蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth100:「真っ直ぐに」

 

 繰り返しになるが、霧と人類の作戦には『ハシラジマ』が必要不可欠だ。

 他に艦船クラスの物体を宇宙(ソラ)に上げられる手段は存在しない。

 あの「空の御柱」だけが、世界の希望なのだ。

 だからそれを折られると言うことは、まさに希望をへし折られると言うことに他ならなかった。

 

 

「おいおい、それってやべえんじゃねえのか!?」

「それ以前に、『ハシラジマ』に向かっている我々も危険です」

 

 

 イ404――今は『紀伊』だが――の発令所も、俄かにザワめいていた。

 何しろ、彼女達は今まさに『ハシラジマ』に向かっているのである。

 と言うか、もう幾何(いくばく)もしない内に到着すると言う状況だ。

 つまり、空から降下してくる黒い触腕に飛び込んでいく形だ。

 

 

 有体に言えば、危険地帯に自ら向かっている。

 どんな自殺志願者だ、と言う話だ。

 であれば回避に全力をかければ良いと言う意見もあろうが、問題は、逃げる先が無いと言うことだった。

 彼女達はすでに戦場の奥深くにまで入り込んでおり、今さら逃げ場など存在しなかったのだ。

 退くも地獄、そして進も地獄だ。

 

 

「どうするんだい!?」

 

 

 判断は、もちろん艦長であり提督である紀沙がしなければならない。

 まぁ、しかしそうは言っても、対応は不可能では無かった。

 確かに触腕を消滅させることは難しいが、要は『ハシラジマ』からズラせば良いのだ。

 『紀伊』の超重力砲であれば、そのくらいならば、理屈の上は可能だ。

 それだけの威力が、『紀伊』の超重力砲にはある。

 

 

「ただ、足は止めざるを得ないね」

 

 

 問題があった。

 今スミノが言ったように、停止しなければならないと言うことだ。

 ただでさえ超重力砲の砲撃は演算が難しい、霧の大戦艦も多くは航行しながら超重力砲は撃たない。

 重力子を扱うため、移動しながらの砲撃が危険過ぎるせいだ。

 そしてこの混戦の中で停止することは、極めて危険な状況に『紀伊』を置くことになる。

 

 

(……狙いは、私達の足止め……!?)

 

 

 ()()()に戦略の概念は無い、はずだ、食事に戦略も何も無い。

 だがこの状況は、紀沙達の足を止めるには十分なシチュエーションだ。

 どうするか、と、紀沙が判断しようとした、その時だった。

 

 

『――――そのまま進め、イ404!』

 

 

 何だ、と思う前に。

 太平洋の戦場の端で、天を引き裂く光の柱が立ち昇った。

 逆十字の形をしたそれを、紀沙は見たことがあった。

 ()()()――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ()()は、柄にもなく怒っていた。

 ()()()()ずっと、スコットランド沖の水底で眠りについていた。

 コアを自閉モードにして霧からも姿を隠して、そのまま沈んでいるつもりだった。

 ところが、今回の騒動である。

 

 

 ()()()は地上だけで無く、海底にまでその触手を伸ばしてくる。

 自分自身だけならばともかく、彼女にとって海底は、2人の()()の眠る墓標でもあった。

 それは彼女にとっては、不可侵の聖域。

 聖域に手を出す者を、()()はけして許さない。

 

 

「さっさと行って、あの醜いケダモノを消して来い」

 

 

 虹色の光がくすむ銀糸の髪、血の色の瞳に白磁の肌、黒いレースのゴシック・ドレス。

 2年以上ぶりに形成しただろうそのメンタルモデルは、かつてと寸分狂わず美しい。

 しかし今は表情に怒りの色が見えて、それを表すかのように、やはり久しぶりに形成した艦体からは白銀の輝きが溢れていた。

 それは光の逆十字となって、天を引き裂いていく。

 

 

「私達の墓標に、あんなものは要らない」

 

 

