蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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今回は、ありそうで無い戦術を採用。
上手く描写出来ていると良いのですが……。


Depth010:「浦賀水道突破戦・前編」

 響真瑠璃は、逃げ出した人間である。

 他の誰でも無く、真瑠璃自身が自分のことをそう評価していた。

 だからこそ、帰還後も彼女は紀沙を含む旧友達と積極的に交流することが出来なかったのだから。

 

 

(401とは、やっぱり違うのね)

 

 

 そして統制軍の最新鋭潜水艦『白鯨』の発令所に入った時、彼女が思ったのはそれだった。

 1年近くイ401に乗艦していたのだから、そう思うのも仕方なかった。

 真瑠璃が過去に所属した艦艇がイ401のみと言うことも、両者を比較してしまう原因だったのだろう。

 実際、イ401と白鯨の発令所は造りが大分異なっていた。

 

 

 イ401は潜水艦と言う点を抜きにしても、座席は片手で足りる程だった。

 対して白鯨には十数人のスタッフが詰めていて、それぞれに細かな役割が振られているのか、四方八方から様々な声が飛んでいる。

 静かだったイ401の発令所と比べると、奇妙な表現になるが、賑やかだなと思った。

 

 

「どうも響さん。改めて、艦長の駒城です」

「響です。オブザーバーとして乗艦させて頂きます、宜しくお願い致します」

「はは、名目はオブザーバーですが……実際は、我々の方が教えを請いたいのですよ。何しろ我々には外洋に出た経験も、霧と戦った経験も無い……」

 

 

 その時、地震にも似た揺れが発令所を揺らした。

 

 

「……ので、是非とも我々を助けて頂きたい」

「承知しています」

「よろしく」

 

 

 海流とは違う断続的なその揺れを、真瑠璃は経験で知っていた。

 それは海中で――まさに、潜水艦である白鯨のフィールド――何かが爆発した音だ。

 そして連続で続くそれは、けして自然には起き得ない音だ。

 ほんの1年前まで、()()()()()いた音だった。

 

 

(まだ、ソナーのつもりでいるのかしらね)

 

 

 我ながら女々しい。

 胸中でそう自嘲(じちょう)する、今の彼女に求められているのは耳では無く頭と口だ。

 大体、彼女にはもうソナー席に座るつもりが無かった。

 それは彼女が心の中で、自分が座るべきソナー席を定めてしまっているからだ。

 そしてその座るべきソナー席を立ってしまった以上、もう彼女が座れる席は無いのだ。

 

 

「早速ですが、我々の今後の動きですについて……響さんのご意見は?」

「そうですね。現段階では、今の位置から動かない方が良いと思います。千早……群像艦長は、作戦の諸段階をタイミングで定めますから、そのタイミングが来るまでは現状維持がベターです」

 

 

 ああ、何て言い草だろう。

 胸中の自嘲がますます強くなって、真瑠璃は実際に浮かべている笑顔が歪んでいないか、少し心配になった。

 でも仕方ない、まるで「千早群像のことは良くわかっている」と言いたげな口ぶりだったのだから。

 

 

「なるほど」

 

 

 そして、駒城を始めとする白鯨の面々はそれを当然のように受け取る。

 それがまた、真瑠璃の胸の内に小波(さざなみ)を立たせる。

 

 

「では水道には入らず、現在の着底位置をキープしつつ……すぐに全速に入れるように、機関を温めてスーパーキャビテーション航行を準備、と言うわけですか」

「はい」

 

 

 群像の立案した作戦は、すでに()()に共有されている。

 ただ通信が制限される以上、ある程度は各艦の判断とタイミングが重要になってくる。

 真瑠璃が白鯨に乗っているのは、要するに白鯨に群像の作戦を遂行させるためだ。

 言うなれば、群像の代理人である。

 そしてこの表現は、真瑠璃にまた皮肉な感情を抱かせた。

 

 

