蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

103 / 110
Depth102:「天空の目」

 やむを得なかったとは言え、やり過ぎた感は否めなかった。

 ナノマテリアルで補強しているとは言え、大戦艦級の砲撃は耐え難いものがあっただろう。

 そして実際、耐えられなかった。

 『ハシラジマ』は、そもそも戦闘を想定して設計されていないのだ。

 

 

「ケーブルのいくつかが損傷したね」

 

 

 『アカシ』が、端末を操作してエレベータの様子を確認した。

 エレベーター・ルームは爆発の余韻がまだ残っていて、足元にはまだ白煙がいくらか漂っていた。

 基部は比較的補強がされていたので無事だったが、ただでさえ軌道エレベータは脆い建造物だ。

 軌道エレベータを構成するケーブルの損傷は、宇宙空間への昇降システムにダイレクトに直結する。

 

 

 昇降の段取り自体は特に問題ない――例えば、『コンゴウ』の衛星砲は『ハシラジマ』から資材を上げて構築されたものだ――のだが、エレベータ自体に損傷があると話は別になる。

 何しろ地上から宇宙に人や物を上げようと言うのだ、僅かな狂いも許されない。

 まして、人間を上げるのは霧の側も経験が無いのだから。

 

 

「直せる?」

「調べてみないと何とも言えないよ、こんなもの」

 

 

 だが、時間が無かった。

 オペレーティングは『イセ』と『ヒュウガ』でお釣りが来るとしても、ケーブルと言う物理的な問題はすぐには対処できない。

 ナノマテリアルも、欠乏しつつある。

 繰り返すが、宇宙への昇降作業には僅かな狂いも許されないのだ。

 

 

「でも、やるしかないでしょ。もう時間も無い、『コンゴウ』のGOサインは今にも出るんだから」

 

 

 それでも、時間が無い。

 紀沙と群像は、スミノとイオナは今すぐにでもここに来る。

 だからすぐにでもエレベータを修復し、打ち上げ可能な状態にしておかなければならない。

 そして、『ハシラジマ』の防衛戦線はもう保たない。

 人類軍の航空支援も合って良く持ち堪えているが……。

 

 

「さっき『マミヤ』と『イラコ』から通信が来た。『ハシラジマ』の補給物資が尽きる」

 

 

 ナノマテリアルは、無尽蔵にあるわけでは無い。

 そもそも海流の中に含まれるナノマテリアルを霧のエネルギーとして精製するのは高度な技術が必要で、拠点に貯蔵しておける量にも限りがある。

 まして『ハシラジマ』戦が開始されて、もうどれだけの時間戦い続けているのか。

 補給・補修能力を超えてしまった、そうなっても無理は無かったのだ。

 

 

「私達で何とかするしか無いわ、イオナ姉さま達のためにも」

 

 

 そう言う『ヒュウガ』の目は、強い決意を感じさせた。

 『イセ』が頷き、『アカシ』がやれやれと頭を掻く。

 そして一方で、唯一沈黙していた『チョウカイ』が、がしょん、と鎧を鳴らした。

 彼女の視線の先には、砲撃でさらに口を広げた、『ヒュウガ』が通ってきた穴だった。

 

 

「……?」

 

 

 カツン、カツン……と、小さな音が聞こえた。

 それは足音だった。

 何者かが『ヒュウガ』の穴を通って、こちらへと近付いてきている。

 『チョウカイ』が見つめる中で、その人物は光の下にやってきた。

 その人物に気が付いた時、その場にいる全員がぎょっとした表情を浮かべた。

 

 

「あんたは……!」

 

 

 ()()()()()と、月の紋章(イデアクレスト)()()が揺れていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「来たか」

 

 

 『ハシラジマ』に入港すると、当然の顔をして『コンゴウ』がやって来た。

 傍らに『ヒエイ』を置き、入港してきたイ号艦隊を出迎える。

 別れてからさほど時間は過ぎていないので、再会と言うには早すぎる。

 ただ真瑠璃の目から見ると、やはり威圧感は流石と言わせるものがあった。

 イ15がスミノの背中に隠れようとしているのは、半分脱走艦だからか。

 

