蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth046:「特級機密事項」

 

 特級機密情報管理サーバー施設。

 たった1つのサーバー・ルームを守るためだけに存在するこの施設は、軍務省直轄となっている。

 つまり関東一円を管轄する日本陸軍の最精鋭「第一師団」と切り離された独自の施設であり、警備の部隊も独立した指揮系統の下に動いている。

 

 

「しかしよー」

 

 

 国家の最重要機密を保管する独立サーバー施設。

 とは言っても、警戒すべき相手がいない施設でもある。

 こんな山奥の施設を狙う外国部隊など来るはずも無く、国内の反政府的勢力も厳重に警備されているこの施設を狙おうとはしない。

 

 

「これってよ、本当に必要なのか?」

「あ、何がだよ」

「だからよ、こうしていちいち見回りをするってことだよ」

「そんなこと言ったってしょーがねーだろ、仕事なんだから」

 

 

 とどのつまり、部署としては暇なのだった。

 ここに配属されてやることと言えば訓練か警備しか無いので、兵がダレてくるのも仕方が無いだろう。

 夜の見回りなどは最も重要かつ最も退屈な任務として、新兵に押し付けられることで有名だった。

 そう、ちょうどこの彼らのように。

 

 

「ったくよー……あれ?」

「どうした、またトイレとか言い出すんじゃないだろうな」

「ちげーよ。ここもう折り返しだろ?」

「そういえばそうだな、逆周りに奴らはまだ来て無い無いのか」

 

 

 どうやら別の警備の兵が見回りの予定を守っていないらしく、舌打ちが響いた。

 ただ初めてでは無いのか、舌打ちしつつも通報するようなことはしなかった。

 むしろどうやって時間を潰すかと、空を仰ぎすらした。

 普段であれば、その行動にも何の問題も無かっただろう。

 

 

「……あ?」

 

 

 その時、彼らは見た。

 サーバー施設の外壁を包む森の木の上に、明らかに自然物では無いものを見つけたのだ。

 それは統制軍のプロテクターを着けた男達で、人数は彼らと同じ2人だった。

 と言うか、今まさに話題に上っていた反対側から来るはずの警備兵だった。

 

 

「な」

 

 

 隣の仲間に呼びかけようとしたため、彼だけは「それ」を目にすることが出来た。

 どこから現れたのかはわからない。

 ただ彼らの背後に、音も無く2人の銀髪の少女が姿を現したのだ。

 途方も無く美しい少女達だった。

 上から落ちて来たのか、着地の態勢でそこにいた。

 

 

 声を上げる間も無く、中華風の服装の方が相棒を蹴り倒していた。

 そして次の瞬間には、彼自身がヒラヒラした服装の少女に顎を蹴り抜かれていた。

 即座に視界がブラックアウトする中、彼は思った。

 最後に見たのは、ヒラリと翻るスカートから伸びる細い足と……。

 

 

 ――――白だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 400と402が倒した見張りの数は、4組を超えた。

 そろそろ人間側も異変に気付くだろうと言うところで、タカオも動いた。

 傍らには、マヤとアタゴがいた。

 

 

「さて、そろそろ行こうかしらね」

 

 

 400と402のおかげで、肉眼による見張りはほぼ消えた。

 キリシマとハルナは、合図を待って正門で仕掛ける予定だ。

 ちなみにマヤとアタゴはタカオ自身が「サポートが必要だ」と駄々をこねたがためにタカオについているが、別にメンタルモデルが傍にいなければならない理由にはならない。

 

 

 それはそれとして、サーバー・ルームである。

 独立したサーバーであるため、目的のデータが保管してあるサーバーの場所まで直接向かわなければならない。

 高度な情報生命体である霧にとって、アナログこそが最も有効な防御法であることは確かだった。

 

 

「どうするの?」

「そうね、なるべくスマートに行きたいわ」

 

 

 400達が陽動している間に、タカオ達が内部に入り込んで必要な情報を抜き取るのが計画だ。

 人間相手ならさほどの警戒は必要無いだろうが、油断は禁物とも言う。

 陽動は派手に、本命はひっそりと。

 基本に忠実にやっていくとしよう。

 

