正直に言えば、『コンゴウ』は人間同士の議論については興味が無かった。
どこの国が主導権を取ろうと取るまいと、霧の艦艇には関係の無い話だからだ。
いずれにせよ、
(私は、変わったか?)
変わったのかもしれない。
硫黄島で「撃沈」を経験したからなのか、あるいは全力を尽くして敗北した者の責務とでも思っているのか、いずれにせよ『コンゴウ』は自分の変化を驚きをもって、かつ客観的に見つめていた。
以前の自分であれば、人間の討議を待ってやろうなどとは絶対に思わなかっただろう。
いや、それは霧の艦隊全体に言えることなのかもしれない。
イ401を皮切りに、『ダンケルク』のように人間を乗せる艦も増えてきた。
『ヤマト』のように、人間の力を信じ、当てにする艦もいる。
それとは逆に、人類を敵視・蔑視する一派も出て来ている。
(人間、か)
始まりは、千早翔像だった。
それを群像が追い、さらに兄を紀沙が追って、蟻の一穴となった。
そう言う意味では、霧の艦隊はまんまと千早一家に嵌められたことになる。
霧の艦隊を変えたのは、間違いなくあの一家だった。
そして、『コンゴウ』自身も。
「…………む?」
『コンゴウ』の
だからこそ、より不味い事態だとも言えるのだが。
「『ユキカゼ』……?」
小柄な、
だが、違和感があった。
『ユキカゼ』はここ1年ほど行方知れずになっていたはずで、
それが今、何故ここにいるのか。
そう思っていると、『ユキカゼ』の足下――氷の島の縁に――手をかける者がいた。
海から、もう1人上がってくる。
ただ、それは『コンゴウ』の知らないメンタルモデルだった。
黒髪の、これといって特徴の無い少女の姿をしているそれは……識別コードは、『ナガラ』。
(『ナガラ』だと?)
かつて、イ404と戦い撃沈された軽巡洋艦だ。
ある意味、始まりの1隻でもある。
だが戦闘後、どう言うわけかそのコアは回収されずじまいだった。
以来、『ユキカゼ』同様に行方不明になったいた。
そして、『ユキカゼ』と違いメンタルモデルを得てはいなかったはずで……!
「総員、衝撃に備えろ!」
ぞわり、と、メンタルモデルの肌が粟立った。
人間で言えば、直感とでも言うべきその感覚。
以前の『コンゴウ』であれば気にも留めなかっただろうその感覚を、今の『コンゴウ』は無視しなかった。
次の瞬間、海面下から、氷の島全体に黒い触手が覆いかぶさらんと伸びて来たのだった。
◆ ◆ ◆
黒い怪物。
名前すらわからないその存在は、この2年余りで世界の海を侵しつつあった。
その存在が、足下からガムのように伸びて氷の島を周辺ごと飲み込もうとしていた。
咄嗟には反応できない、そんな速度と柔軟さで包み込んでくる。
「……スミノ!?」
そんな時に紀沙の影から――のように見えるだけで、単にナノマテリアルで転移してきただけだ――スミノが飛び出してきて、紀沙の身体を掻っ攫った。
浮遊感。
次に目を開けた時には、紀沙はスミノに抱えられて宙を舞っていた。
足下……と言うより、眼下と言った方が良い。
とにかく下を見れば、あれだけの大きな氷の島がすべて消えてしまっていた。
ぶくぶくと泡立つ海面と、僅かに浮かんでくる氷の欠片だけが、ここに氷の島があったことを物語っていた。
他は、何も残っていなかった。
「皆は……!?」
泡立つ海面から、時折、黒い触手がタコの足のように蠢いていた。
見たことは無いが、タコの
氷の島は、まるごとその中に……。
「他の皆は!?」
「心配はいらないよ」
北極の冷たい突風の最中、スミノのつまらなさそうな声はより冷たく聞こえる。
しかし、足下から感じたのは熱気だった。
じゅう、と言う焼ける音と共に黒い触手が苦しげに蠢き、次の瞬間には爆発した。
「霧が守ったよ。人間と違って律儀だからね」
海面下からまず姿を見せたのは、イ404だった。
