イ401側はまだ、U-2501の誇る群狼戦術の全容を理解してはいない。
戦闘開始からおよそ1時間が経過した頃、ゾルダンはそう判断した。
そもそも彼らの群狼戦術は、『ゼーフント』と呼ばれる無数の小型潜航艇を核としている。
十数隻、いや数十隻の小型艇で敵を取り囲み、四方八方から休む間も無く攻撃するという戦術だ。
大体の敵は、『ゼーフント』の多重攻撃に対応できず成す術も無く撃沈される。
しかし、イ401は違う。
こちらの全容を測りかねていながらも、『ゼーフント』の攻撃を掻い潜り続けている。
しかも、幾度かはU-2501本体の位置を捕捉しかけていた。
「こちらの思考を
いや、それも少し違うのだろう。
厳密に言えば、千早群像の思考をトレースしているゾルダンの思考をトレースしているのだ。
つまり、ゾルダンが千早群像の戦術思考を良く理解していることを知っている。
千早群像ならばどうするか? 千早群像ならばどう動くか?
それをゾルダンが把握していることを、逆に群像は気付いているのだろう。
「聞いていたよりもずっと優秀らしい」
「まぁ、僕らの情報も古いからね」
彼らの知る千早群像の戦術思考、それはつまり日本にいた頃の千早翔像の戦術思考でもある。
2年に及ぶ期間、ゾルダンはそれを叩き込まれてきた。
言ってしまえば、千早群像とゾルダンは兄弟弟子と言えるのかもしれない。
だからこそ今、群像は『ゼーフント』による四方からの攻撃を見事に捌いている。
しかし、と、ゾルダンは思う。
イ401と千早群像はそれで良いとして、もう一方はどう考えるべきか。
イ404と千早紀沙、こちらもまた『ゼーフント』の攻撃を未だ掻い潜っている。
ただしこちらは兄と違い、やや拙いところがある。
こちらの思考を読んで動いていると言うよりは、どこか場当たり的に見える。
「……まだ
「間に合うかなぁ」
「わからない」
首を振って、ゾルダンは言った。
「今はとにかう戦うことだ。戦うことが、覚醒のきっかけにはなる」
ベーリング海における戦いは、まだ始まったばかりだった。
この戦いの結果、何が生まれるのか。
それは、戦いの勝者だけが知ることが出来る。
◆ ◆ ◆
冬馬は、訝しみの感情を得ていた。
ソナー手である彼はイ404周辺の状況を音で探るのが役目であり、それ故に、イ404の状況をクルーの中で最も良く理解している。
だからこそ、現在の状況がいかに異常かを理解してもいた。
「――――取舵! 速度そのまま、アクティブデコイ射出!」
「あいよ了解、デコイ発射!」
紀沙の声が飛ぶ。
しかしその声は、ソナーの情報に基づくものでは無い。
そうした外部の情報を聞く前に判断し、指示を出したのだ。
そして、これが良く当たるのである。
今も、艦体に擦れるようにU-2501側の魚雷が擦過していった。
魚雷はデコイを追っていったようで、センサー画面上で徐々に遠ざかっている様子がわかる。
そして必要な距離を離れたところで、かすかな爆発音が聞こえた。
紀沙の指示が無ければ、艦体後部に直撃していただろう。
「まだ来ます、気を抜かないでください」
だから、それが何故わかるのか。
冬馬は相当に訝しんでいたが、戦闘中故に何も言わなかった。
それは多かれ少なかれ、他のクルーにも同じことが言える。
彼らは程度の差こそあれ、今の紀沙の
だが、一番驚き、訝しんでいるのは実は紀沙自身だった。
紀沙は、自分がどうしてそんな指示が出せるのかわからなかった。
しかし、何故かわかるのだ。
攻撃される直前、
肌がちりちりする方向に敵がいると、何故かわかるのだ。
(U-2501は、無数の無人潜航艇でこっちを包囲してる)
肌のざわめきが、紀沙にそう教えてくれる。
不思議な、不思議な感覚だ。
目を閉じれば、どこか海を泳いでいるような感触さえ感じる。
不意に、左側に気配を感じた。
この気配は知っている、メンタルモデルの気配だ。
思えばこのシートに座っている時は、常に傍らにスミノがいた。