 作戦に参加する艦艇は3隻、イ401と白鯨、そして――――イ404。

 艦長、千早紀沙。

 かつて艦長と仰いだ男の妹、学院の同級生、置いて行かれた少女。

 真瑠璃にとって、彼女は。

 

 

「現状、私達は霧に無視されている状態です。なら、無視されているこの状況を最大限に利用しましょう」

 

 

 真瑠璃にとって、紀沙と言う少女は。

 彼女自身の罪悪感を形にしたような、そんな存在だった。

 ――――ピッ。

 真瑠璃の手の中で、携帯端末がメールの保存を知らせた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 初撃は、イ404だった。

 探知されるのも構うことなく突っ込んで来て、そのまま数発の魚雷を打ち込んできた。

 加速力が想定値よりも速く、迎撃のレーザー射撃を潜り抜けられた。

 

 

「クラインフィールド飽和率6%」

「侵蝕作用は無し。通常弾頭のみか……わざとか?」

「何がわざとなの?」

「侵蝕弾頭魚雷と思わせたフェイクかどうかってことさ」

「可能性はある。でも高くは無い」

 

 

 ハルナ・マヤと話しつつ、キリシマは己のセンサー類の感度と範囲を広げた。

 三浦半島を臨む浦賀水道の出口に陣取った彼女達は、言わば網のようなものだ。

 キリシマとハルナを中心に、3つの駆逐艦隊を前後に配置した布陣。

 駆逐艦をぐるぐると動かして対潜哨戒させつつ、発見次第中央の3隻の大火力で敵を殲滅すると言うのが、基本的な方針だった。

 

 

 そうした中、イ404の突撃はキリシマ達の機先を制した形になった。

 カタログスペックよりも加速性能が上だったのには驚いたが、強化されているのだろう。

 潜水艦の運用セオリーから外れたその動きは、確かにキリシマ達の不意を突いた。

 そのくせ音響魚雷で姿を(くら)ます――キリシマ達の後ろに出るのが目的だったのだろう――ところはセオリーに忠実なので、そこは憎たらしく思えた。

 

 

「ふん、すばしっこい奴だ」

 

 

 こうなってくると、イ404の艦体が突出してきた理由も見えてきた。

 要は、こちらを撹乱(かくらん)しようと言うことなのだろう。

 小賢しいことだ、キリシマは鼻で笑った。

 

 

「そうなると、401は打撃担当と言うことか」

 

 

 思考を単純化すれば、そう言うことになる。

 相手は2隻いるのだから、役割分担をするのはむしろ当然と言えた。

 実際、イ401には霧の艦艇を(ほふ)れる侵蝕弾頭魚雷が相当数あるはずだった。

 そこまでわかってしまえば、キリシマが相手のペースに付き合う義理は無い。

 逆だ、相手にこそ自分達のペースに付き合うべきなのだ。

 

 

「ねぇ、どうするのー?」

「任せろよ、考えがある」

 

 

 ガンッ!

 キリシマが自らの甲板に靴音を響かせた瞬間、彼女の艦体が()()()

 それはかつてタカオが見せた物に似ているが、展開される光学レンズの数、迸るプラズマエネルギー、海面に与える影響、それら全てがタカオのそれを上回っていた。

 雷鳴が、浦賀水道に轟いた。

 

 

「おお~」

「前方の駆逐艦隊、射線上より退避」

 

 

 驚き、そして仕事の早い僚艦に気を良くしながら、キリシマは初撃でそれを撃った。

 一瞬の収束、そして解放、轟音。

 海を引き裂きながら進むそれは海を割り、途上にあるものを有形無形を問わずに蒸発させ、塵も残さなかった。

 

 

 キリシマの超重力砲である。

 

 