 

「早速だが、『ハシラジマ』を起動させる。まずイ401とイ404の艦体のコントロール権限をこちらへ渡してくれ」

「わかった。イオナ、頼む」

「……スミノ」

 

 

 イオナとスミノの艦体は、『ハシラジマ』側に一時預けられる。

 軌道エレベータ――真瑠璃達が見上げると、まさに「天の御柱」とでも言うべき巨大なタワーが遥か彼方まで伸びている――に設置し、()()()()()のだ。

 その時にはもちろん、それぞれのクルーも乗せて、だ。

 

 

 真瑠璃と『白鯨』は、ここまでだ。

 ある意味で人類側の実績作りが目的だったために、その意味では、すでに任務完了と言える。

 ()()()()

 結局、イ401を降りた時と何も変わっていない。

 肝心要のところで降りなければならない、これは真瑠璃の宿命なのかもしれなかった。

 

 

「群像くん。紀沙ちゃん」

 

 

 『コンゴウ』が『イオナ』と『スミノ』と権限コードのやり取りをしているのを待っている間に、真瑠璃は2人に声をかけた。

 思えば、2人とこうして向かい合うのは久しぶりのような気がした。

 そして、真瑠璃はいつも()()()()だと思ってしまう。

 踏み込めない一線を、どうしても感じてしまうのかもしれない。

 

 

「後は、お願いね」

 

 

 だから結局、真瑠璃に言えるのはこれくらいだ。

 もう少し、自分が馬鹿な人間であれば良かった。

 いつも真瑠璃は、自分に対してそう思ってしまう。

 自分がもう少し馬鹿な人間であれば、もっとみっともない真似も出来ただろうに。

 

 

「ああ。そっちも気をつけてな」

 

 

 そして、群像はこう言う男だった。

 真瑠璃も苦笑してしまう。

 地球の未来を背負っているなどと、考えてもいないのだろう。

 彼はきっと、今の状況を楽しんですらいるのかもしれない。

 地球と言う箱庭の外に行く、何とも彼らしいじゃないか。

 

 

「うん、大丈夫だよ。真瑠璃さん」

 

 

 ただ、紀沙には別のものを感じた。

 小さく微笑んで、紀沙は真瑠璃に向かって言った。

 

 

「ぜんぶ、終わらせてくるから」

 

 

 特別、妙なことを言っているわけでは無い。

 だがその言葉を発した時の表情が、真瑠璃の胸中に奇妙なざわめきを残した。

 この落ち着かないざわめきの名前を、真瑠璃は知っている。

 それは、「不安」と言う名前の感情だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 当たり前の話だが、『ハシラジマ』に観光用のルートなどは無い。

 元々が軌道エレベータの施設だ、半分は軍事施設のようなものだ。

 一般の市民は、そもそも足を踏み入れることすら出来ない。

 2050年代に入ってもなお、人類にとって宇宙は遠い存在なのだった。

 

 

「現在、この軌道エレベータは打ち上げシークエンスの最中にある」

 

 

 通路を歩きながら、『コンゴウ』は簡潔に軌道エレベータの設備について説明した。

 内容を理解する必要は無いが、一応知っておけと言うことだろう。

 理屈は簡単で、エレベータに取り付けられたカーゴを()()()()()だけだ。

 より言えば、途中まではエレベータの力で上がり、途中からは地球の自転による遠心力を利用する。

 

 

 軌道高度ごとにステーションがあり、そこは今は霧の拠点になっている。

 衛星砲のような、宇宙に展開される装備等はそこで管理しているのだ。

 ただ、今は()()()の本体が地球に取り付いているので、打ち上げにはかなりの危険を伴う。

 また軌道エレベータのエネルギーもギリギリで、打ち上げは一回が限界だ。

 戦いながら打ち上げをするのは、さしもの霧にも困難な作業だ。

 

 

「ただ、問題が1つある。()()()との戦いの影響で基部のエレベータ・ルームと連絡が取れていない」

「大丈夫なのか?」

「けして大丈夫では無いが、祈るしかないな」

 