その甲板に、スミノは着地した。
押しのけるようにして立ち上がり、紀沙は手すりに手をかけた。
するとその頃には、水蒸気も晴れて周囲が見渡せるようになっている。
無骨な艦影が、視界に入って来た。
「良かった……」
スミノの言う通り、各国の首脳は『ダンケルク』らに分乗していた。
メンタルモデル達がスミノと同じように、咄嗟の判断で各国の首脳達を助けたのだろう。
瀬戸際の判断だったはずだが、それでもきっちりと黒い怪物の触手をかわしてしまうあたり、流石は霧の旗艦達と言ったところか。
「それでも、『コンゴウ』が気付かなければ危なかったがの!」
『ダンケルク』の言う通り、あと少し遅ければ全員間に合わなかっただろう。
それだけ、突然の襲撃だったのだ。
「おい、あれを見ろ!」
「む?」
よくよく耳を澄ませて見れば、ぐっちゃぐっちゃと言う不快な音が聞こえて来た。
視覚と聴覚の情報が合わさると、おぞましさはさらに増した。
◆ ◆ ◆
おぞましい光景だった。
黒い怪物の触手が互いを喰い、咀嚼し、飲み込んでいる。
ひき肉をかき混ぜるような音が、しばらくは鼓膜に張り付いて離れないだろう。
ハンバーグが食べられなくなりそうだ。
「
『フッド』の甲板からその様子を見ていたエリザベス大統領が、口元を押さえて呻いた。
こう言う時、信じる神がある人々が少し羨ましくなる。
『ムサシ』――翔像の甲板で、北はそう思った。
何かに祈りたい気分は北も一緒だったが、生憎、彼に祈る神はいないのだった。
その代わりに、北は考えていた。
あの黒い怪物は、どうしてこのタイミングで襲ってきたのだろうか。
これまであの黒い怪物は、出現した際の行動も場当たり的で意味の無いものだった。
ところが今回は、はっきりとした意思を感じる。
「……今度は何だ!?」
そして、状況はさらに動いた。
それまで共食いを続けていた黒い触手達が、動きを止めたのである。
一斉に動きを止めた触手は、しかし次の瞬間にはまた動き出した。
ただし今度は触手自身が動くのでは無く、それらが何かに引き込まれるように海面下へと消えていったのだ。
「逃げるのか?」
「いや、違う。集まっているんだ」
無数の触手……黒い怪物が、小さな器に詰め込まれるように圧縮されていた。
不快な音を立てて集まったその塊は、食べ損ねなのか、ぷかりと浮かんだ氷の上に這い上がった。
あれだけの黒い怪物や触手が集まっているはずなのに、小さな氷は少しも海面下に沈まなかった。
「何だ……?」
もこもこ、と、その塊は一度大きく蠢いた。
かと思えば、勢い良く何かの形を取り始める。
頭があり手足がある、それは人型だ。
そして人の形に近付いていくごとに色も変わり、肌の色、そして衣服の色まで再現を始める。
「あれは……メンタルモデル、なのか?」
『コンゴウ』が呟くように、それはもちろん人間では無い。
かと言って、メンタルモデルかと言えば、それも疑問符がついた。
ひとつわかっていること、それは……。
「いや」
それは黒髪の、さっぱりした印象の青年の姿になった。
始めは能面の如く表情が無かったが、その内に顔面の肉が笑みの形を浮かべ始めた。
傍目には、どこにでもいそうな人間の青年に見える。
過程を見ていなければ、ただの人間だと信じたかもしれない、だが。
「
翔像が、
◆ ◆ ◆
何度も聞いた言葉だが、
『ヤマト』や『ムサシ』……『アドミラリティ・コード』ですら、そうだった。
仕方が無かった、直接は知らなかったからだ。
ただ、その脅威だけを本能的に悟っていたに過ぎない。
「あれが、
霧の旗艦達の眼から見ても、ぱっと見た限りではただの人間にしか見えなかった。
何のプレッシャーも感じない。
総旗艦やコードが感じたと言う脅威は、どこにも見受けられない。
こんな優男――もちろん、見かけだけだが――が、宇宙から襲来した侵略者だと?
