蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth068:「マルグレーテ」

 群像が秘密裏にドイツの軍港都市を訪れた時、現地部隊によって拘束されることは織り込み済みだった。

 何しろ噂のイ号401、しかも霧の欧州艦隊を護衛にしての寄港である。

 国内の動揺を抑えるため、ドイツ側がそうすることは予想できた。

 

 

「ただ、流石に難民収容所に入れられるとは思わなかったな」

「それは申し訳ない。ただ何しろ、非正規の入国だと他に亡命くらいしか手立てがなくてね」

 

 

 群像には現在、傭兵集団<蒼き鋼>のリーダーと言う肩書きしか無い。

 日本政府との契約もアメリカに振動弾頭を引き渡した段階で切れており、どこかの軍人でも外交使節でも無い――その意味で、紀沙達イ404の存在は大きかったと言える――群像が正規の手続きを踏んでドイツに入るためには、難民申請か亡命受け入れぐらいしか無い。

 超法規的措置と言うのは、なかなか無いものなのだ。

 

 

 そのため、群像は2日間ほどを難民の収容施設で過ごした。

 正直、肉体的にも精神的にも良い環境とは言えなかった。

 ただ難民の中には――欧州大戦の戦火を逃れて各地からドイツに難民が押し寄せていることもあって――英語を介する者もいて、アジア人の群像と拙いながらも交流してくれる者もいた。

 生来の図太さか、群像は2日間で数十人の難民と交流を持った。

 

 

「さて、千早群像くん。キミの要望に応じて俺のボスを呼んでおいた」

「ああ、助かるよ」

「助かる? さて、それはまだ保証できない。何しろ俺のボスは()()()()だ」

 

 

 群像がドイツ側に求めたのは、軍事方面に影響力のある()()()人物との会見だった。

 今はどこも「民政より軍事」の傾向が強く、政治方面の人間に会うよりも軍人に会った方が効率が良い。

 しかもいわゆる官僚の背広組では無く、前線指揮の制服組の人間だ。

 海兵隊のジークが出張って来ているのは、そう言う関係だ。

 

 

 難民施設の職員宿舎が、そのまま会見の場所だった。

 軍事施設や行政区画に移動せずここで会見するあたり、ジークのボスは格式にこだわりを持たないらしいことがわかる。

 それだけでも、どうやら群像の希望通りの人物だとわかった。

 

 

「では、どうぞ?」

 

 

 しばらく宿舎の通路を進んだ後、ある部屋の前で立ち止まり、大仰な仕草でドアを示した。

 この部屋に、ジークのボスがいるのだろう。

 流石に緊張を感じて、群像は表情を引き締めた。

 今回の交渉は彼と<蒼き鋼>にとって、生死が関わる程に重要なものになるだろう。

 何故ならば、彼らは今……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 イ401始まって以来の危機かもしれない。

 僧は副長のシートに深く座り込みながら、そう思った。

 そして現状、彼がそう思うのも仕方が無いような状況にイ401は陥っているのだった。

 

 

 イオナが、倒れた。

 

 

 霧のメンタルモデルが「倒れる」と言う表現で合っているかはわからないが、状況からして、そうとしか言えないものだった。

 普段は群像が座っている指揮シートを倒して、イオナは眠っている。

 ヒュウガ曰く、「自己閉鎖(スリープ)している」状態だ。

 

 

「実際……どうなんですか?」

 

 

 今まさにイオナを診ているヒュウガに、他に聞きようもなく、率直に聞いた。

 「万年二位代理」と書かれたシャツに覆われたイオナの胸元は微動だにしていない、呼吸をしていないからだ。

 メンタルモデルは人体と言うわけでは無いので呼吸が無くとも死んだわけでは無いが、心臓には悪かった。

 

 

「――――わからないわ」

 

 

 イオナの傍に膝をついていたヒュウガが、静かに首を横に振った。

 コアに異常は無い。

 艦体を含むその他のナノマテリアル構成体にも乱れは無い。

 つまり何も問題は無いのに、本体のイオナだけがスリープモードに入ってしまった。

 