 

 霧が「祈る」など、何とも笑えない冗談だ。

 おまけに、今からそれに乗るとなるとなおさらだった。

 クルーを後ろに従えて歩く形で、そして互いに隣り合う形で、紀沙は群像と歩いていた。

 2人、肩を並べて。

 

 

「エレベータ・ルームには『イセ』と『アカシ』がいる。彼女達に期待するとしよう」

「……変わったな、『コンゴウ』」

「そうか?」

「いや、それほどオレもキミを知っているわけじゃないが……」

 

 

 確かに、『コンゴウ』は変わったように見える。

 俗っぽい言い方をすれば、丸くなった。

 以前の彼女であれば、仲間を信じるなどと言う言葉を口にすることは無かっただろうし、そんな根拠の無い希望的観測を頼りにエレベータ・ルームに向かうことも無かっただろう。

 

 

 霧は、変わった。

 深く霧と関わっている人間ほど、異口同音にそう言った。

 紀沙も、そこを否定するつもりは無かった。

 ……その時だった、足元がぐらりと大きく揺れた。

 

 

「何だ?」

 

 

 紀沙達を手で制して立ち止まりながら、『コンゴウ』は天井を見上げた。

 床は――いや、『ハシラジマ』が小刻みに揺れている。

 起動に伴う振動では無く、もっと別の何かだ。

 それは――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 目だ。

 大きな目が、こちらを見つめていた。

 渦巻く雲の中から覗き込むように、天空に目が浮かび上がっていた。

 まるで、隙間から巨人が箱の中を覗き込んでいるかのように。

 

 

「姉さん!」

 

 

 その眼下で、『アンソン』が悲鳴のような声を上げた。

 『ダンケルク』の甲板上で、重い音が響く。

 それは、『デューク・オブ・ヨーク』のメンタルモデルが転がった音だ。

 倒されたと言うよりは、自分で転がったと言う方が正しい。

 

 

「無茶をするなぁ」

 

 

 『コスモス』が、呆れたようにそう言った。

 『デューク・オブ・ヨーク』はすぐに身を起こしたが、その動きは酷く緩慢だった。

 無理も無い。

 左脇腹の半分が消し飛んでいれば、俊敏な動きは難しいだろう。

 大穴が開いて、筋肉やら内臓やら――ナノマテリアル製の疑似的なものだが――が見えてしまっている。

 

 

「そりゃあ、僕も掴まなければ食べられないんだけどね」

「それにしたって、今のは無いと思うなあ」

「「第一、もったいないよ」」

 

 

 2人の『コスモス』が、同じトーンで喋る。

 双子と言うよりはドッペルゲンガーだろう。

 だったら出会って対消滅すれば良いのにと、意味の無いことを考えた。

 

 

「…………」

 

 

 対して、『デューク・オブ・ヨーク』は何も答えなかった。

 それだけ、ダメージが深刻だった。

 2人に増えた『コスモス』の攻撃――相手は攻撃のつもりも無いだろうが――をかわし切れずに、身体に触れられた。

 

 

 喰われることを防ぐために、喰われる前に自分で自分の身体を破壊した。

 わかりやすく言うと、刺さった棘を抜くのに周りの肉ごと抉り取ったようなものだ。

 メンタルモデルは霧にとって服のようなものだが、この服の厄介なところは、破れるとそれなりにダメージがあると言うことだった。

 

 

(……流石に、ヤバいわね)

 

 

 メンタルモデルの身体に慣れ親しんだ結果、霧は新しい可能性を得た。

 だが、デメリットもある。

 コアがメンタルモデルへの親和性を高めれば高める程に、メンタルモデルの損傷がコアに与える影響が大きくなる。

 まるで、人間と同じようにだ。

 

 

(おまけに、また何か良くわからない現象が出てきてるし)

 

 

 『ハシラジマ』のちょうど真上に、黒い霧の塊のようなものが出現した。

 そしてそこから、巨人の目が『ハシラジマ』を覗き込んでいる。

 神様が楽園(エデン)を眺める時、ちょうどあんな感じだろう。

 あれは何だ、新しい()()()か?

