蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth031:「北海道編・前編」

 もしも運命と言うものがあるのならば、その邂逅はまさに運命であったのかもしれない。

 重巡洋艦『タカオ』は、イ404こと紀沙が初めて戦ったメンタルモデル保有艦だ。

 そして紀沙は知る由も無いが、タカオはイ401達を守る――タカオ本人は「勘違いしないでよ、獲物を横取りされたくないだけなんだからね!」と周囲に言っているが――ために、1度ならず他の霧と交戦している。

 

 

 そんな艦が紀沙の、紀沙と群像(千早兄妹)の母親を連れて来たと言うのは、まさに運命的としか言えなかった。

 だが「連れて来た」と言う言葉の軽さとは裏腹に、目の前にある事実は重い。

 どんなに軽く見積もっても、それは母――千早沙保里がタカオに捕らわれていることを意味していたからだ。

 

 

「何だ、ありゃあ」

「…………」

 

 

 僧と共にイ401の発令所に駆け戻った群像だが、僅かに眉を動かすだけで、表立っての反応は無かった。

 代わりに杏平が一堂の気持ちを代弁したのだが、メインモニターに映った()()に対して、それは極めてオーソドックスな反応だと言える。

 

 

「何をしたの」

 

 

 そして、イ404。

 紀沙はメインモニターの中、タカオの艦内に()()()()()()()を見て、立ち上がっていた。

 食い入るような眼差しでそれを見つめ、唇を戦慄(わなな)かせている。

 

 

「母さんに何をした、重巡タカオ――――!」

 

 

 そしてそんな紀沙の叫びを通信越しに聞いたタカオは、哀しげに、そして気まずげに顔を逸らした。

 複数の感情を同居させながらのその仕草は、とても人間臭い動きだった。

 精密な真似事では無く、ごく自然にそうしている様子だった。

 紀沙達と戦っていた頃の、型に嵌まったような動きでは無い。

 

 

「それは……」

 

 

 ここで少し時間を遡る。

 紀沙達が『コンゴウ』との硫黄島決戦を制した後、ハワイからサンディエゴへ向け出航した後。

 タカオ達が『レキシントン』との交戦のダメージを回復すべく、補給艦を伴ったアタゴと小笠原沖で合流を果たした後。

 

 

 そして、紀沙達がサンディエゴに到達し、振動弾頭引き渡しに関するゴタゴタに忙殺されていた間。

 紀沙達が振動弾頭を輸送すべく奮闘していた時とほぼ同時期に、タカオ達もまた、ある事件に巻き込まれていた。

 いや、巻き込まれたと言うよりは中心にいたと言った方が良いだろう、何故ならば。

 何故ならば、その事件はタカオ達がいなければ起こり得なかったのだから――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ガラス張りの天井越しに見える太陽は、今日も穏やかな陽光を照らし出していた。

 メンタルモデルの肌から直に感じる温もりは、鋼の艦体しか持っていなかった頃には感じられなかったものだ。

 それはもう、苛立ちを覚える程の穏やかさをタカオに与えてくれた。

 

 

「ああ、はいはい。ちょっと待ってなさいよ」

 

 

 人の頭程もある大きさの鳥にまさに頭を(つつ)かれて、タカオは作業を再開した。

 今の彼女はいつもの可愛らしい衣服では無く、しっかりと全身を覆う作業着に身を包んでいた。

 掃除用具を持つ手袋も分厚く、植物の葉や土を固めて作られた鳥の巣から汚れを取り除き、そして少しの間よけていた雛を1羽ずつ巣に戻していく。

 

 

 タカオは、どこかの鳥舎(ちょうしゃ)にいた。

 構造は円錐形で、壁や天井の多くはガラス張りになっており、また外は人工庭園になっているようだ。

 鳥舎内には樹木や土の地面、さらに泉や浮き島まで再現されていて、まるで小さな森をそのまま放り込んだかのような場所だった。

 今の時代にこれだけの鳥舎を保有している施設は、動物園ならともかく個人の邸宅では稀だ。

 

 