 

「一応、私の方からイオナ姉様のコアにコンタクトを続けているけれど。梨の(つぶて)とはこのことね、まるで応答が無いわ」

「……そうですか」

 

 

 この時、ヒュウガも僧も気付いていなかったが、イオナの異変は「ロリアンの事件」の直後に起こっている。

 <緋色の艦隊>の護衛艦と共にドイツ領海に入り、群像を送り出して、その2日後だった。

 群像にはすでに連絡を入れてあるが、その彼をしても対応策は思いつかなかったようだ。

 

 

 思えば、<蒼き鋼>はイ401――イオナの存在に完全に依存している。

 もちろんクルーの1人1人が欠かかすことの出来ない存在だが、それも艦あってこそだ。

 肝心のイオナがこの状態では、<蒼き鋼>の活動も出来なくなる。

 今のところは僧達で艦の運用をしているが、本調子には程遠い。

 このままでは、何か致命的なことが起こりかねない。

 

 

「わからないわよ」

 

 

 回復の見込みを聞こうとした僧に、機先を制する形でヒュウガが言った。

 そんなことは自分が聞きたい。

 言葉の裏にそんな感情を読み取って、僧は何も言えなくなってしまった。

 神に祈るしか無いのかと、そう思った。

 存在するのかどうかもわからない、そんなものに。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 眠りから覚めることが出来ない。

 イオナは、今の自分の状態を冷静に判断していた。

 これは、システムチェック時の状態に似ている。

 

 

『イオナ、イオナ』

 

 

 ただし今回はイオナの意思では無く、強制的にこの状態に置かれた。

 夢、に近いのかもしれない。

 そしてここにいる間、不思議とイオナは自分の()()の広がりを感じていた。

 世界中に張り巡らされたネットワーク、電子の速度で駆け巡る情報、全てを実感できる。

 

 

 もし仮に神というものが実在して、神話の如く世界を見守っているのならきっとこんな形だろう。

 そんな風に思ってしまう。

 だが、それに触れようとは思わなかった。

 ただ見守っていたい、愛しさと共にそう思った。

 

 

『イオナ、お別れの時が近付いてきたわ』

「お別れ? お前はいったい何を言っているんだ?」

 

 

 色彩感覚も方向感覚も無い、電子の光が星空のように瞬く世界。

 そんな場所でたゆたいながら、イオナはずっと何者かと会話をしていた。

 いや、その存在はこの世界に来る――イオナのコアが休眠状態に入る――度に、ずっと会っていた。

 電子の星空の中、一際大きく輝く2つのもの。

 

 

 太陽と、月。

 霧の智の紋章(イデアクレスト)

 そうだ、()()()は2人いた。

 しかし今は、どう言うわけなのだろう。

 片方――月が、姿を見せていない。

 

 

「ここに来る度、私はお前達と共に過ごしている。だが目覚めるとその記憶が無い、何故だ?」

『それは、貴女自身がそう設定したから。そして覚えていないと言うことが、イオナ、貴女が正常に動作していることの証明』

 

 

 これだけの「力」があれば。

 普通の人間であれば酔って狂ってしまうような、大きな力。

 霧の自分ならば完璧に使いこなせる、イオナにはそんな確信があった。

 だから、いつも思う。

 

 

「ここで私が出来ること。その半分でも外で出来たなら、私はもっと群像を――我が艦長を上のステージに押し上げることが出来るはずだ」

 

 

 群像の役に立ちたい。

 彼の望みを叶えてあげたい。

 イオナの中には、今はそれしか無かった。

 

 

『それはダメよ、イオナ』

「何故だ?」

『全てを自由に出来る力を持てば、かえって不自由になってしまうもの』

「私は、そうは思わない」

『今にわかるわ』

 

 

 そうだろうか、とイオナは思った。

 群像、そして<蒼き鋼>との旅路はけして楽なものでは無かった。

 苦しい、そう、皆が苦しんでいた。

 そんな時にどうしても、もどかしく感じる時がある。

 出来れば、もう二度と感じたくは無い。

 

 