 

 

「キッ……ついわぁ」

 

 

 生きて勝ち残るつもりだと言うのに、面倒ごとばかり。

 本当に、嫌になってくる。

 だがそれでも、諦めている場合では無い。

 

 

「心外だなぁ」

 

 

 ()()()()と。

 ブチブチと嫌な音をさせながら、『コスモス』は笑った。

 『デューク・オブ・ヨーク』の思考を読んでいたかのように、千切った()()を放り投げた。

 身構える、何を投げた?

 

 

「僕()()、出された食事は残さない主義なんだ」

 

 

 ()()()()()()()()

 そんな笑えない冗談を言いながら『コスモス』が投げたのは、()()()()

 先程の腕で理解している、『コスモス』は己の肉片から増殖することが出来る。

 指の数は、人差し指から小指までの4本。

 4本だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 張り子の虎とは、まさにこのことだった。

 翔像は、自分の今の状態を省みてそう自嘲した。

 彼は『ムサシ』の艦体を操っているが、それは、彼にとっては酷く難しいことだった。

 人間の脳の演算力では、超戦艦の艦体を維持するだけで限界なのだ。

 

 

「いよいよ、出るものが出てきたな……」

 

 

 天空に現れた「目」を見上げて、翔像は深く息を吐いた。

 赤黒い雲の渦に、浮かぶ目。

 まるで三流の自由詩のような言葉だが、そうとしか表現できない。

 しかし、考えてみれば当たり前のことだ。

 

 

 どんな生き物にも、腕もあれば目もある。

 つまりあの目は、今この地球を覆いつつある()()()の目だ。

 こちらの様子を窺うように覗き見るのは、何者かが自分に近付こうとしていることに気付いているのか。

 見つめているだけで、心の中のどす黒いものが浮かび上がってくる気さえした。

 

 

「『フューリアス』、航空隊を一度下げさせろ」

 

 

 見下しているのだろうか、我々を。

 ()()()は、霧の進化系の1つであるとも言える。

 <宇宙服の女>も、ある意味ではそうだ。

 そんな存在を食事と認識している()()()は、遥か進化の先からこちらを見下している。

 言うなれば、人間がサルを見るような目で。

 

 

「あれを人間が長く見ていると、気が狂ってしまう」

 

 

 肉体を壊さなくとも、心が壊れれば人は死んでしまう。

 おぞましさを通り過ぎて、あの目に神性を感じてしまう者もいるだろう。

 ああ、そうだ。

 きっと古の預言者が見た「世界の終わり」とは、このようなものなのだろう。

 

 

「だが、決して終わりにはさせない」

 

 

 そうでなければ、『ムサシ』……そして、『ヤマト』に申し訳が立たない。

 2人とも、人類を、霧を、世界を信じて逝ったのだ。

 残された者には、それを守り抜く義務がある。

 ――――そうだろう?

 

 

「『シナノ』」

 

 

 ええ、と、どこかから風に乗って返事が届いた。

 いや、それは翔像のほんのすぐ傍から聞こえてきた。

 どぱん、と、海面が一瞬盛り上がって、そして爆ぜた。

 海面を突き破って『ムサシ』の両側に現れたのは、2隻の超戦艦だった。

 

 

 霧の超戦艦『シナノ』、最強の海域強襲制圧艦。

 そして今1隻は『ヤマト』、改め超戦艦『コトノ』。

 ようやく、それぞれの所定の海域からこちらへと自分自身を転移させて来たのだ。

 2人のメンタルモデルは、翔像と同じように天井の目を見つめた。

 

 

「『コトノ』君、『ナガト』と交戦したと聞いたが」

「ああ、はい。大丈夫です千早のおじさま」

 

 

 敵に鹵獲――鹵獲と言う表現で良いのか微妙だが――された『ナガト』の片割れは、すでに封印処置がされていた。

 結構、危なかった。

 だが、心強い援軍によって九死に一生を得たのだった。

 

 

