蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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今回はちょっと短めです。
執筆のため艦隊演習(艦これ夏イベ)を繰り返していまして……(おい)
それでは、どうぞ。


Depth075:「戦闘開始」

 

 外観は人の手を離れた建物そのもの――雑草、蔓、枯葉等々――だと言うのに、内部は驚く程に整えられていた。

 通路全体に敷き詰められた赤いカーペットに、等間隔に置かれた陶器の花瓶や絵画。

 花瓶に活けられた花は、開花のタイミングがバラバラの種類にも関わらず、先ほど咲いたばかりかのように花開いていた。

 

 

「ナノマテリアル製の通路」

「そうだな。なら我々の来訪はバレているわけだ」

 

 

 紀沙の眼には、宮殿の内装のすべてが()()()だと言うことが見て取れた。

 どれもナノマテリアル製であって、そこに足を踏み入れていると言うことは、まさに何者かの身体の上を走っているに等しい。

 当然、紀沙達の侵入にも気付かれているはずだ。

 

 

 だからこそ、不思議ではあった。

 気付いているだろうに、<騎士団>側からのアクションがほとんど無い。

 先程の『ジャンボ』達にしても、紀沙達を見て驚いていた。

 侵入に気付いていないか、気付いていながら連絡がいっていないかだ。

 

 

「ちなみに、ここから先は向かうアテがあるんですか?」

「下だ」

 

 

 それは先程も聞いた。

 ただ、足取りは確かな様子だった。

 思えばゾルダンはこの宮殿が<騎士団>の本拠地だと知っていたわけだから、見取り図を持っていてもおかしくは無い。

 この宮殿自体は、昔から存在していたわけであるから。

 

 

「……ッ、待って!」

 

 

 しかし、その途上で紀沙が声を上げた。

 全員、疑うことなく足を止める。

 ここは霧の力を使う者達の本拠地だ、霧の瞳を持つ紀沙の制止を聞かない人間はここにはいない。

 紀沙自身、自分の命を守るためにも集中して視ている。

 

 

「そこにいるのはわかっているぞ」

 

 

 通路の先、誰もいない。

 延々と同じような通路が続いているようにしか見えないが、紀沙の眼には、はっきりと視えていた。

 ()()()()()()()()

 このままもう数メートルも走り続けていれば、ぶつかっていただろう。

 

 

 しかし同時に、疑念も生まれていた。

 紀沙の霧の瞳には、言うなればぼんやりとした像が辛うじて視えていた。

 はっきりとした実像では無く、ただ「何かいる」程度のものでしか無い。

 だが、ぼんやりとしたその造形に強い違和感を感じたのだ。

 

 

「……姿を見せなよ」

 

 

 言えば、相手はあっさりとそうしてきた。

 そのあっさりさに、一瞬、誰かを思い出しかけた。

 人間の肉眼では誰もいなかったはずの通路、その空間が()()()()と歪んだ。

 そして羽虫が散るような「ざざざ」と言う音と共に、彼女は姿を現した。

 

 

「……!」

 

 

 流れるような銀の髪、細い体躯。

 パススリーブの白いブラウスに赤のヒダ付きミニスカート、黒系の袖なしベストには赤い締め紐がついていて、お腹の前で締める形になっていた。

 黒のオーバーニーハイソックスにストラップシューズ、左手首にハートリングのブレスレット。

 そんな容貌をした少女を、紀沙はひとりしか知らなかった。

 

 

「スミノ……!」

 

 

 イ404のメンタルモデル。

 スミノが、光の無い瞳でそこにいた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 クリミア半島近郊に展開した人類の連合軍は、各地で混乱に陥っていた。

 総合して言えば、それは<騎士団>による連合軍への奇襲だった。

 しかも、かなり意地の悪い。

 

 

「ロシア軍陣地に敵<騎士団>戦車3両を確認! 『KV-1』・『T-34』・『T-28』!」

「同じくアメリカ軍陣地に4両を確認しました! 『M-1』・『M-2』・『M-3』・『M-4』!」

歴史好き(オタク)がいると特定に時間がかからなくて良いねぇ」

 

 