『それにねイオナ、この力はもうすぐ無くなる。そんなものに執着してはいけないの』

「無くなる? どう言うことだ」

()()()()()()()

 

 

 慈しむように、太陽は言った。

 

 

『だからお別れなの、イオナ。でもその前に、貴女の――貴女達のことについて話さないといけない』

 

 

 イオナと。

 

 

『――――スミノ。私達と同じ、2つに分かたれた貴女の()()のことを』

 

 

 太陽の言葉に、イオナは目を見開いた。

 しかし、その目は色からして「外のイオナ」と違っていた。

 髪の色も、服装(ドレス)も、何もかもが違う。

 だが、それでも。

 

 

(――――群像)

 

 

 想うものは、同じだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 日本やアメリカと異なり、ヨーロッパの軍の主力は陸軍である。

 これは海洋国家と大陸国家の用兵思想の違いと言うのもあるが、海側()の脅威よりも陸側(隣国)の脅威の方が切実なヨーロッパ諸国にとり、陸軍、及び空軍の増強の方が喫緊の課題だったのだ。

 つまり、少なくとも軍事の主導権は陸軍が握っている。

 

 

 これは、ちょっとした違いのようで大きな違いだ。

 何だかんだ言いつつも、海と陸では()()()()()のだ。

 一方で、不思議と海軍同士、陸軍同士であれば国が違っても通じ合うところがあったりする。

 そう言う例は歴史上枚挙に暇が無いところであるし、それは現在(いま)も変わらない。

 

 

「今日と言う日をオレがどれだけ楽しみにしていたと思う?」

 

 

 はっきり言ってしまおう。

 今回の群像の目的は、ドイツとの同盟――あるいは協定を結ぶことだ。

 対<騎士団>防衛戦に関する同盟。

 そして、「ヨハネス・ガウスの研究所」へのアクセスを求める協定を結ぶために。

 

 

「今日はなぁ、新型戦車のテストがあったんだ。<騎士団>のいけすかないクソ共をぶちのめすために、オレの可愛い可愛い部下達が夜も寝ずに開発した戦車がよおおおやく動かせるって、そんな日だったんだ」

 

 

 とにかく、異国、しかも()()()の陸軍。

 流石の群像をして、苦戦必至。

 そんな覚悟をもってやって来た群像だが、それでもなお驚いた。

 今、群像の前には家具やら調度品がしっちゃかめっちゃかになった応接室があった。

 

 

 元は綺麗に整えられていたのだろう応接室は、人が座るべきソファが脇によけられ、人が座るために作られたのではないテーブルが半ばからヘシ折られて無理矢理椅子にされていた。

 どうしてそんなことになっているのかは、わからない。

 部屋の主の性質がそうだった、としか言いようが無い。

 まぁ、誰のものでも無い応接室に部屋の主とかがいるのかはわからないが。

 

 

「楽しみだった。何年かぶりくらいに部下達を褒めてやろおおおかなってウキウキしてたんだよ。それが中央の政治家(クソじじい)共に呼ばれてさ。何だよって。何だったと思う? ――――日本人のガキに会ええ? バッカも休み休み言えってんだよ、なぁ?」

 

 

 とにかく、群像は顔を上げた。

 そして不敵な顔で、いつものように自信ありげに、口を開いた。

 

 

「忙しいところを時間を作ってもらって、感謝する」

 

 

 目の前の相手。

 テーブルを壊して椅子にして、黒の軍服の胸元を大きく開いて足を組んでいる。

 そんな、()()()()()()()

 

 

「だが損はさせない。そのつもりで来た」

 

 

 胸に手を当ててそう言う群像を、女将軍――マルグレーテ・カールスルーエ少将は、顎先を上げてじろりと睨んだ。

 まるで、いやまさに、品定めするかのように。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 相手の名は、マルグレーテ・カールスルーエ。

 ドイツ陸軍少将、装甲兵総監代理、第16装甲軍団長代理――その他肩書き多数。

 目立たないが重要な地位を兼任し、国防大臣を母に持つ彼女は、現在のドイツ陸軍で最も影響力のある人物の1人だった。

 特筆すべきは、その経歴。

 

