蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth104:「第2ステーションにて」

 

 軌道エレベータ。

 それは、人類が宇宙進出の拠点とするために建設した国際建造物である。

 現在は霧の管理のもと、専ら地表部分の強化が施されていた。

 ただしこの巨大な建造物は、実はまだ未完成である。

 

 

 完成しているのは地表3万6千キロメートル、いわゆる静止軌道と呼ばれる高度までだ。

 そこには第2軌道ステーション――第1は高度2千キロにある――と呼ばれる「駅」があり、ここには宇宙進出用のドックがある。

 人類の建設計画が順調に進んでいれば、ここで宇宙船の建造が始まるはずだった。

 その前に、人類は軌道エレベータを放棄せざるを得なくなった。

 

 

 また霧も強化・維持しこそすれ、建造を続行することは無かった。

 だから、最終完成形では10万キロに達するこの軌道エレベータは、完成の目途がまるで立っていない。

 それだけの資材と意思が無かったためだ。

 だが霧による占拠が無くとも、建設が続いていたかはわからない。

 これだけの巨大な建造物を建設し続けるには、大きな政治的意思が必要だったからだ。

 

 

<人類の平和とさらなる繁栄のために>

 

 

 そんなお題目だけでは、人類の結束は保てなかった。

 こんなエレベータひとつ、建てることも出来ない。

 だからその意味で、霧に占拠されたことは良かったのかもしれない。

 少なくとも、この軌道エレベータが新たな紛争の種となることだけは避けることが出来たのだから。

 

 

 そして、霧が軌道エレベータを残していたことも正しかった。

 軌道エレベータが無ければ、この事態への反撃の糸口を掴むことは出来なかっただろう。

 霧との大戦を想定した人類の<大反攻>計画も、今となってはこのためにあったのではないかと思える。

 運命だ。

 その一言で全てが表現できる程に、何もかもが繋がっていた。

 

 

 あるいはこれは、予定されていたことだったのかもしれない。

 <宇宙服の女>が、地球に墜ちた時から。

 あるいは、<はじまりの三人>が『アドミラリティ・コード』を起動させた時から。

 何もかもが、ここに辿り着くための布石だったのかもしれない。

 ステーションから見える、蒼穹の惑星を見下ろしていると、そんな気持ちになってくる。

 

 

 嗚呼、世界って、こんなにも小さかったのか。

 ステーションから地球を見下ろした紀沙は、そう思った。

 そして、自分の小ささに気付かされる。

 宇宙(ここ)は、そういう場所なのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 身体が、ふわふわする。

 カーゴが停まったのは、高度3万6千キロメートル()()の第2ステーションだ。

 ステーション――駅と言うだけあって、設えは地上の建物を模している。

 少し難があるとすれば、内装を担当していただろう霧が何かを勘違いしていたらしい、と言うことくらいだ。

 

 

「緑豊かな……って、限度があるだろ」

 

 

 良く人工物の中に植物を置いて雰囲気を柔らかくする手法があるが、流石にジャングルを再現するのはどうかと思う。

 やたらに背の高い苔むした樹木に、足元を覆う茂み、蔦、土まで敷き詰められている。

 カーゴを出た瞬間、どこかの遺跡にでも迷い込んだかと思った。

 

 

 天井を見上げると、人口の照明が太陽光を模した明かりを灯していた。

 白く柔らかい光は、見ているだけで安心感を与えてくるかのようだ。

 そう言う意味では、成功していると言える。

 こんな内装は、およそ人間には無理だろう。

 

 

「さて、当座の方針だが――内部の把握、と言うことで良いかな?」

「そうだな。火器、通信、エネルギー、ドックの確認は必要だろう」

「だったら、それぞれ専門家同士で組ませるのが良いんじゃないでしょうか」

 

 

 ゾルダン、群像、紀沙。

 便乗者(ゾルダン)も含めて、3人の霧の艦長――『アドミラリティ・コード』の主達――だ。

 別に向かい合うでも見つめ合うでもなく、それぞれ適当な方向を向いて、傍にはそれぞれの艦のメンタルモデルを置いて、しかし会話だけは交わしていた。

 

 