「あー、何やってんだろ私」

 

 

 ピヨピヨと鳴く雛鳥達が親鳥に餌をねだるのを見ながら、タカオは嘆息した。

 ()()()に来てもう幾日か経つが、未だに同じ疑問を抱くのだった。

 実際、霧のメンタルモデルが鳥の世話をしていると言うのは、見ようによってはかなり異質なものだろう。

 

 

 ただ、絵にはなる。

 鳥舎にはタカオの目の前の親子だけでは無く、東西の様々な種類の鳥が思い思いに過ごしている。

 彼らにとって、この鳥舎は楽園なのだろう。

 まぁ、タカオにとっては楽園とは程遠い何かであったかもしれないが。

 

 

「重巡タカオ」

 

 

 その時、足元――梯子の上と下で10メートル以上の高低差がある――から声が聞こえて、タカオは億劫(おっくう)そうな動きで視線をそちらへと向けた。

 するとそこには、古めかしい(クラシックな)メイド衣装に身を包んだ小柄な少女がいた。

 くすんだ金色の髪を帽子タイプのホワイトブリムに包み、お腹の前で手指を組む姿勢で直立している。

 

 

「サオリが呼んでいます、昼食の用意が出来たとのことです」

「ああ、そう。それはわざわざ有難う」

 

 

 げんなりとして、タカオはそう返した。

 これが妹のどちらかであったなら、伸身二回宙返(フェドル)り三回捻り(チェンコ)でも決めながら着地するぐらいにはテンションが上がっていただろう。

 今回はそうならなかったので、普通に梯子を降り始めた。

 

 

「と言うかね、『ヴァンパイア』。いちいち重巡ってつけるのやめなさいよ、身バレするでしょうが」

「おお、それは失礼。気付きませんでした、以後気を付けます」

 

 

 ヴァンパイア、女の子の名前としては聊かどうかと思う名前だが、何のことは無い。

 彼女もまたタカオと同じ、霧のメンタルモデルと言うだけのことだ。

 最も、ヴァンパイアの場合は少し事情が特殊なのだが。

 

 

「あー、ホント何やってんだろ、私」

「……? 昼食を摂りに行くところでは?」

「そう言うことじゃないわよ!」

 

 

 ガー、と鳥のようにヴァンパイアを威嚇しながら、タカオは思った。

 それはこの家で――()()()で従業員よろしく鳥舎の世話をすることになるきっかけとなった、3日前の出会いのことを思ってのことだった。

 そう、千早兄妹の母、千早沙保里との出会いである。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そもそもタカオ達が函館に入港――もちろん、人類側に無許可で――したのは、太平洋上でアタゴと合流してから4日後のことだった。

 ナガトの下に戻ろうとするアタゴを説得し(ゴネ)て留め、他の面々も連れての上陸である。

 良く良く考えてみれば、かなりの大所帯になっている。

 

 

 重巡洋艦のタカオはもちろん、同型艦のマヤとアタゴ。

 そして大戦艦級のキリシマとハルナ、イ号潜水艦のイ400とイ402、そしてメンタルモデルは保有していないが『イ501』と補給艦『シレトコ』に『サタ』。

 合計10隻、もう十分艦隊と呼べる程の規模だった。

 さらに、もう2隻の艦がそこに加わっていた。

 

 

「こ、こんなに人類の領域に近付いて大丈夫なの?」

「問題ない、人類側のレーダーでは我々のステルス迷彩を看破することは出来ないからな」

 

 

 キリシマがそう言って宥めているのが、その内の1隻のメンタルモデルだった。

 結い上げた髪に眼鏡の女性で、ホワイトブリムとエプロンドレスを合わせたメイド衣装を身に着けている。

 艦名は巡洋戦艦『レパルス』、本来は東南アジア方面にいるべき霧の艦艇だ。

 

 

「『プリンス・オブ・ウェールズ』から助けてくれたことには感謝してるけど、でも……人間に見つかったら、怖いわ」

「いやいやお前、単艦で街の1つや2つ粉砕できるだろ」

 

