蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth048:「親子」

 

 19戦して、19敗。

 それがゾルダン・スタークが、千早翔像に挑んだ模擬戦の戦績だ。

 欧州大戦の戦場で拾われてから2年の間にそれだけ挑んだが、全て負けた。

 しかも真剣勝負と言うよりは、教えられたと言う気持ちの方が強い。

 

 

『始まったわ、ゾルダン』

 

 

 翔像と『ムサシ』にイ401達の位置情報を伝えていたのは、北極海から追跡をかけていた2501だった。

 と言うより、北大西洋の欧州側はほぼ全域が2501の哨戒圏内なのだ。

 各所に配した分身(ゼーフント)が、彼らの「目」となってくれている。

 

 

 そして今も、スコットランド沖で起こっていることを正確に把握している。

 イ401を含むイ号艦隊――もはや振動弾頭輸送艦隊では無い――と、そして『ムサシ』。

 その両方を、狼の目で見ている。

 どのように?

 

 

「どっちが勝つと思う?」

「愚問だな」

 

 

 ロムアルドの問いは、全く意味が無い。

 ゾルダンにとっても、誰にとっても。

 

 

「勝敗どうこうでは無く、勝ち方の問題だ。どこまでやるのかと言う問題なんだ」

 

 

 思えば、イ号艦隊は大きくなった。

 最初はイ401が日本近海をうろうろしているだけだったのが、イ404に日本の『白鯨』を加えて太平洋を越えて、砲艦3隻に妙なイ号潜水艦まで引き連れて北極海、そして大西洋を渡ってきた。

 加えて、どうも重巡洋艦『タカオ』を中心とする()()()艦隊とも協働している気配がある。

 

 

『それでいいの?』

「……愚問だな」

 

 

 ロムアルドの視線を感じながら、フランセットの言葉に答える。

 ただ、答えは先程の質問に比べると数瞬遅れた。

 その遅れが何を意味するのかは、付き合いの長いロムアルドやフランセットには良くわかった。

 彼女達だけが、ゾルダンの「本当」を知っているのだ。

 ……ああ、いや、もう1人。

 

 

『…………』

 

 

 艦長たるゾルダンから、言葉も身体も取り上げられた物言わぬ()()()()鋼の娘(モデル)がいる。

 演算力のほとんどをゾルダンの思考をトレースすることに費やしている彼女には、皮肉なことに、ゾルダンの行動から彼の心理を推測することができていた。

 ゾルダンは彼女をずっと遠ざけていたから、これこそ皮肉と言うべきだろう。

 

 

「深度そのまま。付近にいる霧の駆逐艦(ユキカゼ)に気取られるようなヘマはするなよ」

「りょーかい」

『了解』

 

 

 ゾルダンは、千早群像になりたいのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 戦艦と潜水艦が戦ったなら、どちらが優位に立つか?

 超戦艦『ムサシ』とイ号潜水艦『イ401』。

 全長にして2倍以上、全幅にして3倍以上、排水量にして20倍以上の差がある両者がもし戦わば、勝敗はどうなるだろう。

 

 

 この数字だけを見れば、大である『ムサシ』――すなわち戦艦の方が圧倒的に優位だと思うだろう。

 だが違う。

 150年前の海戦の主役は確かに戦艦だったが、スーパーキャビテーション魚雷の実戦配備により魚雷の雷速が急速に進歩した結果、鈍重な戦艦は主役の座から引き摺り下ろされた。

 現代はより多くの魚雷を搭載する艦、それも水上艦に対し圧倒的に優位な潜水艦の時代なのだ。

 

 

「『ムサシ』、微速前進」

「音響魚雷撃て。その後は『ムサシ』の機関音に紛れて後ろに回る」

 

 

 艦には相性というものがある。

 例えば潜水艦にとって対潜装備を持つ駆逐艦は脅威だが、戦艦の砲火力は駆逐艦を圧倒的に凌駕し、戦艦は潜水艦に対する攻撃手段に乏しい。

 そう、戦艦は潜水艦に対して脆弱性の高い艦種なのだ。

 

 

「1番から4番、通常弾頭魚雷装填。海流に乗って『ムサシ』の真後ろに出たら、5番からデコイを射出する。その後に撃て。そうしたら潜るぞ」

 

 

