ゾルダンが出てきたと言うことの意味を、群像は良く理解していた。
ひとつには、ゾルダンが自分との決着にこだわっていると言うこと。
そしてもうひとつは、父・翔像まであと一歩のところまで迫っていると言うことだった。
「魚雷航走音多数! 数、5、10……15以上!」
「深度下げろ、海底を這え! 杏平、後部発射管開け、7秒後に発射だ」
「了解、後部発射管注水!」
紀沙がロシアとイギリスを訪れている間、群像とて遊んでいたわけでは無い。
周辺の緋色の艦隊に参加せずに様子見をしている霧、『ティルピッツ』や『デューク・オブ・ヨーク』らと接触を図っていた。
紀沙が表立って動いていた分、群像はまさに海の底に潜っての行動をしていた。
超戦艦『ムサシ』とイ401の戦力差ですら絶望的だと言うのに、緋色の艦隊と言う戦力を持つ翔像に対抗するには、こちらも相応の戦力が必要だった。
そのためには、緋色の艦隊に参加していない欧州の霧の艦艇を糾合するのが手っ取り早い。
もちろん、それはそれでけして楽なことでは無かったのだが。
「5、6……発射!」
「衝撃に備えろ、海底の岩場に気をつけろ!」
そして欧州の霧の艦艇と対話する中で気がついたのは、緋色の艦隊の規模の小ささだった。
超戦艦『ムサシ』の威名が飛び抜けているが、その他の艦艇は『ビスマルク』ぐらい。
その『ビスマルク』も、『ムサシ』とは別行動を取っていることが多い。
『フッド』の艦隊を吸収してもなお、その体質は変わることが無かった。
「魚雷の爆発地点、離れて行きます!」
「お、やり過ごせたか?」
「油断するな、一瞬見失っただけだ。すぐに再発見されるぞ」
『デューク・オブ・ヨーク』らが群像に手を貸すつもりになったのは、理由は様々だ。
ゲームで勝ったからとか興味を持ったからとか、人間の戦術運用を学ぶ良い機会だからとか。
そして彼女達に共通しているのは、『ムサシ』に対する疑念と自己防衛の意思だった。
おそらく、リエル=『クイーン・エリザベス』の件が広まっていたのだろう。
人間への愛憎に狂い、『ムサシ』によって粛清された大戦艦。
「……新たな魚雷群、接近!」
「速力上げ、後部発射管再注水!」
カークウォールの事件は、群像だけでなく全ての霧の影響を与えた。
人間とは何か、霧とは何か。
全ての霧が、改めてそう省みることになったからだ。
――――おそらく、ゾルダンとU-2501にとっても。
◆ ◆ ◆
ゾルダンは、自分が群像に対する最後の壁になっていることに気付いた。
海上の『フューリアス』の艦隊は敵艦隊の攻勢を良く支えているが、逆に言えば押し返せていないと言うことだった。
そして海中では、ほぼ群像とゾルダンの戦いに絞られていた。
「ヨーロッパ大決戦って感じだねぇ」
棒つきの飴を舐めながらU-2501の火器管制をしているロムアルドが、呆れたように言った。
実際、霧の欧州艦隊のほとんどの戦力が二つに別れて戦っているのだ、
そんなロムアルドに、ゾルダンもまた関心したように言った。
「彼に外交官の才能があったとは意外だったな」
群像が『デューク・オブ・ヨーク』らを援軍として連れて来たのが、何とも誤算だった。
今もゾルダンが敵艦隊の海中の侵攻を押さえていなければ、瞬く間に足元を抜かれていたはずだ。
ゾルダンが出張って来たのは、それだけ『ムサシ』までの壁が薄いことを意味している。
緋色の艦隊などと名乗ってはいても、率いているのは霧の欧州艦隊の一部に過ぎないのである。
『でも、負けるつもりは無いのでしょう?』
「もちろん」
今、群像はこちらの『ゼーフント』の攻撃を掻い潜りながら、ほぼ直進して来ている。
この海域の全域に「目」があるゾルダンには、群像の動きが見えている。
そしてそれは、群像にも良くわかっているはずだ。
この形は、ゾルダンが圧倒的に有利なように見える。
一方で、これはゾルダンにとっての負担にもなった。
広い範囲に「目」を広げている分、U-2501本体の動きがどうしても鈍くなってしまう。
それに加えて、『ゼーフント』1隻の打撃力は大したことが無い。
その上、攻撃した『ゼーフント』はその度に下がって
つまり必ずしも、ゾルダンばかりが優勢と言うわけでは無いのだった。
『ゾルダン、イ401転進。少しずつこちらに近付いてくるわ』
「流石だな、僅かな攻撃の密度の差から我々の位置に勘付いたのか」
そして、群像はしっかりとこちらの位置に当たりをつけてきた。
『ゼーフント』にU-2501をカバーさせるように動いていたのだが、それがかえって目立ってしまったのかもしれない。
しかし、ゾルダンもそうあっさりと突破させるつもりは無かった。
「2501、緩やかに後退しろ」
『了解、10ノットにて後退』
『……ゾルダン、イ401から注水音が聞こえたような』
「その感覚は合っているだろう、フランセット」
群像は今、こちらの位置を確信しただろう。
Uー2501だけを下げたため、いわば小さな穴が出来ている、敏感にそれを察したのだ。
鋭敏だ、決断力もある。
ただし、群像は一つだけ見落としている――と言うか、知らないことがあった。
