Fate/another vision   作:寺町朱穂

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2月3日
幕間:秋葉原、駆ける


 

 

 

 ――1:00 秋葉原

 

 

 深夜。

 さすがに、終電の時間が過ぎたからだろう。

 昼間の喧騒は身を潜め、ゆったりとした時間が流れている。大通りにもかかわらず、人通りは疎らで、ネオンだけが異様な輝きを放っていた。

大人ですら見当たらない中心街に一人――場違いな少女が佇んでいる。ライダーのマスター、宮月理々栖だ。

 バーサーカーと一戦を交えた後、霧ヶ丘 紫が目を覚ますのを待たずに、礼園を飛び出していたのだ。バーサーカーの呪いのせいで、ライダーに残された時間は少ない。

 

 理々栖は、聖杯戦争に勝つまで戻らない覚悟を決めていた。

 

「……本当に、サーヴァントの気配がするの?」

「はい。間違いありません」

 

 理々栖の隣に佇む壮年の男性――ライダーは静かに答えた。周囲の異変をすぐに察知できるよう、鋭く目を光らせている。

 

「マスターは、大丈夫ですか? ここで戦闘になった場合、巻き込まれないという保証はありません」

「大丈夫よ。自衛くらいは出来るんだから」

 

 理々栖は言い返してみたが、内心は不安でいっぱいだった。

 バーサーカーのマスターの指摘通り、理々栖は付け焼刃の魔術師だ。実際、本当の魔術師であるバーサーカーのマスターに手も足も出ず、令呪まで使わされたのも痛手である。

 理々栖の令呪は、残り一画。慎重に行動しなければいけないのは重々承知だが、それ以上に焦っていた。

 

「それよりも、いったいどこにいるのよ。こっちだって出てきてるんだから……それとも、憶病なのかしら? 人類史に名を馳せた英雄のくせに」

 

 理々栖は中央通りを歩きながら、吐き捨てるように呟いた。

 相手が挑発に乗り、出てきてくれれば良い。しかし、そう簡単に挑発に乗るサーヴァントなどいるはずもなく――

 

「……今晩は、ここまでにされたらどうです?」

 

 ライダーが遠慮がちに提言してきてしまった。

 

「駄目よ!」

 

 理々栖は噛みつくように言い返す。

 ライダーは間違っていない。これ以上、無闇に探索を続けても、理々栖が消耗するだけだ。理々栖(マスター)が消耗すれば、ライダーに供給される魔力量が減り、ただでさ宝具を2つ使用し弱っている現状に、追い打ちをかける結果になりかねない。それでも、反論せずにはいられなかった。

 

「路地に入るわよ。もしかしたら、そっちにいるかもしれない」

「……それは止めた方がよいかと。

 あそこは狭い。狙われたら最後、マスターを護りきる保証はありません」

 

 混み込みとした路地を指さしたが、ライダーは首を横に振る。

 理々栖は拳を力強く握りしめた。サーヴァントに護って貰わなければならない無能だという事実を突きつけられているようで――そして、完全な足手まといだということを明言されたようで、理々栖は腹が立った。

 無論、サーヴァント相手に自衛の真似事が通じないことは知っている。

 だけど――

 

「護って貰わなくて結構よ。私はなんとかなるもの。

 アンタの逸話にあるじゃない。指揮官は最前線に立つべきだって。こそこそ隠れるのは御免よ」

「……かしこまりました、マスター」

 

 理々栖はライダーを従えて、堂々と路地に踏み入れる。

 もちろん、路地にも人気はない。誰かが置き忘れたバイクや自転車が、ゴミと一緒に転がっている。そんな雑居ビルに挟まれた路地は、どことなく閉塞感を漂わせていた。重く、そして静かなビルに押しつぶされそうな圧迫感に耐えるように、歯を食いしばった。

 ライダーも同じ感覚を抱いているのだろうか。眉間にしわを寄せ、なにか思案しているような表情を浮かべていた。

 

「ライダー?」

「マスター、戦闘の準備を。どうやら、現れたようです」

 

 理々栖は、急いでライダーの視線を辿る。

 雑居ビルの屋上に、人影が見えた。

 月明かりに照らされ、1人の少女が長い黒髪を風になびかせている。少女は理々栖たちを見止めると、にやりと口元を歪ませた。

 

「ほぅ……アンタはライダーのサーヴァントか」

 

 夜の闇に、少女の声が木霊する。

 

「わしは、ふざけたアーチャーを探していたのじゃが……まぁよい。さっさと、武器を構えろ。わしが相手してやる」

 

 そう言うや早い。

 少女は欄干を蹴り飛ばすと、宙を舞った。そのまま、赤いジャケットを翻しながら着地する。日本刀を鞘から引き抜くと、ライダーめがけて振り下ろしてきた。ライダーは咄嗟に剣――理々栖が与えた現代の西洋剣――で応戦する。

