Fate/another vision   作:寺町朱穂

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3話 私立礼園女学院

 

 

「ゆかりん! ゆかりんの家が殺人鬼に押し入ったって本当?」

 

 登校するや否や、友だちの鴨川 実里が駆け寄ってきた。

 昨日の出来事なのに、噂が広まるのは早い。何人かの生徒がこちらに視線を向けながら、ひそひそと額を寄せて話し合っている。

 

「うん。

 殺人鬼が勝手に自滅してくれたから、命だけはなんとかね」

 

 本当は殺人鬼がアサシンを呼び出した瞬間に殺されて、その後に襲撃してきた紳士服と巨人によって家を壊滅させられたわけだが、「夜中に忍びこんできた殺人鬼が、自分の仕掛けた爆弾で家ごと吹っ飛んでしまった」という話に変わっていた。

 私は唯一の生き残りで、ついさっきまで警察で事情聴衆を受けていたことになっている。

 

「うへー。よく無事だったよね。でも、例のお義父さんたちは死んじゃったんでしょ? ……これから、どうするの?」

 

 実里は声を潜めて尋ねてきた。

 良家のお嬢様が通う学校なだけあり、学費は眼が飛び出るほど高い。1つ上の黒桐先輩のように全国テストで10位以内をキープし続ける優等生であれば、奨学生として残ることができるだろう。しかしながら、生憎と私は平凡中の平凡。学費免除なんて特権は端から期待していなかった。

 

「一応、学費は来年度分まで払ってあるから、しばらくは残るつもり」

 

 ――まあ、来年まで生きていればの話だけど。

 曖昧に笑いながら、自分の席に鞄を置いた。実里は何か話そうと口を開きかけていたが、残念。時間切れだった。チャイムと同時に先生が教室に入ってくる。これで、おしゃべりの時間はおしまい。質問の続きは、次の休み時間までお預けだ。

 

「えー、教科書の49ページを開きなさい」

 

 先生の退屈な声に耳を傾けながら、私は欠伸をかみ殺した。

 シャーペンを取り出しながら、ふと右手の甲を見る。昨夜浮かぶあがった紋様――令呪は、すっかり消えてしまっていた。否、消えたのではない。アサシンのマントの切れ端を使い、見えなくしてもらっているだけ。

 

 

 いまも、この「令呪」なる紋様は私の右手に存在していて。

 気配を感じないけど、たぶん、後ろには「アサシン」と名乗ったサーヴァントが霊体化していて。

 

 

 私が「聖杯戦争」に参加するマスターである事実に、なんに変わりないのだ。

 

 

『授業に参加するとは、真面目なこって』

 

 ふと、頭のなかに声が直接響いてきた。

 契約を交わしたサーヴァント「アサシン」の声だ。

 サーヴァントとマスターの間で交わされる「念話」というものらしい。声を出さない意思疎通というのは便利な機能だけど、相手の姿が見えないというのは落ちつかなかった。

 

『これでも学生だから。卒業するためには、授業は受けないと』

『はぁ……お嬢さん、聖杯戦争のマスターになったって自覚あります?』

『まぁ、なんとなく』

 

 くるくるとシャーペンを回しながら、ぼんやりと応えた。

 アサシン曰く「聖杯戦争」とは、7人の魔術師が7騎の英霊をサーヴァントとし、なんでも願いを一つ叶えてくれる聖杯を巡って、最後の一人になるまで争う戦いだそうだ。

 

『でも、今回はサーヴァントが7人で、マスターが8人。

 こういうことって、あるの?』

『普通、ありえないんですけどね。令呪はマスター1人につき3画だけですから』

 

 南海神父の驚きは、常軌を逸していた。

 何度も何度も確認し、私の右手の令呪の数を調べ、どこかに電話をかけたり、同じカソックを纏った部下に口早に命令したりと大忙し。

 普通の聖杯戦争と亜種の聖杯戦争の違いは、いまいち分かっていないけど、これが異常事態なのだということは理解していた。

 

