Abissale solitudine~海の底に消えた鍵~   作:紅 奈々

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標的3

「入るぞ」

 

 

璃王は一声掛けるとノックも無しに保健室に入る。

保健室の中には、白衣を着た黒髪に無精髭の男が居た。

養護教諭が男って、この中学以外でそうそうないような気がする。と、璃王は思った。余程人員不足だったんだろうな。

 

 

「よぉ、璃王。今回は珍しく早く来たんだな。

いつもはギリギリで来るか、呼び出さねぇと来ねぇのに」

 

 

璃王の姿を認めると、養護教諭―――――Dr.シャマルが棚を漁りながら璃王に声を掛けてきた。

璃王はソファーに座ると体温計と入室記録を取って、体温を測る。

体温計が鳴って、画面に体温が表示されると璃王はそれを入室記録に書き込む。思った通り、体温が平熱よりも高い。

どうりで今日は特に身が軽く、嗅覚がいつも以上に敏感なわけだ。

 

 

「あぁ、今回は思ったより早く切れそうだったからな」

 

 

実際、璃王の腕にある黒い痣が広がっていて、手首まで差し掛かっていた。

長袖のブラウスを着ているから見えたりはしないが、一応、包帯を貰っておこうか。

そんな事を思っていたら捲り上げた袖の下の痣を見てシャマルが「うわっ」と声を上げた。

 

 

「酷くなってんじゃねぇか・・・・・・何だ?今回もまた、無茶振りしたんだろ。

どうせ、「ザコがあまりにもしつこいから」とかつって。

お前、自分の体のこと少しは解ってるか?」

 

 

シャマルは持ってきた紙コップを璃王に手渡しながら呆れた様に言った。

それを受け取って、中の透明な液体薬を一気に飲み干すと、口の中に広がる苦みに璃王は顔を顰めた。

相変わらず、不味い。昔、「不味い、もう一杯」って青汁を飲んだ後で白髪のおじいさんが言う青汁の宣伝があって、それから一時期「不味い、もう一杯」という言葉が流行ったが、こんな薬、もう一杯もしたくねぇわ、と璃王は思う。

そんな事を思っていると、シャマルが袖を捲り上げている方の二の腕にゴムの管を巻き付けて肘の裏を叩く。

すると、青黒い血管が浮き出てきた。

 

 

 

「解ってる。だが今回は、中々骨のある奴が居たからな。まぁ、本気を出したオレの相手じゃなかったけど。

たまに使って無いと暴走するんだよ・・・・・・っつっ」

 

 

璃王が腕から目を逸らした時に肘の裏にちょっとした痛みが走って、璃王は顔を顰めた。

その様子を見て、シャマルがからかう様に璃王に言う。

 

 

「お前、相変わらず注射はダメなんだな、ガキん時から。

もう注射とは友達みてぇなモンだから、ちったぁ馴れろよ」

 

 

「地味な痛みはいつまで経っても馴れねぇモンなんだよ」

 

 

シャマルの言葉を璃王はげんなりして返す。

自身に掛かっている呪いの進行を抑える薬は、幼少の頃から服用・投与している。

本来、そんな事をしなくても良いのだが、璃王の場合は呪いが特殊な為その処置が必要だった。

 

 

「ま、昔よりかぁマシだな。小っせぇ頃なんか注射の針を見ただけでボロボロ泣いてたもんなぁ?」

 

 

ニヤニヤ笑いながら言うシャマルに殺意を覚えたが、本当のことなので璃王は何も言えない。

苛つきながらも、薬の副作用で怠くなってきた璃王は「ベッド使うぞ」と言って、カーテンを開けるとそのまま、ベッドに倒れた。

白くて清潔なシーツに体を埋めると、シャマルが「あー、早く寝た寝た!」とカーテンを閉める。

 

 

「麗しの仔猫ちゃん達~!授業サボってセンセーと課外授業しない~?」

 

 

恐らく、体育の授業中でグラウンドにいる女子生徒に向かってナンパをして居るであろう、シャマルの声が聞こえた。

よくやるよ、相手にもされないクセに。つーか、こんな奴が教師で大丈夫か、この学校は?

