蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth039:「北の島」

 

 三竦(さんすく)みと言う言葉がある。

 言い方や内容は国や地域によって異なるが、意味は概ね似通っている。

 つまり、睨み合いの状況を指す言葉だ。

 互いに得意な物と不得意な物の異なる三者が睨み合い、互いに動きが取れなくなってしまう状態。

 

 

「まさに、今のボクらのことだとは思わないかい?」

 

 

 曇天(どんてん)の下、肌を刺す寒さの中に3人はいた。

 彼女達は積雪した湿地の浮き島や岩場、枯れ木の上などに等距離に立っている。

 言葉を発したスミノと、そしてイオナと2501である。

 実際、彼女達の状態は三竦みと言うべきものだった。

 

 

 2501がイオナを警戒するようにジリジリと動けば、スミノが2501の横顔へと視線を向け、そしてイオナがスミノの方へ身体ごと向ける。

 あるいはスミノがイオナへと視線を動かせば、2501が隙を見出すべくスミノを睨み、そのスミノへとイオナが手を向ける。

 そしてそれ以上は互いに動けない、どちらかに仕掛けた瞬間にどちらかに攻撃されるからだ。

 

 

「ボクとしては別に睨み合いを続けるのも面白いとは思うんだけどさ」

 

 

 スミノの見る限りこの3人、あるいは3隻の演算力は、ほぼ互角だった。

 差が出るとすれば経験値から来るもので、その意味では実戦経験値の高いイオナが優位だ。

 しかしだからと言って、他の2隻でかかれば倒せない程に絶望的な差と言うわけでも無い。

 三竦み、だ。

 

 

「ボク達の利害は、意外と一致してるんじゃないかとも思うんだよね」

 

 

 ()()()()()、3人の目的は同じだった。

 加えて言えばそれぞれのクルーも探さなければならず、超重力砲とミラーリングシステムの衝撃波から、彼女達は各々の「ちび」やナノマテリアルでくるんでクルー達を防護していた。

 今は見失っており――防護に使ったナノマテリアルの反応で大まかな位置はわかる――艦体の修復と共に早急な捜索が必要だった。

 

 

「……お前達のことを信用できない」

「おいおい信用できないって。人間みたいなことを言うね、2501」

 

 

 クスリと笑って、嘲るようにスミノが言う。

 2501から返って来たのは敵意だけだが、イオナからは違った。

 

 

「確かに、ここでこうしていても仕方ないな」

「そうそ、ここはお互いに一時休戦といこうじゃないか、401」

「一時休戦だと?」

「それ以外にこの膠着を打破できる方法があるかい、2501?」

 

 

 信頼、スミノはその言葉を反芻する。

 おそらくイオナと2501は、それぞれの艦長との間に信頼の()()()ものがあるのだろう。

 羨ましいとは、特には思わない。

 何故ならば、スミノが欲しいものはそんなものでは無かったの……。

 

 

「姐さぁ――――ん……!」

 

 

 ……だが、何かを勘違いした特攻服に身を包んだ少女(トーコ)が手を振りながら駆けて来るのが見えて、スミノは急激にげんなりとした表情を浮かべた。

 気のせいか相手の一歩一歩がスローモーションに見えて、しかも弾けるような笑顔には星が散って見えた。

 

 

「姐さああぁ――――んっ! 無事だったんスねえぇ――――っ!」

「2501、なんであいつを沈めてくれなかったんだい」

「え」

 

 

 寒々しい空気にも、メンタルモデルの身体が堪えることは無い。

 だが吐く息は白くて、スミノの視線は何と無くそれを追いかけた。

 島の空は、やはり曇天に覆われていた。

 そして枯れ木の下、湿地の水に半ば沈むようにして、古い立て札が倒れていた。

 そこには、おそらくこの島の名前だろう文字が辛うじて読み取れた。

 

 

 ――――熱田島、と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 本籍地・北海道と言う出自を、今日ほど良かったと思ったことは無い。