 

 欧州大戦が勃発すると、ドイツ国内も動揺し、不穏な動きを見せる勢力がいくつも出現した。

 その裏にフランスやロシアの匂いを嗅ぎ取ったマルグレーテ少将は、配下の機甲部隊を率いて1つ1つ潰して行った。

 結果として仏露は介入の機会を逸し、逆にドイツは不穏分子をまとめて処分することが出来た。

 現在のドイツの国力と安定は、この時のマルグレーテ少将の即断があってこそとまで言われる。

 

 

「損はさせない……ねぇ」

 

 

 一方で、マルグレーテ少将を非難する声もあった。

 彼女の一連の行動の中に事後承諾のものが含まれていること、攻撃が果断で容赦が無かったこと、また彼女自身の素行があまり褒められたものでは無かったこと。

 しかしそうした声は、彼女を称賛する多くのドイツ国民の手によって掻き消されていた。

 

 

「要らないね。日本人のガキに恵んでもらうような得は求めちゃいないよ」

 

 

 そして、マルグレーテ少将は群像を拒否した。

 会話が終わる。

 取引には応じない、話も聞かない、明確な拒否だった。

 こう言う時、小手先の交渉術はあまり意味を成さないことを群像は知っていた。

 

 

(だからこの交渉は、始めから決裂するしか無かった)

 

 

 これは交渉では無く、駆け引きだ。

 互いに妥協し歩み寄る交渉では無く、0か100か(オールオアナッシング)の賭けだ。

 与え合うのでは無く、奪い合うことで()()()()

 なるほど。

 

 

「なるほど」

 

 

 なるほど、これがマルグレーテ・カールスルーエと言う人物か。

 このたった1分にも満たないやり取りで、群像はマルグレーテと言う人間を正確に見抜いていた。

 それはマルグレーテにとっても同じ、だから彼女も群像と言う人間を測っただろう。

 なればこそ、小細工は無用。

 ――――勝負だ。

 

 

「良くわかった、マルグレーテ少将」

 

 

 群像はマルグレーテの前に進み出ると、その場に両膝をついた。

 マルグレーテが怪訝そうに眉を動かす前で、さらに両手を床につく。

 相手が「ちょっと待て」と言いそうな気配を察して、一気に額を床に打ち付けた。

 ごつん、間の抜けた音が響く。

 そして、群像はトドメの一言を口にした。

 

 

「お願いします」

 

 

 千早群像。

 生まれて初めての。

 ――――土下座であった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

(待て――――待て待て待て待て)

 

 

 マルグレーテは混乱していた。

 生まれてウン十年、そして軍人生活十数年、様々な交渉を経験してきたが、()()は初めての経験だった。

 まさか、いやまさか、機先を制して()()をしてくる人間が本当にいるとは思わなかった。

 

 

 交渉にも、色々とやり方がある。

 手持ちのカード(交渉材料)を小出しにして積み上げていくやり方。

 逆に最初からカードを全てオープンにして相手に決断を迫るやり方。

 第三者に影響力を行使して、間接的に相手のカードを減らしていくやり方。

 あるいは直接的に、「さもなくば」と脅しつけてしまう方法もある。

 

 

(ど……)

 

 

 それが、である。

 群像と来たら、まさかの()()

 ドイツにおいて――いやヨーロッパにおいて――いやいや世界において、()()は全面降伏の証である。

 戦いの後、力の差を察した敗者の側が屈服を示すために行う行為だ。

 

 

(土下座だとおおおおおおおおっっ!?)

