蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth015:「コンゴウ」

 その衝撃は、硫黄島の秘密ドックの中にまで響いて来た。

 山の中腹を狙ったらしいその一撃は、僅かの時間ながら島全体に地震を引き起こした。

 さほど長い時間続いたわけでは無いが、単艦の攻撃の結果としては驚異的だった。

 

 

「姉様、コンゴウが来たようですわ」

「戦力はわかるか?」

「虎の子の直属部隊は連れて来ているでしょう。彼女の艦隊の所属艦は常に日本近海を航行しているわけですから、調整次第では相当数の艦艇を集結させられるはずです」

「共有ネットワークに情報が上がっていないのは、こちらに気取らせないためか」

 

 

 霧は基本的に得た情報を共有ネットワークにアップデートし、情報と経験の共有を行う。

 しかしそれは別に義務と言うわけでは無く、秘匿することも出来る。

 当然、専用の回線を通じて共有対象を絞ることも可能だ。

 今回の場合、艦隊各艦の航路と時間の調整について秘匿し、硫黄島に気付かれずに艦隊を集結させたことになる。

 

 

 いくらイオナが巡航潜水艦であろうと、ヒュウガが大戦艦であろうと、探知範囲には限界がある。

 特にドックで集中整備中となれば、そもそも探知が出来ないこともあり得る。

 とにかく、攻撃を行ったのはコンゴウ。

 しかも群像達がいる浜辺を()()()狙わず、離れた位置を撃っている。

 

 

「どう言う意図かな」

「さぁ。ただコンゴウは真面目で頭が固いように見えて、戦略・戦術に関する吸収力は東洋艦隊で随一でしょうから。単なる威嚇とも思えませんが」

 

 

 ヒュウガは例の卵形の機械に座っており、空中に投影された表示枠が浮かんでは消えていた。

 少々予定が変わったが、硫黄島を放棄――と言うより、戻って来れない――することに変わりは無いので、施設の破壊と情報の抹消にかかっているのである。

 それらを思考の隅に置きつつ、ヒュウガは宙に浮かんだまま腰を落とし、手を伸ばした。

 

 

「どうします、姉様?」

 

 

 そっと、イオナの頬に触れる。

 対してイオナは、それを受け入れも拒否もしなかった。

 ヒュウガの気の済むようにさせている、と言えば良いだろうか。

 そもそも、愛情や慕情、好意と言った感情を具体的に理解できない。

 それが、彼女達と言う存在だった。

 

 

「別にどうもしない」

 

 

 そんな彼女達が言葉にする好意や忠誠とは、いったい何だろうか。

 本当のところは、わからない。

 しかし人間同士も互いの気持ちを本当の意味で理解し合えないように、それは普通のことだ。

 そして、確かなこともある。

 

 

 霧の少女達は、嘘を吐かない。

 人間は、霧に対して信頼の感情を向けることが出来る。

 そして霧の技術力と人の発想を合わせた時、そこには両者の想像を絶する何かが生み出される。

 

 

「私は、群像に従うだけだ」

 

 

 それが、千早群像とイオナの関係。

 イオナの表情を掌を通じて知ったのだろう、ヒュウガが相好を崩した。

 そしてそんな霧の少女達の背後では、イ401とイ404を含む()()()()()が出撃を待っていた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 姉妹艦、と言うものがある。

 簡単に言えば同型艦のことで、例えば同型で後から建造された艦艇を「○○型2番艦」等と呼称して呼び分ける。

 この場合、1番艦はネームシップ又はクラスリーダー等と呼ばれ、唯一型式と同名となる。

 

 

「ご苦労でした、スズヤ、クマノ、チョウカイ」

 

 

 霧の艦艇においても、姉妹艦とは特別な意味を持つらしい。

 それは同型艦であるが故にひと括りにされることが多く、また性能面でほぼ同じである以上、他の艦種に比べて互いを理解しやすいと言う一面があったためだろう。

 どんな存在であれ、同質性の高さは親密さにも繋がるのだ。

 

 

 そしてそれは、いわゆる金剛型2番艦『ヒエイ』を模した霧の大戦艦、ヒエイも例外では無かった。

 第一巡航艦隊旗艦たるコンゴウの妹にあたり、艦にしろメンタルモデルを維持する演算力にしろ、同艦隊の中では名実共にナンバー2の位置にあった。

 メンタルモデルはブルネットの長髪に赤縁の眼鏡をかけた女性の姿をしており、どう言うわけか「生徒会名簿」と刻印されたバインダーを手に持っている。

 

 

「スズヤとクマノは、それぞれ駆逐隊を率いて包囲網に加わりなさい。チョウカイはそのままの位置で待機。艦隊旗艦の命令を待ちなさい」

「了解でーす!」

「『…………』」

 

 

 黒い巨艦――無論、ヒエイの艦体だ――の周囲では、様々な艦種の艦艇がひしめいている。

 硫黄島の監視を行っていたスズヤ達もその一部であって、3隻の重巡洋艦を以ってして一部と言えてしまう程に多くの艦が集結していると言う意味でもあった。

 そしてそれは全て、コンゴウ麾下の第一巡航艦隊に所属する艦艇だった。

 

