Fate/another vision   作:寺町朱穂

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幕間:鼠、狐、犬の演武

 

 

 ――2:00 秋葉原、神田明神

 

 

「自害、ですか?」

 

 ライダーは歯を食いしばる。

 アサシンが条件なしで解毒するわけないことくらい、とっくに理解していた。だが、理々栖自身に解毒する術はなく、ライダー自身も毒を消す技を持っていない。最も良い選択肢は、病院に連れていくことなのだろう。しかし、この毒が病院で解毒可能なのかどうか不明だ。

 

 例えば、ギリシアの英雄――ヘラクレスやケイローンを死に至らしめた「ヒドラの毒」に類する「神代の毒」だった場合、現代の技術では治療不可能である。

 ライダーは歯を食いしばる。

 

 

 ライダー……エルヴィン・ロンメルは、聖杯にかける望みはない。

 もちろん、叶えたい夢はある。

 生前、彼の最期は酷い有様だった。物資の不足などの背景はあったものの、敗戦に次ぐ敗戦。そして、暗殺計画の罪を被せられ、自殺に追い込まれた。戦で負けるのも嫌だったが、自分から死を選ぶのは屈辱だった。しかし、己の愛した家族を守るため、彼は死を選んだ。

 

 ドイツ第三帝国――その滅亡を肌で感じながら。

 

 だから、今度こそ――絶対に負けない戦いをするはずだった。

 聖杯は、いわばオマケのようなものだ。どの戦いでも勝ち続け、マスターに勝利の杯を捧げよう。そう決意したのに、この有様である。

 

 

 理々栖(マスター)を生かすために、残された手段は――

 

「なに、ボケッと、してんの?」

 

 ライダーが決断する前に、理々栖はふらりふらりと立ち上がった。

 毒で混濁する意識を奮い立たせ、アサシンを思いっきり睨みつける。

 

「聖杯は、必ず勝ち取って、願いを叶えるんだから――私は、必ず勝ち残って、由子を、生き返らせるんだから!!

 自害なんて、許さないわよ!」

 

 理々栖は血を吐き散らしながら、はっきりと宣言した。

 

「アサシンを、殺しなさい! この毒が、宝具だったら、あいつさえ始末すれば、解毒されるはずよ!」

「……マスター」

 

 それは、限りなく低い可能性。

 理々栖の全身に毒が回りきる前に、アサシンを仕留める。たとえ、それが達成されたとしても、解毒されないかもしれない。

 

 しかし――

 

「了解しました、マスター」

 

 ライダーは銃を構える。

 短期決戦。幸いなことに、ライダーはアサシンの手の内を多少なりとも把握している。もちろん、それは相手にも同じことが言えるだろう。さらに、宝具解放の際に真名が看破されてしまったかもしれない。

 

 だが、その程度のことで負けを認めるエルヴィン・ロンメル(ライダー)ではなかった。

 

「おおっと! あぶねぇ」

 

 アサシンは、ライダーの銃弾から逃れるように奔る。屋根瓦を蹴る音が、夜の闇に響き渡った。

 

「オレに構ってて良いのか? アンタのマスター、もうじき死ぬぜ?」

「それでしたら、マスターが死ぬ前に貴方を仕留めればよいだけのことです」

 

 アサシンに狙いを定め、銃弾を放ち続ける。

 所詮は、暗殺者(アサシン)。正面から堂々と戦えるサーヴァントではない。騎乗兵(ライダー)の騎乗スキルを屈指すれば、バイク本来の性能以上の力を引き出すことができる。加速に伴う振動で、理々栖(マスター)の体調が悪化する恐れはあったが、背に腹は代えられない。

 

「マスター、御辛抱をッ!」

 

 ライダーはそう囁くと、クラッチを握った。目指すは節分用の垂れ幕――赤や緑といった原色で彩られた幕は、地上から屋根へと延びている。ライダーは躊躇くことなく垂れ幕めがけて突き進む。そして――

 

 一気に垂れ幕を登り切ろうとした。

 

