蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth074:「ヤルタ」

 

 ゾルダン・スタークとは、大西洋での兄との戦い以来の再会だった。

 それに、『U-2501』との霧の世界での戦いには手を焼いたものである。

 その2人が今、紀沙を救って見せた。

 

 

「お前は今、どこに立っているんだ?」

 

 

 不意にゾルダンがそう問いかけてきた時、紀沙は一瞬、言葉の意味がわからなかった。

 しかし、すぐに理解した。

 今の紀沙の、紀沙達の()()()()はどこなのかと聞いているのだろう。

 <蒼き鋼>か、<緋色の艦隊>か、あるいは傭兵か。

 愚問だ。

 

 

「私達は日本軍です」

 

 

 これからもそうだったし、これまでもそうだ。

 千早紀沙の心は、常に日本――より言えば、日本の北の下にある。

 日本の統制軍の一員として、紀沙は今も任務を継続しているつもりだ。

 それは、()()()()()如何(いかん)でころころ変わる類のものでは無かった。

 

 

「そうか」

 

 

 あっさりと、ゾルダンもそれを認めた。

 と言うより、ただの確認だったのだろう。

 念のためと言うほどのことでもなく、お互いの立ち位置を再確認しただけのことだ。

 そして当然、ゾルダンは<緋色の艦隊>の人間である。

 

 

「では協力を求めよう」

「協力?」

 

 

 つまり紀沙は正規軍であり、ゾルダンは非正規軍と言うことだ。

 連合軍は公式には<緋色の艦隊>の存在を認めていない――と言うより、同盟を結んでいるイギリスが異端なのである――ので、クリミアに先行潜入している立場のゾルダンとしては、作戦の実働段階に入っている連合軍の存在は無視できない不確定要素(ファクター)なのだった。

 その点、有志連合の一員である日本、そして日本軍である紀沙の存在はゾルダンにとって利用価値がある。

 

 

「要は一緒にいろってこと?」

「まぁ、そうだな。その代わり、お前はフェイクではない<騎士団>の本拠地を知ることが出来る」

「教えてくれるの?」

「これから行こうと思っていてね。一緒になれば、自然、お前もそこに行くことになる」

 

 

 ギブアンドテイク、だ。

 悪い話では無い。

 ゾルダンが信用できると言うことが前提になるが、<騎士団>の本拠地を知ることができるなら、お釣りがきて余りある条件だった。

 何しろ、紀沙はただゾルダンと一緒にいるだけで良いのだから。

 

 

「ああ、しかし女性を誘うならもっと作法があったかな――――ご一緒しても良いですか、お嬢さん(フロイライン)?」

 

 

 とは言え、キザな台詞と顔で手を取られたりするのはどうかと思う。

 紀沙のジト目をどう受け取ったのか、ゾルダンは事の他すっと紀沙から手を離した。

 並の乙女なら美形のドイツ人にこんなことをされればときめくのかもしれないが――いや、むしろ同じように引くかもしれない――あいにく、紀沙は違う。

 美形は兄で十分だ、のーさんきゅーである。

 

 

「仲間とはぐれちゃったから、まず2人を探す」

「仰せのままに」

 

 

 大仰な仕草でそう言うゾルダンにやはりジト目を向けて、紀沙はさっさと歩き始めた。

 ゾルダンはと言うと、そんな紀沙に肩を竦めた。

 

 

「やれやれ、フランセットよりは気難しいのかな」

「…………」

 

 

 『U-2501』はそんなゾルダンをじっと見つめていたが、特には何も言わなかった。

 ただ、「目は口ほどにものを言う」と言う状態を体現していた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 一方、紀沙がそんな状況になっているとは露知らず、やきもきしている者がいた。

 蒔絵である。

 イ15の艦長のシートにどっかと座り、不機嫌そうに通信機を睨んでいる。

 

 

「ちょっとー、ぜんぜん繋がらないじゃない」

「しょーが無いっス。通信妨害が凄すぎてどうにもならないっス」

「役立たず」

「潜水艦に何を期待しるんっスか? 馬鹿っスか? 死ぬっスか?」

「きーっ、何よ私は天才なんだから!」

「自分で自分のことを天才とか言うとかキツいっスわ~」

 

 

