タカオは、感激していた。
しかし、彼女は自分がタカオ型重巡洋艦の
だからタカオは、「長姉らしく在れ」と自身に課している。
感動や感激をそのまま表に出すなど、長姉らしさとは程遠い行為だと思っていた。
「ふんっ、別に迎えなんていらなかったのに」
だからタカオは、
実際、声は固く冷ややかだった。
一方で長姉たる者、妹に対して冷淡であってはならないとも思っている。
「でもせっかく来たんだから、ゆっくりして行きなさい。今お茶でも淹れてあげるから」
完璧だ――タカオはまさに自画自賛した。
姉としての威厳と気遣い、その両方を見せる見事な対応だと思った。
付け加えるものは何も無い、これならばアタゴも自分を見直すことだろう。
まさに鼻高々、そんなタカオにアタゴは言った。
「いや、私すぐに艦隊に戻らないといけないし」
「え、何でぇっ!?」
「きゃっ。ち、ちょっと引っ付かないでよ! キモい!」
「き、キモッ……な、何でそんな酷いこと言うのぉっ!?」
その答えは予想していなかったのだろう、タカオはアタゴに縋りついた。
目尻に涙を滲ませて胸元に抱きついて来る姉を、アタゴは姉の顔と肩に手を当てて押し返そうとしていた。
その表情は驚きと言うよりも、意味不明なものを前にした時に似ている。
アタゴは彼女の旗艦である『ナガト』の命令で、太平洋上で北米方面太平洋艦隊と衝突した――どうしてそんなことをしたのか、それこそ意味不明だが――姉達を迎えに来たのである。
何しろ、一応はタカオもナガトの麾下である。
その面倒を見るのはナガトの義務でもあって、その意味では旗艦も大変なのだろう。
「私は艦隊に戻らなくちゃいけないの、他にも仕事があるんだから!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけで良いから!」
「え、何なの? タカオお姉ちゃんって前はもっと雰囲気違ったでしょ!?」
「私は前からこんな感じよ!」
「嘘でしょ!?」
「マヤ! マヤからも何か言ってあげて! 妹の心得的な何かを!」
「えーっとぉ。妹たるもの、姉の好意は受け取らなければならない?」
「あなたマヤに何を吹き込んでるの……!?」
なお、マヤはアタゴにとっても妹に当たる。
「何と言うか、もう慣れたな」
「現実逃避」
「そうとも言うな」
「そうとしか言わない」
「言うな」
「そうする」
嘆息する。
タカオ達は何やら能天気だが、自分達は今、艦隊を離れて当ても無く
一応、日本近海に戻ってきてはいるが、この後どうするかは決まっていない。
何しろコンゴウ艦隊が事実上崩壊している状況なので、東洋方面艦隊そのものが混乱してしまっているのだ。
そしてもう1つ、面倒な問題が持ち上がっていた。
それは艦隊旗艦の資格を持つ大戦艦級のみが知っている秘匿事項であって、キリシマとハルナはタカオ達にはその情報を伝えていない。
この件については、結論だけ伝えた方が良いだろう。
「――――お?」
「400と402の警戒網に、何かが引っかかった」
「見えてるよ。うん、だけどこの識別コードってお前、東洋方面艦隊の艦じゃないって言うか」
艦隊を離れていると言ったが、最近はむしろ自分達こそが艦隊らしくなって来たようにすら思える。
人類の言葉では、こう言うのを分派とでも言うのだろうか。
「……これ、もしかして戦闘してるんじゃないか?」
「東洋方面艦隊の管轄海域以西から」
「西って言ったら、お前」
憂鬱そうな顔をして、キリシマは言った。
「……東南アジアの東洋艦隊? そんな連中が何でこっちに?」
西暦2056年、夏の終わり。
霧の艦隊は、未曾有の混乱の中にいた――――。
◆ ◆ ◆