別に懐かしさや寂しさを覚えたわけでは無い、ただ。
「チハヤ・キサ……!」
ただ、ここまで明確に殺意を向けられたことは無い。
発令所で――いや、違う。
これは発令所で起こっていることではなく、
「……死ね……!」
すなわちこれは、
だぼっとしたワンピースを着た金髪の少女――童女と言っても良い――が、紀沙に向けて片腕を剣のように振り下ろして来た――――。
◆ ◆ ◆
手刀――文化圏で言えば手剣とでも言うべきだろうか――を、紀沙はシートから転がり落ちるようにして回避した。
あっと声を上げた時には、発令所には
童女の手は、シートの紀沙の頭があった部分をやすやすと貫いていた。
あのまま頭を置いていたらと思うと、ぞっとする。
指揮シートのある段の下から、思わずと言った様子で顔を撫でた。
頭があることの再確認のような行為だったが、そこで気付いた。
左目に、眼帯が無い。
「その目」
可憐な外見からは想像も出来ない程に憎々しげに、童女は紀沙を見下ろしていた。
その目とは、左目のことを言っているのだろう。
この目が何だ、何なら持っていけとも紀沙は思った。
左目がこうなってからと言うもの、身体の調子が悪くて仕方ないのだ。
「我が艦長のために、その目を潰させてもらう……!」
ただ、どうも相手は紀沙の命ごと狙っているようだ。
再び腕を振り上げ跳びかかってきた童女に、紀沙がどこへ逃げるかと思案を巡らせた時だ。
明確な殺意。
向けて来たのもメンタルモデルならば、それを止めたのもメンタルモデルだった。
「それは困るな、2501。その目はボクの目でもあるんだから」
「お前は……!」
「……スミノ?」
段の途上で童女――U-2501のメンタルモデルの手刀を指先で挟んで止めて、スミノが立っていた。
どこから現れたかなどと、もう考えるのも面倒だ。
スミノはちらりと紀沙を見て微笑むと、すぐに視線を2501へと向けた。
2501がスミノの手指を掴み返し、そのままの姿勢で蹴りを放った。
蹴り足の踵を掴み、スミノが2501を押し返した。
離れる刹那に互いの手が3度打ち合ったようだが、それは紀沙には見えなかった。
ふわりと浮き上がった2501が両手を掲げると、宙に光の槍が出現した。
スパークしながら現れたそれは、スミノとその向こう側にいる紀沙を狙って疾走する。
「ほいっと」
ばんっ、とスミノが床を叩く。
すると床がぐにょんと伸びて壁となり、光の槍を受けきってしまった。
目の前で花火が炸裂すればこんな感じだろう、そんな強烈な輝きに紀沙は目を細める。
『やらせない……!』
その時だ、脳裏に思いつめた童女の声が聞こえた。
光の槍が炸裂するチカチカとした輝きの中、紀沙は自分の視界が徐々に白く塗り潰されていくような錯覚を覚えた。
ゆっくり、ゆっくりと、しかし鮮烈に、鮮明に……。
◆ ◆ ◆
当時彼の国は直接参戦していなかったが、傭兵や義勇兵と言う形で各地の戦闘に介入していた。
彼がやって来たのは、そう言う戦場の1つだった。
そして最初に出会った時、向けられたのは手では無く銃口だった。
砲弾の雨が降り注ぐ、そんな場所でのことだった。
そこで彼女は、彼を救った。
道を示し危険を知らせ、崩れ落ちる廃墟の中から共に脱出した。
正直に言えば、彼女は当初そんなことをする必要を感じていなかったのだが。
『
だが、彼が言ったのだ。
『それなら、死を遠ざけてみせろ』
正直、意味は良くわからなかった。
ただ彼は、賢明に生きようとしていた。
この窮地を脱して生き延びて、明日を掴もうとしていた。
意思があり、強さがあり、覚悟があり、目指すべきものを知っていた。
だが、力だけが無かった。
燃え盛る廃墟から、閉塞した今の状況から脱出できるだけの力が無かった。
だから決めたのだ。
自分がそうなろうと。
自分が彼の力そのものとなり、剣となり盾となろうと。
彼を見た瞬間、そんな想いが湧き上がってきたのだ。
(これは……?)