 マルグレーテが言うように、100年近く前の戦車を見分けられる人間は意外と少ない。

 しかし人が何万人も集まる軍隊ともなれば、骨董品の兵器を熟知している人間も何人かいるのである。

 他の2軍がどうしているかは興味も無いが、おそらく似たようなものだろう。

 そして戦車の種類がわかるからこそ、この襲撃に込められた相手の皮肉もわかるのだった。

 

 

 それぞれの陣地を攻めている<騎士団>の戦車は、かつての祖国を攻撃しているのだ。

 ロシアの戦車の名を冠する名を持つ<騎士団>がロシア軍の陣地を攻め、アメリカはアメリカの戦車が、と言う風にだ。

 あからさまに馬鹿にされている。

 

 

「まったく、自分の陣地に余計な戦車が紛れ込んでいることに気付かないだなんて。とんだ恥晒しじゃないか」

「も、申し訳ありません!」

「あー違う違う。お前らが謝ることじゃない」

 

 

 すでに潜入されていたのか、最初から戦車の形態で紛れ込んでいたのかは大した違いでは無い。

 そんな検証は後でやれば良いのだ。

 今、問題なのは、<騎士団>の攻撃がドイツ軍の陣地にまで及んでいること。

 それも、かなり奥深くにまで。

 

 

「閣下、ここももはや安全ではありません! 後方へ避難を……!」

「情けないこと言ってるんじゃないよ。頭から逃げる身体がどこにあるってんだ、大体」

 

 

 仮設の司令部の外に出てしまえば、火焔の熱気がすぐそこにまで近付いていることがわかった。

 事の発端である駐機場の方から火の手が上がり、重火器を保管する他の倉庫まで燃え広がっている。

 弾薬庫にまで火が回れば、最悪の事態になるだろう。

 そしてそれらと同じくらいに重要で、真っ先に狙うべきだろう司令部は……。

 

 

「逃げ場なんて、どこにも無いみたいだぜ」

 

 

 ジャンパーを肩に担いだ葉巻の男、情報によれば『ティーガーⅡ』と言う戦車が、火焔の中からこちらを見つめている。

 あれがオレの死神か。

 そう呟いて胸元のホルスターから拳銃を抜き、マルグレーテは、群像の時とは異なり、迷うことなく引金を引いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 海上でも、戦闘が始まっていた。

 こちらは<騎士団>による霧の艦隊への攻撃であり、陸対海の様相を呈していた。

 そして、霧が<騎士団>に対して劣勢に立たされていた理由が良くわかった。

 

 

「視えない……!」

 

 

 『フッド』は、右翼艦隊の中で戦慄していた。

 艦砲と言うのは、軍艦が持つほとんど唯一の攻撃手段だ。

 もちろん霧には他にも色々な武装があるが、ミサイルやレーザーも遠隔地を打撃すると言う意味では「艦砲」に含むことが出来る。

 そして艦砲による射撃には、どうしても必要なものがあった。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 要するに標的の位置情報であって、それらの諸元入力無しに艦砲射撃は出来ないのだ。

 人類であれば、衛星や航空機、あるいは送り込んだ人員がそれらの情報を送信してくれる。

 霧にはそれは必要ない、そして必要ないからこそ、<騎士団>の霧のフィールドに遮られて、クリミア沿岸から射撃してくる<騎士団>の姿を捉えることが出来ないのだ。

 

 

「無闇に撃っても当たらんぞ、『フッド』!」

 

 

 そして左翼の『ダンケルク』も、改めて<騎士団>の厄介さを認識していた。

 <騎士団>との戦いで最も有効なのは、メンタルモデル同士の肉弾戦だ。

 彼女はそれをイタリアで実践したが故に、良くわかっていた。

 相手にはこちらが見えているが、こちらには相手が「視えていない」。

 こんな状況では、勝てるはずも無かった。

 

 

「しかも奴らは我らよりもずっと小さい! 撃った場所にそのままいるとも限らん! 今は攻撃よりも防御に専念すべきじゃ!」

 

 

 強制波動装甲を持たない駆逐艦を下げ、戦艦・巡洋艦を前面に並べて盾にする。

 『ダンケルク』はそのように専念していた。

 的が小さく霞のように消えてしまう<騎士団>の戦車に対応するには、今はそうするしか無かった。

 一撃ラッキーパンチが入る程度では駄目で、霧のフィールドの解除が勝利の絶対条件だった。

 