 薄暗いイ401の発令所の中、淡々とした群像の声だけが響く。

 他のメンバーは緊張しているのか、飛沫ひとつ漏らすことなくそれぞれのモニターを睨んでいる。

 時折外部から炸裂音が聞こえる以外は、艦体が水圧に軋む音しか聞こえない。

 

 

「あれが、超戦艦『ムサシ』ですか」

 

 

 そんな中で、僧だけが口を開いて――マスクで見えないが――いる。

 僧は艦全体を把握するのが役割の分、他のメンバーよりも客観的に状況を見ているのかもしれない。

 だから、他の面子が言わないことでもはっきりと言う。

 

 

「――――強いですね」

 

 

 戦艦は、潜水艦に対して圧倒的に不利だ。

 水上艦が独力で潜水艦を発見するのはほぼ不可能だし、現代の魚雷の雷速に鈍重な戦艦はついていけない。

 この理屈は何も間違っていない、間違っているとすれば。

 

 

「魚雷が艦の装甲表面まで届かねぇ」

「対潜弾の着水音もほとんどありません、気付いたら真横で爆発してる感じです」

 

 

 砲雷長(杏平)聴音手()が、根を上げたようなことを言う。

 実際、こちらの攻撃は届かず相手の攻撃は遊ぶようにすぐ側で爆発する。

 その気になれば沈められるんだぞと言う、示威行為だった。

 と言うより、余裕か。

 侮られている。

 

 

(……アンタのいない10年で、オレは力を得た)

 

 

 子供だったあの頃とは、違う。

 

 

「群像」

 

 

 その時だった、イオナが声をかけてきたのだ。

 イオナはいつも通りの変わらない顔で、群像のことを見つめている。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 と、問うてきた。

 それに、群像は思わず吐息を漏らした。

 笑みを伴うそれは、不思議と群像の身体から余分な力を抜いてくれた。

 見渡せば、他のメンバーも親指を立ててこっちを見ていた。

 

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

 落ち着いた声でそう言って、前を見る。

 

 

「さぁ、かかるぞ!」

「「「了解!」」」

 

 

 とは言え、相手は霧の超戦艦『ムサシ』だ。

 これまでの敵とは格が違う、単純な階級なら霧の中でも一、二を争う相手だ。

 霧の超戦艦に、人間の海戦術の常識が通じると思わない方が良い。

 気を引き締めてかからなければならない、群像はそう思った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 序盤はいつも、静かな立ち上がりだ。

 群像と翔像の両方を知っているから、紀沙には2人の動きの意図が良くわかっていた。

 千早翔像流の戦術論の流れを汲むのは、紀沙も同じだ。

 

 

「まるで獣だね」

 

 

 その戦術論について、スミノがいつかのたまったことがある。

 曰く、大型の動物のようだと。

 

 

「のっそりと近付いて、いきなりガブッ」

 

 

 と、両手を上げて襲うようなジェスチャーをした。

 表現はどうかと思うが、概ね間違ってはいない。

 群像は紀沙のように直接攻撃に出たりはしないが、基本的な発想は実は同じだ。

 まず様子を見て分析し、敵の攻撃を凌ぎつつ懐に飛び込み、決定的な一撃を叩き込む。

 

 

 潜水艦は水上艦に対して圧倒的に優位だが、水上艦と比べると搭載できる装備に制限がある。

 魚雷の数に限りがある以上、短期かつ最小の攻撃で勝負を決めなければならない。

 だから霧との戦いでは、一方的に攻撃を受け続ける場面も少なくない。

 そして浮上している今、戦いの様子は『ムサシ』の対潜弾の投下が主になっている。

 

 

「スミノ、『ムサシ』はどんな艦?」

「超強い」

「……そうじゃなくて。特性とか性能とか」

 

 

 イ404は浮上したまま、波頭に揺られている。

 紀沙は甲板に立って『ムサシ』とイ401の戦いの様子を見つめていて、これは群像から手出し無用と言われたためにそうしているのだが、本心では今すぐにでも飛び出していきたかった。

 ただ、飛び出してどうするという点については迷いがあった。

 

 

「性能なんて、考えるだけ無駄だよ」

 

 

 そんな紀沙の気持ちを知ってか知らずか、スミノは退屈そうに手すりをけ蹴りながら――己の身体であろうに――そんなことを言った。

 

 

「超戦艦って言うのはね、艦長殿。強いとかどうとか言うものじゃないんだよ」

 

 