 

 小笠原沖にいたタカオ達の最大探知距離の端に、戦闘しながら航行する2つの艦隊がみつかった。

 その内の1つがレパルスとその僚艦『ヴァンパイア』で、もう1つがレパルスの言う『プリンス・オブ・ウェールズ』が率いる艦隊だった。

 レパルスは、『プリンス・オブ・ウェールズ』に追われていたのだ。

 

 

(大戦艦『フッド』の呼びかけ……ね)

 

 

 千早翔像とイギリスの同盟以来、彼が率いる()()()()を討つべしと言う声があるのは知っていた。

 霧のネットワークの中でも盛んに議論されていることだし――ただ、各艦隊の旗艦同士の話し合いは1度開かれたきり、再開の目処すら立っていない――その中で、欧州方面大西洋艦隊旗艦の『フッド』が他の霧に呼集をかけたことも知っていた。

 

 

 もちろんタカオはそんな呼集に応じるつもりは無いが、少なからぬ艦が応じているのも確かだった。

 『プリンス・オブ・ウェールズ』はその1隻で、自分が率いる東洋艦隊ごと欧州へ向かおうとしたらしい。

 レパルスとヴァンパイアはそれに反発し、追われる身になっていたと言うわけだ。

 

 

「ちょっと、ぼんやりしないでよ」

「タカオお姉ちゃん、次はお姉ちゃんの番だよー」

 

 

 おっといけない、妹達を待たせるなどスマートでは無い。

 そう思って顔を上げると、タカオの艦体が徐々に海面下へと沈み始めた。

 ステルス迷彩と言えど肉眼で発見される可能性もあるので、艦体を浅瀬に潜行させて隠すのだ。

 すでにキリシマやアタゴらは艦体を隠し終えており、メンタルモデルはナノマテリアル製のボートの上だ。

 

 

 これから、ほんの行きがかりで助けたレパルス達ともども函館市街に上陸するのだ。

 何故ならばそこに、タカオ達が探している人間がいるからだった。

 日本の中央管区、そして北管区政府のサーバーに侵入して得た情報に、こう言うものがあった。

 曰く、千早兄妹の実家が函館にあり、そこに実母が軟禁されている――――と。

 タカオ達は函館(ここ)に、千早兄妹のルーツを探りに来たのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 函館は古くから天然の良港として栄えた都市で、北管区では釧路・旭川と並んで重要拠点に指定されている。

 と言うのも、函館は中央管区(本州)と海底トンネルを通じて――厳密には、南西の松前半島を含むが――繋がっており、中央管区との連絡の結節点になっているのだ。

 つまり函館は、北管区において首都・札幌に次ぐ重要度を持っていると言うことだ。

 

 

「なるほど、これが「エキ」と言う奴なんだな」

「駅……列車の旅客・貨物の昇降に用いる施設。タグ添付、分類、記録」

 

 

 そんな函館のショッピング街――かつては市場だったが、水産物取引の激減により失われた――を、人類最大の脅威である霧の少女達が歩いていた。

 銀髪や金髪、メイド服やゴスロリ服からなる美少女の集団は酷く目立っていて、周囲には奇異の目を向けてくる者もあったが、日本人の(さが)か自ら声をかけるような猛者はいなかった。

 

 

「400、この「ふろーずん」と言う飲み物は何だ? 水分補給にしては無意味な加工がされているようだが」

「ただの補給で嗜好を満たそうと言う感覚は、私達には無用のものだものね」

「うむ……だが、この舌触りはなかなかクセになるな」

 

 

 彼女達はすでにいくらかの飲み物や食べ物を手にしており、どうやったのかは不明だが、人類側の物資取得手段をすでに入手していることがわかる。

 彼女達の手にかかれば、人類の物資取得手段(クレジット)の偽造など簡単だろう。

 難点を挙げれば、本物よりも精巧に作れてしまうところだろうか。

 

 