 

「おい、『ムサシ』! そうは言ってもこのままではジリ品じゃぞ。千早の子らは本当にあてにして良いのじゃろうな!?」

「――――大丈夫よ、『ダンケルク』。あ、いえ、ミルフィーユだった……?」

 

 

 そして中央、一際目立つ大型の艦艇だけは、<騎士団>の砲撃を物ともせずに黒海に屹立していた。

 霧の艦隊、あるいは連合軍の勝利には、霧のフィールドの解除が絶対条件。

 しかし『ムサシ』にとって、それが出来るか出来ないかはもはや問題では無いのだった。

 

 

「ねぇ、お父様」

 

 

 傍らに立つ翔像同様、<騎士団>を守る霧のフィールドの解除は遅かれ少なかれ成されると信じていた。

 ただ、それが()()かと言うのは、流石に問題ではあったのだが……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 想定外の事態だ。

 翔像が頼みとしている千早兄妹の兄の方、群像である。

 彼はイ401に乗艦し、黒海の海中に潜んでいたのだが。

 ……予期せぬ危機に、見舞われていた。

 

 

「おい、冗談よせって!」

 

 

 イ401の発令所に、杏平の切羽詰った声が響く。

 その段階になっても半ば冗談――それこそ、杏平の言う通りだ――のような空気が流れていたのは、それだけ目の前の光景が信じ難いものであったからだ。

 最初は、イオナが発令所に現れたことだ。

 

 

 驚きと、そして戸惑いが混じった喜び。

 まず最初に出てきたのはそれで、それは、意識不明だった仲間が目覚めればそんな反応が出てきてもおかしくは無いだろう。

 しかしそれは、すぐに別のものに変わる。

 

 

「副長!」

 

 

 静が悲鳴を上げる。

 群像はと言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最初に気付いたのは、僧だった。

 艦内を把握していた彼だけが、彼らに気付かれずにイオナが発令所までやって来た異常に気付いた。

 だから近付いてきたイオナから、群像を遠ざけることが出来た。

 

 

「が……っ」

 

 

 その僧は、首を掴まれて――掌で覆われるそれはまさに「鷲掴み」――宙ぶらりんの状態にされていた。

 イオナによって。

 イオナの方が身長は低いのに。

 いかにも信じ難いその光景はしかし、群像の目の前で実際に起こっていることだった。

 

 

 そして問題は、群像をして身動きが取れないと言うことだった。

 マスク越しで見えはしないが、僧は明らかに呼吸困難に陥っている様子だった。

 イオナの掌は喉だけで無く首の血管(頚動脈?)をも圧迫しており、最初は聞こえていた喘ぐような声も、だんだんと聞こえなくなってきていた。

 僧の命が危ないと、そう思った時だ。

 

 

「う、うおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 

 杏平が、イオナに跳びかかった。

 腕を、身体を押さえて、それこそ杏平の身体全体を使ってイオナの華奢な、それでいて強靭な身体を押し倒した。

 僧が床に放り出される。

 

 

 必死な杏平に比べて、イオナは無表情のままだった。

 あれは、本当にイオナなのか?

 イオナの姿をしてはいるが、とてもそうは思えなかった。

 その衝撃は、群像をしてその場から動けなくするには十分だった。

 

 

「行け!」

 

 

 そんな群像に対して、杏平がもどかしげに言った。

 イオナを押さえつけることに全力を使っているのだろう、その表情はまさに必死だった。

 

 

「逃げろ! 早く!!」

 

 

 だが、情けないことに、それでも群像は動くことが出来なかった。

 そんな群像を救ったのは、静だった。

 ソナー席を放棄して駆け出した彼女は、群像の脇に手を入れて彼を持ち上げると、引き摺るようにして発令所の外へ連れ出したのである――――……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 非力な静が群像を引っ張ってこられたのは、ひとえに危機意識が肉体を動かしたからだろう。

 しかし発令所近くの別の部屋に連れて来たは良いものの、当の群像がぼんやりとしていて、動く様子が無かった。

 

 

「艦長、しっかりしてください! 艦長!!」

 

 

