蒼き鋼のアルペジオ―灰色の航路―   作:竜華零

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Depth080:「シナノ」

 想像できるだろうか……?

 インド洋は、三大洋の中で最も面積の小さな海だ。

 しかしそれにしたところで、「全海水の20%」と言う数字の重みがある。

 黒海や日本海のような、ごく狭い範囲の内海とは訳が違うのである。

 

 

「こんな程度なの、あなた達の力は……?」

 

 

 想像できるだろうか?

 そんな膨大な水量を誇るインド洋が、地球の三大洋のひとつにまで数えられる大海が。

 北はパキスタンから南はマダガスカルまで、東はインドネシアから西はソマリアまで、その広大な範囲の海が()()()()()()()()

 はたしてそんな事態が、地球史上に存在しただろうか?

 

 

 あの『ムサシ』の超重力砲でさえ、地中海を割るところまでだった。

 もちろん、『ムサシ』は地球への影響を考えて押さえていたのかもしれない。

 だがそれにしても、大洋を引き裂くと言う行為は常軌を逸している。

 それも、インド洋の生態系には一切の損失を与えずに、である。

 紅海を割って民を導いたと言う古の預言者モーセがこれを見れば、この光景を何と評しただろうか。

 

 

「だとしたら、ムサシ姉は無駄死によ」

 

 

 灰色だ。

 灰色の少女が、光る眼でこちらを見下ろしている。

 ()()()()イ404の天上の穴から、紀沙ははっきりと視線を交わした。

 そして、その視線に込められた冷たさに心の底から震えた。

 

 

「そんな無様、これ以上見ていられない。せめて私の手で葬るのが、妹としての責務よ」

 

 

 手を。

 灰色の少女が、手を伸ばした。

 その先には、蒼い潜水艦が灰色の茨で囚われていた。

 引き裂かれた海の間で、灰色の輝くエネルギーの網が茨のように見えたのだ。

 その姿はまるで、御伽噺にでも出てきそうな程に神々しい。

 

 

「やめろ……」

 

 

 灰色の少女が、掌を閉じていく。

 するとそれに合わせて、金属が軋む嫌な音が響き渡った。

 それは蒼の潜水艦――イ401から響いている。

 青白くスパークしているのは、灰色の茨(クライン)と蒼の障壁(フィールド)同士が鬩ぎ合っているからか。

 

 

 だが、明らかに蒼の方が出力で負けている。

 これまで砲撃や雷撃で削りに来た相手はいたが、力尽くで潰しに来たのは初めてだ。

 それだけ、両者の間には出力の差があると言うことだ。

 そして、致命的な音が響き始めて。

 

 

「お前達の旅は、ここで終わりよ」

「……ッ、やめろおおぉ――――――――ッッ!!」

 

 

 そして。

 灰色の輝きが、目の前で弾けた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――日が昇らない内に、ジブチの港を出た。

 だから日差しを見たのは、ちょうどアデン湾を抜け、ソコトラ諸島を掠めるように進んでいた時だ。

 日本やヨーロッパの太陽とはまた違って、大きく、どこか紅い。

 ただ、禍々しいと言うには陽気に過ぎる明るさだった。

 

 

「さて、これでアフリカともお別れってわけだな」

「そうなりますね」

「と言っても、そんな長い間いたわけじゃ無かったけどねぇ」

 

 

 冬馬や梓とそんな会話をしている時には、すでにイ404は潜航を始めていた。

 このままイ401、『ヒュウガ』、そしてトーコと共にインド洋を進むのだ。

 途中、何度か浮上や補給が出来ればと思うが、最悪の場合はノンストップで突っ切ることになる。

 この時期のインド洋の海流は、東進するにはあまり向いていないためだ。

 

 

 霧の艦艇ならば航海には問題は無いだろうが、少なくとも戦闘は避けたいと言うのが本音だった。

 だから紀沙としては、父が言う『シナノ』と言う存在――ジブチ政府によると、アデン湾を出たところで待ち構えているらしいが――が、不気味に思えてならないのだ。

 はたして、すんなりと行くだろうか、と。

 

