Fate/another vision   作:寺町朱穂

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11話 秘匿の重要性

 

 

 ――その青年は、常に孤独(ひとり)だった。

 

 元来、村の住民ではないことに加え、妖精が視えてしまう。

 ――その特異な性質は、当然のことながら嫌われた。

 村人は彼を迫害し、厄介者として扱う。村外れの小屋に居を構え、村に出て行けば陰口や彼限定の値上げは当たりまえ。

 そんな村人に、彼自身から歩み寄ることもなかったし、村人たちからも歩み寄ろうとしなかった。

 

 

 村人を愛するなんてもってのほか。

 それでも――彼は、捨て去るほど嫌ってもいなかった。

 だから、村が領主の圧政に苦しんでいると知ったとき、彼は1人で弓を手にした。

 緑の衣で素顔を隠し、森に罠をしかける。鬱蒼と茂る森奥で、息をひそめ――村に近づく敵を待つ。

 

 

 それは、けっして綺麗な戦い方ではない。

 むしろ、騎士道から外れる卑劣な暗殺。

 木の陰に隠れ、村人にすら正体を欺き、罠や毒を駆使して国に反抗する。

 

 

 そこに、英雄としての――否、彼個人としての誇りすら存在しなかった。

 

 

 その先に待ち受けた未来は、当たり前のような――

 

 

 

 

 

 /意識が、反転する。

 

 

 

 

 ノイズが奔った。

 礼園の森とは比較にならないほど、息が詰まりそうな森が消える。

 辺り一面、泥の海が広がっていた。

 いや、ただの泥ではない。泥が脈を打っている。あの泥は、生きている。ぞくり、と爪先から頭まで悪寒が駆けあがった。

 

 

 ここは――どこ?

 

 

 声に出してみたが、それは酷く曖昧で――海のなかへと消えていく。

 黒い泥。脈動を続ける泥。生きている泥。これは、いったいどこからきているのだろう?腕をさすりながら、空を見上げる。

 そこには、血で濡れたように赤い空が広がっていた。

 赤い空には、ぽっかりと――黒い太陽が浮かんでいる。

 

 怨嗟を吐き続けるような漆黒の太陽。

 熱い。身体が熱く、いまにも溶けてしまいそうだ。泥の海に、私の身体が、霧ヶ丘 紫が沈んでいく――

 

 

 

 

 

「いやっ!?」

 

 私は跳ね起きた。

 脈動する泥は何処にもない。私の前には、見慣れた自分の机が広がっていた。

 どうやら、机に伏したまま眠ってしまっていたらしい。

 

「……夢、か」

 

 ほっと、安堵の息を零す。

 椅子に腰を降ろし直すと、きぃっと軽い音がなった。身体が怠い。身体が鉛の塊にでもなったみたいだ。睡眠不足だろうか? ちらりと時計に目を向ければ、まだ朝の3時。 どうりで空が暗いはずだ。ちらほらと星が瞬いている。

 

「でも、また寝る気にはなれないや」

 

 口に出すだけで、背筋が震える。

 凶暴な夢だった。

 熱い泥の海に、沈んでいく――嫌な夢をみた。

 まだ、身体の周りに泥が纏わりついているみたいな感じがして気持ち悪い。

 

「今日の悪夢は……やけにリアルだった」

 

 汗で制服が、びっしょりと濡れていた。

 ああいう類の「怖い夢」は幼い頃から度々見ていた。だが、今日の夢は特別現実味を感じて、いまだに冷や汗が止まらない。

 

 あの夢の前に、なにか不思議な夢をみていた気がするけど、どうしても思い出すことができなかった。

 それに、眠りたくて寝てたわけじゃない。

 夜中、アサシンが「偵察に行く」と出て行ったから、その帰りを待っていようと――

 

「――って、そうだ。アサシン!」

 

 慌てて周囲を見渡すが、どこにもアサシンの姿は見当たらなかった。

 霊体化している気配もなく、まだ出かけているらしい。

 

「まぁ……うなされているところは、あんまり見られたくなかったから良いけど。

 でも、昨日だって夜中まで罠を仕掛けてたみたいだし、ちゃんと休めてるのかな?