 それにしても、こんなに人間にいる場所に来たのは初めてだ。

 街の各所に配された監視カメラから巧妙に自分達の姿を消しながら、タカオは周囲を見渡した。

 人、人、人――だ。

 老若男女問わず、多くの人が思い思いの物を買い、食べ、話し、休んでいる。

 今も、目の前を楽しげに親子連れが通り過ぎていった。

 

 

「タカオお姉ちゃん! 楽器、あっちに楽器屋さんがあるよ!」

「ねぇ、ちょっと本当に大丈夫なの? 何かあっちの男がジロジロ見てくるんだけど、私達の格好ってどこかおかしかったりするの?」

「ぐへへへ(はいはい、2人とも落ち着きなさいな)」

 

 

 何か言葉と思考が逆になった気がするが、細かいことは気にしないことにした。

 真面目な表情も、マヤとアタゴに両側から腕を引っ張られて瞬時にやに下がる。

 とりあえずマヤの希望のお店の楽器を買い占めて、それからアタゴの足を不躾な視線で見つめる男共を量子分解させてから、今夜の宿を探すとしよう……って。

 

 

「違う違う違う! アンタ達、当初の目的を忘れるんじゃないわよ! 人探しよ人探し!」

「一番忘れてたのはお前だろ」

「な、失礼ね! 私はずっと探してたわよ!」

「じゃあ、その大荷物はいったい何なんだよ!」

「下着から揃えました! 反省も後悔もしていないわ!」

「知るかぁっ!」

 

 

 タカオの両手にはブティックの紙袋が大量に持たれており、しかも自分の服は1枚も無かった。

 霧の重巡洋艦タカオ、妹達を着飾りたくて仕方ないお年頃である。

 ナノマテリアルで再構成すれば良いじゃないかと思うかもしれないが、知らないデザインは構成しようが無い。

 どうやら服飾のデザイン分野においては、人類は霧の遥か先を行っているようだった。

 

 

「人探しと言われても、そう言う経験値は我々にはありません。それとも重巡タカオにはそう言う経験があるのでしょうか?」

 

 

 そして良く良く見てみれば、何故かレパルスの姿が無かった。

 代わりに別のメンタルモデルの少女の姿があり、クラシカルなメイド衣装の彼女はタカオ達の中でも一際目立っていた。

 彼女は駆逐艦『ヴァンパイア』のメンタルモデルであり、本来ならばメンタルモデルを保有できる程の演算力は持ち合わせていない。

 

 

 にも関わらずヴァンパイアがメンタルモデルを持てているのは、他のコアから演算力を貸与されているからだ。

 コンピュータの容量を外付けで増やすような物で、ヴァンパイアはレパルスの演算力の四分の一を貸与されることで、メンタルモデルを形成しているのだ。

 演算力の貸し借りは、霧では割と行われていることだった。

 

 

「あるわけ無いでしょ! とにかく、適当に散って、怪しいところを虱潰しよ!」

「つまりノープランなわけですね」

 

 

 演算力の不足のためか、あるいは少しキツい性格をしているのか。

 ヴァンパイアの言葉にタカオはカチンと来たが、妹達の手前、淑女ぶりを保つのだった。

 手遅れだろう、と言うツッコミは、幸か不幸か誰からも発せられなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まったく、と、タカオは大げさな溜息を吐いて見せた。

 

 

「協調性の無い連中で、ほんと困っちゃうわ」

「しょうが無いよー。皆、人間の街に来るのは初めてなんだもん」

「マヤは優しいわねぇ」

 

 

 マヤに頬ずりしながらなでなでするタカオ、マヤは無邪気に「えへへー」と笑っていた。

 なお、アタゴは2人から5歩程後ろをゆっくりと歩いていた。

 どうやら同類と思われることを避けている様子だが、アタゴの容姿はタカオにかなり似ているため、姉妹であることは一目でわかってしまうのだった。

 

 

 3人は現在、他のメンバーと別れて函館市内を探索しているところだった。

 ハルナ・キリシマはそのまま鉄道沿線を、400・402はヴァンパイアと共に海岸線を探索している。

 タカオ達がいるのはいわゆる高級住宅街で、綺麗に舗装(ほそう)された道路と小綺麗な家々が建ち並ぶ区画だった。

 

