蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth109:「彼女達の旅路」

 今年もこの時期がやって来たのだと、真瑠璃は思った。

 横須賀、旧第四施設跡の慰霊広場だ。

 毎年行われる火災事故の慰霊式典に、真瑠璃は今年も事故の生存者として参加していた。

 軍に良いように使われているような気もするが、慰霊の気持ちには嘘は無かった。

 

 

『あの痛ましい事故から、長いようで、しかし短い時間が過ぎました……』

 

 

 北が、演説していた。

 パイプ椅子に座り、北が演説しているのと同じ壇上から――真瑠璃もこの後にスピーチをする予定だからだ――真瑠璃は、広場に集められた人々の顔を、1つ1つ見つめた。

 事故の遺族はもちろん、軍関係者や、様々な立場の人々が、北の演説に耳を傾けていた。

 

 

 最前列には、真瑠璃の良く知る人々がいた。

 ()()()の戦いでイ号潜水艦を駆り、地球の危機を救った()()達だ。

 選択が違えば、真瑠璃もあちら側に座っていたのかもしれない。

 そんなことを、ふと思った。

 

 

『しかし彼らの遺志を継ぎ、この海洋技術総合学院を巣立った者達が今、復興の旗手となって……』

 

 

 そう、あの戦いからすでに1年が経った。

 第二次<大海戦>と今や呼ばれているあの戦いは、()()()の活動停止によって終結した。

 多くの犠牲者を出した大災厄も、今や復興の時代だ。

 真瑠璃も、北の言う「復興の旗手」のひとりに数えられているのだろう。

 

 

『我々は、かつてこの地で年若い、未来への希望に満ちた生徒達を失ったことを……』

 

 

 不意に、真瑠璃は最前列の青年と目が合った。

 この1年でさらに精悍になったが、あの黒髪の跳ね具合と不敵な表情は見間違えない。

 群像だった。膝に、父である翔像の写真を抱いていた。

 1年前の戦いの後、名誉と軍籍を回復され、殉職扱いとなって海軍中将の称号を贈られている。

 

 

 群像がすぐに視線を外したため、微かな切なさを感じつつも、真瑠璃も視線を動かした。

 群像の隣には、今も変わらずあの蒼い少女――イオナがいた。

 あの戦いの後、()()()に取り込まれた霧や人が帰って来たのだ。

 全員では無いが――二次災害等、間接的に死んだ者は帰ってこなかった――人は、それを奇跡と呼んだ。

 だが、真瑠璃はそれは神の奇跡では無く、誰かの意思によるものでは無いかと思っていた。

 

 

『祈りましょう、ここで亡くなった若者達のために。そして……』

 

 

 群像とイオナと同じ列には、僧や杏平、いおり達がいた。変わりないようだ。

 ゾルダンと『U-2501』達、『コンゴウ』達や霧の面々、<騎士団>の姿もあった。

 『タカオ』達もいる、『タカオ』は沙保里の写真を抱いていた。

 彼女達は旧第四施設の事故には関わりが無いが、ひとりの少女に敬意を表するためにやって来ていたのだ。

 

 

 それから、イ404のクルーの面々もいる。

 蒔絵が抱いている写真に、真瑠璃は複雑な気持ちを得た。

 そこには、父と同じ海軍中将の階級に――当然、最年少だ。おそらく今後も塗り替えられることは無いだろう――()()()()少女が映っている。

 世界を救った、少女だ。

 

 

『そして、先の戦いで命を落とした者達のために……』

 

 

 千早紀沙と言う少女がいた、真瑠璃の級友でもあった。

 彼女は今、ここにはいない。

 1年前の戦いから、彼女は戻って来なかったのだ。

 自分の命を犠牲にして、世界を救った――――。

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()

 嗚呼、まったくもって腹立たしい。

 真瑠璃は、透けるような青空を見上げた。

 結局、自分は最後まであの兄妹に振り回されただけだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ()()()の残骸は、今も海や陸上に残っている。

 残骸とは言えナノマテリアルに近い物質で構成されているため、置いておけば自然に無くなると言うものでは無かった。

 だから霧の艦隊と<騎士団>は協力して、()()()の残骸の解体事業を行っていた。

 

 

「よぉ――し、オーライ! オーラーイ!」

 

 

 霧の工作艦『アカシ』が、『ハシラジマ』跡地で()()()の解体作業の指揮を執っている。

 その様子を甲板からぼんやりと眺めながら、コトノは如雨露(じょうろ)を置いた。

 燦々(さんさん)と照りつける太陽の下で、スイカの表面を水滴が滑っていた。

 