 彼女はかつて、リエル=『クイーン・エリザベス』と呼ばれた霧の大戦艦だ。

 その彼女が、振り上げた右手を振り下ろした。

 すると、天を割いていた光の逆十字が、まるで処刑人が振り下ろす斧のように動いた。

 天から振り下ろされた断罪の斧が、『ハシラジマ』を狙う黒い触腕を直撃する。

 

 

「……ッ」

 

 

 流石に。

 流石に重く、リエル=『クイーン・エリザベス』の腕が途中で止まった。

 切り落とすつもりで放った超重力砲の一撃だが、触腕の肉は思ったよりも分厚く、そしてただの肉では無いようだった。

 

 

 ならば、と、リエル=『クイーン・エリザベス』も紀沙と同じ判断をする。

 止まった手を水平に寝かせて、撫でるように横へと動かす。

 すると超重力砲の光が()()()、触腕の下へと射線が動いた。

 まるで、外科手術か何かのようだった。

 それによって、僅かに触腕の降下速度が遅くなった。

 

 

「これは……?」

「熱源、多数接近」

 

 

 気付いたのは、海域強襲制圧艦の『シドニー』と『メルボルン』の2隻だった。

 リエル=『クイーン・エリザベス』の光で降下速度が落ちたところへ、さらに多数の何かが近づいてきていたのだ。

 それも空に、それも多数が。

 そしてそれらは、雲間を引き裂きながら飛来した。

 

 

「……戦闘機!?」

 

 

 リエル=『クイーン・エリザベス』のさらに後方から飛来したそれは、星条旗の描かれた戦闘機群。

 アメリカの航空隊だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 太陽の光が水平線の向こうからやって来る。

 アメリカの戦闘機の編隊が現れたのは、そんな時間帯だった。

 もちろん、大陸からここまで自力で飛んできたわけでは無い。

 

 

「まったく、まさか人類の航空機を飛ばすことになるとは」

 

 

 『フューリアス』を始めとする、<緋色の艦隊>所属の海域強襲制圧艦だった。

 いや、今では空母の名を取り戻すべきかもしれない。

 彼女達は、<大海戦>以後20年を経て、自分達の本来の役割に戻ったのだ。

 連れてきたのは、アメリカ西海岸基地に所属するアメリカの空母艦載機だ。

 

 

 翔像がエリザベス大統領と直接折衝して、戦力を派遣してもらったのである。

 アメリカとしては、自国防衛に全ての戦力を割きたいところだったろう。

 だが翔像はそれでは問題の根本的な解決にならないと説き、エリザベス大統領はそれを受け入れた。

 懸命な判断だと、『フューリアス』は思った。

 人間にもなかなか合理的な判断が出来る者がいると、見直したぐらいである。

 

 

「全機発艦を確認。さぁ、我々も突っ込むぞ。『ハシラジマ』防衛艦隊を援護する」

 

 

 『フューリアス』の航空甲板から、最後の戦闘機が飛び立った。

 格納庫に満載した航空機が消えて、艦体が随分と軽くなったように感じる。

 甲板の上には、手旗を持ったちび『フューリアス』達がわらわらと駆け回っていた。

 後は、『ハシラジマ』艦隊を援護しつつ、攻撃を終えた艦載機を迎えに行くだけだ。

 

 

「さぁ、人間にばかり良い顔をさせておくことは無いぞ!」

 

 

 『ハシラジマ』へ向かいながら、『フューリアス』達の甲板に新たな艦載機が上がってきた。

 エレベータで上がってくるそれはアメリカの戦闘機では無く、<大海戦>時代、『フューリアス』達が運用していた()()()()()である。

 いくら()()()に目立った対空兵装が無いと言っても、人類の航空機だけで対抗するのは厳しいだろう。

 

 

「まさか続きだ。()()()、人類と共に飛ぶことになるとは!」

 

 