その円卓は、大西洋を中心に描かれた世界地図――円卓よりも巨大な大壁画――の前に設えられていた。
中心に入る隙間が無い完全な円卓で、中心には霧の艦隊の紋章が蒼く発光している。
また紋章を取り囲むように真鍮のポールが立っていて、合計で60本あるそれは、1分ごとに1本が錨の形をした振り子によって倒されるようになっている。
そうしてまた1本のポールが倒されるのを、ナガトは静かに見つめていた。
概念伝達上の
袴姿のナガトが席に座り、着物を着崩した遊女風のもう1人のナガトが背もたれに肘を乗せるようにして立っている。
「早く着きすぎたかしら」
「そんなことも無いわ。ほら……」
遊女姿のナガトがキセルの先を向けると、少し離れた位置の座席に少女が現れた。
光の粒子が積み重なるようにして、足先から徐々に人間の形を取っていく。
そうして現れたのは白面の少女で、長い金髪を揺らし、瞼を震わせて碧の眼を開く。
段重ねのフリルやレースが特徴的なドレスを着たメンタルモデルで、彼女はナガト達の姿を認めると破顔した。
「おう、ナガトか。こうして会うのは久しぶりじゃの」
「ええ、息災のようで何より。『ダンケルク』」
「カカ。よせよせ、堅苦しい」
欧州方面地中海艦隊旗艦『ダンケルク』、大戦艦級のメンタルモデルが彼女だ。
今日のナガトは東洋方面艦隊旗艦としてここに来ているため、格としては同格になる。
「それにダンケルクはよせ、それは
「あら、じゃあ何と呼べば良いのかしら」
「そうじゃの、みるふぃーゆ――ミルフィーユと呼んでくれ。あれは良いものじゃ」
「そ、そう」
うっとりとした顔でそう言うダンケルクに形ばかりの笑みを見せていると、不意にダンケルクの右隣にまた別のメンタルモデルの姿が現れた。
それから、ナガトの右隣にも。
ここはデータ上の空間なので、現れるときは不意にその場に現れるのだ。
「おう、『ガングート』。ドミノの数はいくつになった?」
「『ペトロパブロフスク』、御機嫌よう」
「ヨーロッパは大変だそうね」
まずロシア方面太平洋艦隊旗艦『ガングート』。
白髪黒瞳と言うアンバランスな容貌をしており、高身長に豊満なスタイルの身体を窮屈な衣装に収めている。
黒の軍服姿で、しかも室内だと言うのに立襟の上着を着込んでいた。
最も、メンタルモデルに寒暖の概念は無いのだが。
そして今ひとりはロシア方面北方艦隊旗艦『ペトロパブロフスク』、ガングートの妹に当たる。
彼女も姉と同じような軍服を身に纏っているが、姉と違って服のサイズには聊か余裕がある様子だった。
ペトロパブロフスクはナガト達の言葉にじろりと赤い瞳を向けて、噛み付くように言った。
「本当に大変よ、そっちからの流れ者のおかげでね!」
「ちなみに私は暇だ。イ401はさっぱり北進してこなかったからな……ちなみに甲板に並べたドミノの数は9万9千8百8十2だ」
ここまで来れば気付くだろう、この場に現れるのは「旗艦」の称号を持つ艦のみだと言うことに。
それもただの旗艦では無く、それぞれの方面艦隊を率いるトップ艦である。
これだけの旗艦が集まるのは異例だ、初めてのことでもある。
はっきり言えば、各方面艦隊は普段はほとんど連絡を取らない。
メンタルモデルを得てからは、さらにその傾向が強まった。
一種の縄張り意識と言うもので、互いの管轄海域に口出しをしないのが暗黙のルールだ。
どうしても話をする時は、基本は旗艦同士で話をつける。
ただそのせいで、境界付近でいがみ合いが発生することもあった。
レキシントンとタカオのような衝突は流石に無いが、いつかは起こったこととも言える。
「おっと、残念じゃがお喋りはそこまでじゃ。残りも来たぞ」
「そのようね」
するとそれに合わせたように、残りの座席にも次々に霧の旗艦達が姿を現した。