 

「……!」

 

 

 その時だった、周囲の監視カメラから自分達の姿を消していたタカオが足を止めた。

 不思議に思った妹2人もすぐに気付く。

 半径50メートル以内にカメラ12台に各種センサー247台、探知半径を広げればその倍は同じものがある。

 

 

「……あれ、でもこれ私達が映って無い?」

「A級秘匿事項だってー」

 

 

 アタゴとマヤが首を傾げるのも、無理は無かった。

 何故ならこの辺りにあるカメラもセンサーも、全て()()()に設置されていたからだ。

 普通、警備に使うなら外を監視するはずだが。

 

 

「あの家ね」

 

 

 それらは全て、大きな邸宅を監視するための物のようだった。

 大きな邸宅だった、建物面積だけで300平米は優に超えているだろうか。

 そしてよくよく調べてみれば、他の家についているカメラやセンサーもあの邸宅に向いている。

 さらに解析を進めれば、あの邸宅についての情報には特級のプロテクトがかけられていた。

 

 

 興味深い、実に。

 いくら高級住宅街とは言え、あの家だけに高度な監視体制――警備体制では無く――を構築するのは普通では無い。

 何かあるのだろう、それも外に出したくない類のものが。

 

 

「あ、タカオお姉ちゃん!」

「アンタ達はここで待ってなさい」

 

 

 とんっ、と邸宅へ通じる階段へ足をかけて、タカオは歩を進めた。

 さて、あそこには何が隠されているのだろうか?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 いわゆる人間の言うところの「緊張」や「懸念」が無かったわけでは無い。

 単に妹達に見栄を切って見せただけのタカオだったが、侵入してみると、なかなかに興味深い建物だった。

 何しろ、人間の住居に入るのはタカオにとっても初めての経験だったのだ。

 

 

「ふむ……」

 

 

 玄関ホールにダイニング、書斎に……子供部屋だろうか?

 艦船の模型がいくつも並べられた部屋と、ぬいぐるみがたくさんある部屋があった。

 いずれの部屋も大きなもので、一部屋でちょっとしたリビングルームくらいはあった。

 今後、タカオにとっての「人間の部屋」の標準仕様が固まった瞬間だった。

 

 

 その後も探索を続けていると、広い庭園に出た。

 石畳の道の周囲に花壇がいくつかあり、植樹された木々や、良く刈り込まれた茂み等が広がっていた。

 北海道は常に寒いイメージがあるが、夏の陽光はやはり温かだった。

 そして、ここに至るまで誰とも出会っていない。

 

 

(……誰も住んでいない、とか?)

 

 

 いや、水や電気等のライフラインは通っている。

 そもそも誰も住んでいない家で、高価な太陽光発電システムを稼動させるわけが無い。

 そう考えながら進んでいくと、円錐形の建造物を発見した。

 中に木々が見えて興味を引かれたタカオは、周囲を警戒しつつ中へと入って行った。

 

 

「鳥?」

 

 

 そこは、鳥舎だった。

 小さな森を再現したようなその場所に、様々な鳥がいた。

 飛ぶものもいれば止まり木で休むものでもあり、眠っているものもあるようだ。

 海鳥しか知らないタカオにとっては、初めて見る種類の鳥ばかりだった。

 

 

 

「どなたかしら?」

 

 

 

 メンタルモデルに心音などと言うものは無いが、それでも心臓が跳ねたように感じた。

 それほど、声をかけられるとは思っていなかった。

 油断していたわけでは無かったはずだ。

 どうやら事の外、鳥舎を見るのに夢中になっていたらしい。

 

 

 慌てて振り向くと、そこに1人の女性が立っていた。

 40代くらいだろうか、黒髪の、穏やかな雰囲気の女性だった。

 絶世の美人と言う風では無いが、肩に鳥を乗せていて、どこか愛嬌(あいきょう)があった。

 その眼差しは、純粋な驚きと好奇の色を浮かべていた。

 

 

