蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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一瞬ストックできたかと思ったけど、そんなことは無かった(え)


Depth028:「救出、撃退、そして」

 良治は、これまでの自分の人生について考えていた。

 家族を亡くしたせいで普通の医学校には行けず、軍関係の学校に進学した。

 留年してでも執念を見せたせいか無事に軍医資格も取ることが出来て、何とか医者になることが出来た。

 そのまま軍の病院にでも配属されていれば快適な生活も約束されていたのだろうが、何の因果かこうしてアメリカくんだりまでやってきている。

 

 

 それもこれも、学院で紀沙と出会ってしまったが故のことだ。

 何しろ長距離遠征任務ともなれば軍医も必須だ、その分だけストレスも溜まる。

 良く知らない人間相手に身体を任せることは、ストレスを助長させるだろう。

 そう言う意味で、若く実績も少ないが、多少は気心の知れている良治が選ばれたのは妥当なところだった。

 

 

「わああああっ、違う違うよ! 右、右だってば!」

「だから右足(アクセル)踏み込んでるだろーが!」

「ハンドルを右に切るんだよ、普通わかるでしょ!?」

 

 

 そんな良治だが、今は「ひいい」と叫びながら自分の身体を守るのに必死だった。

 サンディエゴの物流会社から徴用――拝借とも言う――トラックが、速力全開で疾走している。

 しかも彼はそれを外から見ているのでは無く、中から見ているのだ。

 暴走トラックの助手席など、並の神経で座っていられる場所では無い。

 

 

 検問所は良かった、道が真っ直ぐだったからぶち破るだけで問題は無かった。

 ただ、施設に中に入れば話は別だ。

 特に彼ら――良治達が突っ込んだのは軍事施設だ、整然としているようで勝手のわからない侵入者にとっては複雑な造りになっている。

 

 

情報屋(ジョン)の話だと東棟だよなぁ!?」

「そうだよ! だからハンドルを左に切るなんてあり得ないんだよ!」

 

 

 幸い、反応は薄い。

 どう言うわけか迎撃装備の大半が潰されていて、防弾処理の無いトラックでも何とか。

 

 

「うおっ、撃って来やがった!」

「ひゃああっ!? バスンって、今僕の頭の横にバスンって着弾したよ! シートが硬かったら跳弾してたよ!」

「そんときゃよろしく!」

「どう言う意味で!?」

 

 

 ――何とか、なっている。

 もちろん、長続きすると言う意味では無い。

 軽火器による迎撃だけだとしても、民生用のトラックでは耐え切れるものでは無い。

 ただ、少しの間だけ保ってくれればそれで良かった。

 

 

「見えた! うわぁでもダメだっ、何かあそこだけ兵士がたくさん……!」

「歯ぁ噛め! しっかり捕まってろよ……!」

 

 

 たった1回の突撃にだけ、耐えてくれればそれで良いのだ。

 もしかしたら紀沙に感化されたのかもしれないなと、運転している冬馬は思った。

 そして、車両のライトに照らされた壁――泡を食って回避行動を取るアメリカ州兵達の顔――を見ながら。

 良治達の乗るトラックが、建物の壁に激突した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 何となくだが、何が起こったのかは理解していた。

 ただ1つ贅沢を言うのであれば、もう少し穏便かつスマートな方法は無かったものだろうか。

 

 

「……げほっ」

 

 

 胸やらお腹やらを庇うようにしながら、紀沙は床に手をついて身を起こした。

 パラパラと頭の上から瓦礫の欠片が落ちるのは、4分の1程が吹き飛んだ食堂の惨状を見れば仕方の無いことだった。

 どこかで何かが崩れる音に目を細めれば、チカチカと点滅する車のライトが目に入った。

 

 

 トラック、である。

 いわゆる10トントラック、フロントガラスの割れ方からして防弾では無い。

 どこにでもある民生用の車両だ、こんなもので軍施設の壁にぶつけるのだから、運転していた人間はどこか頭がおかしいと思った。

 

 

「紀沙」

 

 

 その時だ、ぐいと身体を持ち上げられた。

 背中と膝裏に腕を回される抱き上げ方で、それなりに重みのある紀沙を持ち上げたのだ。

 視線を上げれば、細身の少年と目があった。

 貧相なようで軍関係の学校出だから、彼が見た目より鍛えていることを知っている。

 打ったのか、額のあたりが少し切れていた。

 

 

「大丈夫か」

「……ん」

 

 

 群像の、兄のそんな姿を見たのは初めてだったから、返事が少し遅くなった。

 気分はかなり悪かったが、一応は無事だ。

 だから、紀沙は頷いて見せた。

 

