心臓に、何か鋭利なものが刺さった感覚があった。
最初は冷たく感じたそれは、すぐに熱を持ち始めた。
それも尋常な熱さでは無く、まるで心臓を火で炙られているのでは無いかと錯覚する程の熱だった。
「――――!」
す、とムサシが離れると、紀沙はその場に膝をついた。
熱い。
心臓がひとつ鼓動を打つ度に、何か重いものが体内に送り出されているような感覚だ。
苦しい、息が出来ない。
叫び出したい衝動に駆られているのに、声が出ない。
左胸を押さえて顔を上げれば、そこには妖しげに嗤うムサシがいた。
手指に血などはついていない――不思議なことに、紀沙の身体にも傷一つ無い――が、ペロリ、と舌先で紀沙を貫いた指先を舐めていた。
「苦しそうね」
(他人事みたいに言って……!)
反論は、しかし言葉にならない。
不味い、と、そう思った。
ずくん、ずくんと強まる痛みに、息を詰まらせる。
(意識が)
瞼が重い、視界が徐々に暗くなってきていた。
本能的に、自分が今気を失いつつあるのだとわかった。
しかしここで気を失うことは、正直に言って良い将来をもたらさない。
わかってはいるのだが、どうすることも出来なかった。
視界が暗くなり、やがて身体も支えきれなくなって、頬が床に触れるのを感じた。
そしてその間にも、心臓の熱はより強くなっていっているのだ。
身体が重く、動かない。
視界が、真っ暗になった。
(父さん)
翔像は、助けてはくれなかった。
哀しいのだろうか、自分は。
不思議と哀しみは無く、どこか納得している自分もいて。
そうした自分を見つめながら、瞼が鉛のように重くなっていって。
不意に、浮遊感を感じた。
夢に落ちた感覚に似ていたが、それは現実に身体が感じた浮遊感だった。
誰かに抱き上げられた感覚に似ていて、紀沙は想った。
――――にいさん?
「悪いけど、そんなに良いものじゃないよ」
ああ、なんだ。
と、声を聞いた時に思った。
こういう時に来るのは、決まって
そう思って、紀沙の意識は落ちた。
「……
「あら、404。随分と来るのが遅かったのね。まるで……」
どこからとも無く霧のように現れたスミノが紀沙を抱いて、ムサシを睨んだ。
鋭い視線を柳のように受け流して、ムサシは嗤う。
「まるで、
そんなムサシの言葉に、スミノは口の端をくっと歪めた。
それは自嘲のようにも、苦笑のようにも見えたのだった。
◆ ◆ ◆
スミノは、片腕に抱えた紀沙の様子を見た。
瞳が一瞬白く輝いたのは、紀沙の身体をスキャンしたからだ。
そして、すぐに表情を歪めた。
「見えた? 良い子ね」
クスリと笑って、ムサシは言った。
「その子の心臓に残したのは、私の欠片」
ムサシの
超戦艦であるムサシは、本来ならばメンタルモデルを複数体保有していておかしくは無い。
しかしムサシはそれをせず、「ムサシ」というメンタルモデル一体にすべての力を集中している。
それは、あの『ヤマト』に対抗するため……。
紀沙の心臓には、超戦艦『ムサシ』のコアの欠片が埋め込まれた。
心臓が鼓動を打つ度に、血流と共にコアの欠片から滲み出たナノマテリアルが全身を巡る。
ナノマテリアルは紀沙の肉体の蘇生を人類のそれから、霧のものへと変貌させていくだろう。
そう。
「ナノマテリアルは、
両手を合わせて、楽しそうにムサシが笑う。
重力場を操り引き剥がした床板をスミノが翔像に向けて飛ばすと、ふわりと舞って翔像の前に飛び、視線を向けるだけで全てを止めてしまった。
粉微塵になって砕けた床石は、何かを象徴しているようにも見える。
「貴女の演算力では、私には勝てない」
超戦艦と、巡航潜水艦。
元々、演算力には雲泥の差がある。
にっこりと、ムサシが毒気の無い笑顔を浮かべた。
そして次の刹那、ムサシが手を上げ、六対の光の槍が襲い掛かってきた。
「……!」
舌打ち一つ、スミノが床に手を触れさせるのと、ムサシの槍が炸裂するのはほとんど同時だった。
轟音。