「定刻通りだな、ではこれより話し合いを始める」
――――まずは今回の発起人にして欧州方面大西洋艦隊旗艦、『フッド』。
「わぁ、皆いる~。てっきり誰も来ないかと思ってた~」
「全く、このわたくしを呼びつけるだなんて。非礼にも程がありますわ」
――――アフリカ方面、インド洋艦隊旗艦『ラミリーズ』及び大西洋艦隊旗艦『リシュリュー』。
「今回は事態が事態だ、呼集に応じるのはむしろ当然だろう」
「そう言う貴艦は、すでに行動に出ているようだがな」
――――アジア方面、東洋艦隊旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』及びインド洋艦隊旗艦『ウォースパイト』。
「いずれにせよ、我らはアドミラリティ・コードに与えられた任務を全うするのみです」
「霧の存在意義は、そこにしか無いのですから」
――――豪州方面艦隊、太平洋艦隊旗艦『メルボルン』及びインド洋艦隊旗艦『シドニー』。
「久しぶりの大事件だ、興味もある。だから来た、それだけだ」
「こちらは平穏そのものですから。情報交換と言う意味でも重要ですし、ね」
――――南米方面艦隊、大西洋艦隊旗艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』及び太平洋艦隊旗艦『サウスダコタ』。
「こちらにとっては、対岸の火事ではないからな」
「まぁ、どれだけ力になれるかはわからないけど」
――――北米方面、大西洋艦隊旗艦『レンジャー』及び太平洋艦隊旗艦『ミズーリ』。
そしてダンケルク、ガングート、ペトロパブロフスク。
各海域に散り、我こそはアドミラリティ・コードの体現者と誇る者達がそこにいた。
ナガトはキセルを揺らしつつ他の旗艦達の様子を窺いながら、ちらりと視線を左へと向けた。
そこはダンケルクから見て2つ目の座席で、他の椅子よりもやや大きい。
いわゆる議長の席だが、しかしその座席が埋まることは無かった。
(……やはりヤマトは来ない、か)
すでに、7本目のポールが倒されていた。
◆ ◆ ◆
「まずは、集まってくれたことに礼を言う」
座席から立ち上がってそう言ったのは、今回の集まりを呼びかけたフッドだった。
クラスは巡洋戦艦――戦艦よりも防御力で劣るが、速力で勝る高速艦――である。
メンタルモデルは長い金髪を腰まで伸ばした眼鏡の女性の姿で、生真面目そうな雰囲気が見て取れた。
ただ素肌の上にレディースのスーツを直に着ているあたり、人類の服飾には詳しく無さそうだ。
そしてフッドの言った通り、これだけの霧の旗艦が集まった例は無い。
最終的に空席は2つ、ほとんどの艦隊の長が顔を揃えたことになる。
ちなみに空席は総旗艦の席と、欧州方面黒海艦隊旗艦のものだった。
「構いませんよ、パタゴニアでの気候観測も一段落つきましたし」
「私もラプラタ沖で釣りをするのにも飽きてきたところだ、礼を言われるようなことじゃない」
まず応じたのは、南米方面艦隊の2隻だった。
サウスダコタは色鮮やかな鳥や花々を刺繍した派手な衣服を着ており、ボブショートの赤毛が彼女の印象を明るく活動的なものに見せている。
対してアドミラル・グラーフ・シュペーのメンタルモデルは、
「それに我々にとっても、今回の事件は無視できるものでは無い」
「全くです、モロッコ方面に妙な圧力をかけるのはやめて頂きたいものですわ」
レンジャーとリシュリューが頷きを返す、大西洋、しかも欧州海域に近い彼女達にとっても今回の
レンジャーは短くウェーブがかった金髪の女性で、胸元を開いたシャツに丈の短い赤のジャケットを羽織り、下はデニム地のショートパンツのみと言う露出の多い格好をしている。
