――――西暦2051年12月初旬、「欧州」はまだ生きていた。
<大海戦>以後の10年余、ヨーロッパ諸国は共同で危機に対処しようとした。
霧の海洋封鎖に伴う食糧・エネルギー危機、域外との交易途絶に伴う景気・失業危機、難民や在欧外国人問題に伴う人種・宗教危機――ヨーロッパ諸国は、何とか対話によって協力の道を模索していた。
互いに手を取り合おうとしていた分、まだ救いがあった時代だった。
しかし西暦2051年12月9日、スペイン東部である事件が起こる。
かねてより民族問題が燻っていたスペインの対フランス国境付近で、突発的に暴動が発生した。
スペイン政府がこれを武力弾圧したことが、発端となった。
隣国フランスはこの事件におけるスペインの対応を厳しく非難した。
フランス国内に居住する同民族集団に配慮したとも言われるが、スペインは内政干渉と反発した。
そして翌年2月7日、フランス国内の民族派テロリスト掃滅を口実に、スペイン軍が対フランス国境を突破した。
同時にスペイン軍はイベリア半島南端のジブラルタルにも侵攻し、イギリスとも戦争状態に入った。
この仏西の開戦以後、まるで待っていたかのように各地で戦闘が勃発する。
バルカン半島でブルガリアとセルビアが同盟し、それぞれマケドニアとコソボに侵攻、ルーマニアとモンテネグロ、ギリシャがこれに反発して両国に宣戦布告、戦争状態に突入した。
ロシアがウクライナに侵攻した上フィンランド国境に大軍を動員し、北欧諸国及びポーランド・バルト三国は総動員令を発動した。
さらにボスニアやトルコで内戦又は暴動が発生するに至って、情勢は収拾不可能な状態となった。
――――西暦2052年2月7日、「欧州」は死んだ。
60年前のこの日、ヨーロッパ諸国は互いの違いを乗り越え共に歩むことを高らかに宣言した。
しかし60年後のこの日、ヨーロッパ諸国は倶に天を戴かずと決別し、未曾有の戦争へと突入した。
<欧州大戦>、過去2度の大戦と関連付けて第三次欧州大戦と呼ばれることもある戦争である。
以後現在に至るまで、4年以上続くヨーロッパ史上空前の大戦争。
西暦2056年も終盤に差し掛かった今日。
ヨーロッパでは、ただの一度の停戦も実現していない。
そして
◆ ◆ ◆
「以上が、欧州大戦のヒストリーねー」
発令所でホワイトボードを広げたジョンが、肩に担いだ古いラジカセから軽快な音楽を流しつつ、そう言った。
中途半端な染め金髪に丸サングラスのその男は、サンディエゴからイ404に乗り込んできた男だ。
紀沙救出に重要な役割を果たしたと言うことだが、流石にこう言う人物は初体験だ。
「はいここでクエスチョンねー、今までの話を聞いた上で。んー、チェックポインツな国はどこ?」
イェーイ、と軽快な振り付けまでつけてそんなことを言う。
こんな人物は、本当に初体験な紀沙だった。
と言うか、何て言えば良いんだ。
「あー、フランスとスペインじゃね? 何か元々の発端らしいじゃん?」
「オウ、ミスター・トーマはサウザンドアイが無いネー」
「千個も目があったら怖いわ」
適当な様子で答えた冬馬に、ジョンは「やれやれ」と肩を竦めて見せた。
しかし実際、欧州大戦の肝は今でもフランスとスペインの戦闘だ。
この数年で幾度と無く衝突し、互いの領土を取ったり取られたりを繰り返している。
つい最近も、アンドラ地方を巡って大規模な会戦があったばかりだとジョンは言っていた。
しかし、ジョンはそれでもフランスとスペインは注目点では無いと言う。
戦争の発端は確かに仏西2国だが、もはや戦争は2国が和睦すれば終わると言う単純なものでは無いのだと言う。
では、今注目しておくべき国はどこか?