 ………私だって、聖杯戦争に参加してるのに」

 

 なにも、役に立っていない。

 私も、少しは役に立ちたいのに。

 最初から、何にも変わらない重たい事実が圧し掛かる。

 

 だいたい「バーサーカーに対抗するため、魔術の盾を作り出した」と聞いたが、私に魔術を使用した記憶はない。そもそも、魔術を習ってすらいないのだ。

 

 私のような一般人が、バーサーカーの攻撃を止められるほどの魔術を使えるわけないのに。

 お世辞に、バレバレの嘘。

 アサシンは、なにも取り柄のない私を励まそうとしてくれたのだろう。だけど、それは逆効果だった。

 

 モチベーションは急降下。

 身体の気怠さも合わさり、気持ちはどん底だ。

 

「結局、私って役立たずだ」

 

 じくり、と痛み出した胸を抑える。

 黒桐鮮花から魔術の基礎に関する本を借り、こうして読み解いてみるものの、本当の魔術師に対抗できるとは思えなかった。むしろ、魔術の難解さばかり目についてしまい、立ち向かう気力が萎えてしまう。

 もう、いっそのこと――この令呪を全て使い切って、戦いを放棄してしまおうか?

 

「――ッ、ああもう! 逃げないって決めたのに、こんなところで挫けてどうするの?」

 

 自分に言い聞かせるように、ぱんぱんっと頬を叩く。

 心臓の痛みはもう感じない。身体全身を覆う気怠さは消えないが、少しはマシになった気がした。

 

「私にだって、できることがあるはず。いまから実践的な魔術の習得は難しくても、1つくらいなら覚えられるかもしれない」

 

 よし、頑張ろう。

 意気込みと共に、再び――魔術書と向き合う。

 正直、マナとかオドとか、根源とか――ちょっと理解しにくいけど、しっかり読み解いて自分のモノにしていけば、いつか必ず役に立つ。

 

聖杯戦争(これ)に参加するって決めたのは、私なんだから」

 

 令呪の宿った甲を擦り、文字を追っていく。

 魔術書に書かれた文字、その一字一句を漏らすことなく吸収できるように――

 

 

 

 

 ――13:00、観布子町 とある四階建てアパート

 

「それで……随分と長い偵察だったけど、どこ行ってたの?」

 

 結局、アサシンが帰ってきたのは昼過ぎ。

 私が黒桐先輩と一緒に、新居――もとい、聖杯戦争の間だけ利用するアパートに辿り着く頃だった。

 

 ふらり、とアサシンが私たちの前に姿を見せた。

 ようやくというか、12時間ぶりの帰還だ。顔や腕には何者かに切り付けられたような傷が奔り、顔には若干の疲労の色が見えた。

 もしかして、敵と戦ってきたのだろうか? 少し、不安な気持ちが募る。

 

「まさか、サーヴァントと――」

「いやー、悪い、悪い。ちょっと可愛い娘がいたもんで、ちょっかいかけてました」

 

 アサシンは、へなっと笑う。

 その言い訳が正しければ、彼の頬や腕に作られた真新しい切り傷は――その女にやられたものなのだろう。

 心なしか、心配して損したような気持ちになる。

 

「呆れた。主人を置いて遊びに出る使い魔だなんて」

 

 黒桐先輩はアサシンに軽蔑の眼差しを向ける。

 その視線は、まさに絶対零度。人間味のある暖かさなんて、1mmたりとも感じない。

 たぶん、私も彼女と同じ目をしているだろう。そんな女性2人の冷ややかな視線を受けてもなお、アサシンは笑みを崩さない。むしろ、楽しげに言葉をつづけた。

 

「せっかく、二度目の生を手に入れることができたんだ。ちょっとくらい遊んだって良いだろ?

 まぁ、安心してください。サーヴァントとしての仕事はこなしますんで」

「霧ヶ丘さん、こんな男と契約を切ったらどう? むしろ、切るべきだわ。夜遊びする使い魔(サーヴァント)に、貴方は命を預けていいの?」

 

 先輩が私の気持ちを代弁してくれる。

 まったくもって私も同じ想いを抱いていたところだ。

 

「私は」

 

 私はちらりとアサシンに視線を向ける。彼は、相変わらず薄い笑みが浮かべていた。無断外出を反省しているんだか、していないんだか。意図は読み取れない。でも、たぶん、結果は後者。私が注意を促しても、彼は夜遊びを止めないだろう。

 そんな彼を、私は本当に信用できるのか。

 命を預けるに値する存在なのか。

 私は肩を落とす。同時に、ため息をついていた。

 