ホテルの床が崩壊する音が響く中、何故か翔像の足場だけが無事だ。
もちろん、ムサシは浮かんでいるので足場があろうが無かろうが関係が無い。
「……はったりもそこまで行くと大したものだな」
「お父様の真似をしてみただけよ」
ふわり、と床にぽっかりと開いた穴の下を見下ろして、スミノと紀沙の姿が見えないことを確認する。
そして、むき出しになった鉄骨の一部にあるものが付着していることを見つけた。
それは、赤い液体だった。
まるで、血のような。
指先で掬ったそれを舌で少しだけ舐め取ると、ムサシはぶるりと身体を震わせた。
「……甘い」
翔像は、それをじっと見つめていた。
◆ ◆ ◆
ホテルの窓を砕いて、外に飛び出した。
紀沙を腰に抱えたまま、ホテルの前に停まっていた車両を踏みつけて着地した。
運転席から慌てて転がり出てくる人間には目もくれず、そのまま跳躍する。
一足で真向かいのビルの屋上まで跳ぶ脚力は、やはり人間離れしていた。
「う……」
「ごめんね、艦長殿。来るのが遅くなったよ」
屋上への着地の衝撃で呻いた紀沙にそう声をかけて、今度はもう少し速度を落として跳ぶ。
紀沙の心臓の件も気になる様子だったが、今はこの地区から離れることが先決だった。
最も、ムサシの領域はこのあたり一帯――いや、ロンドン全域に広がっているだろうが。
次のビルへと跳躍している時、スミノは風がほんの一瞬変わったことに気付いた。
風上からやって来た何かが風の向きを遮ったからで、それは横に回転しながら近付いてきていた。
そしてスミノが気付いた時、目の前にヒールの靴先が迫っていた。
「ちっ……!」
片手を顔の前に置き、蹴り足との間でクッションにした。
しかし衝撃は殺しきれず、掌を挟んで相手の蹴りが空中で直撃する形になった。
どん、と凄まじい音が響いて、紀沙を抱えたまま吹き飛ばされ、空中で二転三転した。
十数メートル離れたところで重力場を展開、制動をかけて別のビルの壁面に
顔を上げる、もちろん怪我一つ無かった。
「誰だい、ボクは急いでいるんだけどな」
「失礼、ムサシ様がまだ貴女の退出許可を出していなかったもので」
赤い眼の、レディーススーツの女だった。
スミノと同じように空中に重力場の足場を作り、浮かんでいる。
明らかにメンタルモデルだった。
赤髪のポニーテールが、ロンドンの湿った風に揺れていた。
「欧州方面大西洋艦隊――改め、<緋色の艦隊>所属。海域強襲制圧艦『フューリアス』です。以後よろしくお願いします」
「やれやれ、陸で活動だなんて。まるで兵士だね。霧ともあろうものが人類の軍隊の真似事かい? 霧としての誇りはどこにやったのやら」
「貴女にだけは言われたくないですね」
感知してみれば、似たような気配を複数感じる一方で、人間の気配が無かった。
(やれやれ、
これは脱出に苦労しそうだと、割と本気でそう思った。
寝ている紀沙が羨ましくもなったが、冗談を言っている余裕は余り無かった。
ムサシ程では無いが、海域強襲制圧艦――いわゆる航空母艦クラス――となると、演算力はもとよりコアの出力も相当なもので、簡単に言えば相当に強い艦種なのだ。
……やれやれ。
嘆息して、スミノは目を閉じた。
瞼の裏で瞳が白く輝き、同時に離れた位置へと意識を飛ばす。
それは、いわば彼女の本体とも言うべきものがある場所だった。
イ号404である。
◆ ◆ ◆
海兵隊と言えば、最強の軍隊と呼ばれている。
簡単に言えば陸戦の出来る海兵だが、陸軍でも海軍でも無い別の軍種として扱われている。
即応性が高く、他の軍種に比べて採用制限が少なく、実戦投入される機会も多く、死亡率も高い。
その分、精鋭が育ちやすい。
「うおおおおやべえええええっ!!」
イ404はロンドン南東のチャタムと言う係留されていた。
そこにはイギリス海軍の地下ドックがあり、イ404も海水を抜かれた状態でドックに固定されている。