 

「ヒエイ」

 

 

 そして、その中心にいるヒエイに艦を寄せる存在がいた。

 艦名は『ミョウコウ』、クラスは重巡洋艦である。

 内向きに跳ねる髪質の女性の姿をしており、右目を覆う機械式の眼帯が特徴的だ。

 しかし何よりも特徴的なのは、ブレザーの学生服に身を包んでいることだろう。

 

 

 良く見れば、ヒエイも同じデザインの制服を着ている。

 ただヒエイが上着の丈まできっちり揃えているのに対し、ミョウコウが着ている制服は裾やソックスの丈が左右で微妙に違い、また鎧武者が身に着けるような篭手を装着していた。

 そして両者共に、左腕に「生徒会」と印字された腕章をつけていた。

 

 

「ミョウコウ、他の者達は配置につきましたか?」

「ああ、後方にも補給艦と回収艦を連れた『イセ』も到着した。西はうちの三女、東はうちの四女、私がお前の護衛。そして次女が……」

 

 

 艦橋の上から後方を振り返りながら、ミョウコウは言った。

 暗い夜空の下、黒の艦隊が蠢いている。

 

 

「……艦隊旗艦は?」

「今は動けません、換装中です。そして……」

 

 

 眼鏡を指で押し上げながら、ヒエイは答えた。

 

 

「今は敵と交渉中です。イ401、そしてイ404と」

 

 

 ヒエイは、コンゴウの姉妹艦である。

 そしてもう2隻、彼女には姉妹艦がいた。

 『キリシマ』、そして『ハルナ』。

 浦賀水道において、イ401とイ404の2隻に破れた霧の大戦艦である。

 

 

 霧の艦艇にとって、姉妹艦とは自らに近しい存在だ。

 だからこそコンゴウはハルナ達を派遣したのだし、ヒエイもまたそれで十分と判断していた。

 しかし現実として、そうはなっていない。

 ヒエイにとって、それはあってはならないことだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 群像にとって、意外なこと。

 それは、敵――今のところは、敵、と表現するのが正しいだろう――の旗艦であるコンゴウが、単身で硫黄島に上陸して来たことだ。

 群像としても対話は必要だと考えていたが、しかし相手の側からきっかけを作ってくるとは思わなかった。

 

 

「では改めて、ようこそ硫黄島へ。歓迎する、霧の東洋艦隊第一巡航艦隊旗艦殿」

「……面倒くさい奴だな、コンゴウで良い」

「了解した。では、コンゴウ。我々はキミの来訪を心から歓迎する」

「一応礼を返しておくとしよう、千早群像」

 

 

 そして、コンゴウにとって意外なこと。

 それは、敵――霧にとって、人類がはたして本当の意味で敵足りえるのかは別として――である千早群像が、自分の上陸を歓迎したことだ。

 コンゴウとしては様々な思惑で単身上陸したのだが、迎撃のひとつも無いことには純粋な驚きを感じた。

 

 

 コンゴウは今、浜辺に設置されたテーブルの席についていた。

 初めは基地の内部に案内されるところだったのだが、それはコンゴウ側で拒否した。

 案内されそうになったこと自体がやはり意外で、そして何よりの意外は、その場に漂う香りだった。

 

 

「何だ、これは」

「うん? ああ、気にしないでくれ。こちらはすでに夕食を済ませた後だったんだ」

 

 

 コンゴウが言ったのはそう言う意味では無いのだが、群像はあえてそう言った。

 つんと鼻を刺激しながらも、程よい甘さを想像できる香り。

 その香りの正体はテーブル、特にコンゴウの前に置かれた()()から漂っていた。

 小魚と葉物を辛子醤油で和えた物で、魚の赤身と葉物の緑が白いお皿に映えている。、

 さっと作れて、目でも楽しめる料理だった。

 

 

 しかし、料理の種類はコンゴウ程の演算力をもってすれば容易にわかる。

 彼女が言っているのは、何故こんな物を出すのかと言うことだ。

 つまり、状況に対する問いである。

 霧であるコンゴウに食事の概念は無いし、まして敵なのだ。

 

 

「人間は相手をもてなす時、料理を振る舞うものなんだ」

「それは人類文化史の一部として理解している。だが、私にそれをする意味は無いだろう」

「確かに、意味は無いかもしれない。だがキミにとって、そうされることで受けるデメリットは無いはずだ。それでもそれをするオレ達に、もしかしたら興味を持ってくれかと思ったんだ。そして実際、キミはオレにその意図を問うてきた。その意味で、この対応は外れではいなかったと思っているよ」

「……それは随分と独特な思考だな」

 

 

 そして、もう1つの意外。

 それは紀沙にとっての意外であって、おそらくこの場で1番大きな意外だった。

 

 

「お前も同じ考えか? 千早紀沙」

 

 