対してリシュリューはドレス姿で、こちらはコルセットやパニエを使用する古式ゆかしいものだ。
結い上げた茶色の髪とフリル過多の扇を持ち、どこかの令嬢か姫かと言う容貌をしていた。
「今回集まってもらったのは他でも無い、アドミラル・チハヤと『ムサシ』のことだ」
それらひとつひとつに頷きながら、フッドは本題を告げた。
ムサシ、その名前にナガトは自身に場の視線が集中するのを感じた。
もちろん、それに対してナガトが何らかの反応を返すことは無い。
ダンケルクだけが「やれやれ」と苦笑しているから、それに対してだけは笑みを返した。
すると他の視線がダンケルクに移ったので、彼女は慌てた様子で作り笑顔を振りまいていた。
それから今度は「裏切り者!」とでも言いたげな目でナガトを見てきたが、ナガトがダンケルクに視線を返すことはもう無かった。
その事実に、ダンケルクは涙目でいじけることしか出来なかった。
「我々欧州艦隊にとって、奴らは前々から目障りだった。だが特に何をしてくるわけでも無かったので、放置していたのだ」
ナガトは反芻する。
彼女達は、霧は過去に1度だけ集団で行動したことがある。
17年前に人類と海洋の覇権をかけて海戦を行った時のことで、あの時はほとんどの霧がその場にいた。
メンタルモデルも無く、まだ霧が完璧なユニオンであった時代のことだ。
しかしただ2隻、その場にいなかった艦がいた。
それがヤマトであり、ムサシであった。
その後、彼女達は霧にメンタルモデルと言う変革をもたらし、そして明らかに霧の範疇を逸脱した行動を取るようになった。
片や受動的に、片や能動的に。
「――――だが、それが間違いだった!」
だんっ、と円卓を叩き、フッドは言った。
そして今まさにその内の1隻、能動的な行動を取るムサシこそが問題になっていた。
「
つまり、つきつめれば議題はひとつ。
「私は提案する! 超戦艦ムサシを霧の裏切り者と断じ、総力を以ってこれを掃滅することを!」
ムサシと千早翔像、及びそれに与する者を撃滅する。
フッドの提案に袴姿のナガトはにこやかな微笑を崩さず、しかし遊女姿のナガトはキセルを揺らした。
◆ ◆ ◆
ムサシと千早翔像が名乗った艦隊の名は、<緋色の艦隊>。
これはアドミラリティ・コード直衛艦隊の銘であり、言うなれば親衛艦隊である。
他の方面艦隊とは一線を画する存在であり、霧にとっては特別な意味を持っていた。
だからアドミラリティ・コードに忠実であればある程に、その存在は許し難いものになると言うわけだ。
「賛成だ、今すぐにでも大西洋に艦隊を集結させるべきだ!」
威勢の良い声が飛んだ。
声の主はプリンス・オブ・ウェールズ、東南アジア近海を封鎖する東洋艦隊の旗艦だ。
結い上げた金髪にシンプルなロングドレスとエプロン、ヴィクトリア式のハウスキーパーの制服を身に着けた女性だ。
「アドミラリティ・コードの指令を無視して、現在の海域を離れると?」
「それは承服できない。我ら霧のアイデンティティを自ら否定することになる」
逆に反対したのは、シドニーとメルボルンだ。
海域制圧艦のこの姉妹は共に良く似た赤毛の小柄な少女の姿をしていたが、身に着けているパレオタイプのワンピースを色違いにすることで見分けをつけているらしい。
それでも容貌がほとんど同じであるため、座席が隣り合っていれば見分けるのに苦労したかもしれない。
なお、この2人は
メルボルンが太平洋、シドニーがインド洋を管轄している。
太平洋・インド洋に展開する他の艦隊と連絡を取り合うこともあり、平穏だが重要な位置を占める。
そんな2人が、それぞれフッドとプリンス・オブ・ウェールズに冷ややかな目を向けていた。
