今年もこの時期がやって来たのだと、真瑠璃は思った。
横須賀、旧第四施設跡の慰霊広場だ。
毎年行われる火災事故の慰霊式典に、真瑠璃は今年も事故の生存者として参加していた。
軍に良いように使われているような気もするが、慰霊の気持ちには嘘は無かった。
『あの痛ましい事故から、長いようで、しかし短い時間が過ぎました……』
北が、演説していた。
パイプ椅子に座り、北が演説しているのと同じ壇上から――真瑠璃もこの後にスピーチをする予定だからだ――真瑠璃は、広場に集められた人々の顔を、1つ1つ見つめた。
事故の遺族はもちろん、軍関係者や、様々な立場の人々が、北の演説に耳を傾けていた。
最前列には、真瑠璃の良く知る人々がいた。
選択が違えば、真瑠璃もあちら側に座っていたのかもしれない。
そんなことを、ふと思った。
『しかし彼らの遺志を継ぎ、この海洋技術総合学院を巣立った者達が今、復興の旗手となって……』
そう、あの戦いからすでに1年が経った。
第二次<大海戦>と今や呼ばれているあの戦いは、
多くの犠牲者を出した大災厄も、今や復興の時代だ。
真瑠璃も、北の言う「復興の旗手」のひとりに数えられているのだろう。
『我々は、かつてこの地で年若い、未来への希望に満ちた生徒達を失ったことを……』
不意に、真瑠璃は最前列の青年と目が合った。
この1年でさらに精悍になったが、あの黒髪の跳ね具合と不敵な表情は見間違えない。
群像だった。膝に、父である翔像の写真を抱いていた。
1年前の戦いの後、名誉と軍籍を回復され、殉職扱いとなって海軍中将の称号を贈られている。
群像がすぐに視線を外したため、微かな切なさを感じつつも、真瑠璃も視線を動かした。
群像の隣には、今も変わらずあの蒼い少女――イオナがいた。
あの戦いの後、
全員では無いが――二次災害等、間接的に死んだ者は帰ってこなかった――人は、それを奇跡と呼んだ。
だが、真瑠璃はそれは神の奇跡では無く、誰かの意思によるものでは無いかと思っていた。
『祈りましょう、ここで亡くなった若者達のために。そして……』
群像とイオナと同じ列には、僧や杏平、いおり達がいた。変わりないようだ。
ゾルダンと『U-2501』達、『コンゴウ』達や霧の面々、<騎士団>の姿もあった。
『タカオ』達もいる、『タカオ』は沙保里の写真を抱いていた。
彼女達は旧第四施設の事故には関わりが無いが、ひとりの少女に敬意を表するためにやって来ていたのだ。
それから、イ404のクルーの面々もいる。
蒔絵が抱いている写真に、真瑠璃は複雑な気持ちを得た。
そこには、父と同じ海軍中将の階級に――当然、最年少だ。おそらく今後も塗り替えられることは無いだろう――
世界を救った、少女だ。
『そして、先の戦いで命を落とした者達のために……』
千早紀沙と言う少女がいた、真瑠璃の級友でもあった。
彼女は今、ここにはいない。
1年前の戦いから、彼女は戻って来なかったのだ。
自分の命を犠牲にして、世界を救った――――。
――――
嗚呼、まったくもって腹立たしい。
真瑠璃は、透けるような青空を見上げた。
結局、自分は最後まであの兄妹に振り回されただけだった。
◆ ◆ ◆
残骸とは言えナノマテリアルに近い物質で構成されているため、置いておけば自然に無くなると言うものでは無かった。
だから霧の艦隊と<騎士団>は協力して、
「よぉ――し、オーライ! オーラーイ!」
霧の工作艦『アカシ』が、『ハシラジマ』跡地で
その様子を甲板からぼんやりと眺めながら、コトノは
「今年のスイカも良い出来ね」
誰に食べさせるわけでも無いのに、コトノは今も甲板菜園を続けていた。
趣味のようなもので、手持ち無沙汰な時にするには良いのだ。
最も、もう1人の
「アレヲ調ベテミタガ、ヤハリ活動ヲ停止シテイル」
宇宙服の女、だ。
1年前の戦いが終わった頃から、彼女はコトノの下に身を寄せていた。
おそらく、自分の役割は終わったと考えているのだろう。
今は、
「そう。まぁ、そうでしょうね。コアを破壊してしまったから」
少し暗い声音で、コトノはそう言った。
もはや総旗艦としての力も失い、かつての威容はどこにも見えない。
だがそれはコトノに限った話では無く、『アカシ』を始め、他の霧の艦艇にも言えることだった。
かつて人類を圧した存在感は、どこか薄らいで見える。
まるで、存在そのものが希薄にでもなったかのように。
「『アドミラリティ・コード』も、今度こそ失われてしまった」
――――
『コード』を失った霧、そして<騎士団>は、もはや不死身の存在では無くなった。
人類よりもずっと強靭で
そのこと自体を悲観する者は、幸か不幸か、霧にも<騎士団>にもいなかった。
永い、しかし限られた時間。
コトノは「宇宙服の女」と共にそれを見つめる者として、霧と<騎士団>、そして人類の行く末を見守るつもりだった。
千早紀沙が築いた世界を、見つめ続けていたいと思った。
「待つ女はいつも辛い、なんてね」
とは言え、紀沙にも誤算はあった。
彼女は
あの時、『タカオ』が所持したままだった『コード』の最後のひとかけらのおかげで。
『アドミラリティ・コード』が完全な形で破壊されていたのなら、今とはまるで違う世界が広がっていただろう。
しかし、そうはならなかった。
それはきっと皆にとって幸福なことだったのだと、コトノは思っていた。
ほんのひとかけら、それだけで、
終わりは、まだ来ない。
◆ ◆ ◆
――――どこかの海、どこかの島。
余り知られていない名前の海の、誰も知らないような島。
いわゆる絶海の無人島と呼ばれる、僅かな樹木だけが点在するだけの島。
島の砂浜に、ぽつぽつと足跡がふたつ――この時点で、
足跡の先に、小さな無人島には似つかわしくない、武骨な物体が転がっていた。
白い砂浜に乗り上げたそれは、100メートル程はあろうかと言う鋼の物体だった。
くすんだ灰色が、砂浜の白と海の蒼に溶け込んで見える。
その中で、ひとつだけ銀色に煌めくものがあった。
「さて」
銀色の少女が、こつん、と後頭部を鋼の壁にぶつける。
それはまるで、ノックでもしているかのようだった。
「次はどこに行こうか?」
顔を上げて、催促するように、今度は拳の裏でコンコンと叩いた。
誰かが陽を遮って、少女の顔に影が落ちてきた。
すると、銀色の少女が笑みを浮かべた。
陰も皮肉さも無い、素直な笑顔だった。
――――
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
この投稿をもって、蒼き鋼のアルペジオ二次「灰色の航路」は完結となります。
投稿・感想、その他で支えて頂いた読者の皆様には、感謝しきれません。
2年以上の投稿はなかなか独りの気力では難しいので、読者の皆様の存在は本当に力になっています。
紀沙を始め、なかなか思い通りに動いてくれないキャラクター達でしたが、それも創作の一興、面白いところでした。
さて、あまり長々とお話しても間延びしますので……ここらで、終了とさせて頂きます。
それでは皆様、完結までお付き合い頂き、本当に有難うございました。
また、どこかでお会いしましょう。