 

「さ、マヤ」

「は――いっ!」

 

 

 ぴょんと飛び跳ねて手を上げる妹が最高に可愛いと思いながら、タカオは前を向いた。

 まるで要塞のような威容を見せ付けるサーバー施設を見上げながら、ふむと考え込む。

 この中に千早群像が気にしていた、「第四施設焼失事件」とやらの情報があるらしい。

 一応概要だけは調べてきたが、特級機密情報ということでここに保管されていることしかわからなかった。

 

 

(……軍系列とは言え、たかが学校の事故を特級機密に指定)

 

 

 普通はあり得ない、と、霧でもわかる。

 そうなると、よほど衆目に晒されては都合の悪いことがあったのかもしれない。

 上層部のスキャンダルとかだったら興ざめだが、まさかそんなことでは無いだろう。

 こればかりは、まさに蓋を開けてみなければわからない。

 

 

「さぁ、皆~っ」

 

 

 マヤが両手を上げると、彼女の頭上に紋様の輪が広がった。

 天使の輪っかのように見えるそれを見てタカオは胸中で「うちの妹マジ天使」とか思ったが――実際には口に出ていたので、アタゴが凄まじくジト目で見ていたが――それはともかく、合図が放たれた。

 同時に、正門ともう一ヶ所、別の場所で大きな爆発が起こった。

 轟音の地響きが、ここまで届いてきた。

 

 

「カ――――ニバルだよっ!!」

 

 

 マヤの楽しげな声が、場違いな程にその場に響き渡った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 巡洋戦艦『レパルス』。

 おどおどした気質からは忘れられがちだが、彼女の演算力はタカオ型を上回る。

 普段はその演算力も『ヴァンパイア』のメンタルモデル形成に割いているが、それを解いてしまえば、元の演算力を存分に振るうことが出来る。

 

 

「わかってるわよ、いちいち口を差し挟まないで頂戴」

 

 

 空中に浮かんだ無数の半透明なディスプレイは、その全てにナノマテリアルによる幾何学模様が浮かび上がっていて、目では追えない程の速度で数字の羅列のようなものが走っている。

 何をしているのか?

 一言で言えば、タカオ達のバックアップである。

 内部へ突入する彼女達を、後方から支援するのだ。

 

 

 レパルス――レパルスのメンタルモデルは性格がどうも臆病なようで、人前に出ることも拒絶している。

 だから無理をして『ヴァンパイア』にメンタルモデルを造らせて外で活動させているのだが、無論、この方法はひどく効率が悪い。

 臆病と言うよりは、単に人見知りなのかもしれない。

 

 

「私だってあのチハヤ兄妹に助力するのが不味いってことはわかってるわよ、でもこれは別に直接力を貸しているわけではないでしょう?」

 

 

 僚艦の『ヴァンパイア』と会話をしつつ、やっていることはえげつなかった。

 現在、横須賀及びその近辺に展開している統制軍の通信網は、滅茶苦茶になっていた。

 まず通信は通じない、全てのラインが寸断されて使い物にならない。

 かと思えば一時的に繋がったりもするが、しかしその繋がり方も滅茶苦茶だった。

 それはまるで無数の糸電話の糸を切断し、適当に繋ぐ作業に似ていた。

 

 

「なに? 素直じゃない? ば、ばかなことを言わないで頂戴!」

 

 

 人類側からすれば、レパルスの方こそ「ばかなことをしないで頂戴」な状況である。

 クリハマ、タケヤマ等の周辺駐屯地はすでに大混乱に陥っていた。

 これだけ大規模なサイバー攻撃に晒されるとなると、相手は本命がどこかわからなくなるだろう。

 無数の陽動が可能なのは、これを行っているのが霧の艦艇だからだ。

 人類側に、このサイバー攻撃を防ぐ手立ては存在しない。

 

 