 ちなみに、イ15ことトーコはメンタルモデルを形成していない。

 演算力の確保のために紀沙がそう命じたからで、今トーコのコアの演算力のほとんどはイ15の艦体の維持に向けられている。

 とは言え、それでは意思疎通に影響が出ることもあるだろう。

 

 

 そこで考えられたのが、メンタルモデルの形成では無く、すでにある物に会話機能をインストールすることだった。 

 結果として、今のトーコはクマのぬいぐるみの状態である。

 蒔絵の膝の上で、ピンク色のクマのぬいぐるみがわたわたと動いている。

 現在は、蒔絵の手によって今にも八つ裂かれそうになっていたが。

 

 

「あらぁ、楽しそうね~」

「おや、あおいさん」

「お疲れー」

「はぁーい、お疲れ2人とも~」

 

 

 そんな光景をよそに、あおいが発令所にやって来た。

 イ15の機関室はイ404程に複雑では無いので、それほど神経を使わないらしい。

 元々人間の手を必要としないので、手持ち無沙汰とも言える。

 霧の艦艇に人間が乗り込む強みは、平時には見えにくいのである。

 

 

「どんな状況かしらぁ?」

「艦長達との通信が途絶して14分になります。依然として状況は厳しいものかと」

「ふぅん。まぁ、そこは艦長が何とかしてくれるでしょ」

「してくれないと困りますがね」

 

 

 現在、イ15はクリミア半島の<騎士団>フィールドの内側に身を潜めていた。

 身を潜めると言っても浅瀬であり、駆逐艦でもいればすぐに発見されていただろう。

 最も、戦車の姿をしている<騎士団>が相手ならばそこまでの警戒は必要ないのかもしれない。

 もちろん油断は出来ないが、今のところは、敵に攻撃の兆候は無い。

 

 

 あるいは敵の主力は、半島北部に向かっているのかもしれない。

 何しろそこには米独露の連合軍が陣取っている、それも大軍だ、流石の<騎士団>も無視は出来ないだろう。

 まして表向きは公表されていないが、今回は霧の艦隊との共同作戦である。

 海上には、黒海艦隊の雪辱に燃える霧の艦隊が集結しているのだ。

 

 

「これで負けるとは、ちょっと思えないですけどね」

 

 

 慢心、と言うには聊か淡すぎる感情が恋の胸中に広がっていた。

 しかし彼はすぐに、その考えが誤りであったことに気付くだろう。

 だが、それは彼の罪では無い。

 イ404を始めとする霧の艦艇の力を目の当たりにしてきた彼は、どうしても霧の側に天秤を傾けてしまうのだ。

 

 

 しかし、それは間違いだ。

 彼は知らない。

 話として知っていても、彼は本当の意味では()()()()

 その強大な霧が、<騎士団>に対しては後退を余儀なくされていたのだと言うことを。

 同じナノマテリアルの力を持ちながら、一方的に押され続けていたのだと言うことを。

 

 

「ちょっと、どうしたの?」

「…………」

「引っ張りすぎちゃった? ご、ごめん。ぬいぐるみだから痛みとか無いかなって……」

 

 

 トーコの様子が、変わっていた。

 先程まで蒔絵とじゃれていたのだが、不意に頭を抱えて蹲り始めたのだ。

 頭が痛い、わけでは無い。

 ただガタガタと震えていて、急に何かに怯え始めた様子だった。

 

 

「あ……姐さん、なんっスか……?」

 

 

 怯えていた相手は。

 消えたはずの、スミノであった。

 スミノの存在を感じ、トーコは怯えていたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 黒海のほぼ中央部、クリミア半島を望む位置に<緋色の艦隊>と霧の欧州艦隊・地中海艦隊の連合艦隊は集結していた。

 通常であれば、あり得ない。

 霧の艦艇の各艦隊は、基本的に他の艦隊と行動をとりたがらない。

 

 

 かつて『フッド』が<緋色の艦隊>に対抗するために召集を呼びかけた時に起こった混乱は、それを証明している。

 『アドミラリティ・コード』に従うと言うアイデンティティもさることながら、自分達の領分を越えたがらない意識、あるいは自分達の領分に入り込まれたくない意識があった。

 要は、霧にも縄張り意識が芽生え始めていたのである。

 

 

「久しいな」

 