 理々栖は距離を取ると、2人の英雄の戦いを凝視する。

 

 そこに、援護という選択肢は存在しない。

 しかし、逃げるという選択肢も存在しない。

 

 繰り返される激しい剣戟に、目が釘付けになってしまう。

 アサシンとの戦いは、目撃していない。

 そして、バーサーカーとの戦いは、あまりにも一方的過ぎた。故に、宮月理々栖にとって、これが初めて遭遇するサーヴァント同士の戦いである。巨大な山と山がぶつかり合っているような感覚に圧倒され、息をすることすら忘れる。

 

 だが――

 

「――ぐッ!?」

「どうした、ライダー? 剣技がなっておらぬぞ?」

 

 どうやら、ライダーが不利らしい。

 理々栖が見た限り、少女が笑みを浮かべて入に対し、ライダーは厳しく硬い表情のままだ。気のせいか、額に汗が滲み始めていた。

 無理もない。ライダーは軍人であり、フェンシングを嗜んでいた――が、あくまでフェンシング。戦場で振るった剣技とは異なる。第一、彼は歩兵時代の「エルヴィン・ロンメル」ではなく、最前線で戦車に乗り指揮を執った元帥時代の「エルヴィン・ロンメル」が召喚された。

 壮年期の彼に剣技を求めるのは、いささか酷な話だろう。

 

「この身は、騎乗兵(ライダー)ですからね。

 貴方の剣技には敵いませんよ。私の人生の中で、最も素晴らしい剣だ」

「褒めたところで手加減はせんぞ? それとも、騎乗兵らしく(あし)を召喚するか? わしは、それでも一向に構わん」

 

 少女は不敵な笑みを浮かべた。

 理々栖は周囲に視線を奔らせる。ここが、さきほどの中央通りであれば、Ⅳ号戦車を召喚することができただろう。しかし、ここは路地裏――もう少し奥へ進めば、少し開けた公園があるにしても、戦車の能力を十二分に発揮することは難しい。

 

「……ライダー」

 

 ――これは、不利。

 間違いなく、不利だ。

 撤退をするべきか、それとも――否、撤退など不可能。ここで、少女(サーヴァント)を取り逃がしたら、二度とチャンスが訪れないかもしれないのだ。

 故に、撤退を命令することは出来ない。

 理々栖は歯を食いしばった。

 

「そうですね。では、ライダーらしく振舞うとしましょうか」

「なっ!?」

 

 理々栖は絶句した。

 戦車を出したところで勝ち目がないことくらい、ライダーも理解できているはずだ。むしろ、自らを追い込む行為である。理々栖は訴えようと声を上げたが、その声は少女の高笑いによって掻き消されてしまった。

 

「あーはははッ! 面白い。早く出してみろ、ライダー。わしの刀が、お前の騎馬ごと粉砕してくれようぞ」

 

 少女はひとしきり笑うと、ライダーから距離を取った。

 恐らく、ライダーの宝具を発動させやすくするためだろう。

 

「さぁ、行きますよ」

 

 ライダーは跳躍すると、道の端に止まっていたバイクに飛び乗った。

理々栖は、驚きのあまり固まってしまう。そんな彼女の前で、バイクは唸り声を上げながら起動した。怒号を上げながら半回転すると、そのまま少女に尻を向け、中央通めがけて走り出す。

 

「ら、ライダーッ!?」

「ほら、マスター。行きますよ!!」

 

 ライダーは立ち竦んだ理々栖を担ぎ上げることも忘れない。少女の「逃げるのか、腰抜けが!?」という罵声を背中に受け流し、そのまま路地を脱出した。振り返れば、少女の追いかけてくる姿が見て取れる。だが、徒歩とバイクの差なのだろう。少女の姿は、みるみる間に小さく、やがて、点になり、見えなくなってしまった。

 

「乱暴ですみません、マスター。ヘルメットがありませんが、そこでくつろいでいてください」

 

 ライダーはバイクを操ったまま、理々栖を後部座席へ腰を下ろさせた。理々栖はライダーの腰に手を回したまま、しばらくボンヤリと惚けていたが、やがて我に返ったのだろう。すぐに悲鳴に近い抗議の言葉を上げた。

 

「って、ちょっと! これって、盗難じゃない!? お得意の騎士道精神とやらは、どうしたの!!」

「盗難ではありません。借りただけです。あとで返しますよ」

 

 ライダーはしれっとした表情で言い放つ。まったく罪悪感などないような声色に、理々栖はため息を零した。

 

「それよりも、どうするの? あの女の子――」

「セイバーですね。あれほどまで見事な刀捌きは、間違いなく剣の英霊(セイバー)でしょう」

「……そのセイバーを殺さないでどうするの? 私たちには、時間がないんだから!」

「もちろん。早期決着は戦場において極めて重要です。ですが――それと同時に、十分な補給も必要となってきます」

 