「わ、私はただ、キリシマ達へ義理を……そう! 同じ霧同士、協力するのに理由はいらないはず! ……って、めんどくさい!? 何ですってぇ!?」

 

 

 どうやら今夜は、日本の統制軍にとって眠れない夜となりそうだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 深夜だろうと何だろうと、国家の危機には即座に参じなければならない。

 公僕たる――そしてこのご時勢に豪勢な酒食を口に入れる身分ともなれば――上陰としては、急な事態にもすぐに対応しなければならないのだ。

 そう、例えば横須賀中の統制軍の通信網にサイバー攻撃が仕掛けられると言う前代未聞の事態の際には。

 

 

「遅くなりました」

『いや。むしろ早い方だよ、上陰君』

 

 

 首相官邸の執務室には、楓首相と北がすでにいた。

 楓首相はともかくとして、役人、それも軍務省次官である上陰よりも早く情報を得られる政治家と言うのも凄まじい。

 それだけ、北という政治家が大物と言うことだろう。

 

 

 とにかく、いつもの3人だった。

 この3人が集まったということは、言わずもがな、見解が一致していると言うことだ。

 そして上陰の到着を待って楓首相が説明した一連の事態は、おおよそ上陰の予想通りの内容だった。

 今夜、横須賀で起こっている事件について。

 

 

『横須賀全体に強力なサイバー攻撃が仕掛けられている。指揮通信システム隊の黛司令によれば、統制軍の通信網から横須賀エリアだけが穴が開いたようになっていて、何が起こっているかわからないんだそうだ』

「今、これだけのサイバー攻撃を仕掛けてくる他国がいるとは考えられません。となると……」

「……十中八九、霧だな」

 

 

 問題は、どうして霧が日本にサイバー攻撃を仕掛けてきているかだ。

 これまで霧はサイバー空間も含めて、日本の内部に攻撃を仕掛けてきたことは無い。

 それが突然、何故。

 横須賀で霧の興味を引くものなど、そう多くは無い。

 

 

 <大反攻>に備えた地下ドックか。

 いや、こう言うのも難だが、()()()()()()()を霧が興味を持つはずが無い。

 ならば、他に何がある?

 上陰は考えた、そしてある1つの可能性に行き着いた。

 

 

「……海洋技術総合学院」

 

 

 いや、違う。

 外れてはいないだろうが、違う。

 あそこは特にサイバー防衛体制が強力というわけでは無い、ここまで大規模な攻撃は必要無い。

 ならば、より重要な情報が集まるところを狙ってのことだろう。

 しかも霧は、日本の内政上の重要機密等には興味を持っていない。

 

 

「……()()()()

 

 

 奇しくも、「規模の大きさ」と「霧が興味を抱きそうな情報」という2つの前提が上陰をその答えに導かせた。

 陽動をどれだけ重ねようとも、そこさえ見逃さなければ、霧側の目的は見えてくるのだ。

 まだまだ霧の思考は単純であって、政界に長く関わるような人間の目には自ずから見えてしまう。

 すなわち霧は、いよいよ千早兄妹(興味関心)――()()()()()()に触れようと言うのだろう。

 

 

「イ号潜水艦や振動弾頭、SSTOの数次に渡る作戦で欺いてきたつもりだったが」

 

 

 大きく息を吐いて、北が言った。

 

 

「……いよいよ、霧が真実の一端に触れる時が来たのか」

 

 

 北は見た、いや聞いた。

 17年前の<大海戦>の時、当時の千早翔像大佐がイ401を鹵獲した時のことを。

 千早家が抱える、抱えさせられた宿命のことを――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 人間の侵入を防ぐ物理的な防衛用システム。

 人間のハッカーを防ぐ警備システム内の防衛システム。

 そのいずれも、タカオ達の侵入を防ぐには力不足だった。

 

 

「うーん、なかなか複雑なシステムだねー」

「大したことないわよ。ただ、痕跡は残さないようにね」

「はーい」

 

 

