霧の欧州方面大西洋艦隊は、現在3つに分裂している。
暫定的に旗艦の座に納まった『フッド』派、千早翔像と組み独自の行動を取る『ムサシ』派、そしてそのどちらにも与さない様子見派だ。
比率で言うと5対2対3と言うところで、その意味では『フッド』は主流派と言えた。
ただ『フッド』にとって問題だったのは、従った艦のほとんどが軽巡洋艦以下の小型艦だったことだ。
一方の『ムサシ』についたのは『ビスマルク』を始めとする主力艦で、『ムサシ』につかなかった他の大型艦は『フッド』にも従うつもりは無いようだった。
だがそれでも艦数は5対2、倍以上だ。
戦いで相手を破れば、様子見の艦も『フッド』側に
「で、そう考えて後先考えずに『ビスマルク』に決戦を挑んだ結果」
アイスランドの
向かい合って座る形になった紀沙にしなだれかかっては押しのけられると言うことを繰り返しながら、スミノはニヤニヤしながらフッドを
「こんな無様を晒していると」
「私は無様など晒していない!!」
「艦体を失ったことが無様じゃないなんて初耳だよ」
「こ、これはっ、……ナノマテリアルの配分の結果だ!」
「つまりかき集めてやっとメンタルモデル一個分ってことでしょ? おお無様無様、巡洋戦艦『フッド』ともあろう者がさ」
「404、貴様……!」
「スミノ」
紀沙が言うと、スミノはすぐに黙った。
口笛を吹くのは余計だが、まぁ静かにはなった。
すると今度はフッドが笑った、霧のくせに人間に従っているように見えて
「それで」
その流れを断ったのは、やはりと言うか群像だった。
「用件を伺おう、霧の巡洋戦艦フッド」
霧の欧州艦隊、『ビスマルク』艦隊に敗北。
その報せはまだ霧の共有ネットワークにアップされておらず、イオナもスミノも知らなかった。
そして本来敵であるフッドがこうして群像達の前に姿を見せたことは、何か理由があるはずだった。
するとフッドは長い脚を組み直して、群像に向き直った。
「ふ、何。お前達がこれからイギリスに向かうと聞こえてな。何も知らずに行くのも忍びないだろうと思ったのさ」
「すると、貴艦は何らかの情報を提供してくれると?」
「ふふん、そんなところだ」
「もったいぶってないで話しなよ、どうせ大した話じゃないんだし」
またスミノが茶々を入れたが、フッドが機嫌を損ねる前に群像が先を促した。
それに気を取り直したのか、フッドは咳払いと共に言った。
ニヤリと口元に笑みを浮かべて、それでいてどこか、やはり不機嫌そうに。
フッドは言った。
「――――フランスは、すでに『ムサシ』とアドミラル・チハヤに降伏したぞ」
それは、確かに衝撃的な言葉だった。
◆ ◆ ◆
大西洋沿岸の海軍基地の5割、内陸部に点在する陸軍・空軍基地の3割を破壊したところで、フランス政府は降伏した。
さらにその翌日、フランスの大統領は執務室で自決した。
「思ったより粘られたわね」
「過去何度も大戦を生き抜いてきた国だ、気概が違う」
休戦協定の署名は、ブルターニュ半島西端のブレスト軍港で行われた。
突然の大役に戸惑っていたのだろう、調印に来たフランスの首相は頼りなさそうな人物だった。
超戦艦『ムサシ』の巨大な砲塔の下で行われたそれは、休戦とは言っても事実上の降伏文書への調印と言うイメージをフランスのメディアに与えただろう。
一方で、調印会場から去っていく翔像とムサシはまるでそのことを気にしていなかった。
「それでも、お父様の前では意味を成さなかったわ」
「お前の力があればこそだ」
「そんなことは」
次はスペインだろう、と、ムサシは思っていた。
降伏した以上はフランスも自分達が守るべき対象となる、今がチャンスと攻勢を強めてきたスペイン軍の撃破は義務のようなものだった。
それに将来のためには、
加えて、フランス国内の反抗勢力だ。
国民戦線だの救国戦線だのと言うレジスタンス組織が各地で立ち上がっていて、フランス南部を中心に勢いがあるようだ。
地中海側なら『ムサシ』の砲撃が届かないと思っているのだろう。
――――舐められたものだ、すぐにその考えの愚かさに気付くことになる。
「……すまないな」
「?」
そんな物騒なことを考えていると、翔像が不意に言った。
すまない、と。