「あなた……」

「……!」

 

 

 瞬時に、タカオは撤退を選択した。

 武力制圧も不可能では無いが、今の段階でそれを行うにはリスクが高すぎた。

 一足で後方に跳躍し、木々の間に身を隠す。

 もちろん、その際に建物のカメラ・センサー類を掌握するのも忘れなかった。

 

 

「またいらっしゃい!」

 

 

 そんなタカオに、女性がそう声をかけてきた。

 侵入者に対してまた来いとは剛毅なことだが、不思議と罠と言う風には感じなかった。

 駆けながら、タカオは徐々に遠ざかっていく女性の姿を視界に映していた。

 ひらひらと、緩い笑顔で手を振っている姿を。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして時間は現在に戻り、タカオ達は今や集団で千早家にお邪魔している状態だった。

 何故そこが千早家で、女性が千早沙保里と言う名前であることがわかったかと言うと、まず家の表札に普通に書いてあった上、本人もそう名乗ったからだ。

 そして高確率で、自分達で探し人――千早兄妹の母親だと判断していた。

 

 

 海洋技術総合学院内や役所のデータから、千早兄妹の母親が同名の人物であることがわかった。

 それから年齢と、この厳重な監視が施された邸宅に軟禁されているだろう状況。

 まだ本人の口からそうだと聞いたわけでは無いが、かなりの確度でそうだろうとタカオは踏んでいた。

 

 

「402、ソースとってくれ」

「断る。キリシマ、目玉焼きにソースは明らかにおかしい」

「目玉焼きぐらい好きに食わせろよ……!」

 

 

 ただ、それがどうしてワイワイと昼食を摂るまでになったのかは、タカオにもわからなかった。

 最初はタカオ1人で様子を見に来ていたのだが、「お友達はいる?」と言う沙保里の言葉と、タカオの話から興味を持った他のメンバーも着いて来るようになり、最終的にはレパルスを除く全員が毎日のように入り浸るようになった。

 ちなみに、レパルスが来ないのは「人間が怖い」と言う理由からだ。

 

 

「嬉しいわ。ずぅっと1人で食べていたものだから、美味しいお料理も味気ないったら無かったのよ」

「は、はぁ……」

 

 

 実際、タカオ含めて8人の客人である。

 食事風景もワイワイと賑やかなものになるし、それを見て沙保里もニコニコと嬉しそうに笑っている。

 浮き島に用意されたテーブルセットの周りには鳥も寄ってきていて、時折何かしらの食べ物を誰かから与えられていた。

 

 

 霧のメンタルモデルが8人、その気になれば函館は壊滅する。

 もちろん沙保里はそんなことは知らないが、それにしたって、見ず知らずの者達を客人としてもてなし、食事まで振る舞うと言うのは神経が太すぎる。

 タカオが千早家に足を運ぶのは千早兄妹のことを知りたいがためだが、一方で沙保里と言う1人の人物に興味を抱いたのだ。

 

 

「えっと……1人で、こんな広い家に住んでいるんですか?」

「ええ。夫と、子供も2人いるんだけど。今は皆遠くに行っちゃってるのよ」

 

 

 終始朗らかな笑顔を浮かべている沙保里は、家族の話をする時は少し様子が違った。

 

 

「まぁ、おかげで気楽に暮らしてるんだけど。退屈でね、貴女達みたいなハプニングは大歓迎よ」

「あ、あはは……」

「ねぇねぇ、沙保里のおば様。お紅茶にジャムを入れると美味しいってホント?」

「さぁ、どうかしら。やってみましょうか」

 

 

 マヤも懐いている様子で気に入らな――まぁ良いかなと、思わないでもない。

 キシリマと402は目玉焼きの食べ方で言い争っているし、ハルナは食べ物や鳥の記録を撮るので急がしそうだ、400は402の口元を拭ってやっていて、実はタカオもマヤの頬についたジャムを拭いていやりたくて仕方が無い、それからヴァンパイアは無表情に次々パンにパクついていて、自分の分のパンまで取られたアタゴが激怒していた、ヴァンパイア後でシメる。