「2501」
まぁ、最も。
気付かせないようにしていたのは、ゾルダンの方だった。
「
『了解、2501全魚雷発射』
Uボートは、けして1隻で狩りはしない。
もう1隻のUボート、それがゾルダンの隠し玉、奥の手だった。
そして群像の全く予想だにしなかったから放たれたU-2502の魚雷が、イ401の側面から襲い掛かり――――。
◆ ◆ ◆
海上での『デューク・オブ・ヨーク』と『フューリアス』の海戦も、徐々に激しさを増していった。
互いに艦列の戦闘に立ち、相手の頭を押さえようと動いていた。
序盤は緩やかな立ち上がりだった分、距離を詰めての格闘戦は激しいものになった。
「水雷戦隊、敵艦隊右翼より再突入。続いて……!」
そして現在、姉である『デューク・オブ・ヨーク』に代わり、『アンソン』が前に出ていた。
『デューク・オブ・ヨーク』にそうする余裕があった理由は、『ティルピッツ』を含めた――『ムサシ』によって一時的に<亡霊艦隊>を封じられたとは言え――総合的な火力が、緋色の艦隊を明らかに上回っていたためだ。
『フューリアス』以外に大型艦が少ないのが、余りにも痛かった。
群像が看破したように、緋色の艦隊は『ムサシ』以外の戦力は大したことが無かったのだ。
一方で、『デューク・オブ・ヨーク』は考え込んでもいた。
確かに緋色の艦隊は火力不足だが、良く守っている。
そのため一気に形勢を握ることは出来ていないが、ジリジリと押し上げる形になっている。
戦局を決するには、今少しの戦力が必要なようだった。
『フューリアス』はそもそもが空母なので、仕方が無いとも言える。
「『ムサシ』が動いて来ないわねぇ」
妹艦が勇敢に戦っているのを後ろから見守りながら、時折砲撃をしつつ、そして自分の側に巻き上がる水柱の飛沫を浴びながら、『フューリアス』達の奥を見つめる。
その向こう側には『ムサシ』がいるはずで、実際に先程は超重力砲の一撃を叩き込んで来たのだが、それにしては気配と言うか、プレッシャーを感じなかった。
「『ティルピッツ』ちゃーん、何か知らないー?」
「…………知らない」
「ふーん、そっかあ」
まぁ、北洋でほとんど単艦で過ごしていた『ティルピッツ』だ、『ビスマルク』の姉妹艦とは言え、特段何かを知っていると言うことは無いのだろう。
さて、千早群像の口車に乗る形で始めた戦いではあるが、どこまでやるのが十分か。
その時だった、『デューク・オブ・ヨーク』達のさらに後方から、『フューリアス』達の方へと砲撃が打ち込まれたのだ。
「うん、だれ?」
知らない砲撃だったので、怪訝に思った。
そうしていると、聞き覚えのある高笑いが聞こえて来た。
相手側で巻き上がった砲撃の水柱の大きさから考えて戦艦級の火力だ、だが近付いてくる速度は戦艦以上だった。
「ハッハッハ――――ッ! ついに戻って来たぞぉ――――ッ!!」
「あら、誰かと思えば『フッド』じゃない。『ビスマルク』に負けたって聞いたけど」
「う、五月蝿い! 何だお前達こそ、今さらしゃしゃり出てきて!」
巡洋戦艦『フッド』だった。
イ404と行動を共にしていたはずの彼女が艦体を取り戻してここにいると言うことは、と、『デューク・オブ・ヨーク』は足元を見た。
正確には、足元を潜り抜けて行く何者かを、彼女は見つめていた。
◆ ◆ ◆
不思議と、抵抗は少なかった。
それは単純な話で、イ404がロンドンの港、つまり緋色の艦隊の防衛線の内側にいたからだ。
だからイ401や『デューク・オブ・ヨーク』らと違い、紀沙達は真っ直ぐに『ムサシ』を目指すことが出来た。
「旧ロンドン近郊は横須賀の水没地区よりも狭いので、艦体をぶつけないように注意してください」
「車庫入れって苦手なんですよね」
操艦を担当している恋が冷や汗をかくようなことを言ってくる。
正直なところ、艦体が傷つくことを紀沙は苦手に思っていた。
ただそれは艦長として艦を保持する云々の話では無くて、別の理由からだ。
もっと別の、より感覚的な何か。
紀沙の感覚――神経だとか触覚だとかとはまた別の――が、イ404の
そう感じる、と言った方が正しいだろう。
イ404がダメージを負えば、まるで自分自身が受けたかのように感じてしまうのだ。
(たぶん、この眼のせいなんだろうけど)
左目に触れながら、そんなことを考えた。
こうしてシートに座っている今も、艦体を撫でる海水の冷たさを感じることが出来る。
肌を水流が撫で続けているような感覚は、まさしくイ404の艦体が感じているものだ。
そもそもの原因は左目――
最近、ようやくわかってきたのだ。
『404の姐さんっ、お会いしたかったっス!』
「……あー、何で沈まなかったんだいキミ」
『辛辣ぅっ! でもそれでこそ姐さぁんっ!』
あの、群像としばらく行動を共にしていたらしいイ15ことトーコとの再会にげんなりとしている様子のスミノが、そうしたのだ。
紀沙が目を負傷した時、ナノマテリアルで再構成した。
しかしそれは、同時に体内にナノマテリアルを取り込んだと言う意味でもある。