「何だ、大したことは無さそうじゃないか。皆が脅かすから、どんな化物かと思ったら」
「いや……」
拍子抜けしたような『フッド』に対して、『ダンケルク』の評は違った。
『ダンケルク』の眼は忙しなく白く輝き、何かを見破ろうとコアが超高速演算に入っている様子がありありと見て取れた。
自らの艦体の手すりを掴む手が、小刻みに震えている。
「化物だなどと、そんな可愛らしいものではないぞ」
嗚呼、この脅威がわかる者がどれだけいるのだろうか。
霧のメンタルモデルは極めて人間に近いが、あくまでメンタルモデルだ。
だから人間と並んで立てば、ちょっと洞察力のある者ならすぐに見抜くだろう。
それだけ、霧のメンタルモデルには不自然さがあるのだ。
ところがどうだ、
力も気配も、人間そのものだ、見分けがつかない、それがどれだけ驚異的なことか。
霧の艦艇には、それは出来ないと言うのに。
「馬鹿な、それがどうしたと言うのだ!」
「バッ……迂闊じゃぞ、『フッド』!」
『フッド』も、そこはかとない不安のようなものは感じている。
人間であれば「恐怖」と呼んだかもしれないその感情は、『フッド』の身体を突き動かした。
自らの艦体から跳躍した『フッド』は、『ダンケルク』らの制止を振り切って
ほとんど真上から、跳びかかる形になった。
(なに?)
その時、
両手を腰の横あたりに広げて、掌を上にしたのだ。
つまり、迎え入れるような仕草をしたのである。
舐めるな、と、『フッド』は激昂した。
「喰らえっ!」
右手刀、振り下ろした。
それは斜め上から
ぞぶ、と、鈍い音が響く。
何だ、やはり大したことは無い。
『フッド』はそう思ったが、しかしすぐに異常に気付いた。
右手が、
筋肉で締められているのかと、引き抜くべき左手を青年の肩に押し付けた。
青年は、奇妙な程に無抵抗だった。
「う……?」
コアが警報を鳴らしていた。
左手も離れない。
いや、そもそも右腕は肘まで青年の胸を貫いているのに、背中から突き出ている様子が無い。
肘から先、そして左手の掌の感覚が、『フッド』のコアの知覚領域から切断されていた。
「うおっ……うおおおおおおおおおぉぉっっ!!??」
それに気付いた時、『フッド』は悲鳴を上げた。
そんな『フッド』を、
◆ ◆ ◆
『フッド』の腕は、
青年の側に、呑み込まれたのだ。
メンタルデモルとは言え、『フッド』は当初それに気付かなかった。
「く、そ! は、離せ貴様ぁ!」
ぎょっ、と、『フッド』の目が見開かれた。
青年が両手を上げて、こちらを抱き締めようとしているように見えたからだ。
だが彼女の両手は
これは本格的に不味いと、『フッド』がいよいよ焦り始めた時。
「目を閉じていろ、『フッド』」
『コンゴウ』が、青年の顔の真横に掌を向けていた。
青年の目が横を向くよりも早く、『コンゴウ』の手の中に精製された砲門――15.2センチ50口径単装砲――が、火を噴いた。
大きく、鈍い音が響く、レーザーでは無く実弾の音だった。
『コンゴウ』の放った砲弾は、寸分狂わず
しかし、『コンゴウ』にとって不可解なことが起こる。
砲撃の衝撃で吹き飛ばされるかと――それこそ、欠片すら残さない勢いで――思ったのだが、そうはならなかった。
それもそのはずで、『コンゴウ』の砲弾は
「……なんとな」