 いつもは出さないような厳しい、切羽詰った声で、静が群像を呼んだ。

 ショックなのはわかるが、今はそう言う場合ではなかった。

 肩を揺さぶって自分の方を向かせると、ようやく群像は気が付いたようで。

 

 

「あ、ああ。すまない、世話をかけた」

「いえ。それより大丈夫ですか、艦長」

「大丈夫だ。問題ない」

 

 

 ようやく会話が成立して、静はひとまずほっとした。

 しかし悠長にはしていられない。

 あのイオナはすぐにここにもやって来る。

 酷い言い草になってしまうが、杏平と僧ではそんなに時間を稼げないはずだった。

 

 

「確かに想定外の事態だが、想像外というわけじゃない」

「え……それってどういう意味ですか?」

「あれはイオナじゃない」

 

 

 そう言いたい気持ちはわかる。

 イオナが自分達を攻撃するはずが無いのだから、あのイオナがイオナだとは思いたくない。

 しかし繰り返すが、今はそんな時ではないのだ。

 あの群像がそんなわかりきったことを言うなんて、と、静は衝撃を受けていた。

 しかし、群像は意図は()()()()()()()()()()()には無いのだった。

 

 

「あれがイオナだったら、オレ達はもう終わっている」

「終わっているって」

「静、ここは()()()()()()

 

 

 そこまで言われて、静ははっとした。

 静はイオナがおかしくなったと思っていた、が、群像はそもそも論として「別存在」説を挙げていた。

 だが、言われて見れば確かにそうだった。

 ここはイ401、イオナの()()なのだ。

 

 

 もしあれがイオナなのだとしたら、逃げるとか逃げないとか以前に、即座に終わらされていたはずだ。

 それをしてこなかった、と言うことは。

 あれはイオナでは無い。

 だから、イオナとして出来るはずのことが出来ない。

 つまりあのイオナは、イ401を動かすことが出来ない……!

 

 

「機関室に向かう。静、お前は魚雷の保管室だ」

「わ、わかりました。その後は?」

「その後は……」

 

 

 にやりと笑って、群像は言った。

 

 

「妹の真似をすることにしよう」

 

 

 そこはかとない不安を、静は感じたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 図らずも『ダンケルク』の考え通り、メンタルモデル同士で肉薄さえしてしまえば、霧と<騎士団>の間に劇的な実力差は生まれない。

 後は、演算力の戦いである。

 より大きな演算力を持つ者、あるいはより効率的に演算力を使える者が強者となるのだ。

 

 

「わあああっ、おじさんっ。おじさ――んっ!」

「あ、ちょいちょいちょいちょい~。ちっさい子いじめちゃ駄目でしょお~」

 

 

 『U-2501』の戦術は、単純明快だった。

 『U-2502』を援軍に呼び、2対2となったが、彼女はあえてそのまま2対2の状況には持っていかなかった。

 2対1を二度繰り返す、変則戦術に打って出たのである。

 

 

 一方をあえて無視し、例えば今は『チャーフィー』を2人がかりで攻撃している。

 するとたまらず『チャーフィー』が『ジャンボ』に助けを求めて離脱するので、今度は助けに来た『ジャンボ』を2人がかりで攻撃する。

 いくら<騎士団>と言えども、手数の差には苦労せざるを得ない。

 

 

「お、おお? 右から左からおじさん嫌になっちゃうねぇ」

 

 

 『U-2501』と『U-2502』の2人で、時間差で別の部位を攻撃する。

 例えば『U-2501』が『ジャンボ』の顔を目掛けて掌底を打ち込む、『ジャンボ』は攻撃なり回避なり防御なりをするだろう。

 そうして行動した後は、必ず隙が出来る。

 

 

 そこを攻撃する。

 

 

 『U-2501』の攻撃を受け止めるために『ジャンボ』が腕を上げた、そうして空いた脇腹に、『ウー2502』が掌底を刺し込む。

 以下、これを延々と繰り返すのだ。

 メンタルモデルの表皮を覆うクラインフィールドを少しずつ剥がし、最終的な攻撃を叩き込む。

 この変則的なヒットエンドアウェイは、<騎士団>にも有効だ。

 

 

(この感じは……)

 

 