そして、だからこそ紀沙は感じていた。
『そうだ、それこそがナノマテリアルの秘密なのだ』
ナノマテリアルは、
『だがただ感じているだけでは、オレとムサシのいる領域まで到達することは出来ない』
そして、向こう側から紀沙を呼ぶ声がする。
そこは、ナノマテリアルの力を持つ者だけが入ることが出来る世界。
霧の住まう、ひとつだけ層がズレた世界。
霧の世界に、紀沙はもう足を踏み入れてしまっていたのだった。
◆ ◆ ◆
心の風景とでも言おうか。
霧の世界は、ナノマテリアルを持つ者の心象風景とも言うべき場所を映し出す。
それは、例えばどこかのリビング。
それらすべてに、紀沙は見覚えがあった。
両の瞳を爛々と白く輝かせながら、しかし哀しげに眼を細めてもいた。
哀しくもなろう。
哀しくならないはずが無い、だって。
「懐かしいな、昔はこういうもので遊んでいたのか」
だって、ここは翔像の世界なのだから。
「紀沙、お前は今、霧の力を手にしつつある。それは感じているはずだ」
感じている、確かにそれは感じている。
始まりは左目だったが、そこを起点として、徐々に身体にナノマテリアルが浸透していくのを感じている。
そのせいなのだろう、通常の人間を凌駕する膂力と反応速度を得て、電子の世界に干渉する力までを得ようとしている。
「だが完全では無い。お前が本当の意味でその力を受け入れない限り、ナノマテリアルはやがてお前の命を縮めるだろう」
受け入れる。
霧を受け入れるなど、出来るとは――いや、したくなかった。
紀沙は、そのまま素直にそれを父の背中に伝えた。
ぶつけたと言っても良い。
「……確かに、お前にとって霧はオレや群像を連れて行った憎い敵なのかもしれない。だが、それは違う」
何が違うのか。
それは、順序の違いだった。
「オレも、そして群像も。自分の意思で彼女達と共に行ったんだ」
それは、自分の意思で娘を、妹を捨てて行ったと言うことなのか。
それも、受け入れ難い。
むしろそちらの方がショックが大きく、もしそれが真実なら立ち直れない。
娘よりも妹よりも、そして母よりも、霧の少女達をとったと言うのか。
しかし、それもまた真実とは違う、人とはそんなに単純なものでは無いのだから。
「そうじゃない、紀沙」
涙を流す娘に、翔像は言った。
バイザーを外すと、心の中だからか、霧の瞳では無い以前の父の目がそこにあった。
優しい目だった。
幼い紀沙が、大好きだった目だった。
「オレは、お前を愛している」
そして、今の紀沙も。
◆ ◆ ◆
まぁ、何と言うか。
随分とこっ恥ずかしい台詞を吐くものだなと、スミノは思った。
最も、スミノ自身は「恥ずかしい」と言う感情をまだ理解していないのだが。
「仕方ないわ、お父様はロマンチストだもの」
そして、ムサシ。
まるで宇宙にでもいるかのような無重力状態で宙に浮かぶ彼女は、悠然とこちらを見下ろしている。
口元には笑みさえ浮かんでいて、余裕を隠そうともしていない。
まぁ、演算力では敵わないけどねと胸中で憎まれ口を叩きつつ、スミノもまた相手を見上げた。
超戦艦『ムサシ』――の、メンタルモデル。
帽子から靴まで白で揃えた真っ白な少女は余りにも可憐で、害意など欠片も無いと言った風にそこにいる。
しかし、この少女は霧の中で一、二を争う程の強大な力を持っている存在だった。
世界すら、壊しかねない程の力。
「ねぇ、404――いえ、スミノ。貴女は、人間が土壇場で何を願うのか知っている?」
「土壇場?」
「そうね、例えば――死を迎える時」
死とは、人間にとっては終わりの時だ。
霧にとって言えば、コアが停止する時だろうか。
「さぁ、考えたことも無いけど」
「考えられないの間違いでしょう?」
「…………」
「そうね、それが普通の霧の限界」
「まるで、自分は違うみたいな言い方じゃないか」
人間の感情を理解できない霧にとって、「死の恐怖」は遠い感情だ。
だが、ムサシはどこか通常の霧が持ち得ない雰囲気を持っている。
霧が良くやる作った表情や再現した感情では無い、立ち居振る舞いに良い意味での生々しさがあるのだ。
生きていると言う感触、とでも言うべきだろうか。
スミノを見つめる表情も、柔和さの中に様々な感情が凝縮されているように見える。
それを表現する術を、スミノはまだ持っていない。
何かを思い出しながら話すように、ムサシは言った。
「人間は死を前にした時、何かを残したいと思うものなのよ」
自分が生きた証を残したい。
大切な人達に、何かを残したい。
子供達に、少しでもマシな世界を残したい。
人間は死の間際に、そんなことを考えるのだ。
「それが千早群像と艦長殿ってわけ?」
「それと、ゾルダンね」
自分がいなくなった後のことを考えるとは、人間とは酔狂な存在だ。
スミノは自分がいない世界を想像できないが、人間はするのだろうか。
――――不意に、違和感を覚えた。
霧のスミノが言うのならばそれは違和感では無く、バグとでも言うべきか。
引っかかった。
「
呟きながらムサシを見つめると、彼女は小首を傾げて見せた。