 

「なぁ、艦長」

「……え? あ、ごめんなさい。何ですか?」

「おいおい、聞いて無かったのかよ~」

「アンタの話を聞きたくない気持ちはわかるけどね」

「いや、梓の姐さんそれちょっとキツ過ぎない?」

 

 

 考え込んでいたのだろう。

 軽い困惑の色を見せる紀沙に、冬馬は言った。

 

 

「今年だが2年後だか知らねーけど。全部終わったらさ、今度は旅行で来てーよなって」

「ああ……」

 

 

 確かに、と、紀沙は思った。

 アメリカにしろヨーロッパにしろ――と言うか、結局まともにどこも訪れていない――あまり、余裕の無い旅程だった。

 落ち着いて考えてみれば、もっといろいろと見てみたいものもあった。

 モスクワでもロンドンでも、あんなことがあって。

 

 

「そうですね」

 

 

 世界が平和になった後で、懐かしむように、また訪れることが出来たら。

 それはきっと、とても素晴らしいことだろうと思った。

 

 

「でも冬馬さん、そう言うのってちょっとフラ……」

 

 

 その時だった。

 紀沙の言葉を遮るように、視界が赤い明滅で染まった。

 警報(アラート)、当然、意味するところは「危険」だ。

 発令所の全員の視線が、冬馬に集中した。

 

 

「……いや、そこで俺を見られましても……」

 

 

 まぁ、それは冗談として。

 この警報は、先行していたアクティブデコイのいずれか――あるいは全て――が撃沈されたことを報せるものだ。

 通信も警告も無くデコイを潰してきたと言うことは、つまり宣戦布告と同義である。

 発令所の空気が、一気に張り詰めて行った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その艦艇を見ていると、海が蒼では無く灰色なのだと言うことが良くわかる。

 一般人のイメージでは、海は蒼色だろう。

 しかし実際は、海は言う程に蒼く無い。

 海は、灰色なのだ。

 

 

 軍用の艦艇が灰色に塗装されることを、不思議に思ったことは無いだろうか?

 灰色では空や海で目立ってしまうのではないのか、と。

 逆だ。

 実はイメージ通りの蒼色の方が目立つし、灰色は水平線に溶けて消えるのだ。

 だから、軍艦はどこでも灰色に塗装される。

 

 

「デコイ全滅。――敵艦隊、再探知完了」

 

 

 その艦艇――霧の超戦艦『シナノ』の艦体が、灰色だった。

 圧倒的な巨艦にも関わらず、遠目では水平線にぼやけて全体像が見えなくなる。

 まして霧の艦艇特有の霧まで纏っていては、余計に見え辛い。

 しかし、近付くとその存在感は圧倒的だった。

 

 

 しなやかで強靭な印象を受ける灰色の艦体には、不釣り合いな外見のメンタルモデルが立っていた。

 スリットブラウスと幅広のパンツ、上下ともゆったりとした造りで海風にたなびいている。

 灰色の羽織り物は上下一体で、腰に太いベルトを巻いて留めている。

 姉2人と異なり、灰色のショートヘアと相まって、どこか少年然とした美貌の少女であった。

 

 

『シナノ、貴女は何をしようとしているの?』

 

 

 艦橋の上、中空を見つめる『シナノ』に話しかける者がいた。

 しかし、その人物は『シナノ』の傍にはいない。

 何故ならそれは、遥か太平洋の『ヤマト』がかけて来た声だからだ。

 秘匿回線でのその会話は、他に聞かれることは無い。

 

 

「見極めようとしているのよ、ヤマト姉。私なりに」

 

 

 凛とした声が、海に響いた。

 先程の砲撃――扇状に展開されていたイ号艦隊のデコイ4隻を全滅させた――に驚いた海鳥達が、再び戻ってきている。

 それを見つめる『シナノ』の眼は、電子の光で白く明滅していた。

 