 それは霧にとっても、もちろん人類にとっても意外な作戦だった。

 霧と人類の航空機が共に飛んだのは、それこそ<大海戦>以来だ。

 ただし前回は、敵同士だった。

 今は味方として、人類と霧は同じ空を飛ぶ。

 世界を守ると言う共通の利益のために、かつての恩讐を越えて。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『レッド1、ミサイル発射(フォックス・ツー)!』

 

 

 国防総省(ペンタゴン)は、太平洋に送った自国の戦闘機が放った最初の一発、その結果を、固唾を呑んで見守っていた。

 アメリカが開発した戦闘機搭載型の巡航ミサイル――振動弾頭を備えた――の、最初の一発目だ。

 霧やそれに類する相手に対して使うのは、これが初めてだ。

 

 

 エリザベス大統領を始め、緊張を孕んだ表情でモニターを睨んでいる。

 触腕を表す黒い塊に、ミサイルを表す爪楊枝のような小さな点が進んでいく。

 編隊の先頭の戦闘機が放ったそれが、対空兵装に晒されること無く突き進む。

 あと1000…800…500…そして。

 

 

『め……命中! 命中!』

 

 

 わっ、と、その場が沸いた。

 立ち上がる者までいて、それだけ興奮の度合いが高かったのだ。

 霧との遭遇以来、初めて人類がまともに攻撃を成功させたのである。

 興奮するのも、仕方が無かった。

 

 

『攻撃! 全機攻撃せよ!』

 

 

 管制官の声も、どこか興奮していた。

 それを皮切りに、総攻撃が始まった。

 3隻の海域強襲制圧艦に分乗した約70機の米軍機が、黒い触腕に次々にミサイルを浴びせかける。

 そこに、霧の艦載機も加わってきた。

 

 

「いいぞ……いいぞ!」

 

 

 誰かの声が聞こえた。

 今はそれを咎める者もいない。

 霧との共同戦線に、違和感を感じない程に。

 

 

(これで、良い……きっと)

 

 

 エリザベス大統領は、そう思った。

 国民やメディアが今回の自分の判断をどのように判断するのかは、わからない。

 それでも、どんなに批判を浴びようとも、エリザベス大統領は今回の判断が正しかったのだと信じられる。

 人と霧が共に戦っていると言うその事実だけで、大きな成果なのだから。

 

 

 きっと、千早翔像も同じ考えなのだろう。

 彼もまた、今回の戦いを人と霧の歴史の1ページとするつもりなのだ。

 ただし彼は自分と違って、最前線にいる。

 そこは役割の違いとわかってはいるが、エリザベス大統領にとってはもどかしいところだった。

 

 

「ん……?」

 

 

 そんなことを考えていた時だ。

 エリザベス大統領は、ふと違和感を覚えた。

 もちろん人と霧の混合編隊に、では無い。

 戦略モニターが映す黒い触腕の高度、その数値が……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 思ったよりも降下速度が落ちない。

 リエル=『クイーン・エリザベス』はその事実に眉を顰めた。

 彼女自身は今も超重力砲を放って触腕を支えているが、それも長続きはしない。

 支えている間に、航空隊のミサイル攻撃で少しずつ位置をズラしていたのだ。

 

 

 だが位置がズレていく速度よりも、触腕の降下速度の方が速い。

 要するに、『ハシラジマ』から触腕の降下範囲をズラすのが間に合わないのだ。

 それは、リエル=『クイーン・エリザベス』としては面白くない。

 と、その時、霧の通信ネットワークから指示が飛んできた。

 

 

『航空隊。残弾一斉射の後、現空域から一時離脱せよ』

「『コンゴウ』か」

 

 

 『ハシラジマ』の『コンゴウ』だった。

 空中で、航空隊が次々に巡航ミサイルを発射している。

 ()()()に防空システムが無いので撃ち放題だが、やはり威力不足は否めなかった。

 霧の航空隊は、念のためミサイルを撃ち尽くした人類の航空機を護衛している。

 

 

『そして、旗艦クラスの大戦艦は超重力砲の発射シークエンスに以降せよ』

「……! 陣形を崩すのか?」

『照準データはこちらから送る、急げ!』

 