 

「ぶぇっぺ! やー、案外上手く行くもんだな……お、艦長ちゃんじゃん!」

「どこが上手く行ってるんだよ、全く……ああ良かった、生きてた!」

 

 

 横倒しになったトラックの扉を蹴破って、中から良治と冬馬が顔を覗かせた。

 彼らは紀沙の姿に表情を明るくさせたが、すぐに引き締めた。

 冬馬などは腰のあたりから拳銃を抜き、相手に向けていた。

 

 

「ああ、いやいや。何もしないよ、僕は軍人じゃないんだ」

 

 

 誰かと思えば、ジャンだった。

 彼は両手を挙げて笑いながら、瓦礫だらけになった食堂の隅を歩いていた。

 トラックは食堂の壁に近い所で止まっているから、通路にいた彼に怪我らしい怪我は無い。

 ただ紀沙と一緒にいた彼の妻、ニナはそう言うわけにもいかず、彼女もまた紀沙と似たような姿で倒れていたのだ。

 

 

 正直、ちょっとすっとした。

 ただ、流石にぐったりと横たわる様子を見て喜ぶような気分にもならなかった。

 ジャンは紀沙と冬馬を交互に見る仕草をして、肩を竦めた。

 

 

「妻を連れて行っても良いかな?」

 

 

 冬馬は、紀沙の様子を窺った。

 そして紀沙が小さく頷いたのを確認すると、拳銃の先で出て行くよう促した。

 ジャンは、やはり臆した様子も無く妻を抱き上げると、変わらない足取りで食堂――だった部屋から通路へと戻って行った。

 

 

「あ、そうそう」

 

 

 通路の向こう側に消える前に、ジャンはひょっこりとこちらを向いた。

 

 

「また何か儲け話があったら声をかけてよ、コンサルタントは得意なんだ」

「……何と言うか、めげない奴だな」

 

 

 兄の感想が、何だかシュールだった。

 しかし今度こそどこかへ行ったと見えて、紀沙は息を吐いた。

 緊張が解けたと言う言い方をしても良いが、とにかく安心したのだ。

 ああ、ひとまずは大丈夫そうだと。

 

 

 しかし、安心ばかりもしていられなかった。

 何しろ派手に突っ込んだものだから、そう時間を置かずに兵士達が雪崩れ込んでくるはずだ。

 すると今度は全員で捕まることになる、それは避けなければならなかった。

 

 

「すぐに脱出を」

 

 

 静菜も、いた。

 何だか紀沙が見たことも無いような物々しい様子だが、衰弱に加えて緊張が解けてしまった紀沙は、上手く口を動かすことが出来なかった。

 

 

「基地の見取り図は?」

「すでに覚えました」

 

 

 そして群像達にとっては、ここからが本番だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 冬馬は、過去を顧みない。

 後ろなど見たとことで意味は無いし、生きている限りは前に進むしか無いと思っている。

 しかしそうは言っても、冬馬だって黄昏れたくなる時だってある。

 

 

「あー、明日の夕飯の献立どうするかなー」

「現実逃避してないで、撃ち返してくれないかな!?」

 

 

 撃ち返せと言われても、と、冬馬は視線を左に動かした。

 するとT字路の向こう側に良治の姿が見えるのだが、その間に無数の線が走っていた。

 2人の間にあるコンクリートの壁を削ぎ落とす勢いで撃たれているそれは、自動小銃(カービン)の弾丸だった。

 

 

 1つのグループが撃ち尽くすとまた別のグループが撃ち始めると言うローテーションで、まさに銃弾が雨あられと叩き込まれていた。

 逃げる途中で予想通りに敵に見つかり、こうして足止めを食っているのである。

 流石に武装では質も量も劣っているため、一度見つかるとこう言うことになってしまう。

 

 

「いや、この中で俺が一発二発返したところで牽制にもならんだろ。と言うか頭出した瞬間にトマトにされるんじゃね?」

「僕が治しやすい範囲でお願いするよ」

「ヘッドショットに治しやすいも何もあるかよ」

 

 

 悪態を吐いても、状況は好転しない。

 最悪、良治側にいる群像と紀沙だけでも先に行かせれば良いだろうか。

 

 

「あ、危ない!」

 

 

 そんなことを考えていた時だ、良治が声を上げた。

 今日の彼はいつに無く口数が多いなと思いつつ、冬馬は拳銃を構えて右を向いた。

 すると予想通り、そこには小銃を構えた兵士達が駆けて来ていた。

 いつの間にか回りこんで来たらしい。

 

 

「こなくそ……!」

 

 

 撃つ、4発。

 兵士達が一度角に消えて、その後に顔を出して小銃を撃ってきた。

 避ける?