 何しろ寒さには強い方だ、横須賀の気候に慣れていても生まれと血がそう感じさせる。

 しかし、それでもだ。

 

 

「高いな……」

 

 

 ろくな防寒具も道具も無しで進むには、この島は気候が厳し過ぎる。

 海岸線から島中央に満遍(まんべん)なく広がる湿地帯はまだ平地だったが、進むにつれて道が徐々に険しくなっていったのだ。

 見渡す限りの積雪と、パキパキと足の裏で音を立てる枯れた草木。

 

 

 そして、高台だ。

 ひとつひとつの丘や台地が高く広く、登るには相当の体力を使うことになる。

 高台から島を一望できればと思ったのだが、一筋縄ではいかない。

 おまけに水分を伴う濃霧が視界を遮ってくれる上に、足元が滑りやすくて何度か転びかけた。

 そのような状況では、真っ直ぐ高台を登ることも出来ない。

 

 

「何となく、建物みたいなものが見えるんだけど。仕方ない、回り道かな」

 

 

 ひとまず、目の前の高台を登るのは諦めた。

 遠目に山の中腹あたりに建物らしきものが見えて、そこを目指している。

 建造物があるなら人もいるかもしれない。

 

 

「普通に考えるなら、放り出されて島に流れ着いたってことだろうけど」

 

 

 わざわざ声に出しているのは、そうしないとガチガチと歯が鳴って仕方ないからだ。

 口を動かしていれば、幾分かマシになる。

 

 

「他の皆は大丈夫かな」

 

 

 最も今の紀沙の状況は、他人の心配をしていられる状態では無いのだが。

 今も草に足をとられて転びそうになった。

 気のせいか、足がだんだんと上がらなくなってきているような気がする。

 寒さと悪路に体力を奪われているのだと、他人事のように気付いた。

 

 

 雲の向こうに僅かに見える太陽の光も、どこか頼りない。

 一歩を踏み締める度に、身体は重くなる。

 だがとにかく、どこかの建物には入らなければ。

 もしかしたら獣もいるかもしれない、夜に1人はあまりにも危険だった。

 

 

「……ただ」

 

 

 もう一度山の中腹の建物を確認しようと、顔を上げた時だった。

 紀沙は苦笑した、神様がいるとすれば随分とイジワルなのだろうと思ったからだ。

 さっき登るのを諦めた高台の上に、人がいた。

 ただ自分と同じく防寒具ひとつ着けていないその姿は、島の人間とは思えない。

 おまけに、イ404や401のクルーにあんな金髪碧眼の男はいない。

 

 

「この展開は、ちょっと無いんじゃないかなぁ」

 

 

 つまり、彼はU-2501の関係者。

 眼光の鋭さと貫禄からして、おそらくは艦長。

 ――――ゾルダン・スタークがこちらを見ていると、紀沙は気付いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「……吹雪(ふぶ)いてきたな」

「いや、そんな自分で何とかしたみたいに言ってもダメだからなお前」

 

 

 山小屋と言うべきか、狩猟部屋と言うべきか。

 とにかく小さな小屋の片隅の古びた薪ストーブで火を炊きながら、群像達は暖を取っていた。

 すきま風は強いが、それでも外にいるよりはずっとマシだった。

 

 

 そしてこの山小屋には、4人の人間がいた。

 群像と冬馬と、何故かジョン。そして……「フランセット」と名乗る盲目の女性である。

 冬馬は湿った薪に苦労して火をつけて、今もストーブに鉄の棒を突っ込んで火を大きくしている。

 ちなみに群像は、雪道で倒れているところを冬馬が見つけたのである。

 

 

「俺がかついで来なかったらお前、普通に野たれ死んでただろうがよ」

「ああ、感謝している」

「オーウ! 困った時はミートゥーね!」

「それは俺が言うべきセリフだろーがよ」

 

 

 彼らクルーは、各々の艦のメンタルモデルによって身体的には防護された。

 しかし北海の島――と思われる――に生身で放り出されては、外に放置はそのまま死に直結する。

 まして、今は雪風が強まって吹雪になっているのだ。

 