ただムサシはそれに対して「いいのよ」と返した、本当に良かったからだ。
この戦いは、ムサシ自身が望んだ戦いでもあるのだから。
「とにかく、これで
「……ああ、そうだな。後は」
立ち止まって、翔像は後ろを振り向いた。
もちろん、今も騒いでいるフランスのメディア関係者を気にしたわけでは無い。
それよりも、もっと向こう、ドーバー海峡よりもさらに向こうを
黒のバイザー越しに、翔像の視線が煌いたようにムサシには思えた。
「ヨーロッパに来るか、2人とも……」
その顔はどこか笑っているようにも見えて、ムサシはクスリと笑みを漏らしたのだった。
◆ ◆ ◆
フッドによってもたらされた「フランス降伏」の情報は、紀沙達の足を速めた。
アイスランドを出航した一行は一路南へと向かい、北海の北端に差し掛かろうとしていた。
シェトランド諸島の西を抜けて、目指す先はスコットランドだった。
「スコットランドねぇ、あんまイメージ湧かねぇな」
ポリポリと頭を掻きながら、冬馬は20年前に発行された旅行ガイドを開いていた。
ソナー席で何をしようが彼の勝手だが、余り真面目に職務に精励している姿には見えない。
「そんなこと言って無いで、ソナーは大丈夫なんだろうね」
「いやまぁ、大丈夫って言うかねぇ」
首を傾げながら、冬馬はコンコンとソナーの画面を叩いた。
画面には聴音図が映し出されているのだが、どういうわけか真っ黒ななだった。
「不気味なくらい静かなんだよなぁ」
「そりゃ騒がしくする軍艦なんていないでしょうよ」
「いやそう言うことじゃなくてさ、何と言うか」
声をかけていた梓が同じように首を傾げる、こちらは冬馬の言葉の意味がわからなかったようだ。
ただ当の冬馬も珍しく言葉を選んでいるのか、何度か反芻した後に。
「……
そんな会話を聞きながら、紀沙は恋と会話していた。
内容は今後の予定であって、スコットランド北部までやってきたのはイ401側との話し合いの結果による。
南のイングランドは緋色の艦隊の勢力圏だ、対して北のスコットランドは古くからイングランドに反発してきた歴史もあり、実際イギリス海軍の基地の多くは南部に集中している。
ただ、問題もある。
スコットランド北端のオークニー諸島には、スカパ・フローと言う大きな入り江がある。
ここは過去の大戦時代にイギリス海軍が根拠地としていた場所で、現在では霧の一大拠点になっていた。
だから近付くに際しては細心の注意を、と思っていたのだが。
「何もいないと言うのはおかしいですね、もうスカパ・フローの哨戒圏内だと思うのですが」
「そうですね……」
と言って、何が出来るわけでは無い。
フッドによればスカパ・フローは『ビスマルク』艦隊が根拠地にしていると言うが、今のところそんな大型艦艇の反応は無かった。
『ビスマルク』と言えばかつてドイツを代表した艦、日本で言う『ナガト』に近い艦だと言うのに。
「……静かですね」
「艦長、どうしますか」
不気味だ、しかし不気味と言う理由だけで予定を変更するべきでも無い。
予定ではスカパ・フローのある入り江の反対側に回り、イ401のクルーと共に上陸する予定だった。
そして今、明確な危険があるわけでは無い。
――――紀沙は、決断した。
「イ401とマツシマに続いて、上陸します」
「「「了解」」」
いったい、『ビスマルク』艦隊はどこに行ってしまったと言うのか。
一個艦隊が
サンディエゴからここまで強行軍だった。
だが今、それ以上の試練が目前にあるように、紀沙には感じられたのだった。
◆ ◆ ◆
スカパ・フローがイギリス海軍の拠点だったことはずっと昔の話だ。
温暖化の影響もあって沿岸にあった要塞や街はすでに失われ、今では数千人にまで減った周辺の島々の人々の生活の場でしか無い。
しかしその生活の場は、想像していたような寂れた漁村でも豊かな農村でも無かった。
「ジョン、ここには1000人規模の町があるって言わなかった?」
「オゥ、間違いナッシングねー」
「じゃあ……」
島陰に隠れるように上陸して1時間余り、紀沙達はカークウォールと言う町に来ていた。
カークウォールの反対側にある入り江が、スカパ・フローである。