 

 しかし、例外はある。

 それは、例えば『ダンケルク』のように他者に友好的な艦の場合である。

 この場合は、『ダンケルク』側が一歩引いたり大人の対応を見せたりして衝突を回避している。

 しかしながら、これは少数派だ。

 よりあり得るのは、『アドミラリティ・コード』に次ぐ上位者の指令、つまり……。

 

 

「どれくらいぶりじゃろうな、『ムサシ』よ」

「そもそも()()貴女と会うのは初めてよ、『ダンケルク』」

 

 

 ()()()()()()()だ。

 だが、かの<大海戦>に際しても、それは無かった。

 だから今回の黒海における<騎士団>殲滅作戦の総旗艦が超戦艦『ムサシ』と聞かされた時、霧の艦艇の間には幾分かの動揺があった。

 しかし逆らう者はいなかった、何しろ『アドミラリティ・コード』と総旗艦『ヤマト』に次ぐ存在である。

 

 

「人間」

「うん?」

「人間を乗せているようね、『ダンケルク』」

「ああ、まぁな。イタリアで拾った連中じゃ、なかなか強いぞ?」

 

 

 にやりと笑ってそう言う『ダンケルク』に、『ムサシ』は口元だけで小さく笑って見せた。

 しかしそれも、視線をクリミアの方へと戻すと消えてしまった。

 直に<騎士団>と戦った『ダンケルク』は、<騎士団>の実力を過小評価していたつもりは無かった。

 だが。

 

 

(超戦艦が出張らなければならない程に、<騎士団>は危険じゃと言うことか)

 

 

 霧の艦隊の第二位、と言って良いだろう。

 『ムサシ』が戦うところを見たことは無いが、相当に強い、と言うのが『ダンケルク』の印象だった。

 少なくとも、大戦艦級が何隻束になってかかったところで敵わないだろう。

 その『ムサシ』が、こうまで緊張感を持って対峙しなければならない相手なのか。

 

 

「『ダンケルク』、『フッド』を呼んで頂戴」

 

 

 しかし、同時に『ダンケルク』は肌の粟立ちを感じていた。

 それは、<騎士団>への脅威から、と言うのとは別のものだった。

 むしろ、どちらかと言うと、武者震いに近いものだ。

 

 

「作戦について、話し合うことにするわ。もう、余り時間も無いようだし」

(おお……)

 

 

 正直、『ダンケルク』は『ムサシ』のことを胡散臭い奴だと思っていた。

 しかしこうして、当然のように大戦艦である自分を従える背中を見ていると。

 味方ならば、これほどに頼もしい者はいない、と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ヤルタ。

 2057年現在、この都市について知る者はほとんどいない。

 霧の海洋封鎖と欧州大戦の影響を受けて、かつて風光明媚な観光地として栄えていたヤルタ経済は崩壊状態となり、住民は豊かな本土を目指して街を捨て始めた。

 しかしすぐにクリミア全土が<騎士団>の支配下となり、その流れも止まった。

 

 

「ここにも人がいない」

 

 

 ヤルタの街並みを見下ろせる紀沙達の目には、人ひとり車一台走っていない様子が良く見えた。

 モスクワでパレードまで見た紀沙からすれば、本当に同じロシアなのかと思ってしまった。

 事前の情報によれば、<騎士団>占領前にはおよそ4万人の人々がいたはずのヤルタ。

 もしかすると、クリミア半島全域に渡ってこの状態なのだろうかと、そんな怖い想像をしてしまった。

 

 

クリミア(ここ)だけでは無い」

 

 

 そしてゾルダンは、そんな紀沙達の想像を肯定してしまった。

 

 

「<騎士団>の占領下にある都市は、多かれ少なかれこんな状態だ」

「はぁ? それってお前……何人消えてんだよ」

 

 

 静菜と冬馬は、幸い軽い怪我で済んでいた。

 何でも『U-2501』に良く似た少女に救われたのだそうだ。

 冬馬が言うには「色違いの美少女だった」そうなので、おそらくゾルダンが正体を知っていると思うが、ゾルダン自身は何も説明しようとはしなかった。

 

 

 それよりも今問題なのは、消えた人々のことだった。

 クリミア半島だけで数十万人はいるだろうし、西へと伸びた<騎士団>の占領地にいる人々は、軽く推定するだけでも数百万人……いや、下手をすると一千万人は超えて来るはずだ。