砲弾が――ナノマテリアル製の砲弾が、半ばから青年の首に埋まっていた。
爆発する様子も無く、ずず、ずず、と咀嚼されるように、少しずつ青年の身体の中に取り込まれていく。
音速の砲弾を受け止めておきながら、ほとんど効果が見られない。
まるで、沼に小石でも投げ込んだかのようだった。
砲弾の分だけ傾いた
「『フッド』、許せよ!」
「は? ちょ……!」
『コンゴウ』は躊躇しなかった。
咄嗟に腕を振るい、逆に『フッド』のメンタルモデルの両腕を二の腕から切断してしまった。
当然、血は出ない。
バランスを崩した『フッド』の腹に腕を回して、『コンゴウ』はその場から離れた。
「な、何なんだ、あいつは!?」
「だから、
切断しなければ、『フッド』は喰われていた。
そんな確信が、『コンゴウ』にはあった。
そう思って
「…………?」
一連の戦闘――と言って良いのかはともかく――を見ていた紀沙は、
何と言うか、あの貼り付けたような薄笑いはどこかで見たような気もする。
その時、
「……ちはや……きさ……」
名を。
そのことに驚く以上に、紀沙の胸に去来したのは嫌悪感だった。
人ならざる者に名を呼ばれることの何とおぞましく、ぞっとすることか。
紀沙は、強い瞳で青年を睨み返したのだった。
◆ ◆ ◆
一度目はぎこちなさがあった。
二度目には拠り聞き取りやすくなった。
そして三度目には、はっきりと流暢になった。
まるで、飲み込みの早い子供が外国語を学ぶかのように。
「千早紀沙」
ああ、これはわかりやすいだろうか。
もし貴方が海外旅行に行ったとして、
出来ると答えられる人間は、おそらく存在しないだろう。
「ああ、この
「マザー?」
不快げな表情を浮かべた紀沙だが、視線を――間違っても腹を抱えて笑っているスミノの視線では無い――感じて、気を抑えた。
視線の主は、北だった。
(わかっています)
言われずとも、やるべきことはわかっている。
どう言う理由かはわからないが、あの
会話が成立するかどうかは別として、刺激を与えず、かつ情報を得られるのであればその方が良い。
だから紀沙は自分の嫌悪感を抑えて、
「お前は何者だ! 何の目的でここに来た!?」
「『コスモス2251』」
それが、
「目的は……特に無い、かな」
「無い?」
「それとも、この星の生き物は僕達とは違うのかな」
学習している。
ほんの少し、ほんの二言三言会話しただけでこの世界のことを学んでいる。
言語、思想、物的なものから精神的なものまで。
おそらくだが、霧と似たようなネットワークを構築しているのかもしれない。
「
いつの間にか、『コスモス』の目線が紀沙と並んでいた。
紀沙はイ404の甲板の上にいるので、先程までは見下ろす位置にいた。
つまり『コスモス』の位置が上がっている、彼の足場になっていた小さな流氷が、幾本もの黒い触手によって持ち上げられていたのだ。
あの無秩序な破壊と徘徊しかしない黒い怪物が、まるで従者か何かのようだ。
先程の『コンゴウ』や『フッド』との一戦から見ても、単体の力すら未知数だ。
それ以前に、人型のメンタルモデルすら有していることが驚きだった。
2年前に『ムサシ』が撃退した一体は、ただの肥大した宇宙ステーションだった。
まさかこの2年の間に、地球の情報を……?