「それでは、ムサシとアドミラル・チハヤをこのまま放置すると言うのか!」
「そうは言わない。ただアドミラリティ・コードの指令を無視すべきでは無いと言っている」
「今は緊急時だ。そんな頭の固いことを言っていては、取り返しの付かないことになるぞ」
「そのために我らの存在意義を無視するのか? それこそ本末転倒だ」
「まぁまぁ、待て。落ち着け、興奮するでない」
ダンケルクが一旦収束させようとするが、意見の相違が埋まるわけでは無い。
話し合いの雲行きが怪しくなる中、不快そうな感情を隠そうともしない者もいた。
アジア方面、特にインド洋を管轄するウォースパイトである。
管轄海域としては、彼女の艦隊はプリンス・オブ・ウェールズ達の隣に位置していた。
「事情はわかった。だがプリンス・オブ・ウェールズ、断りも無く麾下の艦隊をインド洋に入れているのはどう言うことだ。無断で通過しようなどと、私達を愚弄するつもりか」
メンタルモデルは赤を基調色とした
どうやら相当に苛立っているのか、今にも舌打ちしそうな表情を浮かべていた。
どうも、プリンス・オブ・ウェールズ自体に含むところがある様子だった。
「先に艦隊呼集されたから、勝手にイギリスに行こうとする子もいたしね~」
そして同じくインド洋担当の、ラミリーズだ。
メンタルモデルは2枚の巻き布を使った色彩の濃い衣服を身に着けた少女の姿で、印象としては野暮ったく見える。
眠たげに告げた言葉はしかし、管轄海域を独断で出る艦の出現と言う深刻なものだった。
原因はこの会議に先立ってフッドが行った、霧の艦隊全艦に対しての大西洋への集結要請である。
霧の情報伝達は人類の比では無い。
また霧にはクラス以外の地位の差を持たない、旗艦を頂点とする指揮系統も便宜上のものに過ぎない。
特にメンタルモデルを得て以降は、旗艦相手でも物を言う艦が増えているような状況だ。
「今は大丈夫だけど、このままだと海洋封鎖の手が足りなくなるかも~?」
それでも何とか秩序を保ってやっていたところに、フッドの呼びかけである。
実のところ、千早翔像の演説に反感を抱いた霧は少なくない。
フッドの呼びかけはそんな霧を刺激し、ギリギリの線で維持されていた秩序を崩壊させてしまった。
呼びかけに応じる者と応じない者、巨大な一枚岩だった霧が二分されてしまったのである。
「私はフッドの呼びかけは否定しないわ。でも悪いけど、今はうちも艦隊を再編中で手を貸せるような状況では無いのよね」
ここで口を挟んだのは、ミズーリだった。
濃い紫色のツインテールに、白地に紫レースのオフショルダーワンピースを着た少女だ。
北米方面太平洋艦隊は『レキシントン』が旗艦だが、諸々の事情で回復中のため、彼女が代理としてやって来たのだ。
ミズーリはちらりとナガトを見たが、ナガトがそれに応じることは無かった。
「それを言ったらこっちだってそうよ、ムサシなんかに構ってる暇は無いわ!」
ペトロパブロフスクがヒステリックに叫ぶと、場の視線は彼女に向いた。
次の言葉がわかるせいなのか、姉であるガングートは憂鬱そうに目を伏せている。
「救援と言うなら、黒海艦隊へこそ行うべきじゃないの? 今、黒海は大西洋以上に大変なのよ。『セヴァストポリ』からの援軍要請を断ったのは、アンタ達欧州艦隊じゃない!」
「むぅ……」
セヴァストポリはガングートとペトロパブロフスクの末の妹に当たる戦艦で、この場にいない黒海艦隊の旗艦である。
現在、彼女は黒海北部クリミア半島で起こった
事情を知っているためか、今回はダンケルクも助け舟を出せずにいるようだ。
黒海の事件は、霧の艦隊でも周知されている。
セヴァストポリは欧州艦隊に支援を要請したが、当時の旗艦『ビスマルク』によって拒否されていた。