「いや……心強いっていうのは、ちょっと違うかな……」

 

 

 やはり微妙な表情を浮かべて、『コトノ』は「うーん」と軽く唸った。

 何しろ『コトノ』を助けた存在は、味方と言うには余りにもクセが強い者ばかりだったからだ。

 そして当然、その者達もこの海域に来ている。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 何と言うか、その艦隊は本当に特異な存在だった。

 超戦艦『ヤマト』が黙認していたと言うこともあるが、本来はあり得ない組み合わせだった。

 彼女達はそれぞれに本来いるべき艦隊があるにも関わらず、そこに戻らなかった。

 理由は、たぶん「何となく」だ。

 

 

「とぉ……………っても!」

 

 

 『タカオ』は、2人の妹を抱き潰していた。

 『マヤ』と『アタゴ』は共に黒のワンピースドレス姿で、すっかり()()()()していた。

 髪もしっかり結い上げていて、まるでパーティーにでも行っていたかのようだ。

 『アタゴ』の手には、年代物らしいヴァイオリンまで握られていた。

 

 

「良かったわよ2人とも! 最高のコンサートだったわ!」

「わぁい、ありがと~」

「ちょっと、お化粧が崩れちゃうから!」

 

 

 コンサート――そう、『タカオ』達がこの2年間何をしていたかと言うと、ヨーロッパで音楽留学をしていたのだ。

 聞けば多くの者が「は?」と反応を返すだろうが、事実である。

 ヨーロッパの音楽学校に入学し、名のある音楽家の指導を受けて、コンサートまで開いた。

 世界が大変な時に何をと思うかもしれないが、『タカオ』にとってそんなことは些事であった。

 

 

「それに付き合う私らもどうかって話だよなぁ」

「タグがたくさん増えた。私は満足だ」

 

 

 『キリシマ』と『ハルナ』は、そんなタカオ型姉妹の様子を離れたところから見つめていた。

 何やかんやで『タカオ』に付き合った彼女達は、お人好しと言うか、引きずられやすい性格と言うか。

 あるいは、それくらいに一緒にいるのが普通になったのか。

 ふと、『キリシマ』が何かを思い出したような顔になって、きょりょきょろとあたりを見回した。

 誰かを探しているのだろうか。

 

 

「おい、『レパルス』はどこ行った?」

「ご主人なら引き籠ってる。『プリンス・オブ・ウェールズ』が怖いから」

「あいつまだそんなこと言ってんのか……」

「仕方ない、とんだ腑抜けだから」

「お前は主人に対して容赦が無いなほんと」

 

 

 元々、『ヴァンパイア』がメンタルモデルを形成しているのは、主人である『レパルス』の目と耳になるためだ。

 その意味では正しいと言えるが、大元が間違っているので、やはり正しくは無い。

 今さら『プリンス・オブ・ウェールズ』が過去を持ち出してくるとは思えないが、それでもビビって引き籠るのが『レパルス』と言う霧の艦艇だった。

 

 

「直上に高エネルギー反応。『タカオ』、いつまでも妹とじゃれてないで」

「402と手を繋ぎながら言っても説得力無いわよ!」

「……400……恥ずかしいから……」

「え」

 

 

 そして潜水艦400と402、イオナ達の姉妹でもある2人だ。

 こちらは『タカオ』の指摘通り手を繋いでいるのだが、402の方は若干辟易としている様子だった。

 400の言った直上と言うのは、天空に現れた目のことである。

 今、その目の中心に紫色の輝きが生まれようとしていた。

 

 

 収束されていくエネルギーは、どう見ても『ハシラジマ』に向けられている。

 『ハシラジマ』を潰そうと言うのだろう。

 別に『ハシラジマ』なぞ『タカオ』にとってはどうでも良いが、1つだけ看過できないことがあった。

 今、『ハシラジマ』には()()()()がいるのだ。

 

 

「ふん……」

 

 

 鼻で笑って、『タカオ』は天空の目を睨んだ。

 まったく、つい今しがたまで良い気分だったのに、ぶち壊しだった。

 あまつさえ、あんなおぞましく不快なものが()()()()を狙っている。

 そんなことを、『タカオ』が許すはずが無かった。

 

