蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth106:「毒」

 その()()は、突然引きこされた。

 それまで軌道エレベータの第2ステーションを呑み込んでいた()()()が、蠢いていたグロテスクなその肉が、ぴたりと動きを止めたのだ。

 何かを確かめるように、内部だけが僅かに動いている、そんな状態だ。

 

 

 しかしそんな状態も、そう長くは続かなかった。

 不意に、()()()が激しく暴れ始めた。

 それはまるで、肉食獣に食らいつかれた草食獣のような。

 いや、喰らった草食獣の毒にもがく肉食獣のような。

 

 

 それまで漆黒の宇宙に紛れていた巨大な黒い触腕が、突然、姿を見せた。

 頭足類の吸盤が外れるように、地球に喰らいついていた触腕が、宇宙空間を舞った。

 それらは全て第2ステーションに叩きつけられて、喰らいついていた()()()ごとステーションを覆った。

 嗚呼、そして、何と言うことだろう。

 

 

 人類の叡智を込めて築かれ、霧の技術によって築かれた長大な軌道エレベータが、悲鳴のような軋みを上げ始めた。

 元々が、構造的な脆弱さを抱えている施設である。

 ケーブルが千切れ、軌道が剥がれ、柱が罅割れて――いずれも、地球上で最も強靭に作られていたにも関わらず――半ばから、折れ、砕けた。

 

 

 巨大な破片が宇宙空間に飛散し、人類に僅かに残された人工衛星の大半がこれに巻き込まれる。

 さらに地球の引力に引かれ、地球圏に無数の破片が降り注ぐ。

 大気圏で燃え盛る破片は、人類に多大な影響を与える死の流星群と化した。

 地表から迎え撃つ無数の光が見える、あれは海上の霧の艦艇が放っているものだろうか……。

 

 

 そして最も大きな塊は、()()()の蠢きによって大小を変えながら、衛星軌道上に静止していた。

 毎秒およそ3キロメートルの速度で、ゆっくりと、しかし高速で動き続けている。

 まるで、何かを押さえつけようとしているかのように。

 毒を喰らって、吐き戻そうとするのを我慢するかのように。

 しかしそうした耐え方は多くの場合、長くは保たないものだ。

 

 

『――――! ――――!』

 

 

 ぼこん、と、一部が跳ねる。

 そうなるともう押さえられない。

 ()()()にとって()()はあまりにも異物だった。

 2か所目、3か所目と、次々に跳ね、泡立ち、膨張して。

 

 

『――――――――!!』

 

 

 そして、突然。

 ()()が、始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 さしもの『コスモス』も、これには驚いた。

 彼はもはや()()の役割を終えて母なる()()()の一部と化していたが、あえて彼の意識を()()()の意識の代表として表現している。

 それはつまり、()()()の驚きだった。

 

 

 だって、今までそんなことがあり得ただろうか?

 幾千幾万と言う年月を経て生き続けてきた()()()にとり、こんな経験は初めてだった。

 食した相手がただの人間でも、あるいはただの霧でも、こうはならなかったろう。

 『アドミラリティ・コード』を得た、つまり霧化した人間だからこそ。

 増幅された感情こそは、()()()にとっての毒となったのだ。

 

 

「おや」

 

 

 『コスモス』の|顔()()が、細い掌に掴まれた。

 ここは()()()の腹の中、「女の腕」を形作ることなど不可能な場所のはずだった。

 いや、一度は()()も溶けて消えてしまった。

 ()()()したのだ、『アドミラリティ・コード』の力を使って。

 

 

「きみは」

 

 

 何と言う強い感情。

 いや、情念?