「『コンゴウ』よ……。ようやくわかった、奴は恐ろしい」
「『フッド』?」
「こんな恐ろしいことがあるか……?」
その『フッド』は、『コンゴウ』の足下で震えていた。
両腕は、未だ『コンゴウ』に切断された状態のまま。
――いや、ある一定の部分までは再生していた。
だが、そこから先は、つまり『コスモス』に喰われた先からはそのままだった。
『フッド』は、今にも泣き出しそうな顔で『コンゴウ』を見上げた。
「
霧の意思に反して、ナノマテリアルがそれ以上反応しないのだ。
ナノマテリアルを殺すもの。
それは、まさしく霧の天敵と呼べる存在だった。
◆ ◆ ◆
ああ、苛々する程に似ていた。
こいつらはきっと、我が憎らしい
こちらを馬鹿にしたような言い方など、そっくりではないか。
見下している。
いや、少し違うか。
食べ物を見下したり馬鹿にしたりする者はいない。
食事にいちいち感情を持たないと、今さっき『コスモス』が言ったばかりでは無いか。
「つまり、お前達に目的なんて無い」
レストランに行くのに、明確な目的など持たない。
ただ、空腹を満たしたいと思うだけだ。
話し合いや交渉が無意味だと、それだけわかれば十分だ。
紀沙達は、ただの食材のように黙って喰われてはやらない。
「お前を捕える」
『コスモス』は意思疎通が可能な――会話が成立するかは別として――初めての
まずは拘束して、より多くの情報を聞きだす必要があった。
情報はあればあるほど困ることは無い、
「捕える……僕を? そんなことをしても何の意味も無い」
「意味があるかどうかはこちらが決める」
確かに、ただの尋問が効く相手とも思えない。
だが、この状況で逃げ切れるものでも無い。
紀沙はもちろん、『コンゴウ』や『ダンケルク』等の霧の旗艦級が複数いるこの状況で、逃げられる者がいるはずが無い。
直接は触れられないとしても、動けなくする方法ならいくらでもあるのだから。
「…………?」
1分先の未来のことを先に言えば、紀沙はこの後、天を仰ぎ見ることになる。
その理由は、『コスモス』が指で空を指したからでも、群像や北ら他の面々が上を見ていることに気付いたからでも無い。
影だ、影が差したのだ。
「な……」
雲が、太陽を遮ったのかと思った。
いや、それにしたところで暗すぎたし、太陽光が遮られるのが妙に長かった。
そして、紀沙もまた天を仰ぎ見た。
呆けたように小さく開いた唇は、次第に戦慄き始める。
「なんだ、あれ」
触手。
黒い触手。
それは太陽を遮る程に大きく、表面は血管のように蠢きながら顔のような目のような口のようなものが浮かんでは消えて、雨の如く滴る液体は粘り気を帯びていて、あたりには腐臭が漂い始めて。
◆ ◆ ◆
言うならば、地球全体を巨大なタコが捕食しようとしている、と言ったところだ。
これでは、情報統制どころでは無いだろう。
今頃、人類の都市は大混乱に陥っていることだろう。
人々は天を仰いで、恐怖に慄き、パニックに陥っていることだろう。
天空の半分以上は黒い触手に覆われていて、触手の肌は赤い炎が血液のように噴き出していて、青空を赤黒く染めていた。
噴き出しているのは体液のようで、しかも極めて強い酸性の液体だった。
胃液のようだ、と表現すればわかって貰えるだろうか。
「『また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな赤き竜である』」
コトノが口にした黙示録の一節は、腐臭混じりの風に溶けて消えていった。
彼女は、小笠原諸島の南の海域でその異変を見つめていた。
空を覆うグロテスクな肉塊と触手、ただ見つめているだけで気が狂ってしまいそうだ。
突然に現れたのでは無い、ずっと近付いてきていたのに、地球の者達が気付かなかっただけだ。
隠れる必要が無なくなったので、
「『わたしはまた、一匹の獣が海から上がってくるのを見た』……」
そして、海にも異変が。
天空の触手から降り注ぐ体液を養分にでもしているのか、クリミアで見たような、人間の顔が浮かんでは消える不気味な身体を持つ黒い怪物――その触手が、海面から次々に姿を見せている。
まるで、何か偉大なものを迎えようとするかのように。
思えば、
霧がそうであったように、何百年、何千年も前に地球に来ていたのかもしれない。
それが、
『アドミラリティ・コード』の覚醒が、
「『ヤマト』、『ムサシ』」
2年前の『ムサシ』のように、超戦艦の超重力砲で追い払えるレベルの事態では無い。
地球そのものが、今まさに喰われようとしているこの状況では。
あと数時間もすれば、あの触手は地上に降りてくるだろう。
大地と海に取り付き、
「どうか、私に力を貸してね……」
この世界を、地球を守れるかどうか。
それは、しかしコトノの肩にはかかっていない。
人類の、霧の命運を決める者は、コトノでは無い。
コトノは、あくまでも
――――そうでしょう、『ヤマト』?