このあたりは、スカパ・フローを取り巻く島々の中で最も規模が大きい地域だ。
そのはずだった、のだが。
「……これは、何ですか?」
大火、見て思ったのはそれだった。
カークウォールはレンガ造りの建物が多く、電気や水道は整備されているが、町の半分は放棄されて荒れ放題になっている様子だった。
ただ紀沙が言っているのはそう言うことでは無く、問題はむしろ放棄されていない部分だ。
全て、黒く燃え崩れてしまっている。
もちろんレンガや石材、コンクリート等は原型を留めてはいるが、街路樹や周辺の畑、あるいは建物の木材部分や窓等、そう言った部分は全て焼け焦げて崩れ落ちてしまっていた。
まさか、と紀沙は思った。
反対側のスカパ・フローには霧の艦隊がいたと言う、まさか……。
「いや、たぶん違うと思う」
焦げた壁に指を這わせて、黒い炭を指で擦りながら、群像が言った。
「これは明らかに火災によるものだ。霧の攻撃としてはおかしい」
ミサイルや主砲とは言っても、霧の攻撃は人間の使う兵器とは根本的に異なる。
仮に火災が起こるとしても砲撃の結果、つまり間接的に起きる。
ただそれにはどこかに霧の砲撃の痕が無ければおかしいのだが、この町にはそれが見えない。
つまり、この町はそれ以外の理由で滅びたと言うことになる。
「お~い!」
たとえそうだとしても、人々はどこに行ったのか。
その問いへの答えは、手を振りながら駆けて来た杏平と冬馬が持って来た。
彼らによれば、どうやら放棄されて見えた区画の方で人を見かけたと言うことだった。
ともかく何が起こったのかを把握しなければと、そちらへと歩いて向かうことになった。
「…………」
だが、紀沙達は気付いていなかった。
彼女達が町の人々のことを見つけたように、逆に彼女達のことを見つけていた者がいたと言うことに。
◆ ◆ ◆
艦体を失ったとは言え、『フッド』は未だ旗艦資格を保持している。
だが彼女に従う大西洋方面欧州艦隊はやはり弱く、『フッド』自身が『ビスマルク』に破れたことで軽巡洋艦以下の多くの艦が『ビスマルク』の艦隊に流れていた。
それを止める術は、もはや『フッド』には無かった。
「と言って、アンタが呼び寄せた各地からの援軍も『ビスマルク』に各個撃破されていっている始末。今の霧は大きく戦力を削がれている状態と言えるわよね」
だから彼女はイ号艦隊を利用しようと考えた。
数々の霧との戦闘を潜り抜けて来た彼女達ならば、『ビスマルク』達を倒せないまでも良いところまで行くかもしれないと考えたのだ。
だからアイスランドからスコットランドまで、『マツシマ』に同乗する形でフッドは紀沙達について来ていた。
そのため、フッドの主な話し相手は自然とヒュウガになる。
互いに艦隊旗艦の経験もあり、話が合う部分もあっただろう。
しかしそれ以上にヒュウガはメンタルモデルを得てから凄まじい変化――いろいろな意味で――を経ているので、フッドは戸惑いを覚えずにはいられなかった。
「ヒュウガ、お前は『ムサシ』や『ビスマルク』の無法に怒りは覚えないのか?」
「正直に言えば、霧の艦隊に対して私は何も感じてはいないわね」
あっさりとそう言ってしまうヒュウガを、フッドは理解できなかった。
アドミラリティ・コードの徒である霧の艦艇にとって、群である艦隊への帰属意識は本能に等しいものだった。
だと言うのに、ヒュウガにはそれが無いのだと言う。
「ただ『ムサシ』達がお姉さまに害を成すなら、それは私にとって許し難いものになるわ」
一方で、お姉さま――イオナについては、執着して見せる。
たった1隻の艦にそこまで固執するのは、ますます理解できない。
しかしそんなフッドにも、1つだけ理解できていることがあった。
「それにしてもフッド? その格好、ぷぷ、お似合いでちゅわねー♪」
耐えろ、と、フッドは自分に言い聞かせた。
今は耐えなければならないのだと、『ビスマルク』を打倒するには耐えるしかないのだと。
たとえナノマテリアルを制限されて身長が縮み、拘束具代わりに首輪を着けられ、フリフリひらひらのゴシックドレスを着させられようともだ。
『ビスマルク』を倒すその日まで、フッドは耐え続けるだろう。
(見ていろ『ビスマルク』め、私はまだ諦めていないぞ……!)