 それだけの人々が、どこへ消えたと言うのか。

 ここまでの規模の消失となると、どこかに収容と言う形は……。

 

 

「お前なら、彼らの行方について思い当たるのではないかと思うがな」

「なら、皆は生きているの? 良かった」

 

 

 と、ゾルダンに言われて、正直に言って紀沙はほっとした。

 後になってその考えは間違っていたと気付くのだが、少なくともこの時の紀沙は、この時点で考えられる最悪の事態が否定されたことに安堵していた。

 しかし、繰り返すが、その考えは間違っていたと後に気付くことになる。

 

 

「……あれを、生きていると言うのであればな」

 

 

 ゾルダンの言葉は、ひどく不気味な色を含んでいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ヤルタ郊外に、古いが瀟洒な造形の建物があった。

 何百年も昔、皇帝の別荘として使われていたらしい。

 最も管理がされなくなってから相当の時間が経っているのか、白亜の大理石には草木の蔓が絡まっており、綺麗に整えられていたのだろう庭園は雑草の巣窟になっていた。

 

 

「かつてはここで、世界の分割統治体制(レジーム)について超大国の首脳が渡り合ったそうだ。今ではその面影も無いが……」

 

 

 ゾルダンも、特に感慨深い様子も無くそんなことを言った。

 唯一『U-2501』だけがゾルダンの言葉に素直に興味を持ったのか、瞳を白く輝かせて何事かを検索している様子だった。

 大方、この宮殿の歴史でも調べているのだろう。

 

 

「ここに、<騎士団>の本拠地が?」

「おいおい、まさか奴らが観光でもしてるって言うのかよ?」

「……ふう」

 

 

 静菜と冬馬――紀沙が見るところ、特に冬馬。もしかするとゾルダンは冬馬のようなタイプが嫌いなのかもしれない、わかる気もする――の言葉に溜息を吐くゾルダン。

 冬馬が一瞬カチンときたようだが、その気配を察しているだろうに、ゾルダンには取り繕う様子も無かった。

 そして、靴先でトントンと地面を示して見せた。

 

 

「この下だ」

「下?」

 

 

 地下か、と紀沙は察した。

 先ほどゾルダンが言ったように、ここは国の首脳部が使うような場所だ。

 そうであれば、首脳を避難させるための空間や通路が地下に作られていてもおかしくは無い。

 問題は、おそらく<騎士団>は人間の作った地下施設をそのまま使ったりはしていないだろうと言うことだった。

 

 

 

「あっれ~? ねぇおじさん、おうちに知らない人がいるよ?」

 

 

 

 その時だった。

 不意に子供の甲高い声が聞こえて、庭園の入口へと視線を向ける。

 するとそこに、見慣れない2人組がいた。

 男と男の子、一見すると買い物帰りの父子のようにも見える。

 しかし、そんなことはあり得ないとすぐにわかった。

 

 

「ん~、なに言ってるんだよパピー。このシマでオジサンらの知らない奴なんて……って、ほんとだーよ、あら~」

「ね、ね? 僕の言った通りでしょ? あの人達って誰かなぁ!?」 

 

 

 男は、妙にやさぐれた感じのする出で立ちだった。

 三十か四十くらいの、ボサボサの茶髪の男で、ネイビージーンズにサンダルと言うある意味観光地らしい服装をしていた。

 ただし襟元がヨレていて、清潔感と言う意味では微妙だった。

 

 

 そして男の子の方は、白黒ストライプの半袖シャツに青の短パンと、わんぱくを絵に描いたような容貌をしていた。

 金髪のミディアムロングからは良いところのお坊ちゃんと言う感じがするが、白いスニーカーを泥だらけにしているあたり、大人しい性格はしていないのだろう。

 今も、興味津々と言った顔で紀沙達のことを見つめている。

 

 

「情報照合」

 

 

 静かに、2人を視ていた『U-2501』が告げる。

 

 

「<騎士団>所属の中戦車『シャーマン・ジャンボ』、及び軽戦車『チャーフィー』です」

 

 