眉を寄せて、困ったように笑っていた。
まるで、人間の娘のように。
◆ ◆ ◆
自分達は、どうして戦っているのだろうか。
戦っている最中、時折そう思うことがあった。
「もう1隻!? 何だよそりゃあ!」
「落ち着け! 1隻も2隻も同じだ!」
ゾルダンと戦っている時でも、それは変わらなかった。
相手が2隻目のUボートと言う隠し玉を出してきた驚きも、戦いの空気の中で感じている興奮も、嘘では無かった。
指示にも間違いは無い、クルーの士気の高め方も。
しかし一方で、そんな自分を冷静に見つめるもう1人の自分がいるのだった。
そんな風に見ていると、自分は理由もなく戦っているように見える。
今だってそうだ。
別に、翔像に戦いを挑む必然性はどこにも無いはずだった。
「一瞬で良い、振り切れ。静、Uボートの位置はわかるか?」
「おおよその方角しか……」
「それで良い、出してくれ」
「どうすんだよ!?」
「手はある。だが時間が無いな」
どうして戦うのか。
意味の無い、哲学的とさえ言えない冷めた問いだ。
問うぐらいならば戦わなければ良い、そんな問いかけだ。
しかしそんな問いかけの中にあって、群像は戦うために必要な手を打ち続けていた。
「奴は……ゾルダンはオレを倒すための刺客だ。オレの戦術理論をすべて叩き込まれている」
「オレらにもわかるように言ってくれ」
「つまりオレと戦っていると思えば良い」
「絶望的じゃねーか」
「学院でも一度も勝てませんでしたねぇ」
何故だ?
どうして戦う?
何の意味も無いのに?
「艦長って学校でもそんなに優秀だったんですか?」
「そりゃあもうブイブイ言わせてたって。なぁ副長?」
「ええ、それはもうブイブイ言わせてましたね」
「随分と余裕だな、お前達」
「そらま、そーだろよ」
ただ、結論はいつも同じだった。
もう1人とかそう言う風に突き放した言い方をしてみても、それも結局は自分なのだ。
自分のことなのだから、いくら考えても答えは変わらない。
理由などなくとも、意味なんてなくても、群像はきっと同じことをした。
何度同じ場面に出ても、同じ選択をするだろう。
「なんてったって、お前に勝てるのはお前だけだ。千早群像くんに期待するしかないだろ」
「艦の損傷未だ軽微。いつでも行けますよ」
「Uボートの位置、誤差3.5%以内で特定しました。照合データ出します」
良かったと、そう思う。
そんな風に確信ができるのは、このクルー達のおかげだと。
「群像」
「うん?」
そして、自分を無垢に信頼してくれる。
じっと見つめてくる、メンタルモデルの少女のおかげだと。
「良いクルーだな」
「ああ」
自分がゾルダンに勝るかは、正直わからない。
しかしこのクルー達は、きっとゾルダンのクルーに勝るとも劣らない。
だったら、おのずから結果は見えている。
「……かかるぞ!」
「「「応っっ!」」」
難しいことでは無い。
群像はただ、勝ちたかった。
シンプルな、とても単純な答え。
千早群像と言う少年は、誰よりも負けず嫌いなのだと言う、たったそれだけのことだった。
◆ ◆ ◆
イ401の動きが僅かに変わったことを、ゾルダンは敏感に察知していた。
少しずつではあるが、深度を上げてきている。
今までは深度を下げてこちらの攻撃を掻い潜っていたのだが、逆になっている。
好都合ではある。
深度をあげてくれるのであれば、『ゼーフント』の多重攻撃の密度は上がる。
不可解なのは、あの千早群像が何の意味も無くそんなことをするだろうか、と言うことだった。
ゾルダンが考える限り、群像が悪手を打ってくるとは思えない。
つまり、何らかの罠があると考えるべきだった。
「…………」
しかし、『ゼーフント』が撃ち減らされているわけでは無い。
U-2502の位置も正確には知られていないだろう。
ここで慎重になると言うのも弱気に過ぎる、と言うのも確かだった。
「ロムアルド、『ゼーフント』を前方に集中展開だ」
「了解、魚雷抱えてるのを集中運用するよ」
『ゾルダン、イ401再度深度上げ。10……いえ15』
「こちらも追随する。2501」
『了解、深度上げ15』
ぐぐ、と、足先から艦体が持ち上がるのを感じる。
イ401はさらに上へと上がっているようで、2501も追いかけていく形になる。
そして獲物に群がる狼のごとく、『ゼーフント』多数が動き始めた。
ゾルダンはそれを、注意深く見守っていた。
第一陣の魚雷攻撃が、艦底部からイ401に襲い掛かった。
『爆発音確認……撃沈確認されず。高周波魚雷で迎撃され……うん? 待って』
「どうした?」
『……イ401を複数確認。魚雷に紛れてアクティブデコイを放出した模様』
「アクティブデコイ。ロムアルド、モニターに出してくれ」
見れば、4隻のイ401がモニターに映っていた。
当然、『ゼーフント』の方がまだ数で勝っている。
ゾルダンは4隻全てに攻撃を命じ、実際に『ゼーフント』第二陣の魚雷は数発ずつ4隻のイ401に向かった。
そして、4隻ともが回避した。
正確には1隻だけ艦尾に掠めたが、他の3隻は回避した。
まさか、デコイが回避運動を?