「ドイツ」
その時、ぽつりと呟くように言葉を発した者がいた。
梓だった。
「ドイツだろ」
「オウ! ミス・アズサ、ナイスアンサーだよ!」
そう言えば、と紀沙は思い出した。
梓はドイツ人とのハーフだった、長身で筋肉質なのはその血のせいなのかもしれない。
どことなく懐かしそうな顔をしているのは、何かを思い出しているからなのか。
「ドイツ。今までの話を聞いて、欧州大戦のヒストリーの中で名前の出てこないただ1つの主要国ネ」
「イタリアはー?」
「イタリア? オウ、イタリアは……イタリアだからネ、ウン。気にしなくて良いよ」
「……?」
蒔絵の素朴な疑問を流したりしつつも。
「ドイツは中欧の大国ネ。今ヨーロッパで1番強いのはドイツ、目の上のたんこぶはロシアくらい。元々軍隊は強いけど、何より強いのはインテリジェンス。ミーの情報によれば、スペインのフランス侵攻の裏でドイツが動いていたシャドウがあるネー」
歴史上、ドイツは欧州の最強国となることが何度かあったとされる。
しかしその度に周りの国が手を組んで潰してきた国でもあり、大戦と呼ばれる戦争では概ね敗戦国となっている。
軍隊は強いが外交と諜報に弱い、と言うのが、大まかな批評だった。
しかし、今は違う。
「今のドイツは、強力な軍隊とヨーロッパ中に張り巡らせたインテリジェンスに外交を組み合わせてるネ。今言ったイタリア・スペインとベネルクス三国とバルト三国と連合を組んだ上、積年の敵だったポーランドまでドイツとスクラムを組んだのはミーも驚いたヨ」
ドイツはフランスと直接戦火を交えていない。
にも関わらず、外交的にはスペインを支援してフランスの主力が自国に来ないようにしている。
さらにバルカン半島の戦闘にも介入しているようで、いくつかの国は秘密同盟すら結んでいるらしい。
直接の戦闘が無いにも関わらず、今ヨーロッパはフランスとドイツの二陣営の戦いになっているのだ。
そして優勢なのは、ドイツ陣営だ。
「普通ならドイツ主力がフランスに侵攻して終戦ネ。ただ、ドイツ主力は今忙しいのヨ」
「あ、何でだよ」
「南から、ドイツを脅かす勢力がゴーイングしてるのヨ。つい先日、セルビアのベオグラードが陥落させたグループよ」
ジョンの説明を聞きながら、それにしてもと紀沙は思った。
今さっき、冬馬は目が千個もあるわけないと言ったが。
……左目の眼帯を、指先で何度も撫でた。
「そのグループは――――<騎士団>、なんて呼ばれてるネ」
今、紀沙は目が千個あるような気分だった。
◆ ◆ ◆
最近、身体の調子がおかしい。
ハワイに着く以前から感じてはいたが、今は顕著にそれを感じていた。
言うなれば、違和感が徐々に確信に至ってきたというべきだろうか。
「……ッ」
まただ、紀沙は小さく呻いた。
左目の眼帯に覆われて真っ暗なはずの視界に、砂嵐のような
一瞬のことだが、確かに何かが見えたのだ。
今は一瞬だが、酷い時には右目と異なる景色が見えて戸惑うことがある。
これは何だ、と、紀沙は思う。
景色の時はまだ良い、ただ、時々良くわからないモノが見えることがある。
世界がズレて見えると言うか、色が反転していると言うか。
白の線と黒の面、そこに小さな光が走り回っているような世界が視えるのだ。
この視界は、世界は何だ――――?