(U-2501の
ぼんやりとした意識の中――それは、夢に似ていた――不意に、紀沙は何者かに引き上げられた。
まさに、夢から覚めると言う感覚だ。
気が付けば、視界は元の反転した色の発令所だ。
パンッ、と、スミノが手を打つ音が耳に響いた。
「こちらの世界では、情報や記録なんてどこにでも転がっているものなんだから」
1つ1つ気に止めていたら気が重くなるよと、スミノは言った。
その脇を縫うようにして、2501が手刀を振るう。
光が弾ける。
ヘラヘラと笑うスミノと、可憐な顔立ちを歪める2501はまさに対照的だ。
「イ号404! 貴様は許されざることをしている!」
「キミだって、
何の話をしている、と、紀沙は思った。
もちろん、戦闘中のスミノ達がいちいち説明するはずも無い。
2501が打ち、スミノが払い、2501が踏み込んで、スミノがいなす。
その手順が延々と繰り返されていた。
「私は、あの人を守る!」
「ゾルダン・スタークかい? しかし彼は選ばれなかった」
「私が選んだ。私の艦長、あの人のためなら私は……!」
「彼がそれを望んでいなかったとしても?」
薄ら笑いを浮かべて、スミノは言った。
「選ばれたのは、ボクの艦長殿さ」
「そこに……誇りが無ければ!」
対して瞳に峻烈さを見せながら、2501。
2人の、いや2隻の戦いは、現実の海戦にも増して激しさを増していった。
◆ ◆ ◆
ベーリング海で戦闘が発生したことは、遠くヨーロッパの超戦艦『ムサシ』にまで伝わっていた。
自信の塊のようなあのゾルダンが、3隻の『ゼーフント』を大西洋に走らせたためだ。
とは言え、リアルタイムで戦況を伝えてくるようなことはしていない。
だから結果については、ムサシと言えど簡単には予見できないのだった。
「そう言えば聞いたことが無かったのだけど」
カレー、ダンケルク、ル・アーブル、ブレストと、フランス沿岸を北から南へと転戦しながら、『ムサシ』はフランスの諸都市と軍、そしてイギリス海峡に残存する霧の欧州艦隊を虱潰しに攻撃していた。
ただ1隻で、数十万人の人間と十数隻の
超戦艦の実力をもってすれば、この程度のことは造作も無かった。
「お父様はどうして、『レーベ』をゾルダンに委ねる気になったの?」
ブレスト軍港、そしてブルターニュ地方の諸都市へ艦砲射撃を行う最中、ムサシは隣に立つ翔像にそう問うた。
1発の砲撃で都市が1つ吹き飛ぶ中で聞くにしては、やや違和感を感じる問いだった。
「『レーベ』――今はU-2501と名を変えているけれど。あの子はもともと、『ヤマト』のイ号潜水艦に対抗するための
かつて、駆逐艦『レーベリヒト・マース』と言う艦があった。
現在のU-2501はこの駆逐艦のコアを使用して翔像が
それだけに秘匿性が高く、霧に対するカウンターとして非常に有用だった。
しかし翔像は、それを愛弟子であるゾルダンに与えたのだ。
当然、表舞台に上げる以上は情報は漏れる。
霧も注目しているだろうから、自然、追跡の憂き目に合う。
ゾルダン自身も、何度か霧の艦艇と接触したと報告を上げてきている。
「……あの子はゾルダンにとって、何にも変え難い存在だった」
「あの子って、『レーベ』が?」
「…………」
ズルい人だ、と、ムサシは笑った。
都合が悪かったり言葉にしたくないことがあると、この男は口を閉ざすのだ。
要するに察しろと言うことで、そう言う甘えのようなものがムサシは嫌いでは無かった。
厳格な男が一瞬見せる甘えは、ことのほか彼女の琴線に触れるらしかった。