これには流石に驚いた、が、ゾルダンはすぐに当たりをつけた。
群像は、アクティブデコイ全てをメンタルモデルにコントロールさせていたのだ。
「なるほど。ただのデコイでもメンタルモデルに操艦させれば、
広い意味で見れば、『ゼーフント』も同じ理屈だ。
U-2502ですら、2501にコントロールさせている。
ただ2501がそうであるように、多数の艦をコントロールすれば演算力はギリギリだ。
超戦艦や大戦艦でも無い限り、自分自身――つまり本体ががら空きになる。
イ401はおそらく、本体を人間のクルーが操艦していたのだろう。
「だが惜しかった」
人間が操艦していたからこそ、魚雷を回避し切れなかった。
艦体が身体そのものであるメンタルモデルならば、密度の下がった魚雷攻撃を回避できない道理は無い。
つまり、本物は艦尾に直撃を受けたイ401。
らしくも無く身を乗り出して、ゾルダンは命じた。
「U-2501、2502。全砲門開け」
「もう少しで第三陣の『ゼーフント』が展開できるけど……」
「構わん、その間に逃げられてしまう」
攻めっ気が強すぎるか……?
いや、ここは一気に叩くべき時だ。
『2502、攻撃地点に到着』
「よし」
知らず掌を握り込み、ゾルダンは勝利を確信した。
これで、ゾルダンの役目も終わるのかと。
「……撃て!」
撃った。
Uー2501と2502から放たれた魚雷が、真っ直ぐに傷ついたイ401に向かう。
回避運動は無い、艦尾へのダメージが思ったよりも深刻だったのかもしれない。
まだ魚雷の迎撃はあるかもしれない――いや、それも無い。
当たる。
『3、2、1……』
フランセットの秒読み。
当たる。
勝った。
ゾルダンがそう確信し、胸中にほんの一瞬、緩みが出たその時。
『――――艦長ッッ!!』
ゾルダンは、自分が嵌められたことを知った。
◆ ◆ ◆
ロックビーム、超重力砲に備えられた照準用の拘束装備だ。
これに捉えられると、霧の艦艇と言えども自由に行動することが出来なくなる。
しかし、それでうろたえるゾルダンでは無い。
もし動揺が見て取れたとすれば、その超重力砲の照準が来た方向だった。
「
ここに来て、ゾルダンは気付いた。
あの浮上したイ401、あれがそもそもの囮だったのだ。
つまり、最初から
メンタルモデルコントロールされたデコイに、最初から騙されてしまっていた。
そして、最後の不用意なU-2501、2502による攻撃。
あれで位置を完全に知られて、超重力砲によるロックビームが来たと言うわけだ。
まさに裏を掻かれた、メンタルモデルコントロールによる多重戦法は、むしろゾルダン側の十八番だと言うのに――いや、だからこそかえって気付けなかったのかもしれない。
「魚雷再装填、侵蝕弾頭だ!」
だが、やはり
イ401の超重力砲の照準は、ゾルダンには向いていなかったのだ。
彼らが狙ったのは、U-2502の方だったのである。
2隻で攻撃したのが不幸中の幸いとなった。
「再装填完了、いつでも撃てるよ!」
「良し、目標401……!」
イ401からU-2502までの海が割れ、ロックビームの軌跡が走っていた。
海上の霧の艦艇は飲み込まれないように必死だが、海中のUボートは別だ。
U-2502は助からないかもしれないが、どの道、今からでは手の施しようが無い。
だからゾルダンの目は、イ401を捉えていた。
「撃……何っ!」
しかし、流石は千早群像。
プランBを用意していないわけが無く、U-2501の艦体が激しく揺れた。
まるで違う方向からのロックビームは、例の砲艦――『マツシマ』3隻から放たれたものだ。
つまり『ヒュウガ』、イ404と行動を共にしていた支援艦隊である。
なるほど、イ401が外した時のための保険と言うわけだ。
だがゾルダンとて、『ヒュウガ』の存在を忘れていたわけは無い。
海が割れ、拘束されながら、しかしU-2501は揺らがなかった。
割れた海が海底に向けて滝の如く落ちている、その流れが急激に変わった。
U-2501周辺の空間がぐにゃりと歪み、エネルギーの流れが8の字を描く。
「超重力砲では我々は倒せないぞ、千早群像……!」
ミラーリングシステム。
超重力砲のエネルギーですら相転移させ、無効化させる、一種のワームホールを作り出すシステム。
Uー2501にはそのシステムが搭載されており、超重力砲は効かない。
とは言え、ギリギリだった。
Uー2502と『ゼーフント』の制御で2501は手一杯で、ミラーリングシステムの起動はキツい。
『コア出力……98%……』
演算力もほぼ限界、これ以上無い程にギリギリだ。