 打ち放たれ直進した重力子エネルギーは、引き裂かれた海をしばらくそのままに留めた。

 水深の浅い水道であり、最も深くに達した超重力砲は海底を削りすらした。

 水と土を溶かし削ぐ音が、キリシマの(センサー)には聞こえていた。

 しかし彼女が望む音はついぞ聞こえず、キリシマは舌打ちした。

 

 

「404の航路をそのまま通ってくるかと思ったが、流石にそれは無いか」

 

 

 溶けた海面から発せられる熱波に顔を顰めながら――メンタルモデルと言うのは、こう言う時には少し煩わしく感じる――キリシマは、白煙を上げ始めた海面を見つめた。

 そこにはイ401とイ404がいるはずだった。

 見つければ自分達の勝ち、出来なければ相手の勝ち、実にシンプルな戦いだった。

 

 

「マヤ、『ウミカゼ』と『スズカゼ』を呼べ。補給だ」

「はいはーい」

「タカオの真似?」

「意外と使い勝手が良いんでね」

 

 

 ニヤリと笑って、キリシマは胸を逸らした。

 本当に楽しそうに笑うその顔からは、戦いを心から楽しんでいる様子が窺えた。

 ――――最も、彼女達に心なるものがあるのかどうかは、わからないが。

 

 

「さぁ、潜水艦狩りだよ!」

 

 

 超重力砲の発射体勢から通常の状態に戻し、そして休む間も無く甲板の装甲を開く。

 そこからは黒光りするミサイル弾頭が無数に顔を覗かせていて、艦側面の魚雷発射管も全て開き、さらにはドラム管型の爆雷の姿も見えた。

 100を超えるそれらは全て、海中に隠れているだろう敵を狩り出すための装備だった。

 

 

 そして、楽しげな様子と言うのは伝播する。

 霧のメンタルモデルにとっても、いや感情を積極的に学ぶメンタルモデルだからこそ、その感度は高い。

 要するに、ハルナとマヤもうずうずしていた。

 そして彼女達もまた、それぞれ装甲を開放して――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 尋常では無い。

 一言で言えばそう言うことだが、それは言語化できない程に酷い状況に陥っているとも取れる。

 そして実際、紀沙達の状況は「酷い」以外の何ものでも無かった。

 

 

「魚雷航走音及び対潜弾着水音、極めて多数! 数えるのも馬鹿らしくなるくらいだ!」

「両舷全速、振り切って下さい!」

 

 

 絶え間なく、まさに一瞬の間も無く艦体が衝撃に震える。

 キリシマ達が海中に放った魚雷と対潜弾の弾幕は数十から数百発にまで及び、周辺の海中と海底を制圧していた。

 近辺で何も爆発していない空間など存在せず、隙間を縫うことも出来ない。

 

 

 そうした中で紀沙達に許される行為は、逃げの一手だ。

 機関(エンジン)を全力でぶん回し、敵の魚雷群を振り切るしか無い。

 だがそれは、敵の駆逐艦の対潜哨戒網(センサー)に身を晒すことと同義だ。

 つまり逃げるだけでは状況は永遠に変わらない、むしろ直撃の危険性が増すだけだ。

 

 

「恋さん、ポイントは?」

「ポイントまで……Aが500、Bが660、Cが1000です」

「……Bにします。梓さん、後部発射管の重高圧弾頭魚雷発射、5秒後に起爆! 起爆と同時に5番6番のアクティブデコイ発射、14時の方向です!」

「あいさ了解! 重高圧弾頭発射! 5、4……」

 

 

 ならば当然、隠れるしか無い。

 事前に探査したいくつかのポイントの内、距離や艦の位置取りから最適なものを選択する。

 そして海上を敵に制圧されている現在、生半可なことでは逃れられない。

 だから、紀沙の取った方法は生半可では無かった。

 

 