その忍耐力は賞賛に値するが、しかし結果が伴ってくるかはわからなかった。
何しろ彼女は艦体を失っていたし、付き従っていた艦の多くは今や『ビスマルク』の配下だ。
「――――その忍耐に、意味は無い。でもフッドにはそれがわからないのね」
そしてまた、フッドも気付いてはいなかった。
彼女が不倶戴天の敵と決め付けている『ビスマルク』、彼女もまたスカパ・フローの様子を監視していたのだと言うことに。
◆ ◆ ◆
どこにもいないと思われていた町の人々は、夜になると廃墟の中から這い出るようにして姿を現し始めた。
おおらく焼失した町からかつて放棄した廃墟の区画へと避難していたのだろう、町の人々はほとんど全員がボロを纏っていた。
そしてほとんどの者が痩せ細っている、それもただの痩せ細り方では無かった。
異様な人々だった。
ほとんど骨と皮だけになった顔にぎょろぎょろとした目、神経質にあたりを窺う挙動。
そして同じ町の人々であるのに、彼らは一言も言葉を交わすことが無かった。
それでいて月が中天に差し掛かった頃に同時に出てきて、同じ場所を目指してぞろぞろと歩いているのだ。
「今日ってハロウィンだったか?」
当然そんなわけは無いし、全員がボロを纏ったお化けの仮装とか嫌過ぎる。
しかし、そう思ってしまうのも無理は無い光景だった。
行列を成して歩いていくボロの集団は、それだけのインパクトがあった。
「それで、あの人達は町の教会に向かっているんですね?」
「ああ、昼間に会った奴はそう言ってた」
昼間はまさに誰もいないと言う風だったが、そんなことは無い。
冬馬は昼間に出歩いていた町の子供を見つけて、彼にチョコレートを渡して話をして貰ったのだ。
詳しいことは聞いていないが、おそらくその子も痩せていたのだろうと思う。
この町はいったい、何なのだろうか。
「神様のいる教会、なんだそうだ」
「神様のいる教会?」
「子供の言うことだから何ともだが、らしいぞ」
「ミーも聞いたこと無いねー……」
ジョンも知らないとなると、ごく最近に出来たものなのか。
あるいはネットの情報に上がってこないような、隠されたものだったのか。
いずれにせよ、ぞろぞろと歩く人々を見送っているだけでは何も解決しないのは確かだった。
「兄さん」
「ああ、行ってみよう。どうも妙な感じがする」
頷く兄にさらに頷きを返して、紀沙は路地から道行く異様な人々を見ていた。
やはり異様な光景だ、普通では無い。
しかしそれ以上に気になるのは……。
「…………」
左目にそっと触れながら、紀沙は思った。
夜が深くなるにつれて、だんだんと左目の奥が疼くような気がする。
この町には、何かがある。
◆ ◆ ◆
赤茶けたレンガ造りの教会に、人々は集まっていた。
夜更けに教会に集まる人々と言うのは、どうにも不気味に見えてくる。
周囲の人間に紛れてボロを纏った紀沙は、そう思った。
仲間達もそれぞれどこかに紛れているはずだが、似たような印象を持っているだろう。
とにかく異様な空気だ、本当に。
「女神様……」
そして、これだ。
何も語らない寡黙な人々だが、口々に同じことを言う。
女神、天使。
この2つの単語を、何度も繰り返していた。
人々について歩きながら、紀沙は考えていた。
女神や天使などと言う言葉が出てくるのは、大体は宗教絡みだ。
しかしスコットランドにそんな単語が出てくる宗教があったかと言うと、正直怪しかった。
と言うか、そんな宗教に心当たりがあまり無かった。
(そもそもこの人達は、この教会で何を?)