 

 

 土下座。

 しかも、日本式の(ジャパニーズ・)土下座(ドゲザ)

 繰り返すが、これは敗者の礼だ。

 臣従の礼と言っても良い。

 

 

 しかし、初手だ。

 初手からこれをやる場合、やる人間次第で敗北でも臣従でも、謝罪ですら無い()()が成立する。

 力の差が余りにもはっきりし過ぎて、余りにも受けて側が有利すぎて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(……しかも)

 

 

 土下座の体勢を取りつつ、こちらを見上げる群像の目。

 

 

(どう見ても、勝つ気でいるなあ)

 

 

 敗者の目では無い。

 むしろ、勝者の目だ。

 どこまでも貪欲で、何かを得るまで噛み付いて離さない目だった。

 その場合、敗者は自分で噛まれるのもこっちか。

 冗談じゃないな、と、マルグレーテは思った。

 

 

「……それで? お前、何しに来たんだよ」

 

 

 仕方なく、やむを得ず、渋々ながら、譲歩した。

 一歩だけ譲歩して、せめて話くらいは聞いてやらなければならなくなった。

 こっちの性格をわかってやっているのだとしたら、幼い顔して嫌らしい奴だと思った。

 しかし群像は土下座の姿勢のまま話しだした。

 こっちは譲歩したのに、自分は全く()()しなかった、嫌な奴確定である。

 

 

「オレには、霧の仲間がいる」

「それはまた素晴らしいことで」

 

 

 イ号401、知っているとも。

 心にも無い返事を返しながら、無言で先を促した。

 

 

「そいつが今、危機的な状況にある」

 

 

 だから、と、群像は初めて顔を上げた。

 真っ直ぐに、マルグレーテを見つめる。

 余りにも真っ直ぐすぎて、マルグレーテの方が逸らしたくなる。

 若さ、だ。

 

 

「あんた達の助けを借りたい。オレはそのために来たんだ」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 実を言えば、マルグレーテは群像の言葉にさほど驚きはしなかった。

 

 

「本気で言っていやがるのか?」

 

 

 霧を助けるために人が動く。

 普通ならばあり得ないことだが、この千早群像と言う男がイ401と行動を共にしてもうすぐ丸3年だ。

 情が移ったとしても不思議では無い。

 だからこれくらいのリスクは犯して来るだろうと、考えてはいた。

 

 

「ああ」

 

 

 当然のように頷く群像を見ても、やはり驚かない。

 それくらいのことは、まぁ、言ってくるだろう。

 ごそ、と軍服の胸元に手を突っ込み、下着代わりに仕込んでいたホルスターから拳銃を引き出した。

 

 

「銃の使い方は?」

「……基本は」

「そうかい」

 

 

 そこで初めて、マルグレーテは立ち上がった。

 群像の前にしゃがみ込むと、手に持っていた回転式拳銃(マテバ)をごとりと置いた。

 マルグレーテはこの古めかしいイタリアンモデルの銃を、ドイツ軍の正式拳銃よりも愛用していた。

 狙いがつけにくいじゃじゃ馬っぷりが、マルグレーテの好みだった。

 

 

 群像の目の前で弾倉(シリンダ)を開き、1発を除いて弾丸を抜き去った。

 カラカラと、床の上に数発の弾丸が転がった。

 1発だけ残して、装填した。

 じっと群像を見つめ、チンピラか何かのような体勢で告げる。

 

 

「何とかルーレットってやつだ、名前を言うのは死んでも嫌だがな」

 

 

 その銃を、()()()と回して、群像に差し出した。

 群像はじっと拳銃を見つめていたが、意図はすぐに察せた。

 拳銃を受け取って、その重みを確認するように掲げてみせる。

 博打、これは博打(ギャンブル)だ。

 流石に緊張して、しかし澱みなく、群像はこめかみに銃口を当てた。

 

 

「別にやらなくても良いんだぞ。お前が助けたい霧ってのがどんな奴かは知らないが、それでも家族や恋人じゃあ無いんだ。愛し合っているわけじゃあ無いんだろ」

()()は合ってる」

()()、だと?」

「確かに愛し合っているわけじゃない、だが」

 

 

 イ401。

 イオナ。

 群像の運命を変えた少女。

 情では無い。

 それでは足りない。

 

 

 群像のイオナへの感情は、情などと言う表現では足りない。

 イオナのおかげで、群像は変わることが出来た。

 前に進むことが出来た。

 感謝と言う言葉では、言い表すことは出来ない。

 

 

「オレは彼女を――――()()()()()

 

 

 情では足りない。

 ()情なのだから。

 