 

「悪いわね、一枚しか無い毛布を貰ってしまって」

 

 

 そして、フランセット。

 それぞれの艦のクルーが混在する中、互いに協力しなければならない状況だ。

 フランセットに与えられた毛布は、その意味では他の3人の優しさとも言える。

 まぁ、毛布と言っても所々破れてしまったボロ布のような状態だが。

 

 

「確かに厳しい状況だが、互いを理解し合うには良い状況だろう」

 

 

 そう言ったのは、群像だった。

 彼は火にかざした手はそのままに、フランセットの方を向いた。

 

 

「この際だ、相互理解といかないか?」

「あら、私は仲間の情報を売ったりはしないわよ」

「別にU-2501の情報が欲しいわけじゃない」

 

 

 警戒の色を浮かべたフレンセットに対して、群像はそう言った。

 対話。

 思えば対話こそが、この少年の真骨頂であるのかもしれない。

 たとえ届かなくとも、群像はその道を捨てたことは無かった。

 

 

「キミ達の話を、聞かせてほしい」

 

 

 ただ惜しむらくは、群像は誰かと対話することが得意では無かった。

 だからかもしれない、過去話し合いで何とかなったことが少ないのは。

 しかし、それも無理は無かった。

 何故ならば、それを補うべき少女(琴乃)がいなくなってしまったのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ゾルダンは、女性には淑やかなイメージを持っていた。

 ドイツの女性は男より強いと言う俗説があるが、イコール女性を捨てているわけでは無い。

 むしろ童話のお姫様のモデルも多く、気立ての良い淑女の国なのだ。

 そして共に航海する仲間がフランセットとくれば、そのイメージはより強固なものになった。

 

 

「んーっ! んーっ!」

「……勘弁してくれ……」

 

 

 木製のドアが、軋みながらゆっくりと開いた。

 強い風と雪が開いた隙間だけ中に入り込み、扉を閉めるまで続く。

 見張り小屋か狩猟小屋か、二段ベッドや作業机のある小さな空間だった。

 埃の積もり方から見て相当の時間人の手が入っていなかったのだろう、吹雪によってそれらが巻き上げられた。

 

 

 そんな中、二段ベッドの下の段でひときわ大きく埃が舞った。

 男――ゾルダンが、外から担いできた少女をベッドに置いたのだ。

 いかがわしい響きかもしれないが、状況は何もいかがわしく無い。

 何故ならば少女――紀沙は後ろ手に縛られていて、口をスカーフか何かで猿轡されていたからだ。

 

 

「んーっ、んむっ、む――っ!」

「おい、頼むから静かにしてくれ。静かにしたらそれを外す」

 

 

 ゾルダンが紀沙を見つけたのは、全くの偶然だった。

 島を見渡そうとした時に、高台の麓にいるのをたまたま見つけたのだ。

 距離もあったのでゾルダンとしては、おそらく逃げるなり隠れるなりするだろうと思っていた。

 

 

 まさか高台を登ってくるとは思わなかった。

 あまつさえ攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかったので、ゾルダンともあろう者が呆然と到着を待つことになってしまった。

 ただ流石に実戦経験の差か、負けるようなことは無かったが。

 

 

「……よし。いいな、そのままだ。外しても騒がないでくれよ」

 

 

 そう言って、ゾルダンは紀沙の猿轡を外しにかかった。

 元々拘束などする気は無かったが、暴れられるのでやむをえずそうした。

 まるで不機嫌な猫を相手にしているようだと思ったのは、口には出さない。

 しかし少なくとも、ゾルダンの中の日本人女性のイメージはある意味で固まってしまったかもしれない。

 

 

 そして、やはりだ。

 ゾルダンを睨め上げる瞳、その翡翠の左目に目を細める。

 やはり()()()()()()と、そう思った。

 

 

「……っぷは! 触るな、この変態!!」

 

 