璃王はそんなどうでも良いようなことを思いながら、眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、璃王はふと枕元を探る。

手に固いモノが当たる感触を認めるとそれを手に取り、璃王は電源を入れた。

画面に映った時間に「はぁ、めんど」と呟くと、璃王は起き上がってクシャクシャになった髪を軽く梳かす。

時刻は十一時。もう三時間目が始まっている時間だ。

今日の三時間目は理科だったような気がする。記憶を手繰り寄せると、璃王は舌打ちした。

教科書、教室じゃねぇか、面倒くさい。しかも今は教室は閉まっているだろう。

教室から生徒が出払う時は、学級委員がドアを閉めてきっちり戸締まりしてから出て行く。

仕方ない、と璃王は手ぶらのままで理科室へ向かった。

 

 

 

理科室に着くと教室の扉を開け、璃王は堂々と教師の前を通って席へ向かう。

後ろの扉は棚などが置いてあって、通り抜けが出来ないのだ。

璃王の姿を視認した教師は、ニヤニヤと嫌らしい笑みを隠そうともせずに璃王に向け、近付いてくる。

 

 

「お前、何回俺の授業に遅れてくる気だ?

そんなにやる気がないって事は授業を受けなくても余裕って事か?

なら、パラジクロロベンゼンの化学式と物性を答えて貰おうか?」

 

 

憎たらしい笑みを向けてくる教師に「ニヤニヤとキモいんだよ、モブが」とか思っていると、何故か授業では習わないような問題を出題された。

教師は思う。「まぁ、答えられる筈がないか、中学では教えないような問題だし」。

その心の声が璃王には駄々漏れで、溜息を吐いた。こんなセコい教師、よく採用されたな、と。

あまりに下らないと思った璃王は思わず大きな欠伸をしてしまった。

 

 

「ふぁ~あ」

 

 

「パラ・・・・・・何?」

 

 

「俺らで解んねぇんだから、彼奴が解るわけないじゃん」

 

 

ヒソヒソと周りの雑音が璃王の耳にすり抜ける。学校では目立たないように平均よりも少し悪いくらいの成績を取っている璃王からすれば、これは「解りません」と答えるべき問題だ。

だが、周りの雑音に苛ついていた璃王は「目立たないように」という事よりも「こいつらと同類ってのは嫌だ」と言う事を取った。

「早く答えんか」と言う教師に苛ついた璃王は、サラッと答えた。

 

 

「C6H4Cl2。物性は、融点53℃、沸点174℃。

常温で、昇華により強い臭気を発する白色の固体で、空気中では固体から気体へゆっくりと昇華する。臭いが強いが故に、空気中に極微量あるだけでも嗅ぎ分けることができる。

主な用途は防虫剤およびトイレの消臭ブロックである。

こんなの、6歳の餓鬼でも知ってるね」

 

 

「せ・・・・・・席に着け・・・・・・」

 

 

璃王が答えて最後に皮肉を飛ばすと、教師はまさかこの問題を解かれるなんて、と言いたげに灰になったように固まってしまった。

何なんだよ・・・・・・と璃王は溜息を吐きながら席に座る。流石にクラス以外の教室の部品には触れないらしく、璃王の席は何もされていなかった。

あの教師は生徒に声を掛けられて我に返り、授業を再開した。

 

理科の授業はつまらなく、璃王は窓の外を眺めていた。

理科室の窓はグラウンドに面しており、そこではテニスをしている男子の姿が見えた。

退屈な授業しかない中で唯一の楽しみなのか、男子生徒ははしゃぎながら楽しそうに生き生きと一つのボールを打ち返している。

その中で、紫の髪の男子が見えた。すると、璃王の顔に影が掛かる。

イタリアに居た相棒のことを思い出したのだ。

脳裏に浮かぶ彼奴は何故かいつも微笑みかけてくるかのように笑っている。何故か彼の笑顔しか思い出せないのだ。

 

雲雀とマーモン、どっちが好き?

  • 雲雀
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