しかし、イ401にもはや手札は無い。
唯一の懸念はイ404だが、まだ『ゼーフント』の監視網の外だ。
最後の最後で予想外に
「さぁ、今度こそ終わりだ」
『……ゾルダン、
何、と思った時には衝撃が来た。
横腹からU-2501の艦体を襲ったその衝撃は、当然、イ401の物では無い。
では、何者が横撃を加えてきているのか。
それも魚雷では無く、砲撃を。
「はいはい砲撃砲撃~。『アンソン』ちゃんも撃って撃って」
「……ファイア、です」
『デューク・オブ・ヨーク』らだった。
超重力砲で海が割れているため、普段なら気にする必要が無かった。
『フューリアス』達は、と、当てにするのは無意味だ。
現実に攻撃されている以上は意味が無いし、それに――これは、防ぎようが無かった。
『クラインフィールド……飽和します!』
すでに限界だったところに攻撃を受けては、クラインフィールドも保たない。
そしてミラーリングシステムの制御が離れれば、コントロールを失った次元は逆流する。
つまり、全ての攻撃がU-2501に襲い掛かる。
――――終わりだった。
◆ ◆ ◆
自分は敗北したのか。
ゾルダンは、愕然とした、それでいて清々しい心地でもあった。
ロムアルドが、そんなゾルダンを気の毒げに見つめている。
「ゾルダン……」
群像の作戦は、三段構えだったのだ。
まずアクティブデコイの多数操作で本体を誤認させ、U-2501の攻撃を誘引させる。
そしてイ401と『ヒュウガ』の超重力砲で捕捉し、ミラーリングシステムを起動させる。
最後に、演算力が限界に達し棒立ち状態にU-2501に水上艦隊の砲火を浴びせる。
群像が『デューク・オブ・ヨーク』達を引き連れてきたのは、このためだったのだ。
緋色の艦隊の対抗戦力としか考えていなかったゾルダンの、油断だった。
いや、決闘と勘違いをした慢心と言うべきか。
このあたり、ユンカー出身の自分の悪いところなのかもしれない。
「ロムアルド、フランセット。退艦しろ」
『嫌よ』
「足を怪我しちゃって動けないや」
「…………お前達」
欧州の戦場で拾った2人だが、命を粗末にする必要も無い。
そう思ったのだが、2人はゾルダンの言うことを聞かなかった。
命令不服従は立派な反逆罪だが、ことここに及べば軍法など関係が無かった。
『……駄目です!!』
その時だった、ミラーリングシステムがダウンした。
U-2501だった。
彼女は『ゼーフント』とU-2502の操艦すら放棄して、演算力を確保した。
これも、ゾルダンの命令を受けての行動では無かった。
クラインフィールドが復活する、だが。
『駄目です……駄目です駄目です駄目です! 艦長はこんなところで負ける方ではありません!!』
「2501、よせ。フィールドを復活させたところで、すぐにまた飽和する」
『諦めないでっ、艦長!!』
はっとして、ゾルダンが顔を上げた。
この状況からでは、どうあっても逆転はおろか、抵抗すら出来ない。
数分後には、U-2501は海の藻屑と化しているだろう。
『諦めないで、生きていて……っ!』
「2501、お前」
生きていて。
妙に耳に残るその言葉は、
だからだろうか、ゾルダンの胸中に僅かな躊躇が生まれたのは。
「……2501、機関停止だ」
『艦長!?』
普段、ゾルダンは2501の進言など聞かない。
しかしこの時ばかりは、その必死さに意外そうな顔をした。
このメンタルモデルは、こんな言い方をしただろうか、と。
生きていて、と、こんな悲痛な声を上げるのかと。
……敗北は、
戦いの結果に、勝敗の差はされど敬意と尊敬の差は無い。
だからゾルダンは群像に敬意を表し、敗北を潔く受け入れようとした。
だが敗北を受け入れることと――――殉死することは、別の話だ。
「ロムアルド、フランセット。……すまないな」
「良いさ、付き合うよ」
『右に同じね。泣く子には勝てないもの』
「そうかもしれないな」
帽子を脱ぎ、自嘲気味に笑って。
「2501、401とその友軍に信号を打て」
『は? は……し、信号? 何と?』
「決まっているだろう」
ゾルダンは、いっそ清々しい表情で、言った。
「降伏信号だ。国際法に則り、U-2501はイ401に投降する」
◆ ◆ ◆
勝った……。
今度こそ、文句なしの勝利だった。
群像はシートに背中を押し付けて、それから大きく息を吐いた。
じんわりと、胸中に勝利の実感が湧いてくるのを感じた。
これほどまでに感慨深い勝利は、『ヒュウガ』戦以来か。
あの『コンゴウ』戦でさえ、ここまででは無かっただろう。
群像にとって、ゾルダンとの戦いはそう言うものだった。