 いや、避ければ後ろにいる連中が危ない。

 第一、銃弾が避けられるはずも。

 

 

 ――――ギィン――――

 

 

 一瞬、何が起こったのかすぐにはわからなかった。

 わかっているのは、自分の横にいた静菜が飛び出したと言うことだけだ。

 だがそれだけでは、2つのことが説明できない。

 第1に先程の音、そして第2に兵士の放った銃弾の行方である。

 

 

「し、静菜……?」

 

 

 今の静菜はいつもと同じ作業服姿では無く、また軍服姿でも無かった。

 スーツとはまた違う、ぴったりと身体にフィットする黒衣の衣服。

 防刃仕様らしいが銃弾を防げるわけでは無いので、それでも飛び出したのは単に度胸の問題だろう。

 特に目立つのは、背中に備えた黒い鞘だ。

 

 

「え、もしかしてお前、斬ったの? それで?」

 

 

 半ば冗談でも見るような顔で冬馬が指差したのは、静菜の手に握られた2振りの刀だった。

 太刀と脇差、いわゆる日本刀。

 合流した時、静菜は何故かやけに物騒な長物を背負っていたのだが、よもやこのためだとは。

 敵も呆気に取られているのか、動きが止まっていた。

 

 

「え、お前そんなこと出来るの!? だったらこのピンチもどうにか出来たりする!?」

「いえ、私も今日初めてやりました」

 

 

 余りにも淡々としていたので、本人の自信の程を誤認しかねかった。

 

 

「え、つまりどう言うこと?」

「やってみたら偶然当たっただけです」

「……」

「…………」

 

 

 脱兎の如く駆け出して、良治達のいる反対側へ滑り込んだ。

 その時点で銃撃が再開されたので、後方から前へと火線が擦過していった。

 手近な角に身を飛び込ませるまで奇跡的に当たらなかったのは、敵兵が静菜の()()に動揺していたからだろう。

 

 

 それだけでも、彼女の行動には意味があったと言える。

 ただその後、アメリカ軍の一部で「サムライブレード」だり「ニンジャウーマン」の噂が立ったりするのだが。

 それは、本筋とは関係の無い話である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 群像の背に背負われるのは、何年ぶりのことだろうか。

 そんな感慨に浸る暇も無く、紀沙達は適当な部屋の窓から外へと飛び出した。

 室内通路を抜けての脱出は困難との判断からで、とにかく外に出て車両を奪わなければどうにもならなかった。

 そう言う意味では、最初にトラックを失ったのは痛かったと言える。

 

 

「ヘイ!」

 

 

 だが、外にも当然のように兵士達はいる。

 むしろ外の方が広い分、包囲されると言う意味では厳しい。

 実際、別の部隊が群像達が全員建物の外に出るのを見計らったかのように現れた。

 そして当然、躊躇無く発砲してくる。

 

 

「やっべ……!」

 

 

 小銃の銃弾である、当たれば痛いではすまない。

 だから、瞬間的に他のメンバーを庇おうとした冬馬の勇気は賞賛に値するだろう。

 ただ残念ながら、彼の身1つでは全ての銃弾を防ぐことは難しい。

 ダメか、と、誰もが思ったその時だ。

 

 

 銃弾と紀沙達の間に、建物の上から誰かが飛び降りてきた。

 その人物が腕を一振りすると、半透明のフィールドが出現し、それが全ての銃弾を防ぎ止めてしまった。

 甲高い音が連続で響き渡る中、()()は紀沙達の方を振り向いた。

 

 

「やっ♪」

 

 

 スミノだった。

 彼女は片手を兵士達の方に掲げたままの体勢で振り向き、もう片方の手を右目の前でピースの形にしていた。

 ただ紀沙達が何の反応も返してくれなかったので、不満そうに唇を尖らせた。

 唯一、紀沙が小さく驚いた様子を見せたことには満足そうだった。

 

 

 それだけで良かった。

 おそらくスミノにとっては、それだけで良かったのだろう。

 そして紀沙達にとっては、スミノが来た以上は自分達に対する危険度が大幅に減ったことを意味する。

 銃弾を受けてなお死ぬことの無いメンタルモデル。

 それを理解しているのだろう、相手の兵士達も撃つのをやめていた。

 

 

「あれ、ひょっとして俺ら勝っちゃった?」

「狙撃の可能性はあります、油断はせずに」

 

 