 

 狙いはわかる。

 要は『リシュリュー』や『ラミリーズ』を始めとする複数隻――それも、大戦艦クラス以上の――の超重力砲で、()()()と言うのだろう。

 だがそのためには、旗艦クラスの大戦艦達が超重力砲に集中する必要がある。

 その間に、海上の()()()に防衛線を突破されては元も子も無いが。

 

 

『大丈夫だ、その間は我々が支えよう』

 

 

 む、と、リエル=『クイーン・エリザベス』は自分の脇を抜けていく艦隊に気付いた。

 一個艦隊、数はそう多くは無いが、その艦体は皆紅かった。

 彼女達は<緋色の艦隊>、指揮している者はもちろん。

 

 

「『ムサシ』……いや、千早翔像か」

 

 

 翔像(ムサシ)と<緋色の艦隊>が、戦場に突入してきた。

 特に南側の――『ダンケルク』艦隊の抜けた穴が大きい――()()()の側面に突っかかって、包囲網に歪みを与えた。

 翔像は、『ムサシ』の甲板に立っていた。

 バイザーに、空を覆うグロテスクな触腕が写っていた。

 

 

「良し!」

「そう言うことなら……!」

 

 

 霧の旗艦達は戦線を一時後退して、『コンゴウ』から送られてきた照準データを基に、超重力砲の発射シークエンスに入っていった。

 これだけの数の超重力砲が一度に放たれることは、そうそう無い。

 何しろ1隻だけでも重力場に深刻な影響を与えかねない兵器だ、複数を同時に使えばそれだけ負担が大きくなる。

 

 

(嗚呼)

 

 

 リエル=『クイーン・エリザベス』は思う。

 ()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう思ったが、思うことに意味は無かった。

 

 

「さぁ、行け……イ404!」

 

 

 超重力砲の光が、戦場を埋め尽くした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 行け、と言われるまでも無く、紀沙はひた駆けていた。

 空を覆う黒い触腕を気にも留めず、黒い怪物や触手を掻い潜り、時に反撃する。

 エネルギーのほとんどを水力に回しているため、反撃は最小限だった。

 加速の衝撃で、小波(さざなみ)ですら鋼鉄にぶつかったかのような音を立てている。

 

 

「『白鯨Ⅳ』が遅れています!」

「右舷回頭! 陣形を再変更します!」

 

 

 もちろん、ただただ前進しているだけでは無い。

 イ401や他の『白鯨』との位置関係を維持するため、細かな航路調整を行っていた。

 ()()()の密度の濃い部分は避ける必要があるため、()()()こともある。

 前に進めば良いと言うものでは無い。

 

 

 右舷に船首を向けて曲げて、後ろ――『白鯨Ⅳ』達がいる後方――へと『紀伊』の主砲の砲口を向ける。

 撃て、紀沙の声と共に轟音が鳴り響く。

 砲撃は正確に海面を割り、レーザーが海面下を抉る。

 それは『白鯨Ⅳ』の位置にまで届き、『白鯨Ⅳ』を覆おうとしていた()()()の膜を吹き飛ばした。

 

 

「9時の方向!」

「回……」

 

 

 そうしていると、自分達の方が疎かになってくる。

 海面が爆ぜて、()()()()と歪んだ()()()が『紀伊』の艦首に取り付こうとしてくる。

 もはや人型ですら無く、ヘドロと言うか、不定形の何かと化していた。

 おそらく、人型が戦闘に向かないとでも判断したのだろう。

 今はそれが効果的で、無意味に鬱陶しい。 

 

 

「構わず行って、404!」

 

 

 回避が難しい、そんなタイミングだったが、飛び込んでくる艦がいた。

 北米艦隊の大戦艦『ミズーリ』、艦体はすでに満身創痍だが、メンタルモデルの士気は衰えていなかった。

 『紀伊』に襲い掛かった()()()に自ら突っ込み、艦首主砲で豪快に吹き飛ばした。

 ()()()の肉片が、雨のように降り注ぐ。

 