 まぁ、適当な方向を向いて、と言う表現はやや語弊があるだろうか。

 何しろ、彼女達自身がふわふわと宙に浮いている状態なのだから。

 要は無重力と言うことだが、正直、不慣れだった。

 どこかへ飛んでいかずに済んでいるのは、安全帯(命綱)をつけているためだ。

 

 

「ふむ。人数の少ないうちが不利な条件とも言えるが……」

「それくらいは譲歩してください。無理やり乗って来たんですから」

「別にこちらは2隻で出来ないことも無いわけだからな」

 

 

 話しながら、やるべきことはすでに合意していた。

 まず、ステーションの状況を把握する。

 改装を担当していた霧も含めて、ステーションは無人の状態だ。

 この巨大な建造物の全体を動かす必要は無いが、ドック周りぐらいは稼働させなければならない。

 ステーションは手段であって、ここがゴールでは無いのだから。

 

 

「まぁ、仕方あるまい」

「私達は管制ルームで良いですか?」

「ああ、それで良いと思う」

 

 

 話し合いは終わった。

 後は、行動あるのみ。

 3人の艦長達は、それぞれのクルーの方を向いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 嗚呼、と、紀沙は胸の内で感嘆の吐息を漏らした。

 それは、自分のクルーに向けられたものだった。

 本当に、心の底から、思う。

 このクルー達は、自分などには本当にもったいないくらいだったと。

 

 

「いくらかイレギュラーもありましたが……。それでは、所定の計画通りに」

 

 

 2年……いや3年?

 この面子(めんつ)でイ404に乗り込んで、もうそれだけの時間が経ったのだ。

 長いのか短いのか、ちょっとわからない。

 10代の内の3年と言えば、長いようにも感じる。

 

 

 ただそれ以外の時間を軍属――学生時代も含めて――として過ごした紀沙にとって、長いとも短いとも思えなかった。

 それが、紀沙にとっては普通のことだったからだ。

 けれどクルー達にとっては、10代の少女に付き従うこの3年は長いと感じたかもしれない。

 

 

「皆さん」

 

 

 礼を言うべきだろうか?

 こんな至らない自分にここまでついてきてくれたことについて。

 だが結局、紀沙は何も言わなかった。

 

 

「これが、()()()()()()()()()()

 

 

 不意に、クルー達の纏う雰囲気が重くなった。

 それに、紀沙は嬉しくなった。

 皆が自分の言葉を真剣に受け止めてくれている気がして、嬉しかった。

 同時に、申し訳なく思った。

 

 

 最後の作戦(ラストミッション)

 そう銘打って、あらかじめ説明しておいたこの作戦。

 後ろめたさは無い。

 どうせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 けれど、自分の都合に付き合わせることになるクルーには申し訳ないと思った。

 

 

「今更だぜ、()()()()()

 

 ――冬馬さん、また一緒に料理がしたかったな。

 

「気は進まないけど、あんたが自分で決めたことなら何も言わないよ」

 

 ――梓さん、貴女みたいな軍人になりたかったな。

 

「……お守りします、最後まで」

 

 ――静菜さん、もう少しお喋りしておけば良かったな。

 

「約束は忘れないでね~」

 

 ――あおいさん、最後まで掴み所の無い人だったな。

 

「……僕は一緒に行くよ、キミの主治医だからね」

 

 ――良治くん、ごめんね。もし次があったらもう少し言うことを聞くよ。

 

「ご武運を、艦長」

 

 ――恋さん、いつも何も言わずに支えてくれて有難う。

 

「帰ってくるよね?」

 

 

 不意に、袖を掴む力があった。

 蒔絵だった、不安げな瞳に、紀沙は笑いかけた。

 大丈夫だと言うように頭を撫でて、しかし言葉にはしなかった。

 言葉には、できなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 副長と言う役職は、外部から見ると何のためにいるのかわからない役職だ。

 いわゆる軍艦における副長は、艦長の補佐役――つまりナンバー・ツーと認識されることが多い。

 ただし、海軍では副長のことをナンバー・ツーではなく「ナンバー・ワン」と呼ぶのが慣例だ。

 戦闘時には指揮に集中する艦長に代わり、艦の保全に責任を負う立場である。

 

 

 艦長に万が一があった場合には、艦長の職を代行することもある。

 重要で、目立たず、それでいて力をも持てる位置だ。

 だからこそ副長には艦長との間で厚い信頼関係が無ければならない、野心家に副長は務まらないのだ。

 