流石に周りはイギリス海軍の艦船や関係者に囲まれていたが、どことなく横須賀の地下ドックを思い出させた。
だからと言うわけでは無いが、冬馬は艦の外にいた。
甲板の上に寝転んでの優雅な昼寝である、洗濯物を干す目的もあった。
ところがである。
乾くまで寝るかと決め込んでいたら、何やら周囲から物々しい雰囲気を感じるでは無いか。
「な、何だ何だっ、いきなり撃ってきやがって!」
何事かと思って甲板から顔を覗かせてみれば、烈火の如く鉛玉が撃ち込まれてきた。
しかも一発や二発では無く、アサルトライフルを用いた本格的な射撃だった。
ドック側に横一列になった迷彩服姿の兵士達が、一斉に発砲してきたのである。
「鳩が豆鉄砲を喰らった」を地で行く形で、冬馬はセイルの陰に隠れた。
そんな彼の目の前に、ヒラヒラと洗濯物のシーツが落ちて来た。
焼け焦げた無数の穴でボロ布と化したシーツを見て、ぞっとした。
良く当たらなかったものだ。
一瞬だけ見えた相手の軍章は、
「アメリカの州兵よりヤベえ」
当然だった。
彼らは正規軍、しかも最強を謳われる海兵隊である。
治安維持部隊に過ぎないアメリカ州兵とは装備も錬度も段違いである。
今も火力でこちらを圧倒しつつ、足元では別働隊――イ404の制圧部隊が近付いてきているだろう。
「~~ったく。ガンガンガンガン撃ってきやが……って?」
セイルの反対側から銃弾の弾着音が途切れない。
ハッチがそちらにあるので、艦内に戻ることも出来ない。
そう思っていると、さらなる状況の変化が冬馬を襲った。
「おいおいおいおいおい」
鈍い音を立てて、イ404を固定するドックが上昇を始めた。
要するに、動き始めたのである。
気のせいでなければ機関も動き始めたようで、内側から熱と音が上がってきていた。
「っくしょーが! これだから霧ってのは面倒なんだよ!」
天井の隔壁が左右に開いていくのを見上げながら立ち上がって、セイルの反対側へ走る。
あれだけの銃弾が撃ち込まれていたにも関わらず、艦体には傷一つ無かった。
そしてこのドックの解放は、イギリス側の本意では無いだろう。
『ソナー! どこでサボってるんだい、早く来な!』
「うげっ、そんな怒鳴らなくたって良いだろ!」
ハッチを潜って艦内に着地すると、放送で梓が怒鳴っていた。
言われなくともと、発令所まで駆ける冬馬。
(するってーと、ロンドンの艦長ちゃんの方で何かあったかな)
ドックの動きはイギリス側の本意では無く、艦の動きは冬馬達の意思では無い。
おそらく、スミノが動かしたのだろう。
あのスミノが自分達を守るために艦を動かすはずも無いので、自然、紀沙の身に何かが起こったとわかる。
とりあえず反乱せずに済みそうだと、冬馬は思ったのだった。
◆ ◆ ◆
クソが。
と、こう言う時に人間は汚い言葉を使うのだろうか。
そんなことを考えながら、スミノは紀沙を抱えてロンドンの街を駆けていた。
いつの間にやっていたのか、あるいは緋色の艦隊の司令部があるからか、他の人間の姿が見えない。
ロンドンの一角は、もはや戦場だった。
動いているのはほんの数人に過ぎないのに、さながら市街戦の中心だ。
理由は、動いている者達の
「ほいっと」
ストリートを駆けるスミノ、その眼前で地面が隆起した。
コンクリートの道路が砕けながら折れ、迫ってくる。
スミノは隆起して盛り上がったコンクリートを階段に見立てて、一気に駆け上がっていった。
そして最後の一段を蹴り、空中に身を躍らせた
「――――右から行きます、『デヴォンシャー』」
「左から行きます、『シュロップシャー』」
直後、2体のメンタルモデルが左右から襲い掛かってきた。
双子のように似た風貌の彼女達は、緋色の艦隊所属の重巡洋艦だった。
髪はどちらも男のように短い赤毛、そしてレースクイーンを思わせるセパレート衣装。
実際、スポーツカー程では無いにしろ動きは速かった。
「鬱陶しいなあ」
右腕は紀沙を腰に抱えているのに使えない。