 敵だ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 鉢合わせ、と言うのが一番正しいのだろう。

 何しろ、敵の本拠地にほとんど無造作に乗り込んだ形だ。

 むしろ誰とも会わずに最深部にいけると思うほど、甘いことは無い。

 

 

「2501」

「了解」

 

 

 ゾルダンの声に、『U-2501』が前に出た。

 庭園に姿を現した『ジャンボ』と『チャーフィー』の正面に立ち、ゾルダン達を守るべく背を晒した。

 紀沙達の中で最も小さなその背中は、誰よりも力に満ちていた。

 

 

「あら? もしかしてオジサンらと()る気? ちょ、それはちょっと嫌だな~」

「うわぁ、おじさんビビってる! かっこわるぅい!」

「馬っ鹿、オジサンはね。平和主義者なの!」

 

 

 すると、『ジャンボ』が両手を前に出してわたわたと後ずさった。

 『チャーフィー』がケラケラと笑い声を上げて煽っているが、その様子はまさに「おじさんと子ども」だった。

 戦闘の気配を漂わせる『U-2501』の前に『ジャンボ』が怯えているように見えるが、それが事実なのかどうか、紀沙にはわからなかった。

 

 

 霧の艦艇は強力だが、<騎士団>はそれに輪をかけて強力だ。

 巡航潜水艦とは言え、1隻の霧に怯えるものだろうか。

 それとも本人が言っている通り「平和主義者」であり、戦いを忌避しているのだろうか。

 それこそ、あり得ない。

 

 

「……強い……」

 

 

 思わず、言葉が紀沙の唇から零れた。

 あの『トルディ』を視た時には思わなかったが、『ジャンボ』からは、凄みを感じた。

 ナノマテリアルを視る霧の瞳を持つ紀沙だからこそ、その印象は特に強くなった。

 『チャーフィー』の方は良くわからないが、『ジャンボ』は見た目通りの弱々しい存在では無い。

 

 

「わ、わわわっ。タンマタンマっ、オジサン喧嘩弱いんだって!」

 

 

 『U-2501』が飛び出していくのを、紀沙は見た。

 彼女も『ジャンボ』の実力には勘付いているはずだが、それでも足取りに迷いが見えないのは、ゾルダンの命令に対する忠誠がそうさせるのだろうか。

 肉眼では追えない速力、姿が霞んで見える程の速さで、『U-2501』が『ジャンボ』の懐に飛び込んだ。

 

 

 『U-2501』が右手を伸ばすのを、紀沙は見た。

 狙いは『ジャンボ』のコアだろうか。

 一撃で屠り、返す刀で『チャーフィー』をも処理しようと言う魂胆なのか。

 しかし。

 

 

 

「まぁ、負けないんだけどね」

 

 

 

 首の後ろ、人間ならば神経が集中する部分を打たれて、『U-2501』の身体が一瞬で下へと沈んだ。

 ゴム人形のようにバウンドした『U-2501』の姿に、紀沙は戦慄を覚えた。

 この『ジャンボ』と言う<騎士団>は、想像以上の強さを秘めていた、と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「良し、それでは行こう」

 

 

 『U-2501』の敗北が必至かと思われたその時、ゾルダンは無常にもそう言った。

 その場にいる者がぎょっとした顔で見つめる中、宣言通り、ゾルダンは『U-2501』に背を向けた。

 そこに一切の躊躇(ためら)いらしきものは無く、本気でこの場に『U-2501』を置いて行くつもりなのだと言うことがわかった。

 

 

「え、ちょ……マジで!? 大丈夫なのかアレ!?」

「何を慌てているのか知らないが、何も問題は無い」

 

 

 こう言う時、なんだかんだで冬馬は人が好いところが出る。

 しかしゾルダンは翻意しなかったし、実際に歩き出してしまえば、この場において役に立てそうにないただの人間はついて行くしか無い。

 そう言う意味では、彼らはここにいる方が『U-2501』の足を引っ張る。

 ゾルダンの判断はけして間違っていない、しかし。

 

 

「いや冷たいねぇ、オジサンちょっと同情しちゃうなぁ~って、おおう!?」

 

 

 敵である『ジャンボ』すら呆れていたが、そんな彼に()()したのは他ならぬ『U-2501』だった。

 無言のまま行われたそれは、うつ伏せに倒れていた『U-2501』が両拳で地面を叩き打って、倒れたままの姿勢を維持したまま浮き上がったのだ。

 『U-2501』の後頭部が顎先を掠める形になって、『ジャンボ』が慌てて避けた。

 