「……どちらにしても、北極海に入れるのは片方だけ」
遥か西の彼方へと顔を向けて、ムサシはうっすらと目を開けた。
さて、来るのはどちらか。
◆ ◆ ◆
群像は勝つ。
真瑠璃にはそれがわかる。
どんな時、どんな状況であっても、最後には群像は勝つと。
確信と言うよりは、それはもはや信仰に近かった。
(……群像くん)
一度だけ。
それでも一度だけ、真瑠璃は群像を
独りで前に進もうとする群像の姿が、閉塞した世界から抜けようともがく群像の姿が。
そして、天羽琴乃の死に衝撃を受けた自分自身を振り払おうとする姿が余りにも痛々しかったからだ。
『あなたが好きだからに決まってるじゃないっ!!』
そして『ヒュウガ』との戦いの後、それは爆発した。
群像は完璧だ、だから他人に諌められる経験が少なく、諌められた時の対応を知らなかった。
だから無神経になる、その時も「オレにはこれしか出来ない」「無理に艦にいろとは言えない」などと言った、真瑠璃からすればそれは耐えられなかったのだ。
そして、何より耐えられなかったのは。
その時の群像が、困ったような表情を見せたことだ。
明らかに戸惑っていて、どう受け止めれば良いのかわからないと言う顔をしていた。
あれを見てしまえば、艦に残るのはもう無理だった。
ああ駄目だと、自分で思ってしまったのだ。
(私には、群像くんは救ってあげられない)
それが出来るのは、きっと天羽琴乃だけだった。
結局、天羽琴乃に負けたと言うことなのだろう。
思い出の中にしかいない人間には、どう
わかってはいたが、実際に目の当たりにすると堪えるものがあった。
(群像くんは勝つ、だから……)
携帯端末を指先で弄りながら、真瑠璃は目を閉じた。
端末の中には、過去の群像からのメールが全て保存されている。
自分以外の人間が開ければ、それは全て失われるようになっていた。
そして最新のメールには、こう書かれていた。
(だから、私は私のできることを)
――――横須賀にて、霧の重巡洋艦『タカオ』と接触されたし。
また凄いことを言ってくれるものだと、そう思う。
けれど真瑠璃は、それを良しとした。
我ながら便利な女だと、そう自嘲することもある。
『頼む』
でも群像が、自分に「頼む」と言った。
真瑠璃にとっては結局、それが1番重要なことだったのだ。
もうそれだけで良い、少しでも気にかけてくれているのならば、と。
――――ズルい男だと、真瑠璃はやはり自嘲気味に笑うのだった。
◆ ◆ ◆
霧の、人への想い。
それを聞いた時の、紀沙の感情をどう表現すべきだろう。
思えば、あのイ401のメンタルモデルやタカオもそんな素振りを見せていた。
兄や、母に対して何かしらの感情を抱いている。
そう思った時、紀沙は「ああ」と思った。
ああ、何て、何て。
何て、おこがましいのだろう――――。
「霧が、人を守るなんて」
人類共通の敵。
不倶戴天の存在。
そう言われ続けて、教わり続けて、思い続けてきた。
そんな紀沙にとって、2501の言葉は。
「ふざけるな……!」
左目が、急激に熱を持った。
こちらを見た2501が、ぎょっとした顔をする。
紀沙が睨んだ地点にあった2501の光の槍が、まるで分解されるように散ったのだ。
スミノがやったのかと思ったが、どうも違った。
「言っただろう、艦長殿? それは
スミノが何か言っているようだが、紀沙はほとんど聞いていなかった。
ただ、驚いている2501の目を睨みつけた。
左目の奥で、何かが破れる音がした。
「
――――出て行け!