 それから、やはり女性には淑やかさが重要だと思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 半ば賭けだったが、ある意味で賭けには勝った。

 別に紀沙とて単なる無謀でゾルダンに突っかかっていったわけでは無い、

 紀沙が躊躇した高台に登っていたことから、すでに彼が拠点を得ている可能性が高いと判断したのだ。

 

 

 攻撃、と言うか暴れたのは拘束させるためだ。

 正直自分の足で歩くには体力が心許なかったので、あわよくば運ばせようと言うわけだ。

 そして目論見は見事に当たり、紀沙はこうして体力を残したまま安全な場所まで移動することが出来た。

 誤算があるとすれば、暴れすぎて手足を紐で縛られてしまったことだろうか。

 

 

「貴方がゾルダン・スターク?」

「何だ、兄にでも聞いたのか」

 

 

 苦労して薪ストーブに火をいれようとしている背中に声をかければ、そんな返事が返って来た。

 声は意外とぶっきらぼうな印章があって、少し意外だった。

 緻密な群狼戦術を使う相手だったので、どちらかと言うと繊細なイメージを持っていた。

 

 

「キミは千早紀沙だろう、そう言えば千早提督から聞いたことがある」

「……父さん」

「そう、キミの父君だ。我々はキミの父君の命令を受けてここにいる……これも兄から聞いているかな」

 

 

 父親か、と、紀沙は思った。

 紀沙が思い浮かべる父・翔像の姿は、10年前で止まっている。

 2年前に偵察機の写真で、そして今年に入ってイギリスでの会見で姿を見たが、自分の知る父親とは重なるようで重ならなかった。

 

 

「千早提督は、キミのことをとんだお転婆娘だったと言っていたよ」

 

 

 今もそのようだ、と言いたげにゾルダンはそう言った。

 紀沙としても反論するつもりは無かった、ただそんなことを言う父親の姿を思い浮かべた。

 やはり、自分の知っている父親とぴったり重なると思えなかった。

 

 

 10年、人間が変わるには十分すぎる時間だ。

 父親も、兄も、そして自分も。

 ――――父は、母の死を知っているのだろうか。

 

 

「まぁ、こうして2人きりと言うのも何かの縁だ」

 

 

 不意に、部屋が明るくなった。

 外は吹雪が酷くなっているのだろう、小屋の窓枠が頼りなさげに音を立てていた。

 薪ストーブの火に照らされながら、ゾルダンがこちらを向いた。

 

 

「少し、キミの父君の話でもしようか」

 

 

 精悍な顔立ちをしているが、頬に少し煤がついていて。

 それが何だか悪戯盛りの少年のようで、紀沙は思わずクスリと笑ってしまった。

 意外なことに、ゾルダンはそれにバツの悪そうな顔をしたのだった。

 ごほん、と咳払いの音が響いた。

 

 

「……欧州大戦は、すでに4年続いている」

 

 

 ――――ゾルダンは、義勇兵だった。

 と言うのは表向きの話で、実際はドイツ国防軍特殊作戦師団に所属する正規の軍人だった。

 義勇兵を名乗っているのは方便と言うものであって、祖国の利益のために欧州各地の戦場を転々としていた。

 

 

 ある時はフランスで、ある時はスペインで、またある時はウクライナで。

 ゾルダンの祖国であるドイツは未だ正式に欧州大戦に参戦していないが、事実上はゾルダンのような義勇兵を使い参戦している。

 正規軍を使わないのは、宿敵フランスがスペインとの戦いで消耗するのを待っているからだ。

 

 

「最初の2年間、私は欧州の戦場と言う戦場を渡り歩いていた」

 

 

 スペイン軍によるジブラルタル攻略戦。

 フランス軍によるアンドラ奪還戦。

 ウクライナ軍によるロシア軍迎撃作戦。

 その他多くの戦場に赴き、数多の戦いと死を見てきた。

 

 