 

「ついて来て、先導する! 『ラドフォード』、『フレッシャー』は左右を!」

 

 

 それをかわすように滑りこんできた航空甲板を備えた巨大艦が、『紀伊』のエスコートを始めた。

 『サラトガ』だ、これも北米艦隊所属の霧の艦艇である。

 駆逐隊が、イ号艦隊の脇を固めてくれる。

 『ハシラジマ』まで、『紀伊』を護衛するつもりなのは明白だった。

 

 

 ちょうど、その時だった。

 『リシュリュー』達の放った超重力砲が、頭上の触腕に向けて放たれたのは。

 行け、404。

 そんな霧の()()が、今の紀沙にはネットワークを通して伝わってくる。

 

 

「…………」

 

 

 紀沙は、正面を見た。

 真っ直ぐに。

 まっすぐに。

 海の向こうに、天を貫く御柱が見えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 千早紀沙の戸惑いが、『コンゴウ』に手に取るように良くわかった。

 自身もまた超重力砲の発射光の中にいながら、『コンゴウ』が思ったのは戦局のことでは無く、紀沙のことだった。

 翔像や群像のことでも、『ヤマト』や『アドミラリティ・コード』のことでも無く、『コンゴウ』は紀沙を思った。

 

 

 『コンゴウ』の眼から見て、千早紀沙と言う少女は言うなれば人類至上主義者だった。

 霧を憎むあまり、霧の善意を否定し人の悪意を肯定するところがあった。

 逆に、硫黄島戦までの『コンゴウ』は霧至上主義者――と言うより、人類に関心が無かった――であったと、今なら思う。

 そんな『コンゴウ』だからこそ、紀沙の気持ちを推し量れるような気がした。

 

 

「まさか、人間と共に戦うとはな」

「え?」

「いいや、何でも無い」

 

 

 『ヒエイ』にそう応じて、『コンゴウ』は天空を睨んだ。

 今にも『ハシラジマ』に降下しようと言う触腕を、睨み上げる。

 あの醜悪な触腕が、霧が何年もかけて改修した『ハシラジマ』を砕こうと言う。

 それはひどく、不愉快なことだった。

 

 

(エネルギーチャージ……80……90……100……)

 

 

 リエル=『クイーン・エリザベス』、そして『コンゴウ』。

 『リシュリュー』、『サウスダコタ』、『ラミリーズ』、『プリンス・オブ・ウェールズ』、『ウォースパイト』、『アドミラル・グラーフ・シュペー』――旗艦クラス8隻が放つ超重力砲だ。

 おそらく、超重力砲の威力としては史上最大のものとなる。

 

 

「――――――――発射」

 

 

 『コンゴウ』の両の瞳が、激しく白く明滅した。

 レンズが共鳴し、重力場で形成した砲身から、膨大な光が放たれた。

 それは戦場の各所から放たれた他の光と共に、天空の黒い触腕を撃つ。

 計算された着弾点に、霧の旗艦達は正確に命中させた。

 

 

 それでも、重い。

 降下速度はそのままパワーにもなる、質量もある、弾力性もだ。

 僅かずつ、ズレていく、間に合わないかもしれない。

 『ハシラジマ』に落ちる、いや。

 

 

「――――どけぇっ!」

 

 

 一喝、と言う程でも無い。

 ただ人間の真似をしてみただけだ。

 人間の真似、ふ、と口元に笑みが浮かんだ。

 この『コンゴウ』が人間の真似など、随分と焼きが回ったものだ。

 

 

「なぁ、『イセ』よ」

 

 

 黒い触腕が、()()()に折れた。

 横合いから殴られて、溜まりかねて腰を引いたようにも見える。

 全てを動かすことは出来なかったが、降下地点はズラすことに成功した。

 最大の力で、最小の結果を勝ち取ると言う非効率がそこにはあった。

 だが、それで戦略目的は達成することが出来た。

 

 

「……『イセ』?」

 