『そうそう、お嬢さんに言わないといけないことがあるんですよ』

『なに?』

『実は、この学校内……他に1騎、サーヴァントの気配がします』

 

「えっ!?」

 

 がたん。

 あまりの驚きに、音を立てて立ち上がってしまった。

 先生含め、周囲の視線が痛いほど刺さる。

 

「あ……すみません。ちょっと、くらっとして……」

「あぁ、霧ヶ丘さんね。……保健室へ行きますか?」

 

 先生の眼鏡の奥の瞳に、憐れみの色が映った。

 きっと、家族を亡くしたショックで気が動転しているのだとか思われたのかもしれない。

 

「ありがとうございます」

 

 私は先生の好意に甘え、保健室へ向かうことにした。

 具合は悪くない。たしかに、アサシンとの契約を維持するために魔力を持って行かれるためか、少しばかり気怠い感じもする。ただ、それも十分許容範囲内だ。

 

「それで、本当にサーヴァントがいたの?」

『お嬢さん、念話で頼みます。どこに、敵の耳があるか分からないんで』

 

 アサシンに指摘され、相手が魔術師だったことを思い出す。

 なるほど。魔術師なら、遠くから水晶玉で人の動きを監視したり、おしゃべりの内容まで見破ってしまうに違いなかった。

 

『どのあたりから、他のサーヴァントの気配を感じたの?』

『詳しいところは調査中でして。ただ、この校舎内にいることは確かですね』

『ってことは、高等部の生徒の誰か……もしくは、教師がマスター?』

 

 いままで、自分の周りに魔術師がいるなんて考えたこともなかった。

 

『そのマスターは、私とアサシンに気づいてるの?』

『たぶん、気づいてないと思いますよ。

 令呪は隠してありますし、オレは“気配遮断”ってスキルがあるので』

『気配遮断か』

 

 どうやら、アサシンには気配を消せる能力があるらしい。でも、なぜかバーサーカーは追いかけて来ていた。アサシンの特殊能力が、あのバーサーカーに効かなかったのだろうか?

 

『あのときは、オレじゃなくて、お嬢さんの気配を追ってきていた感じですね。その気配も消えたから、追って来れなくなったってわけ』

 

 つまり、私がいなければ、もっと早くに逃げることが出来ていたってこと。

 だけど、私がいなければアサシンはマスターがいないサーヴァント。そのまま消滅する運命にあったのだから、そもそも彼は逃げる必要すらないのだった。

 

『まっ、敵さんはオレたちに気づいていないんで、保健室でのんびり休んでいてください。オレはちょっと偵察に出てきますんで』

 

 ――なにかあったら、令呪で呼んでください。

 それだけ言い残すと、綺麗さっぱり脳内の声が消えた。アサシンは、どこかへ消えてしまったらしい。

 

「……偵察、か」

 

 私は、すこしだけ心細くなってしまった。

 この校舎内のどこに魔術師がいるか分からない。いつ襲われるか分からない。魔術をかけられても気が付かなくて、緩やかに死ぬ可能性だってある。

 だから『異変を感じたら、令呪で呼べ』と言い残したのだとは理解していたが、それでも除け者にされたみたいで、嫌な感じがした。

 

「もう逃げないって決めたのに」

 

 私は、聖杯戦争に参加しているマスター。

 未熟な一般人でも、そもそも魔術師でなくても、サーヴァントを有しているのだ。

 ならば、サーヴァントと協力して、一緒に戦うのが当然の道理だろう。

 

 

 

 ……とはいっても、アサシンは念話で会話できない距離にいる。

 なにを手伝えばよいのか分からないが、とりあえず、自分でも情報収集くらいしてみよう。礼園内で資料やら聞き込みやらをするなら、霊体かつ部外者の男性であるアサシンより、学生の私の方が上手く立ち回れるはずだ。

 