 死が溢れていた。

 昨日までカーニバルが開かれていた街が翌日瓦礫の山へと変貌したのを何度も見た。

 昨日まで笑っていた人々が、次の日には肉片を残して消えてしまうのを何度も見た。

 そして、それらを祖国の名の下に行っていたのはゾルダン自身だった。

 

 

「…………」

 

 

 紀沙は、思う。

 日本には、そう言うものは無かった。

 数多く行われた棄民政策によって餓死する者はいても、()()()()()と言うことは無かった。

 もちろん、統制軍の強力な武力が背景にあってのことだが。

 だからゾルダンが何を見たのかについては、紀沙には想像の域を出なかった。

 

 

「私がキミの父君に出会ったのはそんな時だった。欧州大戦の4年間、その後半の2年間は、千早提督の下で鍛えられる2年間だった。楽では無かったが、今では感謝している。私に生きる意味を与えてくれた」

 

 

 ゾルダンは、父を尊敬しているようだった。

 言葉の端々からそれがわかるが、尊敬と言うのも、もしかしたら違うのかもしれない。

 

 

「キミはどうだ、千早紀沙」

「……どう?」

「父君のイギリスでの会見は全世界に報道された、キミも見たはずだ。その上で問いたいのだが、キミは父君と歩む気はないか?」

 

 

 欧州大戦に介入し、世界の秩序を取り戻す……だったか。

 戦争を終わらせるために戦争するという理屈はどうかとも思うが、霧の力による恐怖で人々を押さえつけようと言うことだろう。

 ふと、思う。

 ゾルダンは何故、そのようなことを自分に言うのだろう。

 

 

「私の答えは」

 

 

 ただ、こう言っておけば間違い無いと思った。

 

 

「私の答えは、兄さんと同じです」

 

 

 紀沙は群像のことを良く理解している。

 それはきっとゾルダンよりも、そして父・翔像よりも深くだ。

 だから紀沙は、それ以上の答えを用意する必要を感じなかった。

 パチパチと薪ストーブが音を立てる中、ゾルダンの嘆息だけが小屋に響いた。

 その晩は結局、互いに何も話さなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 朝になって、ゾルダンと紀沙は小屋を出た。

 2人がそうであったように、高台を目指すのは誰にでも思いつくことだ。

 だから、探すまでもなくあっさりと出会ってしまった。

 

 

「とりあえず、人質交換といかないか」

(あれ、私って人質だったっけ)

 

 

 ゾルダンの言葉を他人事のように聞きながら、紀沙は今の自分の状況を省みた。

 自分の隣にはゾルダンがいて、そして正面には自分達以外の人間がいる。

 高台へ向かう丘陵の半ばと言ったところだろうか、雪に潰された草花と水分で濡れているため、足元は悪い。

 

 

 そして自分達の正面にいるのは、群像達である。

 冬馬とジョンが一緒にいたのは意外だが納得できないものでは無い、が、もう1人は意外だった。

 それがゾルダンの言うもう一方の「人質」、フランセットである。

 最も紀沙はフランセットのことを知らないので、ゾルダンの言葉から予想しただけだが。

 

 

「あらゾルダン、彼らは私を歓待してくれただけよ?」

 

 

 そして人質もそう言い出す始末なので、フランセットも特に敵扱いは受けていなかったのだろう。

 拘束されている様子も無いので、本当に歓待されていただけなのかもしれない。

 

 

「ねぇ艦長殿、これって人質交換が成立していないんじゃないかな」

「まぁ確かに……」

 

 

 そして、いつの間にか横にいるスミノ。

 彼女が神出鬼没なのは今に始まったわけでは無いが、今回は特にだ。

 さらに、彼女達だけでは無いようで。

 

 

「艦長!!」

「群像」

 

 

 2501とイオナが何故か宙から降りてきて、それぞれの艦長の傍らに着地した。

 どこかから跳躍でもしてきたのか。

 もしかしたら、スミノ達も高台から自分達を探していたのかもしれない。

 ……「姐さぁ――ん待ってぇ――っ!」と声が聞こえるが、聞こえないふりをした。

 

 

「確かに、人質とは言えなくなったな」

 

