蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth000:「雨の中で」

 ――――前にもこんなことがあったな、と、少女は思った。

 目の前には陽の光を遮る分厚い雨雲と、雨粒の波紋が広がる青灰色の海が広がっている。

 海風に(あお)られる水滴は少女の全身を濡らし、体温を奪い尽くしていく。

 額や頬に張り付く黒髪、肌の色が透けた衣服は、見ているだけで寒々しかった。

 

 

 少女は、埠頭(ふとう)にひとり立ち尽くしていた。

 

 

 ただしその埠頭――港は、相当に大きな規模のようだが、荒れ果てていた。

 焼け焦げたコンクリートの岩壁、砕けた鉄製の係留柱(ボラード)、折れ曲がった荷役用可動設備(ガントリークレーン)、骨組みだけになった倉庫群と、穴が開き着底した灰色の船舶……。

 周囲に人気は全く無く、(さび)れたと言う表現以上に寂れた港だった。

 そんな場所に1人でいると、余計にそう思える。

 

 

『泣くな』

 

 

 一方で、これは少女にとって初めての経験では無かった。

 数年前にも1度、こうして嵐の吹き(すさ)ぶ埠頭に1日中立ち尽くしていたことがある。

 ただしその時は1人では無く、手を繋いでくれる人がいた。

 

 

『泣いたって、父さんは帰ってこないんだ』

 

 

 少女の、兄だった。

 その時に兄がかけてくれた言葉を、忘れたことは無かった。

 兄は言った、泣いても誰かが帰ってくることは無いのだと。

 涙を流しても、失ったものを取り戻すことは出来ない。

 兄はそう言って、少女を叱った。

 

 

 それでもその時は幼かったから、涙は自然と溢れて止まらなかった。

 哀しくて仕方が無かったから。

 だから兄の言葉に頷きながらも、グスグスと泣いていたのをよく覚えている。

 冷たくて、寒くて、寂しくて、辛くて、苦しくて。

 それでも、繋いだ手は温かくて――――。

 

 

「泣いたって、誰も帰ってこない」

 

 

 ――――そして、今。

 雨に濡れる少女の顔は、泣いているようにも見えた。

 しかしその瞳からは、一雫の涙も零れ落ちてはいなかった。

 両腕はだらりと下がったままで、顔を拭う素振りも見せていない。

 濡れるままに吐き出す吐息は、冷たかった。

 

 

「父さんも……兄さんも」

 

 

 隣に、手を繋いでくれる兄はいない。

 ひとりきり。

 埠頭に立ち尽くしてただひとり、少女は雨に打たれていた。

 顔に張り付く前髪の間から、大きな瞳が()()()()()を見通そうとするように、真っ直ぐ前を見つめていた。

 

 

「……それなら」

 

 

 冷たく、寒く、寂しく、辛く、苦しく、そして。

 手が、冷たくて――――……。

 

 

「それなら、私は――――」

 

 

 ……――――雨は、しばらく止みそうに無かった。

 




最後までお読み頂き有難うございます。

始めましての方は始めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです、竜華零です。
いよいよ「蒼き鋼のアルペジオ」二次創作の投稿を開始いたしました。
1年から2年程度の連載を予定しておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

あらすじにも書きましたが、この物語は原作に1人の少女を加えた、言うなれば再構成ものになります。
原作に準拠しつつ、私なりの解釈で描いていければな、と思っています。
それでは、また次回。

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