 

 

 穏やか、そう、一言で言えば穏やかだった。

 だが、はたしてこんな風に無為に時を過ごして良いものかどうか。

 溜息を吐いて、タカオは陽光に煌く天井を見上げた。

 本当に、どうしてこんなことになっているのだろうか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 タカオは我が身の理不尽を嘆いていたが、それ以上の理不尽を感じている者達がいることには気付いていなかった。

 それは霧が全知全能の存在では無いことの証左ではあったが、しかしこの場合、それは良い結果をもたらすものでは無かった。

 

 

「…………さて」

 

 

 その少年は、北管区――つまり北海道――の図を背負っていた。

 おかっぱの黒髪に飾り房のついた白いスーツを着ていて、透明感のある雰囲気を相まってどこか貴族然として見えた。

 そして彼が座る執務卓のネームプレートにはこう刻まれていた、「日本国北管区首相・刑部眞」と。

 

 

 若い、首相と言う役職に就くには余りにも若い少年だった。

 ただ顎先に指を這わせて考え込むその姿からは、どこか老練な雰囲気さえ感じられる。

 松の木を利用した調度品が部屋中に置かれていることも、そう言うイメージに拍車をかけていた。

 壁一面のガラスの向こう側には、隣接する海に面した軍事施設が広がっていた。

 

 

「興味深い現象、と言うには、聊か危険すぎる状況ですね」

 

 

 そう呟く眞の視線は、執務卓に固定された画面に向けられている。

 そこにはいくつかの映像、いや写真が映し出されていた。

 監視カメラの映像では無く、携帯式のローカルな撮影機によるものだ。

 カメラの映像はデータの改竄でどうにか出来ても、独立した媒体の写真までは消せない。

 

 

 霧が高度なシステムの塊であるからこその、盲点だった。

 ましてあの場所(千早邸)の周辺には人の目による監視もあるのだ、10人近い人数で出入りしていて気付かれないなどと言うことは無い。

 本当に気付いていないのか、あるいは気付いていて無視されているのかはわからないが……。

 

 

「冴木補佐官」

『はっ』

 

 

 執務室にずらりと並んでいたスーツ姿の男達の中から、1人が進み出てきた。

 いや、男と断言して良いものかどうか。

 何しろその男の頭は七ツ目の角ばった構造をしており、有体に言えばロボットのようだったからだ。

 居並ぶ他の男達も同じ姿なのだから、ますますロボット然として見える。

 

 

「ヘリを用意してくれ、函館に向かう」

『首相自ら? 危険では?』

「危険だろうが、私自身が直に会って判断するしか無いだろう」

 

 

 眞には使命があった。

 それは彼が()()()()理由であり、存在理由そのものでもある。

 日本を、北管区を守り存続させることだ。

 そのために必要であれば、自分自身でさえもリスクに晒すことを厭わない。

 

 

「――――千早家の奥方に霧のメンタルモデルが接触する、なんて言う想定外の事態(イレギュラー)には」

 

 

 それに、全く興味が無いわけでは無いのだ。

 霧が、あの霧のメンタルモデルが、1人の人間と交流を持とうとするなどかつて無かったことだ。

 はたしてこれは人類に対する福音なのか、あるいは凶兆の前触れか。

 かの鬼才・刑部藤十郎が生み出した7人のデザインチャイルドの1人である彼をしても、それはただ座していて答えの出るものでは無かったのだった。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

と言うわけで、今話からタカオ視点の北海道編となります。
3話くらいで本編に戻るつもりなので、お楽しみ頂ければと思います。

それから前々から思っていましたが、函館とかサンディエゴとか、ほとんど現代知識で描写してるんですよね。
でもアルペジオの世界もそこまで未来未来してる描写ではありませんしね……。
霧のせいで文明が退化したことにしよう(え)

そして噂によると、第3の超戦艦が原作に出るとか出ないとか。
それも良いですが、まぁ、あれです。
「騎士団」の設定を早く……!(切実)

それでは、また次回。

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