 

「彼女達がヤマト姉の言うようなやつらなら、私は大人しくインド洋(ここ)を通すわ」

 

 

 でも、と、『シナノ』は厳しい表情で続ける。

 

 

「もしムサシ姉が託す相手を間違えたのなら、それを正すのが妹である私の務めよ」

『シナノ、貴女は……』

 

 

 『シナノ』の全長260メートルにも及ぶ艦体、その側面の装甲がスライドした。

 3列に渡って姿を見せたのは、朝日に鈍い光沢を返す無数のビーム口だった。

 同時に、重厚かつ地の底から響くような音を立てて、3基の主砲が仰角を上げ始めた。

 がこん、と言う停止の音が、どこかシュールですらあった。

 

 

「試してみよう。ムサシ姉の選択が正しかったのかどうか、ムサシ姉が無駄死にで無かったのかどうか」

 

 

 『シナノ』の両眼が、機関の高まりと共に輝きを増していく。

 それはとりもなおさず、第三の超戦艦としての演算力の凄まじさを予感させた。

 そして同時に、暴力的とすら言えるだろう戦闘能力の高さをも予感させるものだった。

 

 

()()()

 

 

 轟音は、発射の後に聞こえた。

 3基9門の主砲から放たれたのは、一見すると実体弾のようだった。

 しかしその砲弾は、飛翔の途中で内側から装甲が弾け飛ぶと、ぎっしりと詰まった子弾を覗かせた。

 そして、炸裂する。

 

 

「まず1隻」

 

 

 暴力の雨が、海面に降り注いだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 まず狙われたのは、トーコだった。

 理由は、イ号艦隊の中で最も動きが鈍かったからだ。

 メンタルモデルの形成に演算力のほとんど全てを費やしているトーコは、他のイ号艦ほどの静粛性も無かった。

 だから、『シナノ』の攻撃はまず彼女に対して行われた。

 

 

「いや、これは……」

 

 

 艦体に膝をついた姿勢で上を見るトーコ、その視界には、炸裂した子弾が海面の壁を突き破ってくる様が映っていた。

 流星群と言うものは、きっとこう言うものなのだろう。

 それが全て自分に向かって落ちてくるとなると、感慨深い気持ちは全く湧いてこなかった。

 

 

 蜂の巣と言うのが、表現としては最も正しいだろう。

 『シナノ』の放った子弾の群れはトーコの艦体全体に降り注いだ上に、瞬く間にクラインフィールドを削ぎ、本体に到達した。

 甲高い無数の金属音が過ぎ去った後には、穴だらけになった無残なイ15の姿があった。

 そして。

 

 

「……無理っス」

 

 

 一瞬のスパークの後、爆発した。

 致命的な部分を貫かれたために、イ15の艦体が耐え切れなかった。

 トーコの姿は悲鳴と共に爆発の中に消えて、海中にイ15轟沈の衝撃が走った。

 当然、それは他の艦にも伝わる。

 

 

「イ……イ15、撃沈!」

「マジかよ! 1分経ってねえぞ!?」

 

 

 イ401の発令所にも、動揺が走った。

 まさか、初撃で僚艦が潰されるとは思っていなかったのだろう。

 

 

「イオナ、イ15のコアは?」

「……無事だ。ただ海流に流されている」

「位置だけは掴んでおけ。紀沙がやるだろうが、こちらで回収することになるかもしれない」

「了解」

 

 

 こう言う時、無人の艦であることが本当に幸いする。

 コアさえ無事であれば、トーコはとりあえず大丈夫だろう。

 それよりも、今は。

 

 

「深度下げて下さい。浅い海域ではさっきの攻撃の餌食になります」

「了解、深度下げ」

 

 

 起こった事象から『シナノ』の攻撃がクラスター弾の類だと判断した紀沙は、ひとまず深い位置にイ404を動かすように指示した。

 そして、その行動は正しい。

 深海へ向かう軋みを聞きながら、紀沙は『シナノ』について考えていた。

 