 

 触腕が落ちてくる。

 『ハシラジマ』の側に降下してくる以上、衝撃と津波から『ハシラジマ』を守る必要がある。

 その備えと艦隊の退避を手配しつつ、イ号艦隊の迎え入れの準備を進めて。

 『コンゴウ』は、応答を返さない『イセ』に訝しみを覚えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『イセ』は、立てずにいた。

 

 

『――――『イセ』、『アカシ』。イ号艦隊が来る。『ハシラジマ』を起動させろ』

 

 

 『コンゴウ』からの通信はもちろん聞こえてはいたが、立ち上がることが出来なかった。

 通信に応えようとしたのか、あるいは他に目的があったのかは定かでは無いが、もごもごと唇を動かした。

 しかしそこから漏れたのは声では無く、ごぼ、と言う嫌な音だった。

 倒れた『イセ』の口元には、粘り気のある金色の液体が水溜まりを作っていた。

 

 

 これは、何だ?

 『イセ』のデータベースには存在しないものだ。

 だが何が起こっているのかはわかっている。

 コアからの命令が、メンタルモデルの肉体にまで届かない。

 

 

「……! ……!?」

 

 

 コアを、咄嗟に守った。

 その判断は間違いでは無かったようで、こうして()()を保っている。

 逆に言えば、それだけだ。

 それ以上のことは何も出来ない状態だと言うのに、()()()()()()()()()()()()

 

 

『どうした『イセ』、『アカシ』。応答せよ』

 

 

 そんな『コンゴウ』の通信の最中に、『イセ』の視界にある者が落ちてきた。

 『アカシ』だった。

 『イセ』の援護が無いままに『ボイジャー2号』に挑み、敗退したのである。

 ぴくりとも動かず、『コンゴウ』に救援を求めることも出来ない様子だった。

 

 

「これか……」

 

 

 そして『ボイジャー2号』はと言えば、軌道エレベーターへと手を伸ばしていた。

 不味い、と『イセ』は思った。

 『ボイジャー2号』は軌道エレベーターを破壊するつもりだ。

 それは、霧と人類の作戦の失敗を意味する。

 

 

「――――ふ……ッ!」

 

 

 起き上がろうとしたが、果たせなかった。

 自身を支えようとした腕には力が入らず、床に顔を打ち付ける結果にしかならなかった。

 これは、『ボイジャー2号』の攻撃によるものか。

 しかし、攻撃を受けた覚えなど無かった。

 

 

 ああ、よせ、やめろと、頭の中で思っても意味は無かった。

 『ボイジャー2号』の手が、軌道エレベーターに伸びていく。

 凄まじい振動が、その場を襲った。

 ぐ、と歯噛みしたが、視界の中の軌道エレベーターは健在だった。

 何だと思った時、水溜まりに波紋が生まれた。

 

 

(これは……下から?)

 

 

 振動は『ボイジャー2号』の方では無く、下から来ていた。

 しかもそれはだんだん近づいてきていて、徐々にだが、何か掘り進めているような音が聞こえてきた。

 そう、まるでドリルか何かで掘っているような……と、言うより、掘っている!?

 

 

「とぉぉおおぉうっ!!」

 

 

 眼鏡に白衣のメンタルモデルが、右腕に巨大なドリルを装備した状態で床を砕いて飛び出してきた。

 ナノマテリアルで補強した『ハシラジマ』の床を、外からここまで掘り進んで来たのか。

 どうしてそんなことをしたのかはわからないが、相手のを顔を見て、『イセ』は納得した。

 もし身体が動くのであれば、飛び起きて、抱きしめてキスしていただろう。

 

 

 何故ならば、そこにいたのは彼女の最愛の妹であったからだ。

 元霧の大戦艦、今はイ401の砲艦のオーナーをしている。

 『ヒュウガ』である。




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

リエル=『クイーン・エリザベス』再登場。

来週はリアルの都合で投稿をお休みします、すみません。
次回は再来週になります。

それでは、また次回。

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