 そうしている間にも、『U-2501』の優れた感度はクリミア半島全体の情勢を掴んでいた。

 彼女には無数の目である『群狼(ゼーフント)』があり、そこから常に情報を送受信しているのだ。

 

 

(イ401と……イ404? が動いている)

 

 

 それによると、どうやら色々とキナ臭い動きも出て来ているようだ。

 ゾルダンのことも気にかかる。

 だから出来れば、この場を早々に切り上げたかったのだが。

 

 

「おじさんをいじめるな~っ!」

「……っ、このっ!」

 

 

 後ろ……腰に『チャーフィー』が頭突きによるタックルをかけてきて、『U-2501』は苦々しげに腕を振るい、それを振り払った。

 一方を無視する以上、仕方の無いリスクだ。

 今しばらく、この場を動けないようだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 これは、スミノではない。

 紀沙は、本能に近い部分でそう直感していた。

 宮殿の中で出会ったスミノに対して思ったことである。

 だから、紀沙は言った。

 

 

「お前は誰だ?」

 

 

 この時の紀沙に対して、「誰だってそりゃスミノだよ」と言うような人間はいない。

 紀沙と同じようにスミノを知る静菜や冬馬はもちろん、ゾルダンもだ。

 霧の艦長であるゾルダンは、艦と艦長の間にしかわからない空気と言うものを知っている。

 ゾルダンの行動で気になることがあるとすれば、コツコツと床を足先で叩いているところだろうか。

 

 

 そして、スミノである。

 姿形はスミノだ、メンタルモデルの容れ物と表現すべきだろう。

 しかし、中身は明らかに違う。

 だがそれ以上に、紀沙がこのスミノを「違う」と感じるのは。

 

 

()()()()()()()()()、スミノ」

「『ああ……あれは貴女の目だったのか』」

「その声は」

 

 

 スミノが得た――奪った、ナノマテリアル化した紀沙の肉体部分。

 紀沙には理解できないが、スミノは何かと自身の血肉の部分をこよなく気に入っている様子だった。

 しかし今、目の前にいるスミノにはそれが無かった。

 最初の頃のような、完全な形でのナノマテリアル体だった。

 

 

「『ビスマルク』……!」

 

 

 そしてそんなスミノの口から漏れてきたのは、『ビスマルク』の声だった。

 どちらの『ビスマルク』かはわからない。

 

 

「『イ404のメンタルモデルは現在、自閉モードに入っています。この容れ物だけを、我々が使用している』」

 

 

 わかっていることは、敵だと言うことだ。

 自閉モードだと?

 確かイ401のイオナも眠り続けていると言う話だったが、同じような状態だと言うことか。

 あのロリアンでの事件から、ずっと?

 

 

「『申し訳ないのですが、貴女の役割はすでに終わっている』」

「勝手なことを言うなよ」

 

 

 流石にカチンと来て、紀沙は言った。

 

 

「お前達の勝手な都合で、終わり扱いされるなんてたまったものじゃない。私が何をするかは私が決める!」

「その通りだな」

 

 

 不意に、ゾルダンが言葉を発した。

 何かを確かめるように足元を叩いていた彼が、会話に割り込んできたのだ。

 じろり、と、『ビスマルク』がゾルダンへと視線を向けた。

 

 

「『ゾルダン・スターク。貴方にはそもそも役割すらない』」

「そうか、それは残念だ」

 

 

 言葉ほどに残念そうでないのは、一目瞭然だった。

 あくまでも上から目線の『ビスマルク』に対して苦笑すら浮かべる彼は、足元を指差した。

 つられて、その場にいる誰もが視線を足元へと向けた。

 紀沙は、それに加えてコツコツと足先で叩いてみた。

 

 

「……!」

 

 

 ああ、と、気がついた。

 一歩前と一歩後ろで、()()()()()()()()()

 だから『ビスマルク』は来たのだ。

 わざわざ、こちらの足を完全に止められるスミノの姿でやって来たのだ。

 そして、ゾルダンの意図も。

 

 

「せっかくお越し頂いたことだし、案内して貰うとしよう」

「『案内』、とは?」

「何、簡単なことだ」

 

 