 圧倒的な演算力。

 大戦艦の演算力もかなりのものだが、超戦艦はまた桁が違う。

 超戦艦のコアが生み出す出力は、機関を動かすだけで地球が震える程だ。

 他の大戦艦を束にしたところで、超戦艦の足元にも及ばない。

 

 

「ただ強い。あ、いやそれも違うかな。()()()()()。本当にただ凄いんだ」

 

 

 正直な話。

 

 

「正面から戦うなんて、馬鹿のすることだと思うけれど」

「…………」

 

 

 あの『コンゴウ』の旗艦装備に対してさえ物怖じを見せなかったスミノが、明らかに緊張していた。

 それだけ、ヤバい相手だと言うことか。

 

 

(……兄さん)

 

 

 ぎゅっと拳を握り締めて、紀沙は目を凝らして前を見つめた。

 父と兄が、戦っている場所を。

 母ならばどうしただろうと、考え続けながら。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 最近、ゴルフが趣味だったりする。

 

 

「何でも経験してみるものね、お父様」

 

 

 手を合わせてそう言うムサシに、翔像は苦笑を浮かべていた。

 その間にも『ムサシ』艦上からは無数の対潜弾が発射され続けていて、尽きることが無い。

 対潜弾はゆっくりと放物線を描きながら海面に向かい、海面に向かう直前に小さなクラインフィールドを展開して()()し、海中へと沈む。

 

 

 これにより着水の音と衝撃は最小限となるので、ソナーにかかる確率が下がる。

 これは、ゴルフのロブショットを見ていて思いついた方法だった。

 ふわりと上げて、ゆっくりと止める。

 経験値とは、戦闘以外でも貯まるものなのだ。

 

 

「まぁ、冗談はさておくとして」

 

 

 今の『ムサシ』は艦の半分程を人間の手で動かしている。

 かつてイ401に翔像と共に乗り込んでいた男達で、付き合いは10年になる。

 信頼している。

 彼らは国を捨てたようなものなのだから、守ってやらねばならないとムサシは思っていた。

 自分と同じく、千早翔像に賭けた同志なのだから。

 

 

「どうかしら、千早群像は」

「そうだな」

 

 

 ムサシは、翔像が子供達に期待をかけていることを知っていた。

 先程は「まだ早い」などと言っていたが、内心ではむしろ「やっと来たか」と思っているはずだ。

 それだけ待っていたのだと言うことを、ムサシは知っているのだ。

 ゴンゴンゴン……と、足元で機関の重低音が響いている。

 

 

「大きくなっていたわね」

「そうだな」

 

 

 そう、大きくなった。

 背丈だけでは無い。

 あの『コンゴウ』艦隊と正面から戦って打ち破り、歪ながらも「艦隊」として各国首脳が無視できない勢力を持ちつつある程に、群像は大きな存在になっていたのだ。

 

 

 並の苦労では無かっただろう。

 8年もの間日本で雌伏の時を過ごし、その後の2年でイ401の名を広め、今年に入っての快進撃。

 自分と翔像でみっちり鍛えたゾルダンとU-2501とも、ベーリング海で引き分けたと聞く。

 見事だ、実に見事だ、賞賛に値する。

 だが、それでも。

 

 

「話にならないな」

 

 

 ムサシが手を広げると、『ムサシ』の両側面の装甲がスライドした。

 雷鳴が轟き、凄まじいスパークが海面を這った。

 その様はまるで、八つ首の大蛇が身を伏せているようだった。

 そしてその蛇の頭は、ムサシがくるりと掌を返し腕を上げると、大きな口を開けて鎌首をもたげたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 枝分かれする光線と言う表現が、1番正確だろう。

 『ムサシ』の側面装甲の射出口から放たれたレーザーが、海面下を薙いだのだ。

 別の角度から何度も走るレーザーは海をズタズタに引き裂き、海面に引かれたレーザーの線はしばらくの間そのままだった。

 

 

 収束型の指向性エネルギー兵器だった。

 砲撃のような大口径では無く、口径を絞って威力を集中させたのだ。

 それが無数に海面下に放たれた、しかしこれはイ401を直接狙ったわけでは無い。

 海水で減衰したレーザーで撃沈できる程、霧の艦艇のクラインフィールドは甘くない。

 

 

「何だ? デタラメか?」

 

 

 高エネルギー反応を知らせる警報音がやまない中、杏平が少し安心したように言った。

 実際、出力はとんでもないがレーザーはイ401まで届かなかった。

 

 

「いや……」

 

 