もう1人の自分との戦い、今までで一番苦しく、長く感じる戦いだった。
「群像」
そうして浸っていると、イオナが声をかけて来た。
いつも通りの大きな瞳が、こちらを覗き込むように見つめてきていた。
何となく、照れ臭い気持ちになった。
しかし、群像を見つめているのはイオナだけでは無かった。
「敵艦隊の機関停止を確認しました」
「へへっ、やったなー」
「『デューク・オブ・ヨーク』艦隊からは祝電が届いています」
『ぶいぶいっ、だね! 艦長』
静や杏平だけで無く、僧、それに機関室のいおりまでもが通信で顔を出していた。
ますます気恥ずかしくなって、群像としては珍しいことに、頬に微かな赤みが差していた。
こほん、と咳払いして、仕切り直した。
「油断するな。まだ全てが終わったわけじゃない」
とりあえず戒めの言葉を告げてみたが、それでも周囲のニヤニヤは消えなかった。
しかし群像は、あえてそれを無視することにした。
幸いにして、無視することは得意だった。
それに実際、全てが終わったわけでは無い。
いや、むしろここからが本番であるとも言えた。
何しろ、まだ肝心な相手を何とかしていない。
ゾルダンはそこへ至る最後の壁と言う位置づけで、ラストバトルでは無い。
そう言う意味ではむしろ、ゾルダンはイ401を良く消耗させたと言える。
これ以上無い程に役割を果たした。
「群像、直上だ」
「……ああ、そうか」
不意に天井を――海上を見上げて、イオナが言った。
すると、それまでの和やかな空気が再び緊張した。
レーダーにも映っている、巨大な影に。
「……親父……」
ゾルダンとの戦いを見届けてから、悠然と登場か。
運命めいたものを感じると、群像は思った。
イオナと出会った時から始まった、運命だった。
◆ ◆ ◆
最後にまともに話したのは、いつだっただろうか。
いざ父を目の前にした時、群像は不思議な気持ちになった。
これから戦おうと言う時に、闘志が湧いてこなかったのである。
「大きくなったな、群像」
それはきっと、『ムサシ』の甲板に出てきた翔像がバイザーを外していたからだ。
だから何だ、と、人は言うかもしれない。
けれどイ401の甲板からそれを見上げた群像は、びっくりする程に穏やかな目をしていた。
その瞳は群像の知る色をしていなかったが、目元が醸し出す雰囲気は昔を思い出させた。
そして、今初めて再会したかのように言葉を投げかけてくる。
いや、翔像にしてみれば今が初めてなのかもしれない。
前は翔像の姿を見てこみ上げてくるものを押さえきれず、問答無用で挑みかかった。
だが今は、少なくとも翔像の穏やかさに気付く余裕がある。
「イオナ」
斜め後ろの位置に立っていたイオナに、振り向かずに声をかけた。
ちょうど、その時に『ムサシ』とイ401の間にイ404が浮上してきた。
少しして、紀沙が上がってくる。
こちらも、以前とは少し雰囲気が違う気がした。
離れている間に、何かがあったのかもしれない。
「母さんを」
「……良いのか」
「ああ、今なら」
今ならきっと、家族として共にいられる。
きっとそれは、紀沙が望んでいたことで、そして翔像が望んでいたことで、きっと。
きっと、群像自身が望んでいたことでもあった。
憎み合いたかったわけでは無いのだと、今さらながらに思うことが出来た。
確かに、群像は翔像を超えたいと思っていた。
でもそれと、憎むと言うことはまた違う。
翔像のあの穏やかな目が、それを思い出させてくれたような気がする。
一方で、いろいろと聞き出してやろうと言う気持ちもある。
「親父、紀沙」
甲板の一部が開き、固定式の台座が艦内部からせり上がってきた。
台座の上に安置されているのは、『タカオ』が運び、託してくれた沙保里の棺だ。
紀沙に預けるのは酷だろうと思い、群像が預かっていたのだ。
そして群像は、今日まで一度も母を見舞うことが無かった。
やはり自分は薄情なのだろうかと、ふと自分に問いかけた。
そうなのかもしれないし、違うのかもしれない。
ただ、この生き方しか出来ない。
不器用と言われればそうなのかもしれない。
『そうねえ、お父さんそっくりだわ』
沙保里なら、そう言うかもしれない。
実際に耳に母の声が聞こえたような気がして、群像は小さく唇を笑みの形に歪めた。
翔像と紀沙がそれに気付いたかは、定かでは無い。
そして10年ぶりに、4人きりの千早家が一堂に会することになったのだった。
◆ ◆ ◆
結局、紀沙はこの父兄に対して何もすることが出来なかった。
2人は勝手に対立し、そして勝手にわかり合ってしまった。