 紀沙と呼ばれた女性は、当然、群像の隣に座っている。

 彼女はこれまで何か言葉を発することは無かったが、名を告げられればコンゴウの側に顔を向けた。

 ()()()()()()()()()()()その女性は、露になった右目でコンゴウを見つめていた。

 そして、彼女を知る者がいればはっきりと違和感を感じたことだろう。

 ――――ぶっちゃけ、静菜である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 幸い、魚介類だけは多くあった。

 しかし魚介類の調理や下拵(したごしら)えにはそれなりの慣れと技量が必要である上、物資不足の日本で調理の経験がある者は少ない。

 それも和食となると、よほど裕福な環境に身を置いていない限りは調理する機会は皆無だ。

 

 

「……良し、おすまし出来ました!」

「あいよ。おお、おすましってのは結構香りが立つんだねぇ」

 

 

 スズキのアラを使ったおすましを椀に入れて渡すと、すんすんと香りを嗅いだ梓が涎を垂らしそうな顔をする。

 香りが立つのは、隠し味のお酒のせいだろうか。

 アラの白身だけでは見栄えが今一つだが、山菜を加えてみれば意外と映えて見える。

 

 

 梓が盆に乗せたおすいものを持って出て行くのを見守った後、紀沙はふぅと溜息を吐いた。

 調理の熱のせいだろう、顔色は火照ったように赤く、額や首筋には汗の雫が見えた。

 白の三角巾と割烹着を身に着け、手の甲で額の汗を拭う姿は様になってはいる。

 なってはいたが、それを本人が納得しているかと言うとそう言うわけでも無い。

 

 

「やっべ、刺身とか10年以上ぶりに食べたわ俺」

「ちょ、冬馬さん。つまみ食いはやめて下さい!」

 

 

 そこは、硫黄島基地の厨房だった。

 余り使用されていないらしく、電気式の機材や調理器具は真新しい。

 システム化されていることもあって、使い勝手は正直、北の屋敷の物よりも良かった。

 時間が無いのでおすましとお刺身の具材を一緒にしたのだが、その内のお刺身の方をエプロン姿の冬馬がパクパクと食べていた。

 

 

「フライを揚げておいて下さいってお願いしましたよね!?」

「艦長ちゃん、俺って料理長じゃん?」

「え? ああ、はい。それは確かに」

「つまり厨房では俺が法律なわけですよ。だからフライを揚げるも艦長ちゃんを頂くのも俺の自由ってわけですよ」

「そんなわけ無いでしょ!? あと私を揚げ物にするのはやめて下さい」

「突っ込み所はそこじゃないでしょーよ」

 

 

 何故か呆れた顔をされたが、冬馬が魚と山菜の揚げ物を乗せたお皿を渡してくると、紀沙は溜息を吐きながらそれを受け取った。

 梓が戻ってくるまでに盛り付けねばならないので、ぐちぐちと言っている暇は無いのだ。

 

 

「後はどうするよ」

「お肉があったら良かったんですけど。まぁ、揚げ物で誤魔化します。時間が無いので後は山菜ご飯とお漬物で、デザートは何を……って」

 

 

 待て。

 そこで紀沙は正気に戻った、はっとした。

 自分はどうして、こんな風に一生懸命おさんどんをやっているのか。

 群像に「お前にしか頼めないんだ」と――確かに、和食のおもてなし料理などは紀沙にしか作れない――言われて懸命になっていたが、これを食べるのはコンゴウでは無いか。

 

 

 いったい何が哀しくて、霧の大戦艦なんかに食事を振る舞わなければならないのか。

 これが群像が食べてくれるならまだ我慢したが、そう言うわけでも無い。

 完全に、これを食べるのはコンゴウである。

 しかし真面目な性格が災いしてか、調理に手は抜かない紀沙なのだった。

 

 

「いや、コンゴウは一口も食べてないよ」

 

 

 その時、いつの間にかお玉を手にしたスミノが横に立っていた。

 スミノはお玉でおすましを鍋から直接掬い、ズズズと音を立てて飲んでいた。

 正直、行儀が悪い。

 

 

「何だいこれ、人間的には美味しいのかい? 成分は水と酒、醤油に塩と……?」

「ちょっと、勝手に食べないで。それに直接口をつけたらもう食べられないじゃない」

「どうしてだい?」

 

 

 そこで「どうして?」と首を傾げられる精神がわからなかった。

 しかし追い出すことも出来ない。

 

 

『それで? コンゴウ、来訪の目的を伺いたい』

 

 

 何故なら、スミノがいることで群像とコンゴウの会談内容を聞けているからだ。

 ただの通信傍受の類ではコンゴウの意思次第で防がれてしまうため、霧のスミノの力が必要になってくる。

 本当なら紀沙もその場にいるはずだったのだが、群像の提案で影武者を立てることにしたのだ。

 

 

 流石に料理の作り手がいないと言う理由だけで、紀沙を引き離したりしないだろう。

 コンゴウの目的がわからない以上、首脳部全員を彼女の前に出すのは危険だと言う判断だ。

 とは言えコンゴウのために料理を作るのは業腹であり、と言って一口も口にしていないと言うのもそれはそれでイラつく、複雑な心境だった。

 