 他の全ては溶けて消えてしまっても、その感情だけは消えることが無かった。

 ()()()の歴史上、それは初めてのことだった。

 

 

 ()()()()

 

 

 『コスモス』の(コア)が、女の腕に握り潰されてしまった。

 いや、少し違う。

 握り潰したと言うよりは、()()()()()()と言った方が正しい。

 まるで吸い込まれてしまったように、『コスモス』を構成するナノマテリアルが吸収されたのだ。

 そしてそれは、『コスモス』が消滅した後もまだ続く。

 

 

 最も顕著だったのは、管制ルームだろう。

 管制ルームを覆い尽くしていた()()()の肉塊が、もがいていた。

 ある一点に向かって、グロテスクな音を響かせながら、肉塊が収縮している。

 そして、それは何かの形を形作っているようだった。

 

 

「…………」

 

 

 それは、人間の形をしていた。

 ()()()を構成するナノマテリアルを逆に奪い取り――()()()の吸収の原理は、まさにナノマテリアル化した上での奪取だった――一度は失ったその肉体を、再構成したのだ。

 細く柔らかそうな肢体、色素の薄い顔、跳ねの強い黒髪。

 

 

 それは、人間の女性の姿をしていた。

 周囲の()()()の肉塊はすべて、()()の背中に呑み込まれていった。

 その胸には、赤く輝く大きな宝石(コア)が輝いていた――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 呻き声を上げて、群像は身を起こした。

 何が起こったのか、前後の記憶が――全身が粘り気のある液体で濡れていた、空気に触れるとすぐに乾いたが――無くなっている。

 だから聡明な彼をして、一瞬、自分の状態を認識することが出来なかったのだ。

 

 

「群像、大丈夫か」

「イオナ……。うっ、いったい何があったんだ……?」

 

 

 傍にイオナがいてくれたことだけが、救いだった。

 管制ルームは破壊の限りを尽くされていて、機器の破片がそこかしこに浮かんでいた。

 まるで強力な酸にでも溶かされたかのように、原型を留めているものは何も無かった。

 確か、管制ルームごと()()()に襲われた気がしたが……。

 

 

「艦長、艦長っ。大丈夫ですか!?」

「……騒ぐな、大丈夫だ」

 

 

 少し離れた場所に、ゾルダンと『U-2501』がいた。

 心底から心配しているのだろう『U-2501』をぞんざいに押しのけて、ゾルダンは頭を振った。

 そうしても、意識がはっきりすることは無かった。

 まるで初めて目が見えるかのように視界が霞んでいて、覚醒しきれない。

 

 

「何か、酷い苦しみの中に突き落とされていたような気がするが……っ!」

 

 

 ()()()()()

 そして、()()()()()

 ()()を見た時、ゾルダンはまずそんな相反する2つの感情を得た。

 あれは本当に、自分の知っている少女なのか。

 

 

「紀沙……?」

 

 

 群像は、自信なさげに少女に呼びかけた。

 姿形は、確かに紀沙だった。

 跳ねの強い黒髪も、しなやかさと強靭さを備えた四肢も、清廉さと危うさを同居させた雰囲気も。

 何もかもが紀沙だ、が、何もかもが紀沙()()()()

 

 

 最も違うと感じたのは、眼だ。

 これまでにあった、いわば生命の輝きと言うべきものが見えない。

 無だ。

 虚無そのものを放り込んだかのように、その瞳は何も映していなかった。

 

 

「……おかしい」

「イオナ?」

 

 

 紀沙が、コツ、と()()()()()()()()()()()

 ()()()()

 どうして、自分達は()()()()()()()()()()()

 ――――()()()()()

 

 

「下がれ、群像。様子がおか」

 

 

 イオナのメンタルモデルの身体が、揺れた。

 視線を落とすと、紀沙の片手が、手首まで埋まっていた。

 イオナの腹部に、深々と。

 いっそ、あっけない程に。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 どうやら、収まったようだ。

 静かになったステーションに、冬馬は安堵の溜息を吐いた。

 

 

「いや、死ぬかと思ったなぁ」

「そうですね、生きているのが不思議です」

「悪運が強いと言うべきかしらね」

「……何で俺を見て言うんですかね」

 

 

 どこかの部屋の床に大の字に()()()――やはり、第2ステーションに重力が発生していた――いる冬馬は、両腕が動かせない状態だった。

 と言うのも、両腕をそれぞれ静とフランセットが枕にしていたためだ。

 別に美味しい思いをしていたわけでは無く、単純に2人を抱えて部屋に飛び込んだ直後、()()()の肉塊が何かに引き寄せられるように消えてしまったからだ。

 

 

 まぁ、要は疲れ切っていたのだ。

 むしろ部屋に追い詰められた時点で危機一髪具合がわかろうと言うもので、あと一歩で取り込まれるところだった。

 そして3人ともに、第2ステーションに重力が発生し始めたことに気付いている。

 