 

『やあ、ドックの方は普通のようですね』

『規格は……霧が統一したようですね。有難いような複雑なような……』

 

 

 恋と僧の副長2人は、ステーション下層のドックまで下りてきていた。

 ドックのイメージとしては、楕円形のステーション下部の表面の一部が開閉し、航空機の貨物扉のような形で外へと通じる道が出来ている。

 もちろん、航空機の貨物室とは規模がまるで違う。

 恋や僧にしてみれば、横須賀の地下ドックを連想するかもしれない。

 

 

『霧は人類と違って規格を分けませんからね』

 

 

 僧の言っている「規格」とは、ステーションの各所で採用されている工業製品の規格のことだ。

 軌道エレベータのような多国間での国際建造物では、区画の担当国ごとに規格が別々ということがままあった。

 わかりやすく言えば、車両が日本製、レールが欧州製、電気系統がアメリカ製の鉄道とでも言えば良いだろうか――もちろん調整はするだろうが、限界がある。

 

 

『合理的に考えれば、もちろんそれが正しいのでしょうね』

 

 

 正直、各国の規格の違いをどうしようかと言う悩みもあったので、有難くはあった。

 ただ恋のように国と密接に関わっている人間からすると、複雑な気持ちにもなるのだった。

 

 

『さて……3隻分の()()か。準備だけでも骨が折れますね』

 

 

 2人は今、白い宇宙服に身を包んでいた。

 会話も通信越しだ。

 ステーション内部は霧製の循環装置のおかげで空気もあり、呼吸ができる。

 だが流石に宇宙空間と壁一枚で繋がるドックともなると、そうもいかなかった。

 霧であれば、そんなことを考慮する必要は無いのだろうが……。

 

 

『確かに、時間がかかりそうだ』

 

 

 メット越しに、恋はそう応じた。

 目の前には、何もない、がらんどうの乾ドックの空間が広がっている。

 とりあえずの計画では、ここで地上から持ち込んだナノマテリアルと軌道エレベータに使用されているナノマテリアルを使用して、艦体を復元することになっている。

 

 

『……3隻なら、ね』

 

 

 時間は、あまり残されていない。

 恋はさっそく、()()に取り掛かることにした。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 奇妙な関係ではあると思う。

 ステーションの燃料廠を確認に行くのは、各艦の水雷長である。

 その中で、梓は他の2人を見ながら奇妙な関係だと思ったのだ。

 アリューシャンで一度会ったが、それ以外はほとんど戦場でのすれ違いだ。

 

 

 だから、奇妙と思える程に他の2人――杏平とロムアルド――について、知っているわけでは無い。

 梓から見れば、どちらも「年下の少年」と言うくくりになるか。

 特にロムアルドは、もはや少年と言うより「男の子」と言った方が良い。

 とにかく、そんあ2人とステーションの燃料廠を確認に行っている。

 そこには、霧が蓄えた弾薬や魚雷も保管されているはずだった。

 

 

「うわぁ、すごいや」

 

 

 無重力の通路を若い2人はすいすいと進んでいく、適応が早くて羨ましい限りだ。

 梓も持ち前のボディバランスで器用に床や壁を蹴り、前に進んでいる。

 だが若い分、杏平やロムアルドの方が動きが軽やかだった。

 そんな折、ロムアルドが子供らしい歓声を上げた。

 

 

 ステーションの待合室に相当するその場所は、壁面は窓になっている。

 地上で言えば空港が近いだろう、滑走路の飛行機が見えるように壁面をガラス張りにするのだ。

 計画通りなら、ここから見える景色には宇宙に進出しようとする宇宙船の姿が見えたのだろう。

 だが今は艦船などあるわけが無く、ステーションの一部と、どこまでも広がる暗黒の星々の世界が見えるだけだった。

 

 

「おー。何かこう言うの見ると、ほんとに宇宙に来たんだなって思えるよなぁ」

「わ、わっ。今の流れ星かなっ」

「おっ、どれだ? かーっ、見逃した!」

 

 