 

「せめて、兄さんが食べてくれたら良かったのに……」

「…………」

 

 

 そして、そんな紀沙をスミノがじっと見つめていた。

 何かを言いたげに唇を戦慄かせた彼女は、それをおすましを飲むことで飲み込んだ。

 いつの間にか、冬馬の姿も厨房から消えていた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 参ったなぁ、と、良治は思っていた。

 紀沙の命令と言うか頼みとは言え、こんなことを引き受けてしまうとは。

 

 

「いやぁー! 離してよ変態! この誘拐犯、ロ○コン!」

「失礼な、僕は膝枕が上手なむっちりしたお姉さんが好みなんだよ!」

「どっちにしろ変態じゃん! おじいさまー、ローレンスー、たすけてー!」

 

 

 イ404の医務室は、これまでは良治の城であった。

 しかしイ404のクルーは艦長の紀沙も含めて健康体であり、今のところはほとんど出番が無い。

 正直、週に1度の感染症予防と月に1度の健康診断だけが楽しみなのである、何がとは言わないが。

 

 

 とは言え、実際、民間人それも子供の面倒を見ろとはなかなかの命令だ。

 良治は医者であって保育士では無く、子供は嫌いでは無いがそれも相手の態度によった。

 しかも戦場である。

 いかに良治が紀沙に弱いと言っても、この命令はなかなかに難問だった。

 

 

(と言って、他のクルーじゃなぁ)

 

 

 艦長である紀沙はともかくとして、他のクルーで子守が得意そうな者はいない。

 冬馬とあおいは悪い影響を与えそうだし、梓は少々乱暴だ、静菜は真顔で世話をしそうで怖い。

 恋は比較的大丈夫かもしれないが、正直ちょっと良くわからない。

 消去法で言っても良治しかいないわけで、スミノに言わせれば「人材不足が甚だしいね」だ。

 

 

 最も、梓と冬馬と恋は発令所付きで、あおいと静菜は機関室、そう言う意味でも良治しかいない。

 逆に言えばイ401よりは頭数がある分、便利と言えばそうだろう。

 まぁ、何だかんだと言ったが、良治としては紀沙の「お願い」は二つ返事でオーケーだ。

 後先を考えない男である。

 

 

(この子を()()()()()()と言われちゃ、ね)

 

 

 頬を膨らませてそっぽを向いている蒔絵を見ながら、そんなことを思う。

 何しろ振動弾頭の基礎理論を作った存在だ、その重要性は良治の比では無い。

 展開次第では命の危険すらある、勿論、そこには良治達のことも含まれている。

 知るべきでは無いことを知った人間が消されるなど、統制軍では少なくない話だった。

 

 

(ただ、まぁ、問題があるとすれば……)

 

 

 そんな中にあって、紀沙の数少ない味方であること。

 力の有る無しは問題では無く、それだけでも心の負担は減るだろう。

 何しろ同志が集まったイ401とは違って、イ404は軍艦なのだ。

 この違いは意外と大きいと、紀沙も含めて気付いている人間は少ない。

 

 

「……おじいさま……」

 

 

 味方がいないと、孤独を感じた時。

 そう言う時ほど、人は弱くなるものだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 交渉とは目に見えることばかりでは無い、とは良く言ったものだ。

 これは交渉の舞台裏のことを意味する言葉だが、霧にとっては全く別の意味にもなる。

 

 

「こうして話すのは初めてかな、401、ヒュウガ。そして404」

 

 

 白い、白い御影石の東屋。

 霧の概念空間内での通信を人間が知覚することは出来ない。

 だからその東屋も、テーブルも椅子も、周囲を吹く風や庭園も、全て()()()視覚表現する場合のイメージに過ぎない。

 故に、テーブルの上に並べられた紅茶やお菓子から香りや味を感じることは出来ない。

 

 

 そして今、座席には4人の女性の姿があった。

 主賓は濃紫色のロングドレスを着た女性、いやメンタルモデル、コンゴウだ。

 アップにした金髪を優美に揺らしながら、カップの縁に唇をつけている。

 恐ろしい程に様になっているが、それは造り物としての美しさだった。

 

 

「お前達に問うが、どうして人類の味方をしている?」

 

 

 それに対して、呼び出された3人のメンタルモデルの返答はこうだった。

 

 

「私は、私の艦長に従うだけ」

「私は別に人間の味方ってわけじゃないわ。イオナ姉様の傍にいたいだけよ」

「ボクも別に、人間の味方なんてしてるつもりは無いなぁ」

 

 

 総じて、人類の味方のつもりは無いと言う。

 ただし、わかったこともある。

 イオナはあくまで艦長と定めた人間に従っているだけで――理由はわからないが――ヒュウガに至っては、これも理由はわからないがイオナに従っているだけ、と言うことだ。

 ただしそうなってくると、わからないのはイ404――スミノと言うことになる。

 

 