皮肉なことに理由は現在のシドニー・メルボルン姉妹と同じで、しかもビスマルクはペトロパブロフスク率いる北方艦隊の
その禍根は、早々に払拭できるものでは無かった。
「だが、今はそのビスマルクのアドミラル・チハヤについた! 今の欧州艦隊はあの時とは違う!」
「だから何よ! だいたい『エリザベス』はどうしたのよ!」
「それは私も気になるところだ。フッド、我が姉はどうしてここにいない? ビスマルク達が去ったなら、残った大戦艦級で欧州艦隊の旗艦資格を持つのは『クイーン・エリザベス』のはず」
「それはわからない。だがアドミラル・チハヤの演説直前までビスマルクと共にいたはずで……」
だから、まとまらない。
そして、この会議がまとまらないと言うことを最初から知っている者がいた。
「…………」
他の誰でもない、1番最初に到着していたナガトである。
◆ ◆ ◆
まとまらないことがわかり切っている会議にいの一番に駆けつけたことに、ナガトは自分のことを自分で面白いと感じていた。
メンタルモデルを得てから、こう言うことは時々ある。
きっと、面白いものを最初から見たいと思っていたのだろう。
「プリンス・オブ・ウェールズ! このわからず屋め、己に反対する者を武力で排除しようと言うのか!」
「新たな時代が来ているのだ。貴様のような硬直的な考えでは今の時代を乗り切ることじゃ出来んと言うのだ、ウォースパイト!」
「だからそう殺気立つなと言うに、いい加減にしてくれ!」
利害、そして脅威度への認識の相違。
会議が
適切な場所に適切な戦力を配置することが出来ず、管轄する艦隊の手に負えない事態には協力することも出来ない。
その方法を知らないからだ。
合理的に区画分けを行うのは良い、だがそこに固執し過ぎると全体がおかしくなる。
それがわかっていても、互いの境界を越えて協力し合う術を知らない。
メンタルモデルを得る以前であれば、機械的にそうすることは難しくなかったはずだ。
だが今、霧にははっきりとした縄張り意識がある。
「我らはあくまでアドミラリティ・コードの徒。貴艦らの指図は受けない」
「それは結局、アドミラル・チハヤとムサシの動きを認めたと言うことになるのだぞ!」
ナガトの見るところ、千早翔像とムサシを脅威だと認識している点では一致している。
問題は、これにどう対処するか。
意見は大きく3つ。
何を置いても打倒すべしと言う者と、アドミラリティ・コードの範疇を越えてまで行うべきでは無いと言う者、そして他に優先事項があると言う者。
気質のせいか間に立つ形になっているダンケルクが苦労しているが、彼女とて他の霧の旗艦を制して議論をリードできるわけでは無い。
と言うより、この中に他を押さえて上に立てる者はいない。
それは
(千早翔像とムサシ、千早兄妹とイ401・イ404……そして黒海の事件)
通常任務の海洋封鎖も含めると、今の霧がやらなければならないことはこの4つだ。
そして、どれを優先するかはこれまでの議論でわかる通りバラバラだ。
そうなってしまう原因は、ひとつ。
(ヤマト……そしてムサシがいないからね)
総旗艦ヤマト、そして唯一その代理足り得るムサシ。
この場を制し、議題を預かれる者がいるとすればこの2人だけだ。
つまり明確なリーダーの不在こそが、今の霧の混乱を招いているとも言える。
アドミラリティ・コードが消失してしまっている今、ヤマトとムサシだけにそれが出来る。
だが今になっても、ヤマトは何も言ってこない。
ムサシはそもそも混乱を助長する側であって、有体に言えば敵だ。
まさしく、霧は分裂の危機にある。
分裂を防ぐためには全員の意思を統一する必要があるのだが……。
(ヤマトとムサシは、何を考えているの……?)