しかもこんな夜更けに、いったい何なのかと。
夜に人目を忍ぶように、それもこれだけの人数の痩せこけた人々が集まって。
その疑問は、すぐに解決された。
中天の月が天頂に達した頃、教会の中に光が降り注ぎ始めたのだった。
あれは、と紀沙は思った。
崩れた天井から雪のように降って来たそれに、紀沙は見覚えがあった。
灯りの無い教会の内部では、月明かりだけが光源だ。
その中でキラキラと振ってくるその光は、とても目立った。
「……っと」
不意に人々が床に膝をつけて祈り始めたので、紀沙もそれに合わせた。
その時、直後に教会の奥から強い輝きが放たれてきた。
月明かりがあるにも関わらず、不気味な闇に覆われていた奥だ。
そこにあったものに、紀沙は目を見開いた。
(あれは十字架……? じゃない、あれは)
氷の棺、どこかで見たものがそこにあった。
驚く程に酷似している。
しかし棺の中にいる人物は、紀沙の記憶の中にあるもの――母のことだ――とは違った。
母よりも若い女性が、くすんだ銀髪のアップヘアの、シスター服に身を包んだ女性が眠るように安置されていた。
「女神様……!」
そして、その棺の女性に対して人々は一心に祈っていた。
棺の女性を女神と呼び、まさに神の如く崇めていた。
それにあれは、雪のように降り注ぐあのキラキラとした光の粒は。
――――ナノマテリアルでは、無いのか。
「天使様!」
さらに大きな声が上がって、紀沙はそちらへと顔を上げた。
天井の穴から、1人の少女がこちらを見下ろしていた。
月明かりが逆光となっているにも関わらず、瞳の色は赤だとわかる。
血の色が空から降って来ているような、そんな色だった。
そして、紀沙にはわかった。
くすんだ銀色の髪のあの少女が、人ならざる者であることを。
少女が天使の如く広げている光の羽根が、ナノマテリアルの粒子によるものであることを。
天使などと人々に呼ばれ、崇められている少女の正体が。
――――
◆ ◆ ◆
紀沙達がヨーロッパに上陸すると時期を同じくして、横須賀に上陸した者達がいた。
出で立ちは、どこにでもいる年若い少女だ。
しかしその戦力は、日本全土を焦土に出来る程に過剰である。
「ほほう、ここが横須賀ですか」
メイド姿のヴァンパイアがあたりをきょろきょろと見渡す。
浮き舟にバラックだらけの街並みが珍しいのだろう、昼になれば闇市が賑わうはずだ。
ただ、残念ながら彼女達は闇市の見学に来たわけでは無かった。
「機会があれば、また色々と散策してみたいものです」
「そんな暇は無いわよ、調べるものを調べたら私達もすぐにヨーロッパへ向かうんだから」
リーダー格らしき少女――タカオは、蒼い髪に月明かりを反射させながらそう言った。
月光に染まる勝気な少女は常にも増して美しく、そして格好が良かった。
これがマヤとアタゴに対してタカオ自身が1ヶ月に渡り検証した「私が思う最高に美しい角度」を実行していなかったなら、もう少し別の感慨も湧いてきたかもしれない。
「このまま国道を進めば目的の場所よ、統制軍の巡回をやり過ごしながら進みましょう」
「あっれ、旗艦って私だよな?」
「登録上はそうなっているな」
首を傾げるキリシマだったが、取り立ててそれを言い立てることは無かった。
別に旗艦の地位に固執しているわけでもなし、仕切ってくれるならその方が楽だと思っている。
それに、キリシマの果たすべき役目は別のところにあった。
それがわかっているから、ハルナも何も言わない。
ハルナの役目はキリシマをサポートし、タカオ達を支えることだった。
「さぁ、行きましょう」
己が行くべき場所を真っ直ぐに見つめて逸らさず、タカオは仲間達に対して言った。
「――――海洋技術総合学院へ」
海洋技術総合学院、千早兄妹達の母校。
そしておそらく、
タカオ達はそれが何なのかを調べに来たのだ、何か、そう、何かの真実を、だ。
それが何なのかは、誰にもわからない。
それでもタカオは、想っていた。
見ていなさいよ、沙保里。
アンタの子供達は私が守り、そして。
――――私以外の誰にも、沈めさせやしない。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
そして今さらですが、本作に登場する国・地域・組織は実在のものとは無関係です。
お気づきの方もおられるでしょうが、今回から数話はこの話が続きます。
これも一つの霧の形。
それでは、また次回。