――上野 某ファーストフード 15:00
「……聖杯戦争は秘匿じゃなかったのかな?」
私は適当な席に腰をおろすと、息を吐いた。
アーチャーとそのマスターは何を考えているのだろうか。
誘拐犯の国会乱入騒ぎは、世間様の注目を一身に集めてしまっていた。
テレビの報道、新聞の一面、その全ての話題を掻っ攫っている。誘拐された女の子は無事なのか、戦争とはなんなのか、誘拐犯は精神を患っているのではないか、など盛り上がっている。
一向に、おさまる気配はない。
「まっ、アーチャーのマスターには、なにかしらのペナルティが与えられると思いますよ」
前に座った青年が、私の独り言を拾う。
実体化したアサシンだ。ワゴンに積まれてたパーカーと半額セールのジーンズという安っぽい服装――だったのだが、すっかり着こなしている。整った甘い顔立ちのためか、女性たちの目は彼に釘づけだ。
ほら、今だってすれ違った女性が彼に気づいた途端、ぽうっとした表情を浮かべた。彼自身、熱い視線がまんざらでもないのだろう。視線に気づくと、優しい微笑みを返したり、軽く手を振ったりしている。
完全に遊び男である。
普段の私だったら、確実に信用したくない類の人間である。
「おーい、なんか失礼なこと考えてませんかー?」
「別に、なにも」
新聞を広げながら、アーチャーの顔写真を見下ろした。
ふにゃっとしたにやけ顔に目を落としながら、ふと疑問を口にする。
「それにしても……この人、本当にアーチャーなのかな?」
「どうしたんですか、お嬢? なにか腑に落ちないことでも?」
「……いや、だってこの人……坂本龍馬でしょ? 日本史の教科書に載ってた写真と同じだし、語尾が『ぜよ』だったし」
新聞を机の上にひろげたまま、鞄に手を伸ばす。そして、新聞の横に日本史資料集を並べた。資料集の表紙には卑弥呼から始まり有名な偉人の肖像画やら写真が掲載されていた。私は、その中の一人――背筋を伸ばし、どこか遠くを見つめている男を指した。
「ほら、そっくり」
アサシンも「ほう」っと驚きの声を漏らす。
「たしかに、瓜二つですね。というか、間違いなくこいつだろ」
「でも、アーチャーって、弓使いの英雄がなるクラスなんでしょ? ウィリアム・テルとかロビンフッドとか那須与一とか。
そりゃ、坂本龍馬だって英雄に違いないけど、弓を使いこなしていた話は知らないよ」
そもそも、坂本龍馬といえば明治維新の功労者。
この時期の武器といえば、日本刀か銃器。弓なんて時代遅れの武器を使用し、戦闘に参加した逸話は聞いたことがなかった。
アサシンは、しばし間を置いたあと――面倒くさそうに頭を掻きながら口を開いた。
「……あー、お嬢の例えた奴が英雄なのかは疑問ですけど、その、リョーマって英雄様は、銃を使っていたんじゃないんですか? 射撃に関する逸話があれば、アーチャークラスとして召喚されるんですよ」
「あっ、そうなんだ」
それなら納得がいく。
坂本龍馬ならば拳銃を所持していても不思議ではない。いわれてみれば、寺田屋から逃げる際に、銃で抵抗した――って聞いたことある。
ただ、銃を撃つなら「アーチャー」ではなく「ガンナー」のような気もするけど……細かいことまで考えないようにしよう。
私はハンバーガーの包みを開けながら、小さく頷いた。
「それじゃ、アーチャーの真名は坂本龍馬なんだ。なら、行っても大丈夫かな」
「行くって、どこに?」
「どこって……教会だけど?」
「ごほっ、ごほっ!! 正気か、マスター? 眠り過ぎて、頭がおかしくなっちまったんですか!?」
アサシンは余程驚いたのだろう。飲んでいたジュースを吹き出しかけていた。ごほごほと咳をこみながら、まくしたてるように批判してきた。
「あんな堂々と宣言したんだ。待ち伏せしてるに決まってるだろ! あれですか、みすみす自分から死ににいくつもりですか!?」
「いや……だって、坂本龍馬は不意打ちするような偉人じゃない」
坂本龍馬は、むしろ不意打ちされる側である。
寺田屋しかり、近江屋しかり。不意打ちされて、逃げたり殺されたりするイメージしかない。
すると、アサシンは呆れたように息を吐いた。
「はぁ……アーチャーの方はそうかもしれねぇですけど、マスターが罠をしかける可能性だってあるでしょーが」
「……あ」
ハンバーガーを食べる手が止まる。
坂本龍馬に気を取られるあまり、マスターの存在をすっかり忘れていた。
完全に見落としていたが、坂本龍馬を扱うのは魔術師だ。きっと、一般人には思いもつかない罠を張り巡らせているだろう。それこそ、何も知らない坂本龍馬との酒宴を楽しむ敵マスターを、こっそり影から狙い撃ちする魔術師がいるかもしれない。
「だから、お嬢は休んでてください。まだ、体調も万全じゃないんですから」
「もう体調は平気。何時間も寝たんだから、動かないと身体が鈍る」
そう言いながら、ハンバーガーに食らいつく。
ジャンクフードの殺伐とした味が、口の中に広がっていく。ずっと礼園女学院の宮廷料理さながらの学食だったから、こういう味は珍しい。極めて味が薄く、おおざっぱな感じがするけど嫌いではない。
むしろ、この雑さが心地よく感じる。私の舌は思っていた以上に貧乏舌だったらしい。
「アーチャーのマスターに襲われたら……その時はその時」
うじうじ悩んだところで、私は魔術師見習いですらない。
魔術の知識をかじった一般人が良いところだ。戦闘の役に立つこともできないだろう。アサシンの言う通り、後方で知らせを待っているのが一番だ。