「は、はぁ? アンタ、なにやってんの!? バイク(そいつ)で登ってこようなんて、マジで死ぬ気か?」

 

 予想外の行動に、アサシンも動きが止まる。

 アサシンの言葉通り――当然のことながら、垂れ幕はバイクの重みに耐えられるわけがない。

 しかし、そこはライダーの成せる業。

 エンジンが唸りを上げ、限界以上の性能を引き出した。182馬力、最高出力150psが魔力で倍以上の性能に強化される。黒光りする機体(バイク)はライダーの足となり、垂れ幕を駆けあがった。

 

「首、貰い受けますよ――アサシン!」

「げっ、本当に登ってきやがった!?」

 

 ライダーは風を切り、屋根の上を疾走する。いかにサーヴァントであれ、徒歩では逃げ切れない。あっという間に詰められ、アサシンとの距離は目と鼻の先にまで迫る。

 ライダーはハンドルから手を離すと、銃を構えた。

 

「死になさい!」

 

 ワルサーから放たれた銃弾は、まっすぐアサシンの頭部を狙う。

 無論、みすみす撃たれ死ぬアサシンではない。間一髪、身体を後ろへ逸らす。弾丸は、アサシンの髪を数本奪ったが、身体を傷つけるまでには至らなかった。

 

「あぶねぇ――ッ!?」

 

 だが、攻撃は終わらない。

 アサシンはライダーの銃弾をやり過ごしたが、ほっと息つく間も与えられなかった。後ろに身体を逸らした瞬間、背後から冷たい殺気を感じたのだ。慌てて視線を後ろに向けてみれば、夜の闇に鋭い刀先が光っていた。

 

 さすがに、これは(かわ)しきれない。

 半歩身体を横に動かしたが、刀先が頬をかする。アサシンの頬が赤く裂けた。

 

「ほう、かわしたか」

 

 刀を繰り出した人物――セイバーは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「セイバー、どうしてここに来たのですか?」

 

 ライダーはバイクを一時停止させ、セイバーを凝視する。

 今現在、(アサシン)はライダーとセイバーに挟まれる形になっている。隠れようにも、ここは屋根の上。姿を隠す障害物はなく、一歩を誤れば、地面に落下してしまう不安定な場所だ。

 ライダーは考える。

 ライダーとアサシン、マスターが傷ついたいま、己が劣勢。アサシン側につき、弱ったマスターともども、ライダーを仕留める方が合理的だ。どう思案しても、セイバーが味方につくとは考えにくい。それなのに、これはセイバーが味方になったみたいではないか。

 そんな考えを見透かしてか、セイバーは面倒くさそうに息を吐いた。

 

「はぁ……分からず屋のライダーめ。そんなに悩むな。これは、加勢じゃ。

そこの忍者(アサシン)は、こそこそ隠れ、マスターを狙う。そのような卑怯な技は、笑止千万! 

 男なら、せいせい堂々――正面から殺り合うべきじゃろうが」

 

 セイバーは刀を肩に置き、吐き捨てるような口調で言い放った。

 

「生前から常日頃思っておったが、どうして男共は腑抜けなのじゃ。

 ……まぁよい。

 わしは、ライダーとマスターの意気込みが気に入った。

 ネズミ退治は、わしに任せろ。さっさと、マスターを病院に連れていくのじゃ」

 

 そう言うと、セイバーの周囲に魔力の渦が巻き起こった。それとともに、現代風の赤いジャケット姿から、和装へと変化した。

 甲冑の上から、強い黄味のかかった朱色の陣羽織を纏っている。月明かりを浴びた姿は、まさに、天から舞い降りた戦乙女。自信に満ち溢れた表情で刀を軽く素振りすると、そのまま屋根瓦を蹴り飛ばした。

 

「しかし、セイバー!?」

「早く行くのじゃ、ライダー」

 

 セイバーはアサシンに切りかかる。アサシンも、これは避けられないと判断したのだろう。そのまま、ナイフを構えて応戦する。刀とナイフがぶつかり合う金属音が、深夜の神田明神に木霊した。

 

