――――前にもこんなことがあったな、と、少女は思った。
目の前には陽の光を遮る分厚い雨雲と、雨粒の波紋が広がる青灰色の海が広がっている。
海風に
額や頬に張り付く黒髪、肌の色が透けた衣服は、見ているだけで寒々しかった。
少女は、
ただしその埠頭――港は、相当に大きな規模のようだが、荒れ果てていた。
焼け焦げたコンクリートの岩壁、砕けた鉄製の
周囲に人気は全く無く、
そんな場所に1人でいると、余計にそう思える。
『泣くな』
一方で、これは少女にとって初めての経験では無かった。
数年前にも1度、こうして嵐の吹き
ただしその時は1人では無く、手を繋いでくれる人がいた。
『泣いたって、父さんは帰ってこないんだ』
少女の、兄だった。
その時に兄がかけてくれた言葉を、忘れたことは無かった。
兄は言った、泣いても誰かが帰ってくることは無いのだと。
涙を流しても、失ったものを取り戻すことは出来ない。
兄はそう言って、少女を叱った。
それでもその時は幼かったから、涙は自然と溢れて止まらなかった。
哀しくて仕方が無かったから。
だから兄の言葉に頷きながらも、グスグスと泣いていたのをよく覚えている。
冷たくて、寒くて、寂しくて、辛くて、苦しくて。
それでも、繋いだ手は温かくて――――。
「泣いたって、誰も帰ってこない」
――――そして、今。
雨に濡れる少女の顔は、泣いているようにも見えた。
しかしその瞳からは、一雫の涙も零れ落ちてはいなかった。
両腕はだらりと下がったままで、顔を拭う素振りも見せていない。
濡れるままに吐き出す吐息は、冷たかった。
「父さんも……兄さんも」
隣に、手を繋いでくれる兄はいない。
ひとりきり。
埠頭に立ち尽くしてただひとり、少女は雨に打たれていた。
顔に張り付く前髪の間から、大きな瞳が
「……それなら」
冷たく、寒く、寂しく、辛く、苦しく、そして。
手が、冷たくて――――……。
「それなら、私は――――」
……――――雨は、しばらく止みそうに無かった。
最後までお読み頂き有難うございます。
始めましての方は始めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです、竜華零です。
いよいよ「蒼き鋼のアルペジオ」二次創作の投稿を開始いたしました。
1年から2年程度の連載を予定しておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。
あらすじにも書きましたが、この物語は原作に1人の少女を加えた、言うなれば再構成ものになります。
原作に準拠しつつ、私なりの解釈で描いていければな、と思っています。
それでは、また次回。