◆ ◆ ◆
これは、本当に現実なのか。
流石の紀沙も、そう思わざるを得なかった。
どこかのB級雑誌で「宇宙人はもうあなたの傍に!」みたいな記事を読んだことがあったが、これは、そう言う感覚に似ていた。
あんなに巨大なものがこんな近くに存在していて、気付かなかっただなんて。
「軍隊を」
霧の艦艇の甲板上で、エリザベス大統領が喘ぐように言った。
その瞳は、狂気に犯されたように揺らいでいた。
「軍隊を、出さないと」
「いや、核だ。核しかない」
また別の艦上で、ミハイル大統領が核の使用を訴えた。
なるほど、それは人類が持つ最強の兵器であるのかもしれない。
人類の国家が相手であれば、それは十分な効果があるだろう。
しかし、今の彼らは冷静な判断力を失っているようだった。
「軍隊や核で足りれば良いけどね」
スミノにしてみれば、霧にさえ通用しない兵器が
そして、
霧と人の連合軍とやらで、この事態にいったいどこまで対抗できるものだろうか。
「人間、キミ達に最大限の感謝を」
有難う、僕達のために
「…………」
絶望が心を覆っていく。
あまりにもスケールの違う襲来者を前に、『コスモス』の言葉も皮肉には聞こえなかった。
人が数多持つ預言の日だ。
世界は、地球は今日、滅びるのだ。
根拠など必要ない。
見ればわかってしまう程に、これは滅亡の危機だった。
人間の、いやさ霧の力をもってしても、どうにもならない。
タコに捕えられた貝が、成す術も無く殻を砕かれ、捕食されてしまうように。
もう、どうすることも出来ないのだと、絶望するしか無い。
そんな状況で、しかし絶望しない者が少なくとも2人いた。
「……絶対に、認めない。この世界を諦めてなんてやらない」
まずひとりは、千早紀沙。
霧や
そして、嗚呼、何と言う皮肉だろうか。
遥か彼方、地中海にいまひとり、紀沙と異口同音な台詞を吐く娘がいたのだった。
「絶望なんてしてやらないわ、絶対に。約束したもの」
千早兄妹の母、千早沙保里に託された者。
霧の重巡洋艦『タカオ』。
彼女は自分達を喰い尽くそうとする天上の悪意を、射ぬかんばかりに鋭く睨んでいた。
暗闇の中に消えようとする世界の中で、彼女の瞳は一際白く輝いていた。
ヨハネ黙示録より。
『また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな赤き竜である』
『わたしはまた、一匹の獣が海から上がってくるのを見た』
登場キャラクター:
朔紗奈様より『コスモス2251号』。
有難うございます。
最後までお読み頂き有難うございます。
私の今までの作品だと、最終決戦前には作戦会議とかで団結してから挑むものでしたが、今回は混乱の中で最終局面に突入することにしました。
世界は未だ団結せず。
この状況下で、はたして地球を守る有効な作戦はあるのでしょうか。
そして、今回の投稿で100万文字突破。
それでは、また次回。