次の瞬間、景色が一瞬ブレた。
ぐにゃりと歪んだ次の瞬間に、元の景色に重なったのだ。
そして気が付けば、耳に音が戻って来た。
「……! おい、艦長ちゃん。マジで大丈夫か!?」
「え……」
「すげー血が出てんぞ!」
戻って来た。
そして突然届いた冬馬の声に左手を顔に当てれば、水――さらさらとした血が手に触れた。
それは左目の眼帯の下から漏れているようで、眼帯を外すと勢いを増し、衣服に染みを作る程だった。
だが、不思議と不快感は無かった。
「――それが、キミの新しい力だよ」
ただ、耳元に現れたスミノの囁きには不快感を抱いた。
しかし今は、スミノにかかずらわっている場合では無いのだ。
今はそれよりもずっと重要なことがある。
この戦いの
「恋さん、イ401に連絡を」
「は……はい?」
左頬を流れる血を袖で乱暴に拭いながら、紀沙は言った。
「敵の、U-2501の位置がわかりました。今から言う座標を401に知らせてください」
潜水艦戦において、敵の正確な位置を知ることは何よりも大事だ。
それを知らない者は、イ404の発令所には誰もいなかった。
◆ ◆ ◆
『艦長ッッ!!』
U-2501の叫びを聞いた時、ゾルダンは己が危機に瀕していることに気付いた。
戦場の重力子が急速に活性化し、しかも安定しつつある中での2501の叫びだった。
そして戦略モニター上の予測
深度の上下の方が早いが、この攻撃は縦の移動では回避できない。
『ゾルダン、海が……割れるわ……』
ソナー手・フランセットの声も震えている。
視力が無い分、より強く気配を感じるのだろう。
それでもUー2501の全速回避であれば、正面から来るであろうイ401の攻撃を回避することは出来るはずだった。
ゾルダンのこの計算は、間違いでは無い。
次に来る重力子の攻撃――超重力砲――は、原則として直線上にしか撃てない。
照準をつけて撃つならば座標入力も必要で、しかも変更は極めて難しい。
故に重力子の反応が特に激しい地点から首を振るように横へ移動して逃げれば、直撃は避けられる。
さらに言えば、今回はU-2501の察知も早かった。
「『ゼーフント』の多重攻撃の中、超重力砲を撃つのは流石だな」
超重力砲を回避した後、空間の
それに乗じて『ゼーフント』による総攻撃を行えば、イ401は回避できないだろう。
射線上の『ゼーフント』については諦めるしか無いだろう、肉を切らせて骨を断つと言うわけだ。
「だが早かった。イ401自身が我々を発見したわけでは無いか」
らな、と言う言葉は、しかし発されることが無かった。
何故ならばU-2501の艦体が大きく揺れて、ゾルダン自身がバランスを崩してしまったからだ。
そして彼は、この「掴まれる」現象を知っていた。
すなわち、超重力砲のロックビームだ。
「馬鹿な……ッ」
「ゾルダン!」
いったい何故、と戦略モニターを見た瞬間、ゾルダンは目を見開いた。
U-2501が感知している重力子の強い反応が、海域を縦に割いている。
しかし今、そこに2本目の「道」が開かれていた。
そしてその2本目――
――――超重力砲の
「ゾルダンッ!」
「わかっているっ!!」
激しく揺れる艦の中で、ゾルダンは厳しい眼差しで言った。
そして数瞬の後、凄まじい衝撃がU-2501を襲った。
◆ ◆ ◆
ヒュウガは、『マツシマ』3隻による超重力砲を放ったまま硬直していた。
先程まで、彼女は感嘆していた。
それは千早群像と言う少年に対する感嘆であって、えも言わず彼の戦術と先見の明への感嘆だった。
サンディエゴで一旦別れた後、ヒュウガは『マツシマ』3隻を別ルートで進ませていた。
ベーリング海への侵入もそうで、海峡内に入った後は海流に身を任せつつ航行していた。
戦闘には参加していなかったため、カムチャッカ近郊のポイントまで悠々と進めた。
何故かロシア方面の霧の艦隊が動いていなかったので、海底に潜み時を待つことが出来た。