 それにしても、本当に奇妙だ。

 男だからなのか、少なくとも一度は命の取り合いまでした『U-2501』とイ401の水雷長が、無邪気にガラスに張り付いて騒いでいる。

 初めての宇宙に興奮する気持ちはわからないでも無いが、梓はそこまで騒ぐ気にはなれなかった。

 むしろ、どうしてそんな風に騒げるのかの方が理解できなかった。

 

 

「ちょっと。そんな油売ってる時間は無いよ」

 

 

 実際、そんな時間は無かった。

 彼女達は一刻も早くステーションの内情を把握し、地球への脅威を取り除かなければならなかった。

 だから、ただの観光客のように初めての宇宙に喜んでいる時間は無い。

 楽しんでいるところに水を差すのは、気が進まないが。

 

 

 ああ、と、梓は嘆息した。

 まったくもって気は進まないが、仕方がない。

 これは命令なのだから。

 方針、望み、まぁ何でも良い。

 それは、梓がやらなければならないことだ。

 

 

「やれやれ……」

 

 

 腰に手を当てて、溜息を吐く。

 その手は、腰のホルスターに当たっていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まぁ、気まずさを感じていたのは確かだ。

 しかし、だからと言ってそれで手元が狂う程に無能なつもりは無かった。

 加えて、腕っぷしにはそれなりに自信があった。

 まして冬馬の相手は、2人とは言え女性なのだ。

 

 

「甘く見ないでください。私、これでも結構強いですよ?」

 

 

 と言うのは、イ401のソナー手である静である。

 彼女と『U-2501』のソナー手フランセットは2人で並んでいて、反対側の壁に顔面からぶつかっている冬馬を睨んでいた。

 静は、()()()()()()姿()()()()()だった。

 無重力なので床では無く、壁を支点にしている。

 

 

 まぁ、冬馬を()()()直後なのだから、その体勢はむしろ当然だった。

 問題なのは、なぜ蹴ったのかと言う、理由の方だっただろう。

 冬馬がセクハラでも働いたのだろうか?

 なるほどあり得そうなことだが、今回は違った。

 

 

「……凄いわね、格闘技の経験でも?」

「父と兄が台湾のCMCで訓練を受けていました」

 

 

 CMC――台湾の海軍陸戦隊に属する特殊部隊の略称だ。

 そりゃあ強いわけだと、冬馬は納得した。

 何で日本人――の、はずだが――であるはずの父兄がそんなところで訓練されているのかは知らないが、その薫陶(くんとう)を受けていたわけだ。

 これは、目が不自由とは言え、フランセットの方も油断できないかもしれない。

 

 

「よっ……と」

「わ、鉄板入りのブーツで思い切り蹴ったのに」

 

 

 そんな物を仕込んでいたのかい、と、冬馬は心の中で冷や汗をかいた。

 どうりで重いと思った、暗部出身であることに初めて感謝した。

 それに伊達に梓に殴られているわけでは無い、蹴られる瞬間に後ろに跳んで、しかも掌で靴先をガードしていた。

 だからむしろ、ガードした手の方が痺れているくらいだった。

 

 

「それで、理由を聞かせて貰えるかしら?」

 

 

 冬馬と彼女達3人は、ステーションの通信機能を確認に向かっていた。

 少なくとも、霧の量子通信の回復が必要だった。

 地上と何らかの手段で連絡が取れないと、色々と不便をきたすだろう。

 まぁ、その担当がソナー手だったと言うことだ。

 

 

「どうして、()()()?」

「いや、別に()()()()をってわけじゃあ、無いんだなこれが」

 

 

 ふわふわと浮きながら身体を回して、冬馬は衣服の汚れを払いながら、そう言った。

 そう、これは別に冬馬が2人をどうこうしようと言う話では無い。

 もっと、範囲は広い。

 すなわちこれは、『イ404』から『イ401』と『U-2501』への――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 今に始まった話では無い。

 いおりは、姉である「四月一日あおい」と言う女性が嫌いだった。

 その所以は何かと言われれば、あおいの人間的性質――つまり、()()が合わないと言う一言に尽きる。

 

 

 技術力は認めるが、理論よりも感性に頼るあおいは技術屋として邪道だと思っている。

 けれど、一番の理由はそんなところでは無かった。

 主義思想の違いで好悪を決めるほど、いおりは自分を下に見てはいなかった。

 いおりがあおいを嫌いになった理由、それはきっと……。

 