そこで左手はシュロップシャーの拳を受け止め、右足の足裏でデヴォンシャーの拳を受け止めた。
そのまま重心を微妙にズラして、一方を前に残りを後ろへと受け流す。
結果、スミノは一回転してデヴォンシャー達を左右に流す形になった。
「……ちぃっ!」
そのまま通り抜けようとしたが、そうは問屋が卸さない。
重力場を左足の下に緊急展開して爆発させ、無理矢理に前に出る。
その直後、真上から直立姿勢のままフューリアスが落ちて来た。
両足で踏み砕かれたストリートを見て冷たいものを感じつつ、風圧に巻かれながら距離を取った。
「逃がしませんよ」
「どんどんワラワラ出てきてまぁ」
しかもイ404の艦体の方も、イギリス軍を相手にドンパチやっていたようだ。
人間の兵器など恐るるに足りないが、湾内には緋色の艦隊の艦艇もいるだろう。
そちらにも気を配りながらとなると、多対一と言う状況はかなり不味かった。
「う……うう……」
加えて、スミノにはガードしなければならない
触れている部分からでもわかる程に体温が高く、熱に浮かされていた。
人間の体調はスミノにはわかりにくいが、それでも良くないことはわかる。
「と……ん……うう……」
うわ言を繰り返して、眉を潜めている紀沙。
犯された心臓が鼓動刻む度に、ナノマテリアルの毒が全身を駆け巡っている。
この状態でいったい、彼女は何を見ているのだろうか……。
◆ ◆ ◆
――――熱い。
熱い、熱い、熱い。
身体中が熱に浮かされていて、寝苦しくて仕方が無かった。
『……を……る、の……』
誰かが話している。
五月蝿い、今は誰かと話すような気分では無かった。
苛立ち、むずかるような声を出す紀沙。
すると。
『私を、私達を裏切るのね……!』
怨嗟がとぐろを巻いているような、重苦しい、そんな叫びが耳に聞こえた。
それがあまりにも近くで聞こえたものだから、紀沙は驚いて目を開けた。
するとまさに目と鼻の先に細い足があって、誰かが立っていることがわかった。
しかも、周りは火の海だった。
「……な!?」
これには、流石に飛び起きた。
そこはどこかの海上だった。
紀沙は艦の甲板の上にいて、傍に細い足の少女――これはムサシだ、警戒したが相手は紀沙を見ていなかった――がいて、そしてもう1人。
「父さん……?」
父だった。
疑問符がついたのは、自分のすぐ傍に倒れていた父が統制軍の軍服姿で、しかも先ほど会った父よりもずっと若かったからだ。
どちらかと言うと、記憶の中の父の姿に近い。
『ムサシ、今しか無いの!』
ここは大戦艦『ムサシ』の艦上だと、すぐに気付いた。
炎上していた。
だが不思議なことに、炎はすぐ側にまで迫っているのに、その熱さを感じることは出来なかった。
『彼は失敗した、出雲の血族では無かった! 『アドミラリティ・コード』は彼の指令を受け付けない』
『だから
「……何の話をしているの?」
『ムサシ』、そして『ヤマト』の砲門は互いを向いている。
それで撃ち合ったのだと気付いた、『ムサシ』が燃えているのはそのためか。
だが、ムサシとヤマトが何を言い争っているのかがわからなかった。
「『アドミラリティ・コード』の
誰だ、と思って振り向いた。
「と、父さん!?」
「ここは『ムサシ』の記録……いや、記憶の中だ。ムサシの一部を取り込んだことで、リンクしているのだろう」
現在の翔像が、そこにいた。
未だ言い争いを続けているムサシとヤマトを、どこか哀しそうな表情で見つめている。
そして、もう10年前になるか、とぽつりと呟いた。
10年前? と、紀沙は訝しんだ。
10年前と言えば、翔像がイ401で航海に出た頃だ。
これはその時の光景だと言うことだろうか?
とすればこれは、翔像が失踪した時の記憶なのか。
「そしてあれが」
その時、翔像がふと頭上を指差した。
夜なのだろう、ムサシの記憶の空は真っ暗で、炎の赤に染まっていてなお眩く星々が輝いていて。
……いや、違う。
一際強く輝いているあれは、何だ?