「なに、娘っ子の退路を護るのは慣れておる。

 それよりも、さっさと病院へ連れて行くのじゃ。マスターを死なせたいのかッ!?」

 

 セイバーの訴えを受け、ライダーは理々栖に視線を向ける。後部座席に腰を下ろす彼女の顔色は、先程より一段と悪い。明らかに、呼吸が荒くなり始めていた。すでに、文句を言う気力も失いかけているのだろう。理々栖は、なにか言おうと口を動かすのだが、それが言葉になっていない。

 ライダーは、小さく頷いた。

 

「……これは借りにしておきます、セイバー」

「女子を護るのは、武士として当然のことじゃ。ほら、早く行け!」

 

 ライダーはセイバーの言葉を背中に受け、再びハンドルを回した。

 すでに登ってきた()は切れてしまい、失われたあと。他の道を探すより、これは飛び降りた方が楽だ。ライダーは躊躇くことなく、屋根を駆け抜け、空へ飛び出した。

 

「――ッ! 行かせるか、ライダー!」

「お前の相手は、こっちじゃ!!」

 

 アサシンとセイバーの喧騒を後ろに聞きながら、屋根を駆け抜け、空へと飛び出した。

瞬間、宙に浮かぶ。

 

 もっとも、長時間滞空しているわけがない。

 ライダーといえど物理法則に逆らうことはできず、地上めがけて落下する。耳元で風を切る音が轟々と貫く。やがて、強い衝撃と共に、地面に着地した。勢い良く着地したせいだろう。タイヤが強く弾み、身体の重心を揺らす――が、すぐに体勢を整え直す。

 

 バイクはエンジンは唸りを上げ、夜の街を疾走した。ライダーは苦しげな息遣いを背中で感じながら、この街の地図を頭に思い浮かべた。

 

 

 

 幸いなことに、駅前まで戻れば病院がある。

 去り際、アサシンはライダーに向かって「行かせるか」と叫んでいた。つまり、病院へ逃げ込まれたら、治せてしまう毒だということ。

 夜間救急に駆け込めば、理々栖の命が助かるかもしれない。

 

 もっとも、最初の懸念通り、治療不可能だったら終わりだが――その場合、戦局を誤った自分の責任だ。

 

「マスター、しばしの間――御辛抱を」

 

 ライダーは理々栖に、そして、己に言い聞かせるように囁いた。

 

 

 ライダーに残された時は、あと2日。

 逆境の中、どう戦い抜くのか――頭の中で戦略を描きながら、夜の秋葉原を疾走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな彼らを、ビルの屋上から眺める黄金色の影があった。

 

「ふん、まだ全ての雑種が生きているか」

 

 己の髪と同じ色をした杯を傾けながら、逃げていくライダーを見下ろす。

 だが、彼は手を出す気はないらしい。

 

 少なくとも、現時点(・・・)では。

 

 ライダーとセイバーの戦いを酒の肴として眺め、続くアサシンとの戦闘も遠くから観覧していた。

 

「狐にネズミ、それから、雌犬ときた。今回の聖杯戦争は、動物ばかりだな」

 

 黄金は、退屈そうに呟いた。どうやら、現時点で彼の眼にかなった人物はいないらしい。柵に肘をつけると、空を見上げる。

 

「……まぁ、まだ我が召喚されてから1日余り。

 我が財に手をかける不届き者が現れるまで、ゆるりと待つことにしよう」

 

 

 本来、召喚されるはずもない8番目のクラス――ゲートキーパーは杯をあおった。

 夜の闇を吹き飛ばすような、傲慢な笑みを浮かべながら――。

 

 

 

 

 




 なんとか、ライダー組が生き残りました。
 本当に、幸運Eですね。いや、ここまで生き残っている時点でAくらいあるのでしょうか?
 そして、ゲートキーパーのサーヴァントが登場しました。
 真名は……おそらく、大半の皆様は見当ついたことでしょう。
 

 次回から、再び霧ヶ丘 紫視点でお送りします。
 アサシンの無断外出、および、暗殺活動発覚!?
 お楽しみに!



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