 だが、群像はそれで安心など出来なかった。

 警報音が嫌でも予感させる。

 群像は気付いた。

 

 

()()()()()()! 機関全速、取舵!」

 

 

 しかし遅かった。

 次の瞬間には、轟音と衝撃がイ401を襲ったのだ。

 独特の衝撃と炸裂音、そしてクラインフィールドをごっそりと削っていく侵蝕反応。

 これは、侵蝕弾頭魚雷だ。

 

 

「侵蝕魚雷だと!? どこからだ!?」

「魚雷着水音はありませんでした、いきなり航走音が!」

 

 

 やられた。

 着水音を極小化した対潜弾に気付いた段階で、警戒するべきだった。

 『ムサシ』は、いや翔像は、遠隔点火式の魚雷を対潜弾の中に紛れ込ませていたのだ。

 回避したり当たらなかった攻撃の再起動など、思いつかなかった。

 

 

「杏平、何でもいいバラ撒け! イオナ、全速で回避!」

「クッソ、下から攻撃とか無いわ!」

「いおり、行くよ」

『合点だ!』

 

 

 最初の対潜弾は囮で、侵蝕弾頭魚雷を伏せるためのもの。

 次のレーザーによる攻撃は測距(そっきょ)で、伏せた侵蝕魚雷の攻撃目標――つまりイ401の位置を探るためのものだった。

 そして気が付けば、全方位から魚雷が殺到してきている。

 

 

 単純な雷撃や砲撃の応酬では無く、攻撃の中に別の攻撃を潜ませる。

 それだけで、相手をここまで追い込めるのか。

 侵蝕反応の中を掻い潜っていれば、当然、逃げ道を予測される。

 予測されれば今度は伏せている魚雷だけでは無く、直に攻撃を叩き込まれる。

 相手の動きを予測するのでは無く、相手の動きをコントロールするやり方だ。

 

 

(親父……!)

 

 

 優れているが故に、群像は今の自分達の状態を良く理解していた。

 そして、ここから抜け出すことがいかに難しいことかも。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 形勢が一気に傾いたのを、紀沙は感じ取った。

 優位に立ったのは、父だ。

 

 

「兄さん!」

 

 

 紀沙は、どうしようも無い不安が胸を過ぎるのを感じた。

 父は、兄を沈めるだろうか。

 兄は、沈められる前に降参の意思を示すだろうか。

 まさか、2人はそこまで互いを追い詰めるつもりなのだろうか。

 

 

「助けに行くの? やめた方が良いと思うけどね」

 

 

 焦りを隠さない紀沙に対して、スミノがあっさりと言った。

 

 

「イ号潜水艦の演算力で超戦艦に対抗するって言うのは、いくらなんでも無茶だよ。戦術論どうこうの話じゃないんだ」

 

 

 スミノがここまで戦いを渋るのは始めて見た。

 『コンゴウ』や『クイーン・エリザベス』を前にした時も、こうはならなかった。

 あの『ヤマト』を前にした時だって、驚きはしていたが怯えるような素振りは見せなかった。

 超戦艦『ムサシ』とは、それほどの相手なのだろうか。

 

 

 だが、止めなければならない。

 父と兄が模擬戦でなく本気で互いに命のやり取りをすると言うのならば、それを止めるのは妹であり娘である自分の役目だと思えた。

 いや、そうとしか考えられない。

 

 

「どれだけ無茶でもやるしか無い」

 

 

 命までは取らないだろう、でも再起不能にまではするかもしれない。

 母ならば止めたはずだ。

 きっとそうだと、紀沙は自分に言い聞かせていた。

 

 

「やるも何も、無理だよ。飛び込んでいったところで、401と同じ目に合うのが関の山だよ」

 

 

 そうかもしれない。

 このまま何もしないと言うのはできない。

 しかし行って瞬殺されましたでは、意味が無い。

 そう考えて苦悩している紀沙を見て、スミノはすっくと立ち上がった。

 

 

「でもね、艦長殿」

 

 

 そうして、近付いてくる。

 ゆっくりとした足取りで紀沙のすぐ後ろまで来て、そのまま抱きすくめてきた。

 ぞわっとした何かが、背筋を走り抜けた。

 左目の視界を、スミノの細い手指が覆っていく。

 

 

「わかるだろう?」

 

 

 わかるはずも無い。

 いや、わかっている。

 以前から戦いの時に少し感じていたことだ。

 ()()()()のことだ。

 

 