 

「ねぇ艦長殿、イ15とのリンク切ったらダメかい?」

「却下」

「……チッ」

 

 

 スミノの舌打ちはレアだ。

 おそらくトーコが何か騒いでいるのだろうが、紀沙には聞こえないので指揮に問題は無い。

 そう、指揮だ。

 群像も同じようにしているだろうが、ある程度潜ったらエンジンを切るつもりだった。

 

 

 海底で機関を切った潜水艦を、水上艦が見つけるのは非常に困難だ。

 そうしてチャンスを窺い、隙があれば反撃する。

 潜水艦の常套手段だが、有効だからこそ常套と言われるし、陳腐にもなる。

 魚雷の数にも限りがある、慎重に行くべきだった。

 

 

『ヒュウガ、貴艦は『シナノ』について何か知っているか?』

「残念ながら、『ヤマト』以上に謎としか」

 

 

 それは、ヒュウガの『マツシマ』も同じだった。

 彼女が操る3隻のオプション艦も、トーコと同じように潜水艦では無い。

 とは言え元が大戦艦のコアである分、演算力には多少の余裕がある。

 だから『シナノ』の初撃も何とかやり過ごして、群像達と共に海に潜っていた。

 繰り返すが、水上艦が潜航している艦艇を見つけるのはとても難しい。

 

 

「ただ、インド洋の霧が上げている共有ネットワークの情報に」

 

 

 そう、上から見つけるのは難しい。

 だから。

 

 

「よると」

 

 

 肌の粟立ち――メンタルモデルらしからぬ表現だが――を感じて、直後、ヒュウガはぞっとした。

 ノイズのような音が『マツシマ』の眼前の空間に走ったかと思うと、突如、巨大な物体が行く手を遮ったのである。

 そう。

 ()()()()()()『シナノ』である。

 

 

(ステルス迷彩。潜航して。イ15の爆発の合間に。回避。防御。無理)

 

 

 ヒュウガが『マツシマ』の迎撃兵装を起動するよりも、たっぷり数瞬は早く。

 

 

「――――2隻目」

 

 

 『シナノ』の装甲側面から放たれた無数のレーザーが、『マツシマ』の艦体を蜂の巣にした。

 不意を突かれた形のヒュウガは、防ぐことが出来なかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 瞬く間に、と言う表現が正しいのだろう。

 しかし同時に信じ難くもあった、それだけ『シナノ』の戦い方が異常だったと言える。

 明らかに、過去のどの霧の艦艇とも異なる。

 

 

「水上艦のセオリーに従っていない……」

 

 

 群像が過去に戦って来た霧は、『コンゴウ』にしろ『タカオ』にしろ、多かれ少なかれ自分自身の艦種に忠実だった。

 例えば砲撃戦なら戦艦が、対潜戦闘なら駆逐艦が、と言う風に役割をきっちり分けてきていた。

 当然、自ら海中に乗り込んで戦おうとする艦艇は――例外はあるにせよ――いなかった。

 

 

 潜航能力において水上艦は潜水艦に勝てない、これは霧にとっても有効な常識(ロジック)だ。

 ところが、『シナノ』はその常識を平然と踏み越えて来た。

 自ら潜航し『マツシマ』を葬ってしまった、これはイ401の今後にも響く大損害だ。

 

 

「まさか自分から潜って来るとはな、超戦艦様はやることが派手だね」

「いや……それも重要だが、問題はもっと別にある」

 

 

 とは言え、驚いてみせたものの、群像自身はそこまでの驚きを感じていなかった。

 イ15は潜水艦としての能力は高くなく、『マツシマ』も所詮は砲艦で潜航能力はさほどでは無い。

 そう言う意味では、イ401やイ404よりも先に撃沈されてしまうのは、脅威ではあっても驚異では無い。

 

 