 マヤとアタゴの会話を背中に聞きつつ、タカオはずんずんと進んで行った。

 すでに館内の見取り図はアタゴがハッキングで入手していて、カメラやらカードキーやらの電子システムはマヤが掌握している。

 まさに無人の野を行くが如く、3人の進みを止められる者はいなかった。

 

 

 厳重な警備システムと言うのも、考えものだろう。

 余りにも人間の侵入を拒んでいるため、身内の警備兵すら自由には中に入って来れない。

 つまり一度内部に侵入してしまえば、警備兵の類はいないのだ。

 後は無人の防衛システムだが、これは施設内部のネットワークを掌握してしまえば無力だった。

 

 

「……お?」

 

 

 しかしそれにも、例外と言うのはある。

 件のサーバールームまでの通路の床が、不意に盛り上がった。

 そして姿を現したのは、蟹のような姿をした多脚型のロボットだった。

 口の部分に機関銃を備えたそれは、無人の戦闘用ロボットだ。

 システム的にクローズドのそれは、招かれざる客を追い払うべく立ち上がったのだった。

 

 

 ――――?

 

 

 しかし、そのロボットがタカオ達を認識することは無かった。

 何故ならば、「彼」は相手を認識する前に、踏み潰されてしまったからだ。

 タカオの足が蟹の甲羅の中心を踏み抜いた瞬間、カメラアイの強化ガラスの端にタカオの後ろ姿が映ったぐらいだろうか。

 

 

「この奥ね、急ぐわよ」

「はぁ――いっ!」

 

 

 マヤの元気な声にニヤケ顔を押さえられないまま、タカオは正面を向いた。

 長く続く通路の、奥の奥を見通すように霧の瞳を向ける。

 チッ、チッ、と、その両の瞳は白い輝きを発していた。

 その奥で、電子の海がたゆたっている。

 

 

「千早兄妹が、遭った事件……か」

 

 

 この時、タカオは己が何に向き合おうとしているのか、わかっていなかった。

 しかしえてしてそうであるように、今から彼女が向き合おうとしているものは、それを知ってしまってからが大事になるのだ。

 それがいわゆる「真実」なのだと言うことに、タカオはまだ気付いていなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 電子(ネット)の海は、広大だ。

 例え他から切り離された独立サーバーであっても、保管されている情報の量と質によっては膨大になり得る。

 そしてカスピ海や死海のように、目の前に見えていても底が知れないものもある。

 

 

 不思議なもので、ネットの海にもゴミ(ノイズ)は存在するのだ。

 どんなに整然と片づけをしても、どうしてか部屋の隅にゴミが溜まってしまうのと一緒だ。

 つまるところ、日本の特級機密情報を保管したこの独立サーバーにおいても、余計なものは多い。

 いや、むしろ余計なものの方が多いのかもしれない。

 

 

『余計な物は放っておけば良い』

 

 

 アクセスをサポートしてくれているアタゴの声を聞きながら、タカオは集中した。

 光の速度で通り過ぎていく情報は、霧の瞳を持ってしても全てを捉えきれるものでは無い。

 数万、いや数十万、いやいや数百万を超える光が瞬く間に通り過ぎていく。

 時折手を伸ばし、いくつかを拾っては捨てていく。

 この作業は、簡単に言えば「検索」に当たる。

 

 

「あった」

 

 

 砂漠の砂から一粒の宝石を探し出す行為。

 しかし霧の重巡3隻がかりで検索をかければ、それらしきものを見つけるのは難しくない。

 それにキーワードもわかっている、「第四施設焼失事件」、これに類する情報をあたれば良いのだ。

 そして、タカオはそれを見つけた。

 

 

「どれどれ……」

 

 

 ――――第四施設焼失事件。

 それは、2年前に海洋技術総合学院の研修施設「第四施設」で起こった火災事故である。

 施設はほぼ全焼し、当時研修に訪れていた学院生徒56人が犠牲となった。

 火災の原因は、配線のショートによるものとされている……。

 

 

 概要はそんなところだが、おかしいと思った。

 外部にある情報と変わらない。

 この程度の情報が特級扱いになるわけが無い、ダミーか。

 いや、よく見てみると紐付け(リンク)がされている、どうやら表紙のようだ。

 