「重高圧弾頭起爆! アクティブデコイ発射!」

「……起爆確認、魚雷群の先頭部の誘爆を確認! 後続がデコイを追ってった! ただその後ろと頭上の対潜弾は進路変わらず!」

「続けて1番から4番に通常弾頭魚雷装填、それから7番に重高圧弾頭魚雷、8番に音響魚雷装填して下さい!」

「了解、各種魚雷装填!」

「姿勢制御と同時に撃って下さい、タイミング任せます!」

 

 

 そして発射管に海水が注水されると同時に、紀沙はそれをした。

 

 

「アンカー射出、衝撃に備えて下さい!」

「わかった」

 

 

 全速で移動する艦艇前方から、アンカー……つまり錨が投じられた。

 それは当然艦体と繋がっており、海底に突き刺さったからと言って艦は止まらない。

 艦艇に自動車のようなブレーキは無い、だが固定されたアンカーと進む艦はいずれ引っ張り合う。

 そして、実際にそうなった。

 

 

「ぐ……!」

「どわぁっ!?」

 

 

 当然、衝撃が来る。

 全力疾走している人間を掴んで止めればどうなるか、言うまでも無い。

 交通事故――あながち間違いでも無い――の如き衝撃が艦全体に走った。

 ナノマテリアルの形状変化によって乗員全ての身体を固定し、かつ柔軟に受け止めていなければ鞭打ちどころでは無かっただろう。

 

 

「――――ん」

 

 

 紀沙は、傍らのメンタルモデルの少女が漏らす吐息を聞いた。

 霧のメンタルモデルですら、自分自身にかかる負荷に負担を感じたのだろう。

 彼女達の動きは、上から見た方が良くわかる。

 海底に打ち込んだアンカーを中心に艦体が横滑りし、本来ならば不可能な機動でもって方向を転換した。

 センサーやソナーだけを見ている水上艦から見れば、艦影が不意に乱れて見えただろう。

 

 

 次いで側面の補助エンジンが噴き、急制動をかけた。

 そしてその音を掻き消すように全ての魚雷が発射されて、通常弾頭、重高圧弾頭、音響弾頭の順に起爆した。

 ――――海中が、音の爆発に包まれた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ドン、ドン――――と、微かな音が発令所でも聞き取れる。

 だがそれは、直前までのそれと比べるといくらか小さくなっているように感じた。

 

 

「……遠ざかったな」

 

 

 冬馬のその言葉と同時に、発令所の各所から大きく息を吐く音が聞こえた。

 潜水艦の戦いにおいて、敵の攻撃を凌ぎ隠れた瞬間は、弛緩(しかん)の一瞬だった。

 しかし戦闘が終わったわけでは無く、また無傷でもない。

 殲滅爆撃とも言える魚雷群と対潜弾の雨を潜り抜けて、さしもの霧の潜水艦もダメージを蓄積している。

 

 

「クラインフィールドはまだ余裕がありますが、被弾箇所の一部から浸水しています。現在、隔壁を閉鎖して応急処置中です」

『また無理な制動をかけたせいで、機関(エンジン)の一部に変調を来たしています』

()()()()()()()()()()だから、勝手もわからないしね~』

 

 

 各所から報告も来るが、概ね、紀沙の予想の範囲内だった。

 実際、静菜達に限らず冬馬も梓も良くやっていると思えた。

 何しろ使い慣れたコンソールでは無く、いわば他人用のそれなのだから。

 

 

 一方でキリシマ達は攻撃は加えてきたが回頭はしていない、おそらく()()()()を正面に取りたいのだろう、紀沙達にとっては好都合だった。

 さらに言えばもはや全速は必要ない、次の移動にそこまでの推力は必要ないからだ。

 後は、タイミングだけである。

 

 

「いや、しっかし驚いたよな」

「はい、まさかいきなり超重力砲とは思いま」

「まさか最初から突撃するとは思わなかったぜ」

 

 

 自分の戦術はワンパターンだろうか? 少し心配になる紀沙だった。

 

 

「大丈夫ですよ艦長。同じ突撃でもそこに至る過程にバリエーションさえあれば、汎用性のある作戦になり得ます」

 