 

「どう言うつもり?」

 

 

 顔を歪めて、いおりはあおいを睨んでいた。

 第2ステーションへエネルギーを供給する太陽光発電プラントに、足を踏み入れたところである。

 霧が自給自足――霧が必要としない食料や飲料水プラントは除外されているが――出来るように組み上げた電力の供給システムは、手を加える必要が無い程に見事に稼働していた。

 

 

「動かないようにお願いします」

 

 

 静菜が、刀の腹をいおりの顎に当てていた。

 冷たい感触が、肌を通して脳に危険を知らせてくれる。

 背中に冷えた汗が滲むのは、止められなかった。

 

 

「ごめんね、いおりちゃん。でも、ずっと前から決まっていたことなの~」

「こんな土壇場で味方の背中を刺すような真似を、前から決めてたって? へえ、とんだ御笑い種だわ」

 

 

 その状況の中で、蒔絵だけが戸惑っている様子だった。

 あおいが肩に手を置いて、宥めているようだ。

 だが見方によっては、余計な動きをしないよう押さえているとも解釈できた。

 そしてそれを見て、いおりは相手が本気なのだと認めた。

 だが、わからなかった。

 

 

(この状況で、私達を排除しようとするのは何故?)

 

 

 現状は、地球の危機だ。

 地球の危機に全ての人類と霧が手を取り合い、協力しようと言うのが今の情勢では無いのか。

 それなのに、何故、今、いおりを――イ401を排除しようとするのか?

 

 

「……紀沙ちゃんは、知ってるの?」

「…………うふふ~」

 

 

 答えない、ただ笑う。

 それは、つまり肯定したと言うことだった。

 

 

(何で?)

 

 

 あおいのこの行動が紀沙の意思によるものだとするのなら、ますますわからない。

 確かに紀沙は元々、この作戦をイ404だけで行うつもりだった。

 だからイ401の存在は余分だったわけで、それは確かだ。

 だが、ここでイ401とイ404が衝突する無意味さがわからないわけが無い。

 

 

「『U-2501』は、ちょっと想定外だったけどね~」

 

 

 ゾルダン達も排除の対象だと、あおいは言外にそう言った。

 つまり紀沙は最初から、あの()()()の本体を1隻で……1人でどうにかするつもりだったと言うことか。

 どうにかする手段が、あると言うことか。

 

 

(……艦長!)

 

 

 艦長――群像は今、紀沙と一緒にいる。

 いおりが知っている紀沙であれば、群像に危害を加えることはあり得ない。

 だけどもしかしたなら、紀沙はもういおりの知っている紀沙では無いのかもしれない。

 だとするならば、群像と言えども安全とは言えない。

 いおりの背中に、さっきとは別の冷たい汗が滲んでいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 管制ルームは、ステーションの上部にあった。

 一応は3階層に分かれているが、無重力の状態では余り意味をなしていない。

 正面の壁面はガラス張り――厳密には、外の光景を映したディスプレイと言った方が正しいか――になっていて、宇宙空間と蒼く輝く地球が望めるようになっている。

 

 

「どうだ、コトノ」

 

 

 そんな中で、『コトノ』と呼ばれた少女は不思議な感情を得ていた。

 天羽琴乃であって天羽琴乃では無い彼女は、現在は「天羽琴乃の記憶を持ったコトノ」と表現するのが正しい存在だった。

 そんな彼女をして、「どうだ、コトノ」と声をかけてくる群像。

 コトノ――大戦艦『ヤマト』の片割れだった少女は、胸中に浮かんでは消える感情に浸っていた。

 

 

「コトノ?」

「……ああ、うん。ごめんね。ステーションに大きな問題は無いよ」

 

 

 今いる管制室もそうだが、空気の循環と浄化のシステムは問題なく動いている。

 人間が最低限活動するに足る環境が、ステーションのほとんどに確保されていた。

 乾ドックのように外と直接面している場所は別だが、そこは宇宙服やパワード・スーツ、あるいは内部移動用の小型艇で入りさえすれば問題ない。

 

 

「そうか。なら後は、建造に必要な電力を確保できるかどうかだな」

 

 