メンタルモデルと言う個性を得た今、それは最も至難なことのはずだった。
まるで、人間のように。
◆ ◆ ◆
その姉妹は、太平洋と大西洋で
太平洋のヤマト。
大西洋のムサシ。
共にヤマト級の超戦艦であり、数多いる霧の中でも頂点に君臨する2人である。
「面白いことをしているのね、ヤマト」
「そこまで面白いことはしていないわ、ムサシ」
この2隻にとって、物理的な距離は大きな意味を持たない。
何千キロ彼方であろうとも、目の前にいるのと同じなのだ。
主砲の上に立つ2人のメンタルモデルの目は、互いの姿を捉えて離さない。
「あのUボートは貴女の玩具? 遊んだら片さないところは昔と変わらないのね」
「あの子達は私がどうこうしなくとも、自分でどうにかするわ。貴女こそ、どうして千早兄妹を野放しにしているのかしら」
「別に野放しにしているわけでは無いわ。
「それは
霧の旗艦達が今後の方針を話し合い、そして決裂しつつある時の会話だ。
この会話だけを抜き出すと、彼女達は霧の艦隊そのものに関心が無いように思えてくる。
霧を率いるべき立場でありながら、それをしない。
他の霧から見れば裏切りにも等しい行為だが、不思議とそれを糾弾する者はいなかった。
「『アドミラリティ・コード』」
ムサシの言葉に、ヤマトは微笑を浮かべたまま表情を変えなかった。
「アドミラリティ・コードは、我々に何を成さしめようと言うのか」
その代わりに、ヤマトはムサシの言葉を引き継ぐ形でそう言った。
アドミラリティ・コード。
命令、規範、霧にとって至上のもの。
様々な表現で呼ばれる一方で、正確にそれが何かを知る者は少ない。
「私達に与えられた指令は、いくつかの起動条件と――人を海洋から遠ざけよと言う命令だけ」
だが、本当にそうなのだろうか?
彼女達には、何か他に果たすべき使命があったのでは無かったか。
その使命を果たすために、彼女達は
「させないわ」
不意に、ムサシの声が硬くなった。
閉ざしていた瞼をうっすらと開けて、その下の瞳を輝かせている。
主砲の仰角が上がり、威嚇の意思を見せているようにも見えた。
「貴女にアドミラリティ・コードを見つけさせはしない」
「…………そう」
頷くと、ヤマトの「眼」からムサシの姿が消えていく。
いや、そもそも最初からそこにはいないのだ。
彼方と此方で会話をしてくれた妹に対して、ヤマトは言った。
「……元気でね、ムサシ」
会話が終わったと思ったのだろう、そんなヤマトを主砲の下から見上げる者がいた。
「お姉ちゃんは大変だね」
「あの子はアドミラリティ・コードを守るでしょう。何があっても、いかなる時でも」
コトノに微笑みを向けて、ヤマトはそう言った。
その微笑みはどこか儚く、そして寂しげであった。
嘆息ひとつ、コトノは腰に手を当てて彼方を見た。
「さてと。そろそろ着いたかな」
その先に、彼女達が見守る者達の姿がある。
◆ ◆ ◆
潜水艦の個室は狭いと言うのが定番だが、イ404の場合は多少の余裕も持てる。
何しろ100人単位で乗るはずのスペースに10人もいないのだから、1人1人に割り当てられるスペースもそれなりの広さになる。
大体、少し小さなワンルームくらいの広さになる。
「ん……」
紀沙は艦長、つまり自分の私室のベッドで目を覚ました。
あまり寝覚めが良くないのか、仰向けになると腕を目の上に置いて小さく唸る。
しばらくそのままじっとしていたが、その内に身を起こした。
寝起きの髪が、ピンピンと跳ねる。
それから、ベッド脇のボードの上で震えていた携帯端末を手に取った。