 

 もしかしなくとも慰めの言葉を口にした恋に複雑な視線を向けると、頼れる副長はいつもの細い目で見返してくるばかり。

 これも慣れと言うものなのか、最近はクルーの自分への態度が大分変わってきた。

 何と言うか、良い意味で諦められている。

 信頼と言うには、少々適当に過ぎるが。

 

 

「さて、ひとまず隠れたわけだけど……」

 

 

 ふと、紀沙は天井を見上げた。

 ()()()()()()、だ。

 その先にあるものを見据えるかのように目を細めて、思考する。

 兄、群像の作戦について思考する。

 作戦自体は単純だ、陽動を重ねて本命が一気に敵を叩くと言うものだ。

 

 

 例によって自信満々に説明された作戦、もちろん紀沙はきちんと内容を理解している。

 こうしてこのシートに座っていると兄の気配に包まれているようで、作戦を説明する群像の表情すら思いだすことが出来る。

 そして、嬉しくもあった。

 何故ならこの作戦は紀沙達がキーパーソンであって、自分達の働きで成否が決まると言って良い。

 

 

「兄さん達に知らせて。作戦を次の段階に進める」

「わかった。ああ、だがその前にひとつだけ良いか?」

「……何?」

 

 

 傍らのメンタルモデルの少女に、群像達――つまり相方に()()()ように言った。

 彼女らの言う「触れる」の意味は未だに良くわからないが、紀沙はそれを敵に知られること無く自己の存在を伝えられる方法として認識していた。

 同じ霧の艦艇同士の作戦では、かなり重宝する。

 

 

「出来れば、アンカードリフトはやめてくれ。二度とやりたくない、流石に艦体が折れるかと思った」

 

 

 恨み言のようなその言葉に、紀沙は何も答えなかった。

 ただ、我慢しよう、そう思っていた。

 群像の、兄のために、兄の作戦を完遂するために我慢しようと、そう思った。

 目を閉じれば兄を感じることが出来る、そんな場所に座って。

 恨み言の返答への代わりに、紀沙は言った。

 

 

「――――例の装備の、準備を」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あちらが触れてきた、上手く隠れたようだね」

「了解した。静、紀沙達の位置は? 推定で良い」

 

 

 顎に指先を当てた思案顔で、群像は頷いた。

 正面の戦略モニターを見つめるその顔に複雑さは無く、現状に対するシンプルな思考で占められている。

 つまり、作戦をどう完遂させるか。

 ただ、潜水艦の作戦は広義には1つしか無い。

 

 

 隠れて、不意を討つ。

 基本的にはこれだけだ、正面からの殴り合いなど滅多にやるものでは無い。

 ただ潜水艦が複数いる場合は、ある程度の無茶も出来る。

 狩りは単独よりも集団で役割を振った方が上手く行く、そう言うことだ。

 

 

「三次解析結果出ます。推定位置Bポイント」

「……よし、なら紀沙はオレ達の合図を待っているはずだ」

 

 

 その上で重要なのは、やはり情報だ。

 紀沙達の位置を予測するのも、そのためだ。

 キリシマ達の攻撃が点では無く面の制圧に変わったタイミング、その時に攻撃が集中していた場所から、海底の地形図で潜水艦が隠れるに適している場所のどこかにいる。

 

 

 群像の期待通りかそれに近い展開になれば、まず突破は出来る。

 ただし懸念もあった、霧の艦艇に有効な侵蝕弾頭魚雷のストックが少ないのだ。

 ここ半年程まともな補給を受けられなかったせいだが、ここで言う補給とは通常の食糧や弾薬のことを言っているわけでは無い。

 霧の艦艇にとって不可欠な物質、ナノマテリアルの補給のことだ。

 

 

「白鯨に量子通信、合図だ」

 

 