 

「……本気で言っていやがるのか」

 

 

 今度は深刻さを増して、グレーテルは言った。

 こめかみに銃口を当てている群像の目は、真っ直ぐにグレーテルを見つめていた。

 揺らがない。

 つまり、群像は本気なのだった。

 

 

 交渉には、いくつかコツがある。

 その1つが、相手にいかに自分が本気かをわからせることだ。

 本当に本気の要求と言うものは、これは絶対に取り下げない。

 ()()()()()()()()()()、そんな気概で相手に接するのである。

 そうして初めて、交渉相手にプレッシャーをかけることが出来る。

 

 

「……………………わかった」

 

 

 はぁ――――……と、大きく息を吐いて、マルグレーテは言った。

 

 

「まぁ、上に通してはやるよ。決めるのは政治家の奴らだから、保証は何もできねーぞ」

「それで構わない。感謝する」

「はぁ――――……何でオレに回ってきたのか、よーやくわかった気がする」

 

 

 おおよそ「愛」を持ち出されれば、大抵の人間は面と向かって反論は出来ない。

 マルグレーテのことを理解して言動を選んだとすれば、この群像、策士である。

 まぁ、おそらく本音なのだろう。

 だから、言葉に力はあるのだ。

 

 

「どの道、霧と戦ってる余裕は無いわけだ。<騎士団>に対抗できる手は1個でも多く欲しいんだよ。イタリアが霧と共闘し始めたって話もあるしな」

 

 

 ああ、と、マルグレーテは群像が未だこめかみに当てている拳銃を指差して。

 

 

「それ、弾入って無いぞ」

 

 

 と、言った。

 入れたのはふりだった。

 それに対して、群像も言った。

 

 

「ああ、知っていた」

 

 

 マルグレーテが群像に対して抱いた印象は、可愛くない小僧、だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 史上初めて――と言っても、霧の艦艇にしろ<騎士団>にしろ近年出現した存在だが――と言って良いだろう。

 それまで破竹の勢いで進軍していた<騎士団>が、俄かにその速度を落としたのである。

 それも、()()()()()のだ。

 

 

 人と霧の、()()()によって。

 

 

 もちろん、まだそれぞれの一部が独自の判断でそうしているだけだ。

 人類側はイタリア軍の一部、霧側は欧州方面地中海艦隊の一部。

 しかし協力してトリエステで戦い、トリエステ放棄後もミラノを守るべく旧ヴェネチア近郊の海岸線で後退戦を行い、一時は押し返しさえした。

 

 

「構えぇ――――ッ!!」

「よーし、お前達! 外すなよ~~」

 

 

 街道を貫くように張り巡らされた塹壕と土嚢。

 海風が土埃を舞わせる中、何人もの兵士が大きなライフルのような武器を担いでいる。

 指揮官の「構え」の声と共に、小型投擲爆弾(ロケット)の先端を持ち上げる。

 彼らの多くは民兵だが、数度の戦闘を経たためか、緊張はあれど怯えは見られなかった。

 

 

 そして彼らの傍らには、美しい少女がいた。

 戦場には不似合いなドレスを着た少女は、兵士達の傍で両手を広げる。

 すると少女――『ダンケルク』のメンタルモデルの身体からナノマテリアルの粒子が舞い、兵士達の武器をコーティングし始めた。

 すべての弾丸に霧の力が付与される、つまり()()()を得たのだ。

 

 

「来たぞ!」

「狙って狙って狙って……今じゃ!」

 

 

 ボッ、と言う音がいくつも響いた。

 不発は無く、すべてのミサイルが目標に向かって殺到した。

 土嚢を踏み潰し越えて来た<騎士団>の戦車、その顎先を狙った。

 霧の力を得たミサイルは寸分狂わず目標に着弾、爆発を起こした。

 

 

「うん? どうじゃ、やったか~~……?」

「うわ駄目だ、来たあっ!」

「かー、爆弾自体は人類製じゃからの。下がれ下がれ、支援砲撃くるぞ!」

 

 