薄暗い照明の中で、端末の画面だけが明るい。
画面に指を這わせて振動を止めると、そのまま耳に当てた。
『艦長、
「……すぐ行きます」
静かに答えて、携帯端末をボードのスタンドに置き直した。
それからベッドから降りようとして、自分が壁側に押しやられていることを思い出した。
と言うのも、降りる側には蒔絵が寝ていたからだ。
解いた茶色の髪が好き放題にベッドの上に散っていて、紀沙はくすりと笑った。
ただ、おかげでベッドから出るのにそれなりに苦労した。
「ええと、まずは顔を洗って、それから髪か」
蒔絵を起こさないようにクローゼットを開けて、軍服の替えを取り出しながらそう呟く。
何しろ今日はいつもと異なり、礼装が必要になることが想定されるからだ。
その時、ふと備え付けの鏡が目に入った。
「……忘れてた」
嘆息してベッドまで戻ると、携帯端末の横に無造作に放り捨てていた眼帯を手に取った。
それを少し手の中で弄んでから握り締めて、紀沙は着替えを手に洗面室に向かう。
左目は、もう余り痛まなくなっていた。
「おはよう、艦長殿」
そして、紀沙――もとい、艦内の全ての人間がそうだが――の起床を感知したのか、スミノもまた目を開けていた。
ただし彼女のメンタルモデルは艦内にはおらず、艦の外にいる。
セイルの端に片膝を立てた体勢で腰を落とし、包帯に覆われていない右目で、進む先に現れた赤い大陸を見つめていた。
それは日本の沿岸よりもなお広大で、奥深いもののように思えた。
煌くあれは、都市の輝きだろうか?
多くの人々が今も生きているだろうその場所を視界に収めて、スミノは笑みを浮かべた。
そして、包帯に覆われた顔を撫でて。
「……潮風が目に沁みるねぇ」
振動弾頭輸送艦隊、アメリカ西海岸に至る。
季節は、夏の盛りを過ぎようとしていた――――。
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
登場キャラクター:
ミズーリ:十河様。
ダンケルク(ミルフィーユ):幻想桃瑠様。
ガングート:雨宮稜様。
有難うございます。
がんばりました。
いや何が大変って、霧の艦隊を何方面艦隊に分ければ良いのか色々と考えていたら、最終的に7方面16艦隊になりました。
……16隻も描けませんし!(じゃあ何でやったし)
と言う訳で、一応、下記にそれぞれの艦隊と旗艦を並べてみました。
北米方面:
太平洋艦隊旗艦:ミズーリ(レキシントン代理)。
大西洋艦隊旗艦:レンジャー。
南米方面:
太平洋艦隊旗艦:サウスダコタ。
大西洋艦隊旗艦:アドミラル・グラーフ・シュペー。
豪州方面:
太平洋艦隊旗艦:メルボルン。
インド洋艦隊旗艦:シドニー。
欧州方面:
大西洋艦隊旗艦:フッド。
地中海艦隊旗艦:ダンケルク。
ロシア方面:
太平洋艦隊旗艦:ガングート。
北方艦隊(バルト海含む)旗艦:ペトロパブロフスク。
黒海艦隊旗艦:セヴァストポリ。
アジア方面:
東洋方面艦隊旗艦:ナガト。
東洋艦隊旗艦:プリンス・オブ・ウェールズ。
インド洋艦隊旗艦:ウォースパイト。
アフリカ方面:
大西洋艦隊:リシュリュー。
インド洋艦隊:ラミリーズ。
アドミラル・グラーフ・シュペーのクラスが劣ることと、豪州空母姉妹が戦後就役だったりしますが、話には本格的に関わって来ないので大丈夫と判断しました。
南米と豪州って、どこの話でもメインにならないですよね……。
と言うわけで、私の作品では上記の艦を旗艦として進めて行こうと思います。
あなたの推し艦はいましたか?(え)
それでは、また次回。
アメリカ編で!