 量子通信、出航に際してイ404と白鯨に備えたイ401の装備だ。

 電波とは別の通信体系であり、より大容量の情報を高い秘匿性の下でやり取りすることが出来る。

 この2年の戦いで、イ401はナノマテリアルやその他の技術を用いた装備やシステムを多く備えていた。

 量子通信も、その1つである。

 

 

「白鯨が動き次第、最終段階に入る」

 

 

 海底を揺るがす振動は、群像達にも伝わってきている。

 潜水艦の隠密性は極めて高いが、それでも対潜フォーメーションを組んでいる艦隊が相手ではいつまでもは保証できない。

 特にキリシマ達の攻撃は絨毯爆撃と呼ぶに相応しく、海中をいくつかのエリアに区分けして、ひとつひとつのエリアを潰して行っている様子で、虱潰しと言う言葉が良く似合った。

 

 

「大戦艦様は、やることがすげーな!」

「感心してばかりもいられませんよ。ここもいずれ見つかるでしょう」

 

 

 動けば見つかるが、見つからなくともいずれ探り当てられる。

 

 

「良し、杏平。1番から4番に通常弾頭魚雷。5番と6番に侵蝕弾頭魚雷だ」

「良し来た! あーっと……」

「白鯨が動いたら急速浮上だ、例のアレを使うぞ」

『え? ちょっと待って、例のアレって――――『ヒュウガ』のあれじゃないよね!?』

 

 

 ()()()な様子の杏平を見いていると、それを遮るようにいおりの声が響いた。

 不穏な気配でも感じたのか――まぁ、常に通信回線は開いているのだが――機関室から声をかけてきたのだ。

 どうやら彼女からすると、今の群像の発言が相当に聞き逃せないものであったらしい。

 今は彼女自身相当に四苦八苦しているはずだが、それでもと言うことだろう。

 

 

「もちろんアレだ」

『ちょっと待ってよ、アレはまだシミュレーションでしか動かしたことが無いんだよ!?』

「もちろん了解している。機関長の普段の整備を信頼してるよ」

『んなっ』

「諦めろよ、いおり。うちの艦長さんは見た目に反して博打打ちだからな」

 

 

 ケケケと笑う杏平に苦笑を向けて、群像は指揮シートで足を組み直した。

 戦場と言うよりは、どこかやり手のビジネスマンのようにも見える。

 ただ彼が座るにはやや小さなそれに、群像は身じろぎした。

 その際にふわりと感じた気配に、目を細める。

 

 

「かかるぞ」

 

 

 そう宣言して、彼は視線を傍らに向けた。

 そこにはいつものようにメンタルモデルの少女がいたのだが、しかし。

 そこにいたのは、()()()()()()()()()

 

 

「協力願おう、巡航潜水艦――――()()()

「……了解だよ、艦長殿」

 

 

 それに対して、()()()は至極つまらないものを見るような目で答えた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 どうやら、上手く隠れられたらしい。

 センサーから消えたイ404の姿に、キリシマは目を細めた。

 大戦艦クラスのセンサーから隠れるとなると、相手はエンジンを切っているのだろう。

 

 

「ハルナ! 401は見つかったか?」

「……まだ。広範囲は私、狭い範囲は駆逐艦で探査してる」

 

 

 それぞれの艦体から、潜水艦の艦体など一撃で屠れるだろう質・量のミサイルを撃ち放ちながらの会話である。

 本来ならば轟音で互いの声が届かなくとも不思議は無いが、霧の艦艇である彼女達にそんな常識は通用しない。

 そうは言っても、エンジンを切って海底に潜む潜水艦をセンサーやソナーだけで発見するのは難しい。

 

 

 そこでエリアごとに殲滅攻撃を加え、あぶり出しを図っているわけである。

 実際、この戦術はあぶり出しとそのポイントにはいないことの確認と言う2つの目標を同時に達成できるため、一石二鳥ではあった。

 その意味では有効な戦術であると言えるが、ただし時間がかかった。

 タカオ戦術――他の艦から性能補助やナノマテリアル補給を受ける――も、無尽蔵では無い。

 