 

「お前ごときが艦長を語るな」

 

 

 置いて行かれた『U-2501』の眼光は鋭く、頭が動くと白い線が走る程だった。

 彼女はゾルダンの意図をきちんと理解している。

 今は<騎士団>の本拠へ到達することが戦略上重要なのだ、それ以外は全てが些事なのだ。

 着地し、細く小さな両腕を精一杯に広げる()()()()()だ。

 

 

 しかも相手は『ジャンボ』だけでは無い、『チャーフィー』をも牽制している。

 ここで『チャーフィー』がゾルダン達の後を追いかけてしまうようでは、意味が無いのだ。

 何があっても、『U-2501』は『ジャンボ』と『チャーフィー』を通さない。

 ゾルダンが「もういい」と言うまで、彼女はそうし続けるだろう。

 

 

「それに、2対1だと思っているなら、見当違いだ」

 

 

 不意に、『U-2501』の傍らの空気が歪んだ。

 良く見ると、鏡でも置いてあるかのように空間と言うか、光景がズレていた。

 それもそのはずで、そこには、カメレオンのような光学迷彩で姿を隠していた何者かがいた。

 金属の砕ける音と共に、その少女は姿を現す。

 

 

「『U-2502』、これで2対2だ」

 

 

 それこそまさに、冬馬が言っていた「色違いの少女」だった。

 『U-2501』のメンタルモデルの色素を逆転させたかのような少女は、巡航潜水艦『U-2502』のメンタルモデルだった。

 数の上では、確かに互角。

 『U-2501』は、あえて紀沙達にはこれを晒さなかったのだ。

 

 

「緋色の霧を舐めるなよ、陸の棺桶が」

 

 

 いつか来るだろう、()()()のために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 クリミア半島内部が俄かに騒がしくなっている一方で、半島北部に展開する人類連合軍の間には、聊か弛緩した空気が蔓延していた。

 原因は、彼らがまさに連合軍だから、と言う点にある。

 政治が話をつけるまでの間、他の国の軍部隊はすべて敵と言う状態だったのだ。

 

 

 それが今は味方になったと言うことで、張り詰めていた空気が緩んでしまうのも、無理からぬことだった。

 もちろん、油断しているわけでは無い。

 銃は()()()だけで手放していない、次の瞬間にはこめかみの銃口を突きつけることが出来る体勢は維持されている。

 

 

「なぁ、作戦ってもう開始されてるんだよな」

「ああ、そうだよ」

 

 

 鉄の規律を謳われるドイツ軍ですらも、例外では無かった。

 マルグレーテと言う女王に束ねられているとは言っても、すべてが彼女の直轄部隊と言うわけにはいかない。

 中には質の悪い部隊もあるわけで、そう言う部隊の兵士ほど弛緩の度合いは酷くなる傾向にあった。

 

 

「その割に、何か平和だよな」

「馬鹿、敵の目の前だぞ」

「目の前ったって30キロ以上先だろ? アメリカ(ヤンキー)ロシア(イヴァン)の方がずっと近いじゃないか。何かあるとしたらまずそっちだろ」

「まぁ、そうだが……」

 

 

 野営地の各所を守る歩哨にも、緊張感が見られない。

 大軍の野営地に攻撃を仕掛けてくるなど露とも考えていないのだろう。

 過去のロシア軍の作戦が、常に人類側の先制攻撃で始まっていたと言うのも影響しているのかもしれない。

 

 

 それはドイツ軍の戦車が停められている臨時駐機場でも同じで、戦車兵達の動きはやや緩慢なように見えた。

 そしてその中に、戦車の整備状態の記録を集めている下士官がいた。

 彼はいつもの通り、規則正しく並んでいる戦車の前を時折立ち止まりながら歩いていた。

 

 

「うん? ……なぁ、おい!」

「はっ、何か御用でしょうか!」

「戦車はここに停まっているのですべてか?」

「はっ、その通りであります!」

「そうか。しかし、なら何故……」

 

 