「お前もそうか、404? お前の艦長に従っているだけだと?」

「さぁ、ボクははたしてあの人の艦と言えるのかな」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ、コンゴウ」

 

 

 頭の後ろに両手を回して胸を逸らしながら、スミノは言った。

 

 

「ボクは確かにあの人に従っている。けど、それで従属の感情を得ているわけじゃない」

「ならば何故?」

「興味があるんだ」

「興味? 人類に興味があると言うことか? メンタルモデルを得て以後、人類の文化に興味を抱く艦が増えていることは承知している。だが、だからと言って人間を乗せて霧と戦う選択をした例はない」

 

 

 コンゴウが知りたいのは、イ401達と他の霧の艦艇の相違点についてだった。

 実際、任務の外で色々と人類の文化に興味を持ち、中には密かに人間と接触している者もいる。

 コンゴウはそれを承知していたし、中には共有ネットワークにわざわざアップロードする者までいる。

 しかしどうも、スミノの言う「興味」が別のもののようにも思えた。

 スミノは言う。

 

 

「あの人が何を感じ、何を思っているのか。あの人がどこへ向かい、どこへ辿り着くのか」

 

 

 スミノは、人間が理解できない。

 神のように清らかで、魔王のように残酷で、天使のように愛を説き、悪魔のように欲望を囁く。

 誰かに優しくする一方で誰かを虐げ、誰かを貶める一方で誰かを救う。

 倫理を説きながら自らそれを犯し、善行を積みながら悪事を働く。

 

 

 そして、千早紀沙と言う人間が理解できない。

 善悪さだからぬ人間を善と信じ、善悪の概念を持たぬ霧を悪と断じる。

 しかもそこには一切の根拠は無く、ただそう信じている、いや信じたいと言う風だった。

 純粋で何色にも染まる、いや、すでに何色かに染まっていると言うべきか。

 

 

「ボクは、それが知りたいんだよ。知りたくて知りたくて、仕方ないんだ」

「……404、お前は何者だ?」

「ボクは霧の潜水艦、イ400型巡航潜水艦のイ404」

「いや、違う。霧の艦艇はすべからくアドミラリティ・コードに従い行動している、大小の差はあれどな」

 

 

 紅茶のカップをソーサーに置いて、コンゴウはスミノを見つめた。

 

 

「しかし、お前は違う。そもそも私の記憶領域に「イ404」等と言う艦は存在しない。最初はバグか何かと思っていたが、今の言葉を聞いて確信した」

 

 

 伊404、それがスミノの基となった艦の名前だ。

 しかし、史実においてもこの艦が軍艦として戦闘を行ったと言う記録は無い。

 第二次世界大戦当時の軍艦を模している霧の艦艇の中にあって、これは異色であった。

 異端と言っても良い。

 

 

 だが霧の艦艇として確かに存在している以上、誰もイ404の存在を疑わなかった。

 コンゴウもそうだ。

 そこに実在するのにそれを否定するなど、そちらの方が現実的では無い。

 

 

「401も、そしてそこのヒュウガも。アドミラリティ・コードの影響下で行動している。どういうわけか、それよりもなお優先する物があるようだがな」

「愛は何ものにも勝るものなのよ♪」

 

 

 イオナを抱き締めながらそんなことを言うヒュウガ、当のイオナがヒュウガの顔を押しのけていることはまるで気にしていないようだ。

 理解と言うなら、霧が霧を「愛する」と言うこともコンゴウには理解できない。

 しかしそれでも、イオナやヒュウガがアドミラリティ・コードと繋がっていることはわかる。

 

 

「404、お前は霧の艦艇では無い。その身は霧だが、お前はアドミラリティ・コードの手足たる我ら霧とは別の理に基づいて行動している」

 

 

 だが、スミノは違う。

 どう言うわけかはわからないが、スミノは霧の規範たるアドミラリティ・コードの外にいる。

 イオナやコンゴウ達にある繋がり(リンク)が、スミノには()()

 

 

「もう一度言う、404。お前は霧では無い」

「……そうだね」

 

 

 そして、スミノはそれを否定しなかった。

 すっと両手を胸に当て、笑顔を浮かべた。

 不思議なことに、それはとても自然な笑顔に見えた。

 

 

「ボクはスミノ。あの人がこの名前をくれた時から、ボクはただのスミノだ」

 

 

 霧でも人類でも無い。

 

 

「だからボクは、あの人のことが知りたい。あの人に()()()()んだよ、コンゴウ」

 

 

 そう言うスミノを、コンゴウはじっと見つめていた。

 知性の光が漂う瞳の中に、どこか別の感情が見え隠れしていた。

 胸中がざわめくような、疼くような、今すぐにこの場を離れたいような気持ち。

 その感情の名は、人間であればすぐにわかっただろう。

 そして、コンゴウは言った。

 

 

「――――お前は危険だ、404」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 出撃前ともなれば、技術班も忙しくなってくる。

 特にオーバーホール直後ともなれば、倍プッシュだ。

 

 

「ああ、忙しい。忙しいわね~」

 

 