 その時だった、バラバラと言う独特の音が空から響き始めたのは。

 懸念が現実になったのかと一瞬緊張したが、次のスミノの言葉でそれも少し弛緩した。

 

 

正規軍(連邦軍)のヘリだね?」

「州兵じゃない方のか? そりゃ越権行為ってやつじゃねーの?」

 

 

 実際、ヘリの機種と紋章はアメリカの政府軍のものだ。

 それが何を意味するのかは不明だが、1機で州軍の援軍と言うことも無いだろう。

 とすれば、あれは大統領側の差し向けたヘリと言うことになるのだろうか。

 

 

「紀沙」

 

 

 そしてそれを見て、群像はまた何事かを考えたようだった。

 考え付いた時にはすでに行動に移しているのが、群像と言う少年だった。

 紀沙はその腕の中で、兄の顔を見上げた。

 

 

「イオナ達に連絡する。イ15に連絡は取れるか?」

 

 

 イ15?

 その名前を聞いた途端、嫌そうな顔をしたのはスミノだった。

 何と言うか、今はそう言う顔を見るだけでも安心する自分がいることに、紀沙は驚いていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 攻撃は、夜明けと共に開始された。

 内容はサンディエゴ・コロナドの両基地から出撃した2個水上戦部隊――ミサイル巡洋艦6隻及び駆逐艦16隻――による対艦ミサイル・魚雷攻撃と、カリフォルニア州内の空軍基地から出撃した48機のステルス攻撃機、及びミサイル基地からの対艦ミサイルの発射である。

 

 

 空母を出していないのは、戦力の温存と言うよりは戦場が領海内と近いため、空母の打撃力を使う意味が無いと言う判断だった。

 それでもサンディエゴ沖と言う限定空間内に対して、航空機と艦船による数百発以上のミサイル攻撃が同時に行われたことになる。

 数百発のミサイルを同一の標的に着弾させる能力は、世界で唯一アメリカ軍だけが保有している物だ。

 

 

「ミサイルの着弾を確認! 全弾命中!」

「観測班! どうか!?」

 

 

 もしこれが通常の海戦であったならば、この時点で勝敗は決していただろう。

 数百発を超えるミサイルを迎撃し得る艦隊を保有する国は、やはりアメリカ軍以外には無い。

 かつてアメリカの敵国であった国(ソビエト・ロシア)が編み出した戦術を、こうしてアメリカ軍が使用していることは歴史の皮肉としか言いようが無い。

 

 

「敵艦隊――健在! 速力12ノット変わらず!」

 

 

 似たようなオペレーターの悲鳴が、アメリカ軍の艦船の中に響き渡った。

 敵艦隊、つまり『サラトガ』と『ミズーリ』率いる霧の艦隊にアメリカ軍の攻撃が通じなかった理由は、大きく分けて2つある。

 それは、17年前の大海戦の時代から解決できていない問題でもあった。

 

 

「ふむ、どうやらまだ振動弾頭とやらは量産されていないらしいな」

「日本艦隊がサンディエゴに入ってからまだ数日よ、量産できる時間は無かったのでしょ」

 

 

 1つ、クラインフィールドを抜けない。

 クラインフィールドは衝撃やダメージを()()()絶対防御だ、これを突破できる兵器は霧の侵蝕弾頭以外には未だ存在していない。

 そしてもう1つ、むしろこちらの方が本質的な問題なのだが……。

 

 

「それ、また来たぞ」

「はいはい」

 

 

 面倒そうに、ミズーリが片手を上げる。

 するとそれに合わせるようにミズーリの主砲が仰角を上げ、同時に側面装甲が開いて副砲群が現れた。

 

 

「ファイア」

 

 

 そして、一斉射。

 轟音と共に主砲が放たれ、第2射の射撃体勢に入っていたアメリカ空軍の航空部隊を捉えた。

 砲弾が空中で炸裂し、いくつもの子弾が複合セラミックの航空機の翼を引き裂く。

 副砲群から放たれたビームは幾度か前後左右に動き、幸運にも生き残っていた航空機やミサイルを薙ぎ払った。

 

 

 これが、もう1つの理由である。

 要は霧の艦艇自体の防空能力が高く、生半可な攻撃は当たる前に落とされてしまうのだ。

 その迎撃能力は、アメリカ軍の比では無い。

 そして、人類は未だこの防空網を突破したことが無い。

 

 

「何と言ったかな、こう言うのを。飛ぶ鳥を落とす?」

「良くわからないけれど、多分間違ってるわよ」

 

 