「あれが、『アドミラリティ・コード』だ」
何でも無いことのように、翔像は言った。
◆ ◆ ◆
霧の規範、『アドミラリティ・コード』。
それは全ての霧にとって最優先すべき
最も、紀沙はそれをスミノからの伝聞レベルでしか知らない。
それが今、夜空を十字に切り裂かんとしていた。
光り輝くそれは美しく、そしてどこか禍々しかった。
あれはいったい、何だ。
「1世紀以上も前のことだ、『アドミラリティ・コード』は一度起動した」
正確には、1945年5月1日。
歴史的には、
『アドミラリティ・コード』は、そのヨーロッパで起動した。
しかし、すぐに休眠状態に入った。
「ヨハネス・ガウス、グレーテル・ヘキセ・アンドヴァリ……そして、出雲薫。この3人の手により『アドミラリティ・コード』は起動し、そして停止した」
「誰?」
「さてな。今となってはわからない。ただ、母さんの旧姓は出雲だ」
出雲――出雲家。
母の実家だ。
「そして今世紀に入って、『アドミラリティ・コード』は断続的に起動と休眠を繰り返すようになった」
<大海戦>の以前から、「幽霊船」と言う形で活動を始めた霧の艦艇。
それは『アドミラリティ・コード』が活性化すると共に強くなり、やがて人類を海洋から駆逐するまでに至る。
そして10年前、その眠りは完全に覚める、はずだった。
「
しかし、『アドミラリティ・コード』は己に与えられた役目を果たそうとした。
「『アドミラリティ・コード』は、戦争の産物だった」
前欧州大戦の時、敗戦側が悪化する戦況を覆そうとして起動させた。
だから『アドミラリティ・コード』は「敵」を駆逐するべく動いた。
しかし、ここで問題が生じる。
――――
浦島太郎だ。
討つべき敵を見失い、守るべき味方を見失った『アドミラリティ・コード』は、2つの結論に達する。
すなわち「すべて敵だから滅ぼそう」と言う考えと、「すべて味方だから守ろう」と言う考えだ。
当然、同時には履行できない。
そこで、『アドミラリティ・コード』はさらに恐ろしい判断を下した。
『ムサシ!』
『ヤマトぉ……!』
空が爆発した、と思える程の輝きが生まれた。
光の十字――思えば、『クイーン・エリザベス』が見せたそれに似ている――が、突然、
カッ、と輝き、箒星の如くどこかへと飛んで行く2つの輝き。
その下では、ムサシとヤマトが争っていて、そして。
「あれは」
そして、十字架の下。
十字架を構成していた光の粒子がそれぞれに集まり、何かの形を成している。
今になって気付いた、海面に這うように何かが、
その舳先に――
「紀沙」
翔像は言った。
「オレはこの時、何かを聞いた。聞いたと思う」
それは、述懐だった。
何かを変えようとして、その資格が無かった者の述懐だった。
「それを今から、お前にも聞かせる。あれが誰で、いつどこのものなのかオレにはわからなかった」
すまないな、と、そう言って翔像は初めて紀沙と目を合わせた。
その瞳が、人ならざる輝きを宿す。
「お前に、すべてを託す」
そして――――……。
◆ ◆ ◆
『よす だグ ル、キ 生 に る要な な !』
――――なに?
『こう し い ル、こ し と スが 界 滅 てし う』
『彼 祖 を、ド 守ろ と んだ』
『 初は だった よ、 も』
――――だれ?
『 ツの け い。ヨ スはキ のた に 雄に か た だ』
『私は英 な 要とし い った、傍に て れ かった』
『待 く 、グレ !』
『……彼 何も い せは いわ。 う、私 外 』
――――いったい、何の話をしているの。
『お願 、カ ル。 ドを 脳に接 し 。あなた で い』
『グ テ 。僕 キ を』
『私 願 。きっ つか、何 もがうま と』
――――男の人と、女の人?