「でも、誰なんだろう?」

 

 ひとまず、保健室についた私は椅子に腰掛けながら、誰がマスターなのかを考える。

 幸いにして、保健室担当のシスターはいない。1人で静かに考えるのに、うってつけな時間だった。

 

 

 高等部の生徒は、1クラスだいたい30名。

 4クラス×3年なのだから、約360人。そのなかから、マスターの資格を得た魔術師を探し出すなんて、至難の業である。

 同じクラスの生徒の顔なら分かるが、他のクラス、ましては他の学年ともなれば、顔見知りだけど名前は知らないなんて当たり前だ。

 私は中学から礼園にいるが、高等部からの転入生の顔と名前なんて一致していないし、中学からの同期生同士でも顔があやふやだったりする。

 ……せめて、もう少し社交的だったら……と、自分の性格を呪った。

 

「失礼します」

 

 がらがら、と扉の開く音。

 顔をあげてみれば、そこには活発そうな生徒がいた。少なくとも、怪我や病気を患っているようには見えない。生徒は入口に立ったまま、くるりっと保健室を一瞥した。誰かを探しているのか視線を少し彷徨わせたあと、私に向かい合い、

 

「ねぇ、他に誰かいない?」

 

 と、尋ねてきた。私は首を横に振る。

 

「いませんけど」

「おかしいなー、瀬尾の奴、どこ行ったんだよ」

「瀬尾? 瀬尾って、2年の瀬尾先輩ですか?」

 

 瀬尾静音。

 1つ上の先輩だ。中学のときから学年1位の優等生だったのだが、高校で転入生に1位の座を奪われてしまったことで有名である。

 

「そうだけど、瀬尾の知り合い?」

「えっと、名前を知ってる程度、ですけど……瀬尾先輩がどうかなさったんですか?」

「朝から登校してないのよ。無断欠席するようなタイプじゃないから、病気でもしたのかなーってお見舞いに来たんだけど……まだ、寮にいるのかな?」

 

 それだけ言うと、その先輩は去って行ってしまった。

 

 

 ……瀬尾先輩が登校していない。

 この事実は、ちょっと引っかかる。

 なにせ、瀬尾先輩は学年1位を取るような模範生。中学のときから校則を破ったなんて話はなく、夏季休暇中に家から「帰省しなさい」と電話がかかってきたとき、すでに帰り支度ができていたーなんて逸話が囁かれるくらい、優秀な生徒なのである。

 寮で休んでいたとしても、ルームメイトに「今日は欠席する」ってことくらい伝えておきそうなものなのに――

 

「よし、調べてみるか」

 

 疑問に思ったら、すぐに行動すべし。

 私は保健室を出ると、そのまま寮へ足を向けかけ――ふと、足を止める。

 そう、瀬尾先輩はルームメイトに「欠席する」と伝えられない状況だった。ということは、寮にもいない可能性が高い。

 

 

 では、どこにいるのだろう?

 

 

 礼園の外、という可能性は極めて低い。

 だって、よほどのことがない限り、休日でも自宅に帰れないのだ。瀬尾先輩が休日に外出したなんて話は聞いたことないし、まして今日は平日。優等生が授業を放り出してまで帰宅したーなんて話があれば、保健室を尋ねてきた生徒の耳にも入っているはずである。

 

 残るは礼園の中。

 だが、探すとなると、非常にめんどい。

 礼園の敷地面積は半端なく広いのだ。しかも、大半は森であり、学校のなかに森があるというか、森のなかに学校があるって表現の方が正しいくらい森が広がっている。

 

「……ちょっとだけ、行ってみるか」

 

 なにかあったら、令呪を使えばいい。

 私は右手を握りしめると、森へ足を踏み出した。

 もちろん、あてもなく森を彷徨い歩くなんて馬鹿な真似はしない。一応、居場所のアテはついている。

 校舎の外は、極寒の森。深夜から早朝にかけて1人で出歩くなんて自殺行為であり、翌日、風邪をひくことは必然。ならば、夜を越したのは森のなかに佇む洋館――迎賓館だ。

 幸いにして、高等部の校舎から徒歩数分の距離。お昼までには、ちょっと行って帰って来られるだろう。

 