 サラトガの飛行甲板下の発射管から、巡航ミサイル型の侵蝕弾頭を発射しながらの会話である。

 そうして放たれたミサイルをアメリカ海軍の艦船が迎撃する、いくらかは迎撃したようだ。

 だが、次にサラトガが放ったビーム攻撃には対処できなかった。

 爆炎を上げて、サラトガの正面にいたミサイル巡洋艦が沈んだ。

 

 

「さて、そろそろ……」

 

 

 その時、サラトガとミズーリが同時に同じ方向を向いた。

 メンタルモデルの瞳を輝かせてのその行動は、彼女達のコアが何かに反応したことを意味している。

 

 

「来たな!」

 

 

 それぞれの副砲が海面を叩くと、人類製の魚雷とは明らかに違う、こちらのフィールドを喰い破ろうとする力場が発生した。

 侵蝕反応、霧の攻撃。

 侵蝕弾頭魚雷による雷撃が、サラトガ達に襲いかかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 潜行中の潜水艦を撃沈する有効な方法は、2つしか無い。

 1つは同じ潜水艦で対抗すること。

 そしてもう1つは位置を特定し、隠れられる前に火力で押し潰すことだ。

 

 

「サラトガ、離れて!」

 

 

 ミズーリが急速旋回する。

 全長270メートルを超える巨体が、波飛沫を上げながら船首を西に向ける。

 艦体の一部がスライドし、そこからエネルギーを噴射させて急速な旋回を可能としていた。

 

 

「雷撃の航跡から逆算すれば、そこ!」

 

 

 3基9門の主砲兵装が宙に浮き、艦体の前半分が大きく左右に開いた。

 艦の芯の部分に鎮座していたのは、超重力砲である。

 もちろん攻撃のために出した装備だが、それに加えて、力場固定による海割り効果を狙ったものだった。

 神話の時代に預言者(モーゼ)がそうしたように、サンディエゴ沖の海が割れる。

 

 

 サラトガを始めとした霧の艦艇はもちろん、アメリカ艦隊も慌てて距離を取る。

 そして、いた。

 大戦艦ミズーリの作り出した力場の中、海中に潜んでいた潜水艦が捉えられていた。

 ただしその潜水艦は、ミズーリ達の知るイ号潜水艦とは明らかに形状が異なっていた。

 

 

「あれは、東洋艦隊を打ち破ったオプション艦!?」

「あらま、もう知られてるのね。もちろん前の艦体(わたし)に比べれば脆いけれど……」

 

 

 超重力砲、発射。

 ただしミズーリの反対側、つまりマツシマのヒュウガも負けじと撃ち返していた。

 オプション艦『マツシマ』と超重砲艦『イツクシマ』『ハシダテ』の3隻を同時にコントロール・合体させることで、大戦艦『ヒュウガ』が使っていた重力子機関を用いた超重力砲が撃てる。

 言ってしまえば、ヒュウガの仮の身体と言った所か。

 

 

 2つの超重力砲が、正面から激突する。

 戦力としてはミズーリの方がやや上回るが、ミズーリも最大出力で撃ったわけでは無い。

 敵が複数いることを想定して余力を持とうとした結果だが、それが裏目に出た形だった。

 対してヒュウガは全力で射撃した、ミズーリが懸念したように味方が他にいるからだ。

 

 

「ぐぉ……っ。気をつけろミズーリ、超重力砲同士の対消滅の余波が来るぞ!」

「わかってる! 私達までレキシントンの二の舞になるわけには」

 

 

 重力子反応により空間に影響を与える超重力砲は、射撃を終わらせる際にも細心の計算が要る。

 奇しくも、ミズーリはヒュウガと協力して複雑な重力子反応の収束に手を焼くことになったわけである。

 そして、余波だ。

 爆縮反応にも似た爆発が2つの超重力砲の接点で引き起こされ、ヒュウガとミズーリを襲った。

 2隻の演算のおかげで規模は小さかったものの、巻き上げられた海水が雨の如く降り注いだ。

 

 

「あれは囮か、超重力砲の衝突でソナーは死んだも同然だが……!」

 

 

 それでも、超重力砲の激突音に紛れて航走(はし)る魚雷を探知する。

 サラトガの艦体側面の機銃掃射が海面を乱打する、通常弾頭ばかりだ、しかし1発だけ妙な魚雷があった。

 それは他の魚雷よりも深い深度で自動で炸裂、子弾をばらまいた上にバラバラの音を放った。

 

 