 

「こうして見る地球って言うのも、オツなもんだねぇ」

 

 

 例によって、部屋の壁面の1つが外を映し出している。

 ただこれまでは地球は()に見えていたのだが、今は()に見えている。

 つまり、いつの間にか第2ステーションそのものがひっくり返っていた。

 おそらく、()()()が衝突した際に反転してしまったのだろう。

 

 

「他の皆は大丈夫でしょうか」

「この状況では、お互いの位置を知るだけでも困難だものね」

「まぁーな。それにご丁寧に……閉じ込められちまったし」

 

 

 ()()()の体液……体液?

 まぁ、とにかく()()()が覆い尽くした場所には酸性の液体が付着するようで、消化液とでも言おうか、とにかくステーションの内部構造をめちゃくちゃにしてしまったのだ。

 要するに3人のいる部屋の出入り口も、変形して出入りが出来ない状態にされていた。

 3人に争う様子が見えないのは、そう言う事情からだった。

 

 

「まぁ、何だ。こんなめちゃくちゃな状況だ」

 

 

 美少女と美女に挟まれると言う羨ましい環境にありながら、冬馬は疲れ切った溜息を吐いた。

 

 

「誰か、ヤバい状況になってる奴がいてもおかしくは無いわな」

 

 

 その冬馬の言葉は、予測と言うよりは、ほとんど事実に基づいた感想だった。

 それだけヤバい状況、あと一歩で命を失いかねない状況だった。

 実際、冬馬のその言葉は、まさに事実を指摘していたのである……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 子供の頃は、そんなに仲が悪かった記憶は無い。

 変わったのは姉の方、ずっとそう思っていた。

 だけど本当は、先に離れたのは自分の方だったのだ。

 いおりは今、素直にその事実を認めていた。

 

 

「お母様を……」

 

 

 いおりの腕の中で、あおいは言った。

 囁くような声だった。

 いおり達の母は、数年前に病気で亡くなっている。

 技術的には、治せない病気では無かった。

 

 

「お母様を、生き返らせてくれるって。お願いしたのよ」

 

 

 霧の海洋封鎖は、医療をも蝕んでいた。

 医師、機材、医薬品。

 日本国内で調達できないものが、余りにも多すぎた。

 海洋封鎖さえ無ければ、治せない病気では無かった。

 

 

 いおりが群像達と行動を共にするようになったのは、その頃からだ。

 何かから逃げるように、いおりは霧の技術にのめり込んでいった。

 その時、母を殺した――直接的では無いとしても――霧の方へと駆けて行ったいおりを、あおいはどんな気持ちで見つめていたのだろう。

 ……紀沙のクルーになった遠因が、そこにあるような気がしてならなかった。

 

 

「そんなの」

 

 

 クルーの多くは、紀沙を妹のように思っていた部分がある。

 あおいもその例に漏れない。

 だが彼女だけは、スミノとはまた別の意味で、紀沙と同志的な関係にあったのだ。

 イ404のクルーの中で、あおいだけはそうだった。

 だから彼女は、紀沙に取引を持ちかけたのだ。

 

 

「そんなの、無理に決まってるじゃない……!」

 

 

 霧のメンタルモデル。

 あれ程に高度な「肉体」は、どこを探しても無い。

 まして、スミノは紀沙の身体を再生させたこともあったでは無いか。

 けれどそれは、命では無い。

 単なる容れ物に過ぎない。

 

 

「わかってるわ~。紀沙ちゃんも、そう言ってたもの」

 

 

 そして紀沙が、そんな約束をするはずも無い。

 死者は、けして生き返らない。

 それだけは、霧の力をもってしても変わらない現実なのだった。

 

 

「それでも、身体さえあれば。後は……情報だけ、じゃない」

 

 

 あおいの背中が、朱に塗れていた。

 すぐ近くで、蒔絵がしゃくり上げていた。

 静菜は床に膝をついて、そんな蒔絵を抱きしめてやっていた。

 いおりの視線は、あたりを泳いで定まらない。

 

 

「私には……それしか、出来ない……から……」

「……馬鹿……ッ」

 

 