「……これからは気をつけてください」

「はいよ、マスター」

「ちょっと、霧ヶ丘さん! 彼を許していいの?」

 

 黒桐先輩が反論してくれる。

 本音を言えば、許しがたい。偵察という名目の夜遊びだったと知った今、彼に対する評価は急降下中。だいたい、私は自衛すらまともにできない最弱マスターだ。いくら礼園の周囲に罠を張り巡らしていたとはいえ、長時間--私の傍を離れることは危険だということは分かりきっているはずだ。なにより、彼自身が私の単独行動しないと口を酸っぱくして言い続けている。

 

 しかし、彼は一人で夜遊びに出かけた挙句、マスターが安全な礼園から外に出る時間になっても戻ってこない。

 これは、いかがなものなのだろうか。

 

 そのあたりをしっかり問い詰めたい。

 問い詰めたい、のだが。

 

「……アサシンにも、息抜きは必要だと思いますから」

 

 実際のところ、アサシンの苦労は計り知れない。

 なにしろ、聖杯戦争はおろか、魔術もろくに知らない役立たずのマスターを護っているのだ。

 嫌気がさして当然だし、少しくらい遊びたくもなるだろう。

 

「それに、万が一の時は、これがありますし」

 

 私は令呪が刻まれた手の甲を擦る。

 サーヴァントの絶対命令権は、まだ三画すべてが残っている。いざというときは、これを使い、アサシンを呼び戻せばいいだけの話だ。

 

「さすが、お嬢(マスター)。話が分かる」

「甘すぎるわ、霧ヶ丘さん。使い魔は、しっかり管理しないといけないって橙子師――私の師匠が言ってたわよ」

 

 黒桐先輩は不満げに呟きながら、鍵を渡してくれた。

 かちゃり、と鍵を回してみる。すると、薄暗い通路が広がっていた。1メートルくらいだろうか。通路には、風呂場に通じる扉が1つだけあった。

 

「ここ、ですか?」

 

 居間と寝室を兼ねているのだろう。

 隣に一室あるが、そこにベッドが置いてあった。

人が住んでいないから生活感がないのは当たり前だが、それにしても何も電化製品がなさ過ぎる。せいぜい、片隅に冷蔵庫と電話機があるくらい。その電話機すら、床に無造作に転がっている。心なしか、殺風景な部屋だった。

 

「ごめんね。この部屋、洗濯機がなくて。式の奴――前の家主は、使わなかったみたいなの。必要なら用意するの手伝うけど?」

「いいえ、大丈夫です。洗濯ならコインランドリーを使いますし、そもそも――そこまで長く住みませんから」

 

 テレビがなくても、新聞やラジオで情報は入手できる。

 洗濯物が出ても、コインランドリーを駆使すれば問題ない。

 料理は……コンビニやスーパーで、出来合いのものを購入すれば良い。だいたい、夜は他のサーヴァント、特にバーサーカーを探しに行かなければならないのだし、ここは一時の宿。寝る場所さえ確保できれば十分なのだ。

 

「さてと――出かけるよ、アサシン」

 

 黒桐先輩と別れた後、私はすぐ外に出た。

 

「どこにいくんですか、お嬢さん」

「とりあえず、服を買わないと。さすがに、制服のままだと不便だから」

 

 哀しきかな。

 私は、制服以外の服を持っていない。現在、私の着ている服は、美里から借りた服。聖杯戦争に臨むと分かった以上、借り物の服を汚すわけにはいかなかった。

 

「ついでに、アサシンの服も見繕う?」

「いや、結構です。オレは霊体化してるんで」

 

 そう言うや早い。アサシンは空気に溶け込むように消えていく。

 そんな彼の様子を見て、少し意外に感じた。

 

 先程、彼は『2度目の生を楽しみたい』と発言した。それなのに、現世風の服装はしなくて良いと言う。これは、ちょっとした矛盾なのではないだろうか?

 そのことを指摘すれば、アサシンの声色に若干――焦りの色が滲んでいた。

 

 

『あー、本当にオレの服なんて、どうでもいいんですよ。ほら、戦のための軍資金って奴? それがなくなったら、戦いを続けられないでしょうが』

『でも、一着くらいなら平気だけど?