「問題は、我々の位置が完全にバレてしまっていること――ですね」

「ああ」

 

 

 僧の言う通り、『シナノ』は最初からトーコとヒュウガに当たりを付けていた節がある。

 そうでなければ、『マツシマ』をああまで完璧に待ち伏せは出来ない。

 ソナーの類では無い、ソナーなら、イ15の爆発音の中で『マツシマ』を探り当てることはまず不可能だからだ。

 逆にイ15の爆発に紛れて待ち伏せていた、と言うのが肝の部分なのだ。

 

 

「いずれにせよ、『シナノ』はすでに何らかの手段でこちらの位置を正確に割り出している。一方で、こちらの索敵から完全に消えるステルス機能をも有している」

「そんな相手をどうやって……」

「超重力砲か?」

「いや、まだ手はある。だがそれは、超重力砲じゃない」

 

 

 『シナノ』には超重力砲が効果が無い可能性がある、と群像は続けた。

 驚くべきことでは無い。

 かつてU-2501はミラーリングシステムと言う装備によって超重力砲を無効化したことがあるが、イオナによれば、あれはもともと超戦艦級にしか扱えないのだと言う。

 ならば、超戦艦である『シナノ』もミラーリングシステムを有していると見て間違いないはずだった。

 

 

「本当にバケモノだな」

「まったくだ。しかも目的が見えない」

 

 

 超重力砲は、使えたとしても牽制か陽動くらいだろう。

 一撃必殺の超兵器も、条件が悪ければこんなものだった。

 それにしても、『シナノ』はなぜ仕掛けて来たのかと群像は考える。

 過去の経験では『コンゴウ』戦が近い気もするが、今回は対話の試みすら無い。

 

 

「クリミアの戦いを経た今、人から見ても霧から見ても、この戦いには意味らしい意味が無い」

 

 

 『シナノ』が群像達を倒すにしろ、その逆にしろ、戦略上のメリットは見当たらない。

 2年後の戦いを考えるのであれば、むしろデメリットの方が大きい。

 そう、この戦いには意味は無い。

 となれば、『シナノ』は戦うことそのものに意味を見出している……?

 

 

「群像」

 

 

 そして、戦術の話。

 超重力砲、あるいは侵蝕弾頭魚雷による遠距離戦は『シナノ』には効果が薄い。

 そうなってくると、群像達に勝機があるとすれば選択肢は1つしか無い。

 

 

「イ404が動き出したぞ」

 

 

 そして、その戦術に沿って最初に動き出したのは群像では無く、紀沙だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 紀沙からすれば、攻撃のチャンスは今しか無かった。

 隠密性と言う潜水艦のほとんど唯一の長所を殺されてしまっている以上、潜航してチャンスを伺うと言うことは出来ない。

 発見されてしまった潜水艦など、物の役には立たないのだ。

 

 

「機関、両舷全速。進路そのまま!」

「うおおおっ、何か久しぶりだなぁ!」

 

 

 だから、『マツシマ』を屠って『シナノ』が姿を見せている今こそがチャンスだった。

 もしステルス機能を使って隠れられてしまっては、今のイ404では再探知する術が無い。

 そして、イ401の超重力砲も期待できそうにない。

 ならば、イ404が採るべき戦術は1つ。

 

 

「直進……? 馬鹿にしているの」

 

 

 『シナノ』は受けて立った。

 『マツシマ』からこっそりと離脱する『ヒュウガ』のコアには関心が無く、近付いてくるイ404に注意を向ける。

 そう言うタイミングで、イ404が()()()

 

 

「デコイか」

 

 

 まず音響魚雷が来て、そして音に紛れてデコイが射出された。

 全部で4隻、自己の存在を主張する(デコイ)が出現した。

 しかし『シナノ』の眼には、どれがデコイなのかははっきりとわかった。

 

 

「ぜんぶデコイね」

 

 