 背中が、大きく抉れていた。

 いおりを庇って()()()に触れたのだ。

 肉が削がれて、朱に塗れた中に露出が骨が見える。

 床には、大きく赤い血溜まりが出来ていた。

 

 

「馬鹿ぁ……ッ」

 

 

 あおいは、笑った。

 ああ、また失敗した。

 そんな風に、笑ったのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イオナは、自分の中の決定的なものが紀沙に握られていることを知った。

 それは抗いようが無く、イオナは抵抗を即座に諦めることにした。

 ここで力を使うくらいなら、と。

 

 

「イオナ!!」

 

 

 崩れ落ちる。

 まさにそんな様子で、イオナは両膝をついた。

 群像は倒れるイオナを抱き留めようとした。

 だが、それは出来なかった。

 

 

 イオナのメンタルモデルの身体が、ナノマテリアルの粒子となって消えてしまったからだ。

 瞬間、群像の表情が悲哀に歪んだ。

 だがそれは、消える刹那のイオナと視線を交わした瞬間に消えた。

 抱き留めようと伸ばした掌が、イオナの最後の一粒子を握り締める。

 その手は、微かにだが確かに震えていた。

 

 

「紀沙……」

 

 

 数瞬の瞑目の後、群像は顔を上げた。

 そこには、紀沙が立っていた。

 その手には、蒼く輝く、不思議な形をした宝石のようなものが握られていた。

 群像には、それが何かわかる。

 ()()()()()()()

 

 

「お前」

 

 

 群像が、言葉を続けようとした。

 まさにその時だ、不意に影が落ちてきた。

 それは紀沙の後頭部のやや上に姿を見せた、長い髪をたなびかせながら。

 『U-2501』が、紀沙に襲い掛かった。

 

 

(貰った……!)

 

 

 必殺のタイミング。

 紀沙に何が起こったのかはわからない。

 だが確実に言えることがある。

 今のこの状態の紀沙は、ゾルダン・スタークにとって脅威だと言うことだ。

 『U-2501』にとっては、行動する理由はそれで十分だった。

 

 

「あ……」

 

 

 声を上げたのは、誰だったか。

 『U-2501』が感じたのは、胸の下を何かが撫でたと言うことだった。

 次に感じたのは、急激な脱力感。

 メンタルモデル――ゾルダンは好いてくれないが――の身体に、エネルギーが供給されなくなった。

 

 

 ()()()()()()()

 紀沙の手の中で輝く()()()()を見つめながら、『U-2501』は消えた。

 床に溶けるように、メンタルモデルの構成が解けた。

 雪の結晶がそうするように、ナノマテリアルが一瞬だけ輝いて消える。

 

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 重苦しい沈黙が、その場を支配した。

 誰もが状況の理解に思考力を割いていて、次の行動を決めかねていたのだ。

 ただ1人を、除いては。

 

 

「素晴らしい……!」

 

 

 そのただ1人であるスミノは、興奮冷めやらぬと言った風に両手を広げていた。

 そんなスミノに、紀沙は視線を向ける。

 次の獲物を見定めたその眼に、スミノはやはり、いつもの薄笑いを浮かべていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イ404を復元するには、イ401と『U-2501』が邪魔だった。

 しかしその2隻は、紀沙の手によってコアを抜かれて無力化された。

 身体のすべてをナノマテリアル――いや。

 ()()()と化した紀沙の手によって。

 

 

「ふん……」

 

 

 地上から持ち込んだナノマテリアルで、50パーセント。

 そして、()()調()()で50パーセント。

 イ404の艦体が、一気に形作られていく。

 それは、スミノのメンタルモデルにも影響を与えていた。

 

 

 スミノの肌に、智の紋章(イデアクレスト)にも似た黒い紋様が浮かび上がっていた。

 これはスミノのメンタルモデルが、コアを通して紀沙と繋がっているためだろう。

 紀沙の変化を、最も敏感に感じ取っているのがスミノだ。

 肌の黒い紋様を一瞥して、スミノは紀沙を見つめた。

 

 

「艦長殿に強い気持ちが無ければ、()()()に喰われて終わりだったろう」

 

 

 ()()()がこれまで喰らって来たもの。

 それは無機物であり有機物であり、恐怖であり諦観であり、あるいは畏怖であり恐怖。

 しかしこの地球で、()()()は初めて「毒」を喰らってしまった。

 しかもその毒は、()()()に向けられたものですら無かった。

 

 

 想像できるだろうか?