『お い、誰 を救 て』
『グ ル、僕』
『誰 、 か、誰か……』
――――わたしに。
『誰か彼を、
――――何をしろって言うの。
◆ ◆ ◆
どうして、と言う言葉が聞こえた気がした。
それはスミノが抱える紀沙の口から漏れたもので、フューリアス達の追撃から絶賛逃走中だったので、顔を覗きこむようなことは出来なかった。
ただ掴んでいる腕の感触から、目を覚ましたと言うことはわかった。
「……ずるいよ、父さん……」
まだ本調子では無いのか、うわ言のような口調だった。
大した意味を持たないだろうと、スミノは特に気にしないことにした。
むしろフューリアス達の攻撃から自身と紀沙を守ることの方が大事で、さらに艦体の操艦までしなければならず、忙しいからだ。
「……私が霧を憎んでるって、知っててこんなの見せるだなんて……」
また何の話をしているのやら。
ただ紀沙が霧を憎んでいることを、スミノは知っている。
その感情はとても強く、ちょっとやそっとのことでは雪
ひとつ不満があるとすれば、その感情のすべてを自分1人に向けてくれないことだ。
「……託すって、何を? 誰を? 私は何をすれば良いの……?」
したいことをすれば良い、と思う。
紀沙が望むことを望むままにすれば良いと思う、自分はそれを叶えるだけだ。
最初に出会った時に、そう誓った。
紀沙に? いや、強いて言うのであれば自分自身にだ。
「……スミノ……」
なんだい、艦長殿。
こんな時でも、自分はそうやって気軽に呼びかけに応じる。
嗚呼、他の誰でもない「スミノ」と言う「自分」が在ることへの悦び。
人間は色々と碌でも無いものを造るが、名前だけは唯一、スミノが評価してやっても良いと思える発明だった。
そう、スミノ。
イ404と言う艦名では呼びにくいと、紀沙がつけてくれた「自分」の名前。
スミノと言う名前を与えられた時から、スミノは「スミノ」だった。
それ以外の何かだった自分は、「
「……お前は、どうしてスミノなの……」
「
神様などと気取るつもりは無い。
ただ一つ、スミノが決めていることは。
「艦長殿がそう呼ぶ限り、ボクはキミのスミノだ」
それだけだ。
それだけのために、今のスミノは存在している。
スミノの悦びは、そこにあるのだから。
「じゃあ」
そんなスミノに対して、紀沙は言った。
「スミノになる前は、お前はいったい何だったの」
その前。
「スミノ」の「前」?
思考の外にあったその問いに、スミノは不思議な程の空虚さを自身の内に感じた。
例えるなら、空の器を指先で弾かれたような心地だった。
がらんどうの器の中で、紀沙の言葉が何度も響いた。
一瞬、空虚の中に思考が沈んだ。
その一瞬が、スミノの動きを僅かに鈍らせた。
「うわっ」
突如、目の前のマンホールが吹き飛んだ。
ボンッ、と鼻先を掠めながら飛んだそれを視線で追ってしまったがために、足元の警戒が疎かになってしまった。
何かに足を掴まれる。
「――――!」
ぎゅん、と視線を下げると、そこには見覚えのある小柄な少女がいた。
スミノの足を掴んでいた少女と、それで目があった。
「2501」
U-2501のメンタルモデルが、そこにいた。
頭上の気配に気付けば、フューリアス達が迫っている。
しかし足元を押さえられていては、これまでのように捌くことは困難だった。
そして……。
ロンドンの一角に、激しい爆発音が響き渡った。
◆ ◆ ◆
大きな息を吐いて、座り込んだ。
ひゅうひゅうと掠れる呼吸は、それだけで体調の悪さを感じさせた。
白面の顔をさらに青白くさせて、儚げな少女――ムサシは、胸に手を当てて呼吸を落ち着かせようとしていた。
「……大丈夫か」
その肩に手を乗せて、翔像が声をかける。
ムサシはそんな翔像に、努めて笑顔を浮かべて見せた。
安心させようとしたと言うのもあるが、単純に気遣いが嬉しかったのだろう。
翔像の手に自分の手を重ねて、大丈夫、と答えた。
「大丈夫よ、お父様」
まだ、と言う言葉を呑み込んだような言い方だった。
実際、呑み込んだ。
今のムサシは、それほどに弱っているように見えた。
「もう少しだもの。もう少し、頑張りましょう。ね?」
「……ああ」
そう、もう少しなのだ。
この10年を耐えてきた、あと少し耐えるくらいは何でもなかった。
「ヤマト……ヤマトに、『アドミラリティ・コード』を
そんなムサシを、翔像は祈るような表情で見つめていた。
だが、今さら彼が何に祈ると言うのだろう。
祈るべき神など、どこにもいないと言うのに。
読者投稿キャラクター:
フューリアス(ライダー4号様)
有難うございます。
最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。
だんだんとアドミラリティ・コードについて設定を公開しつつある昨今、うまく回せるか不安になって参りました(え)
なるべく原作の設定も拾いつつ、やっていけたら良いなと思っています。
それでは、また次回。