「紀沙ちゃん」
ふと、声に顔を上げた。
顔を上げれば発令所の皆の視線を感じて、紀沙は取り繕うように笑顔を見せた。
「あ、はい。じゃあ、最初の目的地はドイツの方が良さそうですね」
「……いや、紀沙ちゃん。重要なのはそこじゃないんだ」
良治が目の前にいて、心配そうな顔をしていた。
紀沙は少し失敗した心地になって、やはり笑顔を浮かべた。
それで良治はますます表情を厳しくしてしまったので、やはり失敗したと思った。
「紀沙ちゃん、最近診断を受けてくれてないよね?」
「…………」
事実を言われて、紀沙は曖昧な笑顔を浮かべた。
確かに、紀沙は規定で定められた健康診断をすっぽかしている。
理由は単純で、受けたく無いからだ。
良治としては血液検査等もしたいところだろうが、それこそやりたくない。
「……蒔絵ちゃん、部屋に行こうか」
「え、あ……う、うん」
だから紀沙は、良治から逃げるように席を立った。
いずれにしても、ヨーロッパに到着するのはまだ先のことだ。
最初の目的地をどこにするかは、イ401の意見も聞いてからでも遅くないだろう。
アメリカでは激戦続きだった、今は休息の時だと思う。
心配そうに自分を見上げる蒔絵の手を引きながら、紀沙は発令所を後にした。
残されたメンバーは、その背中をじっと見送った。
溜息を吐く良治の肩に冬馬が手を置き、首を横に振る。
明らかな艦長の変化は、皆が感じていることだった。
「紀沙ちゃん、どうしちゃったんだろう」
「さぁねぇ。ただ、表情に凄みってーのかな。そう言うのが出てるからよ」
何か、腹を決めたことがあるんだろう。
そう言う冬馬の目にも、それが何なのかはわからないのだった。
イ404は、北の海へと進んでいた……。
◆ ◆ ◆
目は、眼帯で隠せば良い。
ただこの銀色に輝く前髪については、諦めるしかないようだった。
「染めても色が変わらないって、何なんだこれ」
銀色の一房を鏡の前でつまみながら、紀沙はぼやいた。
今は眼帯も外していて、鏡の自分の片目は不自然な翡翠色の瞳で見つめ返してきている。
この目にもだんだんと慣れて来た自分がいて、紀沙はとても嫌な気持ちになった。
そして見た目と視界の異常は、それに拍車をかけてくる。
それに、何だ、気持ちが悪かった。
肌がざわめくと言うか、妙に落ち着かないのだ。
何と言うか、まるで周囲に何か嫌なものが跳び回っているような。
「ねぇ」
そんな紀沙に、眦を上げた蒔絵が声をかけた。
洗面室の外で待っていた彼女は、手にタオルを持っている。
蒔絵は取り繕うような笑顔を見せる紀沙に、ますます眉を上げた。
「私も、何かしたい」
「え?」
「……この
紀沙は、蒔絵を完全にお客様として扱っていた。
軍艦に子供を乗せるのは良くないとはわかっていつつも、
それに軍艦で何かをさせると言うことは、戦わせると言うことだ。
対して、蒔絵はもどかしかった。
振動弾頭を開発できる程の頭脳から見れば、いろいろと出来ることはあるのだ。
眠らせておくには、余りにも惜しい才能と言える。
特に蒔絵は、機械工学に特化したデザインチャイルドなのだ。
だいたい、
「あのトーマって奴は嫌いだし、ジョンっても胡散臭い。でもあおいやシズシズやアズサは優しいし、リョージは注射以外は嫌いじゃない……それに」
それからあんたも、と、ぼそりと蒔絵は呟くように言った。
最初は密航者と密航者の関係でしか無かったが、今はもう違う。
今はもう蒔絵も含めてのイ404なのだと言うことに、紀沙は気付いていなかった。
それなりの時間艦に乗せていれば、十分に起こり得る事態だった。
最もその可能性に気付いていたとして、軟禁なんてするはずも無いが。
「見てるだけは、もう嫌なんだ」
不意に、紀沙は懐かしさを覚えた。
かつて自分も、同じように思ってこの世界に飛び込んだのだ。
だが自分が力になりたいと思った人は、自分の力など必要としていなかった。
それが、どれだけ厳しく、またどれだけ哀しいことなのか。
「蒔絵ちゃん……」
紀沙は、良く知っているのだ。
◆ ◆ ◆
――――ベーリング海。
太平洋最北部の内海であり、かつてはサケやカニ等の豊富な漁場として多くの漁船で賑わっていた。
波は荒く、難破・遭難の名所とも言われていたが、今は魚介類の天国となっている。
唯一、霧の艦艇を除いては。
「『ヤマト』、どう言うつもりだ?」
それは、いったいどう言う原理なのだろうか。
大戦艦『ガングート』の甲板上には、12万個に及ぶドミノがずらりと並べられている。
少しでも動けば一気に崩れるだろうそれは、しかし微動だにしていない。