 隣り合って端末を操作しながら、コトノは群像の横顔に想った。

 天羽琴乃は千早群像を愛していた。

 それを今告げたなら、群像はどう思うのだろう。

 照れるか、悲しむか、興味の尽きないところではあった。

 

 

「大丈夫じゃないかな、いおりちゃん達が何とかしてくれるよ」

 

 

 まぁ、言わない。

 結果が見えているから。

 天羽琴乃はそれを墓場まで持っていくつもりだった。

 そして、その墓場が自分(コトノ)だ。

 

 

 群像は、端末の画面から顔を上げていた。

 じっと、どこまでも広がる――それこそ、海よりも遥かに広さも奥行きもある世界――宇宙空間を、見つめていた。

 何を考えているのだろうと、コトノは思った。

 それとも、ただぼんやりしているだけなのか。

 

 

「……妙だな」

 

 

 その時、群像がぽつりとそう呟いた。

 コトノが首を傾げていると、群像は続けた。

 

 

「静か過ぎる」

 

 

 そう言って、席を立った。

 そしてそのまま端末を乗り越える形で、空中に飛び出した。

 無重力なので問題は無いが、安全帯も付けずに良くやると思った。

 すると、どこからともなくイオナがやってきて、空中で彼の身体を支えた。

 

 

 ちくりと、胸が痛くなった。

 イオナはほんの短い時間だけコトノと目を合わせたが、コトノが頷くと、群像の身体を支えながら方向を転換させていった。

 その先には、2人並んで何かを話している様子の紀沙とゾルダンがいるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 もう少し、感動するものだと思っていた。

 壁面ガラスの向こう側に広がる漆黒と蒼穹を見下ろして、紀沙は自分が思った以上に冷めていることに気付いた。

 世界中の人間が羨むだろう環境にいながら、ロマンを感じると言うことが無かった。

 

 

「とても宇宙に来た人間の顔とは思えないな」

 

 

 そう率直な言葉をかけてきたのは、ゾルダンだった。

 見た目には変わりが無いように見えるが、実ははしゃいでいるのかもしれない。

 そう思うと、掴みどころの無いゾルダンにも、途端に人間らしさを感じた。

 

 

「あなたは、宇宙にロマンを感じると?」

「ロマン? そうだな……。地球を母なる星と表現するならば、我々はついに母親の腕から脱しようとしている。その意味では、確かにロマンを感じるかもしれない」

 

 

 脱したと言っても、ようやくつかまり立ちをしたと言うレベルだがね、と、ゾルダンはそう言った。

 ゾルダンに詩人の素質があったとは驚きだが、そう言えばドイツはゲーテやハインリッヒ・ハイネの国でもあった。

 

 

「奇妙だとは思わないか?」

 

 

 一方で、詩人の素質はおそらく無いであろう人物が2人に声をかけてきた。

 

 

「奇妙って?」

 

 

 群像だった。

 紀沙が聞き返すと、彼は眼下を指差した。

 そこには、蒼く輝く地球がある。

 地球は丸いと聞いていたが、こうして見ると楕円に見えてくる。

 雲の動き、大地、そして海……全てがはっきりと見えて。

 

 

()()()が見えませんわね』

 

 

 肉声とも電子音声とも違う、不思議な声でそう言ったのは『ヒュウガ』だった。

 コアの状態でふわふわと浮かんでいて、その側には『イセ』も浮かんでいた。

 カーゴの制御コアとしての役割を終えた後は、このステーションのコアとして機能する予定だった。

 そして、言われて気付いた。

 

 

「……あれだけ大きな物が、どうして見えないの?」

 

 

 そうだった。

 地球には、あの巨大な()()()が張り付いていたはずだ。

 あの禍々しい存在が少しも見えず、蒼い地球ばかりが見えているとはどう言うことだ。

 肌にヒリつく程に感じていた圧力も、今はどこかへ消え失せていた。

 

 

 いや、あんな質量のものが消え失せると言うことはあり得ない。

 ()()()()()()

 ここでは無い、()()()

 紀沙は、目を閉じた。

 

 

 ――――『霧の世界(ダイヴ)』。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 次に眼を開けた時、紀沙は自分達が()に落ちていたことを知った。

 

 

「これは、クリミアの時と同じ……?」

 

 