 声音からはまったく想像出来ないが、あおいとて例外では無い。

 何しろ移動している暇も無いくらいで、今も三頭身のスミノ4体が担ぐ板の上でゆらゆらち揺れながら移動していた。

 神輿(みこし)のようにも(かご)のようにも見えるが、どちらかと言えば引越しの荷物と言った方がしっくり来るかもしれない。

 

 

「あら~?」

 

 

 そうして慌しく――どこかファンシーな雰囲気を漂わせつつも――通路を移動していた時だ、視界の隅に何かが見えた。

 

 

「トーマ君じゃない、紀沙ちゃんの方はもう良いの~?」

「忙しそうだったんで抜けて来ました~」

「あらぁ、ダメじゃない。また紀沙ちゃんに怒られちゃうわよ?」

「いやぁ、好きな子は困らせたいタイプなんスよ、俺」

 

 

 呼びかければ、そんなふざけたことをのたまいながら歩いて来た。

 部署は違えど同じ艦のクルーである、それくらいの親しみはあっても良いだろう。

 まぁ、それでも冬馬の言っていることはなかなかに酷いが。

 しかしそれも、「失明」と書かれたあおいのTシャツのデザインよりはマシだろう。

 

 

 技術班だけに限らず、出撃前ともなればソナー関係のチェックもしなければならない。

 その内に梓も戻って、魚雷関係の最終確認を行うだろう。

 人手のいらない霧の艦艇と言えども、人の手が入ると入らないとではやはり違うのだった。

 とにかくも、親しげな様子であおいは言った。

 

 

「上の人への連絡はもう良いのかしら? お仕事とは言え、いつも大変ね~」

「あおいさんこそ、妹さんとはもう良かったんで? そのためにイ404を志願したんじゃ?」

「あらぁ、ダメじゃない。女の子の秘密を覗くだなんて」

「すみませんね、それが俺の仕事なもんで」

 

 

 毒と言うには、互いの声の質は余りにも軽かった。

 対立とまでは言わない、利害とも違う、じゃれ合いと言うのが正しいだろうか。

 

 

「あんまり、紀沙ちゃんを困らせちゃだめよ~」

「あははぁ、善処しまーす」

 

 

 ヘタヘラと笑いながら歩いていく冬馬、それに肩を竦めてあおいも進み出す。

 互いにやるべきこと、したいことがあり、そのために艦を同じくしている。

 それは、正面ばかり見ている紀沙には見えていないものなのかもしれない。

 ――――出撃は、間近だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 不意にコンゴウが席を立ち、群像は目を丸くした。

 コンゴウがどこか不機嫌そうなのも気にかかる、自分は何かミスを犯しただろうか。

 

 

「千早群像、千早紀沙。これは最後通告だ」

 

 

 席を立った姿勢のまま、コンゴウは言った。

 瞳の虹彩を白く輝かせながらのその宣言は、群像の心胆を寒からしめた。

 人の形をしているが、しかし彼女は人では無いのだと空気でわかる。

 そして、背後。

 

 

 海を背に座していたコンゴウの後方、水平線の向こう側で光の柱が立ち上った。

 天をも貫くその輝きは、夜を昼に変える程の光量だった。

 余りにも眩く、余りにも荘厳で、神が降臨したと言われても納得してしまいそうだ。

 それを背に立つコンゴウもまた、神々しい。

 

 

「『アカシ』による艤装の換装もたった今終了した」

 

 

 そしてこの光景とコンゴウの言葉で、群像はいくつかのことを察した。

 まず、コンゴウが自分と話している間に何かを探り、知っただろうこと。

 そして、自ら足を運ぶことで自分と紀沙――紀沙は影武者だが――をこの場に釘付けにしたこと。

 その場にいながらに様々なことが出来る霧と異なり、人間の身体は1つしか無いのだ。

 

 

 つまりコンゴウは、戦いの準備とこちらの妨害、時間稼ぎと情報収集を同時に行っていたことになる。

 (したた)か、と言うべきだろうか。

 霧のほとんどが硬直的な思考をする傾向にある中で、柔軟な対応が出来る艦が増えてきていると言うことか。

 だがそれを加味しても、このコンゴウはかなり優秀な部類に入るだろう。

 

 

「お前達はすでに我らの包囲下にある。速やかに降伏の意思を示せ、さもなくば殲滅する」

 

 

 最後通告と言うよりは、降伏勧告と言った方が正しい。

 

 

「アメリカ行きをやめ、振動弾頭とそのデータを引き渡し、現在の海域に留まるならば――――包囲を解こう」

 

 

 通告は以上だ。

 そう言って、コンゴウは(きびす)を返した。

 金髪とドレスを翻すその姿は美しく、それでいて見る者の心に冷たい印象を与えてくる。

 そしてそれを、群像は止めなかった。

 止めようが無いと思ったし、それに通告を受け入れることも出来なかった。

 

 