母の言う通りだった。
男同士に意地の張り合いに、女が入ろうとしても無理だった。
後悔は無いかと言われれば、嘘になる。
しかしことここに及んで、何をか言わんや、だ。
今はただ、紀沙にはわからない何かでわかり合った翔像と群像が眩しかった。
少しばかり、嫉妬した。
そして……。
(何だか悔しいよ……ねぇ、母さん)
氷の棺の中で眠る沙保里は、ただ眠っているだけのように思った。
タカオの作ったこの棺は、沙保里の命の時間を停止させる、つまり仮死状態にしている。
それは沙保里の身体と生命を強固に守り、保存する。
そしてこの棺を
最後の5分――正確には、324秒。
沙保里と過ごせる最後の時間。
嫌だ、と、本能に近い部分が言うのを感じた。
当たり前だ、母が死ぬのだ。
しかもその死は、避けられないものだと言う。
「……もし」
「無理だよ」
ふとした思い付きは、しかしすぐにスミノに否定されてしまった。
ナノマテリアルで傷ついた部分を入れ替える、自分にスミノがそうしたように。
しかし思えば、それが出来るならタカオがすでにそうしているはずだった。
ならば、やはり出来ないのだろう。
そもそも、よりにもよって霧の力に頼ろうとするとは。
自分もいよいよ焼きが回ったかと、紀沙は愕然とした心地になった。
それとも、思考まで霧に馴染んできているとでも言うのだろうか。
スミノの方へと、引き寄せられるかのように。
まさか、と、笑えなかった。
「それが出来るのは、まぁ、色々と条件があるからね」
「…………」
群像が、棺に手をかける。
特別な動作は必要ない。
家族が揃い、子供が願えば、それで解凍される仕組みなのだ。
いよいよか。
紀沙は堪え切れなくなって、母の棺から視線を逸らせた。
(見ていられない)
そう思ったが故に、行動だった。
ここで目覚めた母に声でもかけられようものなら、それこそ堪え切れない。
しかし、その行動が思わぬ発見を紀沙にさせることになる。
イ401のセイルの上、そこに何か……。
「……え?」
何だ、あれは?
イ401のセイルの縁に、黒い靄のような――霧のような、塊が蠢いていた。
似ていた。
それはとても、ナノマテリアルに似ていて、そう。
――――闇色のナノマテリアルが、場に蠢いていた。
◆ ◆ ◆
「どうしたの、タカオお姉ちゃん?」
総旗艦艦隊所属の霧の艦艇、重巡洋艦『タカオ』は、
霧の艦艇随一の
それどころか、太平洋上を進む総旗艦艦隊の中で『タカオ』だけが陣形を乱していた。
幾重にも重なる輪形陣の中で、『タカオ』の持ち場だけが歪に歪んで見える。
ほとんどが駆逐艦故にクレームをつけて来たりはしないが、駆逐艦達のコアが迷惑そうな雰囲気を醸し出していることには気付いた。
それでも、『タカオ』は元の位置に戻ろうとはしなかった。
「何なの、この嫌な感じは……?」
豊かな胸元に手を添えながら、青髪のメンタルモデルは呻くように言った。
疼くような、ざわつくような、そんな感覚が胸の奥にあって、どうにも消えない。
気持ち悪い。
そしてどうしてかはわからないが、焦燥感を感じている。
(焦ってる? 私が?)
焦る必要性は無い。
すべて総旗艦『ヤマト』のスケジュール通りに航行しているのだから、問題があるはずが無い。
毎日毎日、決まったコースを航行するだけだ。
何の変化も無い以上、何か問題が起こるはずも、まして焦る必要なんて無い。
そう、何も問題は無い――――――――ほんとうに?
「何を
しなければならない?
自分で口走った言葉にどうしようもなく胸を締め付けられて、『タカオ』は頭を押さえた。
以前はつけていなかった大きなリボンに手が触れると、『タカオ』は不快そうに眉を寄せた。
「タカオお姉ちゃん、本当に大丈夫? 『ハルナ』呼んでこようか?」
「……大丈夫よ、大丈夫……」
ぐりぐりとこめかみを指先で押さえながら――やけに人間臭い仕草だ――『タカオ』は妹に応じた。
身体がおかしい、どこかのプログラムに
『アタゴ』の言う通り、『ハルナ』にでもコアをチェックして貰った方が良いのかもしれない。
「……ちくしょう……」
口をついて出た悪態は、誰に向けられたものだったのだろう。
嗚呼、頭が痛い。
最後までお読み頂き有難うございます。
個人的に群像は嵌め手と言うか、手品師みたいなイメージがあります。
正面からちゃんと戦う割に脇から攻撃したり、でも絡め手は苦手そう。
群像の戦闘は、そこらへんをちょっと意識してます。
さて、次回またオリジナル設定入れます。
闇のナノマテリアル、ちょっとカードゲームアニメっぽいですよね(え)
それでは、また次回。