「たかがイ号潜水艦が超戦艦に対抗する、唯一の方法さ」

 

 

 艦長殿。

 耳元で声がする。

 チロリ、と、耳たぶに舌が這う感触を得た。

 

 

「――――ボクとひとつになろう、艦長殿」

 

 

 それはまさに、悪魔の囁き。

 それも力をくれる代わりに、何かを差し出さねばならない類の。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 逃げ切れない。

 群像がそう判断し始めたのは、『ムサシ』の包囲攻撃から17分が経過した頃だった。

 致命的な直撃弾こそ何とか避けているものの、それも時間の問題だった。

 『ムサシ』の攻撃は絶え間なく、そして確実に401の防御力を削ぎ落としてきていた。

 

 

「……っ、クラインフィールド、30%消失!」

「こんなんじゃ魚雷を撃つ間もねぇじゃねぇか」

『これ以上は機関保ちません、ちょっとで良いから落として!』

 

 

 クルーの悲鳴のような声が聞こえる。

 だが群像は、それぞれに「耐えろ」と言うしか無かった。

 今は耐えて凌ぎ、勝機を待つしかない。

 そして勝機はある、当たれば相手を沈められる超兵器が401にはある、だが。

 

 

(沈めるべきなのか、『ムサシ』は?)

 

 

 群像の心にも、迷いはあった。

 そもそも彼は自分が翔像に挑んだのか、その合理的な理由を自分でも見つけられていないからだ。

 彼としては珍しいことに、この戦いは避けようと思えば避け得たのだ。

 翔像の挑発に乗らなければ、それで済んだことなのだ。

 

 

(オレは、間違えたのか?)

 

 

 艦長としてでは無く、己の感情に任せて行動してしまったのか。

 だとしたらこの危機は、この状況は己の不明が招いた結果だ。

 ここに来て、群像は初めて後悔した。

 自分は、何て愚かな選択をしてしまったのだろう。

 

 

「魚雷航走音! 正面から12!」

 

 

 その時、静が悲鳴のような声を上げた。

 続いて衝撃が走って、本当に悲鳴を上げた。

 衝撃と警報音の中、群像は艦の正面で何かが砕ける音を聞いた。

 攻撃に耐え切れず、クラインフィールドに穴が開いた音だ。

 

 

「次、同じく魚雷7!」

 

 

 同時に艦の後方から、何かの爆発音。

 モニターの中でいおりが悲痛な声を上げている、機関にまで変調を来たしたのか。

 回避できない、冷静な部分がそう判断した。

 

 

「イオナ、皆を……!」

 

 

 しかし、言い終わる前に艦の正面で爆発音が立て続けに聞こえた。

 それは魚雷の爆発音であって、一方で艦体へのダメージは無かった。

 当たる直前に、何らかの要因で爆発したのだろう。

 

 

「……! 404、こちらに突っ込んで来てます!」

「紀沙!?」

 

 

 イ404の魚雷攻撃(スナイプ)だった。

 離れていろと言ったのに、介入してきたのか。

 いや、と、群像は思い直した。

 紀沙は、自分を助けに来てくれたのだから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 群像と同じように、翔像もまた紀沙の接近に気付いていた。

 何しろ機関全速で突っ込んで来るものだから、気付くなと言う方が難しい。

 

 

「お父様」

「ああ」

 

 

 そして次の瞬間には、艦上の全ての砲門が海面を向いた。

 砲撃。

 『ムサシ』の全主砲による射撃は、文字通りに海を穿った。

 放たれた砲弾はクラインフィールドにくるまれて、減速することなく目標まで直進した。

 すなわち、イ404に。

 

 

「どぅおおわあああぁっ!?」

 

 

 あまりの衝撃に、冬馬がシートから転げ落ちた。

 イ404の艦体を横殴りにした一撃は、それだけで艦の機動力を削いだ。

 超戦艦の一撃の重さを、直に感じた。

 これを何度も喰らっていては勝負にならない。

 

 

 そして、攻撃の厚み。

 まさに弾幕のカーテンとでも言うべき状況で、そのカーテンを抜ける道は見えなかった。

 つまり、クラインフィールドで直接受けるしかない。

 クラインフィールドは、無限では無いのに。

 

 

「艦長殿、何を躊躇っているんだい?」

 

 

 『ムサシ』の攻撃に揺れる艦内で、不思議なことにスミノの声は耳元から離れなかった。

 紀沙は、それを拒絶している。

 しかしズクズクと痛む左目は、紀沙の気持ちとは裏腹な反応を見せていた。

 ヂッ、ヂッ、と、頭の中で何かが小さく弾け続けている。

 

 

 ずるりと、何かが這入ってくるような不快な感覚だった。

 悪魔は囁く。

 このままでは共倒れだぞ、と。

 それでいいのか、本当にそれでいいのか?