 

「アタゴ、もう少し深く探ってみるわ」

『いいけど、あんまり時間ないから早くしてよね』

「わかってる、すぐ終わらせるわよ」

 

 

 焦れてる私の妹マジ天使。

 表紙の情報の紐を引きながら検索を繰り返し、深く深く調べていく。

 すると、造作も無く類似の情報が閲覧できるようになる。

 そうしていると、おかしな点に気付いた。

 

 

 事件に関する情報はいくつかあるのだが、そのいずれも、ある部分に関してやたらに強力なプロテクトがかけられていたのだ。

 火災の原因である。

 配線のショートとしか出てこないが、軍系列の研修施設を全焼させた事故が配線のショートだけで説明できるわけが無い。

 

 

「うーん、どういうこと?」

 

 

 それから、生徒の死因。

 大部分は重度の火傷だとか煙を吸っての窒息だとか色々と書かれているのに、たった1人だけ、「機密」の文字と共に非公開指定がされている情報がある。

 名前は。

 

 

「天羽……琴乃(コトノ)?」

 

 

 名前だけがずらりと並んだ名簿の中で、その女生徒だけが特異だった。

 だからタカオは、特に警戒することも無く、付随する情報を踏んだ(クリックした)

 ――――そして、タカオは()()()()()()

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 脳を刺された。

 人間であれば、そう言う表現になるだろう。

 それだけの激痛――痛みと言うのも生温い激甚な痛みが、タカオを襲った。

 

 

「――――ッ!?」

『ちょっと、どうしたの!?』

『タカオお姉ちゃん!?』

 

 

 妹達に格好をつける余裕も無い。

 電子(ネット)上の額に突き刺さった()()は、タカオに凄まじい痛みを与え、その動きを拘束しようとしていた。

 激痛の中でタカオは、攻勢防壁だ、と判断した。

 

 

 ネットワークが進歩した現代において、情報保護は最重要セクションだ。

 だから不正アクセス、つまり侵入者(ハッカー)に反撃するセキュリティプログラムが開発された。

 これは相手からの攻撃から情報を守る防御とは異なり、侵入者に逆撃を与えるシステムだ。

 だが、重要なのはそこでは無かった。

 

 

「が、ぎ……っ!?」

 

 

 霧の自分に有効な攻勢防壁など、人類が組めるはずが無い!

 そんなことが出来るなら、人類はここまで霧に追い詰められていない。

 霧の重巡洋艦を止める程の防壁など、いったい誰が……。

 

 

 

『ここに来てはいけない』

 

 

 

 頭の中に、声が響いた。

 この声は聞き覚えがある、そう、あの時、暴走しかけた自分を一瞬で落ち着けさせたあの声だ。

 温かく慈愛に満ちて、それでいて有無を言わせぬ絶対の力を感じさせる何者か。

 

 

『ここに来てはいけない、今すぐ出て行きなさい』

 

 

 そして同じ言葉が繰り返される。

 これはシステムに記録された言葉だ、誰がいつそうしたのかはわからないが、いま声を飛ばしているわけでは無い。

 しかし、痛みは本物だ。

 

 

『ここから先に貴女達は来てはいけない、今すぐに出て行きなさい』

「……くぁっ!?」

『ここに来てはいけない、今すぐに』

「がぁ……っ!」

『出て行きなさい』

 

 

 声が響く、コアに一つ一つ針を刺していくように声が響く。

 自分のコアが軋みを上げるのを感じて、タカオは呻いた。

 痛い、痛い痛い痛い、いたい。

 もはやそれしか考えられなくて、言葉の通り背を向けて逃げ出したかった。

 

 

「こ、の!」

 

 

 それでも抗った。

 情報を手の中に掴んだまま、すごすごと帰れなかった。

 せめてこれだけでも持って帰ると、そう考えた時だ。

 鋭利な突起を備えた鎖が、タカオの胸を貫いた。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 タカオが悲鳴を上げる。