 これは共有ネットワークに報告が上がっていた、白鯨とか言う艦の装備、人間が作った特殊な音響魚雷だ。

 音紋パターンは解析可能だが、サラトガはあえて無視した。

 これも囮だ、こちらの気を引くための。

 高波に揺られながらも、サラトガはミズーリと同じ方法で自身を横にズラす。

 過去の戦闘データはすでに検証済みで、こう言う混乱した場面で相手が取る戦術は良くわかっていた。

 

 

「あからさまな突撃だな、イ40……4?」

 

 

 すなわち、イ404による突撃。

 の、はずだったのだが、どう言うわけかそれはイ404では無かった。

 何の武装も無い、セイルはおろか手すりすらも無い、涙滴型の艦体。

 盛り上がった海面から勢い良く飛び出し、そして倒れるようにして海面に消えたその艦は。

 

 

「うがあっ! 外したっス――――ッ!!」

「な、なんだあいつは!?」

 

 

 イ15、トーコであった。

 サラトガとミズーリも、新たな霧の艦艇が敵に加わっていることは知らなかった。

 だからだろう、自失のためかトーコを逃がしてしまった。

 そして、その呆然の一瞬を()()は見逃さなかった。

 

 

「イオナ!」

「……スミノ」

 

 

 聞こえるはずも無い、だがサラトガには聞こえた気がした。

 自分達を狙う、敵艦長達の声を。

 

 

「「フルファイア!」」

 

 

 そしてそれは、現実の物となった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――何?

 巻き戻しの海流に耐えながら、ミズーリはイ401とイ404が放った魚雷の着弾点を知った。

 それは超重力砲の余波で動けない自分でも無く、艦体の大きいサラトガでも無かった。

 

 

「『ソーフリー』、『スペンス』!」

 

 

 敵が狙って来たのは、艦隊陣形の外縁部にいた2隻の駆逐艦だった。

 最も防御力が低く、演算力の低さから反侵蝕計算も出来ない艦艇だ。

 もちろんメンタルモデルは保有しておらず、霧でも標準的な性能の駆逐艦だった。

 だが、意思が無いわけではない。

 

 

 だから艦体半ばに魚雷の直撃を喰らい、2隻の駆逐艦がパニックに陥ったことはすぐにわかった。

 僚艦である軽巡洋艦『デンバー』が救援に向かうが、これもヒュウガが補給艦(マツシマ)からの侵蝕弾頭魚雷の一斉射を行うと、狙い撃ちにされる形で叩き潰された。

 沈没する、人類圏(米国領海)で沈没すればコアの回収も少し面倒になる。

 

 

「バカにして……!」

 

 

 ヒュウガに出来たことが、ミズーリに出来ないはずが無い。

 高波の中でも艦体のバランスを取ったミズーリは、甲板のミサイル発射管(・セル)を開いた。

 小さな爆発音と共に蓋が吹き飛び、中から侵蝕弾頭搭載のミサイルが姿を現した。

 敵は未だ海面下だが、それでも先の攻撃で今度こそ姿を捉えている。

 

 

「っ、サラトガ!?」

 

 

 その時だった、サラトガが猛然とその巨艦を走らせた。

 ミズーリの側を擦り抜けて左翼、つまり沈没しかけているデンバー達3隻の方へ向かう。

 

 

「サラトガ、何をしているの! そっちは後でも」

「奴ら、まだデンバー達を攻撃してくる!」

「何ですって!?」

 

 

 そしてサラトガがデンバー達の前に自身を滑り込ませると、その巨艦に沿うようにして水柱が上がった。

 

 

「ぐ……!」

 

 

 侵蝕弾頭魚雷、3発。

 サラトガの艦首と中央部に直撃したそれらは、放置していれば3隻にトドメを刺していただろう。

 しかもそれで終わらず、マツシマらも含めて第2波第3波と攻撃が続く。

 仲間を庇って身動きが取れないサラトガにとって、それはただただ受け続けるしかない攻撃だった。

 

 

「悪辣な……!」

 

 

 艦隊の最も脆い部分を突き、それでいてあえて撃沈せずに深手を負わせる。

 後は芋づる式だ、助けに来た艦艇を狙い撃ちにすれば良い。

 この戦術の有効な点は、仲間意識が高ければ高い程に嵌まると言う点だった。

 ちょうど、今のサラトガのように。

 

 

 このまま受け続ければ流石に不味い、と、サラトガが思った時だ。

 不意に攻撃が止み、海が凪いだ。

 その隙に兵装を展開したままのミズーリがサラトガの前に出て、残りの無事な艦に周囲を囲ませた。

 輪形陣、陣形の内側に損傷艦を囲むやり方だった。

 すると彼女達の前方、数キロの地点に水上艦型の蒼い潜水艦が姿を見せた。

 