 

「おい、どうするんだ?」

「どうする? 決まってるじゃない……」

 

 

 『キリシマ』の言葉に、『タカオ』は当然だと言わんばかりに答えた。

 こう言う場面で、自分達がすることなど一つしかない。

 

 

「……――――合体よ」

 

 

 その言葉に、『タカオ』を含む全員の瞳が、霧の輝きを放った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 あ、これは死んだな。

 4人の『コスモス』に襲い掛かられた時、『デューク・オブ・ヨーク』はそう思った。

 そしてそれは、メンタルモデルの身体を喰い破られた瞬間に確信へと変わった。

 これはもう、勝って生き残ると言うのはどうにも無理そうだった。

 

 

 ()()()()と、肌が食い破られ、肉が裂かれる。

 ()()()()()()と、内臓を引き出され、血を啜られる。

 家畜の気分を味わらされているようで、酷く気分が悪い。

 人間であれば、とっくにショック死ししているだろう

 

 

「姉さ――――!?」

 

 

 妹の『アンソン』が助けに飛び出して来ようとしたので、自分の艦体を操船し、ぶつけて止めた。

 今、飛び出してくることには何の意味も無かった。

 自分が打った対策も、『コスモス』に対しては最後には意味が無かった。

 

 

「……ッ」

 

 

 喉笛を、食い千切られた。

 カヒュッ、と、空気の抜ける奇妙な音がして、その弾みで視界がズレた。

 すると、視界の端で光の粒子が舞っていることに気付いた。

 近くでは無い、少し離れた場所だ。

 

 

 その光の粒子はやがて勢いを増し、柱になろうとしている。

 どんどん力強くなっていくそれは、次第に天空へと昇っていく。

 まるで、『ハシラジマ』を睨むあの「目」を貫かんとするかのように。

 そしてそのことに気付いた時、『デューク・オブ・ヨーク』は笑った。

 

 

「……ッ、……ッ」

 

 

 喉が無いので、鳴らすことが出来なかった。

 だが、『デューク・オブ・ヨーク』は笑った。

 ()()()()()と、()()()に対して笑った。

 声は出せなくとも、笑っていた。

 

 

 視界の半分に、口蓋が見えた。

 それは『コスモス』の口、歯、舌。

 リンゴを齧るような音と共に、『デューク・オブ・ヨーク』の視界は半分消えた。

 それでも、『デューク・オブ・ヨーク』は嗤う、何故なら確信していたから。

 ――――お前達は、敗北する。

 

 

「ぐ……ッ」

 

 

 まだ動く腕で、自分に喰いついている『コスモス』を掴んだ。

 逃がすまいと、そうしているようにも見える。

 だが、その行為に何の意味があるのか。

 

 

「何のつもりかな?」

 

 

 最初の『コスモス』が、その疑問を素直に口にする。

 喉が潰れた『デューク・オブ・ヨーク』に、答える術は無かった。

 だが、代わりに答える者がいた。

 その人物は、『コスモス』の足を掴んでいた。

 

 

「……?」

 

 

 もちろん、触れただけで捕食が始まる。

 しかしその人物――『ダンケルク』は、甲板に這った体勢のまま、『コスモス』の足に触れていた。

 捕食、同化している間は、『コスモス』も動けない。

 そしてもう片方の手で、『ダンケルク』は何か、小さな半球体の物質(コア)を持っていた。

 

 

「せめて」

 

 

 掠れた声で、『ダンケルク』は言った。

 勝てないまでも。

 倒せないまでも、せめて。

 

 

「足の一本くらいは、貰っていくぞ……!」

 

 

 『コスモス』が、初めて驚きに目を見開いた。

 次に誰かが動き前に、それは起こった。

 『ダンケルク』のコアが、凶暴なまでの光を放ち始めた。

 それはその場にいる全員の視界を奪い去り、次の瞬間、光が途切れ。

 爆発した。

 

 

「だ、『ダンケルク』ッ……。ね……姉さん――――ッ!!」

 