 聞くに堪えない濁った叫びは、断末魔に近かった。

 しかも鎖は一つでは無く、肩、腕、足と、次々に突き刺さってきた。

 返しがついたそれは強く引っ張られて、タカオの四肢を裂こうとさらなる激痛が走った。

 

 

『ここに来てはいけない、今すぐに出て行きなさい』

 

 

 ダメだ。

 この攻勢防壁は強すぎて、タカオの力では対抗できない。

 まさか、人類のサーバーにこれほど強力なセキュリティが存在するとは思わなかった。

 ここは一度引いて、いや二度と来てはいけないのだ。

 

 

『ここに来てはいけない、今すぐに出て行きなさい』

 

 

 帰ろう。

 妹達には何の情報も無かったと言えば良いのだ、気にしすぎだったと。

 す……と、情報を掴んだ手から力が抜けていく。

 そう、この手を離せば良いのだ。

 そうすれば、この痛みから解放されるのだから――――……。

 

 

 

「い゛ や゛ よ゛」

 

 

 

 離すどころか、逆に掴んだ。

 最後のセキュリティなのだろう、情報の容れ物(ファイル)がタカオの掌を焼いた。

 でも離さなかった。

 むしろ力を強めて、自分から焼かれに行った。

 

 

 痛みは増した。

 後悔した。

 でも離さない。

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「頼まれたのよ」

 

 

 千早群像に、頼むと言われたのだ。

 

 

「託されたのよ」

 

 

 沙保里に、託されたのだ。

 

 

「だから」

 

 

 タカオはそれで動いている。

 その気持ちだけでここに来た。

 それこそが、タカオを突き動かす全てだ。

 

 

「こんなことで私は止められないわよ、『()()()()()()()()()()』――――!!」

 

 

 バリンッ、と音を立てて、情報の容れ物が砕けた。

 中に入っていた情報の全てが、タカオの中に流れ込んでくる。

 彼女の創造主とも言うべき存在が、これを()()()()()()()()()()()封じた情報が、流れ込んでくる。

 その衝撃に頭を揺さぶられるように、タカオの身体がのけぞった、そして。

 

 

 

「「タカオお姉ちゃん!!」」

 

 

 

 気が付いた時、タカオは外の世界に戻ってきていた。

 2人の妹に左右から抱かれていて、どうやら現実で倒れていたらしい。

 周囲には、薄暗い中に微かな音を立てるサーバー機器が見える。

 妹達に抱かれているのは至上の喜びだが、このままこうしているわけにはいかなかった。

 

 

「マヤ、アタゴ」

 

 

 伝えなければ。

 ()()を、伝えなければと。

 

 

「すぐに、ヨーロッパに向かうわ」

「はぁ? 何いって……」

「早く、伝えないと。『アドミラリティ・コード』は」

 

 

 消耗しきった声音で、しかし確かな力をもって。

 

 

「『アドミラリティ・コード』は、もう()()()()()……!」

 

 

 タカオは、真実の一端を手にしたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『……戻す?』

 

 

 横須賀の海を眺める北、その背中に目を向けていた楓首相が、上陰へと視線を向けた。

 バイザー越しの視線に力などあるはずが無いが、貫禄はある。

 最悪の時代とも言われるこの4年近くを日本の頂点で過ごした男の貫禄は、役人に過ぎない上陰には重みのようにも感じられる。

 

 

『イ号潜水艦2隻を、横須賀に戻せと?』

「はい」

 

 

 まぁ、そんな相手に臆面も無く提案が出来る上陰もなかなかに神経が太い。

 魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する官僚の世界で次官(トップ)になるくらいだ、それは神経は図太い。

 とにかく、上陰の考えは「イ401とイ404を日本に呼び戻してはどうか」だ。

 

 

「振動弾頭の輸送は完了し、もはや2隻を外に置いておく理由はありません。ヨーロッパから呼び戻すべきでは?」

 

 