 甲板のミサイル発射管の蓋が弾け飛び、無数の侵蝕弾頭が顔を覗かせた。

 数を数えるのも馬鹿らしくなるくらいのミサイルが、発射された。

 それらのミサイルは全てが精密誘導(コントロール)されており、4隻のデコイにそれぞれ向かった。

 そして数秒の後、立て続けの爆発が海中をかき回した。

 

 

「全弾命中を確認……ん?」

 

 

 4か所で起こった爆煙の内、1つが()()()()

 内側から爆発を弾くように飛び出して来たのは、1隻のデコイだった。

 ボロボロだが、『シナノ』のミサイル攻撃を掻い潜ってきた。

 目標が4つに分かれていたため、その分1つ1つの密度が下がったのだ。

 もちろんそれだけでは無い、その1隻だけが際立って動きが良かったのだ。

 

 

「メンタルモデル・コントロールか」

 

 

 イ404本体の操艦を人間に任せ、デコイの操作に演算力(リソース)を割く戦術だ。

 だがそんなものは、大した時間稼ぎにはならない。

 ミサイルの再装填はすでに終わっている、今度は全弾をその1隻に集中すれば良いだけ。

 そして『シナノ』が実際にそうした、まさにその時だった。

 

 

「そうして気を引いておいて、来るんでしょ?」

 

 

 その通りだった。

 精密なデコイ操作で気を引き、奇襲する。

 その読みは正しかったが、しかしイ404は『シナノ』の考えた通りの方向――つまり背後や真下――からでは無く、()()()()()

 

 

「総員、衝撃に備えて下さい!!」

 

 

 最後に『シナノ』が攻撃を加えた1隻、その後ろからイ404本体が突出してきた。

 速力は120ノットに達し、猛然と、と言う表現がぴったり来るような、そんな勢いで『シナノ』に対して突撃を敢行した。

 激しい衝突音と共に、2隻のクラインフィールドが相互に干渉を始めた。

 

 

「クラインフィールド、艦首に集中展開!」

 

 

 いつかも使った戦術だ。

 『シナノ』はイ401を警戒して艦体全体にクラインフィールドを張らざるを得ない、しかしイ404は違う。

 その差が、強固なクラインフィールドに穴を開ける。

 

 

「この距離は……私達の距離です!」

 

 

 1番から8番、イ404が持つ侵蝕弾頭魚雷――黒海に入る前に<緋色の艦隊>から提供されたものだ――の全弾だった。

 乾坤一擲、最初の一撃で最大の威力を叩き付ける。

 零距離だ、外すはずも無い。

 そして実際、イ404の侵蝕弾頭魚雷はその全弾が『シナノ』に命中した。

 

 

「え……」

 

 

 しかし。

 

 

反侵蝕反応(アンチ・ゾーン)

 

 

 灰色のフィールドが、イ404も含めた周囲に広がった。

 紀沙の肌が、ぞわりと粟立った。

 それが何かは正確にはわからない、が、現象は明らかだった。

 魚雷が、爆発しなかった。

 

 

 単なる金属の塊が『シナノ』の艦体にぶつかる音だけが、海の中に響いた。

 つまり、()()()()()()()()()()

 侵蝕弾頭は、『シナノ』には効果が無い!

 

 

「艦長、やべえ!?」

「しまっ……取舵!」

 

 

 間に合わない。

 次の瞬間、過去感じたことの無い衝撃がイ404の発令所を揺らした。

 『シナノ』の攻撃、直撃だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――()()ですか。

 クリミアの戦い以後、『ユキカゼ』は大西洋の南にいた。

 そこで、()()を見つけた。

 と言うより、おそらく他にもいくつかあるだろうと思われるが、たまたま発見されたのがそれだった。

 

 

()()()の破片、と言うのは」

 

 

 『ムサシ』が撃ち落した()()()――旧時代の宇宙ステーションの姿を取る存在――には、未だ正式な名称が付けられていない。

 その内に『ヤマト』なり誰なりが名付けるだろうが、今はとにかく()()()と呼ぶしか無い。

 今は名前などはどうでも良かった、さほど重要な事項では無い。

 