荒々しいベーリング海の上にありながら、ガングートは少しも揺れていない。
メンタルモデルは、豊満な胸を窮屈そうに軍服調の衣装に収めた長身の女性だ。
腕を組みドミノの中心に立った彼女は、じっと南を見つめていた。
水平線の彼方には、何も見えないが。
「何故イ号潜水艦共にヨーロッパへ行けなどと言った?」
独り言か。
いや、独り言では無く誰か――『ヤマト』と話しているようだ。
しかも、かなり険悪な雰囲気で。
「いかな総旗艦の言葉と言えど、我が海域を素通りさせることなどできんぞ」
断固とした様子で、ガングートは言った。
どうやら内容は抗議と言うか、拒否する意思を示すもののようだった。
かなり、不機嫌な様子だ。
「奴らをヨーロッパに行かせれば、『ペトロパブロフスク』の……妹の負担が増える。そんなことは断じてさせん」
ペトロパブロフスクは、ガングート妹艦にあたるロシア方面北方艦隊の旗艦だ。
千早翔像や黒海の妹のこともあり、いろいろと心労が耐えない。
そんな妹にイ号潜水艦、千早兄妹のヨーロッパ侵入などと言う新たな負担をかけさせるわけにはいかない。
だからガングートは、何人たりともここを通すつもりは――――。
ガングートは撃沈された。
――――無かった、が。
がくりと甲板に膝をついて、汗をかくはずの無いメンタルモデルの顔は汗だくで蒼白になっていた。
微動だにしていなかったはずのドミノが、次々に倒れ崩れていく。
止めることも出来ない。
崩れ落ちたガングートは、汗だくのまま呟いた。
「……ヤマト……!」
一瞬で、撃沈のイメージを植え付けられた。
大戦艦である自分の演算防御など何の役にも立たず、ガングートはヤマトに自身のキー・コードを握られてしまっていた。
格が違う、それを教えられた。
ガングートはもはや、その場から動けなかった……。
◆ ◆ ◆
群像は、北極海経由でヨーロッパに向かうことを決めていた。
パナマ運河が破壊され、わざわざ西回りでスエズ運河や喜望峰に向かう意味も無く、マゼラン海峡も遠い。
むしろ北極海航路の選択は、自明の理であるとも言えた。
「群像、ちょっといいか」
「何だ、改まって」
群像が自室で色々と考え事をしていると、イオナがやって来た。
これがスミノなら室内に勝手かつ突然入って来たろうが、イオナはきちんと扉をノックして入ってくる。
身体ごとイオナの方を向いて、群像は小さく笑みを浮かべた。
「確認しておきたいことがあるんだが……」
「ああ、何だ?」
「千早紀沙は霧の者か?」
一瞬、群像は何を言われたのかわからなかった。
そして紀沙が霧か、と言う問いの真意を考える。
紀沙が霧の艦艇かどうかと言う話だとすれば、荒唐無稽と言わざるを得ない。
しかしここで、母親のメッセージから推測する千早家と霧の関係にまで考えが及ぶ。
そう言う意味から考えれば、イオナの言葉の受け取り方も違ってくる。
つまり、イオナはこう言いたいのだろう。
紀沙は、霧に関する何かしらの因子を得たのでは無いか、と言うことだ。
有体に言えば、
「紀沙の身体の変化のことを言っているんだな?」
イオナは答えない。
しかしそれが逆に肯定しているようにも見えて、群像は唸った。
霧の力、メンタルモデル――いや、ナノマテリアル。
そのどれ一つとして、群像達は理解しているとは言い難い。
その意味では、確かに危うい。
「イオナ、お前たち霧は――――」
その時だった。
艦体が軋みを上げて揺れ、周囲の海流が大きく乱れる。
群像は咄嗟にイオナを抱き寄せた、その上で固定された家具を掴む。
彼の胸元に頬をすり寄せる形になったイオナは、じっと上目遣いに群像を見上げた。
「群像、私は別に頭を守ってもらう必要は無いぞ」
「ん? ああ、そうだな。ただこう言うことは反射でしてしまうものなんだ」
「そう言うものか」
わかったようなわかっていないような顔をして、イオナは群像から離れた。
まだ断続的に揺れは続いているが、大丈夫そうだ。
そして群像達は、こういう振動を以前にも経験したことがある。
「――――ゾルダン・スターク」
自分達に、ヨーロッパに行くなと警告したUボートだ。
◆ ◆ ◆
やはり来たか、とゾルダンは思った。
警告はしたが、警告を聞く相手では無いとも理解していた。
だからこそゾルダンはパナマ運河を破壊し、こうしてイ401が通るだろうベーリング海峡に網を張っていたのである。
「どうする、艦長?」
「愚問だな、ロムアルド」
「警告を無視された以上、今度は容赦しない」
「じゃあ、いよいよってわけかー」
「……何だ、何か含むところでもあるのか」