 紀沙が振り向いて静菜と冬馬に注意を喚起するのと、ゾルダンが腰のベルトから()()を引き抜くのはほぼ同時だった。

 紀沙にしろゾルダンにしろ、あるいは群像にしろ、考えの元と成っている人物(翔像)が同じためか、互いのしそうなことを察するのも早かった。

 兄弟弟子の絆と言えば美しく聞こえるが、実際はそんなに良いものでも無いだろう。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「『……!』」

 

 

 キンッ、と、小さな音が響く。

 それはピンが引き抜かれた音。

 ゾルダンが、手榴弾を投げた音。

 そして『ビスマルク』が目を見開き、ゾルダンが身を伏せ、そして。

 宮殿の一角で、爆発が起こった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――ダーダネルス海峡。

 それは人類の長い歴史の中で、幾度と無く支配権が争われた軍事的に(チョーク)重要な要衝(ポイント)のひとつである。

 さらに北に位置するポスポラス海峡と共に、その重要性は古代でも現代でも変わらない。

 

 

「私にとっては、どこにでもある場所なんだけど」

「人間は地域ごとに名前をつけ、重要性に順位をつけることを好む」

「まー、私らにとっては大した意味ないって言うのは同意だな」

 

 

 ダーダネルス海峡の手前、ギリシア沿岸のエーゲ海に、霧の艦隊が集結していた。

 と言っても霧の地中海艦隊の主力はすでに黒海に入っているので、このタイミングで集結しているのは霧の欧州艦では無い。

 実際、その艦形は他の欧州艦とは異なっている。

 無骨で重量感のあるその艦体は、ヨーロッパでは無くアジアのものだ。

 

 

「共有ネットワーク上にアップデートされ続けているログからすると、戦闘はすでに始まっているようです」

「上等じゃない。それでこそ登場のしがいがあるってものよ」

「単に遅刻しただけじゃな「アンタ私の可愛い妹のナビゲートに何か文句あるわけ?」ひいっ、怖い!?」

 

 

 そして、霧の艦隊にしては妙に騒がしい。

 大いに寄り道をしていたのか、甲板上にピアノやらバイオリンやら、奇妙な置物やら何やらがところ狭しと並べられていたり、他にも絵画やら花やら神殿の柱やら……とにかく、色々だ。

 時代と場所が違えば、観光旅行でもしていたのかと言う様相を呈していた。

 

 

 最も、騒がしい、賑やかだと言っても洋上のこと。

 他の人類にとっては同じ霧であって、理解とは程遠い存在だ。

 そのはずなのだが、どうしてだろう、この艦隊だけは違う気がした。

 メンタルモデルが醸し出す雰囲気が、妙に人間臭いからかもしれない。

 会話も動作も自然そのもので、もしかすると彼女達自身も意識していないかもしれない。

 

 

「とにかく! 私達の登場を皆が待ち侘びているってわけね!」

「皆って誰だ?」

「『ムサシ』達のことか?」

「じゃあ別に待ってなくない?」

「うっさいわねそこ! とーにーかーく!」

 

 

 霧の重巡洋艦『タカオ』を中心とするその艦隊は、もはや霧の艦隊の中でも目立つ存在だった。

 それもそうだろう。

 大戦艦『ハルナ』『キリシマ』、巡洋戦艦『レパルス』、重巡洋艦『タカオ』『アタゴ』『マヤ』、駆逐艦『ヴァンパイア』、巡航潜水艦『イ400』『イ402』。

 海洋封鎖のローテンションで分散しがちな霧の艦隊に、これだけまとまって行動する艦隊は少ない。

 

 

「――――征くわよ!」

 

 

 そして今、それだけの戦力が黒海に侵入しようとしていた。

 太平洋から大回りで地中海に至った彼女達は、ここに至るまでの間にも戦闘を繰り返している。

 艦体表面に刻まれた汚れや傷をあえて消していないのは、単にナノマテリアル不足と言うだけでは無いだろう。

 霧の艦隊の中で最も経験豊富で実戦的な集団が、ダーダネルス海峡へと侵入を開始した。




最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。

いつもは場面ごとに解決してから別キャラの視点に行くのですが、今回は時系列が並んでいる場面をいくつも転換して描写しました。
どっちの方が良いのかなーと考えたりしつつ、地道に描いています。

それでは、また次回。
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