 

 メンタルモデルを侍らせている以上、戦力は互角になった。

 また三竦みかとメンタルモデル達は思ったが、千早兄妹が組むなら2501が弱い立場と言えるかもしれない。

 ただ、それは杞憂であったかもしれない。

 

 

「……兄さん?」

 

 

 何故なら、群像がふいと身体を横に向けたからだ。

 彼は上を見上げていて、どうやらまだ高台を気にしている様子だった。

 そして、群像は言った。

 

 

「他のクルーを探そう。大丈夫だとは思うが、一晩だ。救助を待っているかもしれない」

 

 

 ゾルダンも紀沙も、元々は仲間を探すために高台を目指していたのだ。

 群像の意見に、否やは無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 スミノ達3隻の艦体は、近隣の海底に着底していた。

 特にミラーリングシステム展開中の2501に突撃を敢行したイ404の損傷は激しく、ナノマテリアルの供給が無ければ艦体を再構成することは出来なかっただろう。

 そしてイ404にナノマテリアルを供給したのは、ヒュウガから供給を受けたイ401だった。

 

 

「悪いね、401」

「いや、構わん」

「姐さんっ、姐さんっ」

 

 

 ヒュウガから直接供給を受けないのは、ヒュウガが「お姉さま~!」と叫びながらイオナを抱き締めていたからだ。

 だからスミノは自分と同じ背丈のイオナを見上げなければならなかった、

 何しろイオナはヒュウガに抱き上げられて、頬ずりされているのだから。

 

 

「キミも意外と大変そうだね」

「そうでも無い。それにお前も」

「……いや、まぁ」

「え、姐さん何か大変なんスか? このトーコ姐さんのためならどこでも突撃するっスよ!」

 

 

 イ15の声を無視しつつ、スミノは目の前の光景を見つめた。

 彼女達はすでに海岸に来ており、沖合いには数隻の艦が身を寄せ合うようにして投錨していた。

 艦体修復中の3隻――U-2501の側には『ミルヒクー』と言う補給艦が浮上している――を含む霧の艦艇群も相当なものだが、それ以上に人間の数が多かった。

 

 

 冬馬や良治、梓等のイ404のクルーはもとより、杏平や静等のイ401、さらにはロムアルドとフランセットの姿もある。

 スミノの認識している限り、彼らは敵同士だったはずだ。

 イ404とイ401のクルーも明確な意味で()()では無い。

 にも関わらず、彼らは皆楽しそうに話していた。

 

 

(人間はみんなわかり合えるって?)

 

 

 医者のいない他の艦のクルーも含めて診察をする良治、副長同士で何か話し込んでいる様子の恋と僧、一緒にいたらしいいおりと蒔絵は静を交えておしゃべりをしているようだし、杏平と梓はロムアルドと火砲の話でもしている、そしてジョンが軽快な音楽を鳴らしながらイェーイと踊り、あおいが静菜を振り回して踊っている、フランセットも付き合っているようだ、冬馬は踊っている女性の身体の一部分を凝視していた。

 

 

 少し前までまさに敵だった、いや殺し合いさえしていた人間達の交流だ。

 そして、明日には殺し合っているかもしれない人間達だ。

 だが今は互いに笑い合い、語り合っている。

 共に極寒の一晩を過ごしたことが、互いの距離を縮めたのかもしれない。

 

 

「……人間、か」

 

 

 人間。

 そう呟いた後、スミノは視線を別の方向へと向けた。

 そちらには、クルー達から離れた場所で話し合う3人の姿があった。

 

 

「親父は、ヨーロッパで何をしようとしているんだ?」

 

 

 紀沙は、群像がゾルダンにそう聞くのを聞いた。

 そして、ゾルダンが嘆息するのも聞いた。

 

 

「キミ達は我々に勝利できなかった。そんなキミ達に教えることは無い」

 

 

 道理ではある。

 しかし、つまらない答えではあった。

 続けて、ゾルダンは言った。

 

 