 

「今年のスイカも良い出来ね」

 

 

 誰に食べさせるわけでも無いのに、コトノは今も甲板菜園を続けていた。

 趣味のようなもので、手持ち無沙汰な時にするには良いのだ。

 最も、もう1人の()()()はそれ以前に何にも興味を持っていなさそうな顔をしていた。

 

 

「アレヲ調ベテミタガ、ヤハリ活動ヲ停止シテイル」

 

 

 宇宙服の女、だ。

 1年前の戦いが終わった頃から、彼女はコトノの下に身を寄せていた。

 おそらく、自分の役割は終わったと考えているのだろう。

 今は、()()()の解体事業に協力してくれていた。

 

 

「そう。まぁ、そうでしょうね。コアを破壊してしまったから」

 

 

 少し暗い声音で、コトノはそう言った。

 もはや総旗艦としての力も失い、かつての威容はどこにも見えない。

 だがそれはコトノに限った話では無く、『アカシ』を始め、他の霧の艦艇にも言えることだった。

 かつて人類を圧した存在感は、どこか薄らいで見える。

 まるで、存在そのものが希薄にでもなったかのように。

 

 

「『アドミラリティ・コード』も、今度こそ失われてしまった」

 

 

 ――――()()()()

 『コード』を失った霧、そして<騎士団>は、もはや不死身の存在では無くなった。

 人類よりもずっと強靭で()()()であることは間違いないが、悠久の果て、彼女達は有限の存在としていつか終わりを迎えることになるだろう。

 そのこと自体を悲観する者は、幸か不幸か、霧にも<騎士団>にもいなかった。

 

 

 永い、しかし限られた時間。

 コトノは「宇宙服の女」と共にそれを見つめる者として、霧と<騎士団>、そして人類の行く末を見守るつもりだった。

 千早紀沙が築いた世界を、見つめ続けていたいと思った。

 

 

「待つ女はいつも辛い、なんてね」

 

 

 とは言え、紀沙にも誤算はあった。

 彼女は()()()諸共、霧も<騎士団>もいない世界を作るつもりだったのだろうが、たったひとつの誤算が、霧に人類と同じく寿命を与えると言う中途半端な形になったのだ。

 あの時、『タカオ』が所持したままだった『コード』の最後のひとかけらのおかげで。

 

 

 『アドミラリティ・コード』が完全な形で破壊されていたのなら、今とはまるで違う世界が広がっていただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 それはきっと皆にとって幸福なことだったのだと、コトノは思っていた。

 ほんのひとかけら、それだけで、()()()は今も旅を続けている。

 終わりは、まだ来ない。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――どこかの海、どこかの島。

 余り知られていない名前の海の、誰も知らないような島。

 いわゆる絶海の無人島と呼ばれる、僅かな樹木だけが点在するだけの島。

 島の砂浜に、ぽつぽつと足跡がふたつ――この時点で、()()島だ――続いていた。

 

 

 足跡の先に、小さな無人島には似つかわしくない、武骨な物体が転がっていた。

 白い砂浜に乗り上げたそれは、100メートル程はあろうかと言う鋼の物体だった。

 くすんだ灰色が、砂浜の白と海の蒼に溶け込んで見える。

 その中で、ひとつだけ銀色に煌めくものがあった。

 

 

「さて」

 

 

 銀色の少女が、こつん、と後頭部を鋼の壁にぶつける。

 それはまるで、ノックでもしているかのようだった。

 

 

「次はどこに行こうか?」

 

 

 顔を上げて、催促するように、今度は拳の裏でコンコンと叩いた。

 誰かが陽を遮って、少女の顔に影が落ちてきた。

 すると、銀色の少女が笑みを浮かべた。

 陰も皮肉さも無い、素直な笑顔だった。

 ――――()()()の旅は、まだ始まったばかりだった。




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

この投稿をもって、蒼き鋼のアルペジオ二次「灰色の航路」は完結となります。
投稿・感想、その他で支えて頂いた読者の皆様には、感謝しきれません。
2年以上の投稿はなかなか独りの気力では難しいので、読者の皆様の存在は本当に力になっています。

紀沙を始め、なかなか思い通りに動いてくれないキャラクター達でしたが、それも創作の一興、面白いところでした。
さて、あまり長々とお話しても間延びしますので……ここらで、終了とさせて頂きます。

それでは皆様、完結までお付き合い頂き、本当に有難うございました。
また、どこかでお会いしましょう。

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