「うぅ、さむっ!」

 

 びゅうっと北風が吹く。

 冷たい風が顔を容赦なく攻撃してきた。ぶるりと震えながら、小走りで森を走る。ほどなくして、私は迎賓館に到着した。

 

「鍵は――かかってない、か」

 

 ぎぃっと音を立てながら、重たい扉を開ける。

 廊下の大部分は昼間だというのに、ひんやりとした闇に包まれている。天井には電灯がついていたものの、あっとうてきに数が足りてない。これは、夜になったら、人工灯と夜の闇が廊下を交互に支配しているような斑模様になるんだろうなー、なんて思った。

 

「……まったく、変な屋敷」

 

 迎賓館が完成してから、今年で7、8年。

 まだ新しいのに、こんな灯りの足りない構造になっているのには理由がある。なんでも、礼園のOBに有名な建築家がいて、彼女に「殺人事件の舞台になりそうなミステリアスさで」と注文したところ、完成した洋館らしい。

 

「えっと、たしか1階は客室で、2階は娯楽室だったっけ?」

 

 1階部分は、中央の0号室から渦を巻くように配置された9つの客室。

 そして、2階部分は、ビリヤード室や映写室といった娯楽室。

 2階部分は不思議もなにもないのだが、問題は1階部分の客室だ。各客室は、鍵は内側からしかかけられないと聞く。たとえば、0号室の客が外に出るためには、他の1から9号室までの客人に扉を開けてもらう必要がある。

 なんて面倒な造り。これは「ぜひ、殺人事件を起こしてください」と言っているようなものである。

 

 そういえば――。

 瀬尾先輩は文芸部で、礼園の七不思議を部誌で発表していた。

 実里が一つ一つ読み上げながら、「今度、一緒に探しに行こう!」って、興奮してたっけ――。

 

 

 

 かたかたかた。

 ふと、どこかから音が聞こえてきた。

 なにか歯車が回るような、規則的な音。上の階から聞こえてくる。

 

 誰かいる。

 この迎賓館に、私以外の人が。

 それは、瀬尾先輩だろうか? それとも、別の誰か?

 

「あの、誰かいますか?」

 

 階段の下から上に向かって呼びかけてみる。

 でも、返事は帰ってこない。かたかたという音が響いてくるだけである。

 私はごくりとつばを飲み込むと、右手を抑えながら一段、また一段と階段を上がる。音は徐々に近づいてきた。否、私が音の発信源に近づいていっているのだろう。

 

「誰か――っ?」

 

 階段を登りきったとき、異変に気づいた。

 娯楽室のとある一室――映写室から、青白い光が漏れている。

 かたかたかたと、なにかが回る音とともに。

 

「あの、誰かいらっしゃいますか?」

 

 ドアをノックする。

 相変わらず、返事はない。歯車の音だけが、異様なまでに響いている。

 

 そう、歯車の音だけ。

 青白い光は漏れている。つまり、なにか上映中なのに、フィルムが回る音しか聞こえないのだ。

 

 

 これは異常。

 あきらかに、尋常ではない。

 

 

 私は、ゆっくりと映写室のドアを押し開けた。

 

 

 

 

 

 

 




 
 お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、後半は「終末録音」のネタです。

 今作の舞台が2000年2月ですので、まだ黒桐鮮花・浅上藤乃・瀬尾静音たちは礼園に在籍しています。みんな大好き黄路先輩は卒業してしまっていますが……
 なお、保健室を尋ねてきたのは静音ちゃん友人のナオミちゃんです。

 次回、瀬尾静音は見つかるのか? そして、新しいサーヴァント登場!?
 お楽しみに!

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