どこかの本で読んだことがある。
『一番厄介なのは、無能な働き者だ』と。今の私は、無能な働き者に片足を突っ込んでいる。いや、片足どころか両足どっぷり浸かっているに違いない。
だけど――
「安全な場所でみているだけなんて、できないから」
「へぇー、お姉さんって意外と肝が据わっているんですね」
意を決して放った台詞は、金髪の男の子が私に同意してくれた。
男の子はニコニコ微笑みながら、優しい言葉をかけてくる。
「女性はお淑やかで優しい方が良いかと思いますが、サーヴァントと共に戦場を駆け抜けるのも悪くないと思いますよ。最善の選択かどうかはともかく、お姉さんの考えを僕は否定しませんよ」
「ありがとう、えっと……え?」
「お嬢!」
私が違和感を覚えたのと、アサシンが動いたのはほぼ同時だった。
いや、いくらかアサシンの方が早かった。私は呆然としている間に、アサシンは私と男の子との間に割り込んできていた。私から彼の表情は見えなかったけど、息が詰まりそうなくらいの殺気を背中から感じた。
「……なーんか妙な感じがすると思ったら、まさか本当にサーヴァントがいたとはな」
「やっぱり、この程度の宝具ではバレてしまっていましたか」
男の子はそう言いながら、可愛らしい指で指輪を撫でている。
あれが、あの子の宝具なのだろうか。いや、でも、その前に……
「子供のサーヴァント?」
サーヴァントは全盛期の姿で召喚される。
無論、どんな英雄であっても子供の時代はあったはずだが、それが全盛期とはどういうことだろうか。私が混乱していると、やれやれと男の子は首を横に振った。
「本気を出すに値する敵が出るまでの仮の姿です。あ、それから、貴方たちと剣を交える気は毛頭ありませんので、安心してください」
「……そんなこと、信用できると思ってるのか?」
「もちろん、ここで戦いたいのであれば話は変わってきますが」
ちらり、と男の子は視線を周りに向ける。
視線は追わなくても分かる。私たちの周りには無関係の一般人。いきなり勃発した不穏な空気に「なにごとか?」と興味を向ける人や我関せずと自分の仕事をする人、遠巻きに眺める人、人、人、人で溢れている。男の子の戦い方は分からないが、アサシンの戦法から考えて、目立って戦うのは得策ではない。それになにより、こんなところで戦った暁には、アーチャー陣営の二の舞だ。
ただでさえ振りなのに、罰を与えられたら……勝ち抜く見込みが、さらにゼロに近づいてしまう。
「……アサシン、ここは抑えて」
「っち」
アサシンの殺気が収まっていく。男の子は、明らかに不機嫌なアサシンを一瞥すると「うん」と嬉しそうに頷いた。
「さて、そろそろ移動しましょう。電車に乗らないと、約束の時間に遅れてしまいますよ。よろしければ、一緒に行きませんか? 16時まででしたら、駅前で待っていますから」
男の子は出口へ歩いていく。
私は一瞬迷ったが、うだうだ悩んでいる間にも男の子は人ごみに消えてしまう。慌ててハンバーガーを口に押し込むと、トレイを持って立ち上がった。
「おい、お嬢! 本気であいつと行くつもりか!?」
「行く場所が同じなら、一緒に行った方が安全じゃない?」
急いで店の外にとび出れば、まだ男の子はそこに立っていた。
金色の髪を揺らしながら、どこか大人びた笑みを浮かべている。
「お姉さんの言う通りですよ。僕はお姉さんを傷つけるつもりはありません」
「あんたにはなくても、マスターは何考えてるか分からねぇだろ」
相変わらず、アサシンは私に張り付いたままだった。若干殺気は収まってはいたが、ぴりぴりと肌を刺すような感覚を纏い続けている。私が切符を買っている間も、片時も男の子から視線を外そうとしない。
「その心配は無用ですよ」
男の子は磁気式のカードを改札口に挿入しながら答える。
「僕には、マスターがいませんから」
「マスターがいない?」
私は切符を通しながら、首を横に傾けた。
マスターがいない?
サーヴァントはマスターがいなければ、その姿を維持できないのではなかっただろうか? そのことをアサシンに目で尋ねると、面倒くさそうに口を開いた。
「聖杯自身に呼ばれたサーヴァントなら、マスターがいなくても不思議ではないですけどね……あんた、ルーラーか?」
「まさか! たしかに、僕は裁定者ですが、裁定者のクラスで呼ばれることはあり得ませんよ。我欲が多すぎますから」
男の子はホームに降りると、再びこちらを振り返る。すべてを見透かすような目が、私を捕らえた。この目、なんだか苦手だ。微笑んでいるのに、心臓を鷲掴みにされたような……とてつもなく嫌な感じがする。私は胸の前で拳をぎゅっと握った。
「貴方のクラスは、なに?」
緊張からか、額から汗が湧き出してくる。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、男の子は口元に微笑を浮かべたまま、優しい声で答えてくれた。
「僕のクラスは、ゲートキーパー。聖杯を護る門番です」
お久しぶりです。更新が滞りがちになってしまい申し訳ありませんでした!
アポクリファのアニメも早いことで3話。動くカルナさんが観れて感激中の寺町です。
さて、エクストラクラス ゲートキーパーのサーヴァントが登場しました。
……まぁ、真名ばればれですが。
次回も気長に待っててくださると嬉しいです!