「オレ達は、振動弾頭をアメリカまで運ぶ」

「私達を打倒するために? クラインフィールドを破れない兵器。画竜点睛を欠くとはこのことだな」

「確かに。だが、キミ達にとって目の上のたんこぶ程度にはなるだろう」

「私が大人しく見送るとでも?」

「この期に及んで、そんなことは言わないさ」

 

 

 それでいて、この気持ちだけは群像の本心だった。

 

 

「こんな結果になって残念だ、コンゴウ。キミと話せて楽しかった」

「……本当に面白い男だな、お前は」

 

 

 呆れを含んだ声音でそう言うと、コンゴウの姿が霞のように消えていった。

 身体を構成していた細かな粒子はナノマテリアルで、遠隔操作できるダミーだったのだろう。

 当然、生半可な演算能力では出来ない。

 

 

「しかし、かくなる上は砲火を交えるのみだ」

 

 

 そう言って消えていくコンゴウを、群像は立って見送った。

 それが礼儀だと思ったし、何故かそうしなければならないと思った。

 嗚呼、この時、群像は思った。

 何だかんだ言ってはいるが、自分はただ霧と言う存在に魅せられているだけなのかもしれない、と。

 

 

「ああ、ところで千早群像」

「うん?」

 

 

 最後の一瞬、胸まで消えた姿でコンゴウが振り向いてきた。

 目を細めた悪戯な笑みは、それまで見せていたものよりも柔らかだった。

 

 

「随分と、()()()()()()()()()?」

「……!」

 

 

 その言葉を最後に、コンゴウは消えた。

 群像は隣の静菜に視線を向けると、肩を竦めた。

 それから前髪をくしゃりとかき上げて、苦笑を浮かべる。

 どうやら、最初からバレていたらしい。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ほぅ、と、その男は感嘆の溜息を吐いた。

 騒ぎがあれば聞き耳を立てる者が必ずいるもので、その例に漏れず、彼――ゾルダンとU-2501は、太平洋の海中に潜み、外の様子を窺っていた。

 戦闘に巻き込まれるような距離では無いが、何の影響も受けないわけでは無い、そんな位置取りだ。

 

 

「なるほど、あれがコンゴウの旗艦装備か」

『どう言うものかわかる?』

「どの程度の威力で使用されるかはわからないが、どう言ったものかは大体わかるつもりだ」

 

 

 薄暗い発令所の手すりに腰を預け、顎先に指を当てながら腕を組む。

 いわばそれがゾルダンの立ち位置と言うもので、彼は立っていた方が思考が回るところがあった。

 海面を爪弾くような独特の音が響く中、スラリとした白人男性がそうした仕草をすると様になって見える。

 

 

 彼らの行動を一言で言えば、硫黄島周辺の様子を窺っている、と言うことになる。

 しかしそれは別に彼らに限った話では無く、未だ衛星を保有する国家や他の霧の艦艇、あるいはその他の諸勢力の目が向かっている海域であるためだ。

 すなわち「霧の裏切り者」と旗艦クラスの霧の艦艇が率いる艦隊との全面衝突の様子を。

 

 

「401と404は勝てるかねぇ」

「さてな」

 

 

 勝てるかどうかでは無く、どう勝つかが問題なのだ。

 しかしそれを口にすることは無く、ゾルダンは戦略モニターの中で進展していく事態を見守っていた。

 どうやら直接介入する予定は無い様子で、エンジンも切ってしまっている。

 エンジンを切り、しかも着底した潜水艦を発見するのは至難だ、敵襲の危険はほとんど無い。

 

 

『ん……ゾルダン』

「どうした、フランセット?」

 

 

 その時、ソナー手であるフランセットの声に変化があった。

 僅かな警戒心が鎌首をもたげる中、ゾルダンは続きの言葉を待った。

 

 

『……音紋を照会したわ。大戦艦級1、又は重巡2。10隻前後の艦隊が硫黄島周辺海域を目指して西進中』

「どこの艦隊かな?」

「『ナガト』……いや、それにしては位置がおかしいな。コンゴウが硫黄島に艦隊を集結させている今、日本近海の包囲網を維持するためにもナガトの艦隊は動かせんだろう。となると」

 

 

 戦略モニターが切り替わり、広範囲の地図を映し出した。

 硫黄島を中心としたその地図には、確かに北東の端に10前後の艦を示す印がついていた。

 明らかに近付いてきている、それもかなりの速度でだ。

 どんな意図であれ、戦闘海域に戦闘巡航速度で近付いてくる艦隊――それも、霧だ。

 

 

 さらにフランセットの照会が進めば、所属もわかるだろう。

 ただしコンゴウとナガトの艦隊を除けば、日本近海に目立った艦隊は――『ヤマト』の総旗艦艦隊(フラッグ・フリート)は例外だ――存在しない。

 となれば、自然、こちらへ向かっている艦隊は()()()()()と言うことになる。

 そして、この方向。

 

 

「――――霧の北米方面艦隊か」

『音紋からしても間違いないわ、規模と構成は現在精査中』

 

 