「だが我々もキミ達を倒せなかった。だからキミ達がヨーロッパに行くことを止めるつもりは無い」

 

 

 プライド、脳裏に浮かんだのはそれだった。

 このゾルダンと言う男は、行動の中に芯となるものを持つタイプなのだろう。

 筋の通らないことはしないと言うのは、好感触ではあった。

 ただ、少しばかりケチだと思っただけだ。

 

 

「ただ一つだけ忠告するのなら、ヨーロッパにはキミ達の想像を絶する試練と、真実が待ち受けていると言うことだけだ」

 

 

 霧とは何か。

 千早翔像の求める新たな秩序とは何か。

 そして、霧が現れてよりこの世界に起こった変化とは何か。

 ――――そして。

 

 

「キミの身体に起きている()()も、ヨーロッパに行けばわかるだろう」

「……!」

 

 

 全てが、ヨーロッパで待ち受けている。

 それがヨーロッパからの刺客、ゾルダンの最後の言葉だった。

 次に相見(あいまみ)える時は、やはり敵だろう。

 だが、何故だろう。

 

 

「……本当に、ヨーロッパに来ないことを望んでいたよ」

「……?」

 

 

 その言葉を告げた時、ゾルダンの瞳に寂しげな色を見た気がした。

 正面から見つめられていた紀沙だけが、それに気付くことが出来た。

 だがそれにどんな意味があるのか、この時点の紀沙にはわかるはずも無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 『ユキカゼ』にとって、『ヤマト』――ヤマトとコトノは、旗艦(主人)であり母親にも等しい存在であった。

 ユキカゼがメンタルモデルを形成できているのはヤマトが演算力を分け与えてくれているからであって、今では彼女はメンタルモデルを非常に気に入っていた。

 

 

「それじゃあ、ユキカゼ。お願いね」

「承知致しました。ヨーロッパのイ8と合流し、観測を続けます」

 

 

 だからヤマトから「ヨーロッパに行け」と命じられた時も、すぐに是と答えた。

 ヤマトとコトノが無理強いをする「性格」では無いことは理解していたので、はっきり是と答えないと他の艦に任せてしまうのだ。

 ユキカゼとしても、それは嫌だった。

 

 

「群像くん達が、とうとうヨーロッパに向かうようね」

「ええ」

 

 

 ヨーロッパ、すべての霧の故郷。

 ヤマトとコトノは群像達がヨーロッパに行けるよう計らってきたが、実際に行き着けるかどうかは当人達の運と実力次第だった。

 だが彼らは幾多の困難を乗り越え、最初の扉を潜ることに成功した。

 

 

 しかし、ここからだ。

 今までの戦いは前章に過ぎない、ここからが本当に大変なところだ。

 霧の総旗艦ヤマト、しかし彼女は動かない。

 彼女はただ見守り、祈るだけだ――今は、まだ。

 

 

「きっと大丈夫よ。ヨーロッパには、おじ様も……ムサシもいるのだから」

「そうね。けど、あの子達も結構ガンコだから」

 

 

 待つ女、などと気取るつもりは無い。

 だがコトノは、心から群像達の無事を祈っていた。

 そして、怯えてもいた。

 そっと自分の唇に触れた指先は、かすかに震えてもいた。

 

 

 ()()()()に、群像達が辿り着いた時。

 はたして群像は、自分を許してくれるだろうか。

 はたして紀沙は、自分達を許してくれるだろうか。

 コトノは、メンタルモデルの身体を震わせていた。

 

 

「…………」

 

 

 そんなコトノの姿を、ヤマトは見つめていた。

 その眼差しは母のようであり、姉のようであり、古くから共に過ごした親友のようでもあり。

 小波と海鳥の鳴き声だけが、彼女達を包む込んでいた――――。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

第3回目の募集、多数のご応募ありがとうございました。
皆様の投稿キャラクターを踏まえまして、ヨーロッパ編に入っていこうと思います。
とりあえず次回は、時間稼ぎに北極観光です(え)

それでは、また次回。

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