 

「イ401か」

「撃つ?」

「いや、404がどこにいるかわからん。それに……」

 

 

 イ401のセイルに、霧が備えることの無い小さな旗が見えた。

 いくつかの種類の旗が規則正しく並んでいる、もちろん万国旗では無い。

 形や色はバラバラだが、実は1つ1つの旗に意味がある。

 霧には馴染みの無いものだが、調べればすぐに旗の意味は知れた。

 

 

「人間が昔使っていた、艦船間の信号旗か」

「それで、意味は?」

「言わなくともわかるだろ」

 

 

 舌打ちを零して、サラトガは忌々しそうに呟いた。

 

 

「いっそのこと、地上を攻撃してやろうか」

「それは、許されていないわ」

「わかってる、言ってみただけだ――――我らがアドミラリティ・コードは、人類を殲滅しろとは言わなかった」

 

 

 自分で言いながら、サラトガは自分の不機嫌が増すのを感じた。

 苦々しいその味は、おそらく払拭されることは無いだろう。

 何故ならばその味は、彼女がメンタルモデルを得てから初めて感じるもの。

 

 

「……もはや、1個艦隊では抑えられないと言うのか……」

 

 

 敗北。

 その苦々しい味は、忘れようとも忘れられない、そんなしつこさを持っていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ヒュウガとトーコの参戦は、間違いなく戦術の幅を広げた。

 それに加えて白鯨のサウンドクラスター魚雷、あれは汎用性が高い。

 組み合わせ次第によっては霧をも翻弄できる、ちょうど今のようにだ。

 

 

「サラトガ達は撤退していくみたいだね」

「そう」

 

 

 紀沙は肩にかけられた群像の上着を指先で押さえながら、スミノの言葉に頷きを返した。

 高台は海からの風を強く受けるため、そうしていないと上着が飛んでいってしまいそうだった。

 コロナド基地の対岸に高台があり、紀沙達はそこからサンディエゴ沖を見下ろしていた。

 紀沙は知らないことだが、そこは群像と静が散策していた場所でもある。

 

 

「さて、これでどうにか一段落、だな」

「うん」

 

 

 結局、徹夜になってしまった。

 岩場の上で隣り合って座る群像に心持ち身を預けながら、紀沙は頷いた。

 州軍の特殊部隊に拉致されてからまだ1日も経っていないが、かなり疲労感があった。

 その分だけ、反省点も多い1日だった。

 

 

 とは言え、これで全てが終わったわけでは無い。

 未だ振動弾頭の正式な引渡しは行われていないし、今日撃退した霧の艦隊も時間を置けば戻って来るかもしれない。

 第一、エリザベス大統領に対する答えもまだ用意できていない。

 それに、ウィリアム達のこともある。

 

 

「それで、この場合ってどうすんのよ。やっぱ告発とかすんの?」

「それは、ちょっと難しいと思います……」

 

 

 冬馬の言葉に、考えながら応じる。

 自分で言うのも何だが、紀沙達がウィリアムを告発することは難しい。

 大体、ウィリアム――ジャンもだが――は紀沙と夕食を共にしようとしただけで、拉致に関与した証拠は何も無い。

 冬馬達の救出のドサクサで例の書類も失われてしまったので、勧誘の証拠も無い。

 

 

 そもそも、告発する相手が問題だ。

 市民権を有していない紀沙達がアメリカ国内でウィリアムに対して訴訟を起こすことは出来ないし、外交問題にしようにも、アメリカ政府はどちらかと言うと解決に協力してくれた形だ。

 つまり、告発する手段も相手もいない。

 

 

「基地はお祭り騒ぎだそうだ、アメリカ軍が霧を撃退したのはこれが初めてだからな」

 

 

 携帯端末のメールを弄りながら、群像がそう言った。

 そう、直接では無いにしろ、今回はアメリカ軍が正面からサラトガ達と戦った。

 公式にはアメリカ軍が霧を撃退したことになるだろうし、そうすることで日本側も貸しを作ることが出来る、日米共に利益があるのだ。

 アメリカ軍も、自信をつけただろう。

 

 

「じゃあ何か? 奴さんはそこまで考えてやってたってことか?」

「それは、わかりません。偶然かもしれないですし」

 

 

 改めて考えてみれば、アメリカが1番得をしている。

 結果だけを見ればそう言うことで、アメリカ軍が受けた損害もそこまで大きなものでは無い。

 そして1番損をしたのは、本当なら避け得た戦闘で消耗した日本艦隊、と言うことになるのだろう。

 何しろ、何も得ていないのだから。

 