 

 爆発に押し流されながら、『アンソン』が声を上げた。

 しかしその声も、爆発の波に呑み込まれて。

 やがて、聞こえなくなった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『ハシラジマ』北側にいる『レキシントン』は、()()を見て明らかに不機嫌になった。

 霧でさえ気にしている者は少ないが、彼女はかつて()()にやられたことがある。

 だから()()を見た時、『レキシントン』は不機嫌になった。

 

 

「さっさと終わらせてよね、見ていて不快ったら無いわ」

 

 

 ()()

 それは、まさに合体だった。

 9つの霧のコアが、激しい共鳴反応を見せ、星の如く大きく煌めく。

 中央に3つ、縦に4つ、左右に2つ。

 

 

 『タカオ』型の3隻が船腹を互いに向ける形で中央に並び、さらにその外側を戦艦級3隻の艦体が包み、後ろと左右に駆逐艦と潜水艦がついている。

 互いのエネルギーが互いに干渉し、無数のレンズの間で雷鳴(スパーク)が走っていた。

 その雷鳴が輝く時、中心に大きな筒のようなものが象られているのがわかる。

 

 

「縮退エネルギー臨海」

 

 

 重巡洋艦3隻のコアが、防御の全てを放棄して膨大な超重力子を精製する。

 それを戦艦級3隻のコアが「場」として留め、駆逐艦と潜水艦の3つのコアが方向付けをする。

 重力子の巨大な大砲に、弾込めをしているのだ。

 そして臨海を迎えた()()は、爆発と見紛うばかりの圧力を周囲に与える。

 

 

 この合体の弱点は、防御の手段が無いことだ。

 しかし臨海した縮退エネルギーの余波と圧力は、海面を這って来た()()()を溶かしてしまった。

 戦場の音のすべてを、1人で放っている。

 今、戦場のすべての「目」は、間違いなく彼女達を見つめていた。

 

 

「愚鈍ねぇ、やっとこっちを()()()

 

 

 天空の「目」も、『タカオ』達の方を見ていた。

 『ハシラジマ』よりも自分達を見ていることに、『タカオ』は満足そうな顔をする。

 そう、それで良い。

 お前はこっちを見ていれば良いのだと、そんな表情を浮かべていた。

 

 

 『ハシラジマ』にいる人間は、あんなおぞましい化け物が見て良いものでは無いのだ。

 余りにも、もったい無さすぎる。

 そこにいる人間は、あんなものが見つめるには眩しすぎる。

 ああ、でもだからと言って。

 

 

「『タカオ』お姉ちゃん、空間変異制御完了だよ」

「トリガー回すわ。あんまり長く維持するとこの海域の空間が断裂しかねない」

 

 

 素晴らしい。

 妹達の健気さに、『タカオ』は倒れた――「ちょっ、だから早く撃ってってば!」――が、『アタゴ』がそう言うのですぐに立ち上がった。

 そんなことをしながらも、きちんとトリガーは受け取っている。

 智の紋章(イデアクレスト)が、顔の、肌の上に浮かび上がっていく。

 

 

「気持ちはわかるけど」

 

 

 約束した。

 かけがえのない人と、あなたの子を守ると。

 まぁ、と言うか、ぶっちゃけ。

 

 

「汚い目で、私の妹を見てんじゃないわよ」

 

 

 それで十分だった。

 『タカオ』がトリガーを引いた一瞬、全ての音が消え去った。

 1秒にも満たない刹那、スパークすらも消えて、しんとした。

 かと思った次の刹那、膨大なエネルギーが発生した。

 

 

 天空の目が、ぎょっと驚いたように見えた。

 それに笑みを浮かべて『タカオ』は手指で銃を象り、「ばん!」と唇を動かした。

 光を撃った。

 次に起こった現象は、そうとしか表現できなかった。

 海から放たれたその光は、真っ直ぐに天空を引き裂いたのだった――――……。




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

次回、とびまーす!(おい)
それにしても軌道エレベータってロマンですよね、現実でも建造されないかなあ。

それでは、また次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。