海底にじっとしている『マツシマ』3隻は、『ゼーフント』にも発見されにくい。
「あれは……」
そしてイ401の超重力砲を囮に、『マツシマ』3隻による超重力砲の十字砲火。
これで倒せない相手はいないだろうと、ヒュウガは思っていた。
実際、倒せた。
しかしU-2501は、驚くべき方法でこの攻撃を回避――いや、回避では無い。
「
U-2501の艦体が上下に割れて、そこから放出されたナノマテリアルの粒子が8の字を描いていて、それに引かれるように2発の超重力砲のエネルギーが回転していた。
真っ白な8の字が、ベーリング海を幻想的に染め上げていた。
あれは不味い、霧の旗艦まで努めたヒュウガだからこそ
「404……イオナ姉さまぁ――――ッ!!」
ヒュウガの絶叫が、ベーリング海の深くで響き渡った。
そしてそれを聞くことが無いU-2501、すなわちゾルダンは、まだ勝利を確信していない。
何故ならばこの装備は、能動的な攻撃は一切できないからだ。
もし攻撃になるとしたら、それは結果に過ぎない。
「これが我々の切り札だ、401」
ミラーリングシステム。
霧でも
出来れば表に晒したくは無かったが、千早群像はそれを許してくれなかった。
このシステムは、イ401側の超重力砲を別次元に相転移させる。
つまり相手の破壊力をいなすわけで、その際に凄まじい衝撃波が発生する。
この時の衝撃波は、まさに海を
イ401、いや霧の艦艇と言えど巻き込まれれば無事では。
『艦長ッ、404が!!』
「何……ッ」
2501が再び悲痛な声を上げた。
ミラーリングシステムは発動中、U-2501の姿を露呈する上動きが取れなくなる。
『ゼーフント』の制御もしかりだ、しかも今は超重力砲発射の後で付近の『ゼーフント』は壊滅している。
しかし、だからと言って。
「うぅらああああああああぁぁっっ!!」
だからと言って、まさか突撃を仕掛けてくるとは!
ミラーリングシステム発動で動けないU-2501に、イ404の艦首が激突した。
ただでさえ凄まじいエネルギーを制御しているところに、体当たりなどしたのである。
被害は甚大だ、計り知れないと言っても良い。
「――――ッ!」
ベーリング海に、沿岸の人々が「神の叫び」と表現することになる激震と轟音が響き渡った。
その衝撃が、何もかもを打ち砕いた。
何もかもを。
◆ ◆ ◆
――――冷たい。
身を切るような冷たさで、少女は目を覚ました。
「う……」
肌から血の気が失せて見えるのは、体温が極端に下がってしまっているからだ。
あたりは濃霧に包まれていて、海岸なのだろう、
そしてその小波は、まさに少女の半身を濡らしている。
少女は、浜辺に倒れているのだった。
身を起こしても、風が冷たく冷えた身体をさらに苛む。
加えて小雨まで降り出してきたので、身体の芯から熱が奪われていく。
吐く息は白く、身体を抱くようにして擦っても少しも温まりはしなかった。
冗談では無く凍死してしまいそうな状況だ、むしろ目覚められただけ強運だったのかもしれない。
「……ここは」
声も、低く掠れている。
びゅうと吹いた強風に、小さな悲鳴を上げる。
ガァガァと海鳥の鳴く声がどこかから響いて、顔を上げた。
すると強風に煽られて、僅かに霧が晴れた。
霧が晴れても晴れ間の無い曇天、コケが方々に見える荒れ地に、湿地混じりの海岸、雪積もる山。
人の気配は、どこにも無い。
少女は――千早紀沙は、呆然とそれらの光景を見上げていたのだった。
※お知らせ
今週リアル多忙につき、次週の更新をお休みさせて頂きます。申し訳ございません。
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
と言うわけで、ゾルダン戦でした。まだ終わってないのかも?
最後の展開は正直思いつきですが、面白くできたらいいなと思っています。
それでは、また次回。