 

 『ムサシ』の迎撃を受け、砕けたとは言え、完全に消滅したわけでは無い。

 いくつかは燃え尽きることなく落下し、さらにその内の何個かは水底で原原形を留めていた。

 今回、『ユキカゼ』が欧州のイ号ネットワーク――総旗艦直属の、霧の遣欧艦隊――を使って見つけたのが、その内の1つだった。

 

 

「見た目は古い組立ユニット(モジュール)のようですが……」

 

 

 海底に突き立つように転がるモジュールは、当然、沈黙している。

 動くはずも無い。

 イ8と『ユキカゼ』が、並んで真上に浮かんでいる形だ。

 だから『ユキカゼ』は、艦体から離れて無造作に近付いた。

 海の中でふわりと浮かび、触りこそしないが、表面に沿って掌を動かしてスキャンを試みる。

 

 

「このあたりで見つかったのはこれだけですか、イ8」

『…………』

「そう。まぁ、貴女達の哨戒網に引っかからないならそうなんでしょう」

 

 

 普通、こう言うものは点在しているものだと思うが。

 まぁ、大気圏で燃え尽きたか、それとも『ムサシ』の超重力砲の威力が凄まじかったのか。

 いずれにしても、ここで考えても仕方の無いことだ。

 共有ネットワークに情報を挙げれば、あるいは類似の情報が挙がって来るかもしれない。

 

 

「では、()()を回収しましょう。『ハシラジマ』まで持ち帰れれば1番……イ8? 返事を」

 

 

 一通りざっと見た後、破片を持ち帰ろうとした時だった。

 当然のように振り向いた『ユキカゼ』だったが、そこで異変に気付いた。

 イ8――僚艦の潜水艦の姿が消えていたのである。

 『ユキカゼ』の艦体の隣にずっといたはずなのに、『ユキカゼ』が気付かないままに。

 ……どこかへ移動したのか? 『ユキカゼ』の指示も無く?

 

 

「イ8、どこです。勝手に離れ……て、は……」

 

 

 からん、と、『ユキカゼ』のアクセサリの鈴が鳴った。

 イ8はすぐに見つかったが、一瞬、見失うのも無理は無かった。

 見つけたのも、イ8が()()()()海底の砂を巻き上げていたからだ。

 何か、()()()()()()()()()()、イ8の艦隊に巻きついていて……。

 『ユキカゼ』がハッとした時には、遅かった。

 

 

「ガッ」

 

 

 着物の胸元が、突然、弾け飛んだ。

 衝撃と共にメンタルモデルの胸部を何かが貫き――当たり前のように、クラインフィールドを抜いて来た――突き抜けてきた。

 黒い触手にも見えるそれは、先端にグロテスクな(あぎと)があり、貫いたまま反転して、『ユキカゼ』の喉に喰い付いて来た。

 

 

 『ユキカゼ』がもがく。

 しかしメンタルモデルの握力と膂力をもってしても、外すことも引き抜くことも出来なかった。

 ばたばたと足をもがかせるも、まるで意味は無かった。

 イ8を捕えたのもこれか。

 後ろへと引き寄せられる――後ろ?

 

 

「……ッ!?」

 

 

 海中にたゆたうままに振り向いた時。

 『ユキカゼ』の眼前に、首に喰い付いて来ているのとは比べ物にならない大きな触手が、顎を上下に開いていた。

 待て、待って、ちょっと。

 それは、あのモジュールから伸びていて、そして。

 

 

「『ヤマ」

 

 

 ()()()




最後までお読み頂き有難うございます。

原作ではほとんど謎の「シナノ」ですが、何だか凄く強いです。
でも超戦艦ならこれくらいは出来そうです。
まぁ、史実の信濃は……。

と言う訳で、次回もシナノ戦です。
それでは、また次回。

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