 クリミアの時、ヨハネス・ガウスの『コード』から漏れ出した「絶望」と言う名の泥が、周囲のすべてを侵していた。

 今、この管制ルーム……いや、第2ステーション全体が同じようなことになっている。

 いや、全く同じでは無い。事態はより悪くなっていた。

 

 

 天井や壁、床、ナノマテリアル製の金属の表面に、血管のように赤黒いグロテスクな肉の塊が脈打っていた。

 そして紀沙の周りに肉の根とも言うべく触手の塊が2つ立っていて、それは人の形を――人の身体の輪郭を――形作っていた。

 直感的に紀沙は察した、この2つの触手の塊は群像とゾルダンを取り込もうとしているのだと。

 いわば裏側のこの世界から、表側の現実世界に影響を及ぼそうとしているのだと。

 

 

「う……んっ」

 

 

 気が付けば、紀沙の身体にもグロテスクな触手が絡みついていた。

 足首から脛、太もも、腰へと這い上がり、あるいは背中にへばり付き、さわさわと胸元に這い出てくる。

 袖や襟から衣服の中にまで伸びてきて、不快な熱の感触を肌に感じた。

 生温かい肉の塊が直に肌の上を這う感覚は、言葉に尽くせない程に気持ちが悪かった。

 

「気安く……触る、なっ!」

 

 

 両眼が霧の白に染まる。

 『紀伊』の力を解放した紀沙は、自分の身に這っていた触手を弾き飛ばした。

 かさぶたを引き剥がした時のような、ベリベリと言う音に顔をしかめる。

 すると、すぐ傍で同じような音が聞こえてきた。

 

 

「艦長殿は、相変わらず無茶をするね」

 

 

 スミノが、ふわりと紀沙の横に降り立った。

 紀沙が弾いた触手を踏みつけにするあたり、徹底している。

 見れば、イオナと『U-2501』が群像とゾルダンにまとわりついている触手を引き千切っていた。

 

 

「こんなもの、無茶でも何でも無い」

 

 スミノ、イオナ、2501の3隻の登場を以って、()()()

 地球の()()()とも言うべき、『アドミラリティ・コード』を託された少女達が、全て揃った。

 この状況は言うなれば、()()()にとってのメインディッシュをテーブルに並べたに等しい。

 

 

 ……たまらないね……

 

 

 その時、<霧の世界>に響く声があった。

 その存在は脈打つ肉の、その蠢きの中から現れた。

 上半身だけを肉の根からずるりと這い出して、その顔に嫌な笑みを貼り付けている。

 

 

「なるほど、謎が一つ解けたよ」

 

 

 得心がいった心地で、紀沙は頷いた。

 

 

「お前達の本体(コア)は、宇宙にあったわけだ」

 

 

 姿を現したのは、地球で会ったあの()()()、『コスモス』だった。

 霧がコアを破壊しなければほとんど不死身であるのと同じように、()()()もまた、コアが無事である限り死ぬことは無い。

 そして宇宙から来た()()()のコアの在り処が宇宙であると言うのは、考えてみれば、至極当然のことだったかもしれない。

 

 

「来てやったよ、ここまで」

 

 

 そんな()()()に、紀沙は宣告した。

 ――――私達は、お前達を滅ぼす者だ、と。

 

 

『紀沙ッ!』

 

 

 え? と、紀沙の意識が急に引き戻された。

 視界が現実を映すと、紀沙の視界はゆっくりと後ろへと流れていた。

 何事かと思うと、群像が紀沙の首元に腕を回して引き倒そうとしていたのだ。

 無重力ゆえに、倒れはせずに後ろに流される形になっている。

 

 

 だから、紀沙は見た。

 壁面ガラスの向こう側、暗黒と蒼穹が広がっていたその先が、赤く染まっているのを見た。

 肉が蠢くそれは、まるで――いや、まるで、では無い。

 それは、あの地球に喰いついた巨大な()()()の口腔内の光景だった。

 つまり……。

 

 

「……ッ、兄さ」

 

 

 バクリ、と。

 管制ルームごと、()()()が喰らいついた。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

いつか宇宙に行ってみたいな、と思っています(本編と無関係)
何だかんだロマンに惹かれてしまうのですよね。

と、言うところで、それではまた次回。
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