 毎日行われている簡単な任務、もはやルーチンワークと言っても良い作業。

 そこで彼は、この任務を担当するようになって初めて首を傾げていた。

 そしてそれは、彼がその作業の中で見せる最初で最後の仕草だった。

 

 

「……記録よりも、どうして1台多く戦車があるんだ?」

「はっ! ……え? いや、そんなはずは」

「だが現実に……」

 

 

 彼らが見上げた先には、ドイツ軍の深緑の迷彩が施された戦車がずらりと並んでいた。

 エンジンに火こそ入っていないが、何十両と並ぶ戦車は壮観そのものであった。

 しかし彼らの目の前に、()()()()()()()()()()

 そして暗い暗い砲口の奥に、まるで単眼(モノアイ)のような光が輝いた……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 何かが起こった、群像はそう確信した。

 それは、海中まで伝わった衝撃波を僧が感知したためだ。

 

 

『ちょっと、何の警報!? 奇襲とか?』

「いや、オレ達じゃない。……ドイツ軍だ」

 

 

 急な警報に驚いたのだろう、機関室でエンジンの調子を見ていたいおりが通信を入れてきた。

 だが、イ401が攻撃を受けたわけでは無い。

 むしろ観測した衝撃波は遠く、地上から伝わってきたものだ。

 静が割り出した大まかな方向と距離から、それがドイツ軍の陣営からきたものだとわかる。

 

 

 そして断続的に続くそれは、事故では無いことを示している。

 奇襲だ。

 このタイミングでドイツ軍を奇襲するものと言えば、<騎士団>しか無い。

 ロシアやアメリカ、霧の艦隊が今ドイツ軍を攻撃しなければならない理由は無い。

 

 

「これは続くぞ。ロシア軍とアメリカ軍も標的になるはずだ」

 

 

 と言うより、続かなければ意味が無い。

 ドイツ軍の陣営への奇襲となれば、単独でどうこうと言うことでは無いだろう。

 人類側が行動する前に、機先を制して潰してしまおうと言うわけだ。

 過去の戦闘から、<騎士団>側からのアクションは無いと思い込んでいた連合軍にとって、まさに青天の霹靂(へきれき)であったろう。

 

 

「機関始動。海にも来るぞ」

「相手は戦車だろ?」

()()戦車だ。何があっても不思議じゃない」

 

 

 霧の艦艇が地上を攻撃しないように、<騎士団>も海には攻撃しない可能性もある。

 海に霧の艦艇以外の船舶がいない以上、<騎士団>の海上攻撃の基準はわからないままだ。

 だが<騎士団>もナノマテリアルの恩恵を受けている以上、出来ないことは無いと思った方が良い。

 むしろ、そう言う余談を持つことの方が危険だった。

 

 

「クリミアのフィールド、未だ健在」

「紀沙達からの連絡もまだ無い。フィールドの解除はもう少しかかるだろう」

 

 

 情勢が動いた。

 出来ればこちらから動かしたかったが、こうなっては致し方が無い。

 イ401としては、<騎士団>のペースで進む流れを妨げなければならない。

 イオナ無しで、それはかなりの困難を伴うだろうが――――……。

 

 

 ……――――イオナ。

 イオナは現在、イ401内の部屋の1つで眠りについていた。

 変わらぬ容貌、服装、規則正しく動く胸元。

 丁寧に胸の前で手を組んで眠るその姿は、まさに眠り姫だった。

 

 

「…………」

 

 

 しかし。

 その眠りは、不意に破られる。

 音も無く瞼が上がり、白い電子の輝きを放つ瞳が露になった。

 腹筋や筋力のバネでは無い、何か別の力で静かに上半身を起こす。

 

 

 その仕草は、人間らしさと言うものがまったく無く。

 まるで、壊れたマリオネットのようで。

 イオナの姿をした()()が、ぐるりと部屋を見渡して。

 ――――形の良い唇が、三日月の形に歪んだ。




投稿キャラクター:
朔紗奈様
『M4A3E2 シャーマン・ジャンボ』『M24 チャーフィー』
有難うございます。

最後までお読み頂き有難うございます。

せっかくのクリミアなので、ヤルタを舞台に選んでみました。
霧の艦艇の軍艦の歴史を考えると、感慨深い場所のひとつだと思います。

と言う訳で、また次回。
今回はちょっと大味だったかも…。
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