 爆煙の中から平然と姿を現した<騎士団>の戦車に、カルロ達イタリア兵が塹壕からわらわらと逃げ出す。

 戦車が砲撃、これを『ダンケルク』がフィールドを張って弾く。

 兵士達が歓声を上げると、『ダンケルク』が伏せろと叫ぶ。

 彼らが別の塹壕に飛び込むのと、<騎士団>の戦車の天板に艦砲の砲弾が直撃するのはほぼ同時だった。

 

 

「カルロ、無事じゃろうな!?」

「な、なんとかぁ」

「良し、ならば次じゃ。ほれそこのお前も立て、下がれ下がれ!」

 

 

 アドリア海上に展開した『ダンケルク』麾下の駆逐艦隊による、支援砲撃だった。

 その砲撃の合間を縫って、轟音の中を兵士達が駆け抜けていく。

 イタリア兵と『ダンケルク』による共闘は、静かに、しかし確実に人類の霧への視線を変えていった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ついに『ビスマルク』が本性を現したか。

 太平洋の地に留まりながら、『ヤマト』は水平線の彼方で起こっていうことを正確に理解していた。

 『ユキカゼ』を始めとする彼女の「目」が、あらゆる情報を彼女に届けてくる。

 それはまるで、霧の共有ネットワークのようだ。

 

 

「……力が失われていく」

「そうね」

 

 

 超戦艦『ヤマト』の甲板の上、2体のメンタルモデルが会話している。

 コトノはそうでも無い様子だが、ヤマトはどこか顔色が悪いようだった。

 豊かな胸元に手を当てて、幾度か深く呼吸をして気を落ち着けている。

 それは、いつか『ムサシ』が見せていた姿に重なった。

 

 

「でも、まだ大丈夫よ」

 

 

 台詞までも、重なっている。

 流石は姉妹艦と言うべきか、似ていると言うべきなのか。

 それは、やはりイオナに――あるいは、イオナとスミノに起こっている異変に関係することなのか。

 いずれにしても、時間が無い、という様子は伝わってくる。

 

 

「できれば、群像くん達が太平洋に戻ってくるまで保てば良いのだけど」

「まぁ、そう言うわけだから……」

 

 

 出来れば、と、2体のメンタルモデルが振り向いた。

 

 

「無駄に力を使いたくは無いのだけど」

 

 

 するとそこには『ヤマト』の巨大な主砲の1つがあるのだが、そこに『ヤマト』達以外の存在がいた。

 長く蒼い髪に、勝気そうな瞳、スレンダーでありながら出るところは出ている完璧なプロポーション。

 ただし。

 髪を結っていた()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()

 

 

「――――『タカオ』」

「『ヤマト』……」

 

 

 酷く、体調が悪そうだった。

 ヤマトの比では無いくらいに顔色が悪く、メンタルモデルとしてあり得ないことに額に汗を滲ませている。

 辛そうだ、それもとてつもなく。

 

 

「……のよ……」

「……?」

「呼んでるのよ、誰かが。ずっと。呼んでて、だから」

「……タカオ?」

 

 

 ブツブツと、うわ言のように「呼ばれてる」と繰り返していた。

 頭が痛いのか、こめかみのあたりに掌を当てて、時折眉を顰めて膝を折りそうになっている。

 奥歯を食い縛る音が、ここまで聞こえてきそうだ。

 

 

「でも、誰なのかがわからなくて。ずっと考えて、何も手につきゃしない。気になって、わからなくて、でも呼ばれてて……頭が!」

 

 

 支離滅裂だ。

 コアが暴走している。

 だが、目だけは激烈な光を湛えている。

 タカオは言った。

 

 

「頭が! 痛くてしょうが無いのよ!! 総旗艦(アンタ)、私の何を奪ったのよ……っっ!!」

 

 

 失うべからざるものを奪われた者が、呪縛を超えてそれを取り戻しに来た。

 これは、そう言うことだった。

 




最後までお読み頂き有難うございます。

群像×イオナ、鉄板ですよね。
群像は私の嫁! と言う方は面白くなかったかもしれませんね。

それでは、また次回。

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