 

 

「ずぅっと不満だったんだろう? 現状を変えられないことが」

 

 

 何もかもが思い通りにいかない。

 家族を取り戻すことは愚か、こうして父と兄の争いを止めることもできない。

 悔しかった。

 ずっと以前から悔しくて、後悔ばかりだった。

 

 

「力をあげよう、艦長殿。大丈夫、これは元々キミ(ボク)の力なんだから」

 

 

 ()()()()()()()()

 霧の瞳の視界の中にスミノがいて、指揮シートに座る紀沙の前に立っている。

 

 

『直撃コースだ!』

 

 

 ()()()()で、クルーの叫び声が聞こえた。

 猶予は無い。

 選択肢も無い。

 けれど、何も成さずに終わるわけにはいかない。

 それに。

 

 

(どうせ)

 

 

 どうぜ、すでにこの身は犯されているのだから。

 ならば、どこまでも意地汚くなってやる。

 たとえそれが、死ぬほど憎い霧の祝福(キス)であったとしても。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 不思議なことが起こった。

 いや、あり得ないことだ。

 それに最初に気付いたのは、翔像とムサシだった。

 

 

「お父様、404が」

「ああ……」

 

 

 翔像は理解していた、無数の魚雷が直撃しかけたイ404が、どれだけ異常な方法で回避したのか。

 イ404は、()()()したのだ。

 よりわかりやすく言うのであれば、ナノマテリアルの濃淡や配列を超高速で入れ替えた。

 つまり魚雷の当たる部分だけをへこませたり伸ばしたりして、回避した。

 

 

 人間の身体で例えるならば、身体に穴を開けて銃弾を回避したに等しい。

 異常だ。

 いかにナノマテリアルを自在に操れるとは言え、そこまで高速での操作はムサシですら不可能だ。

 何でもありと言うわけではないのだ、通常の方法では、だ。

 

 

「今のは……?」

 

 

 そして、一番驚いているのはイ404のクルーだった。

 スミノのナノマテリアル操作が柔軟なのは以前から知っていたが、これは異常だった。

 特に艦の全体状況を見ていた恋には、今イ404のナノマテリアル配列がどれだけ異常に変化したのかが良くわかった。

 

 

「艦長?」

 

 

 当然の帰結として、恋は紀沙を見た。

 紀沙は正面を向いて微動だにしなかった。

 しかし恋がそこから読み取ったのは、頼もしさでは無く不自然さだった。

 

 

「艦……艦長!?」

 

 

 背中――背骨のあたりか――に、シートから針のようなものが飛び出していた。

 それは紀沙の背骨・脊髄のあたりに的確に突き刺さっていて、紀沙の唇の端から赤い液体が流れていた。

 そして、視線は真っ直ぐに前を見ているが、瞳がどこかおかしい。

 両の瞳が、あの霧の輝きを放っていた。

 

 

「総員、衝撃……体勢!」

 

 

 声も、ぶるぶると震えながらだ。

 実際、イ404は加速していた。

 『ムサシ』の弾幕をぐにゃりぐにゃりと艦体のナノマテリアル構成を変えながら、回避している。

 目を見張る動きだ、しかしそれ以外のことができないようだった。

 

 

 紀沙の脳が、そこまでの演算に追いついていないのだろう。

 目の白い部分が赤く染まり血の涙を流すのは、血管が切れているからか。

 だが、イ404の動きは凄まじかった。

 『ムサシ』側の魚雷や砲撃をナノマテリアルの構成変化でいなして、回避して、そして。

 ――――突撃、だ。

 

 

「なるほど」

 

 

 『ムサシ』側面に飛び出(突撃)して来たイ404を見つめて、翔像は頷いた。

 それは感心しているようでもあり、同時に失望しているようでもあって。

 ふわりと浮き上がったムサシが、翔像の首に細い腕を回して。

 バイザーの奥で、何かが白く輝いた。

 




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

と言う訳で、親子対決なわけです。
このまま行くとパパの設定がすごいことに(え)

それでは、また次回。

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