 ましてヨーロッパは戦争状態だ。

 そんなところに貴重なイ号潜水艦とクルーを行かせる理由は無い。

 少なくとも客観的には、無い。

 しかし、楓首相はそれを許した。

 

 

 止める手段が無い、と言う理由だけでは無いだろう。

 ()()のことを考えたプレゼンスのアピールとも考えにくい。

 イ号潜水艦の行動は、理由の無い行動だ。

 『白鯨』は戻ってくると言うが、それも気にかかる。

 

 

『確かに』

 

 

 上陰の言葉に頷いて、楓首相は言った。

 

 

『振動弾頭プロジェクトは成功した、少なくとも輸送には。アメリカの工業力と資源をもってすれば量産も成功するだろう』

 

 

 上陰の言は一般論だ。

 だから楓首相が考えていないはずも無いし、気付いていないはずも無い。

 

 

『だが未来のことを考えるならば、今、外に出しておくことには意味がある』

「未来と言うと、<大反攻>の戦後ですか?」

『いや、もう少し遠くだよ』

「遠く?」

 

 

 ギッ、と車椅子の音を立てて、楓首相は北の背中を見つめた。

 大きな背中だった。

 日本のこれまでを背負ってきた背中だ、小さかろうはずも無い。

 しかし<大海戦>から世代が一回りした今、北……そして自分は、やはり「前の世代」なのだ。

 一言で言えば、老いている。

 

 

『確かに今だけを見れば無駄だ。だが今、世界中の指導者に……いや、世界中の人々を見ておくのは、()()()()()にとっては重要だ』

「……将来、ですか」

『それがひいては日本のためになる――――かは、まだわからないがね』

 

 

 少なくとも、北はそう信じている。

 北が信じてイ404を、そして日本を託したあの少女。

 さて、どんな顔をして帰ってくるのか。

 そう思い、楓首相は遥か太平洋の彼方へと思いを馳せるのだった――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ビスマルク艦隊の急襲。

 その報告は、リエル=『クイーン・エリザベス』の事件を片付けた直後の紀沙達にとって、まさに青天の霹靂(へきれき)だった。

 ちょうど、スカパ・フローの入り江にも朝日が差し込んできた頃だった。

 

 

 ただ、カークウォールの村から駆け通して来てみれば、イ401とイ404はもちろん、ヒュウガとフッドの拠る『マツシマ』、そしてイ15も無事だった。

 と言うより、戦闘の痕が見えなかった。

 沖合いに見える巨艦『ビスマルク』と、それを背景に水面に立つ美しい2人のメンタルモデル。

 右のメンタルモデルが言った。

 

 

「千早兄妹、出雲の血を継ぐ者よ」

 

 

 左のメンタルモデルが言った。

 

 

「お前達を待っていた」

 

 

 待っていた。

 霧の大戦艦『ビスマルク』のメンタルモデルは、「待っていた」と言った。

 正直、意味がわからない。

 だがビスマルク姉妹にはわかっているのだろう、眼鏡の奥で瞳を細めていた。

 二対四個の霧の瞳が、こちらを見つめていた。

 

 

「さぁ」

 

 

 左右の女が、同時に言った。

 手を広げるのに合わせて、ナノマテリアルの粒子が舞い上がった。

 ただしそれは、ビスマルク姉妹の艦体やメンタルモデルから発生したものでは無かった。

 海面から、蛍のように浮かび上がってきたのだ。

 

 

 幻想的な光景だった。

 水平線から朝日が差し込む中、仄かな煌きと共にナノマテリアルが舞い上がる。

 その光景は、目を奪うに十分な美しさを持っていた。

 そしてその中で、ビスマルク姉妹は言った。

 人形のように美しく冷たい顔に、笑顔をぴったりと貼り付けて。

 

 

「「――――人類評定を、始めましょう」」

 

 

 ビスマルク姉妹の言葉は、小波(さざなみ)の音のように良く響いた。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

やってしまった…(放心)
もうここまで来たら、やりきってしまうしか無いですね。
原作が13巻でも初章なのが悪いんや…(え)

と言う訳で、また次回。
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