 

 

 自分を消滅させようとしている相手では無く、いやその最中であっても、その感情の矛先が他者へ向いていると言うことを。

 ()()()に殺されかけてなお、()()()()()がそれを上回ると言うことを。

 他者への憎悪、それこそは()()()がかつて出会わなかった感情。

 しかし、()()()捕食(同化)を跳ねのける程の強烈な憎悪は、尋常では無い。

 

 

「人としての構成要素を全て奪われたキミに残ったのが、ボクら霧への憎悪だった」

 

 

 救いが無いと、人は言うかもしれない。

 これまで戦い抜いてきて最後に残ったのが憎悪などと、余りにも哀しいと言うかもしれない。

 だが、そんなことは言わせておけば良い。

 紀沙にとって、憎悪(それ)は自分が自分であるために最も失うべからざるものだったのだ。

 これはもはや、生き様なのだ。

 

 

「さぁ、行こう。ボクの艦長殿。キミの願いを叶えるために」

 

 

 がぱっ、と、床に穴が開いた。

 紀沙とスミノが、一緒に落ちていく。

 堕ちていく。

 誰にも、止めることは出来なかった。

 

 

 もはや、紀沙とスミノ以外に動ける者はいない。

 誰にも彼女達を止められない。

 誰にも。

 ――――誰にも?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ボン!……っと、管制ルームの一隅で爆発が起こった。

 爆発と言うよりは、歪んだ扉を力尽くでぶち破ったと言う方が正しいだろう。

 紀沙達と入れ替わるように入って来たのは、蒼い髪のメンタルモデルだった。

 長い髪を高く結い、切れ長の瞳は自信に満ち溢れている。

 

 

 その少女の後ろには、やけにボロボロになったトーコと、そして青い顔の良治がいた。

 少女が軽く前に出した掌には、淡い輝きを放つコアがあった。

 輝きは淡く白く、今にも吹き消えてしまいそうだ。

 それでいて温かく、見る者の心を和ませてくれる。

 

 

「……お前は」

「重巡『タカオ』?」

 

 

 『タカオ』だった。

 顎先を上げて、高慢な態度を隠そうともしない。

 しかしその目は、管制ルームの有様を見たためか、どこか哀し気だった。

 誰かを探すように見渡していた目が、『コトノ』を見つける。

 

 

「ちょっと総旗……じゃないのか。アンタ、これってどうなってるわけ?」

「いやあ、私にもちょっと予想外って言うか」

 

 

 実際、事態は『コトノ』ですら想像だにしなかった方向へと進んでしまっていた。

 まさか、まさか紀沙が()()()を取り込むなんて考えもしなかった。

 そしてイオナと『U-2501』のコア――『アドミラリティ・コード』の欠片――を奪い取り、それすらも我が身に取り込んでしまった。

 今、紀沙はオリジナルの『アドミラリティ・コード』に最も近い存在であるとも言える。

 

 

「と言うより、『タカオ』。どうやってここに……?」

「はあ? そんなこと今はどうだって良いじゃない」

「いや、そんなことって」

 

 

 ええ……と『タカオ』を見つめていると、今度は彼女は群像の方を向いた。

 『タカオ』がその気になれば、群像はもちろんゾルダンですら縊り殺せる位置だ。

 だが、『タカオ』に害意は無い。

 『タカオ』の関心ごとは、もっと他にあった。

 

 

「千早紀沙は?」

 

 

 託されたものがあった。

 『タカオ』はそのためにここに来たし、それ以外の理由で来ることは無い。

 だから彼女は、群像に紀沙のことを聞いたのだ。

 そして群像は、外へと視線を向けた。

 

 

 行ってしまった、と。

 手の届かない彼方へ、紀沙はひとりで行ってしまった。

 群像には、止めることすら出来なかった。

 そんな事実に、『タカオ』は「そう」と頷いた。

 そして彼女は言った、ならば、と。

 

 

 ――――追いかけましょう。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

都合により、来週の更新はお休みになります。
次回投稿は再来週です。

皆様も良いGWをお過ごしくださいませ。
それでは、また次回。

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