 コンゴウやナガトの艦隊が日本近海を封鎖しているように、各国沿岸をそれぞれの霧の艦隊が封鎖している。

 七つの海は勿論、地中海や紅海等の内海も例外では無い。

 そして太平洋に展開している艦隊の内、有力なものは日本近海の東洋方面艦隊、そして太平洋北部のロシア及びアメリカ方面艦隊だ。

 

 

 今回の場合は北米方面艦隊、しかし霧は領分を侵されることを極端に嫌う。

 つまり普段、他の海域の霧の艦艇が他所の海域に出没することはほとんど無いと言って良い。

 もちろんU-2501のような例外はいるが、流石に艦隊規模となると皆無だ。

 では何故、近付いて来ているのか。

 U-2501と同じように観戦と情報収集と言うわけでも無いだろう。

 

 

『あら、待ってゾルダン』

 

 

 ゾルダンが対応を考え込んでいると、フランセットが他の艦隊を見つけたと告げて来た。

 それは北米方面艦隊と思われる艦隊とは別の方向からやって来ていて、しかも目指しているポイントは硫黄島と北米方面艦隊の中間……言ってしまえば、北米方面艦隊を目指しているように見えた。

 

 

「日本の白鯨とか言う潜水艦か?」

『いえ、違うわ。これは霧の艦隊の音紋、東洋方面艦隊ね』

「東洋方面艦隊だと?」

 

 

 コンゴウとナガトの艦隊である。

 急速に東進するその艦隊は、大戦艦級1隻を含む数隻規模の艦隊だった。

 ルートを逆算すると、横須賀近辺から出て来ているようだ。

 状況がさらに変化したことで、ゾルダンはまた考え込んだ。

 

 

「どうする、ゾルダン?」

「そうだな……」

 

 

 ロムアルドの問いに、さしものゾルダンも即答を避けた。

 しかし彼は艦長である、艦長である以上は決断を下さなければならない。

 硫黄島と、2つの霧の艦隊が邂逅するだろう海域。

 彼の身が1つである以上、向かえる場所は1つだけだった。

 

 

 僅かの間目を閉じて、熟考する。

 戦略と目的を背景として、自分が取るべき行動を選択する。

 それは、この数年間で彼がある人物達から叩き込まれたことの繰り返しでもあった。

 

 

「良し、2501。進路を――――」

 

 

 そして、ゾルダンは決断した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 覗き見をしているのは、何も霧の力を持つ者だけでは無い。

 

 

「ふむ。いよいよ、と言うわけか」

 

 

 横須賀もすでに夜になっているが、北はここ数日、屋敷に帰れない日々が続いていた。

 状況の急変が立て続けに起こっているため、下手に中央を離れられないと言うのがその理由だった。

 今も会議の合間を縫う形で――ほとんどの場合、通路を歩いている時だ――軍務省から提出された数枚の衛星写真を確認しているところだった。

 

 

 霧の艦隊は静止軌道上の各国の衛星を撃墜できる能力を持っているが、全ての衛星が失われたわけでは無い。

 霧の艦隊としても人類側の衛星を使用する思惑があり、いくらかは残しておかなければならないのだろう。

 つまりどんな写真を撮っているかは筒抜けだろうが、それでも貴重な情報源だった。

 

 

「浦賀沖の霧は東へ消えたが、代わりに硫黄島の状況が急転したな」

 

 

 今、北の手にある衛星写真は20分程前に撮影された物だ。

 内容は硫黄島周辺の状況であり、島を無数の霧の艦艇が包囲している様子が映し出されていた。

 これだけの規模の艦隊、それも作戦行動を撮る霧の艦隊は、17年前の<大海戦>以来のことかもしれない。

 正直、先日の浦賀水道戦で現れた艦隊が可愛く思える程だった。

 

 

 とは言え、北は硫黄島の状況だけに関わっていれば良い立場の人間では無い。

 日本全体、あるいは世界全体の情勢に目を配らなければならない立場なのだ。

 与党幹事長、そして次期首相候補と目される立場がそうさせる。

 

 

「良しわかった、続報があり次第知らせろ」

「はっ」

「それよりもイギリス政府の声明だ、確かなのだな?」

「はっ、これより全世界に向けて同時に報道されるとのことです」

 

 

 ()()()()()

 この一言に、北の立場が全て集約されていると考えて良い。

 棄民政策すら採ってひたすらに生き残った国、日本。

 その与党幹事長ともなれば、通常の倫理観等は麻痺してくる。

 

 

 仕方ないと、楓首相あたりなら言ったかもしれない。

 そう思える者だけが上に行ける、これまでの日本はそう言う国だった。

 これまでは、そうだった。

 これからは、まだわからない。

 

 

「…………」

 

 

 

 北の手は、しきりにネクタイを撫でていた。




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

アニメの設定を取り入れて、コンゴウ戦は硫黄島包囲戦にしました。
ちょっと長めにやる予定ですので、色々とやりたいと思います。

一応、このコンゴウ戦までを第一部として考えています。
ここを突破(まさに突破)すれば原作を追い越せるので、後は好きにやろうと思っています(え)

それでは次回、宜しくお付き合い下さいませ。

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