 それに、いつも念話で話していると、なんか疲れる』

 

 これは本音。

 ずっと念話で話していると、頭がくらくらしてくる。心臓のあたりが痛み始め、視界が歪み始めるのだ。まっとうな魔術師なら、念話程度の魔術――朝飯前なのだろうが、魔術師見習いにも満たない一般人には、念話を維持すること自体が難しいのである。

 

『……へいへい。マスターの指示には従いますですよ』

 

 アサシンの不真面目な声が脳内に響く。

 とはいえ、どこで購入すれば良いのだろうか? 自分用の服を購入することも滅多にないが、それ以上に男物の服を買うのは初めてだ。

 私が一人で入っても怪しまれずに、男物の服を買う方法ためには、どうしたら良いのだろう?

 悶々と悩みながら、とりあえず駅前に足を進める。

 人の流れに身を任せながら、衣服の量販店を探す。ビルに掲げられた電光掲示板が光り輝き、家電量販店ではテレビが国会中継を映し出している。興味のない番組だけど、ふと――足を止める。

 

『そういえば、アサシン。これ、なんだと思う?』

 

 アサシンは、いぜんとして正体を明かしてくれない。

 だけど、鎧や服装から考えるに、どうやら産業革命以前の人物であることが分かる。つまり、その時代にテレビなんてない。

 

 ――ちょっとだけ、彼の反応が気になった。

 

『……あのねぇ、お嬢さん。一応、この時代の知識は聖杯から与えられてんだ』

 

 しかし、予想に反して、アサシンの反応は落ちついていた。

 

『テレビって奴ですよね、これ。遠くの人物を映し出すって技術は凄いと思いますよ。なにせ、オレが生きていた時代にはなかた代物(しろもん)だ』

『なんだ、知ってたんだ』

 

 ちょっと落胆する。

 「箱の中に小人がいる!」みたいな反応を期待にしていたのに。

 

『……オレ、原始人じゃないんですから』

『ごめん、そういうつもりじゃなくて……』

 

 そう言いながら、テレビの前を通り過ぎようとしたとき――画面の端に怪しい人物が映ったことに気づいた。

 

「……あれ?」

『ん?どうしたんですか』

 

 スーツ姿の議員(老人)たちに混ざり、ぼさぼさ頭で和服姿の青年が腕を組んでいる。

 

《いやー、博文の小僧らぁ、まっことごっつい仕組みを作ったもんじゃか》

 

 テレビに映った和服の青年は、ぼりぼりと頭を掻きながら--ひどく楽しげに議場を眺めていた。

 

「この人って……どこかで」

 

 テレビに目が釘付けになってしまう。

 つい最近、どこかで見たことがあるような――

 

《おっ、これがカメラぜよ?》

 

 騒然とする議員たちを軽々と押しのけ、カメラに顔を近づける。

 

《あーあー、わしは、アーチャーのサーヴァント。他の参加者たちも見ちゅうか?》

 

 和服の男――もとい、アーチャーのサーヴァントは、楽しげに手を振る。

 この言葉に、私は固まってしまう。――いや、私だけではない。霊体化しているアサシンまで、驚き固まる気配が伝わってくる。

 

《べつに剣をぶつけ合わせることだけが、戦いじゃないと思うぜよ。

 どうじゃ? 今夜、中立場所でも借りて一献――酒でも飲み交わさんか?》

 

 アーチャーは、くぃっと酒を飲む仕草をした。

 彼の背後で老人たちが喚く声が響いていた。黒服の警備員たちが、アーチャーを抑えようと襲いかかる。だが、アーチャーはいとも簡単に攻撃をかわしてしまった。……当然の結果だ。いかに鍛え抜かれた警備員であれ、サーヴァントの身体能力の前では太刀打ちできないのである。

 

《ほんなら、今夜7時に待ってるぜよ? ……いやー、議会中断してしまって、まっことすまんかった! これからも、こじゃんと日本の未来について話し合ってにゃ》

 

 アーチャーは騒然とした議員たちに手を振る。

 次の瞬間、画面が切り替わり、草原の絵が広がっていた。画面中央には「しばらくお待ちください」の文字(テロップ)が流れ、私はしばし呆然と立ち尽くしてしまう。

 

 そして、ぽつりと――傍らのアサシンに問いかけるのであった。

 

 

 

「……聖杯戦争って、秘匿じゃなかったの?」

 

 

 

 

 

 




 秘匿も何もあったものじゃない聖杯戦争。
 そろそろ、キャスターも登場する予定です。






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