ロムアルドは棒つき飴を舐めながら、椅子に背中を押し付けてギシギシと音を立てていた。
どこか、好きなアニメが次で最終回と知った子供のような仕草だった。
いや、彼にとっては確かに「最終回」なのだった。
「……戦場でゾルダンに拾われて、結構経ったよね」
ゾルダンとロムアルド、そしてソナー手のフランセットは、欧州大戦の戦場で出会った。
ロムアルドは少年兵として、そしてフランセットは戦火に巻き込まれた娘として。
出会った後は千早翔像の下で、彼の計画を助けるための兵士として訓練を受けた。
2年間、いやそれ以上の時間を共に過ごしていた。
「それも今日で終わりかと思うと、何だか寂しいね」
本当に寂しそうなその声音に、しかしゾルダンは何も返さなかった。
したことと言えば、瞑目くらいだ。
彼は余り情緒的な方では無いので、そう言う言葉を紡ぐ口を持たないのだ。
そんな彼が、ふと傍らへと視線を落とした。
1人の少女が、ゾルダンの服の裾を引っ張っていた。
淡い粒子と共に形作られたその少女に、ゾルダンへ目を細める。
それは、U-2501のメンタルモデルだった。
長い金髪の、だぼついたサイズの合っていない服を着た少女の姿をしている。
「何をしている、2501。メンタルモデルの形成は禁じたはずだ。演算力の無駄遣いをするな」
「申し訳ありません艦長、ですが」
じろりと冷然とした目で見下ろされれば、2501はびくりと肩を怯ませた。
ただそれでも何か言うべきことがあったのだろう、淡い粒子となって消えながらも、彼女はゾルダンを見上げて言った。
「嫌な
霧のメンタルモデルが嫌な
しかし、ゾルダンは笑わなかった。
何故ならゾルダンは、そう言う情緒的な言葉を紡ぐ口を持っていないし。
「ロムアルド、『ゼーフント』全隻展開。フランセット、ソナー警戒怠るな」
「りょーかい」
『了解』
――――
◆ ◆ ◆
もちろん、警報はイ404の側にも発されている。
すでに攻撃は受けているが、警戒していたために奇襲は許していない。
むしろ、敵が広げた網の先端に触れたと言う状況だった。
「状況は?」
「小康状態です。攻撃は一時やんでいます」
恋の報告に頷いて、紀沙は自分のシートに座った。
その時、紀沙は少し顔を顰めた。
ざわめきが、強くなった。
発令所に入って緊張感が高まった、と言うわけでは無いことは明らかだった。
ならば何だと言われれば答えようが無いが、しかし、感じるのだ。
ざわめきを、肌の上を撫でられているかのような不快感を。
羽虫が常に頭の上を飛び回っているような、そんな感じだ。
「艦長? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です、もちろん」
何となく自分に言い聞かせるように、紀沙は恋に答えた。
すでに冬馬も梓も準備を整えて、自分の号令を待っている。
相手は霧、それも自分達と同じく人間を乗せた艦だ。
この攻撃方法は忘れもしない、屈辱的な敗北を喫した相手なのだ。
心してかからなければやられるだろう、それ程の相手だ。
だが、気にかかる。
この肌のざわめきは、無視するには大き過ぎた。
――――しかし、今考えるべきことでも無い。
「最大戦速! イ401との量子リンクを切らないように注意してください!」
「「「了解!!」」」
その時、ふと手元のモニターに映る機関室の様子を見た。
そこにはあおい達が慌しそうにちびスミノ達と動いている様子が映っていて、それはいつも通りだった。
しかし今は、隅の方でコンソールを叩く小さな背中が増えていた。
それに対して目を細めてから、紀沙は正面を向いた。
負けられない、そう思った。
(……?)
そこで、気付いた。
いつもならねちねちと自分に絡んで来るだろう存在の姿が、どこにも無いことに。
スミノだ。
スミノの姿が、どこにも無かった。
「ス……」
呼ばなかった。
いや、呼べなかったのか。
いずれにしても、紀沙はスミノを呼ばなかった。
ただ、これも感覚的な話で伝わりにくいのかもしれないが。
何故か、スミノが
馬鹿な、と、紀沙は首を振った。
実際に目の前にいないのに、いると感じるなどおかしなことだ。
そんなことは、馬鹿馬鹿しいと。
この時の紀沙は、そう思っていたのだった。
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
行くぜ、ヨーロッパ!
と思いきや、通せんぼのゾルダンです。
この人もどうしたら良いのか悩むキャラクターです。
と言うわけで、次回ゾルダン戦です。
また次回。