておいてやる」
バーサーカーのマスターは呻きながら立ち上がると、こちらに背を向けた。
バーサーカーも、ゆらり、ゆらりと巨体を揺らしながら、マスターに続く。
理々栖は、その後ろ姿を眺めることしか出来なかった。
いつから型月の一般人が一般人だと、錯覚してた?
もちろん、紫が魔術を行使できた理由はあります。
物語の進行に伴い、少しずつ明かしていきたいです。(勘の良い人なら、すぐに理由まで辿り着いてしまうかも……)
さて、ライダーの宝具(2つ)が開帳しました。
これで、もう真名はバレバレですね。次回、答え合わせです。
バーサーカーは、ちょっとヘラクレスの宝具に似せ過ぎたかも……と反省中です。
でも、後悔はしていない。
次回も、お楽しみに!