 

「うーん……」

 

 

 一方で、マヤの様子がおかしかった。

 彼女達は横須賀方面、つまり浦賀水道奥の湾内に向けて艦首を向けている。

 姿の見えないイ401がそちらにいると考えての配置だ、マヤも同じようにしている。

 だが、メンタルモデルは艦尾……つまり後ろを気にしている様子だった。

 

 

「やっぱり、違ったよねぇ? タカオお姉ちゃんが共有ネットワークにアップロードしてたのと」

 

 

 誰に語りかけるでも無く、独りごちる。

 独り言もメンタルモデルを獲得して得たものだ、それは今は関係が無いが。

 マヤは後ろをちらちらと見て、人間で言えば「気もそぞろ」と言った風だった。

 もちろんのこと、キリシマの地道な殲滅攻撃には彼女も参加している。

 

 

「401と404の艦形と、重力子機関の波動」

 

 

 それは、彼女が「疑問」を、もっと言えば「懸念」を感じていたからに他ならない。

 しかしまだ()()彼女(マヤ)のメンタルモデルは、それを具体的な言葉にすることが出来なかった。

 そもそも、彼女は霧の艦艇。

 言葉で意思を伝える必要性を感じずに生まれ、過ごしてきた者なのだから。

 

 

()()()()……()()?」

 

 

 その時だった。

 マヤの優れた情報収集システムが、ある音を捉えた。

 それは海中で巨人が足を踏み鳴らす音にも似て、しかもそれは急激に増えた。

 言うなれば、枕元でオーケストラが演奏を開始したに等しい「音の衝撃」だった。

 

 

「「――――ッ!?」」

 

 

 それは当然、マヤだけで無くキリシマとハルナの感知するところとなる。

 いや、感知と言う言葉は似合わないだろう。

 何故ならその音の波は、まるで弾幕の如く継続的に波長を変えて響き渡ったのだから。

 明らかに、人工の音では無い。

 

 

「何だ、401の新兵器か?」

「違う、タナトニウム反応が無い。これは……」

 

 

 最初はイ401の新兵器かと考えたが、タナトニウムを含まないそれはナノマテリアル製では無い。

 つまり、イ401の攻撃ではない。

 当然、イ404の仕業と言うわけでも無いだろう。

 ならば何か、と言う一種の思考停止に陥ってしまう彼女達を、責めるべきでは無い。

 

 

 何故ならば、その可能性は思考の外にあったからだ。

 それが彼女達にとっての常識であって、言うなれば固定観念に近い。

 つまり、その音の幕は。

 

 

「良いか、速度緩めるなよ! 浅深度を引っ掻き回す、敵の目を引き付けるんだ!!」

 

 

 17年。

 それだけの時間をかけて、霧への対抗策を探り続けてきた。

 海の王者であり、人類と同じ種に属する海獣種の名を関されたネームシップ。

 名を、『白鯨』。

 

 

「行くぞ、皆。404のポイントまで直進! 霧を――――倒すぞ!」

 

 

 打倒霧、駒城艦長の言葉に艦内で大声量の叫びが響く。

 潜水艦にあるまじき行為だが、今は爆音走行とも言うべき状態だ、構うことは無かった。

 いや、叫ばなければ往け無かったのかもしれない。

 そして発令所に満ちるその叫びの中、それらを見やりながら、シートにしがみ付きながら。

 

 

(群像君……紀沙ちゃん)

 

 

 真瑠璃は、同じ戦場にいる一組の兄妹を想った。

 そのためにこそ、彼女は海に戻って来たのだから。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

今回は2万字を超えそうだったので、前後編に分けてみました。
そのため、今話は少し短めになっております。
け、けして、締め切りに間に合いそうに無かったという理由では無いですよ?

そ、それでは、また次回(脱兎)

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