 

 その時、群像が立ち上がった。

 あ、と声を漏らした紀沙は、その後を追いかけた。

 言いたいことと、聞きたいことがあった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「兄さん」

 

 

 高台を降りていく群像の後を追いかけて、声をかけた。

 冬馬達からある程度の距離を取ってから声をかけたのは、2人だけで話をしたかったからだ。

 

 

「兄さん、ありがとう」

「ん?」

「助けてくれて」

「ああ」

 

 

 言われて気が付いたと言う風な群像に、紀沙は小さく笑みを漏らした。

 群像は無頓着と言うか、自分の行為に対して認識が薄いことがある。

 例えば今回の件など、冬馬達の話を聞く限り、群像がいなければ自分は助からなかっただろう。

 妙な話になるが、紀沙はそれを嬉しいと感じていた。

 

 

 群像が、兄が自分を助けてくれたことが嬉しい。

 それは、家族としての率直な気持ちだった。

 そして紀沙は、そうした気持ちを素直に口にすることが出来た。

 ただ彼女は、群像がそう言う気持ちにも無頓着であることを知っている。

 

 

「礼ならお前のクルーに言うと良い。オレはたまたま居合わせただけだ」

 

 

 ほら、と、紀沙は喜びと共に思った。

 こう言う人間なのだ、千早群像と言う少年は。

 

 

「それでも、ありがとう」

「……そうか。まぁ、無事で良かった」

 

 

 群像が、海の方を見た。

 照れ隠しかと思ったが、水平線に見える霧の艦隊を見ているのだとわかった。

 だから、紀沙もそちらを見た。

 未だ戦いの痕が残る海は、いつもより波が高いように感じた。 

 

 

「それから、彼女にもちゃんと礼を言っておけよ」

「え?」

「スミノ、だったか。お前の艦は」

 

 

 紀沙は、群像の横顔を見た。

 海を見つめる群像の表情は穏やかで、冗談を言っている風では無い。

 元々、群像は冗談が得意では無い。

 

 

「スミノが動いていなければ、オレ達は間に合っていなかった」

 

 

 時間を稼ぐと言う意味でも、また派手に暴れて紀沙の居場所を伝えると言う意味でも。

 それから、霧の艦隊に対する火力と言う意味でも。

 スミノがいなければ、今日の危機は乗り越えられなかった。

 群像はそう言っていて、それは紀沙にも良くわかった。

 

 

 そして、出来れば言って欲しく無かった言葉だった。

 だから紀沙は、兄の言葉に明確には答えなかった。

 その代わり、別の言葉を口にした。

 きっと、兄が1番言われたくない、それでいて自分がいつか聞かなければならない言葉を。

 

 

「ねぇ、兄さん」

「ん?」

「この後はどうするの?」

「……この後?」

 

 

 もうわかっているくせに、頭の良い兄はわざと聞き返してきた。

 

 

「もちろん、その、私が大統領にちゃんと答えて、振動弾頭を受け取って貰ってからの話だけど。それから、白鯨の人達とも話さないとだけどさ」

「…………」

「……日本に、帰るよね?」

 

 

 日本艦隊の目的は、振動弾頭のアメリカへの輸送。

 それを果たせば、当然任務は達成となる、だから後は日本へ帰るだけだ。

 帰るべきだし、帰らなければならない。

 

 

「…………」

 

 

 ――――兄さん。

 ねぇ、兄さん。どうしてそうだって言ってくれないの?

 そんな想いが紀沙の胸中を占める。

 そして想いが強くなればなる程に、不思議と左目が痛んだ。

 

 

『千早艦長』

 

 

 そして、思い出されるのはある言葉。

 

 

『アメリカへの移送任務とは別に、お前にもう一つ任務を与える』

 

 

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『イ401に同行し、監視するのだ。そして……』

 

 

 ――――そして。

 

 

「兄さん」

 

 

 そして、紀沙は言った。

 黙して語らぬ兄に対して、愛情をわかってくれぬ恋人にそうするように。

 

 

「兄さんの心は、今、どこにありますか」

 

 

 紀沙の声は、震えていた。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

と言う訳で、アメリカ編もそろそろ終わりそうです。
次はどこに行きましょうか、と言って、アニメ基準で言うともうエンディングで良いんですよね、このまま劇場版って感じで(え)

しかし私はここで終わりません。
原作的にもお話の中心はアメリカでは無いような気もするので、どうにか引っ張りたいところ。
でも、どうするのが自然かな、と。

それでは、また次回。

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