 ライダーは「理々栖の魔力供給が足りていない」ことを訴えていた。

 魂食いをしてきたとはいえ、宝具を1日に2回発動させてしまった。たいした休息も取っていないので、理々栖の魔力はもちろんのこと、ライダー自身の魔力も回復しきれていない。

 

「あのセイバー……なかなかの強者です。魔力不足の状態で戦える相手ではありません」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 いつの間にか、末広町の駅前まで来ていた。バイクは中央通を左折し、そのまま蔵前橋通りに入る。理々栖は顔を伏せた。

 

「今宵は情報収集。明日、本格的な戦闘に繰り出し、明後日は予備日とした方が良いと思いますよ」

 

 残りサーヴァントは、4騎以上。

 セイバー、アーチャー、アサシン、バーサーカー。

 そのうち、3騎の顔は割れた。内、2騎はマスターの素性も割れている。完全に謎に包まれているのは、アーチャーのみ。これを残り2日で、本当に倒しきることができるのだろうか?

 そんなことを考えていた時だった。

 

「――ッ!?」

 

 突然、背中に電気を通されたような悪寒が奔る。誰かに視られているような、薄気味み悪さを感じた。

 

「……マスター、しっかり捕まっていてください。今、狙われています」

「サーヴァントに?」

「おそらくは。少々、荒っぽい運転をしますよ!」

 

 前に倒れ込むような急ブレーキの後、そのまま近くの路地へ逃げ込んだ。ガソリンスタンドの脇を滑り込み、さらに狭い路地から路地へと疾走した。ほとんど速度は落ちていない。理々栖の位置から速度メーターは見えないが、確実に制限速度をオーバーしているだろう。

 

「……まだ来ますか、しつこいですね。

 姿を隠して一方的に狙うとは、ゲリラ戦でしか勝てぬと踏んだのでしょう。どうしますか、マスター? 一方的にやられるのは腹に立つので、少し広い場所に出てやりかえしますか?」

「全然かまわないわ。広い場所って、さっきの大通りに出るの?」

「いえ。もう少し見渡せる場所です。安心してください、戦場の地理は全て頭に入っていますので」

 

 ライダーは、まるで勝手の知った道のように進んでいく。

 地図が頭に入っているというのは、本当らしい。理々栖は、つい感心してしまった。自動販売機の灯りだけが点滅する路地を疾走し、しばらくすると、赤い社が目に飛び込んできた。

 

 神田明神――。

 1300年の歴史を積み重ねてきた社は、「江戸総鎮守」として将軍から庶民に至るまで愛されてきた場所だ。

 

「ここに入ります」

 

 今日が節分だからだろう。赤い社は、華やかな色彩の垂れ幕や鈴で装飾されていた。

 理々栖たちが神田明神に入った瞬間――

 

「大当たりだな。本当、分かりやすいマスターで助かったぜ」

 

 理々栖を狙い、矢が放たれる。

 ライダーはバイクに騎乗したまま剣を振り、弾き落とした。

 

「その程度の矢では殺させませんよ、アサシン」

 

 ライダーは屋根の上に構える緑の男(サーヴァント)――アサシンを睨みつける。

 だがしかし、アサシンは外したにもかかわらず、依然として余裕の表情を浮かべていた。どうしてだろう?と理々栖が考えようとした時、腕に鈍い痛みを覚えた。

 

「――ッ! なに、これ」

 

 嘔吐が込み上げてくるような怠さが、理々栖の身体を支配し始める。なんとか吐き気を堪えて痛みに視線を向けると、微かな傷が腕に一条刻まれていた。

 

「隠し矢……それも毒矢ですか!?」

 

 ライダーの声に、焦りの色が滲みだす。だが、その声も理々栖には遠く感じた。意識が重く、絶たれそうになる。

 本来の魔術師であれば、毒の治療くらい朝飯前かもしれない。だが、理々栖の技量では怪我の治癒が限界。ましては、意識が混濁しているような状況下では、それすらままならない。

 理々栖は、ぐったりとライダーにもたれかかってしまった。

 ライダーはアサシンに憤怒の視線を向ける。

 

「いますぐ解毒しなさい、アサシン!」

「そいつは無理なご相談だ、ライダー」

 

 アサシンは矢をつがえたまま、不敵な笑みを浮かべた。

 

「とはいえ、一度は共闘した仲だ。オレのマスターも学校の先輩が死ぬのは嫌だろうし、助けてやってもいいぜ――この条件を呑めばな」

 

 赤い屋根に腰を降ろしながら、アサシンは指を一本だけ立ててみせた。

 

 

「ライダー、自害しろ。そうすれば、マスターの命は助けてやる」

 

 

 

 

 





 アサシンの独断専行。 
 そして、良いところのないセイバー。もっと、彼女に活躍させてあげたいです……。
 
 次回、ライダーとアサシンの対決に決着か!?
 お楽しみに!
 
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